「リョウ先輩」
「……郁三」
リョウが振り返った先にいたのは、郁三だ。
下北沢の雑踏。人も多い。建物も多い。夕陽は建物の壁、ガラス、いろんなものに反射して道々を照らしている。
鮮やかに赤い郁三の赤髪は、反射された夕陽に染まって、さらに赤く染まってる。
「……お疲れ」
「お疲れ様です! 先輩、お腹空いてませんか?」
「別に、空いてないけど」
「またまたぁ。いつもの先輩なら『奢って』って言うじゃないですか」
郁三はいつも通りに、正確に言えばいつもよりほんの少しだけ落ち着いた様子で笑った。
リョウは、言葉こそいつも通りだけど、郁三とひとりがわかっていいるようにその様子は明らかにいつも通りじゃない。
それでも、今日の郁三は止まらない。
無難に終わってしまった路上ライブ。淡々と帰っていく虹夏とリョウがいた。
郁三に目もくれず、ただ目の前の出来事に必死になって、虹夏を追いかけようと遠のいていったひとりがいた。
それを見届けて、郁三が元々固めていた決意を行動にして示すのは当たり前のことだった。
「奢らせてください。おすすめの喫茶店、行きましょう?」
「いいよ」
「いいじゃないですか」
「いいってば」
リョウは、まだ頑なだ。郁三のことを放っておいて、そして一人帰ろうとする。
でも、そこで諦める郁三じゃない。
「逃がしません」
「なんで……!」
鎌倉の時、追いかけた末に虹夏を引き留めたリョウの腕。今度は郁三がそれを握った。
郁三は力強かった。リョウの腕を、簡単には逃さなかった。
揺れる瞳で郁三を見る、一回り背の低いリョウを見て、言った。
「大切な仲間が
「……郁三」
「リョウ先輩には、いつもの先輩らしくいて欲しいんです。俺のこと郁三って呼んで、俺が奢るような先輩です」
「そんなことしてたら……郁三に、迷惑が……」
とことん、いつものリョウとはかけ離れている。
「いいじゃないですか。少しくらい弱音吐いたって、みっともなくたって。俺以上にみっともない奴なんて、そうそういませんよ」
郁三には、そんな口上を自信満々に述べる。
そうした視線の先には。
鎌倉の時の虹夏よりも、ずっと大きく目を見開いて、金色の瞳からボロボロと涙を流す、たった一人の女の子がいた。
「リョウ、先輩……」
「ごめっ、ごめん、郁三……」
リョウは背が高い。でもそれは女子の中での話で、男子の中でも平均身長を超える郁三からすれば、小さい女の子に見えた。
そんなリョウが。いつものんびり自分のペースを崩さないリョウが、ボロボロに泣いて、震えた声でいる。
だから……こう言わずにはいられなかった。
「俺はっ、先輩のことが好きです」
一瞬リョウはビクッとして、そしてまた泣いた。
「なんで……なんで、今言うんだよぉ……」
「……あはは、逃げたギターですし。空気を読まないことに定評があるというか」
────
「あのっ……虹夏くんっ」
「……ぼっち、ちゃん」
下北沢の雑踏から少し離れた場所。虹夏を追いかけた末にやって来た。知り合いはまず誰もいないという、住宅街の一角。
3月末。黄昏時。
そこにいるのは、ひとりと虹夏の二人だけ。
「……あの」
ひとりは、気まずそうに、それでも何とか、虹夏を見て。そして言った。
でもそれ以上は言葉が続かず、「あ……」とか「う……」とか言うだけのひとり。
とうとう、呼びかけられた虹夏が、固く笑った。
「お疲れ様。今日は、あんまり振るわなかったね」
「あっえ……っと」
「でも、まあ、そういうことだってあるよ。気にしないで切り替えていこう」
また、虹夏は背を向けて。
先に進もうとする。そっちは、STARRYとは反対方向なのに。
「あっあの……どこ、行くんですか?」
「散歩だよ」
「まだ、寒いと……思います」
「それが、意外と目が冴えて悪くないんだ」
「で、でも……ライブの後で疲れてるのに」
「大丈夫だよ。体力は自信があるんだ。インドアなりにはだけどね?」
腕を持ち上げて二の腕を叩いて見せた。らしくない。
「ぼっちちゃんは家も遠いんだし……遅くならないうちに帰りなよ。親御さん、心配するよ」
「で、でも……」
ひとりの、いつも通りの言葉じゃ届かない。世間話じゃなにも意味がない。
結束バンドに今までなかった不穏な空気。そこに切り込むのは、怖い。怖い。怖い。
