ひたすらに歩く。衝動のまま。
ただただ、歩く。考え事なんてない。
下北沢の街並みに飛び出した。行く先なんて決めちゃいない。
ただただ、ひたすら、頭のなかにあふれ上がる感情があって、それを前にして動かないことが苦痛だった。
でもどうすればいいかわからない。だからといって、非行なんてできやしない。
何かを壊すのは嫌だ。
でも、何もしないと苦しい。だからひたすら、歩き続ける。
最初に走ったせいで呼吸は荒げて、もう、走る気なんて起きやしない。真っ暗な道や、オレンジの街灯が空恐ろしい。ネオンが白く光る道がうざい。
とにかく、虹夏は歩き続けた。
それでも、頭の中から嫌な言葉が膨れ上がってくる。
ぼっちちゃんを裏切った。あんな意味のない、逃げ道だけの告白。ぼっちちゃんはどう受け取ったんだ。自分の恋にだって振り回されちゃうような子に、そんな重荷を背負わせて。
なんで、ぼっちちゃんを悪者にするような伝え方しかできなかったんだ。
僕がぼっちちゃんを好きで、そんなことはぼっちちゃんには関係ないだろ。ただ、ただ、ぼっちちゃんは喜多くんが好きなだけなのに。それで僕を頼ってくれただけなのに。
喜多くんが好きなぼっちちゃんを、その恋心を利用して、邪魔してそれがいけないことだっていうように仕向けて。
僕はリョウを傷つけた。
いつから、リョウは僕にそういう気持ちを持っていたんだろう。最近? 何年か前? それとも、初めて会った時から?
わからない。でも、少なくともリョウは僕を見ていた。最近の僕を見ていた。リョウの「ぼっちとは違うのか」って言葉。あれは、僕がぼっちちゃんにそういう感情を向けていたからの言葉。
だって、わかりきっているじゃないか。僕だって、ぼっちちゃんに言いたくなる時があったんだ。「そんなに喜多くんがいいのか」って。「僕じゃだめなのか」って。
言ってほしくない言葉があったんだ。「喜多くんのことが……好きなんです」なんて恥ずかしそうに嬉しそうに、愛おしそうに言う姿なんて見たくなかったんだ。胸が苦しくなって胃が気持ち悪くなって……気が狂いそうになるんだ。
じゃあ、僕が言おうとした「僕は、ぼっちちゃんのことが好きなんだ」って言葉。それをリョウが聞いてどう思うかなんて……わかりきってるじゃないか。
リョウは、大事な昔馴染みだ。大切な結束バンドの仲間だ。
どうすればいいんだよ。全くそう思ってなかった、大切な友達に対して。
僕は喜多くんよりもカッコ悪くて、最悪なくそ野郎だ。
確かに、喜多くんはバカなところがあるよ。割とオープンスケベだし。空気を読まないところがあるし。やかましいし。適当に僕に好きな人がいるとか詮索しようとしやがった。間違いじゃないけど。
《逃げたギター》事件がその筆頭だ。結束バンドを崩壊させかけたし、連絡もなしに逃げるとか何なんだよ。舐めてんのか。
でも、それは喜多くんの頑張りの裏返しでもあった。指にタコができるまで、追いつめられたように練習した結果のパニックでもあった。
それから喜多くんは頑張った。ちゃんと反省して、一からギターを練習して。そしてぼっちちゃんを独り占めして。
そうして、結束バンドにいなくちゃならない奴になって。
喜多くんは喜多くんで、自分のことを制御してちゃんとその時が来たらリョウに想いを告げる、なんて言ってた。想いを隠せてるとか思いこんでるところが朴念仁極まりないけど、あいつはあいつで信念を持って動いてたんだ。頑張ってたんだ。頑張っているんだ。
僕はどうだよ。
ぼっちちゃんを裏切って。リョウを傷つけて。喜多くんに嫉妬して。
今、結束バンドを崩壊させかけてるのは、僕が頼りないからじゃないか。僕が自己中心的に、見境なく感情に振り回されて動いたからじゃないか。
リョウは自分らしい音楽をするために。喜多くんは結束バンドで頑張りたくて、一生懸命に生きているのに。
ぼっちちゃんが、結束バンドを最高のバンドにしたいって言ってくれたのに。
肝心の僕が。結束バンドのリーダーが。結束バンドの始まりが、みんなを振り回して傷つけて、支えられもしないで。
