帆布に描くぎじゅつ   作:Aa_おにぎり

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第肆拾話

二〇二六年一月二日

皇居 長和殿

 

年があけて間もないこの日。皇居の長和殿には多くの国民が集まって片手に日の丸の旗を持ってその時を待っていた。少し高い場所には分厚い防弾ガラスの張られた建物があり、その後ろでは多くのこの国を支えている政財界の重鎮や華族が多く居た。

 

今日は国民が皇居に入れるほぼ唯一の機会である一般参賀が行われる日だ。多くの賓客を迎え、皇宮警察が側に控えていた。そんな中、雪は新年を祝う為に冬歌と共にこの一般参賀に参加していた。白狼種の者として、皇族を護衛する者として、今は軽く変装をしているが……。

 

狼八代家の血筋が偽名を使う事は別に大した問題ではない。むしろ当たり前の事だ。一種の伝統と化しているものであり、雪自身も偽名をいくつか持っている。その中でも普段は上社と言う名前を使っており、今は上社雪を名乗っていた。

 

「陛下のお成〜り〜!!」

 

従者の一人がそう声を上げると、一斉に賓客の視線が一箇所に集まって頭を下げる。

大勢の賓客の前を、この国で…いや、世界でも最も高貴な血を継ぐ人物……今上陛下と、その系譜が歩く。

実在が判明しているのだけでも約千五百年、始まりは三千年近く経つ世界でも最も高潔な血を引く日本の王はその威厳を醸し出しながら悠然と歩く。外では防音の施された窓越しでもわかる熱気が溢れ、旗を振っていた。そんな熱狂的な国民を見ながら、今上陛下は手を振って国民におことばを述べていた。

 

 

 

 

 

新年明けの一般参賀に対し、軍や警察は厳戒態勢で警備にあたっている。今ここには多くの公爵などの華族も来ており、少しでも不審な行動や物を持っていれば拘束される。例外は無く、皇居にいる者は必ず身体検査を受ける事になっていた。

 

「破魔装置も展開中ですね。しかもかなり強めの物が」

「じゃあ、今の冬歌はか弱い少女だな」

「馬鹿にしてません?」

 

皇居の豊明殿の中。メイド服を着た冬歌は横でレディスーツを着ている沙耶香とそう話す。今日、冬歌はこの後の食事会の準備を準備する為に豊明殿で走り回っていたのだが、同じく新年明けの新年祝賀に参加していた沙耶香とばったり出くわし、こうして人気のいない場所で話していた。

 

「しかし、既に花嫁修行を終えていたとはな」

「中学校に行かないならって事で、三年間みっちり扱かれたわよ」

「うちはまだ決めていないからなぁ……」

 

普通であれば、良いところのお嬢様は大体皇居などで花嫁修行をした後に嫁入りとなる。事実、高校を休学して花嫁修行に明け暮れている人も未だに居るくらいだ。

 

「おや、沙耶香はここには来ないので?」

「悩んでいるんだよ。花嫁修行か、士官学校か」

 

虎寺家は軍人を多く輩出して来たがゆえに花嫁修行に来ない事もあった。口には出さないが、沙耶香が真面目に花嫁修行をしているのを想像すると『似合わない』と言いたくなってしまう。

 

「兄貴達は全員それぞれの士官学校に入ったから、私は何しても良いんだよね」

「あぁ…成程……」

 

虎寺家は沙耶香を含めると四人子供がおり、沙耶香は末っ子だ。上に三兄弟が居り、それぞれ陸海空軍に分かれて士官学校に入っていた。

 

「親父的には花嫁修行をさせたいらしいがな。一番上の兄貴はもう子供もいるくらいだし」

「え?あっ、じゃあ沙耶香はその年で叔母?」パコンッ!「痛っ!」

 

軽く頭をどつかれ、頭をさすると冬歌に沙耶香は言う。

 

「同じ事言うなよ」

 

それだけで結構気にしているのだと冬歌は感じると、沙耶香はややため息混じりに言う。

 

