──13:26
十月二日。秀華祭2日目。
結束バンドの四人は体育館ステージの裏方にいた。
虹夏がのんびり言う。
「前のバンド、すごい盛り上がってるねぇ」
「この曲、春にヒットした曲ですよ。俺、カラオケで歌いました」
もう、秀華祭の体育館ステージは始まっている。午前の部も終わり、昼休みの休憩を経て今は午後ステージの一組目。
体育館の外での賑わいは残っているけど、それでも目玉は個人が「我こそは」と名乗りを挙げて壇上に立つ祭りの花形だ。知り合いを冷やかしに。純粋に応援に。物珍しさに。秀華高校生、他校生、一般客たくさんの人が体育館の中にいる。最大千人が入る青春のハコ。人数だけなら新宿FOLTのライブにも劣らないぐらいだ。
結束バンドの出番は午後2番目。開始時間は13:30予定。あと数分。
文化祭ライブ。緊張はしたって、それぞれ高揚感を共にそれぞれの技術を披露する生徒が多い。けれど、結束バンドは少し違った空気がある。
やっぱり、ひとりの緊張が段違いだ。ずっと妄想してきた文化祭ライブ。妄想の中には一万人ぐらい入る屋外体育館でのライブもあった。女の子に『後藤様~!』と言われたり、『お前が人間国宝!!』なんて叫ばれるときもあった。
そんな過激なものとは少し違うけど、確かに怖くて求めた時間が目の前にある。
それも、全部がオリジナル曲という攻めたセットリスト。全部、自分が作詞した曲。そこに込められた思いがある。
たくさんの自分を、学校中の生徒の前にさらけ出すことになる。
心臓の鼓動が、虹夏やリョウにばれるくらいにはうるさかった。
そして、特別な想いを抱いているのはひとりだけじゃない──
「結束バンドの皆さん、そろそろでーす!」
裏方の進行役スタッフが、タイムリミットを告げてくる。
同時、前のバンドグループが歓声と共に帰ってきた。
──13:28
「よし、行くよみんな」
「はい!」
「だね」
「はっはい……」
本番前。
「よっし、円陣でも組もうか。ほら、左手で『おー』ってやるやつ!」
「いいっすね!」
「えっ」
「暑苦しい」
「リョウ、みんなでやるの」
「まったく虹夏は……」
そう言いつつ、別にリョウは従わないわけじゃない。
全員が左手を出す。最初に虹夏が。次に間髪入れずにリョウが。そのうえに郁三が。最後に、控えめにひとりが。
全員、結束バンドのTシャツを着ている。左手首には黒色の結束バンド。虹夏は、気合を入れるピックのブレスレットも。
「じゃあ、みんなでだ。頑張ろう。それで僕たちだけじゃない、観客のみんなと一緒に……」
精一杯、一回きりのこの時間を。
「楽しもう!」
『おーっ!』
──13:30
『つづいては、結束バンドの皆さんです』
進行役の声に合わせて幕が上がる。
目の前に広がる景色。
STARRYの収容人数は二百人程度だけど、実際満員の前でライブをしたことはない。
今、視界には体育館の半ばまで観客がひしめいて、その人たちの多くが暗がりの中でサイリウムを掲げている。
歓声がもう聞こえる。結束バンド全員を歓迎する轟き。その中に、男子たちの大声、女子たちの黄色い声で、郁三の名前が叫ばれる。
郁三は学校でもあまりにも有名だ。一年生ながら二年、三年にも知られている。それだけじゃない、学外にまで人脈は広く及び、SNS効果もあって秀華祭のこともそれなりの知名度があった。
ひとりは、少しだけ胸元がチクリと疼いた。やっぱり予想通りだった。
「ひとりちゃん」
「えっ」
郁三が、まだ歓声が鳴り止まないうちにひとりの肩を叩いた。
「ほら、みなよ」
そして促してくる。壇上近く、手前の観客たち。
「おねえちゃーん!」
飛び跳ねるふたりがいた。感涙しながらビデオカメラを撮る直樹がいて、うちわで応援してくれる、ひとりと同じ髪色──母親の美智代がいた。
