「リョウ先輩、先輩!」
八月末。いつものように、結束バンドの四人はSTARRYでバイトをしている。ライブ前、もうそろそろ仕事も終わりの時間。郁三がリョウのもとへやって来た。
「郁三、どうしたの」
「いくっ……あの、名前は……」
「郁三は郁三だし」
「うーん……もうそれでいいや……いや、そうじゃなくて、ひとりちゃんですよ」
「ぼっち? ぼっちがどうしたの?」
「ひとりちゃんの様子が変なんです」
「いつもの通りじゃない?」
「いや、その通りなんですけどそうじゃなくてですね……」
若干あたふたしている郁三。見ている分には面白いのだけど。
「……わかった。とりあえず、虹夏も召集して」
「はいっ」
バックヤードにいるらしい虹夏を呼びに、郁三が走る。
そんな男子の様子を見届けて、リョウは誰にも聞かれないように呟いた。
「様子がおかしいのは、虹夏のほうなんだけど……」
それは、ここ最近のリョウの中で最大限のため息だった。
数分後。
「……で、ぼっちちゃんの様子がおかしいって?」
集まったリョウ、虹夏、郁三の三人。渦中のひとりは今、星歌から店前の掃除を任されているのでいない。そして星歌は買い出し中で、そろそろ戻る頃だろうか。
郁三の言い分はこうだ。
「さっき急に泣き出したかと思ったら、『トルティーヤ~、トルティーヤ~!!』って踊り出して」
「う~ん、いつものぼっちちゃん……か?」
「いや、違いますよ! いつものひとりちゃんならもうちょっと、こう……いつものひとりちゃんか?」
男子二人がひとりの様子がどうだこうだと悩んでる。
(おい、いつものぼっちになりかけてるぞ)
郁三、言い出した本人が何言ってるんだ。
「ねえ、ちょっとぼっちちゃんを正気に戻してくんない?」
「あ、姉ちゃん」
買い出しから帰ってきた星歌が、三人に声をかけてきた。
ひとりの奇行に慣れていた三人ではなく、星歌が言うからこそ「いよいよやばい」という感覚が出てくる。それでも、リョウはどこ吹く風だったけれど。
「正気に戻してって、ぼっちちゃんは外で掃除してるんでしょ?」
「あー……掃除というか、除霊というか。とにかく見てみろよ」
STARRYは地下にあり、扉から出れば階段がある。その地上階のところで、ひとりはセミの墓を作り続けていた。どこで用意したのかは知らないけど、ご丁寧に
「……さようなら……サヨウナラ……うふふ、天国で会おうね……」
ひたすらなんか呟いていた。
虹夏は叫んだ。
「限界すぎる! なんであんなぶっ壊れてんの!?」
実際のところ、郁三が気づいていたように、ひとりは数日前からおかしくなり始めていた。けどバイトだって毎日あるわけじゃないし、シフトも常に一緒というわけじゃない。間の悪いことに、本格的に変になった今日が、久しぶりに結束バンド四人が集まった日だった。
リョウが虹夏に問いかけた。
「……虹夏、ぼっちになんかした?」
「いやまずなんで僕?」
「……別に」
「僕がどんなことしたらぼっちちゃんが変になるんだよ。だいたい、ぼっちちゃんが変になるのは勝手にじゃん。喜多くんは?」
「うーん……ひとりちゃん、俺に慣れてくれた、とは思うんですけど」
「お前らさ」
星歌が話をぶった切った。
「この夏、ぼっちちゃんを遊びに誘ってやったの?」
『え?』
郁三、リョウ、虹夏が顔を見合わせた。
「俺は休日はほとんど予定埋まってて。というか、俺の遊び相手男子ばっかなんですけど」
「……僕は、ほら。喜多くんと同じだよ。それに野郎が誘うってのもさ。というか練習の日以外バイトしてたし」
男子二人が沈黙した。頼みの綱は……。
