帆布に描くぎじゅつ   作:Aa_おにぎり

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第拾弍話

二〇二五年 八月八日

 

その日、冬歌はある衣装を着てある場所に来ていた。

 

そこは狼八代家本邸の奥にある神社であった。

日本庭園などが整備された庭のある大名屋敷や洋館がある我が実家であるが、そんな中でも最も神聖な場所であるとされ、滅多に開かれることはない。

冬歌は現在、巫女服を纏って神楽殿に向かっていた。今日は年に二回、お盆と正月の時期に行われる神楽に参加する為に神楽殿の裏で待機していた。

この神楽には狼八代家の分家や極一部の狼八代家の支援を受けた政治家等も集まって見にくる。あぁ、緊張するなぁ……

 

「お嬢様」

 

裏で待機していると心陽が経口補水液を渡して来た。あまり好きな味ではないのだが、化粧もしているし、この状況では文句も言ってられないのでストローを使って吸い上げていた。

乾いた喉を潤し、冬歌は生き返ったような感覚になりながら大きく息を吐くと横にいた杏が声を掛ける。

 

「大丈夫ですか?義姉様」

「えぇ…大丈夫……」

 

気温は現在摂氏三五度、おまけに湿度高めに長袖の巫女服だ。これで暑くないわけが無かろう。

汗を拭うわけにも行かないから後少しの我慢だと思いながら冬歌は杏と共に舞台に上がる。

既に舞台では雪が神楽をしており、冬歌が入れ替わる様に神楽を始める。

その様子を見ていた一部の人達は私を見ながら少しだけ騒いでいたが、気にする事でもないから神楽に集中する。

去年から本格的にやる様になった神楽だが、何回か表に立ったから。今では慣れたもので、神楽鈴を振りながら練習した動作をして周りにある邪気を祓う。

そうして神楽をする事三〇分、演目を終えて最後に供物を捧げ終えるとそのまま神楽は終える事になった。

 

 

 

神楽を終え、舞台から降りるとそこで冬歌は杏に労われる。

 

「お疲れ様です。義姉様」

「えぇ、ありがとう」

 

そう言うと冬歌は渡されたスポーツドリンクを口にしてその後片付けに入る為、冬歌は着ていた巫女服を脱ぐとそのまま化粧も取っていた。

うちの神楽は所謂里神楽の部類で、毎年やる演目も変わらないのだが、何せ狼八代家のする重要な行事の一つである。

もっぱら神道である我が家はこうした年中行事も重要な催事であり、お盆の神楽や新嘗祭の時とかは神楽を行う。

しかし、他から人を呼ぶのはこのお盆の時だけなので、実質的に狼八代家に他から人が来るのはこのお盆の神楽だけであった。

明治の時の神仏習合の影響で実家はこうしてお盆に踊る様になって、ついでに九月の豊作を願う意味合いも込められていた。

 

神楽を踊り終えて小休憩をしていると冬歌はある人物に声をかけられる。

 

「お久しぶりです冬歌お嬢様」

 

声をかけた人物を見て、冬歌は座っていた椅子から立ち上がってその人物に頭を下げる。

 

「お久しぶりです。杉峰さん」

 

そう言うと、杉峰と言われた初老のスーツを着た紳士は冬歌を見て軽く微笑んでいた。

 

 

 

冬歌に声をかけた人物、杉峰貴一郎は現職の国会議員であり、冬歌の恩人であった。

昔、色々と冬歌はお世話になっており、頭の上がらない人物であった。そんな杉峰を見ながら冬歌は彼を話をする。

 

「まさか、いらしているとは思いませんでした」

「いやいや、今年は冬歌様が学業院に入学されたと聞きまして。少し遅いですがそのお祝いにと……」

「有難うございます」

 

そう言い、冬歌は杉峰と楽しげに話していると杉峰は冬歌にある物を渡した。それは丁寧に梱包された万年筆の箱であった。

 

「粗末な物ですが、入学祝いに受け取ってください」

「まぁ、嬉しいですわ。……大切に使わせて貰いますね」

 

そう言い、冬歌は万年筆の入った箱を受け取ると杉峰はそのまま冬歌と別れる。これから、仕事に行く為なのだろう。つくづく仕事人なんだろうと思いながら冬歌は杉峰を見送っていた。

杉峰は所謂タカ派と呼ばれており、ここ最近国会で激論となっている満州派兵を仕切に訴えていた。

 

時期ロシア連邦大統領候補のエルドリアン・シコルスキーの当選が確実視されている中、中華人民共和国とロシア連邦に挟まれている満州共和国を守る為に平和維持部隊を派遣するべきであると訴える彼等はここ最近勢力を伸ばしつつあった。

 

今年の十一月のロシア大統領選挙の結果で変わるが、陸軍内部でも徐々に出兵派の意見は高まりつつあった。

二ヶ月後に亜細亜連合総会が行われる。今年の会場はマニラで行われ、そこで満州共和国へ亜細亜連合軍を派遣するかどうかの採択が行われる。

 

冷戦期に起こった第一〜第四次国共内戦の時、亜細亜連合は多数決採択で亜細亜連合軍を満州共和国の国境沿いに派遣していた。

国共内戦はそのいずれも中国統一には至らず、ズルズルの内戦状態が続いていた。時折、中華人民共和国の撃ったミサイルの流れ弾が満州共和国に着弾した事もあり、常にあそこはピリピリしていた。

 

 

 

 