「みんな……」
『ひとりちゃーん!』
路上ライブでチケットを買ってくれた二人がいた。
「ファンの人たち……」
『後藤さーん!』
昨日少しだけでも話した、同級生たちがいた。
「同じクラスの……」
「ぼっちちゃーん、来たよ~!」
きくりと星歌がいた。
「みてみてぼっちちゃん、今日は特別にカップ酒だよ~!」
壇上にまで鬼ころカップverが転がっていた。
「あれ? ぼっちちゃんなんで無視すんのー? ねえ無視すんなよー、ぼっちちゃーん──」
(呼ぶんじゃなかった……)
酒くさきくりは星歌に首を絞められていた。ひとりは関わりたくないので放っておいた。
それはともかく、みんながいる。
予想通り、じゃないんだ。わたしにも大事なお客さんが来てるんだ。
ひとりにそれを気づかせた郁三は、柔らかい笑みを浮かべた。
郁三は前を向く。マイクを握る。
「えー……みんな! 今日は秀華祭に、このステージに来てくれてありがとう! 結束バンドのボーカル、喜多です!」
大歓声。
「俺たち《結束バンド》は、普段は学外で活動してます! この四人で、たっくさん練習して……悩んで緊張して、でもみんなに俺たちの曲を届けたくて、ここに来たっ!」
さらに、歓声が大きくなる。
「今日は俺たちにとっても……何よりもみんなにとって、忘れられないようなライブにします!!」
歓声が鎮まる。虹夏のドラムスティックが、わずかに上に掲げられて。ひとりが、リョウが、郁三が一瞬虹夏に視線を合わせて、また前を向く。
郁三が手を掲げる。手拍子の合図。
「忘れられない秀華祭ライブの、俺たちの1曲目。結束バンドで──」
──13:32
「《忘れてやらない》!!」
スティックの叩くリズム。ギターの尖ったかき鳴らし。確かにサウンドを支えるベースの低音。爆音が清々しく鼓膜を揺らして、体育館が轟いた。
虹夏は、ドラムを拍動させながら全体を俯瞰する。郁三がギリギリまで手拍子を合わせ、やがて彼もギターに目を落とした。
出だし、好調。郁三の口が開く。
(よし、上々……!)
Aメロ。郁三の声に張りが出ている。リョウも自分ものびのび演奏で来ている。ひとりだって、固くない。
《忘れてやらない》。この曲は、《ギターと孤独と蒼い惑星》、《あのバンド》の後に作られたいくつかの曲のうちの一つ。けれど、最初の二曲とは明らかに違う雰囲気があった。
いつかの日。四人でファミレスに寄ってセットリストを決めた時を思い出す。
『最初の一曲目は《忘れてやらない》がいいと思うんだけど』
『奇遇だね虹夏。私もそう思ってた』
『うそ!? 俺もですリョウ先輩』
『おい喜多郁三、僕を無視すんな』
『わっわたしも……』
満場一致で決まった結束バンドの一曲目だ。
歌詞そのものは、一文一文をみればひとりの暗くてぼっちな世界が広がっている。でもそれを物語でとらえたとき、気だるくて陰鬱な日常を前向きに
それをリョウも感じ取った。だから曲調はこれまでの結束バンドで一番明るい曲になった。
郁三の声量が跳ね上がる。同じタイミングで全部の楽器が走り出す。
一回目のサビだ……!
(みんなが思ってる。僕たちは……この瞬間を忘れたくない!)
ずっと、独りぼっちだったひとり。高校でも、毎日二時間の電車を行く。孤独が過ぎたからギターヒーローになるまで腕前が上達した。だから、暗くて激しいひとりらしい曲があった。
でも、この曲は違うんだ。
虹夏が誘ってひとりは結束バンドに入った。STARRYの経験が、この曲を作った。
(最高だよ。ぼっちちゃんはこの結束バンドで……青春を感じてるんだ!)
好きな子が成長してる。これ以上素敵なことなんてないじゃないか……!
