ネオンの明滅とリンクするように、軽快なシンバルの音。
どよめきとは重ならないで、確かに存在を主張するドラムの拍動。
「こんばんは! 《結束バンド》です!」
虹夏が存在を主張した。
いろいろなジャンルを経ての学生バンド。地下アイドルのファンにしたって、デスメタルバンドの観客にしたって、リーマンシンガーの同僚にしたって、大して見向きもしない他ジャンルのバンドだ。虹夏は惜しげもなく声を張り上げて、ライブハウスにいる全員に向けて注意を引く。
「今日は来てくれてありがとう! さっそくだけどメンバー紹介するよっ!」
ドラムのリズムを崩さず、けれど曲から始めることはない。
最後に思いっきりシンバルを叩いて、ドラムスティックでリョウを示す。
「ベース、山田リョウ!」
リョウは間髪を入れず、思うままに両腕を操作した。
ギターヒーローとしての実力を如何なく発揮した時のひとりを除けば、結束バンドの中で一番の実力者はリョウだ。たかだか学生バンド、けれど作詞も作曲もできるリョウの実力は確かに人を惹きつけるものがある。
演奏ではまずないベース、リョウのソロが光る。
リョウ自身、ソロを演奏するのは久しぶりだから気持ちがいい。少し悦に入りたくもなる。でも、それだけじゃない。
(ああ、いいな──)
虹夏が私の名前を呼んでいる。
鎌倉の時以来、まともにしゃべれなかった。すごく、すごく辛かった。
結局、私は虹夏が好きで、臆病で。だからどうすればいいかなんてわからない。
でも、私たちは四人で一つの結束バンドなんだから。私も一つ、できることをやらなくちゃならない。
(あー、ソロ最高)
路上ライブじゃ、ぼっちと郁三に助けられた。今度は、私と虹夏が二人を助ける番だ。
それはライブに限った話じゃない。
郁三は、私が虹夏を好きなのを知っても励ましてくれて。ぼっちは、たぶん虹夏と色々なことがあったのにそれでも踏ん張った。
それなのに、虹夏に想いがばれただけの私が動けなくてどうするんだ……!
虹夏の掛け声を受けて、想い想いにベースを弾く。これが観客へ送る、虹夏へ捧げる想いの前哨戦だ。
『私にだって、ぼっちや郁三に負けたくないことがあるんだよ』
ライブ直前の自分の言葉を聞いて思い出したことがあった。約束という名前の呪いを星歌にかけられたときのことだ。
でも、そういえば。《未確認ライオット》に出ると決めた時、考えたことがあったんだ。
──私は、虹夏に、ついていく。
──きっと、何かをしようとする虹夏の、みんなの助けになる。
なんだ、私は。
最初から、虹夏に呪いをかけられてたじゃないか。
かけた呪いがどれだけ強いか、思い知ってよ。虹夏。
この想いよ届けと。ぼっちが路上ライブでしたように。
(聴けよ、虹夏)
会場に響くベースソロを、ただ一人のためだけに弾いてやる。
それをひとしきり聴き届けた虹夏は。
「……リードギター、後藤ひとり!」
一瞬の間を作ってから、今度はひとりを示した。
今度はひとりのソロパートだ。
虹夏が提案したのは、単純明快、けれど効果のある自己紹介。
いつもはバンド名の紹介しかない。それほど長いセトリでもないし、メンバー紹介はMCの中でちらっと流すくらいだった。秀華祭のMCがいい例だ。
だから、自己紹介の後にそれぞれのソロ演奏で観客の気を引くことを提案した。虹夏にとっては、ひとりと郁三のおかげで立ち直れた後のライブ、失敗したくはないし、後輩たちを支えたいと思った。何より、そんなすごい後輩たちの魅力を、リョウの魅力を引き出したいとも思った。
リョウの出だしは上々、そこに続くひとりの演奏だって、観客の目を釘付けにする。
その腕前は彼女の台風のライブを知っているなら疑うはずもない。あの時は、静寂を切り裂く鋭さがあった。今は、仲間と一緒にライブを盛り上げる力強さがある。
それはリョウの熱を受け継いで、観客のメタラーたちをも大いに沸かせた。
(背を向けたいぃ……!!)
