秀華高校文化祭、《秀華祭》は今年、十月一日二日と二日間にわたって行われる。
いわゆる文化祭で、校門には彩られた《秀華祭》の文字。高校生はそれぞれのクラスTシャツやぬいぐるみなどを着ている。客も客で、一般人なので老若男女問わずいる。晴天の下、秀華高校はこれ以上ない賑わいを見せていた。
秀華祭1日目。体育館での個人ステージは2日目だ。今日、結束バンドの出番はない。だけど当然クラスごとの出し物がある。そしてひとりのクラス2組は1日目がメイド喫茶だ。冥途喫茶ではない。
ひとり自身はメイド喫茶に抵抗があったので逃げたりしたのだけど、郁三や虹夏、リョウが捜索して人のいない隠れた場所ゴミ捨て場の近くで見つけたりした。
その後ひとりを何とか連れ出して、ちょっとだけ遊んでからメイド喫茶に戻ってきた。
「1年2組、メイド喫茶へようこそ~!」
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
ひとりの声じゃない。ひとりのクラスメイトの声だ。
虹夏、郁三、リョウの三人は招かれて席に座る。郁三がいるので女子たちの声が少し高い。
「うーん、みんな可愛いなぁ」
「喜多くん、君が言うと洒落にならない。まぁ悪い気はしないよね~」
二人の後ろからリョウが叩いた。それなりに思いっきりだ。
「痛いよリョウ!」
「……俺はリョウ先輩一筋ですのでっ」
「二人とも、鼻の下伸びすぎ。ぼっちのメイド服に照れてんの?」
『あー……』
着席。しばらくして知り合いということでひとりがやって来た。
「ご、ごごご注文はお決まりでしょかぁ!?」
「ぼっち、舌噛んでる噛んでる」
メイド服ぼっちが現れた。
クラスの誰かがそう設定したのか、膝下数センチと高校生にしては攻めたスカート丈、胸元もまあまあ開いて、あとはよくあるオシャレメイドのフリル。
浮かれた女子高生たち。どうあがいたって可愛いものだけど、結束バンド三人の前に立つひとりはひと味違う。
「……喜多くん」
「はい、虹夏先輩」
「いつもジャージだから気づかなかったけど……」
「……みなまで言わなさんな、
後藤ひとりは……大きい!?
「あ、え? う?」
当のひとりだけが、野郎どもの邪な目線に気づいていなかった。
伊地知虹夏。誰にも言っていないが、後藤ひとりに惚の字である。ひとりはよく変形したり爆発四散するのだけど、可愛いことは可愛いのだとよく知っている。そのひとりがきゃぴきゃぴなメイド服を着て現れた。顔が青ざめているなんて関係ない。もう虹夏からすれば悶絶必至だ。今は一応の平静を装っている。ただリョウからはバレバレだ。
喜多郁三。山田リョウが好きだとほんの数人にだけ言っているが、リョウ本人はおろか郁三を知るほぼ全員が知っている。郁三は誰にも分け隔てなく気さくに接する。男子には「かっけー」女子には「かわいい」と言うことに抵抗がない。よくリョウに「先輩素敵!」ひとりに「ひとりちゃんかわいい!」と言って、ひとりを爆発四散させていた。それも最近は少なくなっていたが。そして年頃の男子並みの《欲》は持ち合わせている。よってひとりだってその対象になりえる。
今。ひとりは虹夏と郁三の、ついでに言えば近くにいる男子たちの目線を釘付けにしていた。
リョウは虹夏と郁三の目線の意図に気づいていた。だって自分もひとりはお金になると気づいていたから。
リョウはバツが悪そうに呟いた。
「……悪かったね、なくて」
「あ、リョウ先輩もメイド服着ます? きっと素敵ですよ」
「……着ようかなぁ」
「え!? マジで!? やったーひとりちゃんメイド服注文ね!」
「ほら喜多くん迷惑かけない!」
「あ、あのぁ、皆さん注文を……」
────
メイド喫茶のオムライスを注文して腹を満たした。しばらく時間はかかったけれど、ひとりの業務時間も終了した。ひとりの絶望的な表情での接客、そして郁三の善意の協力──おかげでメイド喫茶なのに男子よりも女子の客が三倍くらい増えた──により、ひとりも普段着のピンクジャージに戻ってきた。
そして四人で教室の外に出たころ。
「おねえちゃん!」
「ふっふたり……?」
「やっ。来たよー、みんな」
「お父さんまで……!?」
廊下の向こうから後藤ふたり、後藤直樹がやって来た。
「ひとりちゃんのお父さん!」
「来てたんですね!」
虹夏と郁三がまず挨拶。
珍しくリョウがふたりにかまってあげた。
「や」
「リョウちゃん!」
「ふたり、ベース聴いてる?」
「きいてない!」
「洗脳継続」
「だからリョウやめろ!」
そしてこういう時にはいつも出遅れるひとりだった。
「お、お父さんどうしてここに?」
「ライブは明日だけどさ、娘の晴れ舞台、ちょっとはみたいものじゃないか」
「だからって、何も言わずに……」
「え? 今朝伝えたじゃないか。ふたりと一緒に行くよって」
「……」
メイド服に緊張しすぎてひとりが忘れていただけだった。
(忘れてたーー!!)