「リョ、リョウ先輩は……?」
「二人が誘ってると思ってた」
「僕ら男なんだけど……?」
「だからなに?」
「まず同性のリョウじゃん!」
「そもそも私は一人が好き」
「ええ……」
そこから導かれる結論。
──誰もひとりと遊んでいない……!──
「お前らもうバンド名変えろよ」
星歌が無慈悲に言った。
というわけで。後藤ひとりは虹夏と郁三に連行され、それに微妙な面持ちでリョウもついていきつつ、四人は電車へ直行した。
みんなで遊びに行く。というか、練習とバイトを除けばほとんど初めての四人でのプライベートだ。
向かう先は、江ノ島。
「……で! 江ノ島ついたら、何したいですか!?」
「僕はシラス丼食べたい!」
「私は、塩ソフト食べようかな……」
「俺はタコせん推します!」
江ノ島に向かうまでの一本の電車。休日ではあったけれど、夏休みギリギリなうえに、中途半端な時間なのもあって人の数は少なかった。椅子にも余裕をもって座ることができた。
未だ精神錯乱状態で半分気絶してるひとりは椅子の端で肩掛けと合わせて固定して、その隣を虹夏が固める。さらに隣に郁三が、反対の端をリョウが占める。
「あと、江ノ島を見終わったら鎌倉も行きましょう!」
「ええ!? 喜多くん体力あるなぁ……」
「だって、せっかく湘南まで行くんですよ? 鎌倉にも寄って仏閣を回るのが乙ですって」
「だから、僕ら喜多くん以外はインドア系なんだから辛いんだって」
「でも、インドアだって観光は楽しいじゃないですか! 神社仏閣ですよ!?」
「いやインドアにも属性があるんだって……」
郁三はリョウに顔を向けた。
「リョウ先輩! デートしましょう!」
「えー……辛い」
「いいじゃん、行ってきなよ。鎌倉、古着屋たくさんあるみたいだよ?」
虹夏の言葉に、郁三が目を輝かせた。
「リョウ先輩……!」
「行かない。さすがに大変だし……」
珍しく、リョウが郁三に軽くチョップ。
「そもそも、今日はみんなで遊ぶんでしょ? ぼっちも含めて」
「リョウにしては真面目なことを……」
「二人がはっちゃけるからでしょ」
『あはは……』
陽キャの郁三と、そしてインドアであってもコミュ強の虹夏がそろうと、途端にやかましくなる。
真ん中の男子二人が喋りまくる。端の女子二人が己の世界に入る。これがいつもの結束バンド。
そんな中……リョウは、自分の世界には入らずに喋り倒す虹夏を見ていた。
(……やっぱり、なんか変なんだけど、虹夏)
例えば、これを郁三や虹夏本人や、クラスメイトに言えば首を傾げられることは間違いない。
間違っても、今日のひとりみたいにあからさまな変化じゃない。態度は普通だし、STARRYでバイトしてる時も、いつも通り。ひとりに優しく、喜多とはっちゃけて、そして自分にあっけらかんとした態度で。
ただ、どうしてか違和感があった。それが何なのか、今はまだわからないけれど。
そのきっかけは、間違いなく台風の日の初ライブだったと思う。観客も少なくて、緊張だらけの事実上の初ライブ。そんな中、ひとりの頑張りもあって持ち直し、自分たちのやりたい音楽を生きることができた《あのバンド》。
(あの時から……少し、変)
言葉では説明できない。理屈じゃない、もやもやとした感じ。
何より一番もやもやとしているのは……理屈じゃない変化にもやもやしている自分自身。
だから、ここ最近はいつもよりも虹夏のことを観察している。
今日もたぶん、虹夏のことを観察することになると思う。
────
「江ノ島に到着ー!」
「いえーい!」
