結束バンドの二曲目、《あのバンド》は大盛況だった。
どうしたって天気のせいで観客は少なかったけれど、それでも他のバンド目当てで来てくれた人たちが、確かに夢中になって、そして最大限拍手をしてくれた。
ラストの曲を弾きにかかる。すべてがうまくいったわけじゃないけど、結束バンドの初ライブは成功した。
そうして他のバンドとバトンタッチして、疲れた体に鞭打って働いて。来てくれたひとりのファン一号二号さんたちにも挨拶して。
STARRYの関係者は、居酒屋に打ち上げに来ていた。
「──それじゃ、かんぱーい」
『カンパーイ!』
男女問わず声が重なった。
「お前ら、今日はよく頑張ったな」
掲げたビールジョッキを下ろさない星歌がいた。少なくとも結束バンドの四人からすれば珍しい笑顔で、けど四人はそんなことは気にしないで元気にジョッキをぶつけた。
町の居酒屋の長テーブル、座卓フロアを七人が牛耳る。
「特別に私が奢ってやるから飲め」
「姉ちゃんありがと! って僕ら未成年だけど」
結束バンドの四人、ひとり、虹夏、リョウ、郁三がそれぞれ一列に並ぶ。対面するのは星歌、加えてPAさんもいる。
そしてもう一人。
「奢ってくれるの~? 先輩好き~!」
「お前は自腹だよくっつくな気持ち悪い!」
ビールをこぼさないように器用に、けれどだらしなーく星歌にもたれかかるのは、ひとり目当てでSTARRYに来た廣井きくりだ。
垂れた糸目で、星歌とPAさんと並ぶと殊更に小さい背丈に見えるきくりは、夏場とはいえキャミソールワンピースにスカジャンを重ねただけの際どい恰好をしている……のだけど、虹夏と郁三は特に何も感じれなかった。
廣井きくり。新宿のライブハウス《新宿FOLT》を拠点に活動しているロックバンド《SICK HACK》のベーシストだ。
とはいえ、それを知っているのは付き合いの長い星歌と、この間知り合ったひとり、そしてもう一人くらいなもので。
「……今更なんですけど、お姉さんどなたですか?」
郁三は聞いた。
「よくぞ聞いてくれたよ、少年!」
へべれけべろべろの酔っ払いお姉さんは、ジョッキを仰いでから胸を反らして自慢げに語る。
「誰よりもベースを愛する天才ベーシストォ、廣井きくりでーす!」
「おお、先輩なんですね! きくり先輩!」
「ベースは昨日飲み屋に忘れちゃいましたーどこの飲み屋かもわかんなーい」
「一瞬で矛盾しましたね、廣井さん」
郁三の《きくり先輩》呼びは、後にも先にもここだけだった。
「ねぇ~ってか私ひとりちゃんと先輩しか知らないしぃー、自己紹介自己紹介~っ」
「ああもうだからくっつくな酒臭い!」
「男子大学生みたいな鬱陶しさですねぇ」
PAさんがそう言った。
それはともかく。
「伊地知虹夏、高2です」
「ああ、君が先輩の弟くんかぁ~! ドラム、様になってたよー?」
「あはは、緊張しっぱなしでしたけど」
「喜多です。よろしくお願いします。俺は高1です」
「2曲目声に張りが出てよかったよぉ~」
「ぁっご、後藤ひとりです……」
「ひとりちゃんはもちろん知ってるよぉ~」
「山田リョウ。私もベースですっ」
「おお~、ベーシスト~」
リョウの態度が珍しく前のめりだった。というのも……
「私、よくライブ行ってました……!」
「え? 本当? 君見る目あるね~」
結束バンドでも特に実力と経験を持っていて、音楽遍歴もそちらに寄っているリョウは、きくりのバンドをよく知っていた。そして、虹夏をして変人であるリョウが好むバンドだった。
なんといっても、間違っても今日の結束バンドではみれないようなライブだったりする。
「観客に酒吹きかけたり、泥酔しながらのライブ、最高です!」
リョウの言葉に郁三が「は?」となった。
「顔面踏んでもらったのもよい思い出です!」
「あはは、ありがと~全然覚えてないんだけどね~」
リョウを愛し、リョウを崇拝する郁三はただただ震えていた。
