湊斗が深傷を負った事やベースカラーが奪還された話は雪の元にも届いた。
「ーー以上で報告を終えます」
「そう……下がって頂戴」
「はっ」
部下の一人が執務室から消えると、雪は軽く歯噛みする。
「(しかし、これでもまだマシな結果なのだろう。ただ……)」
他国の特殊部隊をほぼ単独で制圧したと言う報告に、雪は内心冷や汗を掻いた。それほどの実力を持ち、尚且つ歳を取ったとはいえまだまだ現役の湊斗を骨折させる程の戦闘力。
「過小評価しすぎていたようね……」
少なくとも、冬歌が二人を捕えられたのは実に運が良かったのか。はたまた冬歌の実力が高いのか……少なくとも術式に関しては先祖返りとも言える程の才能を持ち合わせている。
「…やはりあの子に任せるしか無いのかしら……」
雪としては心配の一言に尽きるが、虎寺家の協力があったとは言えベースカラー二人を相手に対等に戦ったのだから……。しかし、嘗て誘拐されたトラウマのある雪としては冬歌と彼らを接触させる事で、また自分の手から娘が離れていく事が恐ろしい。
「どうしたものか……」
雪が頭を抱えていると、部屋に湊斗の代理を務めている従者が入って来て言う。
「御当主様、桃吾様が面会を求めて来ております」
「……」
一瞬雪は目元がキツくなる。面倒な輩が来た……。出来るならば追い返したいところではあるが、無視できないのも事実だ。
「応接間に通せ」
「畏まりました」
そう言うと雪は少し間を置いた後。席を立ち、雪色の着物の上に紺色の羽織を着るとそのまま横の応接間にでた。
「遅くなって申し訳ない」
視線の先には一人のスーツに身を包んだ一人の男が座っていた。
彼の名は柿山桃吾。夏の神楽に於いて冬歌と神楽をした杏の実父である。大阪にある柿山貿易と言う名の会社を仕切り、狼八代家の財源の一つであった。普段は会社のある大阪の居る彼が今日は狼八代家に訪れていた。婿入りで入って来た彼は商才があり、貿易業で大きく狼八代家に貢献していた。そして、柿山杏は当主継承権第二位。
そう、第二位。冬歌が帰って来なければ彼の娘は狼八代家の当主になり得たのだ。
「それで、今日は何の用事で?」
正直、あまり長々と話はしたく無いのだが。これでも一応親戚、丁重に扱って置かなければならない。
「いや、関東に顔を出しに来ましたので。此方にも顔を出さねばと思いましたので」
「そうか……」
短く答え、無愛想がやや漏れている事に桃吾はやや苦笑気味に答える。
「聞きましたよ。湊斗氏がナチの術師に深傷を負わされた話を」
「……」
やはりそこから来るか。まぁ、妥当と言えばそうだろう。直近の話題な上に、湊斗の術師の能力も高い事は誰もが知っている。それ故に衝撃が走ったのは言うまでもなかった。
「相手はナチの造った術師だとか……」
「……ええ」
「厄介ですな……。人工術師と言うのは……」
「そうね……」
雪は端的に答えると桃吾は茶碗を置きながら雪に言う。
「雪さん。少々警戒しすぎですよ」
「?」
すると桃吾は少し思い返すようにしながら諭すように言う。
「私の娘がいよいよ反抗期に入りましてな。最近は突っぱねられてばかりですよ。だけどそれがまた成長しているようで嬉しくてね……」
娘の話をし始めた桃吾。いつも回りくどい話をせずに直球に話を切り出す彼だが、そんな彼が娘の話をし始めた事に雪は何を言われるのかと疑問に思った。
「雪さん、あの子は優しい。そして優しいが故に貴方の意向には従ってしまう。貴方が愛娘を大切にしているのは分かっていますが、それが今では呪いのようになっている」
雪は痛いところをつかれた。流石は大学時代のゼミ仲間と言った所か……。
「今回の一件もそうです。再三冬歌くんから要求されていたのでしょう?しかし貴方は彼等と彼女を合わせなかった。ハッキリ言いましょう。
それは愚策だった」
「……」
雪はぐうの根も出なかった。事実ベースカラーは奪還され、湊斗は暫く前線復帰は出来なくなった。
「もしかすれば、彼らと冬歌くんが接触していれば何か変わったかも知れない。そう思いませんか?」
すると、そこから桃吾は捲し立てるように続けて話す。
「冬歌くんももう高校生になったんです。自分で考えて行動するような歳ですよ?いつまでも安全な方に進んでいると何も問題の解決にはなりません」
冬歌の血を使って生み出された人工術師のプロトタイプ、ベースカラー。その実力は元となった冬歌の術師の能力とほぼ同じだ。十二人居た彼らは四人がシカゴの戦闘で射殺。その時の被害は州兵八名、警察五名が死亡。装甲車が二台破壊する戦闘であった。まだ幼い、術式に関してほとんど何も分かっていない子供の状態でこれだ。あれから十年が経ち、相手も術師に関する理解も大きく増やしていた。それはつまり……あと八人、冬歌と同等の力の術師がいると言う事だ。
冬歌は強力な術式を満足に展開出来ないために乙級となっているが、保有する霊力の量が桁違いで甲級になる力を持ち合わせている。ため、雪は実質的に甲級の実力があると認識していた。
「多少の危険を鑑みても、あの時に接触させるべきであったと。私は思っていますよ」
そう言い残すと桃吾は言いたい事を言い終え、そのまま帰って行った。
ダダダダダッ!!
