帆布に描くぎじゅつ   作:Aa_おにぎり

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第肆拾弍話

二〇二六年 二月十日

モスクワ クレムリン宮殿

 

帝政ロシア時代から政治の中枢として機能してきたこの場所で、数ヶ月前に新たなロシア大統領として国民から支持を受けてその席につく事になった新たなロシア大統領。エルドリアン・シコルスキーは軍部から出された紙を眺める。

 

「大統領、こちらの書類にサインを」

「……」

 

地図や写真まて添付され、詳しい行動計画が記されたその書類を読み。エルドリアンはペンを走らせた。

 

 

 

 

 

一般市民からの目線で言うと自分は親北中派だと言う。その為、周辺の国々は警戒心をあらわにしている様で。

 

「全く、馬鹿馬鹿しいな」

 

あくまでも自分の目的は別だと言うのに……。

 

「如何です。先生?」

 

振り向いた先、一人の老人がロシア大統領官邸の執務室のソファに座っていた。何処か貫禄があり、とても百歳を超えているとは思えぬほど張りのある肌と頑丈な体を持っていた。するとその老人はソファに座ったままゆっくりと閉じていた目を開けると口をゆっくりと動かした。

 

「……あぁ、君には感謝している。ありがとう」

 

そう言うと、エルドリアンは首を横に振った。

 

「いえ、先生には返しきれぬ恩があります故に。これくらいの事は……」

「しかし、君は国家の終焉を見る事になるだろう。歴史上、亡国の国家元首は悲惨な目に遭っているのは知っているだろう?」

「分かっております」

 

エルドリアンは短く頷くとこれで良いと言う。

 

「ロシアの歴史上の最も大きな過ちはロマノフ王朝を滅亡させた事にあります。その過ちは正す必要があります。しかし……」

 

エルドリアンはそこで世界地図を見る。地図の北側、長大な国境線を引き、広大な領土を表すその地図を見て呟く。

 

「この国は余りにも大きすぎる。それこそ民主主義では自壊してしまいそうな程に……」

 

そう呟くと、エルドリアンは末期ソ連の光景を思い返すと思わず歯噛みをしてしまった。

物が無く、路頭に迷う国民。日々を生きる事にしか性を見出せず、荒廃して行くかつての栄光。

 

「この作戦が終わり次第、私は未来にこの母なる大地を託したいと思います。……半分は私のエゴですが」

「エゴか……それも悪く無かろう。君の様な国を真摯に思う志を持つ者が国の長を務めている事を嬉しく思うよ」

 

そう言うとその老人はソファを立つ。

 

「お見送りします」

「いや、結構だ。自分で歩ける」

 

そう言うとその老人は片手に鞄を持って外に出る。

 

「まだまだ弟子の活躍を見ないわけには行くまい」

「……そうですか」

 

エルドリアンは目を軽く閉じると老人の意図を察した。

 

「では、次の機会にお会いいたしましょう」

「あぁ、そうだな……その時は共に一杯交わそう。良いワインがある」

 

そう言い残すと老人は中折れ帽を被ると赤い広場を歩いて去って行った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ふーん……」

 

ネットニュースを見ながら冬歌は少しだけ目元を細めた。

 

「何見てんの?」

「ん?このニュース」

 

話しかけてきたさくらに冬歌はあるネットニュースを見せた。それを見てさくらは見出しを復唱した。

 

「ロシアの公文書館に保管されていたアドルフォ・ヒトラーの遺骨が紛失した可能性……?」

「本当であれば大問題じゃ無いか」

 

そう言い、沙耶香が両手に海鮮丼定食を乗せた盆を持って席に座る。

 

「そんなに重要な事なの?」

 

さくらが首を傾げて問うと、沙耶香が答える。

 

「重要も何も、嘗てのナチスの長だぞ?その人物の遺骨が盗まれたと慣れば欧州のネオナチが挙って沸き立つ要因になるだろうよ」

「ネオナチ?」

「主にナチス・ドイツを支持し、アドルフォ・ヒトラーを崇拝する現在のファシスト集団の事です。インターネットやSNSを通じて特にドイツ国内で広まっていると言われていますね」

 

愛結が解説を入れるとさくらは納得した様子で首を縦に振っていた。

 

「極右集団や獣人排他主義者とか白人至上主義者とかが混ざったりして……ようは世界中から嫌悪されている様な集団よね」

「うわ、そりゃ嫌われるわ」

 

さくらはやや顔を顰めながら納得した。

現在、世界的に見ても獣人は人と同じ様に扱われる場合が多く、今でも獣人の排他的な地域はあまりなかった。あると言えばアメリカ東海岸とかだろう。後はもうそう言う思想を持った人間くらいだ。

