【完結】虹色refrain   作:迷えるウリボー

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30 《青い春と西の空》

 

 

 ──8:58

 2月23日。下北沢駅前。

 虹夏は雑踏を眺めている。

 祝日でも下北沢は若者で賑わっている。

 待ちに待ったわけじゃない。戸惑いに戸惑った、リョウとの()()()の日。

(……ちょっと早く着きすぎちゃったか)

 待ち合わせは9時ちょうど。ここから鎌倉へ一緒に行く。のだけど……そもそもリョウとこんなに仰々しく待ち合わせてどこかに行く、なんてことがほとんどなかった。だいたい虹夏がどこかに行こうとして、それにリョウが付いてくることがほとんどだったからだ。

 そのリョウは、基本虹夏と関わる時は時間にルーズだし、甘えっきり。数少ない待ち合わせだって遅刻が常習だって。

 だから今日だって9時に虹夏が来たところで、何分も待つことになるだろうと思ったのに。だから自分が遅れたり、ギリギリに到着してもいいだろうと思ったのに。

 虹夏は気が付いたら、他の人とするようにきっちり5分前に到着していた。

(……なんか、僕までいつもの僕じゃないみたいだ)

 虹夏はそんな風に思った。いつもなら、遊びに行く場所はある程度調べる。けど今回の相手はリョウで、しかもリョウから誘ってきて場所の提案をしてきた。どこまで自分から提案をしてもいいのかもわからない。

 正直、今日がどうなるのかわからない。遊べるのが楽しみだななんて、そんなことは言ってられなかった。

「虹夏」

 雑踏の中で、リョウの声が聴こえた。

「……お待たせ」

 声は後ろから聴こえた。振り向く。

「あ、リョウ。ううん、待ってはない──」

 虹夏は言葉を最後まで出せなかった。驚いたから。

 明るい灰色、ミドル丈のテーラードコート。それは普段のリョウが好むようなモードなデザインじゃない、少し大人っぽいような。

 けど、その下から伸びる藍色のロングスカートは、馴染みのあるデザイン。少しカジュアルな。

 リョウは古着屋巡りが趣味で、幅広いジャンルの服を着こなすけどモード寄りで、クールな印象を受けやすいのに。

「……」

「……」

「……なんか言ってよ」

「な、なんか、いつもと雰囲気が違うね」

「んー……なんか夢を見た」

「夢ぇ?」

「女体化した虹夏が鬼の形相で迫ってきた。『ぬーん!』とか言いながら」

「なんだそれ……」

「その時の虹夏雌個体が来てた服を参考にした」

「雌個体とか言わないでよこちとら雄個体なんだけど」

 姉ちゃんといいリョウといい。なんだ、僕が本当は女だとでも言いたいのか。

「……」

「……」

「……いこ」

「う、うん」

 リョウがそのまま改札に歩みを進める。虹夏は慌ててその後を追う。

(あ、そういえば)

 リョウの後ろ姿を追う。雑踏の中、彼女を見失わないように。その中で虹夏は電光掲示板の時計を見た。

(リョウが来たの、待ち合わせ時間ピッタリだ……)

 

 ──10:34

「着いた……! 鎌倉ー!」

「ひっ人が多い……」

 ひとりと郁三は、人込みをかき分けて改札を通りすぎた。

 広がる景色は、いつもとは違う。それは当たり前で、鎌倉なんて普段来ないからだ。ひとりは性格上今まで自分から観光地に来たことなんてないし、誰かと一緒に来るにしてもその間の記憶が消えていることが多い。郁三も色々なところで遊ぶけど、鎌倉は初めて訪れる場所だった。それが江ノ島弾丸小旅行の時に来訪を熱望した理由の一つだったりする。

 鎌倉駅の東口。正面にはバスターミナルがある。左──北方向には有名な小町通りや、鶴岡八幡宮へ続く道が。右──南方向には、今は直接は見えないけど有名な由比ヶ浜海岸にもつながっている。

