【完結】虹色refrain   作:迷えるウリボー

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18 アオグスリには秘密だよ

 

 

 

 下北沢高校二年生、伊地知虹夏はとてつもなく緊張していた。

 昼間は進学校で学業に励み、夕方は姉の店でバイトに(いそ)しみ、朝夕は家事に大忙し。そして空いた時間は結束バンドのあれこれに精を出す。控えめに言っても、虹夏の生活は同世代と比べてかなり忙しいものだった。

 虹夏自身は、持ち前の明るさと行動力があってその忙しさを表に出さないし、実際にメンタルが揺らぐぐらい追いつめられたことはない。楽しく一生懸命過ごしている。

 男女問わず喋れる虹夏は、ある意味では人気者だ。けど学校でよく喋るのはリョウで、結構な時間リョウが虹夏にくっついているものだから、同級生たちはそこまで深く虹夏に突っ込まない。あくまで、同級生として楽しそうに会話程度だ。逆に言えば、深い仲でない同級生たちに対してもライブを誘ったり、日々話したりとコミュニケーションはめっぽう強い。

 その虹夏が、下手をすれば台風の日の初ライブの時以上に緊張していた。というか悶々としてた。

(ぼっちちゃんの家に訪問……僕一人でぼっちちゃんの家に訪問……僕一人で)

 神奈川へ向かう電車の中。それなりに乗客も多くて、虹夏が座れたのは運がよかった。けど、別に誰かがみているわけでもないのに背筋が伸びてしまう。

 土曜日。虹夏とひとりがSTARRYのバイトのシフトがない日。リョウと郁三に下手に詮索されないようにと、リョウはバイト、郁三は他の友達と遊びに行っているらしいことはリサーチ済み。その世間話をしたときに、郁三から『虹夏先輩はなんかあるんですか??』みたいなロインを返されたので心臓が少しバクついたけど。

 

『ギターヒーローの宅録、僕も見てみたいんだ』

 

 ひとりの新しいギター選びに付き合った日の夜。虹夏は始めて、好きな女の子に対して何かしらの誘いの口実を作った。もちろん学校の付き合いで女の子と遊んだことはそれなりにある。けれどここまで心臓がうるさくなるほど、好きになった子にアプローチをしかける、なんてことはなかった。だから世間話のつもりから何気なくお願いしたギターヒーローの宅録見学でさえ、虹夏にしてはたっぷり時間をかけて文面を作った。

 どれだけ『勇気を……勇気を出せ……虹夏!』と心の中で自分を鼓舞したのかわからない。ついでに心に血涙を流しながら『なんか知らないけど喜多くんと渋谷に行ったらしいし、大丈夫ダイジョウブ!』なんてふうにも考えた。

(ぼっちちゃん、そもそも僕のことどう思ってんのかなぁ……?)

 虹夏の返信に対しては、ひとりは、少なくともロインの上では快く了承してくれた。虹夏はひとりがリョウと郁三にギターヒーローの話をしていることを聞いたことがない。だから、ひとりがリョウと郁三に今日のことを話すことはないだろうと踏んでいる。そのあたり、少しずる賢い。

(──なんて、そんないい子ちゃんでいるなよ。これは戦略なんだ戦略……)

 おかげで、虹夏がたった一人でひとりの自宅に訪問する口実は違和感なく作れた。少なくともやましい狙いがあるようにはみられないはず。ずっと前からギターヒーローのファンを自称していたのも事実だ。

 そもそも、最初は友達と話すことさえ緊張しっぱなしのひとりだ。こうして虹夏が家を訪ねることを了承してくれたのなら、少なくとも仲間として信頼してくれているのは確かだろうけれど。

(少なくともデート的な何かだとは露ほども思ってないだろうなぁ)

 もちろんそれが早計なのは虹夏もわかっている。今日の訪問はあくまで宅録見学だし。

 教えてもらったひとりの家の最寄り駅で電車を降りる。

 ひとり本人と、家族に対してのお土産のお菓子も買ってきた。秀華祭前とその直前のライブでひとりの家族を見たけど、家族仲は良さそうだし、家にいたら何かしら話はしそうだ。

 ロインで教えてもらった住所をマップ検索して、数分。季節は秋になりかけなので、少なくとも暑さで汗をかくことはない。

 そして自宅前へ。一軒家。虹夏にとってはもはや聖域に近い。

(……よし!)