「くそ野郎っ……!」
家でも吐いた言葉を、もう一度吐き出す。近くに人がいるとかいないとか、そんなことは関係ない。
歩き出してから、今、どれだけたったのかもわからない。ただただ、呪詛みたいな何かを心の中でまき散らしながら歩き続けた。わかるのは、まだ深夜の暗闇にいる、ということだけ。
ふと、立ち止まった。
「……今、何時だ」
ダッフルコートのポケットをまさぐる、右側、左側、ズボンのポケット。それを2往復して、ぼんやりと思い至った。
「スマホがない」
スマホだけじゃない。財布もない。鞄なんてあるわけない。
そういえば、家の鍵をかけた記憶もない。本当に、着の身着のままでここまでやって来てしまった。
ここ、と言えば。
「ここ……どこ?」
あたりを見渡した。下北沢の風景じゃない。東京とは言ったって、大通りから離れれば一車線の歩道もないような小道はたくさんある。
ここがどこかわからない。
そう思って立ち止まって、自分への暴言以外のことが頭の中にやって来た時、ようやく自分の体に溜まっていた疲れを自覚した。
「お腹減った……喉乾いた」
昼以降何も食べてない。夜以降何も飲んでない。体は変に熱い。なのに夜の風は染みるように寒い。
自動販売機やコンビニを見つけても、お金がない。素通りするしかない。歩きすぎたのか、段々足裏とか膝とかが痛くなってきた。
トボトボと歩いて、たまたま公園についた。その向こうに、都心相応の喧騒と光が見えてきたけど、歩く気力もなくなってきた。
水飲み場の蛇口で辛うじて喉だけ潤して、口元を乱雑に拭って、また数歩歩いて、ベンチに適当に座り込んだ。
「……」
下北沢から相当歩いた。
「……くそ野郎っ」
頭を働かせないと、簡単に嫌な思考が巡ってしまう。頭を働かせて外を見ると、自分の体の調子にうんざりする。
動く気力もない。
「…………」
ここで寝てしまおうか。寒いけど、ベンチがあれば寝れないこともない。風邪を引いたって、別にいいじゃないか。僕なんかが調子を崩したって。
「…………」
そんな風に考えて、涙が頬を伝う。顔を下げ、体を丸めて、自分の足に視線を落とした。
後悔しかない。
後悔しかない。
後悔しかない、後悔しかない、後悔しかない──
「あるぇ? 弟君じゃーん!」
ふと、はっきりと自分に向けたとわかる声が聞こえて、緩慢に顔を上げた。
「……は?」
「こんなところで何やってんの~?」
一瞬、誰の声がわからなかった。どうしてここにいるんだ、とも思った。
でも、本来の落ち着いている虹夏だったら一瞬で気づいて一瞬で呆れるはずだった。
「……きくり、さん」
《SICK HACK》のベース&ボーカル。結束バンドの先輩バンドマン、廣井きくりだ。
公園の敷地にやって来たきくり。彼女はいつも通りに、それはもうベロベロに酔っ払ってた。冬用にマフラーとかつけてるくせに、下駄なのは変わらないで千鳥足。深夜の公園、一応は男子学生の虹夏にお構いなしに抱きついてくる。そのままベンチに座って虹夏の背中に肩を回してきた。
酒くせぇ。ていうかまた酒飲んでいる。いつもの鬼ころだ。深夜の公園でもきくりの態度は変わらない。
「先輩から聞いたよ~? 《未確認ライオット》に出るんだってー?」
「……まあ。っていうか、クリスマスの時にはもう話してたと思うんですけど」
「あれ、そうだっけー?」
虹夏は、きくりのことは嫌いじゃない。なんなら家じゃ結構もてなしたりしている。バンドマンとしての実力
そしてそのうざがらみは、今の虹夏にとってはとことん面倒くさいもの。でも疲れに疲れて立ち上がる気力もなくて、
「ていうか、きくりさん」
「んん……?」
「ここ……どこですか?」
早々に話題を変えた。きくりのペースにはまるのが嫌だった。
「……ええ? ここは新宿だよ?」
「新宿……」
下北沢から新宿まで歩いてきたのか。でも体感だと、もっともっと歩いたような気がする。ただ、泥酔状態のきくりがいるなら新宿であってもおかしくないし、むしろきくりが新宿だと勘違いしている可能性も……