「俺、次のライブは人の顔面踏まなきゃいけないのか……?」
「そんなことしたら正真正銘バンド追放するよ!」
お母さんっ気の強い虹夏だった。
きくりは質問の対象を変えた。
「それで、お姉さんは~?」
「私、STARRYのPAなんですけど」
PAさんが朗らかに言った。
STARRYが建てられた頃から働いているPAさんは、星歌と虹夏はもちろん、リョウとも深い付き合いがある。コミュ障のひとりはともかく郁三は分け隔てなく話すし、PAさん自身も朗らかな態度なので、そんなわけで結束バンド──事実上の──初ライブ後の打ち上げに付き合っていた。
黒髪ロング、雰囲気はミステリアスでダークでシック、けれど柔らかい雰囲気も人柄も良く知っている。断じてきくりみたいな招かれざる客じゃないので、郁三と虹夏にとってはきくりよりも頼れる素敵なお姉さんだった。
そして、ひとりは金沢八景の縁があってお酒のことはともかく、きくりはすごいと思っている。リョウは言わずもがな。
ここに、特に誰も意識することのないPAさんVSきくり戦線が勃発した。立ち合いは星歌。
「喜多君、虹夏君。将来こんな女性は選んじゃだめですよ」
『はいっ』
「君らひどいよぉ……ひとりちゃんたちはお姉さんの味方だもんね!?」
「あっはい」
「もちろん、最高のバンドです!」
「でしょでしょぉ?」
「実力あるのに、売れないのが不思議」
「こんなのがモテたら男子どもの価値観を疑うわ」
主審星歌。きくりに赤旗を掲げた。
閑話休題。
「でも、ライブ最後は大盛り上がりでよかったねぇ」
「ありがとうございます。お客さん、十人くらいしかいませんでしたけど」
「でもその人たちは、みんな満足してくれたじゃん」
焦って無我夢中で演奏していた虹夏。対して観客の後ろで星歌と並んでいたきくりは、観客の様子をよくわかっていた。
初めてのライブを演奏しきった若者たちへの励ましもあるし、純粋に期待して、というのもある。同じくらい、きくりはきくりの目から見た事実を喋っている。
たった少しの観客の初ライブ。その人たちは全員、結束バンドの三曲目が終わるころにはファンになっていた。
郁三が、リョウが、虹夏が先のライブの景色を思い出す。
自分らしく弾けたベース。無我夢中になって張り上げたボーカル、そして食らいついたサポートギター。
そして、ドラムは調和を保つだけじゃなくて……
「ま、続けていけばどんどんファン増えてくよ」
ゆるりと、星歌が述べた。その目は虹夏に向けられている。
「姉ちゃん……」
普段から小生意気な弟と言葉遣いの荒い姉ではあるけれど、信頼しあっている姉弟でもある。
「次のライブもがんばれよ? ちゃんとノルマ代は払ったうえでな」
「最後の一言がなければ最高のセリフだったのに……」
「ほらぼっちちゃん、料理頼みな」
「あ、店長さん、ありがとうございます……」
七人のそれなりの所帯だ。全員で話すこともあれば、それぞれ話し込むことだってはたくさんある。
ひとりや郁三なんかにとっては初めての経験でもある打ち上げ。
混沌の空間が始まる。
────
「そういえば、
わいわいがやがやと楽しむ中、リョウが右隣の郁三に話しかけた。
「ぅげ……」
「ギター初めて三か月なのに……今日はよく頑張ったと思う」
普段なら、こんなことをリョウに言われれば忠犬のように尻尾を振って目を輝かせるのが喜多なのだけど、珍しく喉を詰まらせている。
「えー《いくぞう》って誰ー?」
と、きくり。それも当然、最初の自己紹介では聞かなかった名前だ。とはいえ、それが誰なのかは当の郁三が顔面崩壊したので明らかとなった。
「あ、アハハハハ……誰でしょうね、そんなシワシワネーム……」
「ああ、なんだぁ喜多君かぁ」
「ついに、ばれた……」
「いやそんな肩落とすなよ。私、店長だし履歴書で知ってたぞ」
「あ、僕も」
「私もですよー」
虹夏、PAさんも同様。