 観光客を狙って開店した店も多くて、神社仏閣と一緒に鎌倉を盛り上げている。

「ついに来たね! ひとりちゃん!」

「はっはい……」

「……やっぱりちょっと苦手だね?」

「ぃ、いえ……! そんな!」

 ひとりが陰キャで、集団が苦手で、人が多いところが好きではないのは郁三もわかっている。ひとりが鎌倉行きを強く推したから郁三も首を縦に振ったけど、それでも心配は心配だ。

 とはいえ、ひとりも気合は十分に入れてきた。集団は苦手でも、『喜多くんと遊べるなら無理したい』という決意は強い。

 今日のひとりは、ピンクジャージじゃない。以前着たスカジャンでもない。

 ピンクジャージは着れなかったけど、代わりにその色はレギンスに当てた。黒いロングスカートで隠れるから目立たないけど、それは最低限ひとりにいつもの心を取り戻させてくれる。最近履くようになったシンプルなスニーカーはやっと慣れてきたけど、母親にも言われてくるぶしまで隠れるウィンターシューズにした。モコモコしてかわいい。ロングスカートの控えめさと、レギンスのカジュアルさ。

 主張のないシャツに、冬だからと暖かいをセーター。そしてそれを覆い隠す、柔らかい紫(ライラック)色のフード付きガウンコート。

 何よりの変化は、角が取れた柔らかい丸型の、黒縁伊達眼鏡。

 完全にスランプになる前にリョウと話していた服装。それに可愛いものを着せたい母親が意見して、かっこいいものを着たいひとりに理解ある父親がスパイスを振ることで生まれた化学反応。今までとは全く違う後藤ひとりがそこにいた。

 今日、郁三とは金沢八景駅前で待ち合わせた。そこでひとりを発見した郁三は彼女を褒めちぎり、それはもうスカジャンを着た時以上に褒めちぎった。恥ずかしがったひとりが照れすぎて、フードを被ってしゃがみこんでしまうくらいには。

 その服は、ひとりに少しの勇気を与えている。鏡に映る自分は、今までとは違うように見える。でも、自分の芯は変わってない。

 そうして、二人は金沢八景から同じ路線で鎌倉の近く──逗子へ。そこでJR線に乗り換えて、鎌倉にたどりついた。ひとりは、ちゃんと自分を崩壊させないで郁三と一緒にいられた。

「それじゃあひとりちゃん、どこ行こうか?」

「あっえっと……」

 行きたいところ、目星は付けてある。でも怖くて、楽しみで、それは言わない。

「一緒に……ゆっくり、歩きたい、です」

「じゃあ、まずは有名どころ。小町通りかな? 一緒に写真も撮りたいし、行こうかっ」

「はいっ……」

 今日は、ひとりの。

 郁三との、二人きりの、初めての。

 デート。

 

 ──10:40

「ついたぁ」

「いざ鎌倉」

「そんな緊迫してないでしょ。僕ら刀も槍もないよ」

「世はまさに音楽戦国時代。心に武器を持たなくちゃやってらんないよ」

 鎌倉駅西口。東口と比べると、ほんの少しだけこじんまりとしたロータリー。それを見て、虹夏もリョウも少しだけため息を吐いた。

「それにしても、江ノ島を経由すると少し時間かかったね」

「でも海を見られたのはよかった」

「確かに。江ノ島の空気も、ちょこっとだけど懐かしかったね」

「湘南の風を受けた。もう私たちはパリピだ」

「湘南って、江ノ島から西のエリアのことを言うらしいよ」

「え」

 虹夏たちは、下北沢から一本で江ノ島まで向かった。本当は途中の藤沢で乗り換えればJRですぐ鎌倉についたのだけど、リョウが「せっかくだから」と片瀬江ノ島駅まで進んだ。そして江ノ島電鉄に乗り換えて、ゆるり相模湾の江ノ島から鎌倉までの少しの海岸線を一緒に眺めて、そうして鎌倉にやって来た。

