リョウ視点
下北沢STARRY。スタッフが機材準備やライブ準備に勤しむなか、青髪の無表情な女子高生──山田リョウは備え付けの椅子に座って休んでいた。
初のライブを前にギターが逃亡。リョウはベースで虹夏がドラム。二人だけで予定していた曲が演奏できるわけないと、虹夏は一人ギタリストを求めて下北沢というジャングルに飛び込んだ。
とはいえ、その辺に転がってるギタリストなんてそうそう見つかるわけがない。これから一緒に組もうっていうのも変だし、ましてや『数十分後に始まるライブで演奏してくれ』なんてお願いは突拍子が過ぎる。
正直、別に今日のライブがおじゃんになっても悪くはなかった。そもそも逃げたギターはどういうわけか頑なに合わせを拒んでいた。複数人で呼吸を合わせることが大事なバンドが、そんな姿勢で成功するはずがない。ギター逃亡という前代未聞の事態に驚いただけで、虹夏もリョウも失敗自体は覚悟していた。
STARRYは虹夏の姉が店長だ。バンド結成から日が浅いという事情は理解している。というか、リョウも虹夏もSTARRYでバイトをしている。傷はそれなりで終わるだろう。
だからリョウはこう思っていた。楽しめれば、面白ければそれでいいやと。
それに、初代ギターが逃げたなら二代目ギターはそれに並ぶぐらいぶっ飛んでないと面白くない。
と、リョウは思っていたのだけれど──
「ここ……わたしの家……落ち着くぅ……」
「いやここライブハウスだからね!?」
虹夏が女の子を連れてきた。あの虹夏が、女の子をエスコートしながら階段を下りてきた。
え、なに? この状況。
虹夏がリョウを視界に捉えて、すぐさま眩しい笑顔で手を振ってくる。先ほどの慌てようとはえらい違いだった。
そうして、逆に慌てまくってるのが女の子を私に向けて紹介してきた。
「この子、後藤ひとりちゃん! 奇跡的に公園にいたギタリストだよ!」
女の子──後藤ひとりはリョウを見るなり表情を余計に崩した。というか、崩した
「こっちはベースの山田リョウ。大丈夫、男だけじゃないから安心してよ」
言われたので、リョウはとりあえず会釈した。
「ども」
「ごごご後藤ひとりです大変申し訳ございません!」
前言撤回、この子面白いかもしれない。いやたぶん面白い。
ともかく、リョウは尋ねた。
「で、虹夏。これどういうこと?」
「どうもこうも。僕らにとっての救世主」
「本当にギターが転がってたんだ」
「転がってはないよ……黄昏てはいたけど」
予想に反してギタリストが見つかった、と。
女の子のギタリストが。
「……じゃ、早速練習する?」
「うん、そうだね。一回ぐらいは合わせよう」
「あと店長が怒ってたよ。勝手に店抜け出して」
「ひぃ……早く連絡してよ、ロインあるじゃん……!」
「虹夏が勝手にしたことだし」
「ああもう、早くスタジオに逃げよう! さ、ひとりちゃん。スタジオ行くよ!」
ひとりちゃん。
当のひとりちゃんは未だに顔面崩壊してるんだけど。
────
で、早速一曲練習してみた。
結果、ひとりは下手だったと判明した。
演奏終了の余韻に浸る。目の前にはひとり。隣には虹夏。アウトロの残響が完全に消え去って、リョウと虹夏は目線を合わせて頷いた。
満を持して虹夏は言った。
「ド下手だ」
『最高のギタリストだ』って心が見える。虹夏、言葉と気持ちが逆だよ。逆、逆。
ド下手という容赦ない刃物がひとりに刺さって、みるみるうちに顔面が崩壊していく。虹夏は自分の失言をフォローしようと必死だった。
リョウとしては、違和感もある。ギターを触る姿は慣れた様子だったから。猫背だけど。
ピックを振る腕と弦を操作する指先は様になってると思ったのに。指先が初期微動かってくらい揺れてたけど。
ただ、とにかく下手だった。バンドの経験ないのかな、と考える。
「どっどうもプランクトン後藤です……」
「売れないお笑い芸人みたいな人出てきたな!」
「もうこれはわたしが腹切って臓物捧げて見世物にしないとダメだダメだダメだ」
「ロックすぎる!!」
埓があかない。少し助け舟を出してみた。
「大丈夫だよ、ひとりが野次られたら、私がベースでポムっとするから」
「ベースってそんなファンシーな音でしたっけ……」
お、返事が返ってきた。
「大丈夫大丈夫、今日僕らのバンド見に来るの、学校の友達だけだからさ。音楽やらない学生に演奏の良し悪しとかわからないって」
そう虹夏が励ます。それでも『ド下手』発言と生来の引っ込みぐせは健在なようで、みるみるひとりはしなびていく。
あ、ゴミ箱に入った。狭いところが好きなのかな。
楽屋は物置も兼任してる。探すと、目当ての箱があっさり見つかった。
「怖いならこれに入るのはどう?」
完熟マンゴーの段ボールだ。さすがにいつまでマンゴーが入っていたのかはわからない。匂いがしない。食欲もわかない。
「おい」
「いたっ」
虹夏に頭を叩かれた。ひどい。
「女の子になんてことを提案してるの」
「女の子を叩いてる虹夏に言われたくない」
「まったく……ひとりちゃんがかわいそうでしょ」
「でも、喜んでるけど」
「え?」
ひとりは完熟マンゴの段ボールにすっかり収まってた。ご丁寧に二つ重ねに組み合わせて過ごしやすい空間を作ってる。
「いっいつもの部屋と同じですぅ!」
「どんな所に住んでるの?」
「みっみなさん盛り上がってますかぁ!?」
「気が大きくなってる……」
「段ボール作戦、成功」
「成功されても困るんだって……そういえばさ、ひとりちゃん」
虹夏に呼ばれ、段ボールから顔を出した。ドアまでついてる……。
「はっはいなんですか……」
「ライブでひとりちゃんのことなんて紹介すればいい? あだ名とかある?」
「あっえ、中学のときは『あの』とか『おい』とか呼ばれてました」
「それあだ名じゃなくない?」
リョウと虹夏からすれば、知り合いばかりの観客だから本名でいいと考えていた。芸名を持ってるプロでもないからだ。
けどひとりからすれば全くのアウェイ。完熟マンゴーかぶったまま本名を名乗ってもしまらないだろう。それはそれでロックな気もするけど。
考える。後藤ひとり……ひとりぼっち……ぼっち……?
