十月末。夕方のSTARRY。結束バンドがライブに入る日。
「今日、寒いね~」
「あぅ、あ、う……そそそううですねネネ」
「ひとりちゃん、なんかバグってるよ?」
ライブ前のバイトの時間。清掃中の郁三とひとり。
虹夏への
自分の気持ちをどこに置いて、どうすればいいかわからない。そうはいっても、どうなっても確かに言えるのは『結束バンドが大事だ』ということ。だから、ひとりはとにかく郁三を前にして以前のように喋れることをひとまずの目標にした。ちなみに
とはいえ、避けないようになっただけで、まだ体が変形しているのは収まらない。郁三はカラカラと笑いながら、ピンクを通り越して赤くなったひとりに付き合っている。
そんな二人の様子を眺めつつ、虹夏とリョウはドリンクサーバーの前で片付けだ。
「……確かに、寒くなってきたね」
「そういえば虹夏、『冬用のバンドパーカー作る』とか言ってなかった?」
「あー、ごめん。忘れてた。今度手配するよ」
「お願い。冬になっても半袖でライブするのは勘弁」
「とか言って。リョウは夏だろうが冬だろうがインナーじゃん」
「だね」
リョウと話す虹夏は、以前のようにほんわかのんびりとした様子でいる。
ひとりからのカミングアウトがあった日。あの日はリョウに対しても乱雑な態度で、星歌に対してもぶっきらぼうになった。けど姉へ少しでも甘えることができて、少なくともその態度を次の日へ持ち越すことはなかった。少しだけ目が赤くなってしまったけど。
虹夏もまた、どうしていいのかなんてわからない。今、ひとりは虹夏のことを頼りにしている。好きな子の、しかもずっと人見知りだった子が伸ばす手を、自分の裁量で振り払うことなんて、虹夏にはできなかった。だから今は、たとえひとりと郁三が仲良くしていて、それを見て心が苦しくなったって、そのまま見ることしかできない。
そんなここ数日の虹夏の様子を見て、リョウもなんとなく虹夏の身の回りで起きたことを察した。虹夏がひとりを好きで、恐らくひとりと遊びに行った虹夏が、あそこまで取り乱したこと。それだけじゃない。文化祭以降様子がおかしかったひとりの郁三を見る眼。
同じ女子だ。その眼を見て合点がいった。リョウは、当事者として星歌よりも強い身震いをすることになった。
とはいえ、リョウだってだから何をすればいいのかわからない。虹夏への想いが決定的になったのはバンドの誘いを受けた時だけど、その前からきっと、燻ぶる感情はあった。今さら、どうすればいいのか。
バグるひとりとかまう郁三を眺めつつ、リョウはボケっとため息を吐く。
「郁三は元気そうだね」
「そうだね。何も知らずにはっちゃけちゃってまぁ」
「……だね」
リョウは虹夏の言葉に全面同意はしなかった。
(何も知らないのは、虹夏だって一緒だよ)
とまあ、表面上は平穏に見えても一触即発の結束バンド。すべてを知ったうえで冷や汗をかいているのは星歌とリョウだけ。
そんな時、STARRYの門を叩く人が一人。
「こんにちは~!」
時間はまだSTARRYに客が入り始めた程度。その流れに混じって、明らかに他の客とは違う動きをする幼い容姿の女性。
くだけた調子でドロップショルダーのセーターを着て、中学生にも見える小柄な黒髪ツインテールの女性。
少女ではない、女性。がちょっときゃぴった様子で来た。
「あたし、《ぽいずん♡やみ》14歳で~す!! 結束バンドさんを取材させていただきにきました~! きゃぴ?」
会場が静まり返った。
一般客が思った。何だこいつ。
リョウが思った。痛いの来たな。
PAさんが遮った。笑顔で接客。
「アポとかとってらっしゃいますー?」
「あ、ごめんなさ~い忘れちゃいました~」
「とりあえず所属とかお名前とか仰ってもらえますー?」
「《ばんらぼ》ってバンド批評サイトで記事書いてる《ぽいずん♡やみ》で~す!」
「その《ぽいずんやみ》っていいですから本名伺えますー?」
「あん、違いますよぉ。《ぽいずん♡やみ》ですぅ。『はあと』重要ですぅ」
「……」
虹夏が思った。PAさんウザがってるなこれ。
「……で、《ぽいずん♡やみ》さんがどうかしました?」
「結束バンドのみなさんに取材したく~」
「ええ、俺たちに!?」
若干警戒してた郁三の顔がぱっと明るくなった。そして変形するひとりを振り回しながら
「そうなんですよ~。というか、お兄さんイケメンですね~! 結束バンドのメンバーさんです?」
「そうっす! 先輩方も受けましょうよ!」
