【完結】虹色refrain   作:迷えるウリボー

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21 《フラッシュバッカー》

 

 

 冬に近づく乾いた空気に、室内の少しだけ湿気た空気が混じる。

 ダンダンと、くぐもった反響音。キュッキュッと、シューズが生み出す青春の音。

 十月末。秀華高校。放課後。まだ、ギリギリ夕焼けが光となってくれる時間。

 といっても、今日はバスケ部やバレー部、というか部活は軒並み休みの日。

 この体育館にいるのは、喜多郁三ただ一人だ。

 長袖の体育着、室内用シューズ。郁三は、そんなよくある恰好で、それなりに汗を流しながらバスケットのコートを駆け回る。

 ドリブルしながら仮想の相手をフェイントしつつ、ファンの女子がいたら黄色い声が飛び交うようなかっこよさでジャンプ。さすがにパスする相手はいないけど、そこはご愛嬌。

 レイアップシュート。フェイダウェイシュート。バックステップからの3Pシュート。

 助っ人程度の上手さだ。シュートを外すことだってある。今日の感触は……微妙なところ。

「ふぅ……」

 汗がにじむ。顔に髪の毛が張り付いて不快だ。頭を振ってかき分けて、もう一度。狙うは3Pシュート。

「──ハッ」

ボールは放物線を描いて──リングに嫌われた。ものの見事に弾かれる。

「……ちっ」

「おーおー、やってんねぇ」

 背後から声がした。振り返らなくても声の主はわかるけど、まあ一応振り返る。

()()()()

 緑の髪をショートボブに整えた、釣り目の美人な女子生徒。郁三とは、中学一年から四年連続で同じクラスになっている腐れ縁の同級生。郁三相手に猫撫で声でもなく、スローペースマイペースな様子で来る。

 彼女の名前は、佐々木次子(つぐこ)