「ぼっちちゃんは?」
「いやデリケートな所ー……」
虹夏、そういうのよくない。
「ぼっぼぼぼぼぼぼぼっちです!」
「いや気に入ったの?」
やっぱりこの子、面白い。
段ボール作戦からの、人生初のあだ名。それで気をよくしたのか、さらにひとり改めぼっちは聞いてきた。
「あっまだバンド名聞いてなかったです」
「うっ」
「え、えっと……虹夏くん?」
呻く虹夏。まったく。仕方ないな。私が考えた傑作バンド名を披露してやろうじゃないか。
「《結束バンド》だよ。バンド名」
「……ケッソク?」
「そう。結束バンド」
虹夏がこの世の終りみたいに嘆いてる。失礼な。
「ああもうだからリョウに決めさせるのは嫌だったんだ!」
「でも私がジャンケンで勝ったから。敗者はひれ伏せ」
「絶対バンド紹介で白けるから! いつかバンド名変えてやるからな!」
と、そんなこと言っているうちに自分たちが登壇する時間がやってきた。結局、ひとりの緊張はほぐれていない。
そんな中で、虹夏はぼっちに向き直った。彼女の目線に合わせて腰をかがめて、諭すように。
「とにかく、実力とか関係ないし、怖気づくより楽しんで弾こうよ」
「たっ楽しく……?」
「そうそう! そもそも即席バンドだし、技術をもとめるのは後でいいんだよ!」
虹夏はとにかく両手を広げて、大きな仕草で。
もちろん、今日のライブを体裁だけでも無事に終えるために打算でひとりを誘ったことは間違いない。けれど虹夏がひとりのためを思って説得しているのは、リョウも長い付き合いだからわかった。きっと、本気でライブを楽しんでもらいたいと思っている。
誰とでも平等に話して、いつの間にか仲良くなって。少し向こう見ずで無計画なところはあるけど、芯は通っている。
こういう男なんだ。虹夏って奴は。
そうして、ひとりはようやく決心してくれた。
「さ、それじゃあ楽しむよ!」
虹夏がぼっちと私の腕を掴んで、強引に円陣を組ませる。
「えい、えい、おー!」
「おー」
「うぇ、ウェーイ……」
まったく合わない掛け声が響き、三人はライブ会場へ足を踏み入れた。
ドラム、伊地知虹夏。
ベース、山田リョウ。
ギター、ひとり──というか完熟マンゴー段ボール。
正直、予想していたとおりバンドは息が合わず、虹夏はミスりまくりひとりもリズムがぐっちゃぐちゃになっていたので、分かる人には結束力なんて欠片もない音楽に聴こえていただろう。
流行の曲のインストだけを演奏したから、少なくとも虹夏が誘ってきた同級生の友達はそれなりに楽しんではくれたようだけど。男子なんかは音の外れにむしろ笑っていた。
ま、私は最初から最後まで完璧な演奏だったけど。リョウは自画自賛した
楽屋に戻り、虹夏は「ミスりまくった」とカラカラと笑っていた。
楽しめたのは、まあよかった。
ひとりも、ライブの結果はともかく演奏できたことに対してはよかったとは思ってくれた。『次のライブまでには同級生と挨拶ができるようになっておきましゅ!』と噛み噛みで決意してくれた。
それは、イコール次もこのバンドで弾いてくれるという言葉の裏返しなわけで。
反省会兼歓迎会を開きたいという虹夏に対しては、思いっきり拒否して早々に帰ったけれども。
ひとりがいなくなった楽屋裏。ライブが終わってもアルバイターのリョウと虹夏には労働義務がある。後片付けをしなきゃいけない。
「虹夏」
「うん?」
「ぼっちを見つけたのはよくやった。褒めてつかわす」
正直、リョウは虹夏の行動に期待していなかった。けれど蓋を開けてみたら面白い子が来たので文句はない。
純粋に楽しかったと思った。自然、手が虹夏の頭に伸びる。そのまま頭を撫でた。
リョウは同年代女子の中では背が高い方だ。一方の虹夏は男子の中では低い方で、身長差はほとんどない。頭も撫でやすいからリョウとしてはありがたい。虹夏は身長もう少し欲しくて仕方ないみたいだけど。
「だーから頭撫でるのやめてよ。いっつもいっつも」
腕を払われた。鬱陶しそうだ。そんなところはまあ可愛いが。
「でも、お仕置き」
三回叩いた。思いっきり。
「いたぁっ! なんで三回も!?」
「一つ、内気な女の子に無茶させた。二つ、ライブ前に叩いたののお返し」
「うっさいよ……って、三回目は!?」
「秘密」
納得いかなそうな虹夏を無視してそのまま仕事に精を出す。そうすれば、この程度の問答なら虹夏も諦めることはよく知ってる。
心の中で言ってやった。
三つ。私を不安にさせたこと。