「あはは、おねえちゃんがまたとけちゃった!」
ひとりが変形しても驚かない妹と父。後藤家そのものが大概おかしかった。
全員で六人。学校の中を歩き回るには少し多い。
「わたし、いくぞーくんと一緒に遊びたい!」
「お、じゃあ俺のクラスコースター作ってるからそっちいくかぁー!」
郁三を知るその辺の女子たちが若干うらやましそうにふたりを見ていた。
「郁三くん、いいのかい?」
「はい。お任せください。ひとりちゃん、少しお父さんと文化祭回ってきたら?」
「ぁ……」
そんな風に、郁三はふたりを抱きかかえつつひとりに向き直った。
ひとりは一瞬直樹を見た。
父親と文化祭を回ることも、みんなに連れられてメイド服のまま歩き回った時よりもっと回ることも、どちらも捨てがたい。
リョウにもまた、肩を押された。
「あっ、リョウさん」
「ぼっち。たまには親孝行しな」
当の直樹だって、別に娘の青春の時間を無用心に奪うわけじゃない。
「心配しなくても、父さんは少しの時間だけだよ。ふたりが満足したら、退散するよ」
「じゃあ……ちょっとだけなら」
郁三とふたり。直樹とひとり。虹夏とリョウ。
それぞれのデート……? が始まる。
────
晴れの日の下、中庭の椅子で休憩して、二人で座ってる。
「虹夏。本当は、ぼっちと回りたかった?」
「うぐっ……」
虹夏が季節外れのアイスクリームをのどに詰まらせかけた。ひとしきり咳ばらいをしてから、顔をあからさまに赤らめて、顔を隠して。
「な、なんで……?」
と、それだけ言った。
少し冷めた目線で虹夏を眺めた。
そして、適当な空中を見ながら言った。
「……虹夏、みんなと遊びたいから来たんでしょ」
「あ、ああ……そりゃそうだよ」
虹夏は一度呼吸を整えた。
「せっかくの文化祭。明日は結束バンドの文化祭ライブ。ぼっちちゃんは緊張してる。喜多くんはまあ……最近は成長著しいからあんまり心配はしてないけど」
「だね。ぼっちは心配?」
「もちろん、心配だよ」
「オーディションの時も初ライブの時も、ぼっちすごかったじゃん」
「すごかったよ? だから心配なんじゃん」
「だから、ねぇ……」
虹夏は心配なんだ。
好きになったぼっちは、実力はすごいけど危うさもある。
だからこそ、守りたい。だからこそ、心配になる。
なんて、考えてるんだろう。虹夏は。
「鈍感だし、単純だしね、虹夏は」
「ええ? どうせ単純ですよ、喜多郁三くんに並ぶ朴念仁ですよ」
「……」
「みんなも鼓舞できない役立たずのリーダーですよーだ」
「別に、そこまでは言ってないけど」
「ねぇ、リョウ。最近どうしたんだよ?」
「……」
「もちろん喜多くんのペースは苦手だろうけど、喜多くん本人は嫌いじゃないでしょ?」
「もちろん」
「でも、最近、ちょっと疲れた顔してるよ?」
つくづく恨み節が口の中まで出てくる。
朴念仁のくせして、どうしてこんな時だけ鋭いんだか。
そこまで人の機微に気づいてさ。
どうせどっかで郁三の相談にも乗ってるんでしょ。
ぼっちにも、どこかで二人だけで話して励まそうとしたんでしょ。それが最近なのか、結束バンドを結成したばかりの頃かは知らないけど。
結束バンドとして明日のために英気を養いたい。伊知地虹夏として後藤ひとりの役に立ちたい。
どっちも本当なんでしょ。
「……私たちって、何なんだろうね」
「僕たちは仲間だろ」
「……」
「それと、大事な腐れ縁の昔馴染み」
「……」
「だからこうして、晴れの日の文化祭なのに二人でちょっと真面目な話してるんでしょ?」
「……」
「ねえ、ちょっとくらいは返事してよ」
