【完結】虹色refrain   作:迷えるウリボー

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3部 upside down,dawn,constellation
33 A split twilight


 

 

(虹夏くんの様子が……変なままだ)

 3月中旬。まだ寒さが残る秀華高校。いつものように独りぼっちなひとりは、誰にも話しかけられることもなく一日を過ごしていく。

 午前中の授業は全部教室で。休み時間に郁三が来るようなことはなかった。もっとも、そんなことになったらひとりが逃げるか、ギターの練習をしている空き教室を待ち合わせにすることがほとんどなのだけど。

 午後の授業が始まる少し前。ひとりは集中ができていない。

 ひとりの日常の一つ、学校生活はいつもと変わらない調子だった。クラスメイトと話すのは辛い。学校に行く足取りは遅い。でも、たった一人好きな人と会えるなら、少しは楽しめるし頑張れる。

 家での生活はいつも通り。

 そしてSTARRYでの空気は……

(虹夏くんの様子が……このところおかしい)

 結束バンドに入ったばかりの頃は、ズル休みをしようと思うくらいには苦行だったSTARRYでのバイトも、今はちょっと嫌なことくらいに変わってきている。それでも、バンドメンバーとの充実した時間でもあるし、スタ練は楽しいし、会う人はみんな優しい。

 そのSTARRYの空気が、少しまた変な風に戻っていたように……感じる。

(リョウさんも……ちょっとよそよそしいような)

 バイトをしているし、練習だってしているから、虹夏、リョウ、郁三。それに星歌たちSTARRYの人たちとも顔を合わせる。

 なのに、特に虹夏とリョウの雰囲気が、どこかおかしかった。

 虹夏が笑っているのはいつもの通りなのに、その笑う様子に力がないように見える。それに、練習もいつもと比べると休みがち。

 リョウが不愛想で無表情なのはいつものこだけど、それが表面上の態度だけじゃなくてどこか気まずいような、追いつめられているような空気を感じる。自宅訪問したときよりも、リョウの態度はどこかおかしかった。

 その空気を感じて、郁三や星歌もどことなくおかしいような。

 とはいっても、それでも月日は淡々と流れていって。

 新曲自体は無事完成した。残るレコーディングが郁三のボーカルだけだったのも幸いして、それ自体は多少難航したらしいけど、郁三自身も納得したものになったらしい。

 その完成したデモ音源を、虹夏はたった一人でポストに投函したと教えられた。いつだったか、虹夏自身が「投函する時はみんなで念を送るよ!」なんて言ってたのに。

(……やっぱり、おかしいよ)

 ここ最近、ずっと感じていた違和感。

 今までの結束バンドにはなかった空気。

 そして、虹夏もリョウも郁三も、誰も行動しない。

 オーディションの前、虹夏はひとりを励ましたのに。

 文化祭ライブで、郁三は窮地のひとりを救ったのに。

 それがない。

(どうすれば、いいんだろう……)

 バンド、それもライブに関係があるかもわからない、微妙な違和感。それを前にして、どうすればいいかはわからなかった。

 オーディションでは、こんなオーディションで落ちるわけにはいかないと思った。

 台風の日のライブでは、敵だらけのライブで終わりたくないって思った。

 でも、今は、このままじゃ嫌だとしか思えない。それ以上のことが、何も思い浮かばない。

 もうすぐ、路上ライブが控えているのに。

(どうすれば……)

 ひとりは考える。

 過去にしたことは、いろいろある。

 リョウに歌詞について相談した。虹夏に郁三のことについて相談した。それぞれ、事態は好転したように思う。

 なら、今できることは……。

(今回も……)

 ひとりはスマホを取り出す。郁三に向けたロインメッセージ。今日ばかりは、緊張するよりも真面目で真摯な気持ちが強かった。

 郁三自身、気にしてはいたけれど……。

 

『今日、練習の前に、少し相談できませんか?』

 

 

────

 

 

