【完結】虹色refrain   作:迷えるウリボー

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10 《あのバンド》

 

 

 四人の結束バンドとしての初ライブが、いよいよ目前に迫っていた。

 ライブTシャツを作った。アー写を撮った。オーディションに合格をした。練習を重ねた。

 バンドとしての結束も強くなったと思った。

 初ライブ、きっと上手くいくと、四人誰もが思っていた。

 ……なのに。

『勢力を拡大させた台風は当初の進路とは異なり、関東地方を直撃しています。現在都心では一時間に20mmの強い雨が──』

 下北沢へ向かう電車の中。ひとりは動画サイトで大手テレビ局の中継を見ていた。

 天気予報、台風。

 外の景色、雨と風。

 一部の電車は遅延しているとのアナウンス。

 傘を差しても濡れるほど、アスファルトの地面全部が水たまりになるほどの大雨。

「嫌な予感……当たっちゃった」

 ライブ当日。最悪の天気だった。

 前日に、せめて作ろうとみんなで願掛けしたてるてる坊主も、効果なし。

 STARRYにつくまでの数分で、長い髪に水滴が滴るくらいの大雨。

 先についていて、出迎えてくれた虹夏の表情もどこか元気がない。

 もらったタオルで髪を拭いて、静まり返って当たり前のライブ前ステージを見て思った。

(なんで嫌な予感……当たっちゃうんだろ)

 ノルマのチケットを、虹夏とリョウは学校の友人たちに渡していた。郁三も同じく友達に渡して、しかも交友関係の広さもあってノルマの五人以上に来てくれる友達がいるくらいだった。

 ひとりも、父と母、そして以前の金沢八景で渡せた三人がいて、それで五人だった。

 けれど。

「あっちゃー……友達、やっぱり来られないって」

「俺も何人かは同じです。さすがにこの雨じゃ無理やり誘うわけにもいかないしなぁ」

 四人で集まる。虹夏と郁三がただそれだけ言った。全員ではないとはいえ、秀華高校と下北沢高校の生徒たちが来れなくなった。リョウが売ったのも虹夏の友人が多いので右に同じ。

「……うちの親も、祖母が(ふたり)を見てくれるはずだったんですけど、行けないって」

 ひとりの親もダメ。理不尽極まる雨だった。

「半分以下になっちゃいましたね、お客さん」

 郁三がため息を吐いた。

 正確に言えば、その半分以下は結束バンドから渡したノルマ二十人の半分以下だ。他のバンド目当てで来る人もいるだろうから、間違ってもゼロになるなんてことはない。

 けれど、自分たちを知っている観客がいないアウェイというのはかなり心に来る。ひとりじゃなくても、緊張するのは当たり前だった。

 言葉が出ないひとりと郁三。虹夏が手をぱんぱんっと叩く。

「しょーがないよ! 切り替えていこ!」

 虹夏くんは、どんな時でも明るいな。

 不安しかない待機時間だけど、ひとりはそこに少しだけ安堵した。

 リョウが「低血圧……」といって虹夏の肩にもたれかかるのを、少し面白く思いながら見る。

(そういえば、助っ人で入ったライブの時も、わたしを元気づけてくれたっけ)

 結束バンドのリーダー、伊地知虹夏。

(よし! 私も盛り上げ──)