「今日は、バイトとギターの練習はいいの?」

「バイトは元から休み。それにひとりちゃんとも、『今日は練習やめとこうか』ってね」

「ふぅーん。いつも熱心にしてんのにねぇ」

「たまには休みも必要だよ」

「アンタは他人が配慮しないと休むタマじゃないでしょ」

「はぁ。言葉が出ねぇ。その通りだよ」

 転がってたボールを手に取って、次子は郁三にパスした。郁三はそれを受け取って、数回ドリブルしてからもう一度パスし返した。

「バスケ部の面子が恨めしがってんじゃないの? 練習するなら大会に出ろよって」

「そうは言ってもなぁ。今日は気分転換だし」

 しばらくパスとドリブルを適当に繰り返す。次子は制服、当然スカートだ。それに少し丈が短い。お互いそんなに動きはしない。

「で? どしたん?」

「何が?」

「陽キャパリピの喜多が、なんか青春漫画みたいに一人でバスケしてるとか。また女子ファン増やしたいの?」

「俺に女子ファンなんていない」

「いっぺん死ね」

「もうさっつーに『死ね』って言われるのも慣れた」

 腐れ縁だ。お互い慣れ切っている。空気感もわかるから、郁三は早々に次子が求める本題に入った。

「……昨日、バイト先にライターさんが来たんだよ。結束バンドを取材させてくれって」

「へぇ。すごいじゃん」

「や、ただのネタ記事っぽい。そしたら、なんかひとりちゃん、ネットで人気の配信者だったみたいでさ」

「確かに後藤さん、めちゃ上手かったもんね」

「『ひとりちゃんだけでメジャーデビューしましょう』って話になって。それで、空気が悪くなった」

「ほぉー」

「そのライターさんは店長さんが追い払ってくれたけど。で、俺以外に他のメンバーも休みになった」

「それで練習する気も湧かなくて、こうして青春してると」

「変な物語作んなよ」

「どうせなら後藤さん誘って遊べばよかったんじゃない?」

「冗談言うな。ひとりちゃんはこういうの苦手だし。何より当事者だ」

「あっそ」

 次子は、受け取ったボールを適当にドリブルしながら、ゴールめがけて投げた。彼女は運動が特別得意でもなくて、そもそもゴールネットにも届かない。

 転がったボールを適当に拾って、もう一度シュート。やっぱり入らない。

「そりゃ、俺はギター始めて半年の素人だよ。別に下手って言われても仕方ない」

「そだね」

「でも先輩たちは違う。さっつーは文化祭ライブ、どう見えた?」

「……私も細かいことはわかんないけどさ。下手じゃないんじゃない? あと楽しそうって思ったよ」

「だろ? 結束バンドは……先輩たちは、すごい人たちなんだよ」

 この半年。郁三はリョウ、虹夏、そしてひとりと密な時間を過ごしてきた。

 リョウに一目惚れして、虹夏に許されて、ひとりに引っ張られて、結束バンドに加入して。

 三人、それぞれの目線から指導を受ける。それを吸収するの繰り返し。

 実のところ、他の三人だって郁三に感化されて動いている。でも、郁三はそれに気づかない。郁三からすれば、もらってばっかりの半年だ。結束バンドのみんなには感謝しかない。

「《結束バンド》を馬鹿にされたことが、俺は何よりも許せない」

「ふーん。やっぱ青春してるじゃん」

「でも、俺は何も反論できなかった」

 やみは口調や態度こそ容赦ないものだったけど、言ったことは誰も否定できなかった。『売れるために何をしてるのか』という問いに。

 郁三はくすぶっている。あの言葉を──いや、あの言葉に反論できなかった昨日の自分を見返してやりたい。

 そうじゃないと、俺は俺の夢を──叶えられない。

 

 ──この人たちに近づきたい。この人たちの隣に立てる、俺になりたい──

 

 郁三がシュート。外れる。

 もう一度シュート。リング上を転がって、外れる。

「ねぇ、喜多。別にアンタの話に合うかわかんないけどさ」

「ん?」

「こんな記事、あるんだけど」

 次子は、自分のスマホのそれを見せてきた。

 スマホを借りて、郁三はしばらく凝視して。その間、次子はまたボールを持って、ゴールにかなり近いところまで歩いた。

 驚いた郁三は、次子に目を向ける。

「さっつー、どうしてこれを……?」

 次子はボールを投げながら答える。

「だって、アンタがどう面白く動いてくれるのか、私も気になるし」

 そのボールは不器用な軌道を描いて、ネットに吸い込まれた。

 

 

────

 

 

 ほぼ同時刻。下北沢内の某所にある古着屋。

 山田リョウは、いつものように古着屋を徘徊していた。

 学校帰り。制服。下北沢はリョウの庭だ。広すぎてたまに見落とす庭だけど、大抵の見どころはわかっている。

 リョウの趣味は、古着屋巡り。ハードオフ巡り。楽器屋巡り、CDショップ巡り等々……。基本一人行動が好きで、さらにインドア派。外に出るといってもこうして物品を追い求めるだけだ。

 だけどやっぱり、リョウもいまいち熱心に古着を見れない。

(あー……やっぱり盛り上がらない)

 適当に見るだけで、何も買わずに店を出る。イヤホンを耳に押し込んで、《ギターと孤独と蒼い惑星》とか《あのバンド》とか、自分たちが作った歌のインスト曲を聞き耽った。

 適当な自販機を見つけてブラックコーヒーを買って、下北沢の雑踏を眺めながら喉に苦みを流す。

 そろそろ、往来の人の顔が見えなくなるくらいには夜に近づいている。

 歩き続ける。リョウの脳裏に、昨日のやみの言葉が勝手に閃く。

(そんなの、どこにでもいる。()()()()()()()()()()()()()()()()……)

 正直なところ、リョウはやみの『ガチじゃない』発言を比較的冷静に受け止めていた。

 リョウのやりたい音楽は、《私たちらしい音楽》だ。もちろん上手ければいいけど、上手ければそれでいいというわけじゃない。自分たちが、周りの流れに、風潮に、流行に左右されないで、自分たちを表現し続ける。それがリョウが一番求めている音楽。

 アマでも何年も音楽に携わっている以上、それなりに自信はある。なのに『高校生にしては上手い』というのは少し鼻につくこともあったけど、それは人それぞれ。別に驚きはしない。