 放課後。いつもの誰もいない教室。

 少しだけ気乗りしない手で扉を開くと、教室の後ろにギターを構えてはいるけど演奏をしてないで黄昏ている郁三がいた。

 壁にもたれて胡坐をかいている。珍しくイヤホンで音楽を聴いているらしい。ひとりが来たことに気づいてない。

 ひとりがじぃっと凝視はしてみたけど、結局隣に座るまで気づかなかった。

「あっ、ひとりちゃん」

「おっお疲れ様、です」

「だんだん暖かくなってきたねー」

「も、もうすぐ4月、ですもんね」

「うん、新学期だ。今度はクラスどうなるかな」

「い、一緒だとい、いいですね……なんて」

「うん、そうだね」

 ほんの少し沈黙が流れた。郁三はギターを脇に置いた。

「さて、と。相談だったよね」

「はっはい」

「もちろん、()()()()だよね」

「……はい」

 言葉は便利で厄介だ。具体的に言わなくても意図が伝わる。

 ひとりは、夕日で埃が見える黒板を見た。どこか、星屑みたいに見えた。そんな感傷もどこかに消えて、ポツリと呟いた。

()()()から……STARRYがちょっと、変……ていうか」

「うん。俺もだ。ごめんね、心配かけちゃって」

「い、いえ、そんな……」

 当然、ひとりは郁三の機微には気づいてる。そして、さすがの郁三もひとりが気づいてることをわかってる。

「えっと、わたし、には……よくわからないけど」

「……」

「どうして、なんでしょう」

 ひとりは、周りの人間が思うよりは周りのことをよく見ている。それはひとりが周囲に人がいるという環境に慣れ切ってないからだ。同じように、慣れ切ってないから()()()()妙な空気が流れているのかわからない。

 郁三は、それを嬉しいような、悲しいような気持ちで受け止める。

「ひとりちゃんに聞きたいんだけどさ」

「あっはい」

「虹夏先輩とリョウ先輩って……付き合ってると思う?」

「あっはい──え?」

 後藤ひとり。システムオールレッド。

 にじかくんとりょうさんがつきあってる?

「え? え? え?」

「いや、別にそうだと決まったわけじゃないよ」

 郁三は困ったように笑った。

「ただ、鎌倉で先輩たち……デートしてたじゃん」

「きっ喜多くんはっ……男女が一緒にいたら付き合ってる、みたいな?」

「いや別にちっともそうとは思わないけど」

「グハァ」

 ひとりは死んだ。

「ただ、あの時のリョウ先輩、雰囲気がいつもと違ってた」

 改めて、落ち着いて考えてみたけど、あの日感じた予感は覆すことはできなかった。

 郁三もわかっている。リョウも虹夏も、好き好んで遠出するような人種の人間じゃない。百歩譲って虹夏はまだ人付き合いはいいけど、本質的にはインドア。結束バンドは3対1でインドアバンドなのだ。

 それだけじゃない。リョウの雰囲気がいつもと違っていた、というのは。

「……なんていうか、上手く言葉にできないんだけど」

「あっはい」

「あの時の先輩……すごく可愛かったし」

「…………はい」

 ひとりの目線が下がった。

「……とにかく、もしかして、って思ってさ」

「……そういえば、虹夏くんとリョウさんのそういう話って、聞いたことがなかったです」

「あはは、俺からすれば、現を抜かしてる不真面目なんて俺だけかと思ってたよ」

「……」

 ひとりの心臓がギューッと締まった。

「っと、つまり、きっ喜多くんが気にしてるのは……」

「うん。もし先輩たちがそういう仲なんだとしたら──」

 そこから先の言葉は空気には乗らなかったけど、ひとりには簡単にわかった。

 

 ──俺、滑稽だなってさ。

 

「喜多くん……」

「そんなこと、ないんだと思いたいんだけどね。虹夏先輩、リョウ先輩とそういう仲じゃないって言ってたし」

「そ、そうなんですか……」

 郁三もひとりも、虹夏がわざわざ自分から敵を増やすような動きをするわけがないってわかっている。本当に虹夏とリョウが付き合っていたのなら、早々に郁三に釘を刺していたはず。

