【完結】虹色refrain   作:迷えるウリボー

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28 《小さな海》

 

 

 虹夏が足でリズムを刻む。でも足元にキックペダルはない。

 虹夏が腕を組んで指で自分の腕をたたく。ぺちぺちと、ドラムとは比べ物にならないような弱々しい音が鳴る。

 虹夏が《忘れてやらない》を口ずさむ。虹夏は自分を歌が下手な人間だと思っていて──でもそれ以上に音程にいまいち気が乗らない。

「……」

 どことなく落ち着かない。虹夏と星歌だけのSTARRY。

「あっおはようございます……」

「……あ、ぼっちちゃん」

「おはよう、ぼっちちゃん」

「おっおはようございます、虹夏くん、店長さん」

 今日も今日とてひとりが練習のためにやって来た。好きな子の登場なんて、どうしたって男子の鼓動を跳ね上げるものなのだけど。

「に、虹夏くん。今日は、元気ないですね……?」

「……そう見える?」

「あっはい。そ、それに……」

「うん?」

 ひとりは虹夏にそっと耳打ちした。

「て、店長さんがコワイデス」

「ねー、修羅の顔になってるもんね」

 虹夏の背中の向こうにいる星歌だけれど、ひとりに挨拶する時以外は近づいたらズタズタにされそうな気配を纏っていた。

 理由は単純明快。

「年明けてから、リョウが学校もバイトも来てなくてさ」

「リョ、リョウ先輩が……?」

「うん。それでここ数日STARRYがてんやわんやで」

 いわゆるバックレだった。

 虹夏が最後に会ったのは初詣の時。そこからロインで会話して以降音沙汰がない。正確にはスタンプでの返信は来るのだけど、会話は一切なし。

 学校もサボるわ、STARRYもサボるわ。ぶっちゃけ学校をズル休みはちょくちょくするリョウなのだけど、バイトも来ないというのは今までになかった行動パターン。それどころかロインにもまともに返事を来ない、というのは異常事態。だから、虹夏としても割と真面目に心配していたりする。

 虹夏とひとりの間から郁三が出現した。

「それどういうことですかー!?」

「うぉびっくりした!? 喜多くんぼっちちゃんみたいに這い出てこないでよ!」

「そんなことはどうでもいいですって! 最近リョウ先輩見ないと思ったら……大事件じゃないですかー!?」

「あー、うん。喜多くんからすりゃ大事件だろうね」

 郁三は地面を転がって悶えてた。リョウの不在がそんなにショックか。

 虹夏はひとりへ振り向いた。戸惑い顔のひとりがいる。

「お? ぼっちちゃんが喜多くんの奇行に、驚いて胞子になってない」

「あっへへ……な、慣れましたぁ」

「ん? そう」

「そ、それはそうと……心配ですね、リョウさん」

「うん。リョウってああ見えて根は臆病というか、単純だからさ」

 虹夏の足と手が、所在なく空を演奏する。

「ぼっちちゃんはリョウと連絡とってた?」

「はっはい。元旦の時に。その後はない、ですけど」

「そっか。僕よりは前か」

「あ、あの……リョウさん、もしかして作曲でスランプなんじゃ……」

「うん、実は僕もそれ思ってた」

 去年の11月。未確認ライオットのエントリーを決意したとき、虹夏はリョウとひとりに新曲の作成を頼んだ。全員やる気があったし、二人に負担をかけてしまうのは申し訳ないと思っても、やっぱり自分たちは曲に魂を乗せるアーティストなんだから、「今までとは違う自分たちなんだ」という決意を込めた。そんな虹夏の願いだった。

