12月24日。
つまるところクリスマス・
世の中の男女が聖夜に想いを馳せ、恋人たちのホワイト・クリスマスとなる。365日分の1日。
結束バンドも例にもれず、男子は女子に、女子は男子に何かしらの憧れみたいなものを持っているのは確かだ。
ひとりは郁三が好きだし、郁三はリョウが好きだし、リョウは虹夏が好きだし、虹夏はひとりが好きでいる。意識的にせよ無意識的にせよ、二人きりの素敵な時間を夢見たりしている。
けど結局のところ 結束バンドにそんな余裕はないというのが実情だった。
大人気インディーズバンド《SICK HACK》のワンマンライブ。突然予定が合わなくなった他バンドの代わりという前提はあったけど、それでもSTARRYよりも大きい新宿FOLTでライブができるのは結束バンドにとってもこれ以上ないチャンスだった。
最初にきくりからこの連絡を受けたのは虹夏で、虹夏自身ちょっとだけ未練はあったのだけど、それ以上に結束バンドとしての熱意が勝った。同時に郁三とひとりが二人でクリスマス・イブの夜に消えてしまうかもしれない嫌な予感を排除するためにはうってつけだった。
そんなところだろうな、なんて虹夏の考えをある程度読んでいたリョウは、もともと24日に虹夏と二人きりになるなんて勇気がなかったので「ヘタレめ」と心の中で思ってた。
郁三とひとりは「結束バンドでクリスマス・イブ……!」と喜んでいた。
そんなわけで、24日昼過ぎ。新宿FOLTへの二度目の来訪となる四人。
「あら~! 結束バンドのみんなじゃない~!? 今日は忙しいなかありがとうねぇ!」
いかつい雰囲気、やや細くて筋肉質な体からハスキーな声が流れる。ライブハウスに似合う紫のアロハシャツを着こなす男。
心が乙女のおっさん、吉田銀次郎。新宿FOLTの店長である彼とは、きくりを介して紹介されたのが初対面だ。関わる頻度が少なかったけれど、それでも虹夏と郁三は気軽に話すようになっている。
「喜多ちゃんも虹夏ちゃんもよく来てくれたわ~」
「銀ちゃん店長、今日はよろしくお願いします!」
「喜多くん呼び捨てとか逞しいな……店長、今日は本当にありがとうございます」
「ええ! 可愛い演奏期待してるわよー!」
銀ちゃんはお姉口調を崩さない。そのまま女子二人へ。
「ひとりちゃん! リョウちゃん! かっこいい演奏期待してるわよ~!」
「ままかせてくださいちょちょいのチョイですよぉ」
「ギャランティ次第」
「知り合いの古着屋の店員に便宜図っとくわっ」
「任されたっ」
人を乗せるのが上手い銀ちゃんだった。
結束バンドは、今日はアウェイにいる。けれど銀ちゃん店長は旧知の仲で、きくりを筆頭に《SICK HACK》ともよく話した。
ただ、今日一緒にゲスト出演する《SIDEROS》とはそうもいかない。
大槻ヨヨコは、結束バンドがリハーサルの間もずーっと腕を組みながら睨んでいた。ヨヨコ襲来は結束バンドメンバーにとっては大したプレッシャーにもならなかったけど、だからといって少数の知り合い以外のみんなが結束バンドのことを注目している以上、アウェイにいる自分たちは多少は気にする。ヨヨコ単体ではなく数の暴力の方が強かった。