 インターホンを押す。

『あっ、い、今開けます……』

 開いた扉から出てきたのは、星型サングラスと付け髭をつけてクラッカーを鳴らしたひとりだった。

「いっいええええいウェウェウェルカアアムーー!!」

 予想外過ぎた想い人の登場に、虹夏の表情が固まった。

「ぼっちちゃん……楽しそうだね」

 それしか言えなかった。

「あっはい……」

 ひとりもそれしか返せなかった。

 寒い沈黙が走った。

 けど、虹夏としてはそれでも嬉しかった。

「あは、あははっ。ぼっちちゃん、ほんと面白いなぁ」

「あ、あはははっ。で、でわドーゾー……」

 けど、虹夏とひとりが、ひとりの自室へすぐに向かうことは叶わなかった。

「やぁ虹夏君! 文化祭以来だねぇ!」

 ガシッと効果音が鳴る。虹夏の左肩に乗るしっかりとした腕。

「え、え!? ぼっちちゃんの……お父さん!?」

「にじかくんだー!」

 パシッっと効果音。虹夏に抱き着く元気全開の幼女。

「ふたりちゃん……!?」

 そして正面から迎え撃つは、後藤家ヒエラルキー頂点に君臨せし女王。

「うふふ……初めまして、ひとりの母です」

「あっ、初めまして……伊知地虹夏ですっ」

「な~んて、堅苦しい挨拶はそのくらいにしましょうね」

「え?」

 再びガシッと。直樹よりもなお力強い掌が虹夏の右肩に襲い掛かる。

 そして両の耳からASMRばりのささやき声が放たれた。

『さあ、おもてなしだよ』

 後藤家父、母、次女が虹夏を一階のリビングへ連行。其の疾きこと風の如く。

「え!? なにこれどういうことぼっちちゃああぁぁ……──」

 虹夏の声が儚く消えた。

 一人、クラッカーの煙の匂いを嗅ぎながら呆然と立ちすくすひとり。

 遅れて呟いた。

「わ、わたし……何もしてないです」

 ひとりは立ち尽くし、しばらく動けなかった。

 後藤家は一軒家で、リビング・ダイニング・キッチンと広い。ひとりの自室は二階にある。当然、今日の宅録はひとりの自室で行われる。

 そうは問屋が卸さない。

「改めて──ひとりの母の美智代です」

「あ、あははは……結束バンドの伊地知虹夏です」

 虹夏はリビングの三人掛けソファど真ん中に()()()()()。左にはにこやかな直樹が陣取り、右にはふたり。正面にはテーブル、しかも唐揚げ・サラダ・ポテトなどなど豪勢な料理がずらり。

 そして、たった今名前を知ったひとりの母、美智代が旅館の女将もかくやという(うやうや)しさで五体投地してくる。

 もてなしが手厚すぎる。

(なにこの状況)