背を向けたい。注目されてる。とても恥ずかしい。
でも、背は向けない。
この間の路上ライブに比べたら、すごくいつも通りの緊張だ。もちろん逃げれるなら逃げたいし、自己紹介パートと言われて「とっておきの一発ギャグでも」と思ったのに虹夏くんに秒で却下されてしまった。
でも、演奏は期待された。
『その代わり……カッコイイ演奏、できるよね!』
結束バンドが復活して最初のライブ。迷って迷って、たどり着いたわたしたちの、二度目の初ライブ。逃げるなんてできやしない。
傷つけた虹夏くんがそれでも笑顔を向けてくれて。泣きじゃくりながらそれでもリョウさんが帰って来てくれて。喜多くんがいる結束バンド。
それがあるなら、もう迷わない。
わたしらしい演奏を──
「ボーカル、喜多郁三!」
「ボーカル、
未だに名前呼びに少し忌避のある郁三の番だ。リョウとひとりほどには上手くない、それでもずっと練習した時間は郁三の力になって、迷いのないストロークを産み出した。
「初めて会う人、初めての場所! そんなライブからしか得られないものがあるし、今日はみんなで楽しもうっ!」
それだけじゃない。フロントマンの郁三はトーク力もある。
「小田急、京王、下北沢! このライブハウスの場所は? 東武、西武、池袋ー!」
周りを巻き込むのは郁三の得意とするところ。《天使のキューティクル》のファンたちが、フリに気づいて興味を持ってくる。
それだけじゃないメタラーもリーマンも、今、誰もが結束バンドを注目してる。
「改めて──ドラム、伊地知虹夏でーす!」
そしてドラムをリズミカルに叩いて、虹夏が大声を張り上げた。
「僕たちのオリジナル曲、《星座になれたら》やります!」
最初の曲は、ゴリゴリのバンドじゃなくて少し落ち着いた曲からと決めた。だから、《星座になれたら》を選んだ。
秀華祭の時に郁三のアドリブとひとりのボトルネック奏法が多いに盛り上がった《星座になれたら》。
その作曲の意図をしっかりと理解しているのはひとり。なんとなく知っているのはリョウ、ある時、理解して少し動揺したのは虹夏。
郁三は知る由もない──そう、他の三人は思ってる。
でも郁三は知っている。簡潔に、確信を知っている。
それでも郁三は歌う。《星座になれたら》と。ひとりの想いを、郁三が歌う。
秀華祭でも、《忘れてやらない》のハイテンポから打って変わって落ち着いた曲調は学生たちを惹きつけた。
今回はひとりの弦は切れない。楽譜通りの《星座になれたら》が、会場の雰囲気を柔らかく盛り上げた。
そうして、観客たちも結束バンドのライブを楽しみ始める。
「続いて──《あのバンド》!」
追撃の手は緩めない。虹夏が声を張り上げた。
一転、重低音が硬く鋭く静寂を切り裂いた。
会場を和ませるだけじゃない。自分たちはこんなこともできるんだと、そこにいる全員に存在を主張してみせる。
ドラムを叩いて、三人の様子だけじゃない、会場の熱気も確認して、虹夏は忙しく視線と手元を動かす。
(……みんな調子がいいな。よかった)
リョウもリョウらしくできている。ひとりも、ギターヒーローじゃないひとりとしての演奏ができている。
強いて言うなら郁三が少し固いような気がするけれど、その反省はまた後に取っておけばいい。少なくとも、今この場所で致命的な欠陥に繋がるような声色じゃない。
(……よかった、本当に)
ライブの熱狂につつまれながら、それでも感じたのは安心だ。
自分が作ったバンドを、自分の行動で壊してしまった。リョウやひとりを傷つけて。
でも、たくさんの人たちの、何より自分たちの願いがあって、結束バンドは今も繋がったままでいる。
そうだ、ライブ直前に自分が言った『僕にはみんなが必要なんだ』っていう言葉は、誇張ないその通りの気持ちなんだ。
ひとりもリョウも、あんなに傷つけてしまったのに、ひどいことを言ってしまったのに、それでも一緒にいてくれている。
いつまでも彼女たちに甘えてはいられない。
ひとりが路上ライブで想いを届けてくれたように。
(今度は僕が……二人に向き合わなきゃいけないんだ)
ひとりぼっちで逃げ出したあの時とは違うから。
その結果どんなことになったって、向き合わなきゃいけないんだ。
そのままでいろ? 行動しない方が無難に終わるって?