「うん。あ、でも虹夏先輩は絶対好きな子いるよ。これは同じ男としてのカンなんだけど」

「そ、そうなんですね」

 それは、ひとりにはよくわからなかった。

 あの優しい虹夏くんに想われる子なんて、幸せだろうな、と思った。

「…………ひとりちゃん?」

「あっはい」

「大丈夫? なんか顔色が……」

 郁三がほんの少し顔を近づけて、ひとりのことをじっと見た。

 確かに、心臓が少し動いているように気持ちが悪い。

 それは、郁三がリョウのことばかり話すからだ。

 虹夏の話に脱線したけど、結局はリョウのことを心配しているからだ。

 今までの日常だったら、血とも思えないようなものが口から吐き出されるくらいだったのに。それを飲み込めるようになったから、余計気持ち悪い。

「だ、大丈夫です……」

「うーん、そう?」

「は、はい……昔は、誰かと話すのもた、大変、でしたし」

「無理はしないでね?」

 ひとりは思う。『喜多くんのために無理をしたい』と言ったことを、忘れたんだろうか。

 郁三は目線を正面にもどした。

「仮にそうじゃないとしても、リョウ先輩はたぶん……」

 数週間がたって、郁三の中では、疑問は核心に変わってきてしまっている。

 

 ──リョウ先輩にとって、虹夏先輩はきっと、単なる昔馴染みの友達以上の存在。

 

「……」

「……でもっ」

「うん?」

「そうだとして……どうして、虹夏くんが気まずそう、なんでしょう……」

「それが俺もわからないんだよねぇ」

 郁三は頭を掻きむしって、長ったらしいため息を吐いた。

 リョウの態度の変化は郁三にとって衝撃が強かったけど、ひとりと郁三が共通して驚いたのは虹夏についてだ。

 ひとりからすれば、虹夏は結束バンドに誘ってくれた大事な友達で。

 郁三からすれば、一度バックレて逃げ出したにも関わらず快くボーカルの席に迎え入れてくれた恩人で。

 そして二人にとって、いつもメンバーの後ろでどっしり構えてくれる頼れるリーダーだ。

 その虹夏が、この世の終わりを目の当たりにしたみたいな無表情で、ひとりも郁三も、一緒に遊んだリョウでさえ置いていくなんていう信じられないことをしでかした。

 あの鎌倉の日以降、虹夏もリョウも、数日を置いて何事もなかったかのようにバイトやスタ練に顔を出している。

 けど、二人の間に会話はないし、虹夏が郁三やひとりと会話をすることも事務的なこと以外ない。少しでも前の話を郁三とひとりがしようものならその場の空気が凍り付いてしまうほどだった。

 だから誰も鎌倉での話をしてない。

「……とにかく。正直、虹夏先輩の考えてることはよくわからないけど、でも」

 郁三は軽く、自分の頬を両手で叩いた。

()()があるのは確かだよ。解決しなきゃいけない何かがある」

「……ですね」

 ひとりにとっては、解決方法がわからないことは昔からたくさんあった。

 コミュ障な性格もそうだ。『バンドとしての成長』を考えた時もそうだ。『このままじゃ嫌だ』と思った時だって、具体的な方法がわからないままがむしゃらにやった。

 解決しなきゃいけない何かがある。それはひとりも同意する。

 だとすれば、何かをしなきゃいけない。

「ひとりちゃん。俺、後悔したくない」

「え?」

「ひとりちゃんが俺のことバンドに誘ってくれたみたいに……とは言わないけど」

「えっと」

「せめて、好きな人一人くらい励ませるようにはなりたいなって」

「え……」

 郁三は、特に気負いもなく言った。

 

「だから今度……リョウ先輩に何があったか、聞いてみようと思う」

 

 郁三は、少なくとも郁三自身の中ではリョウへの想いをずっとセーブしてきた。結束バンドに再加入してからずっと。せめて、仲間に恥じない自分になるまでは……と思ってきた。

 まだ自信がついたわけじゃない。ボーカルだって、迷いを抱えたまま歌えばいいと気づけただけだ。それが功を奏したと思うし、新曲を作成できたのは良かったけど。

「……けど、少なくともそれは、今困っているリョウ先輩を放っておいていい理由にはならない」

 そう。困っている()()()()を、自分の力が弱いから、自分の想いがどうだからと、何もしないでおけはしない。

 それが郁三の、最近の考えていることだ。

「きっ喜多くん……」

 そしてひとりも。

 

「わたしも……たくさん相談に乗ってくれた虹夏くんの、力になりたい、です」

 