 だけど、それから2か月。リョウからの進捗報告はない。

「わ、わたしは……いくつか仮の歌詞は出してるんですけど。リョウさんがなかなか納得いくフレーズが出ないみたいで」

「そっか。むしろ今までが早すぎたのか」

「《カラカラ》とか、本当にいつの間に……で、でしたもんね」

「そうだよー! 今のリョウ先輩はどうしたんだよー!?」

「喜多くんは黙っとれ。《星座になれたら》とかも一瞬だったもんね。曲作り、そういう時があるんだ?」

「あ、あると思います……」

 雷速で作曲ができた理由が目の前の駄々っ子郁三であるとは、口が裂けても言えないひとりだった。いろいろな意味で言えるわけがなかった。

「虹夏せんぱーい……」

「なに、郁三」

「リョウ先輩がバイト来ないとかどうしちゃったんですかー」

「名前呼びに反応しねぇ……」

「絶対! 絶対恋人ができたんだよー!」

「ええ? リョウに限ってそんなわけ」

「恋人ができたに違いねぇよー! だってリョウ先輩めっちゃ美人じゃーん!」

「うぜぇ駄々っ子」

「リョウさんに恋人……そうしたら……うへ、えへっ」

「何笑ってんだよひとりちゃーん!」

「アッスミマセン」

「郁三てめぇぼっちちゃんを怖がらすな」

「アッ、ごめんなさいソーリー虹夏先輩……」

 STARRYに二人目の修羅が誕生するところだった。

 一瞬郁三の頭をむんずと掴みかけた虹夏だけど、もう一度ため息を吐いて椅子に腰かけた。暴れなくなったけど仰向けでいじけたままの郁三を見下げる。

「実際問題。リョウに男の心配するだけ無駄だよ」

「……いいっすよね先輩はー。リョウ先輩の幼馴染とか」

「幼馴染じゃなくて昔馴染みね。男の影なんてみたことないんだけど」

「でもリョウ先輩ならモテモテだろうし……」

「そんな気配ないけど。あーでもこの間の初詣、ナンパされてたな」

「何やってんですか虹夏先輩幼馴染でしょー!?」

 守れよー! と郁三がまた叫ぶ。そろそろその口をひっぺがえしてやろうか。

「あ、あの、喜多くん、虹夏くん」

『うん?』

 ひとりがおずおずと。

「みっ皆でリョウさんの様子……みっ見に行きませんか?」

『……』

 虹夏と郁三、それぞれの脳内に灯る考え。

 作曲スランプだとしても、そうじゃないとしても……心配なのは確かだ。今までこんなことなかったから。

 男がいるかはさておいて。リョウ先輩の御両親に御挨拶ができるチャンスかもしれない。

『うん、行こう』

 野郎共の声が重なった。

 

 

────

 

 

 リョウの実家は病院を経営している。夫婦共に医師業を生業としている。それで、家は世間一般からすれば遥かにハイクラスの豪邸に住んでいる。庭付き一戸建て全面ガラス窓、屋上もありな大豪邸だ。

 そういわけでお小遣いもたんまり。リョウが大した苦も無くバンドに必要な機材を集められるのはそれが理由だ。実際のとこ、リョウは甘やかしてくる両親への反抗をきっかけにロックの世界にのめりこんで、そして際限なく湯水のように金を使うから常に金欠なのだけど。超絶甘やかしてくる両親だけど、無制限に金を渡さないこと()()はまともな感性の両親だった。

 そしてリョウは、今実家の庭にテントを建てて、そのそばでシュラフに包まり、ミノムシのように丸まっている。

「……ゆるきゃん最高」

 そこまで最高だとは思っていないのだけど、そう口に出した。

 今日の空は晴天。見上げたら、青い空に白い雲が流れている。

 常に音楽が頭の中で流れて、音楽ジャンキーなリョウはこの景色でさえフレーズが湧いてくる。

 けど最近は違う。流れる音楽は、今までに作った曲が頭の中で反響(refrain)するだけだ。

「……」

 作曲が全く(はかど)らない。11月に虹夏からそのお願いをされて、その後すぐにひとりと相談をして、曲の方向性を決めた。けれどひとりはちょくちょく歌詞を持ってきてくれるのに、リョウはほとんどまともなフレーズを描けないでいた。

 正確には、描き出したフレーズが全く納得がいかない。今までのびのびとできていた私らしい音楽が描けない。

 その理由がわからないほど、リョウは自分が馬鹿じゃないと自負してる。

 そして虹夏のいる学校にも、STARRYにも、どっちも行きたくなくなった。

 両親は相変わらず甘やかしてくる。反抗を始めたのは十歳の時だったから、さすがに今は感情任せに反発したり抵抗したりしない。親のことを適度に利用している。自分が長く家にいることに喜んで、病院を休業させてBBQの用意をしているのには、さすがにどうかと思ったけど。自分のことを差し置いてどうかと思ったけど。

