4月30日。
結束バンドメンバー四人は、電車に乗り継いで東京都と神奈川県の境目付近に来ていた。
「よみ瓜ランド、僕は初めて来たな」
「ほんとですか? 俺は友達と何度か来てますけど」
「じゃ、道案内は郁三に任せた」
「ヒト……タクサン」
ひとりはともかくとして、下北沢からよみ瓜ランドまではそんなに遠くない。自宅も学校もバイト先も下北沢周辺の郁三にとっては格好の遊び場だ。
天気は快晴、運がいい。GW前だから気温も暑すぎず寒すぎなくて過ごしやすい。
「……で、発案者の店長はいないの?」
入場口で仲良く並んで受付を待つ間だ。リョウは虹夏に聞いてきた。
「姉ちゃんはSTARRYが忙しいからって。PAさんと馬車馬みたいに働いてるよ」
「俺らいいんですかね……? ここで遊び呆けちゃって」
「まあ、姉ちゃんが行ってこいって言ったんだし。今回は甘えようかなって」
「あっ本当に、店長さんにか、感謝、ですね。もっ申し訳ないです」
「ぼっち、顔が申し訳なさじゃなくて嬉しさで爆発してる」
「あっへっへっへ」
バイトがなくてうれしさ満点のひとりだった。結果、人が多いテーマパークに来ているけど。
この間のブッキングライブ後の通りだ。星歌が発案して、虹夏がそのまま他の三人に伝えて、特に反対意見もなく結束バンド四人はそのまま一日休みになった。
その後、虹夏と郁三を中心に「どこに行こうか」という話で盛り上がって、何度か「あーでもないこーでもない」という問答を経て、よみ瓜ランドに落ち着いた。
ちなみにリョウとひとりはいつも通りに流されガールになっていた。
入場料を払って、四人はお互いを見た。
「というわけで、今日はブッキングライブの打ち上げだ」
「久しぶりにみんなで遊びに来られましたね」
「……そうだね。江ノ島以降は文化祭だグランプリだって色々忙しかったし」
それに単なる打ち上げだけじゃない。今日は、結束バンドのある意味での運命が決まる日でもあった。
「未確認ライオットの審査の結果が来る日、ですよね!」
郁三が言った。
2月に《グルーミーグッドバイ》のレコーディングを終えた。そこからもう2か月がたった。
その間にもいろいろなことがあったけど、まだ未確認ライオットは始まってすらいなかった。
ここからネット審査があって、ライブ審査があって、フェス審査に続く。
虹夏のスマホには、まだ合格の連絡も、不合格の連絡もどちらも届いていない。
「だから、審査通過の前祝い、とでもいえばいいのかな? ……現実逃避じゃないよ? ほんとだよ?」
「虹夏、それを現実逃避って言うんだよ」
「うるさいよっ」
「まあ、現実逃避したい気持ちは俺たち全員一緒ですし」
「そっそうですね」
ひとりが同調して、郁三は目を細めた。
虹夏が手をたたいた。
「とにかく、今日はいろいろな苦労を忘れて楽しもうよ! せっかくの姉ちゃんの好意に甘えよう」
「ま、賛成かな」
「まずはどこに行きましょうか──」
「ぼっちちゃんは何に乗りたい?」
「あっわたしは──」
そんな風に、それぞれ好き勝手に喋りながらパークの中を歩く。
歩きながら、話しながら、虹夏は考えていた。
星歌が用意してくれた、たぶん自分だけでは色々と心に引っ掛かって誘えなかった、結束バンド四人での時間。
精一杯楽しんで、それだけじゃない。腹を割って、話したいこともある。
それが、デモ審査の合否通知と同じ日になってしまった、というのはまた考えなしの無責任かもしれないけど。
それでも、今は覚悟を決めていられる。
どうか、今日がいい一日になりますように。
「僕はジェットコースター乗りたいかな~」
「フリーフォール! あれが爽快ですよ!」
「ぼっち、バンジージャンプあるって」
「ムリデスムリデスムリムリムムムム!!」
歩きながら、以前のみたいに、少なくとも表面上は屈託なく笑っている。
虹夏は知らない。
自分と同じように考えているメンバーがいることを。
────
手始めに適当なジャンクフードを買い歩きしながら園内を歩いて、最初に目に付いたのはアシカショーだった。
『アシカのかん太くんでーす!』
MCのお姉さんの進行に合わせて、《かん太くん》が挨拶をしたり、手を合わせたり、ボールを頭にのせたり。
土日のよみ瓜ランドは、家族連れから学生集団からカップルまで人が多い。アシカショーも大人気だ。
郁三はどんなとこでも楽しめる。子供っぽいとか女の子っぽいとか、そういうものは気にしない。リョウはなんだかんだで、陰キャでも寂しがり屋でみんなとの時間を楽しんでいる。
虹夏は隣に座るひとりの様子をちらりと見た。
アシカショーを観るひとり。少しだけぽけーっとしながら、虹夏の視線に気づくこともなくアシカのかん太くんを観ている。
(……やっぱり、可愛いな)
ひとりがポロリと涙を流した。
(……アシカが羨ましくて?)