 江ノ島電鉄を出ると鎌倉駅西口。東口にある小町通りや、鶴岡八幡宮をはじめとする仏閣が有名だけど、西口にだって仏閣はあるし有名スポットはある。

「……それでさ、リョウ。この後はどうする?」

「虹夏、何も決めてないの?」

「いや、決めたっていうか目星は付けてきたよ……! でも、リョウが、言ったことだしさ」

 モゴモゴ、と言いにくい虹夏がいた。

 今日を『デート』だというには、虹夏は恥ずかしさを置くことはできなかった。

 そしてリョウも、虹夏たちが家に来た日とロインの上で言葉を吐けただけで、今日は『デート』なんて言葉は使ってない。

「……とりあえず、古着屋巡りたい」

「ま、そだね。どこにあるの?」

「この西口から……御成通りがある。喫茶も古着屋も雑貨屋もあるみたい。歩こう」

「そっか。付き合うよ」

「当たり前でしょ」

 虹夏にとっては困惑な。

 リョウにとっては、心臓が早鐘のように鳴る。

 初めての、デート。

 御成通りは、明らかに観光客が賑わう東口の小町通りと比べれば、小規模で落ち着いた雰囲気がある。どちらかと言えば地元の人が昔から利用する店が多くて、通りも広くて観光客が歩いても異常な賑わいにはならない。ゆっくり歩くにはもってこい、と言えるかもしれない。

 そんな街並みを歩く。祝日だから人はいる。けれど、店先を見て止まるのは自由だ。

「私は大体古着屋がメインだけど、虹夏は?」

「……正直に言っていい?」

「いいよ」

「やっぱり、鶴岡八幡宮とか行きたい。遠くのお寺までは遠慮しとくけど」

「人力車とかあるみたいだよ」

「やけに乗り気だな……まあ、二人とも疲れなければね」

 天気は晴れ。それなりに雲は多いけれど、むしろ地面に陰影ができて面白いし、太陽光は真冬なのを考えればありがたい。

 古着屋巡りとは言っても、下北沢に比べて店舗の数が多いわけじゃない。『鎌倉イコール古着屋』の発端となった虹夏自身すっかり忘れているけど、ちょっと姑息な意図があって言ったことだった。鎌倉御成通りはまず喫茶やバルが目に付く。