「この子はジミヘン!」

 ふたりの横からさらにワンコが顔を出す。初対面なのに、警戒もせず人懐っこい。

「ああ、ジミヘン、ジミヘンね。よろしくね」

 で、なんだこの状況は。

「え、えっと……僕が今日来るって、知ってたんですね」

「そりゃあもちろん。ひとりから結束バンドのことはよく聞いてるからね。新しいギター選びにも付き合ってくれてありがとう」

「い、いえ。僕らも好きで付き合ってますし。それにぼ──ひとりちゃんにはいつも助けられてて」

 なんて会話の間に、美智代はテキパキと虹夏に箸食器を手渡して。

「虹夏君、これひとりの好物でね。よかったら食べてちょうだい?」

「あ、ありがとうございます……」

「ひとり、『今日は初めて友達が来るんだ』って張り切ってねぇ」

「あ、そ、そぉなんですね……」

「こっちが醤油味、こっちが塩味。虹夏君はどっちが好きかしら?」

「あ、じゃあ塩味をいただきます」

「ふたりはしょーゆが好き!」

「へぇ、ふたりちゃんはそっちかぁ」

「お、塩味のほうは僕が作ったんだよ。ひとりと同じだねぇ」

「あ、あの皆さん……」

『なに?』

 父と母が同時に虹夏に顔を向けた。迫真の顔が怖い。

「えっと、このおもてなしは一体……? いや、とても嬉しいんですけど」

『それはもちろんねぇ』

「……」

『虹夏君だからねぇ……!』

「ひっ……」

 後藤ひとり、極度の陰キャにしてコミュ障。小学校に中学校とほぼ誰とも友達の関係にまでなれなかった。其の(しずか)なること林の如く、其の動かざること山の如く。

 だからこそ、正直両親はひとりの将来を少し悲観的に見ていた。実の娘に対してずいぶんなものだけど、普段のひとりを見れば納得のことだ。

 ひとりにはギターがある。自分らしくいてくれるのが親としての幸せ……と思っていたけれど。

 高校に入って、ひとりは結束バンドに加入した。山田リョウという音楽に長けた友達と、なんといっても伊地知虹夏と喜多郁三なんて男の子がいる。そして、わざわざひとりと遊びに来てくれた。こんなチャンスを見逃すはずがない。

 後藤直樹、後藤美智代。其の動くこと雷霆(らいてい)の如し。

「さあさあ、虹夏君! 僕とゆっくりバンド談義でもしようじゃないか!」

「ひとりのアルバムなんてものもあるわよ? よかったら見てちょうだい!」

「えっ」

 むしろそれは見たい。

 話はどんどん進む。狩人の眼をした直樹と美智代は、そう簡単に虹夏を逃がさない。

(……さすがぼっちちゃんの家族。濃すぎる)

 ひとりの話。虹夏の話。結束バンドの話。接待プレイを受けた虹夏は若干上機嫌に。そしてどうしてか、ひとりは現れない。たぶん家族の行動と直前の自分の奇行でフリーズしてるのかもしれない。

「へぇ……ひとりちゃん、やっぱり昔から引っ込み思案だったんですね」

「そうそう。でもギターを始めてからはすごく熱中してさ──」

「虹夏君は、えっと……ドラムをしてたのよね? 文化祭の時も、しっかりお話もしててかっこ良かったわ~」

「あ、ありがとうございます。でも、あの時すごかったのは喜多くんに、ひとりちゃんですよ。だって二曲目で──」

 二曲目のピンチをアドリブで持ち直した郁三。ボトルネック奏法を披露したひとりはまさしくヒーロー。そしてその後は──

『あー……』

 その後はひとりのダイブな珍事だった。ふたり以外の全員が苦笑いした。

「ねぇ、虹夏君っ」

「あ、はいっ」

「ひとりは……どうかな?」

「はい。ひとりちゃん、本当にギター上手で……セッションはまだ慣れてないみたいですけど、初めて出会った時から僕の恩人です」

「そう……あのひとりちゃんが」

「うんうん、感慨深いなぁ。それで、どうかな?」

「はい?」

 何が『どうかな』なんだ。直樹の意図が微妙によくわからない。

「時に虹夏君……君は」

「はぁ」

「付き合ってる彼女さん、とかはいるのかな?」

「……はぃ!?」

 持っていた唐揚げを落としかけた。心臓が飛び跳ねた。

 なんだ、なんだ、なんの質問なんだ。

「いや、いや……べ、別にっ僕はいないですけど」

「そ、そうかい? なら──」

「お、お父さん! お母さん! 虹夏くんを困らせないで!」

 とまあ、そんな虹夏本人が主目的から脱線しかけたころ、影のように()()()現れたひとりがリビングに現れて叫んだ。さすがに調子に乗りすぎな両親へのひとりなりの雷だ。