でも。
──ひとりぼっちなわたしに、最初に手を出してくれたのは虹夏くんだ。
──虹夏くんの、大事な夢を叶えてあげたいって思ったんだ。
──だから今だ。今が動く時なんだ。そうだ。オーディションの時と、同じように。
──このままじゃ、嫌だ。
「リョ、リョウさんと……なっ何か、あったたっの、かなって」
「────」
いつもみたいに口が回らなくて噛み噛みで、上手く息ができなくて、頭が変に冷えて、手足の感覚が薄くなって。
それでもひとりは勇気を出して、一番気になっていたその言葉を、絞り出した。
ただ、ただ、虹夏の力になりたくて。
そんなひとりに、虹夏は、それでも何も言わない。
「別に、なにもないよ」
「でっでも……」
「なんでもないってば。普段、僕とリョウが喧嘩するなんて、いつも通りでしょ?」
にへらっと、いつもとは全然違って、力なく笑った。
「いつも通り……じゃない、です」
「それは」
「いっいつもだったら……虹夏くん、優しいのに」
ひとりは、怖いけど、怖くても、勇気を出す。
「今は……少し、こわい、です」
「──」
「でっでも……! いっいつもは優しいって、知ってますっ」
そう。ひとりにとっての虹夏は、今の何を考えているかわからない人間なんかじゃない。
「わっわたしを結束バンドに誘ってくれた……」
最初も、オーディションも、文化祭の時も。ずっと支えてくれたリーダー。
そんな虹夏が。
「虹夏くんが、最近、調子悪いから……」
「ごめん。でも、僕問題ないからさ」
「で、でも……虹夏くんは、私にとっても大事な……友達だから」
「だから喜多くんと相談して──」
「……そうだよね」
ひとりの声を遮った。
「え?」
「ぼっちちゃんにとって、僕は……友達なんだよね」
「は、はい……! 大事な──」
「好きなんだ」
「友達で……え」
「僕はさ……ぼっちちゃんのこと……女の子として、好きだったんだよ」
ひとりの思考がフリーズした。
今、虹夏はなんて言った?
好きだって言った?
誰が? 誰を?
どんな風に?
なんで?
ひとりの目の前の虹夏は……もう、泣きそうな笑顔で笑っている。
「えっあ……う……」
「僕は……ぼっちちゃんのことが、好きなんだ。台風の日の、ライブの時から」
もう一度、言われた。
今度こそ、ひとりははっきりと自覚した。虹夏が、ひとりを好きだって言ったのを。
「にっ虹夏くん……それって……え?」
「仲間としてじゃない。友達としてじゃない」
「それ……は……」
受け止めようがなかった。そもそも、自分が誰かに好かれるということがどういうことか、まったくひとりにはわからなかった。
中学の時、何度も何度も想像した理想のモテ期なのに、実際は、まったく現実感がない。嬉しいとか、驚いたとか、そんなことを言う暇がない。ただただ、虹夏に想いを告げられたことに現実感がない。
そして、虹夏は笑った。
「でも……ぼっちちゃんは喜多くんのことが好きだ」
「っ……」
「すごい悩んで。初めての
「わたっわた、わたし、は」
「そう、だよね。喜多くんのことが好きなんだ」
「い、いや……ちが」
「それで、僕はぼっちちゃんの大事な友達だ」
「……」
ひとりの眼に映る虹夏は。
笑いながら、小さな涙を浮かべてた。
「ごめん。でも、もう我慢できなかったんだ」
「……虹夏、くん」
「少しだけ、休むね。だから、僕のことは気にしないで」
「で、でも……」
「本当に、ごめん。でもぼっちちゃんが笑ってくれるのが……頑張ってくれるのが……辛いんだ」
「──ぁ」
「それじゃあね。ぼっちちゃん」
虹夏が去って行く。
その背に、今度は引き留める言葉が見つからなかった。
曲がり角に虹夏が消えても、ひとりは一歩も動けなかったし、それにすぐに口が開かなかった。
虹夏がいなくなったことで、数分がたって、遅れて心臓が跳ねてくる。
誰かに、初めて告白された。
なのに、嬉しいよりも先に暗い感情がある。
戸惑いなんて、生易しい感情じゃない。
嫌だなんていう、虹夏に対して抱くはずがない感情ですらない。
(虹夏くんは……)
わたしのことが好きだと言った。台風の日のライブの時から、好きだと言った。
わたしは、虹夏くんになんて言った?