両手を合わせて泣きながら祈り始めた。
(……アシカになりたくて?)
ようやく、少しはひとりの考えていることが分かるようになったのかもしれない。
郁三がリョウと話している。
「ぼっちちゃん、楽しめてる?」
「あっ……虹夏くん。はっはい」
「いつもはこんなに人が多いとこなんて来ないもんね。ストレスは大丈夫?」
「あっはい。もっもちろん苦手ですけど、慣れてきた、というか」
「ぼっちちゃんにしてみれば、衝撃尽くしの一年だったもんね」
「あっはい」
「だから……アシカが羨ましいなんて思わないでよ?」
「がっ……! ど、どうして!?」
「少しはわかるよ」
虹夏は笑った。
「一年間、ずっとみんなと一緒にいたからね」
アシカショーを見終えたことには太陽は完全に真上に昇っていた。
そんな晴天だからか、逆に真っ暗闇を思い出した郁三がいた。
「俺……秀華祭でひとつ後悔してることがあるんだ」
「きっ喜多くん……それって?」
「お化け屋敷に行ってないんだ」
虹夏が相槌を打った。
「あー……そういえば喜多くん、あの日はふたりちゃんと遊んでたね? 行かなかったの?」
「幼稚園を気軽にお化け屋敷には連れていけなくて」
「ふっふたりなら喜んで入ると思いますけど……」
「同感。あのミニぼっちは鈍感だから。ベースの音を気にいりゃしねぇ」
「それは鈍感と関係ないでしょ。リョウは少し自重しなよ……」
秀華祭の時、ひとりは父親の直樹と、虹夏はリョウと、そして郁三はふたりと一緒に校内を歩いて回った。もちろんその後も四人で遊んだりはしたけど、そんなに長い時間じゃなかった。
「あ、そういえば私と虹夏はお化け屋敷行ったけど」
「あー……確かに行ったねぇ」
「羨ましい! というわけで、お化け屋敷リベンジです!」
『え……』
次の瞬間には、郁三が他の三人を引きずってお化け屋敷に入ることになった。
さすがに高校生が作るお化け屋敷よりは本格的で、虹夏とひとりは結構本気で怖がる。リョウは比較的無だし、郁三は楽しんでた。
「ヒィ!?」
「ぼ、ぼっちちゃん……! 順路こっちだから……!」
「いやー、怖いなー! 楽しいなー!」
「喜多てめえ絶対怖がってないだろー!」
笑ったり叫んだり爆発したりしている三人を眺めながら、リョウはため息を吐いた。
「虹夏、やめとけ。郁三には勝てない」
「うっせーわ!」
何が勝てないのか、というのは言わなくてもわかる二人だった。
虹夏が怖がってんのに、怖がってるぼっちを守れるわけないだろ。そんな風に思う。
だから、私にしとけよ、なんて考える。楽し気に。
お化け屋敷を出た四人は、特に虹夏とひとりが消耗しかけていた。
「お次はこれ! コーヒーカップ!」
「喜多くん体力すげえよ。ていうか……」
「はい?」
「僕ら全員そういうのタイプじゃないでしょ。リョウもぼっちちゃんもはしゃがないし、僕らも男子高校生だよ?」
「珈琲美味しいじゃないですか」
「日本語通じてる?」
十分後。虹夏は普通にはしゃいでいた。二人一組で乗ることになり、なぜか野郎二人で楽しんだ。リョウとひとりは別のカップに乗ってゆらゆら揺られてた。
「あー……なんか普通に楽しんだ」
「良かったね、虹夏ちゃん」
「からかうな、リョウ」
「コーヒーカップ好きなんだ。かーわいー」
「殴るぞ」
先輩二人が久しぶりに追いかけっこを始めるそばで、郁三は目を回しているひとりに手を差し出した。
「ひとりちゃん、大丈夫?」
「……世界が回ってます」
「少し休む?」
「い、いえ……もっと遊びたい、です」
ひとりは最初とは違って、確かに体力もついたし人と喋れるようになった。なんとか立ち上がって、郁三に向かって笑いかける。
もっと遊びたいのは本当だ。楽しくて楽しくてたまらない。
疲れるけど、それ以上にみんなといる時間が嬉しいから、ひとりは前に郁三に話した気持ちを、今度は全員を対象にして言える。
「み、みんなと遊ぶのが楽しいから……無茶、できちゃいます」