「ははー、弟君さては疑ってるな? スマホでマップ調べてみろよ~」
「……スマホ、持ってません」
きくりの眼が見開かれた。じっくりと、深い深淵のような瞳が虹夏を捉える。
うつむく金髪の少年。整えていない髪はボサボサで、寒さのせいか頬は赤くなっていて、明らかに息絶え絶え、といった様子。
きくりはとりあえず、自分のスマホをまさぐった。
「しゃーない、私のスマホで…………新大久保だったわ、ここ」
「まじで」
新宿どころかさらに北へ歩いてきた。
「おかしいなぁ……渋谷に行こうとしてたんだけどなぁ」
「真反対じゃないですか」
「まあ、世界が私に乗り遅れたんだよ」
「……時間は。今、何時なんですか?」
「1時過ぎ。もう終電ないなぁこりゃ……」
「……」
家を飛び出した時間も思い出せない。けど、さすがに日付が変わる前だったはず。2時間は歩き通していたということだ。
「でさぁ、弟君」
「えっと……」
「どうしてここにいるの?」
「……」
きくりの態度が、本気だった。
「どうやってここまで来たの?」
「歩いて、です……」
「下北沢から?」
「……たぶん」
「たぶんて」
きくりにとっての虹夏は、大学の先輩の弟。そして、目をかけているひとりがいる結束バンドのリーダー。そして結束バンドの四人としても応援している。
メンバーの中で重心とも言えるような立ち位置で、リーダーとして他の三人を取りまとめたり、自分を氷のような目線で射抜く虹夏が、春もまだの寒い日の、深夜に、子供なのに一人新大久保の公園でポツリとさまよっていた。しかも着の身着のまま、スマホすら持ってない。この分だと財布も何もかも持ってなさそうだ、と思うのは自然なことで。
どうしたって、何かがあったんだということがわかる。
きくりはストローで鬼ころをちゅーちゅー吸いながら言った。
「ま、思春期だもんねぇ。いろいろあるよねぇ。そりゃ」
「……別に」
虹夏はきくりを見れなかった。クズのベーシストを前に、全然態度は違っても、重なる面影があった。
「先輩には言ったの?」
「……」
「電話するよ?」
「……」
「電話するね」
きくりがスマホを耳に当てた。しばらくして。
「あ、先輩? もしもし、私です。えへっ、生きてまーす」
スマホの向こう。虹夏には何も聞こえない。
「あちょ切るなし! 生存報告ですよほうこく! 弟君、虹夏くんがいるんだって!」
「……」
「そうそう、そうですよー? なんか渋谷に行くつもりが新大久保に来ちゃったみたいで……違いますって!! 児童買春も未成年淫行もしてないからね!? 私そんなクズじゃないからね!?」
しばらくして、きくりがスマホを虹夏に差し出してきた。
「はい、弟君」
「……」
スマホを受け取る。画面はものの見事に割れている。
「……もしもし」
『虹夏!? お前、今どこにいるんだ!?』
音が割れるほどの大絶叫。
「……新大久保にいるみたい」
『馬鹿野郎! いるみたいってなんだ!? 廣井に妙なことされてないだろうな!?』
「……されてない。本当だよ。今、公園にいるんだけど、たまたま会ったんだ。それで姉ちゃんに連絡してもらって……」
『馬鹿野郎……! スマホも鞄も財布も全部置いたままで……心配したんだぞ……!』
「…………ごめん」
『とにかく、迎えに行くから。廣井と一緒に、どっか暖かいところで待ってろ』
「……うん」
『廣井に気を許すなよ!? 絶対だぞ!? なんかあったら警察呼ぶからな!?』
「う、うん」
「私とことん信用がないね……」
聴こえていたのか。隣できくりがうなだれてた。
きくりにスマホを返した。きくりは電話の向こうの星歌にしこたま怒られているみたいだった。それが普段のことからか、それとも虹夏の件で誤解されているのかもわからないけれど。
きくりは電話を終えて、その後もスマホを操作する。星歌に位置情報でも伝えているのだろう。
きくりは一息ついた。
「先輩、タクシーか何かで迎えに来てくれるって。私も伊地知家にお世話になろうかな~?」