 郁三の想いは怖い。

 郁三の考えていることはつまり、リョウの親身になって相談するということ。

 リョウが「郁三のことは何とも思ってない」とは言ったって、郁三を好きになった人はたくさんいるし、何よりもここにいる。

 だから、郁三自身が積極的に動くのなら。それで万が一、郁三とリョウの仲が進んだら怖い。

 でも、そう。困っている恩人たちを、自分の気持ちを優先して助けないのなんて、嫌だ。

 ひとりと郁三の気持ちは一緒だ。

 郁三は、同志を得た兵士みたいに頼もしい笑顔を浮かべる。

「頑張ろう、一緒に」

 郁三は、ひとりに向かって手を差し出してきた。

「……喜多くん」

 それは、郁三にとっては友情の握手で。ひとりにとっては、恋人として握りたい悪手だ。

 それでもひとりは、ぎこちない笑顔で郁三の手を握り返す。

「あの二人はたぶん、一緒にいると絶対零度みたいな空気になっちゃうし。それぞれで相談しよう」

「……はい」

「先輩たちが、結束バンドを作って、結束バンドを支えてくれた。変わりそうな結束バンドを守るのは、俺たちだよ……!」

 何がどうなるのかもわからない状況だけど。それでも。

 結束バンドが好きだから。

 

 

────

 

 

 相談の決意を固める瞬間は、少しの間をおいてやって来た。

 数日後。元々結束バンドは路上ライブをやる予定だった。

 デモ音源審査に通ることができたら、次はネット審査だ。ネットで音楽を聴いてもらうためには、とにかく結束バンドを知ってもらう必要がある。STARRYのライブもそうだし、それ以上にとにかく人の眼と耳に届いてもらう必要があるからだ。

 だから、毎週路上ライブを始めることは決めてた。それに向かっての士気も高かった。少なくとも、2月中旬までは。

 それでも、メンバー間の雰囲気が微妙なままでも、時間は止まってくれない。

 大した事前ミーティングもないまま始めた初の路上ライブは……失敗した。

 郁三が事前にSNSで告知はしていたので、次子とか、ファン1号2号とか、それ以外にも興味本位で来てくれた人も含めて、アマチュアの路上ライブにしてはかなり多いと言えるくらいの観客は集まった。

 それがかえって良くなかった。ひとりは、少しずつ人前でも力を発揮できるようになったとはいえまだまだで、虹夏のメトロノームとしての役割もどこか頼りなくて、リョウの自由な演奏は成りを潜めて、郁三の必至のMCで何とか場を笑わせた程度。

 つまり、バンドとして秀華祭や台風ライブの時みたいな大逆転をしたわけでも、逆に大失敗をしたわけでもない。

 ()()()()()()。それが、話題性を求めた結束バンドにとっての失敗だった。

 郁三の友達たちはそれなりに楽しんで帰って、ファン1号2号は少し心配そうな顔をしていた。

 そんな体たらくだったのに、虹夏もリョウもあっという間に帰ろうとしていた。

 ひとりが意を決したのは、その時だった。土曜日の夕方、そろそろ太陽が陰りを見せようとした時だった。

 ()()と決めたら一直線に動いてしまうひとり。恋をすることで、ほんの少しそこに落ち着きが見えても、まだまだぶり返すことは多い。なにせ、そっちの方が自然体だから。

 だから、思わず郁三にタイミングを伝えることを失念してしまった。もしかしたら、郁三とリョウに()()()()()()()()()()()()という本心が働いたのかもしれない。

 いずれにしても、ひとりは……他の誰にも言わないで、1人帰り路を歩く虹夏を、呼び止めた。

「あのっ……虹夏くんっ」

「……ぼっち、ちゃん」

 下北沢の雑踏から少し離れた場所。虹夏を追いかけた末にやって来た。知り合いはまず誰もいないという、住宅街の一角。

 3月末。黄昏時のことだった。

 

 

 

 









X年後……ファン1・2号による結束バンド恋愛アンケート

Q10 後藤ひとりに、何の曲を捧げたい?
ひとり「じっ自分に? ……転がる岩、君に朝が降る」
虹 夏「忘れてやらない(重)」
リョウ「青春コンプレックス。応援ソング」
郁 三「小さな海」


今年もよろしくお願いします!

《忘れてやらない》を、誰に向けて歌いたい/演奏したい?

  • ひとりちゃん
  • 虹夏くん
  • リョウさん
  • 郁三くん
  • 虹夏ちゃん
  • 郁代ちゃん
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