サビを歌い終えた郁三が、ノリノリで会場に激を飛ばす。それでも、彼のリズムギターのパートは簡単には揺らがない。持ち前の明るさが、多少の揺らぎを盛り上がりに変えている。
今日はこれで終わりじゃない。
2回目のAメロに差し掛かる。
(いいじゃん、郁三)
ひたすらベースに集中して、余計なパフォーマンスを入れないリョウは、自分のパートを弾きながらも少しの笑顔を浮かべていた。
ただでさえギターを初めて半年。ギターが自分の手足にもなってない郁三は、歌だって担当する。どこかで疲れは出てくるはずなのに、汗をかいてもそれを陽のオーラにして踏ん張っている。
リョウだって、虹夏と同じように思い出す風景がある。
『リョウ先輩。俺のギター練習、みてくれませんか?』
それは文化祭ライブを決めた後、ひとりが不在の時のSTARRYでのことだ。
郁三はただ真っすぐにリョウに向かって頭を下げた。それはいつものリョウを慕う姿とは全く違う真摯な姿だった。
『ぼっちに教えてもらってるじゃん』
『ひとりちゃんだって自分の練習時間が必要です。それに俺は……もっとうまくなりたいんです!』
『……レッスン料、高いよ?』
『わかってます』
『……OK、じゃさっそく始めよ』
あの目は、今まで以上に上達を──上達のその先にある何かを望んでる目だった。
今までだって、郁三の成長がすごかったのはわかってる。加入時のごたごたはともかくとして。
二回目のサビも終わる。間奏。そして最後のサビが。
この曲は最後まで、どこまでも清々しい。
最初にひとりから作詞の相談を受けた時、その明るい歌詞はつまらないと思った。でも今のひとりの、暗い歌詞の明るい雰囲気はとってもよかった。
今のひとりは、とてもいい。
郁三も、それに感化されてよくなってるんだ。
所かまわず好きですオーラを放つのには若干呆れもあったけど、音楽に真摯で真面目な顔は嫌いじゃない。あの時、私は郁三を気に入ったよ。
虹夏のことで、少し陰鬱になっていた気持ち。それが少しずつ、後輩たちのおかげで晴れていく。
陰キャに陽キャ、コミュ障にコミュ強、男子に女子、音楽が上手い奴に下手な奴。
バラバラな個性が集まって、ひとつの音楽が出来上がるんだ。だから──
(私たちらしい音楽、できてんじゃんっ)
どうして最初にこの曲にしたか。みんなわかってる。
みんな、
──13:35
「ありがとうございました! 1曲目、《忘れてやらない》でした!」
清々しい汗を腕で拭って、郁三は陽ザ・陽キャラオーラを振りまく。
1曲目は大盛況のうちに終わった。
流行のヒットチャートを馬鹿にするつもりはない。でも、結束バンドは自分たちのオリジナル曲に自信がある。意気込んだその攻勢と盛り上がる曲調は、多少の未熟さをはねのけて会場を一気に自分たちの味方に変えた。
変わらず郁三への熱を帯びた視線は変わらない。そして低身長でもどっしりと構えるほんわか虹夏と、孤高にベースをかき鳴らすクールビューティ(に見える)リョウも同性異性の注目を集めている。ひとりには、「けなげに頑張る女の子」程度の注目がされていた。
「それじゃあ2曲目と行きたいところだけど、その前に……!」
郁三のMCが続いている。とはいえ、それは郁三だけの役目じゃない。振りむいて、虹夏にマイクを渡した。
「結束バンドのリーダー、ドラムの伊知地虹夏先輩です!」
「こんにちは、皆さん! 伊地知虹夏です! 盛り上がってますかー!?」
サイリウムが揺れる。他校の虹夏にも歓迎の声は凄まじかった。
『ウェーイ!!』って声と『キャァー!!』って声。人知れずリョウの頬がむくれた。
「ええー……うちのベースの山田リョウ曰く、僕のMCは絶妙につまらないそうでしてー……おい、そこリョウそっぽ向くなコラー」
それなりに笑いが取れていた。虹夏は頭をかいて、にこやかに顔をゆがめた。
「だったらお前がやれよって思うんですけど、まあお笑い芸人くらいになるまではライブ告知だけにしときまーす!」
そもそもMC経験自体まだ数回しかないわけだけれど。
「とはいっても、まだ次のライブの予定もないけど……もし気になるって人がいたら、喜多くんか──」
『きたくーん!!』
「はーい!」
陽キャオーラ展開。
「あ、あはは。それかぼっ……後藤ひとりちゃんに、声かけてくださいねー!」
パチパチと拍手が流れた。ひとりはちょっとだけ死にたくなった。
「それじゃあ喜多くん、次行こうか」