「……わたし知らなかった」
郁三の右隣り、テーブル席の端にいるひとりはそう呟いた。
「……散々、さんっざん《喜多》って呼んでって言ったのに!」
「えー、いいじゃん、男らしくてさ」
星歌が一口グビる。なんだかんだ、郁三を怒るときもその約束は守っていた星歌。
「ぃやですよ! こんなダジャレみたいな名前! 『きた? いくぞう!』……てアホかー!!」
郁三の叫び声が居酒屋に木霊した。ほとんどお客さんがいなくてよかった。
────
郁三、魂の叫びから数分後。
「……でもさ、別に喜多くんの名前はまだいいと思うんだよ。姉ちゃんの言う通り、男らしくてさ」
リョウの隣で化石となった郁三は放っておきつつ、リョウの左隣、机の端に座る虹夏がぼやく。
反応したのは郁三以外の全員、つまり女の子とお姉さん全員。
「お前は
「うるさいよ、
「言うなよ、気持ち悪い」
「うふふ、素敵ネームな御姉弟ですね」
「からかわないでよ、PAさん」
「私は好きですけどね、にじかくん」
「まあ、PAさんにそう言われるのは悪い気はしないけど……
「虹夏、女の子みたいだしね」
「黙れリョウ」
「やーい、虹夏ちゃん。背、伸びた?」
本気の拳がリョウの脳天にクリーンヒット。虹夏とひとりを挟んで、結束バンドの二人が死んだ。
きくりがビールジョッキを目一杯あおってから口を開いた。
「──プハァッ! 弟君とリョウちゃん、二人とも仲いいねぇ」
「腐れ縁、みたいなものですし」
「ええ~? だからライブ息ピッタリだったのかぁ~このこのぉ」
「はぁ……って酒くさっ!」
虹夏は後ろにのけぞった。鼻を抑える。
対して、復活したリョウは目を輝かせる。リョウからすれば悪い気はしない。尊敬するロックの先輩が、なんていいことを言ってくれるのだ、と感嘆する。
「廣井さん……!」
「リョウちゃん……!」
「私たちも以心伝心ですね……!」
「うん、やっぱりこれは──」
『ベーシストたる所以……!』
ベーシスト同盟、結成。
「クズ同盟じゃねえか……」
星歌の声がむなしく響いた。
────
「──にしても、ひとりちゃんも今日はすごい演奏だったね!」
「ぇ、あっ」
「ほらほら、俺らお酒飲めないけどさ、ガンガン食べちゃおー!」
復活した郁三が、右隣りに座るひとりと一緒にメニュー表を眺めている。
実はひとりは辛うじて喋れたとはいえ、途中まで真っ白に燃え尽きていた。端に座っていたので話し相手が隣の郁三が正面のPAさん、つまりほとんど話しかけられない二人だった、というのもある。
お姉さん三人の真ん中に座る星歌が、郁三をたしなめた。
「だから喜多ぁ、ぼっちちゃんを驚かすなよって」
「あはは、俺そんな悪気ないんですけど……」
「お前の陽キャオーラは人を殺すんだよ」
「殺しませんよ……」
「いや、殺すね。さっきだって写真撮りまくってたじゃん。それどうすんだ」
「え、イソスタに
撮った写真はたくさん。自撮り、バンドメンバーそれぞれとのツーショットが計三枚、お姉さん方三人が一緒に写った写真、飲み会の様子──などなど。
「なんであげるんだよ」
「楽しい写真見てたら、楽しくなるじゃないですか」
「……だめだこいつ」
隠しきれない少年の眩い陽キャオーラを前に、星歌は蒸発しかけた。
隣で聞いているひとり自身、
「ぁ、て、店長さんありがとうございます……でも、わったしは大丈夫です」
「……そう? 大丈夫?」
怖い怖い店長さん。けど、喜多くんよりは……いや、どっちも心にくるのだけど。
(けど……)
ひとりは思った。今日のわたしは一味違うぞ、と。
バンドに入って、作曲もして、オーディションを乗り越えて、そして初ライブ後の打ち上げ。
なんて陰キャとはかけ離れた生活なんだろう。もう、わたしは陽キャの仲間入りをしているのかもしれない。
そして、隣には超絶陽キャの喜多くんがいる。
(今日は……わたしの人生の第一歩!)