「わたし……喜多くんのこと、好きだって……」
わたしは、リョウのことを好きだという喜多くんを見て、何度も何度も心が苦しくなった。
鎌倉の日。もしわたしが、喜多くんとリョウさんが一緒にいるのを見かけたら、これ以上ないくらいに苦しくなるに決まってる。
胸の前にせり上がった掌が、ぎゅっと、服をつかむ。心臓をつかむみたいに。
そうして、呟いてしまう。
「わたし……虹夏くんを、困らせてた……?」
ずっと、ずっと、虹夏の助けになりたいと思っていた。
結束バンドはみんなのバンド。ひとりの目的があって、でも、それだけじゃない。リョウ、郁三、そして虹夏。仲間たちの役に立ちたいと思っていた。
「わたし……虹夏くんを、傷つけてた……? ずっと?」
それじゃあ、わたしは。
何のために、頑張ってたの?
────
郁三は、リョウと一緒に下北沢駅から少し離れた公園にいた。
それなりに離れた場所だから、人の数はないわけじゃなくても、二人の声を聞かれたりはしない。それにもう辺りは暗い。街灯の光が頼りなく、オレンジ色に周囲を照らしている。
「先輩、どうぞ」
冬場。郁三は、近くの自販機で買ってきたホットコーヒーを、ベンチに座るリョウに渡した。
「……ありがと」
リョウは、普段の彼女からは到底考えられないくらい素直にコーヒーを受け取った。
郁三もホットコーヒーだ。
数分間の沈黙。二人は、お互い顔を合わせずに暖かい飲み物を喉に流した。
時々通り過ぎる車の音と、弱く吹く風の冷たさが郁三の耳をなでてくる。
いや、それだけじゃない。ズビズビと、リョウが鼻をすする音が聴こえる。
「……落ち着きました?」
「……少しだけ」
「そっか。よかった」
「でも、ほんと驚いた」
「……すいません。急に、告白しちゃって」
「……めちゃくちゃ驚いたから」
叩くつもりだったのだろうか。郁三の背中にリョウの掌が乗っかった。
「でも、そっか。それだけ驚いてくれたなら、隠し通した甲斐もあったかなぁ」
「いや、今のタイミングにってだけで告白自体は別に……」
「……」
「……」
「え!?」
郁三は思わず立ち上がった。立ち上がってめちゃくちゃ驚いた。
「え……!? ……え!?」
「……もしかして、バレてないって思ってたの?」
「……気づいてたんですか?」
「あれで、バレてないわけないでしょ」
「……まじで」
郁三は腰を抜かした。もちろん後ろには立ち上がったばかりのベンチがある。特に痛い思いをしないですんだ。
そして力なく頭を抱える。
「まじで……」
「朴念仁。ぼっちも、虹夏も、皆気づいてる」
郁三の心は死んだ。「ぐおぉぉ……!」とか「ぬぁぁ……!」とか悶えていた。
そして、数分後。
「……とにかくっ」
郁三は顔をあげた。その表情は、半分自然で、それでいて半分作ったような笑顔。
「変な形の告白にはなりました。でも……それは、リョウ先輩を困らせたいからじゃない」
「……説得力、ない気がするんだけど」
「俺は、リョウ先輩にリョウ先輩らしくいてほしい」
「……」
郁三は知っている。この告白に大した効果がないことを。
郁三は気づいている。リョウが自分ではなく、虹夏に感情が向いていることを。
それでも、半ば強引に、郁三自身が把握できてないこの状況をごちゃ混ぜにするように、リョウに一言想いを告げたのは。
「俺、リョウ先輩のことを知らなかったんだなって思って」
「郁三……」
「先輩のファンになって結束バンドに入って、一回逃げてまた入って……もうすぐ一年たつくらいの時間がたって」
「……」
「それで、先輩だって、きっと俺のこと、知らないなってわかった」
