鎌倉。鶴岡八幡宮。境内と境外の間。
もうすぐ、16時になろうかという時間。
ついさっき、急に女の子の叫び声が聞こえた場所。でも、その後の目立った騒動はなくて、中心にいたのが学生の男女だったから、ちょっとした喧嘩だろうと、そうしてほとんどの人はまた流れていく。
──止まったままの、《結束バンド》の四人がいる。
「リョウ先輩? ……虹夏、先輩?」
「喜多くん……ぼっちちゃん……?」
誰も、自分と一緒に来た人じゃない二人がこの場にいるなんて、思わなかった。
誰も、もう片方の二人が仲良く一緒にいるなんて、思わなかった。
『え──』
全員、思考が固まった。誰も、何も、言えない。
──リョウさんと、虹夏くんが一緒にいる……?
──なんで、ぼっちちゃんが喜多くんといるんだよ。
──どうして、先輩たちが……?
──郁三と、ぼっちが……。
全員、思考が整理できない。できるわけがない。
後輩が、先輩がこの場にいるなんて。
それに、なんでいるんだ。
疑問と。焦りと。困惑と。困惑と。困惑と。
何か、軋むような感情が。
────
虹夏の顔が見れない。
なんで、郁三とひとりがここにいるんだ。
初詣も行ってた二人だ。私のことが好きだなんだと言っても、活動的な郁三ならひとりと遊びに行くことは不思議じゃない。
百歩譲って、STARRYが休みだった今日、出かけることはわかるよ。
でも、なんでよりによって
虹夏の顔が見れない。
今、郁三とひとりが一緒にいるこの状況を見てしまった。
虹夏が考えていることを考えるのが、怖い。
「えっと……」
最初に口を開くことができたのは、郁三だった。
「先輩たち、今日一緒だったんですね……?」
「……うん」
虹夏が答えた。恐ろしく淡白な声色だった。
「や、やだなー、それなら皆で回れたら楽しかったのに……ははは」
そんな冗談が通じる空気なわけがない。郁三のその言葉に、ひとりは何も言わない。言えるはずがない。
リョウの口も、開かない。
「あっあの」
ぼっちの声。虹夏が反応した。
「リョ、リョウさんたち……いっいつから……?」
それはいつから鎌倉に、という意味だった。
「……朝から」
「わっわたしたちも、です……」
「……」
「喜多くんたちさ、どこ回ってたの」
「えっと、俺たちは小町通りとか、鶴岡八幡宮とか。人力車使ってちょっと遠いお寺にも行きました、けど」
「……そっか」
自分たちとほとんど同じじゃないか。どこかでニアミスしてたのか。
郁三が頭を掻いて聞いてきた。
「……あー、リョウ先輩たちは?」
「私たちは──」
最後まで言えなかった。
虹夏が急に踵を返した。
「ごめん皆。僕、用事ができた」
「えっ先輩……?」
いつも頼れて、優しくて、ほんわかとしたリーダーの、なんの感情も感じない声。
でも、虹夏の顔が見れない──
「にっ虹夏くん──」
「先帰るね」
虹夏が離れていく。淡々と。ぼっちと郁三を置いて。リョウを放っておいて。
「あ、待って──にじかっ」
ヒュウ、と乾いた嫌な空気が口から漏れ出て。
私と虹夏の距離がどんどん離れて行って。
動くことはできなくて。
郁三とぼっちはわけがわからずその場にいることしかできなくて。
虹夏が人影に消えて──
「ごめん、二人とも」
気づいたら、それだけ言って、リョウの足は勝手に動きだしていた。
────
遠くなる虹夏と、それを追いかけようと動いたリョウ。
郁三とひとりは動けない。
「……」
「……」
「えっと……」
往来で不自然に止まっていた四人。全員でいると少し他の人たちの邪魔だった、でも二人となれば多少落ち着く。
とはいえ。
「びっくり、したね……」
「あっはい……」
郁三も、ひとりもそれだけしか言えない。
そして郁三は──
「……先輩たちが、一緒にいた」
「……喜多くん」
リョウの服は、いつものそれとはまったく違ってた。
服装に気を使う人だし、いつもオシャレな服だだけど、今日はそれ以上にいつもと違う雰囲気があった気がする。
そんな気がする。ずっと、あこがれの対象として見続けていたから。
郁三は考える。虹夏先輩は、リョウのことを『手のかかる妹みたいなもんだ』と言っていた。そこに間違いはないと思う。結束バンドのリーダーは。俺みたいな逃げたギターを許してくれたリーダーは、無責任な発言をするような人じゃない。
──なら、リョウ先輩のほうは……?
ひとりや虹夏と同じようにインドア派で、二人よりもずっと自由人なリョウが、わざわざいつも着ないような服を着て、祝日の鎌倉にいた。
四人の時でさえ、「鎌倉に行きましょう!」と言っても頑なに却下していたリョウが。
どういう経緯だったのかはわからないけれど、気軽にその日に決めて鎌倉なんて遠くに来れるような先輩たちじゃない。絶対に計画して、話し合って、そうして満を持して来たはずだ。それこそ、自分とひとりみたいに。
そこにどんな会話が、どんなやり取りがあったのだろうか。
──リョウ先輩は、虹夏先輩のことを……?