「……まぁ、悪くはないわよ。赤ん坊を抱える感覚は」

「そうなんです?」

「ええ、少なくとも他で味わえる感覚ではないわね。あの独特な温もりは」

「へぇ〜……」

 

冬歌は軽く頷くと、沙耶香は壁から背を離して歩き出す。

 

「私は今日はこれで帰るから。せいぜい今日は苦労することね」

「ははは……」

 

普段は術式で体に微弱に帯電させて体力を誤魔化しているのがバレているかと内心苦笑しつつ、冬歌も沙耶香が消えていった方とは別の場所に向かっていった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

皇室にとって一番忙しい時期が年末年始だ。行事が立て続けに行われ、休む時間もない。分単位で予定が決まっており、少しでも遅れる事は許されない。そんな公務を卒無くこなしている今上陛下は一般的には神の子孫だと言われている。

 

憲法上では全ての軍の統帥権を持ち合わせ、政治に口出しできる立場であるが、実際は政治に口出しする事なく。政治関係の仕事といえば国会で決まった法案などに国璽を捺す仕事くらいしかしていない。統帥権も形骸化している物で、ここ数十年は使われた事が無かった。

専ら今上陛下は公務はそこそこに蛸の研究に没頭しているのは有名な話であった。

 

「ふぅ…終わった終わった……」

 

仕事を終え、私服に着替えた冬歌は頭を掻きながら皇居を後にする。今日の新年祝賀の儀に際し、冬歌は従者として駆け回りながら多くの華族の顔を見てきた。その中に宴会に参加していた沙耶香の姿も見られた。

 

「しかし……」

 

宴会の最中、顔を合わせた公爵の面々を見た冬歌はその威圧感にやられそうであった。獣人公爵の顔も見てきたが、特に怖いと思ったのは犬走家だと感じた。

 

「ヤクザみたいな顔をしていたなぁ……」

 

当代犬走家当主、犬走鑑三。日本有数の貿易会社などを経営している、日本の公爵家のひとつだ。黒犬の獣人で、系譜も犬系の獣人ばかりで有り。その数も最も多くいる。そして、大阪を中心に活動している犬走家と、京都を本拠地とする同じ公爵家の猫川家と仲が悪いのは有名な話だ。

当主の犬走鑑三は嘗て従軍中に受けた敵弾の攻撃で右目に大きな縦一線の傷跡を追い、見た目はヤクザかと思う程強い印象があった。横には見るからに気弱そうな見た目をした犬走家長男の犬走恭一郎が座っていて少しかわいそうにも見えた。

 

「まぁ、あのイケメンヤクザよりヤクザしてて笑いそうだけど……」

 

そう悪友の事を呟きながら帰路に着く冬歌はふと皇居の近くに止まっていた一台の車に目線がいく。

 

「あのマーク……」

 

車に印字された高級車を見て少しだけ目線を細める。近くにはキョロキョロと辺りを警戒する様に見回している様子の犬走恭一郎が立っていた。

 

「何してんだ?」

 

首を傾げながら冬歌は遠目で眺めると、恭一郎はそのままそそくさと車に乗り込んで走り去って行ってしまった。

冬歌は疑問に思いつつも、宴会での様子から常に怯えているんだろうなと感じて、特に気にする事なく心陽の到着を待っていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

家に戻ると、そこでは雪が従者に淹れて貰った紅茶を口につけていた。

 

「あら、仕事は終わり?」

「はい。今日の仕事は先程終わりました」

 

そう言い、反対側の席に座る。新年明けの様々な行事に参加する為に雪は暫くはこの別邸で過ごす予定だ。冬歌が学業院に入って普段暮らしているこの家は狼八代家の幾つか保有する別邸の一つであり、別邸の中では特に大きな場所だ。雪が泊まるくらい問題ないのだが……。

 

「今日は冬歌の横で寝させてもらいましょうかね」

 