「お、ひとりも食べるかい?」

「ひとりちゃん、こっちにいらっしゃい」

「行かないから!!」

(ぼっちちゃんがかつてないほど大きい声を出してる……)

 さすがに星形眼鏡と付け髭はやめたひとりは、四方八方を圧迫されてる虹夏に近づきつつ、何とか声を出した。家族相手にはそうなるらしい。

「に、虹夏くん……! い、行きましょう……!」

「ああ、うん……」

 虹夏は立ち上がった。

「すみません、それじゃあ……」

 若干物足りなさそうな後藤家両親に気圧されつつ、虹夏は言葉を捻り出した。

「……また、今度はゆっくりお話しさせてください」

「うんうん! 今度はもっとゆっくり話そうよ」

「ひとりちゃんの話もできるし、虹夏君のお話も聞きたいわ~」

「……は、はい!」

「わ、わたしの話はいいから!」

 

 

────

 

 

 後藤家の階段を上る。

「に、虹夏くん、ごめんなさい……お父さんたちが変なことを」

「あ、あはは……別にいいよ。賑やかだね、僕も緊張がとれちゃった」

「えっ虹夏くんも緊張してたんですか……?」

「そ、そりゃあするさ! なんてったってぼっちちゃんの家だし」

「……家族もわたしもお見苦しいところを見せて本当にすみませんスミマセン」

「や、やだなあそういうわけじゃないってぇ!」

 家の中なので、すぐひとりの部屋には着いた。扉はふすま。和室だ。自室が洋室の虹夏としては新鮮だった。

「お、お邪魔します」

「ど、どうぞ……」

 ひとりからすれば、いつもの部屋。

 虹夏からすれば、好きな女の子の部屋。机にタンス、先代ギターと新しいギター、大きく張られた四人のアー写。それだけの殺風景な部屋でも、緊張は隠せない。

 そしてひとりに促されるまま座布団に座って、虹夏は机の死角にあったそれに気づいた。

「ぼっちちゃんっ、この服は……?」

「え、え?」

「ほら、これ」

 それは畳まれた女の子の服。けれど間違ってもひとりが着るような類のものじゃない、ロリータファッション。そういえば郁三からひとりの服装事情について聞いたような。

「こ、これ、お母さんが勝手に買ってきたのです……」

「だ、だよね。てかなんか挟まってるけど」

 かさりと、服と服の間にメモ用紙みたいな紙切れが。

 何が書いてるのかもわからないので、思わず二人してそれを見てしまった。

 

『それで男の子を悩殺よ~!』

 

「……~~!!」

 ひとりが顔を真っ赤にしながら紙を破いた。ものすごい勢いで。

 いろんな感情が渦巻いて、虹夏もしばらく何も言えない。

「……ちょっとお母さんと話してくるので、に、虹夏くんはゆっくりしててください」

「う、うん」

 ひとりがその服を持ったまま一度閉じた部屋の扉を開ける。少し背中に鬼が見えたような。

「ぼっちちゃん……」

「あっはい」

「ご、後生だから、試しにその服着てみるとか……?」

「ア、ムリデス」

「……だよね」

 後藤ひとりはふすまを閉じた。虹夏からはその足音だけが聞こえた。

 しばらくしてから、聞き取れはしないけれど一階からとてつもない大声。

 後藤ひとり。其の侵掠(しんりゃく)すること火の如く。

(正直、着て欲しかった。めちゃくちゃ可愛いのに)

 虹夏は火照った体に手団扇(うちわ)で風を送りつつ悶々としていた。

 けれど本人が嫌がっているし、さすがに無理はさせられない。そして今一階で起きているかもしれない母と娘のバトルに首を突っ込まない方がいい気がした。

 伊地知虹夏。其の知り難きこと陰の如く。いや知りたい。

(まあ……お父さんとお母さんが先走っちゃってるのかなぁ)