 ただ……秀華祭ライブでできた《私たちらしい音楽》に目もくれず、ただギターヒーローだけを盛り上げるやみの姿には、モヤモヤした。

()()()()()()()()()()()()()()()()……)

 たぶん、虹夏は怒ってるだろう。きっと『もっと上達しよう』なんてことを言うんだろう。後藤ひとりだけがフィーチャーされるんじゃなくて、結束バンドとして素晴らしい演奏ができるようにって。

 郁三は目に見えて怒ってた。あれだけ真摯に頑張っている郁三なのだから、感情的になるのは無理もない。郁三も、きっと『見返してやりましょう』とか言うんだろう。

 ひとりはどう思うだろう。コミュ障のひとりは、メジャーデビューの花道という妄想はしたかもしれないけど、現実問題あそこまで強く来られて体が拒否反応を出してた。ひとりは、たぶん乗り気じゃない。実際バンドで活動したかったから結束バンドに入ったわけだし。

 

──()()()()()()()()()()()()()()()()──

 

「っ……嫌だな」

 やみの言葉が、明後日の方向で反響(refrain)してしまう。

 あれはあくまでギターヒーローとしてのひとりを指して言ったことなのに。

(虹夏の特別は……虹夏の特別が、ぼっちだけだ、みたいに聴こえる)

 虹夏が恐らくひとりと遊びに行った日。あの日の夜の虹夏の態度が、頭に張り付いて離れない。

(私は……虹夏が好きなのに。虹夏は……ぼっちが好き)

 小学生の頃から、お互いを知ってる昔馴染み。誰にでも分け隔てなく接する。いろいろと人とは違う感性の自分に愛想を尽かすこともなく、一緒にいてくれている。私がうざいくらいに虹夏の部屋に入り浸ったって、怒るのは口だけで許してくれる。

 私のことを知ってる。私の音楽を知ってる。私の()()()を好きだと言ってくれた。

 なのに。

(虹夏は……私じゃなくてぼっちを見てる)

 虹夏がぼっちを好きになったのなら。虹夏は、私をどう思ってる?

(……きっと、手のかかる妹にしか思ってない)

 ずっと一緒にいたから、慣れたんだろうか。こっちはどれだけ慣れたって、胸の奥の根本の部分は、熱が疼いて止まらないのに。

 どんな演奏を披露すれば、あの屈託のない無邪気な眼が、私に向いてくれるんだろう。

 いや。私のベースが好きと言う以上に、私のことを気にかけてくれるんだろう。

(……そんなの、わからないよ)

 しばらく歩き続けて、下北沢のスクエアのイベントスペースについた。コーヒー缶を捨ててベンチに座る。

(告白すればよかったの?)

 虹夏との関係が、結束バンドが壊れるかもしれないのに?

(女の子らしくしてみればよかった?)

 どうせ、訝し気な眼で見られるに違いないのに?

 どっちにしたって、怖い。そこから、一歩。進むことが、とてつもなく、怖い。

(……怖い)

 嫌だ。ここまでやって来たのは、私が私らしくいたからだ。人とは違う感性だってわかってても、それでも私を貫いて生まれた音楽だから、虹夏は私のベースを好きだって言ってくれたんだ。

 だから好きになったんだ。

(結束バンド……とんだ恋煩いバンドになったな)

 私に一目惚れしたらしい郁三がいきなり入って来た時でさえ、こんなことになるなんて思わなかった。

 そんなことを思ったから、後輩のことを思い出す。

(郁三は、偉いね)

 最初は逃げたギターだったのに。それを認めて、頑張って。順調に成長して。

 結束バンドを馬鹿にされて怒った。私は怒りなんて湧かなかったのに。

 でも、同じ気持ちだってある。

(……結束バンドは、終わらせたくない)

 フラッシュバックするのは、虹夏との思い出。そして結束バンドでの思い出。

 虹夏への想いが、どうなるのか、それがわからなくてとても怖い。でも、一つだけはっきりしてることがある。

 私がやりたい《私たちらしい音楽》は、私がいて、ぼっちがいて、郁三がいて、虹夏が隣にいて、できることだ。

 虹夏だけじゃない。いつの間にか、郁三もぼっちも、大事になった。

 だから。

(……私は、虹夏に、ついていく)