 だからこそのゆるきゃん。どっか遠くに旅に出ようと思ったのだけど、その準備でテント用具を買ったりしているうちに今度は遠出そのものがめんどくさくなってきた。

「どうしたってめんどくさい」

 そして、めんどくさい声が聞こえた。

「リョウー」

「……めんどくさい」

 両親の声じゃない。誰の声かなんて、聞けばすぐわかる。昔からずっと聞くと安心してほっとして、そして今は一番聞きたくない声。

「リョウ、心配したよ」

「……虹夏」

 青空一色の視界に、逆行で暗い虹夏の金髪が映える。虹夏が、少しだけ慌てたような、それでいてほっとしたような表情を浮かべてた。

 体を起こす。ミノムシのまま。視界に郁三とひとりが入ってきた。

「リョウ先輩! なんでSTARRY来ないんですか!? バイト嫌になったんですか!?」

「郁三、ちょっとうるさい」

「あっリョウさん」

「……ぼっち」

 結束バンドの三人。絶対に自分のことを心配して来た。作曲が進まなくて、バイトと学校をバックレた私を。それがどうしようもなく嬉しくて、どうしようもなく煩わしい。

「リョウ先輩、それでキャンプの調子は?」

「上々」

 郁三がテントの中に勝手に入った。スマホとパソコン、それにスナック菓子が大量に貯蓄してある。今日から明日までこのまま入れるようにしてある。親が買ってきたポータブル電源もあるので、冬用の電気毛布もバッチリだ。キャンプとはなんぞや。

「えーっと、グランピングですか?」

「ゆるきゃん」

「……キャンプ最高ですよね!」

「喜多くん現実逃避しないで。リョウはとりあえずキャンプなめすぎだ」

「言われても、自分でキャンプしたことなんてないんだけど」

「じゃあどうして急に旅に出ようとしたんだよ……」

 虹夏が頭を抱えた。そんな風に困ったって、いったい誰のせいだと思ってるんだろうか。

「リョ、リョウさん」

「ぼっち、ごめん。歌詞活かせなくて」

「い、いえ……相談、少しでもできればなって」

「……成長したね、ぼっち」

「え」

 リョウは、だるい体を何とか起こした。

 3人を見て、平静を取り繕うのも面倒くさくて、言った。

「……とりあえず、部屋行く?」

 

 

────

 

 

 ──なんだろう。この、どうしようもない感覚は。

 

 リョウが自宅に他の3人を案内する時に、リョウの両親がやって来た。

 虹夏はリョウの両親とも旧知の仲で、虹夏もリョウの親からそれなりに歓迎されている。一緒にBBQしないかと誘われたけど、今日は丁重に断った。ただし郁三は急に背筋を伸ばして「お義父さん、お義母さん、初めまして。リョウ先輩にお世話になっています、喜多郁三と申します」とか急に真面目な顔になりやがったので、すぐに連れ戻すことはできなかったけど。

「そしてここがリョウ先輩のお部屋──!」

「喜多くん元気だなぁ……」

 リョウの部屋は音楽ジャンキーの部屋そのもので、CDが大量にあって作曲用のパソコンがあって、ギターにベースがあって、果ては昔習ってたバイオリンまであるくらいだ。音楽に関係ない日用品は少なくて、その意味では女子の部屋とは言いにくいかもしれない。

「相変わらずな部屋だなぁ」

「きれいに整頓してるから」

「僕の部屋にリョウの私物がなければの話ね?」

「あそこは倉庫」

「ふざけてんのか」

 初めてリョウの部屋に入るひとりと郁三は新鮮な様子で眺めている。

「ギターがこんなにたくさん! どうりで俺にもギター貸してくれるわけですね!」

「あっ、そのギター触らないで」

「なぜ?」

「40万するから」

「よっ……」

「あ、あの、喜多くんの6弦ベースは……?」

 ひとりがおずおずと聞いてきたので、リョウはまったく別のギターを指さした。

「あれ」

「えっ、先輩これ別のギターじゃ……」

「あれになった」

「……あれになった?」

「あれになった」

「あれになった……」

 売り飛ばされてた。郁三はちょっと傷ついた。

 