一時間以上電車に揺られて、そうして到着。相変わらずやかましい男子ども。
未だ気絶しているひとりは、虹夏が肩で背負って支えている。そして郁三はひたすらスマホで写真を撮っている。
「……ぼっちはまだ起きないの?」
「うーん、まだ死んでる」
「そろそろ起きてもらわないと。ぼっち」
「……アスタキサンチン、ドコサヘキサエン酸……」
リョウがひとりの頬をペシペシと叩く。
「ぼっち。起きて」
「うーん……」
「リョウ、適当にやるだけじゃなくて、そろそろぼっちちゃんを支えるの手伝ってよ」
「なんで?」
虹夏は呆れた。
「ぼっちちゃんは女の子。僕は男子。Do you understand?」
「急にどうした、虹夏」
「いいから、手伝ってってば……僕も体力の限界なんだ……!」
「だから、ぼっちを起こす。郁三、こっち来て」
「はいっ!」
忠犬郁三、華麗に参上。
リョウは結束バンドで一番背丈のある郁三を見上げ、しかし偉そうに腕を組んだ。
「ぼっちを誘惑して」
『……はい?』
「とりあえず、郁三が耳元でなにか囁けば目を覚ますでしょ」
『あ、そういう……』
男子二人、微妙な面持ちで納得。
虹夏と郁三がポジションチェンジ。
「んん、では僭越ながら……ひとりちゃんを誘惑します」
「言わされる喜多くんがかわいそうだよ……」
「自分、リョウ先輩の忠犬ですから」
「矛盾してない?」
どこ吹く風のリョウと郁三である。虹夏だけが、やっぱり微妙な面持ちでその様子を見守っていた。
郁三は、支えるひとりに顔を向け、その耳元に近づき……。
「あぴょぐいぃん!?」
「お、ぼっちが起きた」
郁三が口を動かした瞬間にはひとりが飛び跳ねたので、郁三が何を言ったかはわからない。
とにかく後藤ひとりは数時間ぶりに意識を取り戻した。
「おはよう、ひとりちゃん!」
「え!? え!? ここは無限の彼方なの!? それともブラックホール……!?」
「ぼっちちゃーん! ここはもう江ノ島だよ!」
「ブラックホールさえも陽キャが……ぁ、に、喜多くん……」
「ぼっち、起きた?」
「ぁ、はい……」
「よし。郁三、よくやった」
「わーい!」
「喜多くんの後ろに尻尾が見えるよ」
虹夏は呆れつつ、ずっと人間を支えて凝った肩を回した。
「ねえ、喜多くん」
「はい?」
「ぼっちちゃんになんて言ったの?」
「へへー、秘密ですっ」
「……」
虹夏が郁三の頭を叩いた。割と本気で。
「いてぇ! なんすか先輩!?」
「いや……なんかさ、ずるい」
「何が!? 虹夏先輩、ドラムしてるんだから痛いですよ!」
またうるさくなる男子たちだった。
「あっあのリョウさん」
「どうしたの?」
「二人はなんで喧嘩を……?」
「いつものことだよ。それよりぼっち、行きたい場所はない?」
「行きたい場所……」
「私は塩ソフト食べたいと思ってるけど」
「あ、僕はシラス丼ね!」
「俺はタコせん!」
「た、食べ物ばかりですね……」
とにかく回りまくろうということになり、とりあえず郁三を先頭にして他三人は着いていこうということになった。
たぶん、郁三が他の友達と遊ぶということになればこうはならない。どこかしら観光スポットがあるかを話し合うし、なんなら事前に調べたりする。そして計画を練る。時々行き当たりばったりの時もあるけれど、少なくとも周りの人間がここまで無計画どころか依存的なのは郁三にとっても初めてのこと。
でもそれは仕方ないのかもしれない。インドアな虹夏に、そもそも一人でいることを好むリョウに、そして言わずもがなのひとりが相手なのだ。
そしてこの選択はインドア系三人を後悔させることになった。