「……そっか」
郁三は覚えている。鎌倉で遊ぶのを決めた時のことだ。《グルーミーグッドバイ》のレコーディングに悩んでいるときでもあった。
そんなひとりを見るのが嬉しくて、そして少し胸がきしむ。
とはいえ、鎌倉でのひとりの憔悴ぶりを知っている郁三としては素直にうんとも言えなかった。
「まあ、ちょっとでも休もうよ。そこにベンチもあるし」
「あっはい」
イエスマンひとりだった。
リョウを追いかける虹夏、そんなよく見た光景を眺めて、郁三はひとりをベンチに誘って。
「先輩たち、よかったね。いつもの調子に戻って」
「は、はい……本当に」
鎌倉の出来事以降、先輩組の様子やそれ以外のことにも苦心してきた後輩組だから共有できるシンパシーだった。
「……本当に、よかったです。頑張ってライブしてよかった」
「ひとりちゃん」
ひとりが発案した──というより希望したライブ。『自分の本当の気持ちを伝えたいんだ』と、『でもわたしは音楽でしか伝えられないんだ』と、そう郁三に言っていた。郁三とひとりから、きくりと星歌に事情を相談して、星歌はさらにリナに相談して、リナもきくりも快く引き受けてくれた。
その甲斐があって、観客にとってはどうかはわからなくても、少なくともひとりと郁三にとっては間違いなく大成功になったライブだった。
目の前で虹夏とリョウがいつも通りでいるのだから、大成功以外の何ものでもない。
『……』
ただ、二人とも思い思いに話せるわけじゃない。
ひとりは、郁三に聞きたいことがある。その後、リョウへの『励まし』はどうなったんだろう、ということ。
郁三もひとりに聞きたいことがある。虹夏とどんな話をしたのか、ということ。
でも、怖くて聞けやしない。だから沈黙になってしまう。
言葉を少しでも間違えれば、それが地雷になってまた爆発してしまうんじゃないかと、尻込みしてしまう。
だから、郁三は話題を変えた。
「……デモ審査、合格するかな?」
「どっどうでしょう」
「……」
「……」
気合は十分にあるけど自信はそんなにない。
「でっでも、レコーディングの時の喜多くんの声、とってもよかったってお、思いました」
「そう? ありがとう。でもまあ、また自信なくしちゃったんだけど」
「そっそうなんですか?」
「うん」
歌詞の意味に共感できなくても、『何かを変えたい』という想いが共感できればいい。次に、自分がどんな想いを乗せて歌えばいいのか。
「それがわからないから、正直ブッキングライブも不完全燃焼でさ」
どうすればいいんだろうか、と郁三は考えている。リョウの気持ちとひとりの気持ちを受けた、結束バンドの歌を、自分はどう歌えばいいのか。
虹夏とリョウがようやく息を切らしながら追いかけっこを終えて──お仕置きを受けたリョウがちょっとボロボロになってた──ゼハゼハしてる。そろそろ、休憩してる自分たちに気づいて戻ってくるか。
そんなことを考えつつ、ひとりは郁三の言葉に思案を巡らせた。
郁三の歌がレコーディングの時とまた違っていた、というのはひとりも気づいていた。秀華祭の時みたいに活発に歌うわけではなくて、けれど初ライブの時みたいに完全に音程がくるっている感じでもなくて。大人しいと、あえて言うことができるような、そんな声色。
ただ、悪くないとは思った。ひとりは正直に返す。
「でも、そんな喜多くんの声もよかったって、思いました」
「そうかな」
「《グルーミーグッドバイ》は、わたしとリョウさんが作って、虹夏くんがリズムをとって、喜多くんが歌うから……迷って歌うような感じでも、い、いいと思います」
「でも、路上ライブのひとりちゃんみたいに強いメッセージ性っていうのが、どうしてもなくてさ」
「それはたぶん……」
ひとりは続けた。これ以上ないくらい。ピッタリな言葉があると思った。
「伝えるだけが想いじゃないから……表に出なくもいい、みたいな想いがあってもいいと思うんです」