一年。たったの一年。自分たちにとって、人生の15分の1にも満たない時間。
「俺の知らないリョウ先輩がいるし、リョウ先輩の知らない俺もいる。……まあ、俺の気持ちは知られてたって今知りましたけど」
郁三は苦笑した。
「虹夏先輩とリョウ先輩の間に何があったのかはわからないし、突っ込んでいい事情なのかもわからないけど……でも」
鎌倉の時のことは、本当に予想がつかない。虹夏が何かを言ったのか、言わなかったのか。それともリョウが何かを言ったのか、言わなかったのか。
でも、大事な仲間たちだ。それは先輩たちだって変わらないはずだ。
だから大事で大切な人に、鎌倉で言われた言葉を思い出す。
「嘘をつくことがあったって……カッコよくなくたって、いいんだと思うんです」
「それは……」
好きになったのは、一目惚れ。これはもう、誤魔化しようがない。だって路上ライブの時にはっきりと感じたんだから。
結束バンドで一緒に行動するようになって。ただ、孤高なだけじゃないと知った。音楽が好きでベースが上手で作曲や、なんなら作詞だってできるような多彩な人だって、さらに憧れた。
でも、思ったより自堕落で。割と気を許した人に甘える癖があって。草を食べるようなとんちんかんなところもあって。認めた人に──俺に個人指導をしてくれて、優しくて。
等身大の人だった。だからもっと好きになった。
「カッコいい先輩も好きですけど……いつもの先輩だから、みんな先輩のこと、慕ってるんですよ。きっと」
だから郁三は思う。リョウには、いつものリョウでいてほしい。
郁三は頬をかいた。そして力なく、にへらっと笑った。
「そう考えたら、自然と口走っちゃってました。先輩が俺の気持ちを知って……それで、リョウ先輩の気持ちを知れるようにって」
「……」
「リョウ先輩も自分のことを話して……何も話さないでいるような、そんなストレスがかからないようにって」
それは、郁三の自分の感情に対する少しの打算はあったとしても、本心でリョウを想ってのことだった。
「俺は、リョウ先輩が苦しいと思っていることの共犯者になりたい」
突拍子もない告白は事実にしたって、本当にリョウの負担を軽くしたくて言ったことだった。
そして、その感情がわからないリョウじゃなかった。
郁三が見つめる先で。その真っすぐな瞳を見て、リョウは。
諦めたように目を細めて。
「私、ひどいことばっかなんだ」
口を──いや、心を開いた。
「私、虹夏が好きなんだ」
それが、郁三にとってひどいことだとしても。頼る手を指し示してくれた郁三の手に寄りかからないと、リョウ自身、どうしていいかわからないから。
でも、普段なら絶対にしない、虹夏以外の誰かに頼るようなことをしたのか。リョウ自身、それに気づかないまま。
「鎌倉の時に、何があったのかは?」
「……ごめん、答えられない。ただ……私が考えなしだったんだ」
「それは」
「私が……全部壊したんだ」
また、リョウの瞳に涙がたまる。
この一か月。リョウにはいつも後悔があった。
ずっと、虹夏に女子が寄り付かないようにしてた。
──だから虹夏は女子に免疫がなくて、ひとりに恋をしたんじゃないか。
ずっと、郁三自身が行動していないからとはいっても、郁三の気持ちに対して何も行動しなかった。
──だから、今、こんなにこんがらがったことになっているんじゃないか。
ずっと、勇気を出す機会はあったのに。ひとりと協力することだってできたかもしれないのに、何もしなかった。
──だから、きっとみんなが傷つくんじゃないか。
ショックはどうしても大きくて、全部自分のせいにしたくなる。