ふざけるなよ。みんな、僕のためにがむしゃらにやってくれたのに。そんな体のいい常識なんかに囚われてたまるか。
今喜多くんが歌っている曲を聴いてみろ。それが今の僕の気持ちだ。
常識なんてくそくらえ。そんな踏切の雑音なんて聴きたくない。
聴きたいのは、僕たちだけの音なんだ。
────
《あのバンド》を聴いて、会場がさらなる熱気に包まれて。自分たちのラストの瞬間がやってくる。
「ラスト新曲やります!」
虹夏が他の三人を見た。ひとりもリョウも頷いて。
郁三も、真っすぐに虹夏の眼を見た。
「《グルーミーグッドバイ》!」
虹夏の掛け声と共に、四人全員の楽器が一斉に空気を轟かせた。
それぞれが他の音を支えながら、それぞれが自分の音をはっきりと主張する。
《グルーミーグッドバイ》。意味は憂鬱な別れ。いつものひとりと同じ。暗い歌詞の中には、前向きで少しだけ明るい希望が差している。そして、リョウがその歌詞に音を宿した。
リョウが作曲した頃は最悪な心境だった。虹夏がひとりを好きでいる、そのストレスが頂点に達した時だった。それに虹夏の一言が引き金になって、ある意味暴走してしまった時のことだ。それがなかったら、虹夏とリョウが鎌倉に行くこともなかったかもしれない。
虹夏への恨み言みたいな恋心と、ひとりへの羨ましさと、郁三への申し訳なさと。その現状からどこかへ逃げたい、でもどこへも行きたくない感情があった。
別れそのものが憂鬱だ。悲しいだけなら、嬉しいだけならこんなに憂鬱にはならなかった。
ひとりのある意味前向きな歌詞、リョウの寂しさを爆発させたような曲調。それが、聴く人によっていくらでもイメージを変える。
それを歌う郁三は、何度もこの曲を練習した。未確認ライオットに出るための試金石だったから、それまでの曲以上にたくさん悩んで練習した。
PAさんの下で手掛けたレコーディング以外では初めての本番だ。
(『憂鬱な別れ』か……)
歌詞の意味を考えるようになった。半年前までの自分にはほとんどなかった考え。ひとりちゃんとさっつーの話を盗み聞きしてしまって、《星座になれたら》に込められた意味を知った。
だから、《グルーミーグッドバイ》のそれも考えてしまうんだ。ひとりちゃんが何を思って歌詞を産み出したのか。
そして歌詞だけじゃない、曲調とリョウ先輩のことも考えた。もちろん作曲に関しては素人だから『こんな感じ』としか理解できないけど。
考えなかったことを考えるようになった。これは自分にって大きな違いなんだ。
鎌倉でひとりちゃんと共感し合ったのと同じ。例えたくさんのことが違っても、たった一つ、『誰かを好きでいる』と言うことが同じだった。
(虹夏先輩を好きなリョウ先輩の気持ちが入ってる。少しだけなのか、曲の全部かはわからないけど)
恋愛は、当事者にとっては大事だ。今ならひとりちゃんの気持ちも、リョウ先輩の気持ちもよくわかる。
でも、だからこそリョウ先輩は無意識に希望を求めたのかもしれない。ひとりちゃんが作り出した前向きさと真っ向から対立しないで、曲調も寄り添っているように感じるんだ。
ひとりちゃんにとっては、鎌倉に行く少し前のことだから、好調だったのか。俺なんかのために。そう思ってくれるなら、嬉しさは……ある。
とにかく、今の俺が感じる《グルーミーグッドバイ》は、寂しさと戸惑い。
(……寂しくて、戸惑っちゃうんだ)
別れが寂しいのか、寂しさと別れることができるから嬉しいのか、わからないから戸惑うんだ。
こんな俺が、今どうして、観客を沸かせるように歌えるのかがわからない。わからないから、迷うままに歌うしかない。《グルーミーグッドバイ》とそれを作った人たちを知る自分の感情を、正直に。
それで観客が湧くのなら、いくらでも。
────
《グルーミーグッドバイ》が最高潮になる。別れの寂しさから、前向きになって。少しの笑顔がみえる。
観客はもう、違うジャンルだからなんて理由で戸惑いはしない。誰もが一緒にこの時間を共有して、楽しい気持ちが伝染していく。
楽しいのは観客だけじゃない。結束バンドもだ。
たくさんの後悔を飲み込んで、でもそれは諦めたわけじゃない。
やけくそに楽しむけど、それは投げやりになったわけじゃない。
虹夏もリョウも、リズムが走ってる。ひとりさえも、コントロールができなくて主張が激しくなる。
けど、これでいい。