「よぉし、それじゃあ手始めに海と展望台まで行きますよー!」
『手始めに!?』
まず、郁三に引きずられながら四人は海へ。けれど屈強なパリピがいきなり四人を囲んでひとりが爆発四散したので退避した。
その後、江ノ島内部へと歩く。再度郁三が展望台へ上ることを提案する。
「自分の力で上がって見る景色……これぞ青春って感じじゃないですか!」
「郁三、そんなのはどうでもいい!」
「ぐはっ」
「流れ弾がぼっちちゃんに当たった!? 青春って言葉使うな!」
結局陽の光に当てられた陽キャの怪力は恐ろしいもので、インドア三人は根負けして展望台や神社への階段を上っていく。
まずひとりが最初に息絶え、次にリョウが倒れ、最後に虹夏が膝をついた。郁三はハイテンションで三人を助けた。
「郁三……さすがにもう階段は……もうエスカーで……」
「先輩! あともうちょっとです! 夕日に向かってダッシュしましょう!」
「無理だ!」
「じゃあ、あそこ! 南京錠のジンクスあるやつ! 一緒にやりましょう!」
「むしろ展望台より遠い!」
「展望台……南京錠……恋人……がはっ」
「だからぼっちちゃんを殺すなー!」
結局エスカーを利用して上り、頂上までやってくる。その時にはもう四人中三人が死に体だった。
まだ日中、夏場だしそれなりに暑くて、郁三までも軽く汗をかいている。その様子がひとりにはとてもまぶしく見えて失明しそうだったけど。
「展望台からの景色……! 最高のデートスポットじゃないですか、リョウ先輩!」
「いや、ドローン映像の方がいいんだけど」
「え、リョウ先輩?」
「生だとこんなもんか」
「は、虹夏先輩?」
「疲れた……」
「ひとりちゃん……」
結局、多少涼んだ程度で展望台を後にした三人だった。郁三の「インドア人たちがっ……!」という苦々しいため息が印象的だった。
小休憩。花壇の縁石をベンチ代わりに、みんなでアイスクリームを食べる。
「次はどこ行きます?」
「あの、僕たちもう展望台で疲れた……」
「でも、もうひとイベントくらいほしくないです? やっぱり鎌倉に……」
「お遍路じゃないんだからさぁ」
「虹夏先輩のいけず!」
「だったらリョウでも誘ってろぃ!」
ばっと郁三の顔がリョウへ向き──
「リョウ先輩!」
「行かない!」
今日は郁三の押しがまあまあ強い。自然リョウの拒否も強くなる。何といっても初めてのプライベートでの遊びだからだ。
とまあ、そんな問答を繰り広げる赤青男女の隣で──
「ぼっちちゃん、大丈夫?」
「……あ、さすがに疲れました」
「あはは、そうだねぇ。一人が好きでも、外に出たりはしないの?」
「ぁ、ずっずっとギター弾いてたから……」
「あー、確かにそうだね」
と黄ピンク男女が労わりつつ話している。
郁三以外はすっかり疲れ果てた。けど四人にとっては濃密な時間だった。
郁三はバンドメンバーで外で遊ぶことができた。ひとりは何より、友達と初めて遊んだ。
虹夏も、リョウも。
さすがにインドア三人がくたくたなので、江ノ島の神社にだけ寄って大人しく帰ることになる。郁三の熱弁も虚しく鎌倉によることはなかったけど、空気が読めないわけじゃないから満足げな様子だ。
帰りの電車も空いていた。行きの電車よろしく四人横になって座る。けれど行きとは違いひとりが起きている。みんな自由に座った。
座席の端からリョウ、虹夏、ひとり、郁三だ。
「ひとりちゃん、今日はどうだった!?」
「あ、たっ楽しかった、です」
「そりゃよかった!」
「きっ喜多くんは……?」
「もちろん、楽しかった~!」