そうなると、どんなことにも自信はなくなる。
「郁三が私を好きでも……応えられないよ……応えていいような、人間じゃない」
郁三が好きかどうか、なんて次元じゃない。
「……私は、虹夏が好きなんだ。なのに中途半端に応えていいわけがない」
「そう、なんですね」
郁三の告白。それは「貴女のことが好きです」だった。「俺と付き合ってください」とは言っていない。
けどリョウのメンタルが揺らいでいても、幾分落ち着いて話すことのできた二人の間には、言葉には出さなくたって確かにその会話があった。心と心の間で。
だから、リョウの言葉ははっきりと郁三に対して答えていた。
そして、心と心の対話で断られた郁三は。
「やっと話してくれましたね」
「……」
「言ったでしょ? 俺にとっては、先輩が先輩らしくいてくれるのがいいんだって」
郁三は笑った。元気に振る舞う。
「もちろん、これで俺の気持ちが変わるわけじゃない。きっと、リョウ先輩の気持ちだって変わるわけじゃない」
「それは……」
「そうでしょ? 先輩。言っておきますけど、俺の気持ちは軽くない。先輩だってそうじゃないですか」
間はあった。でも態度に不安はなかった。
「もちろん、だよ」
心が叫びたいくらい想っていて。でも怖くて不安で叫べなくて。その全く正反対な想いが同時にあるから、
それぐらい、事実だ。リョウが虹夏を好きなのは。
郁三も、その気持ちがよくわかるから。
「でも……リョウ先輩の苦しさは、リョウ先輩だけのものじゃなくなった」
はっと、リョウが郁三に目を向ける。
「俺だって……逃げたから引っ掻き回しちゃいました。結果ひとりちゃんが来てくれたとしても、それは確かに俺がやったことだし」
郁三は、わざわざ縦に伸びる体を屈めて、リョウを下から覗き見る。
「これで共犯ですねっ」
「郁三……」
先のことなんて、どうすればいいかわからない。けど、少なくともリョウは一人じゃない。
それだけが、今確かに郁三が伝えたいことだ。
「ありがとう、郁三」
「へへ。俺にも、少しは相談してくださいね? それに、ひとりちゃんだって」
「……うん、まあ、ぼっちも色々とあるんだろうけど」
「それより先輩、今度こそお腹空いてませんか?」
「……すいた」
「なら、喫茶店行きましょう。話したいこと、たくさんあるんです」
たとえ自分のことを受けいられなくても、郁三は、カラカラと笑っている。
リョウは、本当に久しぶりに、安堵した。
「……わかった。郁三、奢って」
二人してコーヒーを飲み干して。雑談をしながら、郁三とリョウは公園を後にする。
話をしながら、郁三は心の端で考えていた。
(俺は……このままでいいのかな?)
郁三は、リョウが好きだ。ダウナーなとこも。ちょっと人に迷惑かけて甘えん坊なところも。ユニセックスな見た目でクールで、小さい背中に大きな可能性を見せてくれたあのベースも。
今、リョウは明らかに弱っていた。変に素直で、俺の話をよく聞いて、俺に弱音を吐いて。そんなギャップがまた、可愛いって思った。
けれど。
(仮に、リョウ先輩が俺の気持ちに応えてくれたとして、それは本当にいいこと……なのか?)
リョウは、虹夏が好きだ。もちろん、それは鎌倉の時には予想できた。
でも、ここまで、追いつめられるほどにリョウは虹夏のことが好きなんだと思い知った。
あの日、リョウと虹夏の間に何があって、二人の間の関係性に決定的な変化が生じたのかはわからない。
ただ、少なくとも言えることは。
──あんなに溜め込んだ想いがあるままで。俺が見ていたいリョウ先輩は、泣きながら後悔しながらベースを引くような姿なのか?