『ええ……』
陽キャパワー開放。ゆるゆる仕方なく結束バンドメンバーが近づいた。
騒ぎを聞きつけた星歌もやって来たので、虹夏がコンタクト。
「姉ちゃん……いいの?」
「とりあえずシメるか」
「えっこわ」
やみと星歌が相対。
「で。どこのライターさん? 営業中なんで妨害行為止めてもらえます?」
やみは臆せず、臆したような演技で小顔効果を作った。
「ふぇ……ごめんなさいぃ……」
「……セツドアルタイドデオネガイシマス」
「姉ちゃんの役立たず!」
「うっせ、いいチャンスだろ取材でもなんでも受けてろ」
「姉ちゃんの薄情者!」
星歌は逃げた。
で、残されたのはやみと結束バンドの四人。
「それじゃあ気を取り直して、取材させてくださいっ。きゃぴ?」
「その態度、やめた方がいいと思いますよ」
「そういう君は店長さんの弟さん~? やっぱり姉弟の趣味は似るのかな~?」
「……ところでやみさんの御年齢は?」
「少年っ、女性に年齢を聞くものじゃないぞぉ?」
「……」
「《ぽいずん♡やみ》14歳でぇす!」
「それ僕らの年下ってことになるんですけど」
虹夏もタジタジだ。
けれどリョウも無関心。ひとりはまだバク修正中。郁三と虹夏が辛うじて会話できてる。
「へぇ! 男女2:2の混合バンド! しかも美男美女~! これから人気でますねぇ!」
「いやぁそれほどでも!」
「喜多くん、調子乗らない」
「バンド内恋愛とかアリアリじゃないですかぁ~?」
「あ、わかります~? 俺はリョウ先輩のファンなんですよ!」
「喜多くん。殴るよ?」
それで、やみの目線が女性陣にも向く。
「で、そのリョウ先輩が貴女?」
「うぃっす」
「貴女は何担当さん~?」
「うぃっすうぃっす」
「……何担当さん~?」
「うぃっす、ベースっす」
「……うぃっす~!」
虹夏は思った。たぶん二人ともめんどくさがったな。
「ところで、皆さんへしつも~ん! 今後の目標は??」
虹夏は思った。ぼっちちゃんがまだバグってるから避けたな。
とりあえず、考えたことをそのまま言った。
「メジャーデビュー」と虹夏。
「エンドース契約してただで楽器貰う」とリョウ。
「皆でもっと上達する! これって虹夏先輩とかぶりますかね?」と郁三。
「あっ、セカイヘイワワワワ」とひとりはようやくバグが収まってきた。
結束感のねえ結束バンドだった。
「……夢いっぱいな素敵バンドさんですネ~!」
で、ようやくひとりのバグが落ち着いてきた。やみの視線がひとりを射抜く。
「ところで、ギターちゃんって文化祭ライブでダイブしたギターちゃんですよね!?」
「えっ!?」
ひとりの人間体は三秒くらいしか持たなかった。
「なんでダイブしたんですかぁ!?」
「うっえっえ……」
「いつもダイブしてるんですかぁ!?」
「あっあっあっ」
「ダイブって《ロック》って感じですよねぇ!?」
と、マシンガントークのぽいずん♡やみ。ひとりがまたバグりかけるが構わず進める。
ここまで来て、虹夏とリョウはやみの様子を訝しみ始める。実際、結束バンドの
他方、やみはひとりのダイブ事件を知っていた。数日前に発覚したことだけど、あの現場を誰かが撮影してネット上に拡散されていた。その意味では、結束バンドは有名になっていたのかもしれない。
そしてひとりへのマシンガントーク。これは、もしかしてひとり個人の奇行をネタにしようとしてるんじゃないか。
虹夏としては、ただでさえ色々とややこしいこの状況を引っ掻き回されたくはない。
虹夏とリョウがアイコンタクト。
「虹夏。そろそろライブの時間じゃない?」
「うん、そうだね! 喜多くん! ぼっちちゃん! もう行かなきゃ!」
「えー先輩もうちょっとー」
「いいから行くんだよ! いい加減にしないと郁三って呼ぶぞ!」
「うっ、それは勘弁……!」
「えー《いくぞう》君って言うんですかぁかっこいいお名前ですねぇ!」
「じゃーかしぃ!」
虹夏が壊れた。結局、虹夏がやみのマシンガントークを遮って楽屋へ向かった。ひとりは虹夏が連れて行って、郁三はリョウの指示に簡単に従った。
やや面倒くさい訪問客はあったものの、結束バンドのライブ自体はそれなりに上手くいった。
今日のライブには、ファン1号と2号が来てくれた。それ以外にも顔見知りになったお客さんも何人かいる。虹夏とリョウからすれば気がかりなやみも、ライブを最後まで見ていた。
結束バンドが先鋒。他のバンドが続き、ライブは盛況のうちに終わる。