 ひとりの性格とこれまでのことを考えれば……まあ両親の行動にも納得できるけれど。

「まあ……でもそこに乗っかるのはちょっとズルいしなぁ。でもご両親味方につけて……ああああっ!」

 それをひとりの部屋で一人で考えて悶々とする虹夏だった。

「ってか、ここでぼっちちゃんいつも寝てんだよね……」

 辺りを見回す。タンスを見る。

 凝視する。

「……」

 おい僕。何考えてんだ。変なこと考えるな。

「……」

 文化祭ライブもひと段落した今だから、ゆっくり確実に距離を近づけるんだろ。

「……」

 ただのバンドメンバーから、まずは一緒に遊べる友達に、だろ。その後段階を経てデートだよ。

 長距離走だよ。なに急に砲丸投げしようとしてんだ。

「ぼっちちゃん……早く帰って来て……!」

 ひとりが戻ってきたのは五分後だった。お茶を持ってきてくれたけど、服装は変わらないピンクジャージだった。虹夏はしゅんとした。

 お互い、世間話はいつもしている。今日の目的は何といってもギターヒーローの宅録見学だ。

 虹夏もそれなりに手伝おうとするのだけど、大したことはできない。むしろひとり相手に敬語になってしまうくらいには。

 パソコンにギター、その他諸々の機材。準備完了。

「あ、それじゃあ、始めます……」

「うん」

 映像も音も録るので、虹夏は少し離れたところで座って見学する。

 今日は見学者がいる前での宅録。ひとりは少し緊張はするけれど、虹夏のことは慣れている。だから実力そのものは遜色なく弾くことができる。

 虹夏は結束バンドのひとりと、ギターヒーローのひとりを知っている。目の前のひとりが問題なく演奏できることを知っている。

(ぼっちちゃん……やっぱりソロだと圧倒的だ)

 ひとりの新しいギターから、結束バンドの曲ではなくて今年流行した曲のメロディーが流れる。そんな様子を、虹夏は離れたところでぼんやりと見る。ギターを操る指先だけじゃなくて、ひとりが集中するその横顔。

(ぼっちちゃんが……僕の前で、ギターヒーローになってる)

 自分の好きな子が、自分の目の前で、あこがれの存在で、熱中してる。

 それはこれ以上ない、自分にとっては幸せな時間で。

 同じくらい、一つの嫌な事実を知らせてくる。

(ライブでもこのくらい弾けるようになったら……)

 ひとりは少しずつ、セッションでの実力を上げてきてる。

 リョウはギターヒーローほどじゃなくても十分上手い。何といっても作曲の技術がある。

 ある意味で驚くのは郁三だ。彼の成長技術は凄まじいの一言。昔の郁三のことを知らない人は、彼が『逃げたギターだ』と言ったら驚くだろう。

 自分は……もちろん、小学生の頃からずっと続けてきたドラムには自信がある。けど、それは自分が誰かより特別秀でていることの証じゃない。

 ひとり、リョウ、郁三。そして自分の四人の結束バンド。

(いつか……僕はお荷物になっちゃうのかな)

 そんな風にはなりたくないと思った。

 僕の運命を変えてくれるかもしれないヒーローと、一緒にいたい。

 

 

────

 

 