考えたこともなかった可能性。けれど……そうだとしてもまったく不思議じゃない関係性。
だって、俺には今、好きな人がいるんだから。その好きな人に好きな人がいたって、まったく不思議じゃない。
そんな当たり前で嫌な思考が頭によぎって。
「……」
「きっ喜多くん」
思考は途切れない。けれど隣にいる子から声をかけられたら、外面だけは変わるのが郁三だった。
「……ごめん、ぼーっとしちゃって」
「わっわたしも、びっくりした、ので」
「……」
「……」
ひとりの眼が、少しだけ曇っているように感じた。
その違和感に、少しだけ心の奥底に滴る何かがあった。
「……えっと」
「……帰ろうか?」
「でっですね……」
二人で歩き始める。
鶴岡八幡宮から鎌倉駅まで、それなりに距離がある。間には小町通り以外にもいろいろな寄り処があるけど、小町通りでたっぷり寄ったのもあって、特に時間をかけて歩こうとは思わなかった。
一日中外で遊んで、疲れたのもある。けれど、ひとりだけじゃなくて郁三も言葉数が少なくなってしまった。
「あっ、鳩サブレは買って帰ろうか?」
「そっそうですね……」
「STARRY、お土産必要かな……?」
「ど、どうなんでしょう……」
結局、それくらいの会話しかなかった。
────
体力が尽きたのはひとりだけじゃない。リョウも、慣れない場所で慣れないデートを一日中して、もしかしたらちょっと意識しているかもしれない虹夏と一緒に過ごすのは、楽しいと同時に体力をゴリゴリに削っていった。
それは麻薬みたいなもので。心臓が早鐘を打つような高揚感があって、日中のある程度は疲労が鈍くなったようなふわふわとした感覚があった。それでも小町通りや鶴岡八幡宮は耐えられなかったけど。
そのブーストはもうない。疲れた体を必死に動かして、リョウは遠くどこかに行ってしまいそうな虹夏の影を追う。
人がまだ多い。鎌倉駅へ続く道。背がそれほど高くない虹夏は、簡単に人込みに紛れては、また目立つ金髪が見えてを繰り返す。
普通に歩いているつもりで、けれど余裕のないリョウの方が、ほんの少しだけ速かった。
「──にじかっ」
大きく声を出したつもりで、ほとんど空気が口から漏れ出ただけだった。
今度はちゃんと追いついて、虹夏の腕をつかんで。もう少し大きな声が出た。
「にじかっ!」
掴まれた虹夏の足が止まる。驚いているのか、いら立っているのか、リョウからはわからない。
「……リョウ」
「……にじか」
リョウ自身、なんて声をかければいいのかわからなかった。
心も感情も、整理なんてまるでできやしない。郁三とひとりが来る直前まで、自分が虹夏にひどい態度を取っていたのに。
──そんな私が、虹夏にどんな声を掛けられるって言うんだ?
──虹夏は、私の態度に気づいた?
──虹夏は、私が虹夏の恋心を知ってるって気づいた?
──そんな自分が、結果的に虹夏と郁三たちを引き合わせて。
「……リョウ、ありがと。今日、楽しかった」
違う。そんな態度のそんな言葉を聞きたくて虹夏を追いかけたんじゃない。
「一人で行っちゃってごめん。そりゃ、リョウがあの二人に混じるのも変だもんね」
振り向いた虹夏の表情は、案外普通なものだった。眼も、笑っていないとはいえ、漫画にあるような悲しみに明け暮れるような表情じゃない。
でも、リョウが感じる虹夏の雰囲気は、あまりにもおかしかった。
「ただ、ごめん。僕、ちょっと休んでから帰るから。リョウ、先帰ってなよ」
「……でも」
「先帰ってて」
「でも」
まともな言葉が出てこない。また、リョウの目線が下がる。
そんな状態の虹夏を放っておけるわけがないって。「どの口が言っているんだ」と言われそうで怖い。
私が一緒にいてあげるって。「僕が好きなのはリョウじゃない」って、そんなこと虹夏は絶対に言わないだろうに。
「リョウ」
郁三とひとりがいる時、虹夏はほとんど顔をまともに上げてなかった。
今は、リョウが顔を上げられない。
「リョウ、顔上げて」
「……っ」
恐る恐る、胃がキリキリするのを堪えながら、辛うじて目線だけを上にすると。
虹夏の眼に、涙がたまっていた。
「頼むから、放っておいて……どうにか、なりそうなんだ」
「にじか……」
リョウがつかんでいた虹夏の腕が、簡単にほどかれる。
遠く、また離れていく虹夏に対して、何も言えなかった。
雑踏の中に消えていく虹夏を、今度は追いかけることもできなくて。
今度こそ、リョウはひとりぼっちになった。
「……やっちゃったな」
自分自身、混乱しながら誘ってしまったデートだった。
楽しかったのに。
虹夏を追いつめて。
私は何もできなくて。
後輩たちは順調に楽しそうで。
虹夏はたぶん、私が好きな人も、虹夏が好きな人を私が知っていることも、知っちゃって。
全部がぐちゃぐちゃになって。
「何やってんだろ、私……」
今度はリョウの頬に、冷たい何かが流れていく。
────