東京の別邸の地下室で冬歌はSCARを持って射撃する。前に過激資本主義者の倉庫から頂戴した一品だが、流石は最新武器。とても使いやすかった。
術式を使うことのできる獣人は単独で装甲車並みの火力と装甲を有すると言われているのが今の通説だ。極一部は一個師団を潰せると言われている力を持った人も居るが、そんなのは伝説上の生き物みたいなもんだ。
「ふぅ……」
射撃を終え、弾倉を抜くと心陽が降りて来て言う。
「お嬢様、さくら様よりお電話が」
「ん、分かった」
そうして冬歌は電話を変わる。今日は十二月二十日、諸外国ではそろそろクリスマスなる行事が行われる季節だが。日本がいくら洋風化しているとは言え、ハロウィンやらクリスマスやらなどの行事は日本の一部でしか輸入されていなかった。日本人的に言うとキリスト教よりもユダヤ教の方が馴染みが深かった。
「はーい?」
携帯に出るとさくらが冬歌を呼び出した。
『あ、冬歌。今から会える?』
「うん、いいよ?」
『ちょっとお願いしたい事があってさ』
「分かった。どこに行けばいい?」
『うちの近くなんだけどさ』
「了解、すぐに行くね」
そう言い、電話を切ると冬歌は言う。
「心陽、送ってもらっていい?」
「畏まりました」
ホルスターにデザートイーグルを持って冬歌は家を出て行く。急なさくらの呼び出しとは珍しいと感じながら、場所的に車の方が早いと感じながら冬歌達は移動する。
もうすぐ新年の宮中行事の準備が始まる。本当は先月くらいから準備が始まるのだが、母がその役割をまだ行なっている部分が多い為に冬歌自身が行う仕事もまだ少なかった。まぁ、でも宮中行事には参加しないと行けないので忙しくなる事に変わりはない。
「お嬢様、来週からの予定ですが……」
「ええ、分かってる。去年とほぼタイムテーブルは変わらないでしょう?」
「はい、今の所変化はありませんが。……少し警備が厳しくなると言う事です」
「そう……」
この日本の盟主である天皇家の新年参賀には諸外国から多くの来賓を迎える。二千年以上の伝統を持つ王家は世界中を見ても他になく、世界中に現存する王室の中でもずば抜けた伝統と誇りがあった。何せ、あの英国国王ですら頭を下げるほどの格式があるのだから。
天皇家は獣人では無いものの、その配下には多くの獣人を収めていた。その為、獣人の存在は天皇にとって切っても切れない存在となっていた。
現在、日本には多くの獣人がいる。獣人と人の間に生まれる子供は獣人になるか、人になるのかランダムであり具体的に決まっているわけでは無い。そして獣人には極稀に『先祖返り』と呼ばれる症状があり、その症状の種類は実に多彩である。冬歌の霊力の多さもまた先祖帰りの一例であった。
「今年はいろいろな事があったものね」
警備の強化と言う事は、まだ帝都同時多発テロの余韻は残っていると言う事だ。冬歌達にとってみればそれ以外にも多くの事件があったが、社会的にみれば今年一番の事件は間違いなく帝都同時多発テロだろう。多くの死者を出したあの事件の遺恨は未だ残ったままだ。各地では赤狩りが盛んに行われていると言うでは無いか。
「やれやれ、まともに寝れる日は来るのかどうか……」
そう呟き、至る所に見えない火薬が詰まっている街の景色を眺めていた。
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