 

お盆最大のイベントであるお盆神楽を終え、冬歌は片付けをした後。屋敷の私室で横になっていると心陽が現れた。

 

「お疲れ様です。お嬢様」

 

そう言い、心陽は巫女服を脱ぐのを手伝うと冬歌は服を脱ぎながら呟く。

 

「はぁ…なんか、他人に見られるのって恥ずかしいわね……」

「それは、仕方ありません。御当主様も始めはそうだったとお聞きしております」

「まぁ、そうなんだろうけどねぇ……」

 

そう思いながら冬歌は脱いだ巫女服を置くとシャワーを浴びに移動をする。

基本的にこの和風屋敷は冬歌達が暮らす家であり、洋館の方は主に仕事部屋や当主である雪の部屋などがあった。

屋敷には杏達分家の家の者や客人がここに来た時に過ごす場所も用意され、偶に杏の元に遊びに行く事があった。

 

本家の直系である冬歌はそんな屋敷の中でも広めの部屋が与えられており、正直一人では余るほどの大きさだった。

冬歌はそんな屋敷の風呂場でシャワーを浴びて汗を流して、そのまま部屋着に着替え終える。

時刻は午後十一時、思っていたよりも時間が経っていると思っていると冬歌の前に湊斗が現れた。

 

「あ、湊斗さん」

 

すると湊斗は冬歌を見ると彼女に言付けをした。

 

「お嬢様、御当主様がお呼びで御座います」

「御母様が?分かった、すぐに行くわ」

 

そう言うと、冬歌は私服姿のまま母のいる洋館に向かって移動していた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

自室から洋館に移動した冬歌は、そこで雪の執務室に行き、そこから更に許された者しか入れない雪の私室へと入った。

狼八代家の中でも雪の私室にノック無しで入れるのは冬歌だけであった。

 

「御母様」

 

冬歌は雪の私室に入ると、そこでは雪が冬歌の事を待っていた。

先ほどまで神楽をフルでしていたと言うのに、そんな疲れすら感じさせない雰囲気に内心凄いと思いつつ、冬歌は部屋にあるソファに座る。

部屋でソファに座った冬歌を見ると、雪はまずは先ほどの神楽の苦労を労う。

 

「色々あるけど、まずはお疲れ様」

「ありがとう御座います」

 

そう言うと、雪は阿里山茶を淹れると。それを湯呑みに入れて冬歌に渡すとそのまま冬歌の横に座った。

 

「はぁ…政治家の相手というのも疲れるわ……」

 

そう言い、雪は先ほどの愚痴を溢していると、冬歌が雪に言う。

 

「御母様、それは仕方がありません。政治家との関係を維持しなければ、我が家はここまでの繁栄をすることは有りません。

それに、この国を守って来たのは一重に我が家の占いと、その結果を疑わなかった先祖にあると思います」

 

そう言うと、雪は理解しつつも軽く不満げな様子で冬歌に言う。

 

「ふぅ…私よりも、冬歌の方が政治家の相手をさせた方が良さそうな気がするわ」

「それは、またいつかでお願いします」

「あら、残念。……まぁ、冬歌は今は目一杯学生を楽しんだ方がいいわ。学生の期間は若い時しかないから……」

「はい、分かっています」

 

そう答えると、雪は冬歌に聞く。

 

「貴方がm学校で付き合っている狸道の娘に正体は明かさないのね」

 

そう言われると、冬歌はさくらに自分の正体を明かさない理由を話す。

 

「言いませんよ。さくらに自分の身分を明かして下手に萎縮されても困ります。もし明かすにしてももっと先になります」

「あらあら、冬歌らしい事で……」

 

そう言うと、雪は優秀な我が子を誇らしげに思いながら冬歌に今度はやや申し訳なさそうに言う。

 

「ごめんなさいね、今までまともに学校に行かせてあげられなくて……」

 

そう言うと、冬歌はその事情を知っているからこそ雪に言う。

 

「いいえ、私は別に窮屈だと思ったことはないです。事情は分かっていますし、私は御母様の娘であることに変わりはないです。

それに、私はあの学校でいい友人にも会えました。それだけで私は十分ですよ」

 

そう言うと、雪は軽く涙ぐみながら冬歌に言う。

 

「……有難う」

 

そう言うと、雪は冬歌と少し話をした後に時間も時間だと言う事で冬歌を自室に戻らせていた。

 

 

 

 

 

冬歌が部屋を後にし、一人残った雪はそこで徐にソファーから立ち上がると窓際のテーブルに畳まれて置かれていた一枚の写真立てを持ち上げて眺める。

写真には雪と、天藍色の目に黒い髪を持つ男性。そして雪の腕の中で寝ている赤ん坊の写真が写っていた。

 

「うちの子は立派に育ったよ……藤治」

 

そう呟くと、雪はその写真をとても懐かしそうに見ていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

部屋に戻った冬歌はそこで携帯を開くと、そこには幾つかのメールが届いていた。

 

「……あ、さくらからだ」

 

するとその中にさくらからのメールがある事に気づき、冬歌はメールを打って返事をしていた。

 

「花火大会の日は八月一五日か……」

 

さくらから届いた詳しい日程を見ると、冬歌は了解のスタンプを押して返事をしていた。

何気に人生で初めて友人に誘われてのこう言う遊びで。明後日には東京に戻る予定なので冬歌は少しだけ花火大会を楽しみにしていた。

 

 

 

 

 

 




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