いろいろな問題を抱えた自分たち、そんな今の自分たちだからこそ奏でられる音がある。
今の自分たちなら、どんな場所だって沸かせることができるんだと、半分冗談で、半分本気で思える。
自分たちは一度締めたら切ることでしか解くことのできない、無機質な
自分たちは、確かに《結束バンド》なんだと胸を張って言えた。
問題だらけのブッキングライブ。《結束バンド》は、観客を最高潮に盛り上げて最後まで走りきった。
そしてライブ終わり。
「ギターカッコよかったです……!」
「あっあっあっ……」
「ベースもよかったです! 天キュルと一緒に推していきます!」
「ども」
物販の時間。作ったばかりの簡単なCDや、リョウが冗談半分で作ったメンバーキャラの結束バンドなんかを出して、メンバー四人で、声をかけてくれるたくさんの人たちの対応をしていた。
全員かはわからない。でもリョウの言ったように、「ここにいる客全員ファンにするようなライブ」ができた証でもあった。
対人ではやっぱりリョウとひとりが心もとないけど、郁三がいつもの陽キャぶりを発揮して対応している。郁三がいれば問題はなさそうだった。
「ライブ、お疲れ様でした……! よかったらこの後、皆で打ち上げしませんか?」
「やたー! やりましょ~!」
天キュルのメンバーの一人にそんな風に誘われて、郁三がいつも通りにはしゃぐ。天使が顔をほのかに赤らめていることには気づかない。相変わらずの朴念仁。
そんななか、虹夏は観客の中に見知った顔を見つけて駆け寄った。
「姉ちゃん、来てたんだ」
「まあな」
星歌だ。
「STARRYはどうしたのさ」
「あいつに任せた」
「また……PAさんが怒るよ?」
「いいんだよ、あいつ優秀だし」
「でも僕らがいない日に店長まで抜けるのはきついって」
「まあなあ。そろそろバイト増やすかな……」
あまり反論できなくて、星歌は頭を掻いた。心配になって虹夏たちの様子を見に来たブラコンだった。
「観に来てくれてありがとう。心配かけちゃって」
「最近の様子なら問題ないとは思ったけど、一応な。このライブ自体いろいろ問題もあったし」
「もしかして姉ちゃん、ブッカーさんのこと知ってたの? だったら教えてくれてもいいんじゃ」
「お前らそれどころじゃなかっただろ」
「あー、まあ」
今度は虹夏が頭を掻いた。
「お前もぼっちちゃんも、リョウも喜多も。前の調子が戻ってきたみたいでひと段落だよ」
「そっか……」
「だからと言って、満点じゃない。油断はするなよ」
「もちろん。ところで、さっきライブの時誰かと一緒にいた?」
「……いや、別に? 『お前らのこと知ってんのか』って聞かれただけだよ」
「ふーん」
星歌の少しの沈黙が気になったけど、虹夏はそれ以上は問いかけなかった。
「どうだ? 今日は廣井たちもいないし、お前たち四人ならまた奢ってやるけど」
「あー……喜多くんが他のバンドの人たちともう打ち上げの場所話してるから」
「そか。じゃあ、バイトのシフト調整しとくから来週あたりでも四人で遊んで来いよ」
「え? いいよ。どうして突然」
「また私に『バンド名変えろよ』とか言われたいのか?」
それは、江ノ島に遊びに行く前のことだ。誰も夏休みの間ひとりと遊んでないことに対して星歌が投げつけた言葉だった。
確かに、結局あの日以降長い時間を使って四人で遊びに行ったことはない気がする。
記憶に新しいのは、ある意味で抹消したい鎌倉の日だけだ。
「でも……」
「仲良しバンドなんだろ? 今なら……腹割って話せることもあんだろ」
「まあ、あるけど。話せることも、話したいことも、話さなきゃならないことも」
「だろ。バイトのお前らが調子悪いままじゃ、STARRYの運営にも関わるんだ。さっさと行ってこい」
「なんか、要求レベルが高いなぁ」
「そりゃ、一人だけにきついことは言えないからな」
虹夏は知らない。リョウに話した約束のことだった。
虹夏は少しだけ遠くを見て、やがて決心したように頷いた。
「……わかった。みんなには話しておくよ。ありがとう姉ちゃん」
「おう」
星歌が虹夏の頭を撫でた。
「いいライブだったぞ」
虹夏は照れくさそうに笑った。
「……でしょ? 人気バンド、なっちゃうかもね」
ぼざろとシーパラのコラボを確認しました。
あれかな、『27 はつもうで』は予言書だったのかな?