メンバーがライブ終わりにファンたちと会話する。そんな和気あいあいとした時間に、もう一度やみが現れる。
今度は、さっきまでの演技を捨てて。どことなく余裕のない顔で。
「あのっ!」
虹夏がひとまず対応した。
「やみさん……またですか? もういい加減ひとりちゃんをネタにするのは──」
「いや、そうじゃなくてっ! いや、そういう狙いもちょっとあったんだけど……」
「やっぱそうじゃねえかエセ14歳!」
「あ!? 虹夏君ひどいってばぁ! いやだからそうじゃなくて!」
やみが、ただ
「そのうねりあるビブラートのかけ方……キレのあるストローク……ううん、それよりも絶対に忘れることなんてできないスライド技術──絶対そう! 間違いない!」
以前、虹夏が思ったこととほとんど同じ感想。
その言葉が放たれるほど、虹夏の脳裏に嫌な予感が閃く。
そりゃそうだ。自分が気づいたのだから、他の人だって気づくんだって。
やみの決定的な一言。
「あなたっ、ギターヒーローさんですよねっ!?」
結束バンドの、時計の針が進む。
────
静寂。けど、人がいないからじゃない。
ライブ終わり。STARRYの中には、結束バンドと、一部のファンと、星歌やPAなど店員だけ。
そんななか、やみの決定的な《ギターヒーロー》という言葉は全員に聞こえた。
その言葉の意味をわかっている人は虹夏だけじゃない。でも理解していない人の方が多い。
郁三が首を傾げた。
「……何の話?」
「いくぞう君知らないの!?」
「だからいくぞうっていうの止めて?」
「そんなことどうでもいいわよ! いい!? よく聞いて!?」
「はぁ」
声高に、鼻高に、胸を反らして、手を掲げて後藤ひとりを崇めるように。
「ギターヒーローさんはねぇ! ロインの友達は千人越え! イケメンリア充のバスケ部エースの彼氏がいて、自分だって学校の人気者! それでいて──」
「誰の話?」
「だぁからギターヒーローさんのお、は、な、し! さらにさらに毎月男女問わず告白されて東大志望で──」
「アニメの
「げ、ん、じ、つ、の話だっつってんでしょ! 生徒会活動も精力的で世のため人のためにギターを弾く超高校級アーティストよ!」
「人違いじゃないですか?」
「
「当のひとりちゃんが死んでますけど」
「ギターヒーローさぁん!?」
ひとりは公開処刑という真名の槍を全身受けて泥状になっていた。
「どしたぼっち? 膝に矢、受けた?」
リョウがいつものようにひとり
「いやもう全身貫通してるみたいだけど」
今までの妄想プロフィールを合成して掛け算したようなオーチューブの設定に吐血が止まらない。
とはいえ、虹夏としてはひとりが秘密にしているギターヒーローの件がばれるのは困る。
虹夏はひとまずひとりをリョウに預けて、郁三とやみのギターヒーロー談義に割り込む。
「いや、生徒会の
「何がギャグよ! ギターヒーローさんに失礼でしょーが!」
「それは妄想って言うんです! 現実は生徒会に権限はないし、モテたって月1も告白されないし、ロインで友達百人いたって一日に連絡できるのは十人くらいです!」
喜多の主観に基づくどこまでも現実の意見だった。生徒会にも友達がいて、モテるけど告白されるのは年1くらいで、ロインで友達数百人いるけどさすがに一日に連絡する上限は十人くらいの郁三だった。
虹夏が郁三の肩に手を置いた。
「喜多くん、喜多くん」
「え、どしたんです先輩」
「そのくらいにしておこう。僕は君に殺人犯になってほしくない」
「何が!?」
「言葉は刃物なんだ。使い方を間違えると厄介な凶器になる」
「先輩、その言葉いろんな意味で問題ないです……?」
「おいアホ男子共! 私の話を無視すんな!」
「ひとりちゃんはそんな妄想ヒーローじゃない!」
「ぼっちちゃんはっ……ど、どっからどう見てもド陰キャだぞ!」
「いや虹夏がトドメ刺してんじゃん」
虹夏は血涙を出していた。ひとりが逝った。
なんて、ギターヒーローだのなんだのと騒いでいれば周りの客たちもなんとなく察してくる。
ファン1号と2号が近づいてきた。
「あのー。《ギターヒーロー》ってこの動画のことですか?」
「そう! それよ! 話の分かる子がいてよかった~!」
やみがまたきゃぴきゃぴしながら肯定。ここまで来たら、もう虹夏の偽装工作も徒労に終わる。
郁三もケータイで調べて、それでギターヒーローの動画にたどり着く。リョウと一緒にスマホを覗き込んだ。
しばらく視聴。
「うん、確かにぼっちだね」とリョウ。