「はいっ!」
虹夏がマイクを投げ返した。華麗に受け取って、郁三はマイクスタンドに戻しつつ再び声を張り上げる。
「じゃあ、2曲目行きます!」
再び郁三が、リョウが、虹夏に向き直る。
ひとりは、数秒遅れてはっと気づいた。そして、遅れてギターを構える。
違和感が、ギターにあった。
──13:37
「結束バンドで──《星座になれたら》!」
1曲目と同じように、虹夏のドラムスティックを叩くリズムから始まる。けど、そこから奏でられるそれぞれの音は《忘れてやらない》とはまるで違う、落ち着いた曲調だ。
セットリストを決めた時のこと。
『1曲目と3曲目は決まったね。それで2曲目だけど──どの曲にするにしても、ここにはぼっちのギターソロを入れよう』
リョウのその言葉。他の全員が驚いた。けれどリョウは構わず続ける。
『MCで目立つのは郁三の担当。でもぼっちだって活躍しなきゃ。二人の文化祭ライブ、でしょ?』
それはリョウなりの気遣いだった。虹夏も賛成する。郁三も乗り気だ。ひとりは戸惑うけれど……少なくとも反対はしない。
『なら、どの曲にしようか』
『うーん、《あのバンド》とか《カラカラ》とかですかね?』
『私は今回は歌わないよ』
『ソロなら、間奏が長いほうがいいんですか? 俺よくわかんねー。ひとりちゃんはどれがいい?』
虹夏と郁三も、言外にリョウもギターソロを入れる2曲目を聞いてくる。
『あっあの、それじゃあ……』
仲間に、ひとりはこんな提案をした。
『べっ別の曲を……作ってもいいですか?』
──13:39
この曲は、文化祭のために、わたしが作った曲。
なのに。
(おかしい──)
曲がBメロまで差し掛かった時、ひとりは違和感に気づいた。
(昨日まではなんともなかったのに、1・2弦のチューニングが異常に合わない……?)
おかしい、おかしい、おかしい。
感じていたけれど、やっぱり小さな音のずれが直らない。ペグがキリキリ固い。直すと別のところに違和感が出る。
そして落ち着いたこの曲がサビに入り、数秒後。プツリと、ひとりの音が消えた。
(1弦が切れたっ!?)
ひとりの根源。静寂を切り裂いた鋼鉄の弦が、儚く散った。
(まずい、せめて2弦のチューニングだけでも──)
そうしてひとりがしゃがみこんだ時、ペグの動きが過剰になった。ネジがゆるみ、ペグの役割を果たせなくなる。
(ペグが故障してる──)
1弦、そして2弦が使い物にならなくなる。
──13:38
Bメロに入った時だ。夢中になって歌いながら、それでも郁三は冷静に状況を俯瞰できていた。
元々の練習量。リョウに追加で付き合ってもらった自主練。活動的な郁三の体力。純粋な技術はともかく、郁三は自分のそのままの実力を遜色なく出せるようになった。体力を残しつつだ。
《星座になれたら》が、落ち着いた曲調であることも功を奏した。
(
残り一か月もない文化祭ライブのために、一から曲を作ることを望んだ。それは今までのひとりからは考えられない積極性だった。
そしてわずかな日数で、リョウの駄目だしもない完璧な歌詞を仕上げてきた。
このひとりの熱量はどこから来たのか。
(真っすぐな歌詞。叶わない望み。それでも願う、『星座になれたら』か……何を見てるんだろうね)
ひとりの心情はわからない。でも、この文化祭に憧れて、怖かったのも知っている。
それでも、俺は俺の欲求に従った。
(ひとりちゃんがすごいんだって、みんな知ってほしいから)
秀華祭の1日目。ふたりに無邪気に聞かれた。そして答えた。
『いくぞーくん、おねえちゃんのことすき?』
『……うん、好きだよ』
好きだよ。こんな俺を許してくれた。結束バンドにまた誘ってくれた。俺をここに立つきっかけを作ってくれた。今もギターを教えてくれる。
嫌いなわけないじゃないか。最高の友達だよ。
初めて出会った時から、すごいギターの腕前を持っていた。俺が持っていない、リョウ先輩の隣に立つために必要な輝きを持っていた。例え独りぼっちだとしても、リョウ先輩に負けないひとりちゃんが、羨ましかった。
そして……かっこよかった。
ギターソロが決まった時、自分のことのように嬉しかった。
(だから見せてよ、ひとりちゃん……)
サビに入る。曲が盛り上がる。
そして隣から、ギターの音が消える。
一瞬、パフォーマンスの中でひとりに目を向ける。そして気づいた、しゃがみこむひとりちゃんに。
(弦……? なんだ、トラブル……!?)