超、超、超オシャレでシャレオツなメニューの一つを頼む!!
「ぁう、わたしは──」
「俺はアボガドとエビトマトのアヒージョ!」
(ぐはっ!)
また喜多くんが意味不明なオシャレなものを……。
(喜多くんって、スタパとかオシャレな喫茶店とか普通に入れちゃうんだろうな……友達たくさんいるし、彼女さんがいたって……はっ!?)
未来の彼女さんに失礼ではなかろうか!?
(なんでわたしごときが……喜多くんの隣なんぞに!?)
あ、だめだ。
「イイイイキってすみません……」
「……なにが?」
「わたしにアヒージョなんて似合わない……スフレなんてもってのほか……」
「アヒージョに似合う人間ってなにさ? で、何頼むの?」
「あっフライドポテトでお願いします……」
「フライドポテト、いいね! 店員さーん!」
手を挙げる郁三をぼんやり見上げるひとり。
慣れというものは恐ろしいもので、出会った当初は郁三に出会う度爆発したり溶け崩れたり、何かしら質量保存の法則を無視してきたひとりなのだけど、さすがにSTARRYに自主練とほぼ強制的に顔を合わせているから、少なくとも変形することはなくなってきた最近だ。
それでも、ひとりの中ではまだまだ喜多は天上人の太陽人間なのだけれど。
はっちゃける郁三に、おどおどしながら付いていくひとり。そんな様子をPAさんは見て、
「こうしてみると、喜多君と後藤さんって仲のいいカップルみたいですね」
「ぅひぇ!?」
PAさんからしてみれば、それは単なる酒の席の楽しみなのだけど、ひとりみたいな暴走妄想突撃ガールにとってはそうじゃない。
「あはは、俺なんかじゃひとりちゃんには釣り合わないですってー」
「えー、そうですか? 私はお似合いだと思いますけど」
(な、なんて大それたことを言うんですか喜多くん……PAさん……)
けど、暴走妄想突撃ガール。陽キャは陽に突っ走り、陰キャは陰に隠れるわけじゃない。
陰に突っ走るから陰の者なのだ。
想像する。郁三とは現在までよく自主練で一緒にいて、そうして放課後は別れる──正確には一緒に遊ぼうと誘ってくる郁三から逃げる──のだけど、そこからさらに放課後のデートなどが始まるわけで。
一緒に帰る放課後。喫茶店でゆっくりと。手を繋ぐひと時──
「ぐはっ」
「どーしたのひとりちゃん!?」
陽キャと陰キャには、まだ天と地の隔たりがあった。
(ダメだ……こんな陽キャ生活はわたしが死ぬ……!)