「ぼっちちゃん、今日はふざけちゃだめだよ。眼鏡もなし」

「──はい。ぇ!? なんでわかったんですか!?」

「あはは、ぼっちちゃんの考えてることがだんだんわかってきたからねー」

 STARRYの出入り口の扉が開かれた。ライブハウス関係者じゃない、新しい人がきた。

「ひとりちゃん、来たよー! 元気ー!?」

 へべれけべろべろの酔っ払いお姉さんこと、廣井きくり。常に血中アルコール濃度激ヤバのやべえお姉さん。

 チケットノルマ問題に心の闇を抱えていたひとりが、地元で出会ったベーシストだ。

「あっお姉さん……来てくれたんですね」

「そりゃもちろん~鬼ころ五本分だよ~? 当たり前じゃぁん」

「お酒基準なんですね……」

「ひとりちゃん、誰……?」

「あっ、チケット買ってくれて。あと、路上ライブを一緒にしたんです」

「あー、この間の自主練の時の」

 きくりを知らない虹夏と郁三からすれば、『とんでもねえのが来た』というのが心境だった。

 そのやり取りに気づいた星歌がやってくる。

「え、お前ぼっちちゃん目当てで来たの?」

「ぼっちちゃん? ああひとりちゃんのことかぁ。……ぼっちちゃん?」

「ぼっちちゃんはぼっちちゃんだ」

 虹夏は思った。あ、やべえあだ名だなあって思ってるよ。

 そしてきくりは表情を変えないまま続けた。

「そうだよぉ、私ぼっちちゃんの師匠だもーん」

「えっ店長さんとお姉さん、知り合いなんですか?」

「私の大学の時の後輩だよ。ここまで酒癖悪くなかったと思うんだけど……」

「ねーねーライブの後打ち上げやるよね? 居酒屋もう決めたのー? おいしい場所知ってますよ~」

「わかったから引っ付くな、酒臭い!」

 一連のやり取りを見て、虹夏がひとりに近づいた。

「ぼっちちゃん」

「あっはい」

「この間の路上ライブの時って、大丈夫だったの?」

「えっはい。お客さんも来ましたし……」

「それはよかったけど……他には?」

「おっお巡りさんに注意されました……」

「まあ許可がないとねぇ」

「あっあと……お姉さんが急に服を脱いだから、身売りでもするのかと……」

「……」

 虹夏の殺意に満ちた眼光がきくりを捉えた。

 再び、STARRYの扉が開かれた。虹夏の殺意は未遂で済んだ。

「ぬれたー……!」

「あ! ひとりちゃん!」

「あっ路上ライブのお姉さんたち……来てくれたんですか!?」

 名前も聞けなかったけれど、きくりと一緒に演奏した路上ライブでチケットを買ってくれた二人のお姉さんだった。こっちはあくまで素面だ。

 虹夏と郁三は『よかった……とんでもねえのだけじゃないまともなお姉さんたちだ』と思った。

 ひとりの言葉に、二人のまともなお姉さんは笑顔でサムズアップ。

「もちろん! 私たちひとりちゃんのファンだし!」

「台風吹っ飛ばすくらいのかっこいい演奏、期待してるからね!」

「へ、ファン……」

 わたしのファン。

「うへへ、ふへへ、へへへへへ」

 辛うじてファン一号二号を手放すことなく、ライブ開始の時間がせまる。

 

 

────

 

 

 ライブ直前になっても、人の数は少ないままだった。十人もいない。

 しまいには、結束バンドのことなんて「知らない、興味ない、観とくのたるい」なんて声を聞いてしまったくらいだった。もちろん結束バンドはこれが事実上の初ライブだから、知らないのも当たり前。けれど、その言葉で不安になってしまった。

 リョウが珍しく小心となる。ひとりは、そんなリョウの姿を初めて見た。

 虹夏が、ひとりでもわかるくらいあからさまに励ましてくれる。虹夏自身も緊張している。

 郁三も同じ。郁三にとっては正真正銘初のライブで、そしてボーカル担当のフロントマン。緊張しないわけがない。

 ライブが始まる。結束バンドが一番目。

 四人そろって、ステージへ。オーディションの時と同じ。会話はない。

 まだ視界は暗い。楽器のチューニングをする。いつもより少し長い。

 四つの音が消えて、数秒後。照明スタッフがステージに光を灯す。

 四人は、観客たちの姿を見ることになった。

 後ろには星歌ときくりが隣に並んで立っていた。手前には、ひとりのファン二人が自分たちを見上げていた。

 それ以外の人たちは、こっちを見ていたりスマホをいじっていたり。

 それぞれの観客の動向が簡単にわかった。わからなくなるほどの人数じゃないから。

 そして、ステージが異常に広く感じる。この前のオーディション、二人だけの観客の時よりも、ずっと。

 郁三と虹夏が事前に考えた台本の通りのギャグでMCをするけれど、笑ってくれたのはファン一号二号だけ。

「それではっ……聞いてください! 俺たち結束バンドのオリジナル曲──」

 一曲目。《ギターと孤独と蒼い惑星》。

 オーディションの時と同じように、想いの丈をぶつけてギターをかき鳴らす。

 曇天と雷鳴。まさに、今日みたいな天気の日にふさわしい曲だと思った。

 ドラムの大声と、ベースの唸り声と、ギターの叫び声が、存在を主張するのが、この曲の真骨頂だった。

 けれど、ひとりはすぐに違和感に気づいた。

(……虹夏くん、さっきからドラムがもたついてる)

 ドラムの拍動が落ち着かない。テンポが合っていない。リズムが狂って、心に語り掛ける地響きが起こらない。

(喜多くんも、リハでは何ともなかったのに、ミスが多い)