「……すみません、迷惑かけて」
「いつもの弟君らしくないなぁ。いつもだったら『来ないでくださいウザイですバイトの邪魔です』とか言うのに」
「……ウザイです」
「言葉に覇気がないぞぉ?」
「ウゼェ」
「あ、今のはちょっとマジだな?」
沈黙。深夜、都会の公園。虹夏ときくりの他には誰もいない。
沈黙。車の音さえまばらで、ほとんど静寂だ。二人が黙れば音はほとんど風だけ。
沈黙──
「はい」
「え?」
きくりが手を差し出した。
「これ。鬼ころ」
「僕、未成年なんですけど」
「飲めとは言わないって。そんなことしたら私が先輩に殺されちゃうし。ちょっと持ってて」
虹夏は鬼ころを受け取った。そしてきくりは酒瓶を取り出しやがった。
「ありがとねー、虹夏くん」
「で、結局飲むの……」
ぐいっと一気飲み。
「んっんっ……んぐっ」
「うわっ……」
「──ぶはぁっ」
「うわっ……吐かないでくださいよ」
「吐かないよぉ。でも、吐いてはもらおうかな……?」
「えっ?」
唐突にきくりは動き出した。
数十センチ空いていた虹夏ときくりの距離がゼロになった。鬼ころを握っていた虹夏の手を丸ごと握り込んで、鬼ころのストローを虹夏の口元に近づけて。
酒の臭いと、きくりの妖艶な表情が、虹夏の目の前に。
「いい加減吐いちゃえよ、少年」
目の前でボロボロになっている子供がいる。
きくりは、いつかの夏の日、八景でひとりを助けたことがあった。もちろん、最初はむしろ酔いつぶれていたところをひとりに助けてもらったのだけど、それでも一人のベーシストとして、迷っているひとりを導いた。
今、きくりはその時と同じ目をしていた。
「何があったのかは知らない。辛いことがあったんだね。誰にも言えないようなことじゃないと、真面目な君がそうはならんでしょ」
「……きくりさん」
「でも言え。吐かないと、酒も心も、毒がたまる一方だ」
「きくりさんは……毒を飲んでるくせに?」
「あははー、毒を飲めるのは大人の特権~」
「……」
「子供は毒を吐かなきゃならんの。甘い蜜でも、毒だからね。だから吐けよ。言えよ」
「っ……言えません」
「言え」
「言えません」
「言えっつってんだよ」
「言えないって言ってるでしょ!」
きくりの腕をはじく。鬼ころが飛び散った。
「言ってどうなるんですかっ!?」
「言ったら、少しは楽になる」
「それで楽になって!? 行動して、みんな傷ついて……! いいわけないでしょ!?」
優しいひとりを裏切っただろう。大切なリョウを傷つけただろう。郁三の努力を踏みにじっただろう。
行動した結果が、口を開いた結果がこれなんだ。
「きくりさんに、何がわかるんですか」
「もちろん、私はわかんねーよ。無責任なことは言えねーよ」
「だったら──」
「でもさ、目の前で知り合いがあっからさまに傷ついてるとこ見て。行動しないわけねーだろ」
「っ!」
虹夏は思わず立ち上がろうとして、膝に力が入らずに転んだ。
月明りじゃない、頼りない街灯のオレンジの光。虹夏が見上げる先で、きくりの瞳が妖しく光っている。
「僕が馬鹿みたいに、何も考えないでバカスカ言うからっ! それで──」
「それで後悔しかないって?」
「っ、それで……」
「虹夏くん、私の眼を見ろ。自分の間違いばっかり見るな」
「……」
「誰だって、後悔ばっかりしてるよ。毎日毎日、こうすればよかった、ああすればよかったって」
廣井きくりは、元々はどこの学校にも一人はいるような陰キャ少女だった。今よりも暗い表情で、教室の隅にいた。
ある時、そんな自分を変えたいと思って、ロックを始めた。酒飲みに傾倒したのも、初ライブの緊張を和らげるためだった。
ある時思ったことだ。こんな人生つまんねー。こんな、成功も失敗もどこか苦い味がする。そんなあやふやになる世界なんて──
「私はもう、そんなのは最悪だって」
「……っ」
家を飛び出した時に、心を引き裂いた言葉を思い出した。
──結束バンドのリーダー、失格だ……!
──最悪のくそ野郎だ……!