物静かでも、緊張が強くても、ギターの腕前はピカイチ。そんな彼女が何もなく演奏を止めるなんてあり得ない。必然的にわかる、トラブルだと。
虹夏は、リョウは、気づいているのか。確かめたい、けれどひとりちゃんと観客から目を離すことはできない。
(ひとりちゃんの文化祭ライブが、これで終わる……?)
正義感と、欲望がごちゃまぜになる。
(ひとりちゃんの文化祭が、嫌な記憶で終わる?)
みんなに、ひとりちゃんのすごさを知ってほしいのに……それができない?
(明日のひとりちゃんの顔が、悲しみで歪む?)
そんなの、嫌に決まってるだろ。
サビが終わる。間奏に、ひとりちゃんのギターソロパートに入る。
気が付いたら、自分の手が動いていた。
静寂を切り裂く、輝きを求めて。
────
1弦も2弦も使い物にならない。
これじゃあギターソロなんてできやしない。
けれど曲は止まらない。
わたしのギターがなくちゃ、この曲は完成しない。
せっかくの文化祭ライブが、みんなで悩んで、頑張って、応援してくれた文化祭ライブが、わたしの機材トラブルで台無しになる……?
(どうしよう……どうしよう、どうしようどうしようどうしよう──)
間奏へ。
曲は止まらない。だって隣から音がするから。
(喜多くん?)
気づいた。サポートギターから、鮮やかなメロディーが溢れる。
単調なストローク。リードギターのわたしのものとはまるで違う。けれどはっきりと感情が宿る音が。
喜多くんが、いつもとまるで違う音を奏でてる。
(打ち合わせもしてないのにアドリブ……)
喜多くんの目線が下に。マイクから離れ、猫背になって青いギターをかき鳴らす。
いつもハキハキしていて、胸をそらして自信満々な喜多くんが、目を細めて、集中して。
その姿勢は、まるでわたし──
目と、目が合う。喜多くんがわたしを見つめてる。
まだ間奏だ。喜多くんが声を出すことはない。なのに観客にパフォーマンスを欠かさない喜多くんが、わたしだけを見つめてる。
たくさんの言葉が
『へぇ、すげー! 後藤さんギターうまいんだね!』
『ありがとう……ひとりちゃん!』
『ひとりちゃん、合格だって! ねぇねぇ!』
『ひとりちゃん。文化祭ライブ、絶対成功させよう!』
文化祭。大勢の人前。隣に立つ、わたしを見つめてくる強い光。
ギターの音が聞こえない。観客なんて眼中にない。ドラムとベースの音がうるさい。
もう一度、目と目が合う。
聞こえるはずのないギターの、喜多くんの
念話なんて信じないよ。幽霊なんてない、むしろわたしが幽霊だよ。でも確かに聞こえたんだ。
──みんなに見せてよ。ほんとうはひとりちゃんが、すっげーかっこいいんだってことを──
気が付けばわたしは足元を見ていて。
きくりお姉さんが飲んでたカップ酒の空カップを掴んだ。
それを弦に当ててスタンバイ。
わたしが今できる、かっこいいわたしは。
ボトルネック奏法を完璧に使いこなす、わたしなんだ。
間奏を繰り返す。喜多くんだけじゃない。虹夏くんとリョウさんも合わせてくれた。
わたしのギターソロパートが始まる。
────
時間なんてわからない。
いま、いつだろう。
ギター、うまく弾けたのかな。ちゃんと盛り上げられたのかな。
観客の声が聞こえなくて。
視界が開いた。天井を見上げていた。
ああ、そうだ。ギターソロを終えて、Cメロを終えて、ラストのサビに入る前の一瞬だ。この瞬間からソロまでの間だけは、わたしの演奏はないんだった。
吐いた息。苦しかった呼吸が楽になる。たぶん、なんとかソロパートは乗り切ったと思う……。
