帆布に描くぎじゅつ   作:Aa_おにぎり

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第伍拾話

「…」

 

その日、冬歌は東京の別邸で一人、ある資料を読んでいた。

それはエドモンド・クライツァーに関する資料だ。

彼は優秀な元アーネンエルベ職員で勲章を授与され、アドルフ・ヒトラーの覚えも高かったという。

 

アーネンエルベと言えば、ナチス・ドイツ時代の公的研究機関である。アーリア人種の歴史や古代知識などを研究し、科学的研究からオカルティズムに至るまで、多くの研究を行うことを専門とした機関である。

 

無論、オカルティックな研究を行う上で『魔法』に関する研究も行なっていた。

 

 

ーー魔法。

 

 

それはかつて欧州を含めた西洋に存在されたとされる伝承上の存在。今我々が使う『術式』とはまた違うものであり、『魔女』と呼ばれた人々が用いたとされるその技術は『魔女狩り』によって失われたとされていた。

宗教上の理由で魔法とは危険分子であり、世界に存在してはならないものとして歴史からの抹消を求められたという。

 

なんとも酷い話ではあるが、宗教を広める上で必要な『共通の敵』それに祭り上げられたのが魔女だった。

そして魔女として火炙りの刑に処された西洋の人々は魔法をついに失わせることに成功した。

 

皮肉なことに、その後の数百年の時代の後。目まぐるしい科学が発展し始めた近代と呼ばれる時代において『魔法』の有用性が証明されたことにより『近代魔法』は幕を開けた。

 

「彼は戦後、ペーパークリップ作戦などでアメリカに渡米後に『人工術師』の研究をしていたのか…」

 

冷戦期、『術師』と言うのはアメリカがソ連よりも優位に立っていた数少ない技術の一つだった。

今の所、世界一の術師大国として名を馳せているのが我が大日本帝国である。

明治維新以降、日本を守る術の重要な一つとして術師の育成は国家事業の一つであった。

 

中でも公爵家は太古より天皇家を輔弼し、奉る組織として『皇軍』と呼ばれる武装組織を持っていた。

今でこそ『近衛師団』と言う形で消えてしまったが、皇族を輔弼すると言う意味では今も存続している。

 

「ええ、その予算は当時のロケット開発よりも多かったようです」

「ははは…後の事を考えると面白くなるわね」

 

心陽は冬歌に言われて集めた資料を前に軽くため息をつく。

ベースカラーやロシアの北海道強襲の一件から一ヶ月、あれから国内世論は大きく荒れた。

宣戦布告なしでの北海道強襲による損害、ロシアとの開戦やむなしと言う苛烈な新聞記事が出回るほどだった。

 

「今のロシアの方は?」

「それは御当主様が行っております」

「ふーん…お母様は教えてくれないの?」

「もう少しすれば御当主様が…」

 

すると、そこで心陽はつけている骨伝導のインカムに連絡が入った。

 

「…お嬢様、御当主様が到着なされたようです」

「そう、ならお出迎えしないとね」

 

少し嬉しそうにしながら冬歌は資料を片付けると、その勢いで玄関に向かった。

 

 

 

東京の別邸はまだここが江戸と呼ばれた時代に建てられた東の拠点として建てられた。

狼八代家の本家は秩父の方に存在しているが、何かと仕事の多くなる時期においては母はこっちに来てくれることが多かった。

 

「お久しぶりです。お母様」

「うむ。元気そうだな」

 

玄関で出迎えると、車を降りたばかりの母は私の頭を撫でる。色をつけていない雪色の白く透明感のある髪は血の証。

そして鼻を掠める嗅ぎ慣れた温もりのある優しい母の香り。

 

「全く、新年早々に苦労をかけたな」

「いえいえ、そんな」

 

雪と冬歌は軽く玄関で話した後、玄関を上がった。

 

「此処も久しいな…」

「ええ、いつもお母様は帝国ホテルの方に泊まられてしまいますからね」

 

少々むくれた表情で雪を見る冬歌、その表情の意味を誤解しなかった彼女は軽く笑った。

 

「ふふふっ、悪い。では、今度からはこちらに泊まらせてもらうとしよう」

 

現在は冬歌が学校に通っているので使っているこの東京の別邸。元々は雪も使っていたのだが、下手な苦労をかけまいと最近は帝国ホテルの方に泊まることが多かった。

元々秘密が多い狼八代家、特に最近はベースカラー関連の事件で狼八代家は華族のなかで徐々に顔を出しつつある。虎寺家とは言わずもがなといったところだろうか。

 

「是非!お母様には!」

 

冬歌もそれには頷き、嬉しそうにした。

齢十六の一人娘のお願いともなると雪は叶えたくなるというのが親心。

ましてや一度手元から離れてしまったともなるとその熱は通常の比ではない。熱愛以上の、依存にも似た何かを彷彿とさせる様な愛情を注いでいた。

 

軽装の洋服に身を纏った冬歌はそのまま屋敷の応接室に入る。

そしてちょうど良く心陽が茶菓子を持って現れると、テーブルの上に紅茶と焼き菓子を置く。

 

「それで、今日は私にどんな話をしたいのかね?」

 

雪は早速、冬歌に今日の要件を聞いた。

狼八代家の当主をメール一つで呼び出せるほどの権限を持った彼女は、そこで真面目な表情で言う。

 

「お母様にお願いをしたく」

「ふむ、それは何かな?」

 

雪はあらかた予想のつく問いに耳を傾けた。

 

