新しい年が始まった。
結束バンドの後藤ひとり。家族や親戚の集まりを除いては、大体家にいることが多いひとりは、けれどこの新年の雑踏の中にいる。
金沢八景。半年前、廣井きくりと出会った場所。ひとりにとっても少しだけ縁がある特別な場所。そして自宅の近くでもある。
そんな場所、駅前で珍しくひとりは待ち合わせている。
その理由はもちろん──
「あっ! ひとりちゃーん!」
「あっあっ、きっ喜多くん……」
郁三と一緒に初詣に行くためだ。
昼過ぎ、午後1時。郁三が変わらない笑顔で近づいてくる。それだけでひとりは顔がぐずぐずに溶けそうになるけど、なんとか耐えた。
クリスマスパーティで郁三が唐突に言い出した初詣。
陽キャの余りある行動力を目の当たりにして灼かれたひとり、ついでにヨヨコ。
ただ、ひとりにとっては願ってもないことだった。今の自分に、郁三を二人きりで遊びやデートに誘う余裕なんてなかった。日々のギター練習だけで心臓の鼓動がうるさかったのに。
心配事もないわけじゃなかった。結束バンドでの行動も好む郁三だから、四人で一緒に……なんてことも思ったけれど。
それをリョウに相談したら『私は虹夏と一緒に初詣行ってくるから、楽しんでおいで』なんてロインが来てた。それを受けて、ひとりはロイン通話を郁三にした。
『あの、どこに初詣行きましょうか?』
『ひとりちゃんのことを知りたいし、神奈川にしようよ!』
(行動力……!)
というわけで、ひとりの家も近い横浜の金沢八景を待ち合わせにしている。
下北沢じゃない。ひとりの地元。そこで、ひとりと郁三の二人だけの時間が──
「うへ、うへ……うへ?」
金沢八景はここ数年の開発もあって、改札口が二階になっている。駅前はバスターミナルもあって、数分歩けば河川が見える。待ち合わせにも乙な空気感がある。新年であればなおさら。
ひとりを見つけて笑顔で駆けつけてくるイケメン郁三。登下校でも着用してるダッフルコートを着てる郁三。周囲の女子がちらほら見るくらいにはイケメン。超絶イケメン。
そしてその後ろには──緑の髪の美人が。
「おー。後藤さん、いつものピンクジャージと全然雰囲気違うじゃん」
「あれぇ……?」
喜多郁三がついにやって来た。女の子一人連れて。
「ひとりちゃん! 明けましておめでとう!」
「あっあっおめでとうございます……?」
「おめでとー後藤さん」
と、ヒョコっと郁三の隣の少女が言った。
「あっえっえっ? え?」
「あはは。本当に文化祭ステージの時と違うじゃん」
「ひとりちゃん、紹介するよ! こいつ、俺と同じクラスの佐々木ね!」
「佐々木次子でーす。よろしく」
「アッアッアッエッ」
喜多くんと美人さんが一緒にいる。
喜多くんと美人さんが一緒にいる……。
喜多くんと美人さんが一緒にいる……!?
ひとりの脳は破壊された。
「ねえ喜多。後藤なんか萎れてるんだけど」
「いつものことだよ」
二人きりの初詣、開始0秒で終了。
────
下北沢駅前。
「リョウ、明けましておめでとう」
「今年も私は課題を手伝ってもらったり毎日起こしてもらったりご飯食べさせてもらったりしたいので何卒宜しくお願い申し上げます」
「却下。神様の罰でも喰らえ」
「で、どこ行くの?」
「とりあえず北澤八幡じゃない? 甘酒あるだろうから飲もうよ」
「寒い……だるい……虹夏おんぶして」
「しないよまったく」
「虹夏が誘ったんでしょ」
「リョウだけじゃないやい! 喜多くんにもぼっちちゃんにも連絡しようとしたのに」
「だからあの二人は来れないって連絡きたって」
「まあそうだよね。喜多くんは別の友達とどっか行ってそうだし、ぼっちちゃんはこういうイベントくらいは家族で団欒だろうし。あーみんなで行きたかったなぁ……」
「……クソボケ」
「リョウなんか言った?」
────
駅前から最寄りの神社までの距離は近い。駅前の時点で、参拝客が同じ方向に行っている。とはいえ八景周辺にはいくつか参拝できる神社仏閣があるので、明らかに人の群れでごった返すわけでもない。ひとりにとってもありがたかった。
なのにひとりは死体となって郁三におんぶされてた。
「いやー、後藤って本当にすごいね」
「でしょ?」
「このすごいの意味はちょっと違うんだけど」
「あ、あ、あの、さっささ、ささささんっ!」
「ん、なーにー? 後藤」
変わらないコミュ障のせいで《ささきさん》と呼べなかった。でも察しの良い次子は秒で自分を呼んだと理解した。