「む、美味しそうなもの発見」

「さっそくか。とりあえず入ろうか?」

「うむ」

 個人経営の喫茶店へ。さすがに二人ともインドア派だけあって、休憩を好む。

 テーブル席に座る。虹夏が紅茶、リョウが珈琲を注文。

「ずっと下北に引きこもってたわけだし、たまには遠出するのもいいかもね」

「でしょ」

「リョウの発案だから度肝を抜かれたんだよ。あの金欠のリョウがさぁ」

 虹夏は紅茶をすすりながら、正面に座るリョウを眺めた。

「……そういえば、喜多くんにちゃんとお金返してる?」

「むしろ郁三が『奢らせてください』って言ってくるんだけど」

「だからそういうのが駄目なんでしょ。ちゃんと断りなよ」

「でももう野草生活は簡便……」

「野草生活いつまで続けてたの?」

「1ヵ月くらい」

「よく腹壊さなかったな……」

「ま、必要分は返したし問題ない」

 と言いながら、郁三の金がどこから流れてくるのかには目をつぶっているリョウだった。

 虹夏とリョウ。学校でもSTARRYでも、時には虹夏の部屋でさえ鉢合わせる。単なる雑談になれば、その空気はもうゆるーいものになる。

「とにかく。今日くらい昼飯代とか、ちっちゃいのは僕が払うよ。その代わり喜多くんに返済しなって」

「別にいいよ。郁三も満足そうだし」

「よくないよ」

「いいよ」

「よくない」

「いいよ」

「よくない」

「よくない」

「いいよ。……ってあれ?」

「引っ掛かった」

「両手で『ぶい』じゃないんだよこのベーシスト……」

 虹夏はため息を吐いた。そんな虹夏を見つつ、リョウは珈琲カップに口をつける。

 祝日の喫茶店。店内は賑わっているけどうるさくはない。同じ年代の人たちは少ないように見える。男女、あるいは女性同士の組み合わせが多い。

 少しだけ赤みがついた、自分のカップの縁の一点を見つめてリョウは。

「虹夏、気づいた?」

「何が?」

「何でもない」

「気になるよ……」

「いいよ。ちょっと休んだし、飲んだら行こう」

「そだね。昼飯にはまだ早いや」

「御成通り、結構店あるみたいだから。何食べるか歩きながら決めよ」

「はいはい。リョウの買い物に付き合うのも慣れてるし、任せてよ」

 軽い気持ちで虹夏は言う。

 リョウは「この的外れ」と思いながら、ニヤリと笑った。

「今日は虹夏の服もコーディネートしてあげるから」

 

 ──11:07

 小町通りは、鎌倉駅東口のロータリーから鶴岡八幡宮へ向かう方向に続く商店街だ。鶴岡八幡宮境外の参道とほとんど平行に続いている。ザ・観光スポットとも言えるかもしれない。それに並ぶ店舗も土産物屋、ファッション店、占い、飲食店──と際限がない。

 そして、なんといっても観光客が多いのが特徴だ。道幅が狭いのもあって、何百何千の観光客がひっきりなしに歩いている。ゆっくり止まる暇なんてないくらいだ。

「あ、このソフトクリームうまっ! ひとりちゃんどう!?」

「あっ……甘い、です……」

「おお、この豆美味しいよ! 初めて食べるけど、いろんな味付けがあるみたいだ……!」

「試食……美味しい……」

「そっか、鳩サブレって鎌倉か……! 帰る前にもう一度寄ってお土産買おう。いいかなひとりちゃん」

「あっはい……わたしも、家族と、STARRYに買います」

 ひとりと郁三は小町通りを進む。とはいっても、郁三は数メートル進む度に新しい店に入っては店内を散策する。ひとりもそれについていく。ひとりにとっては慣れない人込み。けど、今日のひとりは頑張った。

 郁三の後ろをついていくのは楽しい。元気に動き回る郁三の後姿を見るのは楽しい。自分なんかより郁三はずっと背が高くてカッコいいのに、表情をコロコロ変えるのは可愛い。

 虹夏ともリョウとも違って全然喋れない自分なのに、郁三はいつでもゆっくり自分の答えを待ってくれる。たどたどしい答えでも笑顔で返してくれる。

 そんな郁三がいるから、ひとりはこの時間も楽しくて楽しくてたまらない。ドキドキしてたまらない。

 とはいえ……

「あっ……人と人がたくさんいてウェイウェイ──」

「ひとりちゃん──さ、さすがに疲れたね……?」

 小町通りの大体半分くらいを進んだ頃、いよいよ疲れてきたひとりの魂が頭の30cm上くらいを浮遊し始めた。

「ごめんね、ひとりちゃん。俺なんかはしゃいじゃって」

「ウへへへーい、喜多くん、喜多くんといっしょ~……」

「うーん……とりあえずどこかで休もうか?」

「さ、さささささんみてますか~……」

「うん、休もう。ひとりちゃん、ちょっとおぶるよ」

 人込みの中、ひとりを背中に乗せて歩いていく。

「うーん、ちょっと人の少なさそうな場所がいいか……」

 小町通りから少し離れる。それでも観光客は結構な数だ。郁三は土地勘のない道を適当に歩いていく。GPS機能が付いていてよかった。スマホ社会バンザイ。

(……すごい、頑張ってるんだもんな。気絶しちゃうのも無理ないか)