 時々震えるボーカル。時々コードが不自然になるギター。あれだけ努力してきた練習の成果が発揮されていない。ただめちゃくちゃなだけじゃない。()()ダメ。それが余計に心に届かない、中途半端なものになる。

(リョウさんも……虹夏くんと息が合ってない)

 初ライブ前のひとりの焼きまわし。個人の実力が飛びぬけていたって、息が合わないんじゃバンドの意味がない。リョウのベースの良さは隠されて、ただ()()()()なベースの音だけが無意味に観客に届いてしまう。

(みんな、いつもと全然違う。わたしだって……)

 わたしは、()()のわたしと違うんだろうか。この前のオーディションで無茶した時かだろうか。ギターヒーローの時のわたしだろうか。

 一つだけ確かなのは、勢いはない、ということ。

 惑星が堕ちる。《ギターと孤独と蒼い惑星》が終わる。

 拍手は喝采にならない。観客からどよめきには起こらない。息がそろわない。

「ギ、《ギターと孤独と蒼い惑星》、でした……!」

 郁三が、何とか先頭で語る。普段の学校の姿とは、まるで違う郁三の姿があった。

 ファン一号二号だけが、作り笑いをして拍手をしてくれたけど。暇を持て余して、スマホを変わらず眺める人たちがいる。どこかに行ってしまった人もいる。

 会場が白ける。

(わたしたち……演奏も曲もまだまだなんだ)

 心のどこかでわかってはいたこと。どれだけ練習をしたって、技術を伸ばしたって、バンドメンバーが集まったって、これがわたしたちの第一歩。

 何もかもがうまくいくわけじゃない。落ち込むことは、いつだってあったじゃないか。

「喜多くん、次の曲紹介しないと」

「あっそ、そうですね! 次も俺たちのオリジナル曲で、つい最近できたばかりの──」

 初ライブ。きっと、このままじゃ失敗に終わる。

 確かに、学生だらけの新設バンドにはあって当たり前の結果かもしれないけれど。

 でも、本当にそれでいいの?

 虹夏くんの夢が、リョウさんの決意が、喜多くんの頑張りが。

 その第一歩が、こんな形で終わっていいの?

(そんなの、いやだ)

 左腕と右腕に、力が入った。

 視界に、きくりお姉さんが映った。

『今、目の前にいる人は、君の闘う相手じゃないからね』

 教えてくれた言葉が、反響(リフレイン)する。

 視界に、ファン一号さんと二号さんが映った。

『敵を見誤るなよ』

 この人たちは、敵じゃない。興味のない人たちだって、敵なんかじゃない。

 敵だらけのライブで終わって、そんなのがわたしたちの初ライブでいいのかな?

 ──いや。

(このままじゃ……いやだ!)

 エフェクターを踏みしめる。

 気が付けば、指先が動いていた。

 

 

────

 

 

 静寂を切り裂いた、鋼鉄の弦。

(……ぼっち?)

 リョウは……いや、虹夏も、郁三の語りすら跳ね除けて、ひとりはただ()()()でギターを奏でる。

 いつもの、自身がないような演奏じゃない。オーディションの時の力強い叫び声でもない。

 リョウは、別にひとりの実力を疑ってはいなかったし、できるときはそんなことだってできるって知ってる。

 ひとりのアドリブパフォーマンスは続いている。

 感じなかった観客の視線が、ひとりに集中している。

 どんどんギターの熱が上がる。最高潮なのだとわかる。

 私たちがやりたい音楽。今、乗らない手はない。

 虹夏を見た。虹夏も、リョウを見た。

 

 ──行けるよね?

 ──うん、行こう。

 頷いた。リョウの孤高の目線が、観客たちの向こう側、照明担当を射抜いた。

 灯りが消える。暗がり。

 さあ、二曲目。《あのバンド》だ。

 他のバンドになんて向かないでよ? 今、演奏してるのは私たちだよ?

 他のバンドなんて聴くなよ?

 私たちが放つ音以外、聴くなよ。

 

 

────

 

 