郁三の眼が、細くなった。
どうして細くなったのか、ひとりは気づかない。
「でもそれは辛い……よ。吐き出さなきゃ」
「でも、全員が言葉を選ばないで伝えちゃったら、大変なことになっちゃいます、から」
「……」
「でっでも、喜多くんは迷いがなくなったら、ちゃんと想いを載せたほうがいいと、思います。その方が、喜多くんらしいから」
「……そう、だね」
ちょうどいいと言うべきか、間が悪いと言うべきか。虹夏とリョウがやってくる。
「二人ともお待たせ~」
「大丈夫です、俺ら休憩してましたから」
「ごめんね、リョウがすばしっこくて制裁するの大変でさ」
「……筋骨隆々の虹夏の幻覚が視えた」
「自業自得だ馬鹿リョウ」
「あはは……次はどこ行きます? それとひとりちゃん、休憩は大丈夫そう?」
「あっはい。大丈夫です」
虹夏が手を挙げた。
「あっ次ジェットコースター乗りたい!」
「いいですね」
「いいね。やっとらしいのが来たか」
「い、嫌だ……怖い……」
「ぼっちちゃんは大丈夫?」
「あっはい」
ひとりは思った。断ってよ、わたしのばか。そして声をもっと大きく出してよ、意思表示できてないよ、わたしのばか。
遅めのランチを楽しんでから、四人はまたアトラクションへ。
遊園地の花形と言えばジェットコースター。虹夏はウッキウキに、郁三もハイテンションで、リョウもまあ楽し気に、そしてひとりは無我の境地で行列に並んだ。
ひとりの様子を心配はしたけど、ひとりも楽しいというのは本当なので誰も止めはしなかった。
ジェットコースターの席は二列になっている。ジャンケンでペア決めをして、虹夏と郁三が隣同士、リョウとひとりが隣同士になった。
虹夏は思った。また野郎とかよ。
郁三は思った。リョウ先輩の隣じゃなかったか……まあ無難か。
リョウは思った。虹夏の隣じゃないのか。まあぼっちを観察できるしいいか。
ひとりは思った。怖い。
そんなこんなで、ひとりにとっては時の流れは無常に進む。世間話を楽しみつつ、どんどん四人の番が近づいて、着席して安全バーで固定される。とうとう動けなくなった。
ジェットコースター発進。ゆっくりと頂点へ進む。
「お~……! こんなに高いのも久しぶりだ!」
「喜多くん、よく手離せるね!?」
「離してなんぼじゃないですか!」
さらに頂点へ近づく。
「あ……天国がみえる……」
「ぼっち、まだ早いってば」
「さようなら現世~」
「……いってらっしゃい。お土産は三途の川の水でよろしく」
そして頂点から落下……! 他の客の叫び声に混じって郁三と虹夏がめちゃくちゃ叫んだ。リョウは特に叫ばず。ひとりからはダミ声が聞こえる。振り向いた虹夏と郁三が眼を見開いた。
「ぼっちちゃんの顔が風圧で吹っ飛んでるー!?」
「ひとりちゃーん!? 前は気絶だけで済んだじゃーん!?」
ジェットコースター終了。余韻と浮遊感を残したままコースを一周して戻ってきた。
「はー楽しかった……ってひとりちゃんが死んでるー!?」
郁三がひとりに駆け寄った。ひとりの魂が抜けて、口から糸みたいなものが遥か上空まで繋がっていた。
と、郁三がひとりの介抱をする一方で。
「虹夏」
リョウが座ったまま虹夏に手を差し出した。
「へ、リョウどうしたの? 早くどかないと」
「……腰が抜けて立てない」
「なんでドヤ顔なんだよ」
虹夏は呆れた。やっぱりこいつは強がりの寂しがり屋だ。
「ほら、リョウ掴まって」
「……」
「……なにさ」
「……ありがと」
「う、うん」
虹夏がリョウに肩を貸す。
「喜多くん、ぼっちちゃん任せられる? 僕リョウおぶらなきゃ」
「うらやま──いや、わかりました。任せてください」
「てめーなに抜かしてんだ」
虹夏は目だけ修羅の顔になった。
女子二人が男子二人におぶられる。そうしてまた休憩タイム。
リョウとひとりをベンチに座らせて、虹夏と郁三は一心地ついた。
「うーん、ひとりちゃんまだ魂が抜けてるなあ」