おんぶされたままのひとりが郁三──と自分──の隣を歩く次子に目を向けた。郁三におんぶされているのでまったくもって平静ではいられない。
ひとりが見る次子。緑色の髪につり目、垢ぬけた整った顔立ち。リョウとは別ベクトルでクールな美人が目の前にいる。見つめられると少し恥ずかしいくらいには。
そしてひとりの妄想は現在、二人きりの初詣だと思ったら全く違ったショックで天元突破している。
「この度は誠に申し訳ありませんわたくしみたいなミノムシコムシがお二人の仲の邪魔をいたしましてつきましてはこの命を花火のように灯すことでお二人の門出を祝いたくハラキリいたしませれば不肖ゴトウヒトリの──」
「ちょいちょい、後藤。何か勘違いしてる。私と喜多が付き合ってるとか思ったんだろー」
「え?」
「そういう風に勘違いする人多いんだけどね。まったくそんなことないんだよ」
「さっつーとは腐れ縁なんだよね。中一からずっと同じクラスで」
「で、でもお二人ともスゴイお似合いで……グボァ」
「血を吐きながら言うなし。体が耐えきれてないじゃん」
郁三も慣れてきたもので、ひとりが血反吐を吐いても行動不能にはなってないので変形したままのひとりを無慈悲に立たせた。
「それに私も勘弁願いたいよ。喜多の彼女なんて、命がいくつあっても足りないから」
「おいそれどういうことだよー」
「そのままの意味だよ」
ずっとクラスで一人だし、学校でも郁三以外との接触がほぼないひとり。次子を紹介されたはいいものの、妄想激しいひとりは当然の如くそっち方面で二人の関係性を認識する。
とはいえ、その認識を正常に戻す方法もある。チヤホヤするという、ひとりにとって別ベクトルの衝撃を与えること。
次子は言った。
「改めて説明すると、喜多が『ひとりちゃんがすごい』ってずーっと言うからさ。私も気になっちゃって」
「え」
「文化祭ライブもかっこよかったよ。それで後藤のこと覚えてたし」
「え、え……えへ」
被害妄想+誇大妄想=0。
後藤ひとり、回復。
「新学期、もし同じクラスになったらよろしくねー後藤」
「あっへ、はい……さ、ささささんっ」
「うんうん、二人が仲良くなれてよかったよかった」
郁三がなにかのたまった。
「それにしても、ひとりちゃんまでそういうこと言ってー」
「あっご、ごめんなさい」
「ま、ともかくそういうことで。ひとりちゃんが思ってるようなことはないよ」
「そ、そうなんですね……」
心底ほっとしたひとり。それを見て、少し思案顔になる次子。
「それに俺、リョウ先輩が好きだって言ってるじゃん」
「グハァ」
郁三は笑った。ひとりからすりゃ悪魔の笑顔だった。
────
北澤八幡神社。
「あー……甘酒おいしい」
「……熱い」
「リョウって猫舌だっけ?」
「……さぁ」
「まあ熱いしね、甘酒」
「……虹夏」
「なに? お金は貸さないよ」
「……ふざけるな虹夏っ」
「えっなにが」
「にじかは何にもわかってない!」
「だから何が!?」
「音楽は簡単に消費するもんじゃない! 一曲一曲大事に聴くものなんだよっ!」
「それを僕に言われても。ていうかリョウ、もしかして酔ってる? 甘酒で?」
「つかい捨てたりへんなアレンジで妄想して、飽きたらすてる……そんなんじゃ私たちがうかばれない!」
「あーあー顔真っ赤にして……アホだから本物の酒と勘違いしたかな」
「きいてるのかにじか!? にじかにいってるんだ!? あといくぞうにもいってんだ!?」
「はいはい聞いてるよ。ほら、リョウ背中に回りな。
「わたしとぼっちをしょうひするな~……」
「はいはい。消費なんてしないから」
────
「たまには人が多過ぎない、静かな場所で初詣もいいね!」
「あっそ、そうなんです……」
「ひとりちゃんはここでよく参拝するんだ?」
「じっ実はきくりお姉さんと初めて会ったのがあの向かいの神社で……」
「え!? 行こうよ案内して!」
「あっは、はい……じ、実は一緒に路上ライブしたとこもあって」
「え~!? じゃもこのまま八景遊びつくそうよ!」
「う、へへ……はいっ」
神社の参拝も無事終わり、ひとり、郁三、次子はおみくじを見せ合いっこしたりして世間話を楽しむ。そのままひとりが言った場所へ歩く。最初に参拝した神社も、きくりと縁のある場所も、どれも駅から歩いて数分だ。郁三がいるので世間話にも事欠かない。