倒れるひとり。結束バンド、三人が死亡、かっこ復活ありかっこ閉じ。
「ああ、またひとりちゃんを修復しなきゃ。ちょっと疲れるんだよな……」
「いや手慣れてんな、喜多」
「店長さん。だってギター教えてくれる時、一緒に弦持つとだいたいこうなるんですもん。慣れますよ」
「お前も気づけよ……」
「天然ってやつですね」
PAさんも少し呆れていた。
「君らさあ……打ち上げでなに死んでるの?」
そして、虹夏は一人そっぽを向いて一口ジュースをあおった。
────
宴もたけなわ。リョウもひとりも少し遅れて復活し、七人それぞれわいわい喋る食べる。
机の端で、虹夏はぼんやりと打ち上げの様子を見る。
リョウときくりが、好みの音楽について熱弁をかましている。
郁三と星歌が、なんやかんや楽しく語り合っていて、郁三の対人スキルの高さがうかがえる。
ひとりとPAさんが、珍しい組み合わせで喋っていた。PAさんがやんわりひとりに話を振っている形だ。
(初ライブ……成功、っていっていいんだよね)
たとえ少人数の観客であっても、きくりが言った通り最後は大盛り上がりだった。
自分の力を、出し切れたとは思う。例え粗削りでも、覇気ある郁三がいて、昔から実力を伸ばしてきたリョウだっていた。結束バンドは、決して素人の仲良し集団だけじゃない、と、思う……。
「なになにー? 弟君、黄昏れてんの~?」
ガッと、虹夏の左肩からきくりが寄ってくる。酒臭い……。
「ちょ、何ですか、きくりさん」
「えー? お姉さんがこんな近くにいるのにドギマギしないのー?」
「しません」
「えー?」
反対側からリョウが虹夏の右肩にガッと寄り掛かった。
「虹夏、昔からこうなんですよ」
「リョウ」
左右からリョウときくりに寄り掛かられる。まったくドギマギなんてしなかった。
「私のデートの誘いにも乗ってくれないし」
「いやデートて。ただ色々買い物に付き合わされるだけじゃないか。しかも僕のおごりで」
重い、暑苦しい。今は夏なんだぞ。
「弟君は私にも優しいもんね~?」
「虹夏~」
「こんのベーシストどもっ……」
少しの考え事にも浸らせてくれない。
「もぉ! 僕、ちょっとトイレ!」
結局、クズ共を振りほどいて姉や郁三などに押し付けて、そうして虹夏は靴を履く。
他のお客さんたちも徐々に増えてきた。
用を足してそのまま席に戻るのも、またリョウときくりに絡まれそうで気が引けた。
(ってか、きくりさんが僕の席占領してんだけど……)
リョウは隣の喜多くんに話しかけられているし、きくりは席が変わっても星歌に話しかけているし、PAさんの表情は見えないけれど、そんなみんなをふんわり微笑みながら眺めているのだろう。
そして、PAさんとは違うベクトルでいる
(あっ……ぼっちちゃん)
いつものように、集団の中では孤立しがちなひとり。もうそんな姿も結束バンドの当たり前になってきているし、本当の意味で孤立しているわけじゃないから虹夏も心配はしていない。
心配よりも、今日のライブの、あの空間を……ひとりを見て思い出す。
虹夏は、誰にも言わずに居酒屋の外へ出た。とはいえ、どこかに行くわけじゃない。
もうすぐ、時計は八時。夜空に満天の星……とはいかない。東京の、都会の夜空は光が多い。空は鈍色に淡い。
(……少し、寒い)
夏とはいえ、もうすぐ二学期が始まる。秋が近づきつつある。見上げる夜空に白い息は出ないけれど。
結束バンドのTシャツ、お気に入りのパーカー。手首には黒色結束バンドと、それと姉からもらったブレスレット。