 ──郁三の真摯な想いを断れば、郁三との関係が壊れる。

 

 リョウはベッドに腰かけ、郁三はその足元で悲しそうに体育座り。郁三の隣にちょこんとひとりが近づいてリラックス。虹夏は部屋のど真ん中で胡坐をかいた。

「で、リョウ、みんな心配したんだよ?」

「うん。まあ。ごめん」

「やっぱり、作曲が上手くいってないから?」

「……うん」

 リョウの、今までにない平坦な……平坦で弱々しい、たったの一言を、初めて聞いた。

 虹夏も、郁三も、ひとりだって思う。こんなのいつものリョウじゃないって。

 ひとりは、居たたまれなくなって視線だけを右往左往させる。たまたま目に着いた床に、クシャクシャに丸めた紙屑があった。目立たないように広げてみる。

(これ、作りかけの譜面……?)

 作曲とは言わないまでも、同じように曲の片割れである作詞をするひとりにはわかる。

 譜面に音を描き出してないわけじゃない。ただ、生み出したそれをリョウ自身が納得してない。とてもいい音が視えるのに。奏でたら、きっと生きた音が聴こえるのに。

(きっと、リョウ先輩はしばらくベースを触ってない)

 ひとりの思考の外で、虹夏は言った。

「僕も喜多くんも、作曲は素人だから何も言えないけど……でも、少しでも相談してくれたら」

「……虹夏にはわからないよ」

「リョウ先輩……」

「そりゃ僕にはわからないよ。僕はリョウじゃない」

「……っ」

 少し、悪い空気。

 ひとりはあたふたした。張り詰めた空気、こんなの今まで対面したことがない。

 郁三は少しだけ空気が読めた。お互いが頑張ろうとして、その結果衝突する。頑張り屋の郁三は、今までも出会ったことのある場面だった。だからこそ先輩同士の張り詰めた空気を、下手に邪魔してはいけないと思った。

 その感情の一端、虹夏に対しては郁三の読みは合ってる。でももう一端、リョウの感情の正体を誤解しているところが、郁三が郁三である所以だったけど。

 そして、虹夏とリョウは。

「今、どんな曲を作ってるの?」

「……ぼっちと話し合って決めてる」

「少しも進まない?」

「……うん」

「相談もできない?」

「相談できるようなクオリティじゃない」

「でも、相談すれば少しは進展するんじゃない?」

「まだ聴かせたくない」

 平行線。

 

 ──私が郁三の想いに応えれば、ぼっちとの関係が壊れる。

 

「こんなつまらない曲じゃ、絶対デモ審査で落とされるに決まってる」

「それは」

「だから、待って。できたら連絡するから、今日は帰って」

「リョウ……」

 好きな人が目の前にいて、好きな人の好きな人が目の前にいて、自分を好きだという人が目の前にいて。なにがなんだかわからなくなるこの瞬間そのものが、今のリョウにとってはこの上なく苦しくて。曲なんて、作れやしないんだ。

 もう、リョウはひとりも郁三も眼中にない。縋るような目線で虹夏に投げかけた。

「お願い……虹夏」

 相談を願う虹夏と、相談できないリョウ。場を見守るひとりと郁三。

 次の虹夏の言葉は。

 虹夏は今、胡坐を組んだままでいる。リョウはベッドに腰かけたままでいる。リョウの方が目線が高いまま。こんなところでも、二人の関係は()()()()()

 虹夏は言った。

「僕はリョウのベースが好きだよ」

 かなり話の筋がそがれた内容に、ひとりと郁三は呆気にとられた。リョウは、いつかの放課後を思い出して思考が止まった。

「斜に構えた感じで、ちょっと調子に乗って、自信満々な……僕には出せない音が」

「虹夏、それって──」

「それに、ぼっちちゃんのギターも好きだ」

「っ……」

「オドオドしてるけど丁寧で……でも頑張る時は何よりもかっこいい、ぼっちちゃんの演奏が」

「……虹夏くん」

「喜多くんの声とギターも好きだ」

「……へへ」

「隠し事が下手でさ。取り繕うこともできなくて、だからこそめちゃくちゃのびのびした音だし」

「虹夏先輩、ちょっと馬鹿にしてますね?」

「これ以上ないくらい褒めてるの! ……とにかくさ、リョウ」

 虹夏は立ち上がった。目線がリョウより高くなって。

「僕らはみんなで結束バンド、でしょ。リョウが好きな曲を描いてよ。リョウが()()()()()()作曲してよ」

 虹夏の言葉が、リョウに染みる。

 ()()()()()()()好きだという、虹夏の言葉が。

 