そんな中、佐々木次子はちょっとだけ自分の行動を後悔していた。
(……これは、まずいな)
喜多郁三と腐れ縁の次子は、以前から後藤ひとりを始め結束バンドの話をよく聞かされていた。
特に後藤ひとりを尊敬する郁三の様子は顕著で、先輩が好きだと公言するにしても、次子が「もう後藤ひとりも好きだろこのイケメン」と思うくらいのやかましさだった。
郁三に泣かされる女子たちを何人も見届けてきた。そしてその女子のフォローに走り回ったことのある次子は、ついに現れた郁三が熱中する女子がどうしても気になった。だから、郁三のロインで『さっつーもひとりちゃんが気になるって言ってたし、遊びに行くついでに一緒に初詣いかね?』というロインに二つ返事で『いくわ』と言ってしまったのだ。秀華祭のライブで後藤ひとりがかっこよかったと思ったのは次子にしても同じだし、いい機会だと思ったのだった。
けど、これは……。
(どっちかといえば後藤の方があからさまじゃん)
時々顔面が崩壊したり、体が溶けたりとよくわからない時はあるけど、人間体でいるときのひとりの眼は完全に恋する乙女のそれ。顔そのものは整ってるので、漫画のヒロインかってくらいわかりやすい。なのに学校でほとんど話題にならないのは、恐らく後藤ひとりの奇行の方が目立つから。郁三を狙う女子は学校にもいるのだけど、ひとりが警戒されたことはない。不思議なくらいに。
服にしたって学校だと不良かと思うくらいの全身ピンクジャージなのに、今日はダッフルコートの下にちゃんとパンツを着ている。ひとりのイメージからは少し離れた感じで、甘い系の服が似合うように思うけど。次子とひとりの面識じゃまだ邪推の域を出ない。
(……喜多についに春がきた、か)
そんなダジャレを考えた。
(となると私が邪魔者じゃん。後藤が最初とんでもない目で私を見たのはそういうことか)
喜多のクソボケ。たぶん、サプライズのつもりで後藤に私のこと黙ってたな。おかげで二人きりの時間がおじゃんになったということか。今はまあまあ楽しそうだけど。
「ねえ、喜多」
「どした? さっつー」
「五回くらい死ね」
「新年からなにを!?」
「あわわわわっさっささささんっ」
「後藤も苦労するねこれは」
「えっえっ?」
「喜多」
「なに? 死ぬのは御免だよさっつー」
「コンビニで飲み物買ってきて。私と後藤のぶん。温かい奴ね」
「なんで俺?」
「働け、男子」
「はいはい」
郁三が大人しく最寄りのコンビニまで走り出した。
そして残される女子二人。
「さっささささん?」
「ささささんって。まあいいや。それよりも後藤さ」
「は、はい……?」
次子はニマニマしながらひとりの顔を覗き込んだ。
「喜多のこと、好きなんだ?」
「……!?」
「おっと、驚いて口どっか飛ばさないでよ。喋れないじゃん」
「あ、あの、あの、わた、わた……!」
「そんな驚かなくてもいいって」
「そ、そんなにわかりやすい……ですか?」
「うん。この上なくわかりやすい」
「グハァ」
「ごめんね、後藤。私邪魔者だったわ」
「い、いや……さっささささんといるのも、楽しい、です……」
「そっか」
「きっ喜多くん、の……いつもと、違う顔が見れる、から」
「へぇ、ぞっこんじゃん」
「……」
「少女漫画みたいな顔してる」
「……ぅぅ」
「しゃーない。お詫びも兼ねて私が協力してあげるよ」
「え?」
「二人とも、買ってきたよ~!」
クソボケ再登場。次子にコーヒーを、ひとりにホットレモンを渡してくる。
「お、サンキュー」
「あ、ありがとうございます……」
「喜多、私調べてきたんだけどさ」
「何を?」
「今日、八景島じゃアシカかなんかが書初めやるみたいよ?」
「え!? 八景島ってあの有名な水族館があるとこでしょ!?」
さすがに陽キャが食いついた。
「八景島なんて絶好のデートスポットだもんねー。いいじゃん、行ってきなよ」
「そうしよう! ひとりちゃんも行こうよ」
「あっ、でも、でも……」
ひとりは次子を見た。次子は笑っていた。
「あ、私は行かないよ」
「え」
「どして?」
「この後他のクラスメイトとも東京で会うから」
「あ、マジ? じゃあ俺らもそっちに──」
「却下。喜多は後藤をエスコートしてやりな。みんなには『喜多は後藤ひとりちゃんと仲良くしてるから忙しい』って言っとくよ」
「あべぁ」
「おー、頼むわ!」
チョロい。簡単に郁三が従った。とことん自覚のないクソボケ。