 歩きながら、よさそうな喫茶店でも探しながら考える。

 初詣の時、ひとりが「一緒に遊びたい」と言ってくれたのは純粋に嬉しかった。単純に友達と遊べるのも嬉しい。遠出ができるのも嬉しい。それが、バンドで一緒に頑張ってて、引っ込み思案なのを知ってるひとりなら尚更だ。

 江ノ島の時だって。ひとりだけじゃなくて虹夏もリョウもインドア派なもんだから、郁三は不完全燃焼なきらいもあった。もちろん楽しかったのも本当だけど。

 もともと「ひとりのことを良く知るために」という目的が発端となった今日。そのためにひとりが頑張ってくれている、というのも郁三からすれば嬉しい。カッコいいひとりが、自分のために行動してくれている、その事実が。

(ほんと、いろんな人に助けられてばかりだよな、俺)

 今日、郁三はひとりの歌詞にかける想いと魂を知るために、一緒にひとりと遊んでいる。

 自分のために頑張ってくれているひとりに、報いたい。

(この子のために──)

 自分の背中の上で寝ているひとり。今は若干気絶して唸っているけど、可愛らしくてカッコいいこの子のために。リョウのために、虹夏のために。

 ボーカルを、さらなる完成度にして見せる。

 そのためにも、今日は精一杯ひとりとの時間を楽しむんだ。

「…………」

 それはそうと、休める場所を探す道中、郁三は考えた。

(さすがにつらい……)

 体力が? いや違う。

 背中にひとりが()()()のが。

(冬服の上からもわかる……ポテンシャルパネェ)

 実は、初詣の時にもそれは感じていた。とはいえあの時は次子もいたので辛うじて表情には出さなかった。出してたらたぶん殺されてた。昔、友達と一緒にエロ本を教室で回し読みしてたら次子に首を絞められたことがある。たぶん次は殺される。

 郁三は男子だ。虹夏ともよく話すように、ムッツリではなくて比較的オープン。秀華祭じゃひとりのメイド服を見て虹夏と一緒に興奮したりしていた。でも、気絶してる女の子相手に楽しめるほど性悪(しょうわる)じゃない。

 結果、郁三は気をそらすために念仏を唱えた。

(リョウ先輩リョウ先輩リョウ先輩リョウ先輩……)

 ひたすら愛しのリョウを想起した。

 妄想の中だけなので、呼び方を変えてさらに一歩踏み込んでみた。

(リョウさんリョウさんリョウさんリョウさん……)

 さらに一歩。壁ドンして顎クイからの耳元でのささやき。妄想なんです、これくらいは許してください。

(リョウ、リョウ、リョウ、リョウ──!)

 

 ──郁三、ダメっ──

 

「あ、ダメだこれ」

 ダメだった。

 むしろ悪化した。

 