 

「ネオナチも無数に枝分かれしているからな。もう分からんよ」

 

沙耶香はそう言い、鮭の刺身を食べる。スキーに来て三日目、冬歌も人並みには滑れるくらいには上達していた。

 

「はーい、行くよ〜」

「おう!気を付けろ〜」

 

山の斜面をさくらと共に滑走する。三日目ともなると運動音痴の自分でも満足に滑れる様になってきた。

 

「満足に滑れる様になったら今度はスキー板を揃えて滑る事だな」

「その方が疲れにくいからね」

 

そう言い、四人はスキーで滑走する事数時間。四人はスキー旅行を楽しんでいた。

前々から慣れ親しんだコースを滑走する周辺には同じ様なスキー客も多く、スノーボーダーの数は少なかった。

 

「気持ち良いね」

「ええ、特にこう言う景色だとね……」

 

そう言い、山頂から他の山々を眺める。一面雪景色で葉のない木の幹が至る所に植え付けられ、薄い茶色のヴェールを被せていた。

遠くには切り開かれた部分があるので、おそらく別のスキー場なのだろう。

 

「こんなに広いとなんか壮観だね」

「そうね」

 

空にはどんよりとした雲が近づいてきており、雪が降るかもしれない。

 

「おーい、そろそろ行くぞ〜」

「はーい」「あいよ」

 

準備の終えた沙耶香に言われ、二人はそのままストックを押し込んで移動する。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

暫くし、ナイターの時間となり、真っ暗でゲレンデ以外の灯りがない場所を滑る。純白のスキーウェアにゴーグルを付けて滑っているために夜になると冬歌の姿は見えづらかった。

 

「おっと」

 

好きでぶつかりそうであったが直前で板を曲げて雪を掻き分けて止まる。そしてゴーグルを外すと冬歌は滑っていて思ったことを呟く。

 

「ナイターって結構やりづらいのね」

「そうよ。昼間に若干溶けた雪が再氷結するから、慣れていないと滑りにくいわね」

 

そう言い、後から追いかけてきた沙耶香がそう言うと二人は軽く頷くと沙耶香が言う。

 

「さ、これを滑り終えたらレストランに行くわよ」

「了解」

 

そう言い、四人は最後にゲレンデを降りて行った。

 

 

 

 

 

三日目ともなれば慣れたもので、近くのホテルのホールを歩く。外国人観光客の数も多く、レストランも大賑わいだった。

日本のゲレンデはサービスが充実していることから外国人が多く訪れており、その期間は長いとワンシーズンを泊まったりするので金を落として行く良い鴨なのだろう。

去年の春には帝都において同時多発テロが起こり、一時日本の信用はガタ落ちであったがあれ以降の大きな事件も無く、アメリカ同時多発テロの時の様な巨大な被害が無かっただけに今ではこうして観光客も引き返してきていた。

 

「(随分と人が多いのね……)」

 

色とりどりのスキーウェアを見ながら着替えた冬歌はホールを移動していると携帯から音が鳴った。

 

「あ、ごめん」

 

電話相手を確認し、冬歌は一言言って人の居ない場所に移動すると電話に出た。

 

「はい、もしもし?」

 

相手は裕翔からであった。

 

『あぁ、お嬢か』

「どうした?まぁ、貴方からの電話という事は……」

『既に当主様には行っているが……ここ最近ロシア人観光客が大勢入り込んでいる』

 

東照会の様に、日本の所謂ヤクザと呼ばれる連中は政府との裏取引で海外マフィアやカルテルなどの裏の防波堤となる代わりに、ある程度のヤクザの行動の黙認や刑期の短縮を行っている。

 

東照会の様に麻薬を扱わないグループも存在するが、麻薬関係は日本はヒロポンで大混乱に陥った過去から恐ろしく厳しい為やっていても少ないのが現状であった。だって麻薬作ったら家族も捕まると言う昔の中国みたいな法律だもん。

 

「例年通りじゃ無くて?」

『違法渡航者だ。浮浪島でヤクをばら撒こうとしてたから取り敢えず取っちめた』

「あぁ……そう」

 

関東圏で麻薬の売買ができない理由がコイツだなと内心感心しながら冬歌は話を聞く。

 

『お嬢は今何処に?』

「今は北海道に旅行に来ているけど?」

『だったらちょっと警戒した方がいいかもな。近頃、ロシア側でも動きが目立ってきた。……お嬢の予測が当たるかもしれんな』

「……」

 

内心冬歌はため息が出てしまう。仲良くすりゃ良いのに……。あの国は何が目的なんだ?

 

「分かった……ありがとう」

 

そう言い残すと冬歌は電話を切った。




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