 きっと、何かをしようとする虹夏の、みんなの助けになる。

 そんな、リョウの視界。夕方、暗がりでほとんど見えなかったところに、夜になったことを告げる電灯が一斉に点く。

 わずかに目を細めて、やがて黄色い、強い光に慣れてきて、視界がクリアになる。

 立ち上がって、歩き出した。そんなリョウの眼に、壁に貼られた真新しいフライヤーの情報が飛び込んできた。

 

 

────

 

 

「どうだ? たまには居酒屋も悪くないだろ」

「うん、そうだね」

 夜。仕事終わりの伊地知姉弟。とはいっても、今日STARRYに足を運んだのは星歌だけだ。彼女の仕事が終わるのを待って、その間虹夏は家事に勤しむ。

 けれど夕飯は作らない。今日は、二人で外食に来た。以前、台風の日のライブの打ち上げで使ったあの居酒屋だ。

 あの時と違うのは座敷席じゃないことくらい。二人だけなので、テーブル席に座る。土日や週末じゃないけれど、ちょうど仕事終わりのサラリーマンが入ってきて店内は賑わっている。

 星歌はさっそくビールジョッキを仰いでた。虹夏は適当にコーラを頼む。ノンアルコール用のジョッキについてくるマドラーがうざったい。

「でもさ姉ちゃん。リョウとかはともかく、PAさんにまで内緒で来てよかったの?」

「いいんだよ。下手に人にばれたら廣井が嗅ぎつけて面倒だからな」

「あー、確かに」

「それに、姉弟水入らずじゃないと()()()になんないだろ」

「はいはい、もうそれでいいよ」

 未だ心のモヤモヤがすっきりしないとはいえ、星歌のおかげで何とか平静を取り戻せた部分もある。姉に一つ貸しを作ってしまった。そして恥ずかしい姿を見られた。

「お前も、あんなアクの強いライターの言うこと間に受けんじゃねえぞ?」

「別に、そこまで気にしてないよ」

「といってもな。喜多の野郎、キレかけてただろ」

「喜多くんだって、別に暴力には走らないって」

「どうだか。あの時STARRYの中が凍り付いたからな」

「姉ちゃんが助けてくれるの遅いから」

「あのライターの素性の特定に時間がかかったんだよ。佐藤愛子のさ」

「それはさすがにやみさんが可哀そうだから止めてあげて……」

 適当に料理を注文する。虹夏も男子高校生なので、こういう時は揚げ物が多い。反面、星歌は刺身とか枝豆とかザ・居酒屋な感じだ。

「それよりもさ。姉ちゃんは知ってたの? ぼっちちゃんが《ギターヒーロー》だったってこと」

 虹夏とひとりの二人だけの秘密。その秘密の片割れは、リョウや郁三の前で明らかになってしまった。思ったよりひとりがダメージを受けていなかったので、虹夏もすでにばれてる面子相手にまで気にはしない。

 ただ、ひとりは自分の妄想プロフィールを公開処刑されて逝ってたけど。

「知らなかった。けど、チームプレイの経験不足なだけでかなり上手いのはオーディションの頃からわかってたよ」

「そっか」

 今回、一番動揺しているのはひとりだろう。それは誰もがわかっている。

 結束バンドを馬鹿にされたこと。降って湧いたようなメジャーデビューまでの道筋。それに、癖の強いやみの言動。ひとりとしては結構な出来事だっただろう。

 虹夏にとってもまあまあのストレスだ。ただでさえ、ひとり周りの恋愛事情の件で心が荒んでたのに、そこにまた、嫌な記憶が重なった。

 けど。それでへこたれても、へこたれるだけが虹夏じゃない。

 癖の強い結束バンドの三人を率いていたリーダーは、間違いなく伊地知虹夏だ。

 結束バンドは虹夏が作ってメンバーを集めた。リョウもひとりも、間接的には郁三だって。

 虹夏が結束バンドを作らなかったら、秀華祭ライブに出ることもなかった。ひとりが《ダイブの人》になることもなかった。そして昨日、やみがSTARRYを訪れることも、たぶんなかった。