そう言うとくすくすと雪は笑い、冬歌は内心溜息が漏れてしまう。この人はまだ私をこんな風に子供扱いする。初めの頃は良かったが、ここまで来ると最早鬱陶しいまである。また抱き枕にされるのかと内心ゲンナリしていると……。

 

「まぁ、今日は早めに寝ておきなさい。明日も仕事はあるのだし」

「…えっ?」

 

予想外の答えに冬歌は一瞬驚いた声が漏れてしまう。大体こういう時は自分がベットに行くまで待っているというのに。

すると雪はそんな冬歌を見て至って当たり前な雰囲気を出しながら言う。

 

「私はまだ仕事があるから。それにこんな時間だし」

 

そう言い、雪は二三時を回った時計を見ながら言う。とても四十路近い女性とは思えぬ容姿の母はそう言い残した後席を立つと部屋を後にした。その事に冬歌は驚いたまま暫く固まっていたと言う。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

年が明け、送られてきた年賀状の仕分けや返事を終え。親戚との宴会も、初詣も終えたさくらは自室のベットに転がっていた。

 

「……はぁ」

 

やる事を全て終えると途端に暇になる。学校が始まるまでグータラと家で寝ていても良いが、冬歌や沙耶香などの家の良い人はこんな日にも皇居に行っていると言う。それを聞くとなんだか家で寝続けても良いのだろうかとも思ってしまう。

 

「思えば冬歌が狼八代の子だなんて思わなかったなぁ……」

 

四月の終わり頃。その時、友人とか入るにはいたが何となく話していても楽しくは無かった。そんな中見つけたクラスメイト。それが上社冬歌だった。教室の隅の温かい席で眼鏡を掛けて、次の授業の準備をしていた。いつもは気にも掛けないような同級生だったのは間違いない。だけど、眼鏡の下に隠れた()()がある様に見えた。その魔性とも言うべき謎の魅力に吸い寄せられる様に私は思わずその少女に声を掛けていた。

 

それから私は今までの友人関係を全て捨て、冬歌のみを友人と見ていた。色々と楽しかった今までとは違う、親密に関係を持ちたいと思えるほど話していて楽しかった。後々に、冬歌があの狼八代家の直系の実娘と分かっても関係が変わることは無いし、他人に言いふらしたく無かった。あの家の格式も重々知っているし、何より冬歌に他の不遜な輩が寄ってたかって話しかけられるのが嫌だった。

 

「今頃は皇居で何してんのかなぁ……」

 

ふとさくらは呟く。公爵ともなれば皇族に関する様々な行事に駆り出される。事実、新嘗祭の時も冬歌は駆り出されていた。

 

「暇だし整備しようかな……」

 

さくらはベットから起き上がると引き出しにしまっているワルサーP99Cを取り出す。この拳銃は春先のテロ事件で冬歌達が銃を撃って自分達を逃がしてくれたのを見て。両親に自分が頼み込んで免許を取った記念に父が買ってくれた物だ。家族の中で拳銃の免許を取ったのは私だけだ。いざとなれば自分が家族を守る事ができる。

 

春先のテロ事件以降、かなりの頻度で銃による事件が起きている。事実、自分達だって何度か銃を使った事件に巻き込まれた。今の時期は自分を守る為に武器を持つしかない。カラニット先輩が誘拐されたあの事件の時に適当に取った拳銃HK45も取り出す。この拳銃は親には個人で買った物と言う風にしておいた。威力は十分だが、大きいので学校とかには持って行かない。やっぱりコンパクトなP99Cの時の方が持ち易かった。最近は学校に拳銃を持ち込んでいた生徒は減っており、もう既に春先のテロ事件の一件も風化しつつあるのだと感じる。

 

 

 

拳銃を分解し。部品をそれぞれ清掃していると、桔平が部屋の扉をノックして言った。

 

『姉ちゃん、母さんが呼んでたよ』

「分かった。拳銃の清掃が終わったら行くって伝えて」

『分かった』

 

そう言うとさくらは清掃を正確に手早く行い、部品を組み立てるとそのまま拳銃を引き出しの中にしまった。




第五色 完

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