(……今日の
思い出すのはそれだけだ。
みんな頑張ったの初ライブなのに、思い出してしまうのはひとりちゃん一人だ。
郁三の頑張りよりも。リョウとの息の合ったコンビネーションよりも。目に焼き付いて離れないのは……。
(ギターヒーローの、生演奏……)
本人に聞いたて確かめたわけじゃない。けれど、ネット越しにギターヒーローの演奏は何度も、何度も聴いてきた。確信がある。
あの子は、後藤ひとりはギターヒーローだ。
オーディションの時の爆発力、今日のアドリブソロのテクニカルさ、《あのバンド》の時の鮮烈な演奏。
(……そういえば、ギターもジャージも同じだったな。どうして気づかなかったんだろ、僕)
仕方ない、と言えば仕方ない。何せ、郁三が逃げた日のサポートギターの腕前が、ギターヒーローの時と比べたらあまりにもお粗末だった。あの演奏じゃあギターヒーローと重ねるなんて不可能だ。
でも、今日の演奏はほとんどプロのそれだった。
(あれだけの実力のある子がどうして……いや、コミュ障で普段は実力を出せないのか)
バンドを組んだのも初めてだと言っていた。だから、複数人でのセッションに慣れていない。
普段から爆発四散しているひとり。その様子は友達としてみる分には面白くて、友達になって、出会えてよかったと思ってる。ただ単に面白いと思ってるだけじゃない。ひとりは嘘をつけない、正直な子だ。だから虹夏も、リョウも、郁三もひとりを邪険に扱ったりなんてしない。
(……なんか、ひとりちゃんのことばっかり考えてる)
事実上の初ライブ。人数はともかく、大盛り上がりの大盛況。
僕は結束バンドのリーダー。自分も楽しんで、仲間たちを労って、支えてくれた姉ちゃんたちに感謝して。それが僕の役目なのに。
どうして、なのだろうか。
考える。考える。
考え続けてしまったから、隣から声が聞こえるまで人が来たことに気づかなかった。
「あの……虹夏くん?」
「うわっ……びっくりした、
虹夏と同じようにやってきた、ひとり。相変わらずおどおどしている。
「ぁ、すみません、急に声、かけちゃって」
「ううん、僕の方こそ、驚いちゃってごめん」
ひとりをそのままにさせては、出入りするお客さんの邪魔になってしまう。虹夏はもう少し店の玄関から離れて、ひとりを隣に招いた。
夜空を見上げる。夜の下北沢、それも休日。にしては……静寂が
「どうしたの?」
「あ、えと、虹夏くん、戻って来なかったから……」
「ああ。ちょっと、涼んでたんだ。ほら、きくりさんもリョウもうざったいしさぁ」
「あ、あはは……さっ最近は夜も涼しいですよね」
「そうだね。あーあ、あと一週間で夏休みも終わりかぁ」
「……」
「ぼっちちゃん?」
「何も聞こえない何も知らない、夏休みは終わらない、わたしは学生なんかじゃない……」
「ぼっちちゃーん! 現実を見て!」
やっぱり、この子は面白い。そしてまごうことなきコミュ障だ。それで、普段のギターヒーローの演奏は成りを潜めている。
ひとりが落ち着いて、けど会話は続かない。今日は、虹夏の口も開かない。
「……」
「……ぁ、ぇっと……」
「……だめだ、やっぱり聞こう」
「ぇ」
「あのさ、ぼっちちゃん」
「あっはい」
ひとりを見た。虹夏の目線が少し下がる。
もしかしたら、隠していることかもしれないけれど、我慢ができない。
「今日気づいたんだけどさ。ぼっちちゃんが《ギターヒーロー》……なんだよね?」
「…………」
「…………」
「えっ」