郁三は大きく伸びをした。隣が空席でよかった。そしてひとりは少しだけ圧を感じたけど何も言えない。
そうして、今度は笑いながらの小さなため息。
「ほんとは鎌倉行きたかったし、みんなで晩飯も行きたかったんだけどなぁ」
「あっあはは……」
「ひとりちゃんは好きなご飯とかは?」
「かっ唐揚げとか……」
「唐揚げかぁ。うん、探せば食べるところはありそうだ」
「え」
「よし! 冬休みはまたみんなで遊ぼうよ! 今日みたいな弾丸決行じゃなくて~、ちゃんと計画立てて、何なら泊まりだって~」
「ぇぇ……!?」
そ、そんなに太陽の下にはいたくない……!! とひとりの全身が震え始めた。
隣でそんな陰と陽の会話を耳に届けつつ、虹夏とリョウも話していた。とはいっても、ひとりと郁三と比べると少し落ち着いた雰囲気だったけれど。
「で、リョウ。エスカーにソフトクリームに……いったい何円ぼっちちゃんからたかったのさ」
「……ぼっちたかった?」
「もう家に来てもご飯作らないよ」
「んな殺生な!?」
「だったら後輩からお金せびらないでってば」
「……うん」
「お、珍しく素直な態度」
まだひとりはリョウからアー写の時のカレー代を返してもらってなかった。
こんな遊びの日には似合わない会話なので、ひとりは隣の遊びの予定を立て始めた郁三と、逆に冷めた先輩組の間で何とも言えない感覚になった。
四人での遊び。二人で飽きない会話をするわけでもなく、気を遣い過ぎるでもなく、各々が自由に過ごす夕方。
ひとりはその中で一人で過ごす。けど隣に三人も仲間がいて、まったく寂しくなかった。
江ノ島に行ったのも、海辺で爆発四散したのも、展望台に行ったのも、ひたすら疲れた。
けど楽しかった。
「あっあの喜多くん……」
「ん?」
スケジュール手帳をパタンと閉じて、郁三はひとりへ顔を向けた。
ひとりも郁三に話そうとして向けたので、至近距離でひとりと
郁三の目と目が合う。普段は絶対にひとりが目を合わせない。
けど、ひとりはいつもと変わらない言葉
「きょ、今日はみんなと遊べて楽しかったです……」
「ひとりちゃん」
「明日から頑張れそうです、たぶん……」
「そっか……ならよかった。ひとりちゃんが死んだ顔しちゃってるのも、あんまり見たくないしね」
「……死んだ顔……」
死んだ顔ではいたくないな、と思ったひとりだった。
「き、喜多くんって……なんですよね」
「え?」
いくらオープンな郁三だからって、声が届く範囲にリョウがいるのに「リョウさんが好きなんですよね」とは言えなかった。
だからキョトンとした郁三だけど、郁三は空気が読める。ひとりがチラチラ背後のリョウに目線をよこしているのを見て、郁三初バイトの日に語った自分の感情を思い出した。
「あの……だから……二人で、じゃないんですか?」
「そりゃそうしたいけど、虹夏先輩に……ひとりちゃんと遊ぶのだって楽しいじゃん!」
「──」
わたしには天地がひっくり返っても降りてこない発想……! と戦慄した。
「それにまずはプライベートで会う数を重ねるところからだし」
リョウさんのほぼ目の前でそんな言葉を堂々と吐く陽キャの鑑……! と震え上がった。
実際はそんなことはなくて、ただ単に郁三の頭がお花畑なだけなのだけど。
そしてリョウがほとんど気にしない性格だからこそできるお花畑空間だった。
「……って、隣でプレイボーイが言ってるけど、リョウ?」
「……虹夏、本気で言ってる?」
神奈川住みのひとりが途中駅で降りていくまで、男女二人の朗らかな会話は続いた。
────