 ──11:50

「いいじゃん、虹夏」

「うーん……古着なんて慣れないけどなぁ」

 もともと着込んでいた冬用のダッフルコートをリョウに預け、リョウの見立てで買ってみたベストに袖を通す。慣れない感触に虹夏は戸惑った。

「メンズの古着ってさぁ、なんかダボっとした感じのが多くない? 僕も着てんのそれ系統が多いし、あんまり乗り気じゃなくてさ」

「素人だな虹夏は。それを組み替えてカッコよくするのがファッションでしょ」

「リョウにファッションを語られた」

「失礼な」

 リョウが虹夏の後ろに回る。初めて見た行動だけど意図はなんとなく読めた。両腕を後ろに引く。リョウがダッフルコートの袖を通してくれた。

「そのベスト、グリーンカラーでそこそこ主張してくるし。虹夏の好きな色でしょ」

「うん。嫌いじゃない」

「今日の虹夏、外見だと暗い色だし。ダッフルコートの前を開ければグリーンが映えるよ」

「そっか、ありがとう、リョウ」

 そんな二人の会話。店員はにこやかに見つめている。

「あ、じゃあ僕が着てたワイシャツ返して」

「いいよ、持っておくから」

「なぜ?」

「売る」

「刹那に生きてるリョウと一緒にすんな!」

 さすがに売られはしなかったけど、結局シャツは返してもらえなかった。

 その後も物色は続く。

「チェックシャツがオタク向け、なんて時代が古いよ。デザインの一部に組み込めばいい」

「まあそもそも、流行なんて巡り巡るもんだしね」

「リーバイスのデニムを履いとけば、古着屋店員にだって舐められない。一着買うべき」

「リーバイス?」

「レアな奴だと50万とか100万とか下らないのがある」

「……マジで?」

 下北沢に比べれば店舗数少ない。けどリョウからすれば、じっくり拝見できたのは満足いく時間だったらしい。自然、リョウの声も上機嫌になってくる。

「安いからまた買えるのも古着の魅力。また新しい場所を紹介できるよ」

「頼もしいね」

「今度のお望みは?」

「うーん……ミリタリーとかはどう?」

「それなら上野にいい店知ってる。案内できるよ」

「わかった。その時はまたよろしくね、リョウ」

 リョウも気に入ったらしいものを2着ほど買って──今日ばかりはさすがに今着ている服を売ったりはしなかった──店を出る。

 時間はあっという間に昼前だ。もう御成通りは一通り見ていて、昼からやってるよさげなバーも見つけた。

 小さい店だけど駅から離れているのもあって、そんなに待たずに座ることができた。カウンター席に二人並んで座る。マスターが軽快にメニュー表を開いてくれる。未成年だから当然アルコールは飲めないけれど、それらしいグラスにドリンクを注いでくれた。

 パスタやパン、イタリアンな料理が鼻をくすぐる。

『いただきます』

 家料理をすることがほとんどの虹夏としては、外食、しかもチェーンレストランやファストフード店じゃない、シャレオツな場所で昼食を食べることは本当に久しぶり。リョウは逆によく外で食べる。

 朝から下北沢駅で待ち合わせて、電車に乗って、江ノ島と海を眺めて鎌倉に来て、商店街を散策して、二人で古着も買った。お腹はペコペコで、するする胃袋に入っていく。

「この後はどうする? 虹夏が決めていいよ」

「東口方面行きたいな。小町通りをちょっと物色して、そこから鶴岡八幡に行きたい」

「うん」

「でも、小町通りは人が多いよね、絶対」

「今日ぐらい頑張れる」

「頑張れるって」

 虹夏は笑った。

「ま、リョウが発端の今日だしね。ぼっちちゃんじゃあるまいし」

「うん……」

 リョウの眼が冷えた。

 少しだけ沈黙。

「……」

「……」

 なんだか気まずくて、虹夏はとりあえず口を開いた。

「江ノ電の途中の駅で、長谷寺ってあったじゃん」

「うん」

「夜にライトアップしてる時もあるんだって。まあ12月には終わっちゃったらしいんだけど」

「そっか。残念」

「……」

「……」

 また沈黙。虹夏は思った。

(いや、やっぱりいつものリョウじゃないよ……!)

 あの変人クズめんどくさがりベーシストが。人の多くなるようなライトアップイベントを見れなくて残念だなんて、初めて聞いた。

 初詣だって基本的に足が重たくて、年越しのその瞬間にコタツの中でミカン食ってて出かけたりすることのないリョウが。

 好きなロックバンドのライブだって、前で一緒に盛り上がるよりも後ろで得意面で聴いていることが多いリョウなのに。きくりのライブの時は最前線で顔面踏まれたらしいけど。

 それが、何だ。楽しそうにしたり、数秒後には不機嫌になったり。

 突然「デートしよう」とか言ったり、いつもと違ってちょっと可愛い感じの服を着てたり。いつもよりきれいなリップを付けてたり。

 女の子の考えることは、よくわからない。

 