ひとりはどこからか持ってきた完熟マンゴー仮面DXバージョンとなろうとしたし、郁三は若干口の中が乾燥してた。リョウにしても虹夏にしても、調子が悪いとまでは言わなくても最高というわけじゃない。リハでもちらほらミスが目立ってしまった。
楽屋に戻って虹夏が各々今日の調子を語り合うけど、微妙な空気は残っている。
「……」
「……」
SIDEROSメンバー──というかヨヨコ一人が睨んでくるので結束バンドもうまく喋れないし、イライザはなんか同人誌のネームをチェックしてるし、きくりは志麻に説教喰らってるし、STARRYの楽屋より数倍カオスな空間だった。
虹夏が手を叩いた。
「ほら結束バンド! 緊張しない! 楽しく僕ららしい音楽を! でしょ!?」
「……は、はいっ」
「さすがリーダー虹夏ちゃん」
「リョウは茶化すな。喜多くんもいつものノリで頼むよ。ぼっちちゃんは……まあ今は無理だよね」
言うまでもなくひとりは体が崩壊してた。
「で、でもやっぱり緊張は取れませんって」
「大丈夫さ。お客さん、廣井さんのファンだしきっとみんな優しいよ」
「そ~うだよー!? さっすが弟君わかってるー!」
「廣井さんは黙っててください?」
「そうだお前、今日こそ真面目に弾いてもらうぞ……!」
「痛い痛い! 志麻様ァ首はダメだからギブギブ!!」
ドラム二人がきくりに冷たい。
「それはそれとして、虹夏先輩」
「どしたの喜多くん?」
「廣井さんのファン
酒好き泥酔ロッカーきくりを崇拝する奴と言えば、例えばここにいるリョウだったりする。郁三の言うことには正直同意するしかなかった。
「……今日の客は荒れるぜ、郁三」
「リョウ先輩……なぜ?」
「わざわざクリスマスイブにライブ聴きに来る客なんて恋人のいない奴に違いない」
「まあそりゃ俺ら全員恋人いないですけど」
『…………』
「え……? 皆さんなに? この空気」
郁三の『全員』は結束バンドメンバーに対して言ったことなのだけど、実際は『楽屋の全員』にぶっ刺さった。
罪な男である。女子にモテる癖にこの場の女子全員に微妙な目線を向けられた郁三だった。
虹夏はため息をついた。
(ぼっちちゃんはまだ死んでるし。大槻さんなんかずーっとこっち睨んでるし。なんかやりにくいな……)
どうしたって思い出してしまうのは、初ライブ前の緊張感だ。
自惚れていたわけじゃないけど、STARRYでライブを重ねて、文化祭でライブが盛り上がったって、自分たちはまだまだ道半ばなんだってことがわかる。
(……こんな時、どうすればいいんだろうな)
結束バンドのリーダー、伊地知虹夏。
虹夏はリョウを信頼してる。リョウは多少のアクシデントがあっても、ほとんどのライブで安定して実力を発揮している。
虹夏はひとりの根本を知ってる。オーディション、初ライブ。ギターヒーローはいつも自分のピンチを救ってくれた。
虹夏は郁三を頼もしく思っている。文化祭ライブ、ひとりの活躍が目覚ましかった。けれどそのきっかけを作ったのはたった半年で自分のギターを形にした郁三だ。
自分は……?