きくりが、ベンチから立ち上がって。へたり込む虹夏の前で、しゃがみこむ。
「だからお酒を飲んでロックやってる。体に悪くたってなんだって関係ない。後悔したくないからね」
「……」
「君は今言ったよね。『いいわけない』って」
「……僕は」
「確かに、そんな風になってるのを見りゃ嫌なことをしたってわかる。でも、本当にそれだけなの?」
「……
「今まで自分がしてきたこと全部が、ダメなことなの?」
「……それは」
「もし、それに『そうだ』と答えるなら、それは今日の君を
『そうだ』と答えてしまいたかった。
『そうだ』と思いたかった。
口の中の、本当に歯の部分まで出かかっている言葉が、最後の最後で出てこない。
「言えないでしょ。そんなこと。先輩や、結束バンドのみんなを裏切ることになるから」
この数週間、何度涙を流しただろう。
その度に、何度自分を殺したくなっただろう。
最悪だと言いたい自分。最悪だと言えない自分。その全く正反対な想いが同時にあるから、
そうすれば、心の軋みから、また涙の雫が零れ落ちる。
顔がぐちゃぐちゃに歪んでいく虹夏がいて、それを見たきくりは、虹夏の頭の上にポンっと手を置いた。
「ま、確かに私もお酒を飲んでさ。毎日酔って、酔いがさめたら昔みたいに……今のぼっちちゃんみたいになるし」
「え……うそ」
「嘘じゃないよ~? もう超絶美少女だったんだぜ? ……たぶん」
「……あの、『ぼっちちゃんみたい』だけは訂正してください」
「君わりとひでぇこと言うな」
きくりは酒を水のように煽った。
「とにかく、それでできた縁とか演奏は、私の何よりの宝物だ。それだけは絶対に後悔しないよ」
きくりの言葉は力強かった。
「君はないの? 泣いちゃうくらい、ボロボロになっちゃうくらい苦しいことの中に、『本当に良かった』って思えることが」
虹夏の脳裏に、たくさんの思い出が蘇る。嫌だったことも、楽しかったことも。
数時間前、失敗した路上ライブ。ひとりを傷つけた光景。
楽しかった鎌倉風景に、墨汁をぶちまけたように歪む、リョウの顔。
ひとりに想いを明かされた宅録。
苦しくて、つらくて、ボロボロになる、思い出の中に。
「……あ」
──あの瞬間……僕には君が、正真正銘のヒーローみたいに見えたんだ。
大切な想いがあった。
──僕はリョウのベースが好きだよ。斜に構えた感じで、ちょっと調子に乗って、自信満々な……僕には出せない音が。
リョウにとってはつらいかもしれなくても……それでも、自分の隣にいてくれるリョウへの想いがあった。
──僕もずっとバンドやりたくて、引け目を感じるのも、それでもまだ憧れちゃうのもわかるんだ。
郁三と仲良くなれたきっかけは、彼に感じたシンパシーだった。
──僕の夢は、姉ちゃんの分まで人気のあるバンドになって、STARRYをそんなバンドを生み出したすごい場所だって有名にさせること。
自分の夢があった。
つらくて苦しくて、涙が止まらない出来事の中に。
リョウをバンドに誘ったこと。ひとりにサポートギターを求めたこと。郁三が結束バンドに戻ってきたこと。
オーディションの達成感。初ライブの疲労感。芽生えた恋心。江ノ島。秀華祭ライブ。
虹夏の瞳から、さらに大粒の涙があふれていく。
でも、今度は顔が悲しみに歪まない。
誰かの声が、聞こえた気がした。いや、誰かの声を思い出した。
──虹夏、夢はね。
──どんな辛いときも。
──道を照らしてくれる光になるんだよ。
虹夏の顔が街灯の光に照らされて。大粒の涙が光って。
悲しみの中に、たくさんの光が。
きくりが、優しく笑った。
「それが、君が本当に手に入れたものだよ」
★サブキャラプロフィール☆
《廣井きくり》
ライブハウス《新宿FOLT》を拠点に活動するバンドグループ《SICK HACK》のベース兼ボーカル。
身長158m、体重43kg。BMIは17.2。厚生労働省の標準BMIは22。つまりきくりの推奨標準体重は54.9kg。お米食べろ。
元々陰キャだったのが、お酒の力で緊張を紛らわしてライブをするうちに酒クズベーシストになった。
伊地知星歌とは大学の先輩後輩関係。たまたま出会ったひとりに路上ライブで指南、ライブに対する姿勢を説いた。以降、たびたびSTARRYに訪れては酒の匂いをまき散らしながら結束バンドを応援。潔癖な客の入場を妨げているとかいないとか。山田リョウと以心伝心。
築50年越えの風呂無しアパートに居住中。度々伊地知家にお邪魔しては風呂を借りて、何も知らない虹夏が風呂場に入っちゃってラッキースケベが起きているとかいないとか。でも虹夏は微妙に興奮できないとかできるとか。
《フラッシュバッカー》を、誰に向けて歌いたい/演奏したい?
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ひとりちゃん
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虹夏くん
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リョウさん
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郁三くん
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虹夏ちゃん
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郁代ちゃん