「それじゃ。後藤もまたね」
「あっ……はいっ」
金沢八景へ来て、まだ1時間も立っていない。それなのに次子は割と満足気に帰っていった。
残されるひとりと郁三
「それじゃあ、いこっか、ひとりちゃん。ボーカルの件で、いろいろ話も聞きたいし」
「あっあっ、はいっ」
「八景島へは……モノレールか! いいねぇ、楽しそう~」
歩く郁三。その後ろ姿を追いかけるひとり。
ひとりの胸の奥が、チクリと疼いた。
相変わらず、自分には想像もできないような行動力と交友範囲の郁三。
秀華祭で想いを自覚して、やっとまた普通に話せるようになって。
そうして、目の前の郁三が誰かと一緒にいることが、怖くなった。
次子はああは言ったけれど、郁三が女子との距離が近いというのは確実なわけで。
そもそも、郁三はずっとリョウに想いを寄せている。どれだけ、例えば学校の女子が動かなくたって、この事実だけは変わらない。
(じゃあ、わたしは──)
郁三のリョウへの想い。それを、自分がどうにかしてしまうのは怖い。
けど。何もしないのは、もっと怖い。
だから。郁三という光へ。光の中へ、飛び込んだ。
「あのっ……喜多くん」
ひとりが足を止めた。
「うん?」
郁三が振り向いた。
「ありがとうございます、さ、ささささん、紹介してくれて」
「いやいや! さっつーもいい奴だし、ひとりちゃんに友達が増えるのなら嬉しいよ」
「学校にも、応援してくれる人がいるってわかって、う、うれしい、です」
これは本心だ。本当に嬉しい。
「……そっか。俺も、本当に嬉しい」
「そ、それで……それで……」
言葉が、思うようにでない。怖い。
「大丈夫だよ、ひとりちゃん。待ってるから」
「今日は八景島で……か、神奈川、他にもいっぱい、いいとこあります……」
「だよね! みなとみらいもそうだし、この間の江ノ島もそうだし!」
「だ、だから……」
いきなり表れて驚いたけど、次子はとても優しくていい人だった。その人がくれたチャンスを、無駄にしたくない。
今だけは、自分が陰キャだとか、郁三が陽キャだとか、そんなことはどうでもいいから。
偶然でもなんでもいいから。
一緒にいたい。
「そ、その、曲ができてレコーディングが目前になったら……また、一緒に遊びませんか?神奈川でっ」
精一杯の願いを込めて。伝える。
そうすれば、目の前の誰にでもう優しい人は、きっと。
「いいね、また遊ぼう!」
今だけは、わたしだけに優しくしてくれる。
「は……はいっ!」
「スケジュール立てないとねー。あ! 明日なんてどうかな?」
「アッソッそれはさすがに心の準備が……」
────
後日。山田リョウ、自宅のベッド。
リョウは目を覚ました。
(……初詣の途中から記憶がない)
甘酒飲んだ後から覚えてない。気が付いたら虹夏の背中にいた……とりあえずそのまま寝た。
(ぼっちに連絡するか)
『ぼっち、あけおめ。ロインですまぬが、初詣どうだった?』
『あけましておめでとうございます。楽しかったです……』
『それはよかった。二人きりの時間はさぞ楽しかろう』
『……みんなで楽しかったです』
『は?』
『喜多くんのお友達の子と3人で初詣行きました……』
(……クソボケが)
『あ、でもその後は2人で八景島行きました。楽しかったです』
そのひとりのロインを見て、弱い、弱いため息を吐いたリョウ。
ひとりは順調そうだ。郁三に自覚があるかはわからないけど。
でも、私と虹夏は……。
「……よかったね、ぼっち。私は……そろそろ、曲仕上げないと」
視線の先にある、手書きの用の譜面には。
──まだ、音符の一つも描くことができていない。
★サブキャラプロフィール☆
《佐々木次子》
喜多郁三の同級生。喜多郁三とは中学生1年生から連続で同じクラスになっている腐れ縁。
緑の髪をショートボブにしたつり目の美人。郁三とは正反対で、体で喜怒哀楽を表情することは少ない。けれど中身は女子高生らしい感性を持っていて、かつ頭も回る少女。音楽はヒップホップしか聴かないけど、秀華祭の結束バンドライブを機に、友人兼なんだかんだで結束バンドのファンとなる。
郁三のモテ具合をずーっと見てきたので、今更彼がイケメンオーラを無自覚に振りまこうとに動揺しない。友達として彼と接しつつ、陰で傷つく女子をフォローしたり、あるいは適度に郁三に罰を与えて黒幕面するのが隠れ趣味だったりする。
ひとりのことはお気に入り。