爆発四散……はさすがにしなかったけれど、あわあわ慌てている。虹夏は控えめに、困ったように笑った。
「あのキレのあるストロークを聴いたらわかったよ。僕がどれだけギターヒーローの動画観てると思ってるの」
「あっあぅ……」
タコぼっちは一通り手をいろんな方向に動かして、少したってようやく諦めたように目を伏せて。
「は……はい、そうです。でも……わざと隠してたんじゃなくてっ」
「うん……」
知ってるよ。ぼっちちゃんは、そんな理由で嘘をつくような子じゃない。
「いっ今の私なんて、まだ全然ヒーローなんかじゃなくて……こっ、この性格を直してから話したかったんです……とっ特に……虹夏くんには」
「……うん」
「わっわたしと知ってショックですか?」
「ううん、むしろぼっちちゃんでよかったと思った」
「え……」
ひとりが、虹夏を見た。返答は、ひとりにとっては意外なものだったのだろうか。
そりゃ、そうだろう。普段から思考が自虐的だから。
オーディションの前日には明かすことをためらった、自分の夢。
今なら、話してもいいと思えた。
「前、本当の夢があるって言ったでしょ?」
「あっはい」
ひとりを見た。
「僕の本当の夢はね──」
一つ一つ、ゆっくりと喋る。
母親が小さい頃に亡くなったこと。父親は忙しくて、星歌だけが一緒にいた家族だったこと。星歌が自分をライブハウスに連れて行ってくれたこと。STARRYができた経緯。
そして──
「僕の本当の夢はね、姉ちゃんの分まで人気のあるバンドになって、STARRYをそんなバンドを生み出したすごい場所だって有名にさせることなんだ」
たぶん、恥ずかしいかな星歌には少しばれているかもしれない。リョウにも、もしかしたら気づかれているかもしれない。あの二人とは付き合いが長いから。
だから、ひとりは三人目。それとも、僕の夢を知った一人目?
こんな、荒唐無稽な学生らしい夢を、ひとりはどう思うのだろう。
「でも……バンド始めてみたら、僕の夢なんて無謀じゃないかって思って……今日だって、みんなを支えることさえできなかった」
「そ、そんな……」
「そんなこと、あるよ」
リズム隊なのに狂っちゃって。緊張する喜多くんのフォローも大してできなかった。
リーダーになんて、相応しくないって思った。
けど、困った人を助けてくれるヒーローは、そこにいた。
「そんな状況をいつもぶち壊してくれたのが……ぼっちちゃんだったよね……!」
「……ぁ」
口のゆるみが止まらない。ひとりでもないのに、声がどうしてか震えて。
サポートギターを頼んだ時も。オーディションの時も。
今日のライブだって。
揃わない音色があった。乱れるリズムがうるさかった。震える声は静かだった。白けた会場は苦しかった。
静寂を切り裂いた鋼鉄の弦が在った。華奢な女の子が、会場の視線を奪いにかかった。
そうして、暗闇から色鮮やかな音と光が生まれて。みんなの呼吸が揃って。
俯き気味な視線はギターだけしか見ていなくてピンク色の髪が無造作に跳ねる。その前髪に邪魔されて、火照った頬が少し見えるだけだとしても。
(あの瞬間……僕には君が、正真正銘のヒーローみたいに見えたんだ)
頭の中に響いた最大の讃辞は、だけど口に出すのは恥ずかしくて。
「リョウは今度こそ、このバンドで自分たちの音楽をやるって。喜多くんは色々あって、それを乗り越えて……皆で頑張ろうって。大事な想いをバンドに託してるんだ」
そして、僕も明かした。
君は、明かしてくれるのかな?
