【完結】虹色refrain   作:迷えるウリボー

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44 《グルーミーグッドバイ》

 

 

「あ、いたいた。おーい、リョウ! ぼっちちゃーん!」

 バンジージャンプを終えてリョウほどじゃないにしても腰の力が抜けた虹夏が、近づいてきたリョウとひとりを発見して大きく手を振った。郁三も少し遅れて笑顔になる。

「お待たせ虹夏、郁三」

「リョウ、ぼっちちゃん。体力戻った?」

「お、おかげさまで……」

「そっか、よかった」

「郁三、他にも写真撮れた?」

「はい! もう虹夏先輩を撮りまくっちゃいました」

「なぜ……?」

「僕は知らないよ」

 時間は4時を過ぎそうな頃合いだ。

 4月末。冬ほどじゃないけどそこまで日の入りは遅くない。夕方になるのも早くなってくる。それに全員が高校生だし、ひとりの帰宅時間も考えると遅くまではいくことはできない。

 ついでに言うと、虹夏は星歌に釘を刺されていた。「この間の前科があるから時間だけは厳守しろよ」と暗に言われていた。さすがに深夜徘徊のことは他の三人に喋ってないけど、ぼかして「早めに帰ろうね」とだけ話していた。

 今日一日の楽しい時間もそろそろ終わりだ。あとアトラクションも次が最後。

「暗くなってきたね。最後に何しよっか」

「ところで虹夏、まだ合否連絡は来た?」

「いや、まだ。さすがに変えるまでには来ると思うけど……」

 落ちた……? と、虹夏も郁三も、ひとりも不安が募ってくる。

「連絡が来るまでは中にいる?」

 リョウが言う『中』というのはよみ瓜ランドの中のことだ。

「いやまあさすがに夜には帰るけど」

「じゃあまだ時間はあるね」

「なに? リョウ、やりたいアトラクションあるの?」

「先輩にしては珍しいですね?」

 夕方。リョウはある一点を人差し指で示した。

「あれ」

『あれって……』

 他の三人はそれを見上げた。夕暮れに照らされた観覧車。

 正直、全員が興味はある。観覧車なんて、高いところから景色を見渡せる。しかも気心の知れた仲間たちと。楽しくないはずがない。

 でも()()()()とあった直後だから、虹夏も郁三もおいそれとリョウやひとりに向かってそれを言い出せなかった。別に四人で一緒に乗ればいいし、他のアトラクションも楽しんでるからなんだって話だけど。

 けど、結局言い出せなかった。別に雰囲気が、なんてことを考えてたわけでもない。

 そしてひとりは単に自分の意見を出せなかった。

 とはいえ、リョウから観覧車に乗りたいなんて珍しい意見が出たわけだ。誰もそれに反対する人はいない。

 のだけど、次の瞬間リョウ以外の三人はまた驚いた。

「郁三。二人で観覧車、乗らない?」

「……え?」

 虹夏も驚いたし、ひとりも驚いた。

 何より、郁三が一番驚いた。

「え?」

 驚き過ぎて、まったく同じ言葉しか吐けないくらいに。

 よみ瓜ランドの雑踏。他にもたくさん人がいる。四人で向かい合ってる状況。形だけなら、鎌倉でばったり出くわした時みたいだ。

 リョウの眼は冗談じゃない。郁三に絡むときの、からかうような感じじゃない。足がしびれた郁三をつつくようないたずらでもない。

 どこまでも真面目に、淡々と。

 飲み込むのに時間がかかったけど、やがて郁三は、ゆっくりと頷いた。

「……はい」

「決定。じゃあ虹夏、ぼっち、行ってくるね」

「う、うん」

「……」

 リョウは三人の目線なんてどこ吹く風と、颯爽と振り向いて観覧車の方へ歩いていく。郁三も、最初の一歩だけ少しためらいがちに踏み出して、あとはもう決心したようにリョウの後をついていく。

 虹夏は戸惑って、ひとりは声の一つも出せやしない。

 虹夏と郁三と合流する前、二人で恋愛のことについて喋った。お互いの好きな人をお互いに知るまでになった。

(リョウさん、『諦めたくない』って言ってたけど)

 そのリョウの言葉に、嘘はないと思ってる。でも、自分の好きな人が、その好きな人と一緒にいる、なんて状況はどうしてもひとりの胸を疼かせる。

 それだけじゃない。

「……二人とも、行っちゃったね」

「はっはい……」

 虹夏もひとりも、お互いに目を合わせられない。

 路上ライブの後にまた話せるようになったけど。でもお互いに向ける感情を知っている。お互いに相手を傷つけてしまったんだと思ってる。四人一緒にいたから、なんだかんだで笑顔で話せた。二人きりになってしまえば、どこかぎこちない部分は残ってる。