 虹夏が始めた結束バンド。これからも、虹夏が結束バンドを動かしていく。 

 虹夏は言った。

「姉ちゃん。一回だけ、さ。独り言だと思って聞いてくれる?」

「それは『二人だけの秘密』だからか?」

「うん」

「わかった。聞いたそばから忘れるよ。右から左に受け流す」

「3が出た時に馬鹿にならないでね」

 虹夏はにへらっと笑った。そして目線を落として、思い浮かべる。

 『ガチじゃない』という言葉には……。

「もちろん怒ったよ。でもそれだけじゃない。結束バンドが馬鹿にされたことは悔しいけど、納得する部分だってあったんだ。それこそ、僕はギターヒーローとしてのぼっちちゃんの腕前を知ってたから」

「そうか」

「思ったんだ。ぼっちちゃんが注目されて、喜多くんがすごく成長して。リョウが遠くに行っちゃって。それがいつか来るかもしれないって」

 宅録見学の時に思ったこと。いつか、お荷物になるかもしれない自分。

「それは。嫌だ」

「そうか」

「先のことはわからないけどさ……ほら、この間のこともあるし」

「……そうだな」

 『この間のこと』がなんなのか、二人とも言わなくてもわかる。結束バンド内の恋愛事情のことだ。

 ひとりの恋愛感情を知ってしまって、焦った自分が嫌になる。郁三に対して少し嫉妬した自分が嫌になる。リョウと郁三がくっついてくれればいいのになんて、他人なのに勝手に期待しちゃった自分が大嫌いだ。

 先のことなんてわからない。僕は僕が大嫌いになるかもしれない。

「でも……これだけははっきりしてるんだ。僕は、今の結束バンドのみんなで、僕の夢を叶えたい。それに──」

 

──明日も明後日も、その先も。僕たちは集まってバンドを続けたい──

 

「だから、僕たちの力を、証明する。僕たちはすごいんだって」

 星歌は笑った。弟のちょっとした成長に、嬉しくなる。

「そうか。どんっとやれよ。お前ら、リョウ以外はお利口さんだからな」

「さすがに姉ちゃんみたいに二回も大学留年とかしないから」

「言ったな。こいつめ。まあそれはともかく、お前が言う『証明する』方法、あてはあるのか?」

「うん。昨日調べてみたんだけどさ──」

 

 

────

 

 

 深夜。真っ暗闇。後藤ひとりは自分の部屋の布団に寝っ転がって、ぼんやりと天井を見上げていた。

 眠れないでいる。今日はバイトも休みになって、それどころか郁三との練習さえも二人で相談して休みになった。

 学校を終えて、ひとりは本当に久しぶりにどこにも寄らずに家へ帰ってきた。それどころか、さすがに今日はギターの練習もしないでテレビを見たり、音楽の雑誌を読みふけったり。元気なふたりの遊び相手にさせられたり。

 暗闇になれた眼に、十二時を過ぎようとしている時計の長針が見える。

(……眠れない)

 ふたりの遊びに付き合ったこと以外は、ギターの練習もバイトもしてない。疲れてないし、目が冴えてる。頭が冷えてる。眠れない。

 どうしてかなんてわかってる。やみの言葉があったからだ。

 

──ていうか、全然()()じゃないでしょ?──

 

 やみさんの言葉は、正しいのかな。

 わからない。バンドなんて、今まで組んだことがなかった。

 バンドの世界の常識が、わたしにはわからない。

 確かに、わたしはまだ全然全力を出せない。

 喜多くんは上手になったけど、それでもまだ初心者なのは変わらない。

 虹夏くんやリョウさんは、高校生にしては上手、程度なのかもしれない。

 やみさんの言葉は、正しいのかな。

 

──このままだと……ギターヒーローさん、腐っちゃいますよ──

 