「そういえば、ぼっちちゃんが何のためにバンドやってるかって、結局聞いてなかったね」
わざとらしく、聞いてみる。
そうして見つめたひとりの目は、どこまでも真っすぐだった。
「ギタリストとして、みんなの大切な結束バンドを、最高のバンドにすること、です……!」
「……うん」
そんなことを言ってくれた嬉しさと驚きと、この子ならそう言うんだろうなって感覚が、同時にくる。
「あっ、そ、それで全員で人気バンドになって、売れて学校中退したいです……」
「ガクッ……あはは、なんじゃそれっ!」
とことん、面白い。
虹夏はひとしきり腹を抱えて笑った。ひとりは、少し気まずそうに、けど楽しそうにしていた。
「あー……本当、面白い」
気づけなかった、ギターヒーローとしてのひとり。
結束バンドを大切だと言ってくれたひとり。
面白くて、楽しくて、コミュ障なだけが、後藤ひとりじゃなかった。
(……僕は、本当のぼっちちゃんを知らなかったんだ)
考える。僕はこの先、この子に何を言えるんだろう。
僕は、この子を知らない。まだ、ぼっちちゃんにはたくさんの可能性がある。
彼女の可能性が、少しでも花開くように。僕はぼっちちゃんのことを、もっと知らないといけない。
知らない人を前に、尻込みしてしまうこと。
ギターをずっとやってきたこと。
緊張が度を過ぎると、変形しちゃうこと。
妹ちゃんがいるらしくて、神奈川に住んでて、自分を知ってる人がいないように二時間かけるくらい学校が苦手で。
変だけど、突っ込みどころも多いけど、でも大切なもののために頑張れる、そんな女の子だってこと。
女の子、だってこと……。
(……あれ?)
ぼっちちゃんが、僕を見上げている。不思議そうに。
ぼっちちゃんは、僕より背が低い。それで顔がうつむき気味だから、上目遣いみたいになる。
「……虹夏くん?」
ぼっちちゃんの声は、落ち着いているととても柔らかくて、澄んでて。
(えっと……ウソ……マジで)
顔が、熱い。思わず、目の前の子の顔を見れなくて、背を向けてしまった。
「ぁ、あの虹夏くん……わたし、何か失礼を……」
「い、いや……そんなんじゃないんだ!」
「で、でも……」
「──だぁ! 違うから……!」
無慈悲なもので、体は普段のぼっちちゃんにするように勝手に動いて両肩をつかんでしまった。
結果、顔が近づく。
『ぅ……』
僕まで言葉が詰まる。頭ぼっちちゃんかよ。
至近距離にぼっちちゃんがいる。頼む、変形してくれよ。なんで僕に慣れたんだよ、ぼっちちゃん。
なんで、こんなに可愛いんだよ。
「……虹夏、くん?」
「……っ、僕は、今日、確信したんだっ」
「ぇ……」
「ぼっちちゃんがいたらさ! 夢をっ、叶えられるって!」
そうだ。それは本当に思ったことなんだよ。
断じて、自分の気持ちを紛らわせようとして口から出まかせを言ったわけじゃないんだ。
ぼっちちゃんがいたら、きっと、僕は夢を叶えられるって。
「だから……たくさん見せてよ。ぼっちちゃんのロックを──」
ギターヒーローを。後藤ひとりの生き様を。
「ぼっちざろっくを!」
「あっ……はい!」
静寂。夜。目の前に女の子。珍しくピンクジャージじゃなくてTシャツで、だから、掌から華奢な肩を感じてしまう。
「……よし、そろそろ戻ろうよ。みんなが心配してるかもしれない」
「あっはい、そう、ですね」
「僕、もうちょっと涼んでから戻るからさ……ぼっちちゃん、先戻ってて」
「あっはい……虹夏くんも、どうか早めに……」
「うん」
ひとりを見送る。完全に居酒屋の扉が閉じられてから、虹夏はその場にしゃがみこんでしまった。
「……はあぁぁぁっ」
心臓がバクバクしている。喉がカラカラしている。
夢じゃない。夢なんかじゃない。
「ほんっと、ちょろすぎでしょ、僕……」
後藤ひとり。
ひとりちゃん、ぼっちちゃん。
僕を助けてくれたヒーロー。
でも女の子として見てしまった。
もう意識せずにはいられない。
「ああ、もう、どうしよう……」
僕……ぼっちちゃんが好きだ。
result……
ひとり 郁 三
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虹 夏 ← リョウ
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ひとり 郁 三
↑ ↓
虹 夏 ← リョウ
居酒屋の席順
ひとり・郁三・リョウ・虹夏
長机
PAさん・星歌・きくり