《SICK HACK》のライブを観て、そうして結束バンドの全員が文化祭ライブへの出演を決心した後。
四人が話し合ったのは文化祭ライブのセットリストだった。
文化祭ライブにおける一グループの持ち時間は15分。自己紹介などMCを含めれば3曲が限度。結束バンドは、そのすべてを自分たちが作成したオリジナル曲に当てることになった。
《ギターと孤独と蒼い惑星》、《あのバンド》。それ以外にも、ひとりとリョウはいくつか曲を作っていた。
そしてせっかくの文化祭ライブ。話し合いの結果、急ピッチではあるけれど一つオリジナルソングを作ることにした。それはリョウの発案である『ひとりのギターソロ』を入れた曲だった。
そこから先の結束バンドの日々は忙しく回る。曲の作成に練習、バイトに学校生活。文化祭まで残り一か月もない。休みなんてものはない、毎日が目まぐるしく動いていく。
とはいえ、元の生活だって欠かすことはできない結束バンドのピースだ。
文化祭前の9月のライブ。当然STARRYでのライブも全力を出すけれど、結束バンドとしては文化祭ライブに照準を合わせていたから調整のようなイメージでもある。
文化祭ライブ、その前にあるSTARRYでのライブに星歌は結束バンドを出してくれた。
そして、そんな9月末のSTARRYのビルの前に、初めてここに来る人影が二つ……。
「こんにちは! ごとうふたりです!」
弱冠五歳。小さな小さなピンク髪の女の子は、
「今日はわたしのおねえちゃんのライブをみます!」
少し舌足らずな話し方。そんな可愛い女の子を、目の前でビデオカメラを回しながらはしゃいでいる男性がいた。
「かわいいぞふたり~! 将来は局アナだぁー!」
女の子の名前は後藤ふたり。後藤ひとりの妹だ。
男の名前は後藤直樹。後藤ひとりの父親だ。
今日は、ひとりの家族が結束バンドのライブを初めて観に来た日だ。
もともとひとりが使用しているギターは、父親直樹が昔使用していたもの。直樹はもちろん、妹ふたりも、今日は来ていない母親美智代も、ひとりがギターを練習して、最近はバイトまで初めて結束バンドを組んでいることも知っている。
だから、家族まで認めるコミュ障のひとりがどんな世界にいるのか、家族は知りたがっていた。
そして今日、ひとりにとっては億劫な職場訪問がやって来たのである。
ひとりの家族なので、ライブ前の時間からSTARRY内に入ることができた。そうなれば当然、結束バンドのメンバーとも交流するわけで。
「こんにちは! ごとうふたりです!」
「わぁー! ぼっちちゃんの妹ちゃん!?」
「かわいいなー、ミニマムひとりちゃんだ!」
虹夏と郁三が持ち前のフレンドリーを発揮してふたりを可愛がる。直樹は少し離れたところで星歌と話していた。
後藤ひとりは生粋の陰キャである。けれどこの性格は祖母からの隔世遺伝的なもので、父・母・妹は全員コミュ障じゃない。むしろふたりは五歳。幼稚園生という年齢もあって、恐れを知らず人見知りも脱した生粋の陽キャ属性だった。
「僕は伊地知虹夏。にじかだよ、よろしくね」
「うん! にじかくん!」
「俺、喜多ね。きたって呼んでよ!」
「うん! きたくん!」
そんなプレイガールなふたりを、ひとりは後ろでおっかなびっくり眺めていた。
(お願いだから余計なことは喋らないでわたしの黒歴史をもらさないで……!)
「ぼっち。……ぼっち?」
(なんでもするからプリンとか買ってあげるからギター家でも弾いてあげるからー!!)
「ぼっちー。おーい」
「後藤家ヒエラルキーがばれたらバンドヒエラルキーまで──へ? リョウさん……?」
ひとりのさらに後ろにリョウはいた。
「えっと……リョウさんも、よければふたりに紹介しようかと……」
「ちびっ子はちょっと苦手……」
「あっはい」
「もちろん、頼まれたら頑張るけど」
相変わらずコミュニケーションに難ありなバンド女子たちだった。
ふたりとバンド男子たちの会話は続いている。
「二人ともかっこいーね!大好き!」
ふたりが郁三に抱き着いた。
「あはは、ふたりちゃんはおませさんだなぁ」
「ぼっちちゃんの妹ちゃんだもんねー、将来は美人さんになるなぁ」
(この妹……恐ろしい!!)