────
ひとりと別れた後の虹夏は、生気の乏しい足取りで、歩くしかなかった。
いい加減腹も減ってきて、家に帰るしかなくなって。
帰ってきた虹夏は、家が真っ暗だったことに気づいた。
(あ、姉ちゃん……今日はバンドの人たちと飲みに行くんだっけ)
結束バンドで路上ライブをするというのは星歌にも伝えていた。
だから外にいるのだろう。虹夏は今、家に
でも、今日ばかりは夕食を作る気力も起きなくて。
一度リビングに出て冷蔵庫を開けて、そして諦める。
真っ暗なまま、自分の部屋のベッドに倒れ混むことしかできなかった。
部屋のカーテンが開いていたのはたまたまだった。下北沢の光が、三階の虹夏の部屋にも届く。
ぼんやり輪郭が見える暗い世界で、虹夏は何もすることができなくて、ただ考えることしかできなくて。
「ぼっちちゃんに……好きだって言っちゃったな」
何も考えずに。ひとりの事情も考えずに。ただ、自分の心の中のいらつきを吐き出すようにした……最悪の告白だった。
告白したのだから、そこには当然相手の反応があるのに。ひとりの言葉をまともに聴かずに出ていった。
会話になってない。ただただ自己中心的な、告白ですらない何か。
「最悪だ……僕って」
寝返って、仰向けになって、たった少しの光さえ嫌になって自分の腕で両目を覆い隠して。
ひとりに嫌われてしまうんだろうか。彼女に最悪な言葉を吐いて、彼女に罪悪感を埋め込んでしまうんだろうか。
心から染み出るように、涙が出てくる。当然すぐに穏やかな呼吸なんてできなくなって、嗚咽交じりになる。
痛くなるぐらい強引に涙を拭いて、拭いて、拭き続けて。乱雑に腕を放る。
ベッドに放ったはずの手の甲に、固い感触があった。目を向ければ、そこにあったのはリョウの。
「モバイルバッテリー……」
──リョウにだって、最悪なことをした。
鎌倉で一緒に遊んだ時、あの最後の時の会話でわかった。リョウの気持ちが。
もちろん、本人に直接問いただしたわけじゃない。もしかしたら、やっぱり、勘違いなんて可能性が──
「あるわけないだろ、この大馬鹿野郎っ!!」
誰もいない場所で、虹夏は自分の胸を掻きむしった。これ以上ないくらい大声で。
──僕が想った『それだけは言ってほしくなかった』言葉を、僕は最悪の状況で言おうとしたんだ。あの態度がもう、決定打だ。
──僕の気持ちがリョウにばれてたなら、僕が感じた苦しみを、リョウだって感じたんだ。
──リョウは、どういう理由があったのかわからなかったけど、それでも勇気を出して僕をデートに誘ったんだ。それを僕は、ひたすら警戒して、警戒して、楽しさなんて二の次で。
──江ノ島の時も、普段の会話だって。僕はぼっちちゃんに目を向けて。そういう雰囲気の時に、僕はリョウが喜多くんに恋愛感情もないのに、付き合えばいいなんて思って適当にあしらって……。
「くそ野郎っ……!」
さらに強く、かきむしる。シャツの上から、皮膚がえぐれて痛い。
郁三にだって同じだ。あんなに頼りになる、親友みたいな友達に……それが彼の友達なんだとしても、無責任に勝手に行く先を願った。
結束バンドのリーダーだって? 誰一人支えられてないじゃないか。
どっしり構えるドラムだろ? 自分が一番揺られてて、なんて体たらくだよ。
何が、バンドで有名になって、STARRYを有名なライブハウスにする、だ。
バンドのメンバーの一人だって、支えられないじゃないか。
結束バンドのリーダー、失格だ……! 最悪のくそ野郎だ……!
「──うわああああああっ!!」
衝動のまま、枕を部屋の壁に吹き飛ばした。着の身着のまま、部屋に帰ってから脱ぎすらしなかったコートのまま。本当になにも持つことなく。
壁にぶつかりながら走って。壁に体を引きずりながら、朦朧として靴を履いて。家のドアを狂ったように蹴り開けて。
外に出る。白い息を気にせずに、空腹感なんてどこかに置き去りにして。
ここにいたくない、もう、ここにいたくない。そんな漫然とした欲求を満たしたくて、他のすべてを置き去りにして、虹夏は下北沢の雑踏に足を踏み入れて。
隣に話す人もいない虹夏は、どこに行けばいいかもわからないまま。夜の帳に駆け出す。
次回のタイトルは、きっと言わなくてもわかるはず……
X年後……ファン1・2号による結束バンド恋愛アンケート
Q11 伊地知虹夏に、何の曲を捧げたい?
ひとり「ひとりぼっち東京」
虹 夏「僕自身に……? Distortion!! かなあ……?」
リョウ「ラブソングが歌えない。フラッシュバッカー」
郁 三「なにが悪い。似合ってます!」
《星座になれたら》を、誰に向けて歌いたい/演奏したい?
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ひとりちゃん
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虹夏くん
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リョウさん
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郁三くん
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虹夏ちゃん
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郁代ちゃん