「今頃三途の川で私のお土産を買っているはず」
「リョウ、物騒なことを」
「リョウ先輩は大丈夫ですか?」
「ん、大丈夫。まだ力が入りにくいけど」
リョウは腕だけ回してみせた。ただ、完全にベンチにもたれかかっていたけれど。
「ま、いろいろ楽しんだし。僕らもちょっと休憩でもいいかな」
「ですね。飲み物買いに行きます?」
「あー、別にいいよ。私とぼっちだけで休憩しとくから」
リョウは手をひらひらと振った。
「二人はまだ遊び足りないでしょ? 私とぼっちが行けなさそうなやつ、行って来れば」
「リョウ先輩、いいんですか?」
「ぼっちは私が見とくから」
「腰抜けてふらふらな人に魂抜けてる人の面倒を見させるのもあれなんだけど」
とはいえ、別に二人とも病人でもなんでもないわけで。
「……わかった。じゃあリョウ、ぼっちちゃんをよろしくね」
「なんかあったら、いつでも連絡してくださいね?」
「もちろん」
一抹の不安を押し込めて、虹夏と郁三はアトラクションの方へ歩く。
小さくなっていくリョウとひとり。
「二人、大丈夫ですかね」
「まあ、別にぼっちちゃんも本当に死んでるわけじゃないし、大丈夫じゃないかな?」
「リョウ先輩は」
「腰抜かしてるだけだし、すぐ回復するよ」
あっけらかんとして虹夏は言った。
その態度は、ある意味で信頼の証でもあった。
今、悩みに悩みまくっている郁三には、そんな虹夏が眩しく見えた。
「……虹夏先輩、カッコいいです」
「え? なんだよ急に、恥ずかしいな」
「本気ですよ」
「いや言葉選び……まあいいや、それで次はどこに行く? ぼっちちゃんたちもいないし、ジェットコースターもっかいとかもいいかなあとか思うけど」
「とりあえず、バンジージャンプなんかやりたいなーって」
「ええ、それはさすがに僕もちょっと……」
「え?」
「あ、これ僕もやらされる流れだな」
────
「──はっ」
「ぼっち、起きたか」
「あっえっリョウさん……?」
虹夏と郁三が遊びに行ってから十分くらいたって、ひとりはようやく起きた。
「ぼっち、ジェットコースターで魂が抜けて。私も腰が抜けて立てなくなっちゃって休憩中だよ」
「あっそうなんですか」
「虹夏と郁三は遊びに行ってる。元気だね二人は」
「あっはい」
「それで、お土産は?」
「え?」
「三途の川の水」
何のこと? とひとりは思った。
「えっと……ない、です」
「そっか」
沈黙。ひとりは少し気まずくなった。
リョウとは作詞作曲の件でよく連絡を取っている。秀華祭の後は郁三に話しかけられなかったりした。虹夏はひとりを気にかけて話しかけるから、ひとりから話しかける、というのはあまりない。だからリョウは一番ひとりが話しかけやすい結束バンドのメンバーでもあった。
ただ、それもやっぱり鎌倉の前までの話。《転がる岩、君に朝が降る》を歌ったあの路上ライブまで、リョウとは全く話せなかった。
最近はミーティングで「新曲を作りたい」と話したけど、そもそもまだ歌詞を作っている最終だからまだリョウに相談する段階になってない。
そして、リョウは虹夏と何かがあって気まずくなった。その後に郁三が何かを話したはず。それに、リョウはひとりが郁三を好きなことを知っている。
何をどこまで話せばいいのか、虹夏以上にわからない。
だからひとりは何を話そうかと悩んでいる。
沈黙を破ったのはリョウだった。
「ぼっち、この間はありがとね」
「え?」
「路上ライブ。元気が出た」
「あっ……よ、よかった、です」
「うん。元気が出たから」
「……」
「たぶん、ぼっちと郁三にもいろいろ迷惑かけたと思う」
「い、いえ、そんな」
「たぶん、ぼっちと虹夏、いろいろあったでしょ」
「えっうっ」
「それ、私が原因みたいなものだし」
ひとりもリョウも、虹夏が暴走したのは自分のせいだと思っている。
「やっぱり、その……虹夏くんと、喧嘩したんですか?」