「あ、本当だひとりちゃんだ! 相変わらず上手だなぁ!」と郁三。
「すごーい! ひとりちゃんってこんなに人気なんだー!」と1号。
「再生数すご! 神チューバーじゃん!」と2号。
「うへへへへへ、み、みなさんわたしに力を分けてください~」と誉め言葉で復活の
「いや超スーパーぼっちちゃんかよ」と虹夏。
やみはご満悦だった。逆に物理の法則を無視するひとりには少し距離を取り始めているけど、それでもめげずにやみが言うところの《ギターヒーロー》に声をかける。
「ギターヒーローさん、どうしていつもの超絶テクやらないんですか? なんでさっきのライブ、あんなにひどい演奏を……?」
虹夏も、さすがにもうごまかしようがない。
十秒ぐらいたって人間体に戻ってきたひとりは、盛大に人見知りを発揮しながら答えた。
「わ、わたし、人前が苦手で……バンドだとまだまだ下手で……」
「まあ人には向き不向きありますよネ!」
「この人うざいな」
「ですね、先輩」
野郎二人の温度が下がる。
基本静観のリョウがポツリと一言。
「で、そのぽいずんやみさんは、ぼっちがギターヒーローでどうしたいの?」
「な、なによ~。貴女だってまあまあのベースだったし。ギターヒーローさんすごいと思わないの?」
「別に? うまいのは知ってたけど、ぼっちが話さない以上は言う必要もないし」
「ぐ、ぐぅ~……! と、とにかくですね、ギターヒーローさん!」
「ァッハハイ」
「ギターヒーローさん、今すぐメジャーデビューすべきですって! これでも知り合いは多いですから、プロデューサーとかに紹介してもらえるよう便宜図りますから~!」
なーんて、調子のいいことを言ってくるやみ。虹夏とリョウは話半分に聞いていた。
「だって。どうするの? リーダー」
「そりゃメジャーデビューなんて嬉しいけどさ……」
ファーストコンタクトが問題ありありのやみ。そんな彼女に紹介されても……というのが虹夏の本音。
それは当のやみも理解しているらしい。彼女は笑いながら手を横に振った。
「え、結束バンド? 違う違う、私が言ってるのはギターヒーローさんのことなんだけど」
つまりは
あー、そうだよな、と虹夏とリョウは思った。
実際ひとりの実力が飛び抜けているのは事実だ。特に虹夏は、ギターヒーローとしてのひとりと結束バンドとしてのひとりを良く知ってる。『いつか置いていかれるんじゃないか』と危機感を持った張本人だ。
でも、ひとりはコミュ障だし、ひとり自身が結束バンドで頑張りたいと思っていることを知ってる。だから、引き抜きの話は、虹夏もリョウも、ちょっと胸に来るものがあったけど、そんなことにはならないだろうとよくわかってた。
けど、次の一言が放たれる頃には、そんな余裕もなくなった。
「ていうか、全然
「えっ……?」
虹夏の戸惑った声がはっきりと響いた。
空気が冷えた。
リョウの眼が細まる。
ひとりの挙動が止まる。
そして郁三の、少し固い声。
「……おい」
たかだか高校生のドス。やみは感慨もなく、特に戸惑うこともなく、さも当たり前のように言ってくる。
「なになにー? どしたのいくぞー君。目が怖いぞー」
「俺たちが本気じゃないって……本気で言ってんの?」
「その気迫は買うけどさ。具体的に何してるの?」
「……文化祭ライブとか、毎日練習とか」
「練習もライブも当たり前。宣伝は? 路上ライブは?
「……」
「確かにみんな、高校生にしちゃ上手いけど。でもそんなのどこにでもいる。特別なのはギターヒーローさんだけ」
「でも……俺たちは」
「あのねぇ。わかってないみたいだから言うけど……」
やみは、もう一度言う。少し強めに。真っすぐな目で。
「このままだと……ギターヒーローさん、腐っちゃいますよ」
★サブキャラプロフィール☆
《ぽいずん♡やみ》
音楽ライター。本名佐藤愛子。自称14歳の23歳。ついこの間中学生に間違えられた。
ロックバンドはじめ音楽のことには真摯なのだが、仕事というものはやはり万人の思い通りにはいかないもの。どちらかと言えばネタとなるような三文記事を仕方なく執筆する忙しい毎日。ギターヒーローのファン。
ネットで見かけた《ダイブの人》を記事にしようとSTARRYを訪問、結束バンドへのインタビューやライブ参加の中で、後藤ひとりが《ギターヒーロー》であると気づく。
その愛ゆえの行動により、ちょっとむっとする結束バンドメンバー(虹色refrain.ver)たち。だが、そんなぽいずん♡やみの真意は……?