「ベースカラーについて、本格的な捕縛をお願いしたく」

「…」

「この際、できれば虎寺家に情報開示と共有を行った上で、国軍と協同でこの問題にあたりたいと思っております」

 

冬歌の要望は概ね予想通りであった。そもそもエドモンド・クライツァーの情報を欲した時点で彼女は過去を見ているのだ。

 

「国軍と協力か?」

「はい、ベースカラーは強力すぎます。ですから、我々からは今持っている彼らの情報を提示する代わりに、国軍にはベースカラーを渡そうと…」

「ふむ…」

 

過去に一度、冬歌は虎寺沙耶香と協同でベースカラー二人を捕らえたことがある。その時の戦闘の様子は冬歌がしっかりと纏めて出してくれている。その時のデータを参考にベースカラー捕縛用の術式は組んでいた。

 

「だが冬歌、それで我が家から戦力を渡すと?」

「いえ、国軍には戦力を出してもらうだけです」

 

国軍のマンパワーを用いてベースカラーの捕縛に乗り出す。狼八代家からはベースカラーと、それを作り出した研究者の情報を出す。

 

「我々に利益はあるのかい?」

「さぁ?」

「分からないものに手を出せと?」

 

旨みがない話に雪は迂闊に手を出せないと言った。

 

「虎寺沙耶香嬢とは事前に『報酬の分割』の承諾は得ています」

「彼女は軍人ではないぞ?」

「ですが虎寺家への影響力はあります。…そもそも、軍の研究施設は我が家にも通じていおります。それに、我々の目的と国軍の目的は違いましょう」

「…」

 

そこで雪は冬歌が何をしたいのか、おおよそ理解した。そしてその為に彼女がするべき行動というのも…。

 

「狙いはあくまでもエドモンドか?」

「ええ、今更になって出てきたご老人に()()()()と思いまして」

 

そこで一瞬だけ溢れそうになった怒気を雪は感じ取った。代々、狼八代家の血を継ぐ人間というのは感情が強く出やすい。しっかりと狼八代の血を注いでいるのかと軽く安堵しながら思考を重ねて雪は答える。

 

「…答えにはしばらく待て。これは我が家にも大きく関わる重大事項だ」

「はい、よく分かっております」

 

冬歌もそれには頷いた。だが返事の様子から前向きに検討してくれるのだとひとまず安堵していた。

 

「その上で国軍を上手いこと誘導する必要がある。敵は国軍以外にも世界中にいるしな」

「無論です。ですのでお母様のご協力が不可欠となります」

「ははははっ、よく言ってくれる」

 

手塩にかけて育ててきた娘は、らしく無く強い思いで強請ってきた。

この話は狼八代にとっても因縁の相手に関わる話であり、何より娘の古傷を掘り返そうとする不安分子は徹底的に排除する必要があった。

 

「すまないが、今日は泊まることはできなくなってしまった。…すまんね」

「いえ、私はいつでもお待ちしております」

 

冬歌は部屋を出る雪に答えると、彼女は雪を見送る為に着いて行く。

 

「ベースカラーに、エドモンド…どうして今になって冬歌の目の前に現れたのか…」

「それを聞く為にも、我々は親元の方を捕まえる必要があるかと」

「そうだな…」

 

冬歌の意見に頷くと、雪はそこで玄関から出る。

既に屋敷の前では車が待機しており、雪を秩父の実家まで送る準備はできていた。

 

「冬歌」

 

そして乗り込む直前に、雪は振り返る。

 

「はい、お母様」

 

冬歌はどうしたのかと思うと、そこで彼女は軽く注意を受けた。

 

「無理をするでないぞ?冬歌の本業はあくまでも『学業』だからな?」

「…はい」

 

鍵を刺され、冬歌は反射的に心陽を一瞥する。彼女は表情一つ変えることなく雪を見ており、悪びれる様子もなかった。まあ確かにやっていることはあれだが…。

そして雪はそのまま車に乗り込むと、走り出していき。冬歌と心陽は頭を下げて見送った。

 

「…」

 

そして走り出した車内、特製仕様に改造されたリムジンの防音を兼ねた壁を開ける。

 

「どう思うかね?」

 

雪は湊斗に問うと、彼は赤信号で停車してから答える。

 

「お嬢様はかの下手人と対決する姿勢をお見せしております。何かあれば、すぐに対応できる準備は整っております」

「…」

 

雪はそこで考える。

あの屋敷には、冬歌の要望で心陽以外の人が常駐することはない。

無論、安全上の問題は抜かり無いが、ベースカラーの能力の高さは知っての通り。あの監視網を抜けてくる可能性もあった。

 

「奥様、失礼をご承知でよろしいでしょうか?」

「ええ」

 

湊斗は、そこで自分なりに感じた思いを話す。

 

「お嬢様は過去と向き合う準備を整えられました。そして人工術師の技術は誰もが欲するところであります」

「だがあの技術は冬歌の血で作られたものだ。危害が及ぶやもしれん」

「国軍も公爵に手を出す勇気はまずないと考えてよろしいかと」

「…ふっ、やれるなら相当な覚悟がいるな」

 

湊斗の返答に雪は再び考える。

 

「冬歌にもしものことがあるのなら…」

「その時は、我々一同が全力を持って然る出来措置を取るまでです」

 

湊斗は自信を持って言う。

 

「そしてお嬢様への不安対象は、すべて排除するべきかと」

「…分かった」

 

雪はそこで決断をする。

 

「至急、虎寺の当主に連絡を。人工術師の話なら、向こうもすぐに飛びつくでしょう」

「分かりました。すぐに手配いたします」

 

湊斗は頷くと、すぐに連絡を入れた。

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