「……じゃ、返事。もうちょっと二人で文化祭を回る」
「ちょっとー、せっかくなら大事な仲間のリョウの悩み相談に乗らせてよー」
「大丈夫だよ。こうして二人で回ったら、そのうち悩みも軽くなるから」
「ああ、そーですかー。じゃ、しっかり気持ちを切り替えて、明日のライブは絶対成功させること。わかった? 約束」
「……うん、約束」
虹夏は立ち上がった。太陽の逆行で少し暗く見える虹夏は、いつもより背が高く見えた。
「……私が座ってるからか」
立ち上がる。虹夏の声を聞き届けた。
「もう少ししたらぼっちちゃんとお父さんも来るわけだし。そしたら今度はまた結束バンド四人で回ろう」
「だね……
「じゃ、手始めに。リョウはどこ行きたいの?」
「んー……お化け屋敷」
「ええ? リョウ大して怖がらないじゃん──」
────
「秀華高校か~。ひとりの入学式以来来たことなかったからな~。父さん新鮮だな~」
「ちょ、ちょっとお父さんっ。あっあんまりはしゃがないで……」
「はは、ごめんごめん。でも、ひとりとこうして外で話すのも久しぶりだろ?」
「うっうん……」
「喜多くんがふたりをみてくれてるし。いやー、喜多くんはフレンドリーだし虹夏くんはしっかりしてるし。リョウちゃんは、ベースがすごい上手だし。いい友達だねぇ」
直樹の言うことは本当で、実際ひとりはずっとギターを家でかき鳴らしていたので、親戚の家に行く時ぐらいしか出かけることはない。直樹の言う通り本当に久しぶりだ。
ひとりも高校生で父親と文化祭を回るのは恥ずかしいが、父親含め家族のことは大好きなので嫌じゃない。だから、ちょっと微妙な気持ちだ。
「ひとり、明日のライブはどう? うまくやれそうかい?」
「ど、どうかな……たくさん練習したし、今日もみんなで練習するし」
「そっか。この間のライブ観たから言うけど、きっと大丈夫なはず。のびのびやりなよ」
「うっうん」
「それに緊張したって、他のみんながきっと助けてくれるさ」
「うん……そう、だね」
「明日は、この間ライブで弾いた曲でいくのかい?」
「あ、ううん。明日は全部オリジナルだよ」
「へぇ、すごいじゃないか。ひとりが作詞もしたんだろう?」
「うん……」
明日の演目は、1.《忘れてやらない》、2.《星座になれたら》、3.《ギターと孤独と蒼い惑星》だ。
それぞれの曲に、文化祭に向けてみんなが意気込んだ意味がある。曲に込めた願いがある。
《忘れてやらない》は文化祭が始まる前に作っていた曲。でも曲の雰囲気が文化祭に合っているし、ちょうどいいと思った。《星座になれたら》は、ひとり自身のギターソロも考慮したうえで、ギリギリまで悩んだけど何とか作れた曲だ。
ラストの曲は《ギターと孤独と蒼い惑星》。結束バンドの
「……2曲目はね、他の曲もそうだけど、すごく悩んだんだ」
「そっか。でもまあ、それを聞くのは明日の楽しみだもんな」
結束バンド。以前のライブでも話した、みんないい子たちだった。
それになにより、ひとり自身が楽しそうだった。
直樹はそれが、なにより嬉しかった。
だから、道のりは厳しいかもしれないけど、僕も安心して応援していられる。
「ひとり。明日頑張ってな。それと、一緒に回ってくれてありがとうな」
「う、ううん」
「さて、そろそろふたりを戻さないとな。そしたらみんなで楽しんでおいで」
「……うん」
「あ、それとそうだ……! いやー、虹夏くんも喜多くんもできた子だよねぇー」
「え、お父さん……」
「二人ともかっこいいよねぇー」
「お父さん……」
────
「ひゃっほーぅ!」
「あはは! コースター!」
郁三とふたりはひたすらエンジョイしていた。