 しばらくして、ひとりが演奏とパソコンの操作を終えた。

「投稿……完了しました」

「お疲れ様、ぼっちちゃん。さすがのギターヒーローだね」

「う、へへ、そんなこと……」

「ううん、上手だったよ」

 照れるひとりを褒める虹夏。お互いの脳から何かしらのホルモンがガンガンに生産されている会話だった。

「……そういえば、リョウと喜多くんにはギターヒーローのこと伝えてないんだっけ?」

 会話の流れでそんなことを聞いてみた虹夏。

「あっなんか言うタイミング逃しちゃって……」

 虹夏はそれを承知の上で、二人だけの状況を作れるよう宅録見学をお願いしたけど。

 ひとりも虹夏に話したように、本当はもっと自分の実力を上げてから伝えるつもりだった。

「だから……ま、まだ二人だけの秘密で……」

「二人だけの秘密……うん、そうだね。あの二人に聞かれたら、いろいろと面倒くさそうだしね」

「で、ですね。特にき、喜多くんは……」

「あー、はしゃぎそうだねぇ」

 事情を知れば自制はするだろうけど、少なくとも発覚した瞬間は際限なく褒めてひとりがぐずぐずに溶ける様子が浮かんだ。

 二人だけの秘密。とても嬉しい響き。

「改めて……今日はありがとうね、ぼっちちゃん」

「い、いえ」

「僕、本当ギターヒーローのファンだったからさ。嬉しいよ」

「わ、わたしもちょっとは人前で演奏する練習になったと思います」

 ギターヒーローの宅録見学。文化祭が終わって、勇気を出した虹夏の行動。

 もう一度勇気を出す。

「……ぼっちちゃんにはお礼をしないとね」

「え?」

「だってさ。僕からしたらギターヒーローの生宅録だもん。豪勢なのはできないけど、ちょっとお礼したいよ」

「え、えと、そんな、虹夏くんですから、大丈夫ですよ」

「いーや。僕が収まらないって。なんかない?」

 虹夏は半年間で、ひとりの性格をよく知ることになった。だから、こういう時はすぐに何か意見が出ることはないと考えてた。

 そこから、『今度二人で遊びに行こうか』と言おうと思ってた。そう言いたかった。

 だから、ひとりからこの言葉が出てきたのは予想外だった。

「じゃ、じゃあ……相談、しても、いいですか……?」

「相談?」

 珍しいと思った。真面目なこともそうでないことも、一人で突っ走りがちなこの子が。

 突っ走りがちだからこそ、オーディションや初ライブで救ってくれたひとりが。

「……ぼっちちゃんの相談! いいね、僕でよければ聞くよ」

「あ、ありがとうございます。ど、どうすればいいのか、ぜんぜん、わからなくて」

 そういうひとりは、今日はほとんど変形したりしたことなかった。けれど今になって、所在なく目線を動かして、手をもじもじと動かして……それは虹夏が心臓を跳ねさせるくらいには珍しいことだった。

「……もしかして、この間ギター買った時とかも思ってたことかな?」

「あ、あぅ……はい」

「そっか。リョウとか、喜多くんとかはいなくても大丈夫なこと?」

 ひとりはものすごく慌てた。

「あっあっ……むしろ虹夏くんじゃないと……」

「僕、じゃないと……」

 もう一度、心臓が跳ねる。

 ぼっちちゃんの、特別になれている。

「……うん、どんと聞くよ。しっかり付き合うから」

「あ、ありがとうございます」

 自分に言い聞かせる。次の《デート》の約束はできなかった。でも、ひとりからのこれ以上ない、自分たちの関係性を進める相談事。

 真摯に答えるんだ。

「じ、実は……」

「うんうん」

「す、好きな人が……できて」

「うん……え」

 心臓が跳ねた。

 今、なんて?

「……ぼっちちゃんごめん、よく聞き取れなかった」

「ぁ、あぅ……その……その……」

 勇気を出して言ってくれた言葉を、無感情に聞き返してしまった。

 再度、ひとりは息を吸って、その口を開いて。もう一度。

 嫌だ。その先は──

「喜多くんのことが……すすすっすきなんです」

「……」

「……」

「え──」

 二人だけの秘密。ギターヒーローの秘密。

 虹夏にとって、こんなに最高の秘密はなかった。

 二人だけの秘密。虹夏への相談事。リョウにも、郁三にも話せないこと。

 虹夏にとって、こんなに最悪の秘密はなかった──

 

 

 

 

 










X年後……ファン1・2号による結束バンド恋愛アンケート

Q2 何がきっかけで好きになった?
ひとり「や、優しいところ、です」
虹 夏「……わからない」
リョウ「……わからない」
郁 三「めっちゃ美人でミステリアス!」
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