 ──虹夏に想いを告げたら、虹夏との関係が壊れる。

 

「あっあのっ」

 ひとりが、笑った。

「ぼっち?」

「リョ、リョウ先輩が言ってくれたこと……忘れてませんっ」

 ひとりだって、みんなのことが大好きだ。

「『個性捨てたバンドなんて死んでるのと一緒だ』って。『自分の好きな歌詞を書いてよ』って」

 ひとりも、リョウも。あの瞬間は一期一句覚えている。

──バラバラな個性が集まって、ひとつの音楽になるんだよ──

 同じように、ひとりも歌詞を何度も書きなぐっては消してを繰り返した。今、リョウが同じ曲を何度もボツにしているように。

「ぼっち……」

「だから今……い、一緒にセッションしませんか。バラバラに」

 ギターは持ってきた。おもむろに、作りかけのフレーズからリョウの描いた音を拾って。

 数日ぶりに、このリョウの部屋に音が生まれた。

 動けないリョウの目の前で、郁三も自分のギターを取り出した。虹夏も、手頃なティッシュ箱をドラム代わりにして。

「おっ、ぼっちちゃんカッコいいフレーズ。じゃあ、ドラムはこんな感じかな?」

「虹夏、それ私のティッシュ箱……」

「僕の部屋を好き勝手してる癖に。僕もバラバラにやろーっと」

「俺はリョウ先輩についていきますっ」

「あーもー喜多くんはそれでいいよ、このリョウ狂いめ」

 ひとりのギターヒーローとは違う、少しオドオドしてでも丁寧な音。

 郁三の単調な、でも真っすぐな音。そして爽やかな鼻歌。

 虹夏の、結束バンドのメトロノームになろうとするはっきりとした意志の音。

 それぞれのバラバラな音。

 虹夏、ひとり、郁三。それぞれに対して複雑な想いを抱えるリョウは、まるで曲を作れない。けど、たとえ曲が作れなくたって。音を出すことはできる。

 リョウは諦めたように笑った。

(ひどいよ、みんな)

 それが今の私らしい音楽なら。最低最悪な私らしい音を出すしかないじゃないか。

 リョウがベースを手に取った。ストラップを肩にかけて。ピックを手に取って。

 リョウが、リョウの一音を響かせて。

 結束バンドの、音楽が生まれていく。

 一人一人が自由に奏でて。それでも音楽が崩壊はしない。

 昔使ったフレーズも、新しく描いたフレーズも、思うままに。

 気ままに弾いて、弾き疲れた頃。

「──あっリョウ先輩、いっ今のいい曲だと思いませんか?」

 ひとりがそんなことを言った。

「うん……」

 リョウが、まだ弱々しく言った。

 確かに、今のセッションはとてもいい音楽だった。

 とてもいつもの自分らしくなくて、たぶん有名な音楽家の琴線になんて触れないような。それでいて、とっても私たちらしい音楽が。

「ぼっち、ありがとう」

「……えへへ」

 どうして虹夏がひとりを好きになったのか。それが少しだけわかった。

 大事な時に精一杯動いてくれる、勇敢で不器用な女の子は。

 大事な時に自分からは動けない、臆病で小器用な私よりも。

 ずっと、かっこよくて、大事だよね。

 

 ──あっちにいっても終わり。こっちにいっても終わり。

 

「郁三もありがとう」

「──!?」

 郁三は心を穿たれた。

「ひとりちゃーん!?」

「うぇぇ……!?」

「今聞いた? 聞いた!? 聞いたよね!? リョウ先輩が『ありがとう』って!?」

「あっあっ聞いてました」

「しゃー! 今日はお祝いだー!」

「ぼっち、郁三。ちょっとウチの親にご飯作ってもらうように言っといて。1階にいるはずだから」

「はいはーい! 行こうひとりちゃん!」

「えっ? わたしはあぁぁぁ──」

 嵐となった郁三がひとりを引き連れて去って行った。

 部屋には、リョウと虹夏だけが取り残される。

「虹夏……ちょっと座って」

「え? うん」

 促されて、虹夏はリョウの隣に──リョウのベッドに座った。

 