でも不安だった。ただ夢中だったから、カップ酒を手にしてからの記憶が曖昧だ。
結束バンドのみんなを見た。
虹夏くんが、わたしと喜多くんとリョウ先輩を見てた。その表情は、安心してた。
リョウ先輩が、いつもと全く変わらないようにベースを弾いてた。
ソロパートは、乗り切ったんだ……。
そのまま、喜多くんを見た。
喜多くんは……わたしに目を向けてくれていた。
(ああ……そうか)
虹夏くんは、わたしを見つけてくれた。
リョウさんは、わたしの暗い歌詞をわたしらしくていいって言ってくれた。
──喜多くんが、最初に会った時から、ずっとわたしを見てくれていた。
バイトに、練習に、お昼休みに、放課後に。喜多くんは、ずっと一緒にいてくれていた。
(ああ……そうか)
ギターソロと聞いて思わず作った《星座になれたら》。
あふれ出る言葉を止めることもしないで、たった数時間で書きなぐった完璧な歌詞。
なんでわたしがこの曲を作りたかったのか、わかった。
誰に向けた曲なのか、今更わかった。
(わたしが……すっ、すきな人に向けた曲なんだ)
ずっとわたしを見てくれていて、優しかったひと。
ありえないよ。ありえないよ。
(でも……)
恋人、なんて。恋、なんて。縁なんかないってずっと思ってたよ。
だってコミュ障だし。魅力だってない。押し入れの中で奏でるギターしか取り柄がないし。
妄想はたくさんしたよ。バスケ部のエースがわたしの彼氏。イケメンで、高身長で、優しくて、それでわたしには特別優しい、みんなの人気者。
でも、現実は友達なんて一人もでき
妄想で終わると、心のどこかが、頭のどこかが、わたしのどこかが、わかっていたこと。
でも、目の前には強い光があるんだ。
わたしの目の前には、わたしを消してしまうような強い光があるんだ。
バスケ部だけじゃない、いろんな部活の助っ人で活躍してる。
いろんな女の子が憧れるような、かっこいい顔に、裏表のない素敵な笑顔。
わたしよりずっと高くて、男子の中でも高身長。
誰にでも優しい。わたしにも、リョウさんにも、虹夏くんにも、誰にでも優しい。
仕方ないよ。どれだけ、わたしが目をふさいだって。顔を背けたって。強い光が目に届くんだ。
(わたしは、きっ喜多くんのことが、す、す……すき、なんだ)
わたしは、最初から喜多くんのことが好きだったのかな?
わからないよ。最初の頃なんて、誰だって話すのに勇気がいたんだもん。
でも、結束バンドのみんなと関わって。みんなと話すのには勇気がいらなくなって。
今、こうして喜多くんがずっとわたしを見てくれていたんだってわかって。
だから、本当だろうが嘘だろうが、わたしは勘違いしちゃうんだ。
それがどれだけ、自信がなくて、身の丈に合わなくたって。そう思っちゃうんだ。
仕方ないよ。どれだけわたしが恋から遠ざかろうとしたって。認めたくなくたって。
──初恋が、わたしをつかんで離さないんだ。
────
《星座になれたら》が終わる。
歓声の中。
視界がぼやけて、にじんで。
耳が遠くなって。
だからまた、声が聞こえた気がしたんだ。
気のせいかな。わたしの妄想かな。
でも、聞こえちゃったんだ。
──ほら、観ただろみんな? ひとりちゃんは、すっげーかっこいいんだって──
リナリア:オオバコ科/ウンラン属(リナリア属)
花言葉の1つは、「この恋に気づいて」
result……
ひとり 郁 三
↑ ↓
虹 夏 ← リョウ
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Update!
ひとり → 郁 三
↑ ↓
虹 夏 ← リョウ