こんな時、どうすればいいんだろう。リーダーとして、どうすれば皆を引っ張っていけるのか。
この四人が集結したときから、ずっとずっと考えてる。
「まあでも、廣井さんのファンだから怖いってのは同意っすね~」
虹夏の思索はそこで途切れた。結束バンドメンバーの声じゃない。ちょっとダウナーな女子の声。
シルバーブロンド、けどそれより目を引くのは真っ黒なマスクで、彼女の落ち着いた目しか見えない。
二度あることは三度ある。というか、新宿FOLTのイツメンからすればきくりに冷たいドラムというのは志麻が一人目で、そして虹夏は三度目だ。二人目はここにいる。
「えっと」
「私、長谷川あくび。SIDEROSのドラムっす」
「あ、どうも。僕もドラムで、伊地知虹夏です」
「ちゃんと自己紹介してなかったですよね? せっかくだし」
「ですね」
集まるメンバーたち。ちなみにヨヨコは来ない。ひとりは動かないけど郁三が無理やり引っ張ってきた。
「私は本城
茶髪のロングゆるふわガール、楓子が言った。
「俺は喜多、この子は後藤ひとりちゃん! 俺たちもギター担当なんだ!」
「知ってますよ~。ところで後藤さんはどうして気絶してるんですか?」
「ああ、それはいつものことだよ」
「いつもの~……??」
結束バンドメンバー以外はまだ慣れない後藤現象。結局郁三が腹話術風に自己紹介させてた。
「内田
黒髪ロングストレート、幽々は落ち着いているように見える。
「山田リョウ。ベース」
「……奇遇ね」
「ん?」
「私たちは出会う運命だった。霊視したの」
「もしかして」
「そう、私もベース担当」
「……」
「……」
『ふっ、面白い女』
どうしてか意気投合してるベースたち。
虹夏と郁三は思った。ヨヨコさんが異端なだけでいい人たちだこれ……。
あくびがマスクの下の口を開いた。
「ま、そんな心配しなくても大丈夫っすよ」
「それはどうして?」
「だって、自分らがどんなパフォーマンスしようが最後には全部廣井さんがめちゃくちゃにするから」
『あー……』
虹夏と郁三は思った。廣井さんってやっぱりそういう扱い……。
あくびは言った。
「結束バンドの曲、自分は好きっすよ。今度物販のCD買いに行きますね」
「え!? ありがとう! 僕らもまたSIDEROSのライブ行くよ」
「同じ世代のバンドグループなんて少ないし、仲良くしましょう」
「……だねっ」
虹夏は思った。……なんていい子っ! うちのベースとか空気を読まねぇ陽キャとかとは大違いっ!
「この間は大槻先輩がライブ行ったみたいで。なんか迷惑かけませんでした?」
「ああ、いや」
「かけたんっすね。申し訳ない」
ちょっと屈折した意味で信頼があるらしいヨヨコだった。
「まあ、僕らとしてはいい発破になったかな~なんて」
「まあ爆発力
「ちょっとあくび! 余計なこと言わないで!」
ヨヨコ参戦……!
「私はねぇ! 結束バンドが私たちの足を引っ張らないか心配で……!」
「だから廣井さんがめちゃくちゃにするから意味ないですって」
「……きぃぃ!」
ヨヨコがハンカチを間で悔し涙を浮かべてた。
ちなみにひとりもようやく復活した。
「なんか、意外だったかな」
「なにがすか?」
「メンバーの入れ替わりが激しいって聞いてたから、もっと殺伐としてるのかと」
これもネットの知識だったりする。SIDEROSは活動自体は3年前からしてるけど、メンバーがクビになりまくって現メンバーでは1年目らしい。
「それは大槻先輩がコミュ障なので人間関係ダメなだけです」
「あー……」
虹夏は思った。確かに計画性なしにライブに乗り込んできたしな……。
「でも悪い人じゃないんで、どうかそこだけは許してくださいね」
「あー、まあ」
虹夏はあくびに倣ってヨヨコを観察し始めた。
ヨヨコは、ひとりと郁三に狙いを定めた。
「結束バンド。後藤ひとり。今日のライブに出演したからって、私たちと同じ土俵に立ったなんて思わない方がいい」
「あっはい」
「それはもちろんだよ!」
「い、意外に素直ね……」
「大槻さんはギター歴長いんだ?」
「あー……かれこれ四年はたっているかしら」
「ぼっちちゃんは?」
「あっ中1からなので四年くらい……」
「おお、一緒だ……!」