ひとりの顎が外れた。そしてリョウが戻した。
「おねえちゃんはギターでしょ? にじかくんときたくんは?」
「僕はドラムだよ。ドンドンって叩くやつね」
「俺はギターと、あと歌ね。あ、ふたりちゃんのおねえちゃんにギター教えてもらってんだ」
「え、おねえちゃんが!?」
「そうだよ。うまいんだぞー」
虹夏が振り向いた。
「あ、そうそう、せっかくだしリョウも紹介しよう。リョウー?」
「えー」
虹夏の軽い頼み。リョウは口をへの字に曲げても、でもふたりの前に立った。仁王立ち。男子たちと違って幼女のことを考えないベーシストである。
虹夏
「このお姉ちゃんはリョウだよ」
「リョウちゃん!」
「リョウでーす」
無表情のベーシストがピースサイン。その後ろで郁三が感涙していた。
「リョウちゃん……なんて甘美な響き!!」
「郁三……一貫してるね。なんで私が突っ込むのか」
虹夏がふたりを見てるから突っ込み不在なだけだ。
「ベースやる人ね。ベース、わかるかな?」
「ベース……? あーじみなやつだー」
「洗脳開始」
「やめろリョウ!?」
ベースの大音量にもかかわらず、ふたりは楽しそうに聴いていた。
で、今度は星歌がふたりの下へやって来た。
「へぇー、ぼっちちゃんの妹さん?」
「おねえちゃんはー?」
「ふっふたり。こっこの人は虹夏くんのお姉さんで、STARRYの店長さんだよ」
たまには姉らしいところを見せたいと、そして妹とバンド双方にヒエラルキーをアピールしないといけないプレッシャーから、ひとりはふたりに積極的に仲介を買って出る。
とはいえ、この妹はまさに陽の者だった。
「よろしくね、ふたりちゃん」
「うん、よろしくねー!」
「ふっふたり、店長さんに失礼は……」
「いいんだよぼっちちゃん、このくらいの子はこんなもんだ」
働き者の店長なので、女性だとか関係なくパワフルなものだ。子供一人を抱えるぐらいはわけない。
そしてふたりのスキル発動。
「おねえちゃん、髪むすんであげるー!」
「ひゅ、ひゅたりー!?」
「ぼっちちゃんの言語能力が!?」
「できたー!」
星歌はツインテールになった。
29歳、ツインテール。可愛かった。
手鏡を見て感動している星歌は感動に打ち震えていた。
「もうずっとこのままにしよう……」
「ね、姉ちゃん……」
「妹っていいなぁ……」
「姉ちゃんがなんか言い出した」
「……私、時々虹夏が妹だったらなーって思うことがあったんだ」
「え、なにその妄想。ちょっと気持ち悪い」
「リボンあげてさ。一緒にお風呂入ったりさ。お下がりの服あげたりさ」
「ねぇ、その妄想僕の存在意義がなくなるからやめてくれない?」
「いいだろ! もしかしたら私に妹がいた世界線があったかもしれないだろ!?」
「うるさいわこの三十路がぁ!」
「まだ29だっつってんだろがぁ!」
────
STARRYのライブ開始時間が近づいてくるにつれ、観客の数も増えてくる。初ライブの時とは違い東京の天気も快晴だ。
「……店長さん、すみません、ふたりがご迷惑を」
後藤家の大黒柱、直樹が観客席の後ろに立つ星歌に近づいた。
「ああ、お父さん。構いませんよ」
結束バンドのメンバーも楽屋に入った。ふたりを一人きりにさせるわけにはいかないが、今はPAさんが可愛がっている。
星歌は──ツインテール星歌は指導者のとても格好いい表情で直樹に向きなおった。ツインテールで。
「ライブハウスにあのくらいの子が来るなんてまるでない──いや、めったにないですからね。いい刺激になります」
「ひとりは、昔から他人と関わるのが大の苦手でしたから。正直、ライブハウスでバイトをするなんて天地がひっくり返っても思わなかったですよ」
それは直樹にとって当然の感情だし、ひとりを知る他の人間もそれを聞けば当然納得する。
コミュ障だし、奇行に走るし、そのうえ変形するし。
「まあ、もちろん苦戦はしてますけどね。弟たちバンドメンバーはあれで面倒見がいいので。何とかやれていますよ。もちろん本人も少しずつ成長してます」
「本当に、店長さんにはなんとお礼を言えばいいか……」
「帰ったら、是非ひとりちゃんを褒めてやってください」
「ええ。それはもう」
大人同士の会話である。ビデオカメラでふたりを追う直樹と、ツインテールの29歳星歌である。
「ライブハウスはいいですねぇ。この独特の空気がたまらない」
「そういえば、ひとりちゃんの
「はい、元々は僕のです。高価なものですけど、使ってあげないと宝の持ち腐れですからね」
「それが今は娘さんが使ってる。それもあんなに上手に。いいですね」