明日から二学期が始まる。少しだけ上向きな表情のひとりと別れ、虹夏、リョウ、郁三は下北沢へ。
駅から降りたら、今度は郁三が帰路へ。そして虹夏とリョウの二人になった。
STARRYへの帰り道。今日も今日とて虹夏の隣にリョウがいる。
虹夏は欠伸を噛みしめた。
「あ~、眠い」
「虹夏、電車で寝なくてよかったの? 家事も残ってるでしょ」
「いやねえ? 一人分多く作る原因にそれを言われても」
「なら電車の中で寝ればよかったのに」
「みんな楽しそうにしてるし、僕だけ仲間外れにしないでよ」
そんな風に笑う虹夏。
リョウはなんとなく適当に話題をふった。
「ぼっちと郁三、すごく楽しそうだったね」
「……だね。それよりさ、リョウ」
「ん?」
「喜多くんと二人で。鎌倉行ってくればよかったのに」
リョウは少しだけ眉をひそめた。
「……だから、今日はみんなで遊んだんでしょ」
「たはは、そうだね」
「というか、勘違いしないでよ。郁三をバンドに戻したのはそういうんじゃないって」
「はいはい」
虹夏は笑っている。
二人で歩くのはいつものこと。勘違いされたわけじゃないだろうけど、虹夏はすっかりリョウと郁三の関係を楽しんでいる。
そんな虹夏に、リョウは少し落ち着かない。
虹夏を観察するつもりが、思いのほか楽しかった江ノ島小旅行。
でも、やっぱり虹夏に感じた『いつもと違う感じ』は確かにあった。自分でもいまいち言葉にはしきれなかったけど。
もう夜になった。下北沢の路地裏は、今は二人しかいない。仲はいいけど、どちらもインドアの二人。孤独や沈黙は嫌いじゃない。
だから一度会話が止まれば、考えに耽る時間はたくさんある。
郁三とひとりを見る目が、少し違った。あの四人での初ライブの日から。
ひとりに対する態度が、違った。
(それは、たぶん……虹夏がぼっちのことを……)
「リョウもさ、今日は楽しめた?」
「──え?」
視線を虹夏に向ける。虹夏がいつも通りの、ほんわかとした、のんびりとした笑顔を向けくれていた。
「楽しかったけど……なんで?」
「だって、少し思い詰めてた感じでしょ。リョウ、わかりやすいからさ」
「……」
「え、違うの?」
「違わない。それに楽しかった」
「ならよかった」
「でも、ぼっちも郁三も私のこと、気づいてなかったけど」
「同じ結束バンドだけど、ここだけは年季が違うしね」
「……誰のせいだか」
「ええ?」
「……この朴念仁」
「はぁ!? 誰が朴念仁!? そういうのは喜多くんみたいなのに言う言葉でしょーが!」
「朴念仁は朴念仁だよ」
「まったく」
虹夏はわかりやすいくらい、滑稽にプンスカとしていた。
「そんなこと言ってると、やっぱりご飯作らないよ」
「……でも、これは譲らない」
「はぁ、仕方ないなぁ」
諦めたように、虹夏は笑った。
なんだかんだ言っても、結局ご飯を作ってくれる虹夏。
音楽と一緒に私の世界にやってきて、前のバンドが終わっても一緒にいてくれた虹夏。
ひとりと郁三が気づかなくても、私のことに気づいてくれる虹夏。
でも、気が抜けてて大切なことに気づいてない虹夏。
私を誰よりも知ってる虹夏。
「……虹夏」
「うん?」
「郁三と何かあった?」
「うん? 何もないけど?」
「そう」
でも、誰でも優しい虹夏。
郁三にも、ひとりにも優しい虹夏。
私が誰を好きなのか、知らない虹夏。
「虹夏」
「うん?」
「ぼっちと何かあった?」
「何も、ないよ」
「そう」
嘘だ。その言い方は。
何かがあったんだ。
まったく、虹夏は。
「朴念仁なんだから」
誰にも聞こえない声で呟いた。
私が虹夏を好きだって、知らないくせに。