自分のクラスで作った、主にちびっ子のための室内コースター。一応中学生や高校生くらいまでなら乗れるようにも調整はしてある。郁三が体育座りで、その間にふたりを乗せて、閑散時を狙って郁三はとにかくふたりのご機嫌を取っていた。というか郁三自身も楽しんでいた。
「おい喜多! なんだ、その可愛い彼女は」
「他の女子たちががっかりしてるぞぉ?」
郁三の友人──全員男子──がからかい半分で囃し立てる。それでふたりもキャッキャと喜ぶので、女子も含めてみんなで可愛がっていた。
「はいはい! ひとりちゃんの妹ちゃんだよふたりちゃんは」
「えっ……《ひとりちゃん》? 喜多君、その子って誰?」
「いやいや、別に他学校じゃないよ。2組の子! 後藤ひとりちゃん!」
女子生徒も当然聞いてくる。誰だそのひとりちゃんは。喜多君の彼女なのかそうなのか。最近喜多君がずっと嬉しそうに喋ってるリョウ先輩とは違うのか。
「2組にそんな子、いたっけ……?」
「あー、でもいたかもだよ? ほら、あのピンクジャージの……」
郁三は絶句した。とことんひとりちゃんも人気がない……。
と、男子はからかいつつ女子は負のオーラを出して戸惑いつつ。
けれど、何も全員が郁三の人間関係に一喜一憂したり、色めき立っているわけでもない。
もう四周くらい乗車したコースターから降りて、ふたりも降ろしてもらって、そんな二人に近づく女子が一人。
「それって、アンタが最近入ったバンドの
「ああ、
「また《さっつー》て。いつまで私はさっつーなんよ」
「はいはい。明日はすんげーことになるから。さっつーもちゃんと見てろよ? 俺もそうだけど、ひとりちゃん。それにリョウ先輩!」
「へいへい」
「じゃ、ふたりちゃん。そろそろお父さんも待ってるし行こうか」
「うんっ!」
手を繋ぎながら自分のクラスを離れる郁三たち。
「リョウ先輩に……ひとりちゃんね。大変だねぇイケメンは」
そんな含み笑いなんて露知らず、教室を出た郁三とふたりは兄妹以上に仲睦まじい様子で周囲をピンク色に染めている。
「コースター楽しかった! ありがとういくぞーくん!」
「うん、よかった!」
郁三としてもふたりを遊ぶのはまあ楽しいけど、同時に結束バンドとも遊びたい頃合いだ。
「次は……と言いたいところだけど、俺も金欠だし」
「いくぞーくんお金ないの?」
「あはは……アイスはお父さんにお願いしようね」
リョウに多弦ベースを買い取ってもらった郁三だが、その後も食費を貢いだりライブのチケットノルマがあったり元から友達と遊んでいたりで、なんだかんだそれほど懐に余裕がない郁三だった。
「いくぞーくん、明日もがんばってね!」
「おう! おねえちゃんやみんなと一緒に頑張っちゃうぞぉ」
「明日、たぶんお父さんとお母さんもいくから! ジミヘンは来れないけど……」
「ジミヘン?」
「いぬ!」
「ああ……」
ひとりちゃんの家って濃いな……と思う郁三だった。
郁三は、虹夏ともひとりとも違ってそれほど文化祭に向けた緊張はない。リョウとも違ってちょっとしたもやもやもない。
ただひたすらライブが楽しみで、自分の未熟さを理解したうえで、ひたすら突き進むだけだ。
いや、違う。緊張ももやもやでもないけれど、他のメンバーとは少し違う意気込みはあった。
「あ、そうだ。いくぞーくんに聞きたいことがあったの」
「うんうん。なんでも聞いてよ」
「うん、それじゃあねえ……」
握った手を少し強めて、郁三のことをしっかりと見て、満面の笑みで言った。
「いくぞーくん、おねえちゃんのことすき?」
「……うん?」
そして、秀華祭は2日目へ──。