 ──もう、何をどうすればいいのかわからない。

 

 隣り合わせになる二人。

「心配したよ。本当に」

「どうして心配したの」

「え? そりゃ、大事な仲間だから当たり前でしょ」

「そっか」

「そうだよ」

「……ごめん、バイト勝手に休んで」

「ちゃんと姉ちゃんに謝ってよ? 修羅の顔になってたから。僕まで殺されちゃう」

「仲良く殺されよう」

「ごめんだ! ……でも、僕こそごめん。作曲がそこまでリョウのプレッシャーになってるって気づかなかった」

「謝る理由は、本当にそれだけ?」

「違うの?」

「スランプなのは確か。みんな未確認ライオットにかけてるから──」

「──結果がよくなかったら、みんながバンド辞めるんじゃないかって思った?」

「……それもある」

 自分の行動が、きっとどうあっても誰かを傷つけるしかない未来を前に、動けなくなりそうになって。そうしたら、結束バンドが壊れてしまうかもしれないから。虹夏の言うことは半分本当で、半分は外れだ。

「そっか……ていっ」

 虹夏がリョウの頭をチョップした。ドラムで鍛えられた虹夏の力はくそ痛い。

「痛い……なぜ突然のバイオレンス」

「この程度がバイオレンスになるかっ」

 そのチョップした縦の手を横にして、掌を横にして。

 リョウの頭を撫でる。

「あっ……」

「確かに、未確認ライオットは今の僕たちにとって大事だよ? でも、だからって結果が悪いだけで解散するわけないじゃん」

 撫でた掌が、心地よくて気持ち悪い。

 これ以上ないくらい幸せで、これ以上ないくらい、自分を妹としてしか見ていないと突き付けてくる。

「……ほんとうに?」

「本当だよ。みんなで音楽やるのが楽しくて、バンド組んでるんでしょ?」

「……違うよ。確かに今はそうだけど」

 皆でやるのが楽しくてやってるけど。それは本当だけど。

「虹夏が誘ってくれたからやってるんだよ」

「あっ、まあ確かに。そうだね、あはは」

「じゃあ、誰かが傷ついたら?」

「え?」

「誰かが、傷ついたら、それでも結束バンドは続けるの?」

「それは……もちろん、そうなってみないとわからないけど」

 虹夏は、自分の言葉をどう想像したんだろうか。怪我や病気や、メンバーそれぞれの意見の違いで誰かが傷つくことを想像したんだろうか。

 違う。全然違う。

 

 ──だからもう、どうでもよくなってしまった。

 

「にじか」

「うん」

「曲、作るよ。今の私らしい曲を。結束バンドの曲を」

「うん! 期待してる」

「その代わり……お願いがある」

「いいよ。僕にできることならね。でも、お金は貸さないよ」

「……して」

「え、なんだって?」

「デートして」

 

 

 なんだろう。この、どうしようもない感覚は。

 郁三の真摯な想いを断れば、郁三との関係が壊れる。

 私が郁三の想いに応えれば、ぼっちとの関係が壊れる。

 虹夏に想いを告げたら、虹夏との関係が壊れる。

 あっちにいっても終わり。こっちにいっても終わり。

 もう、何をどうすればいいのかわからない。

 だからもう、どうでもよくなってしまった。

 

 

 ねえ。虹夏は、私のことをどう思ってるの?

「曲が作れたら……私と、デートして」

 

 

 

 









X年後……ファン1・2号による結束バンド恋愛アンケート

Q6 相手の終電がなくなった! どうする?
ひとり「ぇ、そ、そんなシチュエーションは……(爆発四散)」
虹 夏「遠いし、僕ん家に泊まったほうがいいけどさぁ……(ブツブツ)」
リョウ「え、そもそも相手に終電って概念がないんだけど」
郁 三「みんなでSTARRYに泊まりたい!」


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