 そうなのかな。

 確かに、練習は一日六時間もできなくなった。

 ライブじゃ、まだまだ大した腕前も見せられない。

 オーチューブの投稿頻度だって落ちちゃった。

 結束バンドに入ってからは失敗続き。

 完熟マンゴーになったり。胞子になって下北沢の空を舞ったり。文化祭でダイブしたり。

 でも、楽しいことだってあったんだ。嬉しいことだってあったんだ。

 オーディションがあって。台風の日のライブがあって。文化祭ライブでは……。

 

「……嫌だな」

 

 メジャーデビューできたら嬉しいな。売れて高校中退できたらいいな。わたしみたいな陰キャが有名になって、いつか同級生たちへのインタビューで驚かれたら、最高だな。

 でもその時、わたしの隣に誰もいないのは、嫌だな。

 虹夏くんが『やっぱりぼっちちゃんは面白いな』って笑ってくれないと、恥ずかしさで死んじゃうな。

 リョウさんが『この歌詞、ぼっちらしくていいね』って言ってくれないと、また青春アゲアゲパリピの歌詞になっちゃいそうだな。

 喜多くんが見てくれてないと、喜多くんに、かっこいいわたしを見せられないな。

 

「……結束バンドが、いいな」

 

 そうだよ。結束バンドがいいんだ。

 喜多くんにまた、かっこいいわたしを見せたいから? だから結束バンドがいいの?

 ううん、違うよ。それは確かにそうだけど、一番の理由は違うんだ。

 虹夏くんと相談して、少しだけ胸のつかえがとれて。わたしは喜多くんが好きなんだって……こうして考えるのだって恥ずかしい思いを認められたけど、今回はそうじゃないんだ。

 恋愛なんて、関係ないんだ。

 だってわたしは、結束バンドの後藤ひとりなんだから。

 ()()()()()()()()しちゃうんだ。でもそれは、文化祭ライブの時に感じた高揚感じゃない。喜多くんと話してきたたくさんの言葉じゃない。

 結束バンドのみんなと、話してきたことだ。

 

 ──今度こそちゃんとギター弾けるようになって……前のバンドの先輩たちに謝る。

 ──それで、もう一度バンドを頑張ってみようって。

 ──僕の本当の夢はね、姉ちゃんの分まで人気のあるバンドになって、STARRYをそんなバンドを生み出したすごい場所だって有名にさせることなんだ。

 

 たくさんの言葉を思い出す。

 わたしから、みんなへの想い。

 喜多くんから、みんなへの想い。

 虹夏くんから、みんなへの想い。

 リョウさんから、みんなへの想い。

 面倒くさいくらいに何度も出す、同じ言葉。でも、その中身は全然違う。ひとつひとつが大事な想い。

 これからも増えていく、いろんな想い。

 受け取って、返して、また受け取って。たくさんの色付けがされた想いの繰り返し。

 虹色のrefrainは、結束バンドじゃないとできないんだ。

 結束バンドじゃないと、見れない景色があるんだ。

 

(探そう、結束バンドができること)

 

 気が付いたら。

 わたしは起き上がって、部屋の明かりを点けていた。

 

 

────

 

 

 二日ぶりに、結束バンドの四人はSTARRYに集まった。

 それぞれ手に、スマホやフライヤーを持っていた。

 示し合わせたわけじゃないけど、それでもお互いがお互いの持つものに気づいて。

 思わず笑って、『せーのっ』で出したそれぞれの想いを確認する。

 10代アーティスト限定のロックフェス。

 その名は──《未確認ライオット》。

 

『結束バンドのみんなで、グランプリを獲ろう……!』

 

 若者たちの青春のライオットが。

 虹色の星屑に染まる──

 

 

 

第2部

──星屑染まるライオット──

 

 

 








★それぞれが知る矢印☆

☆Case1リョウ:地獄の結束バンド
ひとり → 郁 三
 ↑     ↓
虹 夏 ← リョウ

★Case2虹夏:恋敵がいい奴で……
ひとり → 郁 三
 ↑     ↓
虹 夏   リョウ

☆Case3ひとり:揺れる初恋
ひとり → 郁 三
       ↓
虹 夏   リョウ

★Case4郁三:何も知らない郁三くん
ひとり   郁 三
       ↓
虹 夏   リョウ

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