 郁三の心臓が跳ね上がる。

 緊張で、まったく理想通りに歌うこともできなかった一曲目。

 辛うじてできた最初のMCでさえウケなくて喉がカラカラだったのに、拍手もまばらで郁三の事前口上は完全に吹き飛んでしまった。

 虹夏が「次の曲紹介を」と言わなければ、ずっと黙り込んでしまったかもしれない。

 そりゃそうだ。

 俺は特別じゃない。いたって普通の、いたって平凡な、代わり映えのない人間だから。

 希少で、非凡な、唯一無二に輝く人たちとは違うんだと思っていた。

 この輝きの中に、俺はふさわしくないと、思っていた。

 だから、俺は違うんだよ。

 でも輝かしい人たちは、俺をそのままではいさせてくれなかった。

 ひとりちゃんのギターの音。暗くなるステージ。

 そのまま始まる《あのバンド》。予想できなかったことだから、一番最初のギターだけミスをしてしまった。必死で先輩たちに食らいつく。

 初めて彼女の音を聞いた時。なんて上手な演奏なんだと思った。

 虹夏が彼女を『下手だ』と称した時の疑問は今でも残っていた。

 オーディションの時は、自分の演奏とボーカルに必死で他三人の演奏を意識する暇なんてなかったけど。

(今ならわかる)

 これが、後藤ひとりの本当の実力。

 郁三が口を開く。《あのバンド》のボーカルの始まりだ。

 曇天や雷鳴や、空。自然物に感情をぶちまけた前曲とは違う。

 この曲の歌詞の舞台は『踏切』。目の前には、静かに、確実に降りる黄色と黒のバー。カンカンと甲高く鳴り響く列車注意の音と赤い光。

 そして、笑い声らしい他のバンドの音。

 すべてが無機質でできている。

 叫び越えじゃない。「この音を聴けよ」という決意じゃない。「あんな音なんて聞くなよ」っていう嫌悪感。

 目を閉じる。

(そうだ、俺だって)

 こんなにも、虹夏先輩が、リョウ先輩が、ひとりちゃんが輝いていて。

 俺だけがみんなの足を引っ張るなんて、嫌なんだ。

 この場を作り上げた、ひとりちゃんに見合うくらいの。

 声を……!

 

 

────

 

 

 曲がサビに入る。

 一曲目とは大違いだった。

(いいぞ……喜多くん。声に張りが出てる)

 後方からドラムを叩く虹夏は、それだけじゃなく全員の呼吸を合わせる役目もあった。それがリズム隊の一人としての役目だった。

 自分も含めて、バラバラでめちゃくちゃだった最初とは違う。

(リョウも……ごめん、僕が少し慌てちゃったせいだね)

 普段の彼女らしさを取り戻せている。ただ上手い風じゃない、虹夏が好きだった本当にリョウらしい演奏が聞こえる。それをのびのびと演じることができて、僕もそれに合わせられる。長年の付き合いだからできる、今できる理想的な演奏だ。

 郁三のボーカルもいい。リョウのベースもはまっている。

 自分だって、いつも通りのリズム感を取り戻せた。

(僕だって、負けてられない)

 けれど。

 今、虹夏の視界に、観客と同じように、視線を奪って離さない女の子がいた。

 俯き気味な視線はギターだけしか見ていなくてピンク色の髪が無造作に跳ねる。その前髪に邪魔されて、火照った頬が少し見えるだけ。

 それでも。

(ぼっちちゃんの、あの演奏は──)

 ライブ前の自主練の時。リョウと郁三に「大丈夫か」と聞いたのは、ある種の悔しさからだった。

 今日の一曲目ほどではないとはいえ、オーディションの時、郁三は緊張していた。ひとりも前日まで演奏に伸びがなかった。だからリーダーとして、後輩たちを支えないと。そんな風に思っていた。

 結果は違った。ただ、初めて一緒に演奏したときと比べ物にならないくらい力強く演奏するひとりが、リョウや郁三を、自分までもを鼓舞していた。

 初ライブ。今度こそ、自分の役目を果たすんだと決意をしていた。

 けれど、リズムが乱れた。心も乱れた。周りのサポートもできない。ただ壊れた機械みたいに震える手で、スティックを動かすことしかできなかったのに。

(ぼっちちゃんの演奏が、全部を塗り替えた)

 観客の視線全部が、()()()()()に向いた。リョウが決意して、その視線によってライブの関係者さんまでも巻き込んで。

 そうして今、結束バンドの他三人と一緒に、会場をうねらせている。

(僕は……知ってる。忘れるわけがない)

 覚えがある。キレのあるストローク。うねりあるビブラート。テクニカルなアルペジオ。一度聴いたら忘れないスライド。

 虹夏をはじめたくさんの視聴者を釘付けにしてきた。そのネット上の配信者の名前は。

(ギター、ヒーロー)

 一瞬、信じられなかった。けれど、目の前の女の子と、動画の中の華奢な背格好のヒーローが、重なる。

 同じような猫背で、顔も見せず、ただ必死になってギターを奏でていて。

 驚きが、確信に変わる。

(僕は今、ギターヒーローと、演奏してる)

 僕は今、最高にどうかしてる。

 

 

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