「鎌倉でさ。虹夏と、その……デート、したんだけど」
「えっ」
「私、虹夏のことが好きなんだ」
「あっはい」
「だからデートに誘ったんだけど」
「……」
「……」
「……え!?」
ひとりの脳に衝撃走る。
「あ、そ、えと、あ、に、じかくんが」
「別に気にしなくていいよ。ずっと前から、虹夏の気持ちは知ってたし」
「エ」
「虹夏がぼっちを好きなのも、ぼっちが郁三を好きなのももちろん知ってたし」
「……リョウさんって超能力者?」
「虹夏も郁三もぼっちも、みんな鈍感すぎるんだよ」
「……」
虹夏に好かれていた自覚がなかったので、何も言い返せないひとりだった。
ともかく、これでリョウと虹夏だけじゃなくて、ひとりも全員の矢印を知ることになった。
回り回って、巡り巡るみたいな四人の恋愛感情。
お互いが好きな人に好かれているし、好かれている人を好きでいる。
二人は笑った。
「わたしたち……似た者同士、なんですね」
「そうだね。ほんと、馬鹿みたい」
ひとりは郁三がリョウに告白したことも、リョウが郁三に本心を話したことも知らない。だから郁三が、事実上リョウにフラれているということも知らない。
「リョウさんはどうするんですか?」
だから、こんなことを聞いてしまう。
「喜多くんと付き合うんですか?」
初恋を選ぶのか、自分を好きだと言ってくれる人を選ぶのか。
リョウは、少し目を瞬かせた。ひとりの質問が、予想の斜め上だったから。
「ぼっちは私にそうしてほしいの?」
「え……」
「私が郁三と付き合って……ぼっちはそれでいいの?」
「……」
ひとりは目を伏せた。
嫌に決まってる。
お祝いしなきゃいけないに決まってる。郁三の願いだから、嬉しいに決まってる。
でも。
「虹夏と付き合おう、とか考えてるの?」
「……」
虹夏はひとりにとって……。
「違い、ます」
「うん、そう言うと思った」
リョウは笑った。
リョウ自身、それで安心だ、なんてことは露ほども思ってない。安心感からくる笑顔じゃない。自分たちが多かれ少なかれちゃんと好きでいるからここまでこじれてしまったし、ちゃんと好きだから諦められないのも知ってる。
けど、少なくとも結束バンドの四人では一番恋愛事に鋭いリョウは、ひとりが前と違って少しだけ諦めモードに入ろうとしていることに気づいていた。
実際、郁三とリョウの間で起きた出来事を知らないのだから、そう考えるのも仕方ないとは思う。
「私は諦めたくないんだ」
「リョウ、さん」
「ぼっちはどうなの? 諦めていいの?」
「……」
いや、諦めたくないです。なんて言えなかった。
はい、諦めます。なんて言いたくなかった。
けれど、ひとりは何も言えない。
「……ま、せっかく店長が用意してくれた打ち上げで、したくないのに湿っぽい話するのもなしだよね」
リョウは立ち上がって体を伸ばした。いい加減、腰の力も戻ってきた。
「大丈夫、なるようになる……と思うから」
「……リョウさん」
「そろそろ虹夏たちと合流しようか」
「あっはい」
ひとりも立ち上がった。リョウがスマホのロインをポチポチと弄る。
「虹夏と郁三、バンジージャンプやってるって」
「あっそうなんですね。あ、写真」
写真を撮ってくれるサービスでもあるのか、ノリノリな郁三とめっちゃくちゃ怖がってる虹夏の写真が送られていた。
「いい時間だし、観覧車とかで落ち着けるといいね」
「あっそ、そうですね」
リョウとひとりが歩き出す。
沈黙。今度はリョウの方が耐えられなくなって、話題を変えた。
「そういえば、新曲の調子はどう?」
「あっえっと、ぼちぼち、です。順調に書けてますけど、使いたいフレーズが多くて悩んじゃって」
「そっか。曲の名前とかも?」
「あっタイトルはもう、決まったんですけど……」
リョウになら、別に話しても問題ないだろうと思った。歌詞もタイトルについてもよく話し合うから。
ひとりは、考えていたその曲のタイトルを、自分の
「《星屑に染まれ》、です」