 ──12:22

「はっ」

「あ、おはようひとりちゃん」

 後藤ひとり、覚醒。システムオールグリーン。

 気が付いたら、テーブルを挟んだ反対側に郁三が座ってハヤシライスを食べていた。

「こっここは……?」

「喫茶店だよ。少し休憩しようと思って。それにちょうどお昼時だしね」

「お昼……?」

 記憶がないひとりは、少し考えて状況を思い出す。小町通りの人の多さにさすがに魂の限界が来たんだった。

 テーブルの上をよく確認すると、自分の方には熱さが落ち着いたチーズのリゾットがある。それに数口だけ手を付けた後だ。

「あっきっ喜多くんが頼んでくれたんですか……?」

「ううん、ひとりちゃんが頼んだんだよ。リゾットがいいって」

「わっわたしが……?」

「そう、ひとりちゃん気絶しながらご飯食べてたの。本当器用だね!」

「あ、あははははへは」

 顔面はなんとか崩壊しなかった。活舌は未知の方向へ飛んでったけど。褒めてほしい。

「あっあの、ここは……?」

「休めるところを探して、それで少し小町通りから外れて歩いたんだけどね? ちょっと雰囲気の良い、隠れ家みたいなカフェでさ」

 店内と外を遮る窓は全面ガラス。けど、外は室内の通路に見える。車の音や、観光客の喧騒は聴こえない。店内に響くのはジャズの落ち着いた曲調。

「いいお店だよね、ここ。大通りの脇の、建物のわきの小道なんだ。人がいないのはたぶん偶然……落ち着けてよかったね」

「あっはい……」

 とりあえず、郁三に倣ってお昼ご飯を食べる。

 普段は昼食時でも賑やかな郁三は、今は「お水はここにあるよ」とか「紙ナプキンが少なくなってきたらマスター呼ぶよ」とか、そんな最低限のこと程度だった。

(静かで、明るくない……奥の細道の喫茶店……お、落ち着く~……)

 ひとりとしても、至福の時間。それだけじゃない。

(二人きりで、オシャレな喫茶店で、一緒にご飯を食べて……)

 遊ぶことが大きな目的で、たまたま入った喫茶店で、二人だけで……。

(デ、デ、デートみたい……)

 これ以上ないくらい楽しい。これ以上ないくらいドキドキする。

「ひとりちゃん」

「あっはぇ……」

「口にリゾットが付いちゃってるよ」

「あっ」

 紙ナプキンで拭かれた。

 家族以外で初めて、誰かの手で口元を拭かれた。

(き、喜多くんに初めてを奪われたあああああ)

 そんなことはない。

(あ、あへ、あへ……)

 ひとりは精神的に絶頂した。

 辛うじて気絶はしなかった。

 郁三は、そんなおかしな挙動のひとりに呆れないで、楽し気に二人の時間を楽しんでいる。

 何とか食べきって、郁三とひとりは食後の一休みを楽しむ。世間話から、好きなものの話。STARRYの話、学校の話、先輩たちの話。郁三はまた口が回るようになってくる。

 ひとりと郁三。二人とも、この時間を楽しんだ。なんの心配も、首をかしげるようなこともなく。純粋に楽しむ。

 けれど、楽しむことは、今日の目的のすべてじゃない。

「──それで、ひとりちゃんのことを聞きたいんだ」

 昼食後の一休みの時間を使って、ひとりと郁三の()()が始まる。

 

 








X年後……ファン1・2号による結束バンド恋愛アンケート

Q7 もし……想い人からまったく知らない人を恋人だと紹介されたら?
ひとり「ぇ、そっそりゃそうですよワタシナンカがツリアウワケナイナイナイ」
虹 夏「たはは、そっかぁ……そっかぁ」
リョウ「それはない、それはない、それはない……(涙目)」
郁 三「くっ……推しの幸せを祝うのがファンの務めであって……ぐぅ……!」

《カラカラ》を、誰に向けて歌いたい/演奏したい?

  • ひとりちゃん
  • 虹夏くん
  • リョウさん
  • 郁三くん
  • 虹夏ちゃん
  • 郁代ちゃん
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