郁三に連れられて家に帰ってきたひとりは、だるくてだるくて仕方のない体を動かして、家族と一緒に夕食を食べて、お風呂に入って、ふたりに引きずり回されて、身支度を整えて、そして布団に入った。
今日は疲れた。
とても楽しかった。
すごく嬉しかった。
喜多くんはカッコよかった。
すごくドキドキした。
最後は……変な感覚がした。
「喜多くんは……」
リョウと虹夏が一緒にいるのを見て、とても驚いていたようだった。でも、考えてみれば当たり前なんだろう。自分だって、郁三がリョウに懐いたり、郁三がファン1号2号と一緒にいたりするのは胸が軋む。
「リョウさんは……」
虹夏と一緒にいたのは驚いた。そして、あの大変なものを目にしたような眼は何だったんだろう。いつものリョウが絶対にしないような、一つのことに集中して、それでいて余裕がなくて。でも、いつだったか見た覚えがあるような気がする。
「虹夏くん……」
一番心配だった。自分と郁三を見て、信じられないような表情をしていた。いつもほんわかしていて、優しくて、相談にも乗ってくれて、頼れる結束バンドのリーダー役の虹夏君が、どうして。あんな追いつめられた表情を。
「……リョウさんと、何かあったのかな」
リョウのスランプ前後の調子の悪さは、結束バンドの全員にとって記憶に新しい。その時のリョウの様子は関係が一年も満たないひとりにとってもおかしいとわかるくらいだった。
自分たちを繋ぐ音楽で、何とかリョウが気力を高める手伝いはできたけれど、昔馴染みの虹夏には違うものが見えていたのかもしれない。だから鎌倉にいた。
喧嘩でもしたんだろうか。心配だ。
喧嘩なら、どうしてそうなったんだろうか。リョウの家にいた時の二人は……正確に言えばリョウが、少し張り詰めた空気ではあったけど。そこからSTARRYのバイトやスタ練はいつもと変わりなかったのに。
新曲のレコードだって、郁三のボーカルを除けば順調に進んでいたのに。
郁三はそのボーカルの悩みが。
リョウは作曲のスランプが。
そして、虹夏には何かが。
今、結束バンドの仲間たちは、バンドに影響してしまうような何かを抱えている。
「……わたしに、何かできるかな」
未確認ライオットへの出場を決意したときの夜みたいに眠れない。
始まりの時は虹夏が、作曲の時はリョウが、秀華祭では郁三が助けてくれた。
音楽だけじゃない。わたしの大事な時に、支えてくれた人たち。
今度は、わたしが助けたい。
もうすぐデモ音源審査になる。うまくいけば、その次はネット審査だ。その間はSTARRYでのライブ以外に、とにかく路上ライブや広告に努めて知名度を上げるしかない。
そこでみんなの力が発揮できるように。
(喜多くんには、少しでも相談に乗れた……と思う)
だから、リョウと虹夏に。
(喜多くんも二人のことはわかってるし。相談して、リョウさんと虹夏くんの相談に乗れるように……)
胸が、軋む。
郁三は絶対、この相談に乗ってくれる。そして一緒に先輩たちの悩みを解決しようと協力してくれる。その時、郁三とリョウが話すことでどんなことになるかは、正直怖い。
でも。
(わたしたちは、四人で《結束バンド》だ)
結束バンドは、誰か一人が欠けても力を発揮できないんだ。
だから、みんなで、みんなを、助けるんだ。
ひとりの決意は固い。
ひとりの決意は、今までの暗いひとりからは考えられないくらいしっかりしていて。
今までのひとりからは考えられないくらいに、後ろを振り向かないほどの、真っすぐなものだった。
X年後……ファン1・2号による結束バンド恋愛アンケート
Q9 初めて相手のご家族に会った時の様子は?
ひとり「相手が家出してた時なので殺されるかと……」
虹 夏「人見知りとは言え、ご両親にここまで期待されちゃうとは思わなかった」
リョウ「いや、ほぼ毎日会ってるんだけど」
郁 三「優しいご両親でした!
これにて2023年の投稿も終了です。
章終わりとしては恐ろしい状況ではありますが、次回より、さらに混沌となる第3部、
《upside down, dawn, constellation》
の始まりです。
この話の投稿と同じくらいの時間に年末の活動報告を投稿しています。よければお付き合いいただければ幸いです。
それでは皆様、よいお年を! 来年もよろしくお願いします!
《なにが悪い》を、誰に向けて歌いたい/演奏したい?
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ひとりちゃん
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虹夏くん
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リョウさん
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郁三くん
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虹夏ちゃん
-
郁代ちゃん