「……舐めないでくれる? 私はトゥイッターフォロワー数1万人なのよ」
「おお、俺と一緒だね!」
「は?」
「イソスタでみんなと繋がっててさ! 俺もこの間1万人越えたところでさ……!」
「っバンドマンなら演奏技術で勝負するのが筋でしょうが!?」
「え、フォロワー数は大槻さんが言ったのに……」
そのままヨヨコはソファに横になった。
「騒いだら頭痛くなってきた……」
「え、大槻さん大丈夫!?」
郁三が駆け寄った。SIDEROSの誰も心配してねぇ。
虹夏がおずおずと。
「あの、長谷川さん。大丈夫なの?」
「ああ、毎回大槻先輩が緊張しすぎて3日くらい寝てないんですよ」
「やばいね!?」
どんどん化けの皮がはがれて可愛い面が出てくる。
いつの間にか、結束バンドの面々の過剰な緊張は取れてきていた。そもそもヨヨコの敵視がちょっと過剰だっただけで、SIDEROSもSICK HACKも、新宿FOLTそのものだって別にぽっと出を敵視したりはしない。精々、他のライブと同じように観客が初めてのバンドマンを観察するだけだ。それが一番怖いけれど。
虹夏が、郁三がヨヨコへ近づいた。
「人気バンドの大槻さんでもそんなに緊張するんだね」
「俺、STARRYのライブでも初めての時は全然MCもできなかったです」
そんな、どこか弱々しい男子たちがいる。
結束バンドの当事者たちからすれば、属性は男子たちが陽キャで女子たちが陰キャとそろっている。だからバンド内の役割は男子たちが前に出るのだけど、音楽経験者のヨヨコからすればベースで引っ張るリョウと、一応は経験者の気配がするひとりの方がインパクトを強く感じている。だから、ヨヨコは弱々しい男子たちに違和感を感じていない。
仰向けになりながら言った。
「当たり前でしょ。プロだってライブが怖くなることなんてないはず。初めてでも経験済みだって、その時々に別の怖さがあるんだから」
「そうなんですかね。文化祭ライブは……緊張より楽しさが強かったけど」
「だとしたら、その時は本当に歌いたい
「喜多くんの心臓はどこかおかしいんだよ」
「……上を目指してバンド活動続けるなら、緊張は絶対ついてまわる。その不安を少しでもなくすために寝る間を惜しんで練習してるの」
ヨヨコは起き上がった。近くにいる虹夏を郁三を無視する。
「結束バンド。それに後藤ひとり」
「あっあっあ……はいっ」
「辛気臭い空気で私たちの士気をさげられたくないから言うけど。さっきのリハ、前のライブよりもいい演奏になってた」
「おっ大槻さん……」
「いつも通りやれば絶対うまくいく。一人じゃない」
SIDEROSに、SICK HACKが。何よりも仲間たちが。
ジーンと来た結束バンド。
「私たちがフォローしてる大槻先輩の言うことは真に迫ってますね~」
「私が作ったSIDEROSよぉ!!」
あくび女史のせいで速攻で威厳がなくなった。
同時、スタッフがライブの始まりを告げてくる。結束バンドがトップバッターだ。
「ほら! さっさと行ってきなさいよ!」
『はっはいっ!』
背中を声で押されて飛び跳ねる結束バンドたち。とはいえリョウは変わらずマイペースなのだけど。
さあ、クリスマスイブin新宿FOLTライブだ。
★サブキャラプロフィール☆
《大槻ヨヨコ》
新宿FOLTを拠点とするガールズバンド《SIDEROS》のリーダー。ギター&ボーカル担当。
アーティストとしての実力は本物で、結束バンドと同世代ながら若手の筆頭としての腕前を持つ。実際にネットにライブに、その人気は広まっている。
ただし、コミュニケーションは難ありのコミュ障。ひとりとは違って余計なことを喋っちゃうタイプ。キツイ物言いで何度かSIDEROSの前メンバーを脱退させる原因を作った。けど本当は寂しがり屋で面倒見もよく、長谷川あくびをはじめとする現メンバーがそれに気づいてフォローしているので、現状は問題ない。
結束バンドをオーチューブで見かけた&《SICK HACK》ライブにゲスト出演の件で結束バンドを、特に後藤ひとりを(勝手に)ライバル視するようになる。
伊地知虹夏と喜多郁三は特にタイプじゃない。でもツンデレ気質なのでよく周囲の人に「好意を持っているのでは?」と誤解される。