星歌はひとりがギターヒーローであることを知らない。とはいえ、ひとりの実力に並外れた可能性が持っていることを知っている。リョウと同じく、ギターを操るひとつひとつの所作から熟練のものであることを理解していた。
だけど星歌はあくまで後援に徹するとして、余計なことは話していない。
「店長さんも、バンドを経験してそうですね」
「わかりますか。当然お父さんも?」
「最近は集まっていませんが、中年ばかりの野郎バンドです」
「私も似たようなものです。でもまあ、やっぱり楽しいものですね」
ギターの経験者でひとりの演奏を知っている直樹はそれ以上にひとりの実力を知っている。核心的なことは話さないけれど、お互い理解していた。
「どうですか、店長さん。ひとりは……あいや、結束バンドは」
「もうすぐ彼女たちの番ですよと言いたいところですけど……」
星歌は腕を組んだ。
星歌からみた、ひとり、虹夏、リョウ、郁三の結束バンド。
「まだまだ高校生バンド。素人もいる。今の実力は、はっきり言って下です……」
家族だとか、身内だとか、そうしたものを除けば恐らく、公正な評価だと思う。バンドの始まりはいつもそうだ。一人一人の実力がどれだけ高くても、
「でも」
「でも?」
けれど、そういった戦う敵が一緒に走れる
「最初のライブでも、確かに結束バンドに味方ができました。もちろん過酷な道ですけど……きっと、一緒に走ってくれる味方はたくさんできますから」
「そうですか。それを聞いて安心しました……いや、決意できました。結束バンド、僕はこれからも応援します」
「是非、よろしくお願いいたします」
「ええ、こちらこそ。あくまでSTARRYの店長として応援します……ああ、でも」
「はい?」
星歌はため息を吐いた。心配事がひとつあった。さっきの妄想の曝露で助長されたことだ。
「虹夏が妹で……というか、全員女の子だったらやりやすかったんですが」
「あはは……男女混合バンドは、そっち方面が面倒くさいですからねぇ」
「……実はヒヤヒヤしていまして」
「え、まさかひとりが……?」
「……」
星歌は直樹に目を合わせられなかった。
喜多郁三。一にイケメン。二にイケメン。三に陽キャで四イケメン。人脈は広く、気配りもできる。誰にでも分け隔てなく接する。実際、郁三がバイトに入ってから彼の友人が男女問わず少しずつライブに来るようになってきている。友達目当てでもライブに来てくれるのは、嬉しいやらなにやら。
伊知地虹夏。星歌にとっては弟だが、家事もできるわ面倒見もいいわ。イケメンというほどではないし男子としては低身長だけど、愛嬌のよさとコミュ力もある超絶優良物件なのは間違いない。正直、家事ができない星歌はずっと家にいてくれと思っている。
山田リョウ。身内相手にはクズベーシストぶりは知れ渡っているが、郁三という魚が釣れたように対外的な容姿とミステリアスな雰囲気はさすがの一言。
後藤ひとり。かわいいと星歌は思っている。
特に男子二人には早々にファンクラブの気があるし、リョウには元のバンドからの人気もあるし、そもそも郁三はリョウ目当てで結束バンド入りしたし、ぼっちちゃんは私から見れば超かわいいし、なんだか時限爆弾を見ている感じではある。
直樹は、ちょっと間を置いてから聞いてきた。
「ところで、弟さんは虹夏くん、でしたね」
「ああ、はい」
「ひとりとのご関係は……どうでしょうか?」
「……えーっと」
娘が陰キャすぎてそういった話が皆無だから、今のうちにあの手この手で嫁ぎ先を得るのに必死な父親だった。そういった方面の話でお互い苦笑いした後なのに。
虹夏とひとり。虹夏はリョウとひとりを誘った。ひとりが郁三を戻すきっかけを作った。今の結束バンドの中核、と言っても過言ではない二人だ。
ひとりが来た、始まりの日を思い出す。
喜多が逃げたからと、虹夏は必死で下北沢を走り回った。ひとりはもともとバンドを始めたいと思っていた。そんな二人が出会った。
「虹夏にとってのひとりちゃんは……いや、ひとりちゃんにとっての虹夏も、たぶん」
互いが、互いの。
「ヒーロー、なんでしょうね」
────
ライブ後。楽屋にふたりと直樹がやって来た。
「にじかくん、すごかったー!」
「あはは、ありがとう!」
「リョウちゃん、ベース思ったよりよかったー!」
「思ったより……?」
「リョウ、拗ねない」
「おねえちゃんはいつもより下手!」
「ぉぐっ……」
「いくぞーくんはかっこよかったぁ!」
「うん、ふたりちゃん……え? なんで俺の名前……」
「リョウおねーちゃんにおしえてもらった!」
「リョウせんぱーい!?」
郁三の『きたと呼んでもらおう』作戦はまたも失敗した。
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