 今日、何度も何度も訪れた沈黙の中でも、虹夏とひとりの間に流れるそれは特別に長かった。

「……あっあの、虹夏くん──」

「──よしっ」

 ひとりの言葉を遮って、虹夏は自分の頬を軽く叩いた。

「えっあ、ど、どうしたんですか……?」

「なんか、待ってるのも暇になっちゃうね」

 頬を叩いたことに対しての答えじゃない。

 それから、虹夏も観覧車を指さした。今度は、ちゃんとひとりの眼を見ながら。

「僕たちも……乗らない? 観覧車」

「あっ」

 今のひとりなら、よくわかる。夕暮れでもわかるくらい、虹夏の顔は赤くなっている。

「……はい」

 断らなかった。

 断れなかったし、断りたくなかった。

 虹夏をこれ以上、裏切りたくなかった。

 

 

────

 

 

「リョウ先輩って、高所恐怖症だったりしません?」

「だとしたら観覧車なんて絶対に乗りたくないんだけど」

「いや、でもジェットコースターで腰抜かしてましたし」

「あれは……何というか、気分で」

「人って気分で腰抜けるんですかね……?」

 リョウと郁三を載せたゴンドラがゆっくりと高さを増していく。

 夕暮れ時は観覧車としても景色を楽しめる絶好の時間帯だ。人はそれなりに多かった。ただ、運よく人の流れはスムーズで、そこまで待たないで乗ることができた。

「デモ審査、合格しますかね……」

「郁三、自信ないの?」

「自分の実力を出し切ったとは思いますよ? でも、やっぱり不安で」

「私もだよ。虹夏もぼっちも同じだと思う」

「しまった、この間に連絡が来たらどうしよう」

「大丈夫でしょ。虹夏ならたぶん待ってくれるって。『みんなで見よう』とか言って」

「確かに言いそうですね」

郁三とリョウは向かい合って座っている。郁三が告白したとき、ベンチで隣り合って座っていたのとは少し違う。

「やっぱり、お互い信頼してますね。虹夏先輩とリョウ先輩」

「一応昔馴染みだから」

「羨ましいです」

「そう?」

 夕暮れが夜更けに飲み込まれようとする。その頃には、よみ瓜ランドも、その周りの建物も、遠くのスカイツリーまで、いろいろなものが鮮やかな光に照らされ始める。

「……きれいですね」

「だね」

「虹夏先輩とひとりちゃん、どうしてますかね」

「暇を持て余しはしないでしょ。きっと……二人も観覧車に乗ってるんじゃないかな」

「でも、二人ともそんな気がなさそうな気もしますけど」

「ぼっちは陰キャだし、虹夏はヘタレだし」

「ヘタレ……」

 リョウは虹夏に対して容赦がない。虹夏もリョウに対して容赦がない。

 それは信頼の証だ。

「ヘタレで、時々頭を叩いてきて、先輩のことを怒って」

「そう。虹夏は容赦がないんだ」

「でも、虹夏先輩のことが好きなんですね」

「うん」

 迷いのない返答が返ってきた。

 そろそろ、二人のゴンドラは一番高いところに届こうとする。

 リョウは口を開いた。

「郁三、この間の返事をするね」

「……はい」

 何も聞かなくてもわかる。それがなんの返事なのか。

「ずっと、なあなあにしててごめん」

「俺も空気を読まない告白でしたから。おあいこだと思います」

 郁三は笑った。

 告白は気持ちを告げる。それに対する返事は言葉でする。でも、今日までのたくさんの出来事が、もう言葉以外のあらゆる方法で郁三に答えを告げていた。

 だから、言葉の返事は必要ないのかもしれない。

 でも、それじゃだめだった。

 リョウが言うように、なあなあで済ませるわけにはいけない。少なくとも、リョウと郁三は二人ともそう思っていた。

 だから、改めて。

「リョウ先輩。俺はリョウ先輩のことが好きです。だから……俺と、付き合ってほしい」

「ごめん、郁三。私……好きな人がいるんだ。だから、郁三とは恋人になれない」

「……はい」

 リョウは郁三の想いを受け取った。でも、その先へ行くことはできない。

 リョウには好きな人がいるから。

「私は虹夏が好きなんだ。バンドに誘ってくれた時から……たぶん、きっかけは初めて会った時から」

「そっか。そうなんですね」

「郁三のことは、頼りになる後輩で……大事な仲間だと思ってる」

 リョウの脳裏に映る記憶と映像。

『変えるつもりはないの? ヒロイン属性、幼馴染から憧れの先輩にさ』

 きくりから言われてはっとしたことがあった。リョウは、確かに郁三に心を許していた。

 最初は逃げたギターだったけど、ずっと必死に挽回しようと練習していたことを知ってる。誰かのために頑張れることを知ってる。仲間として信頼もしている。

 郁三のことが()()()というのは間違いじゃない。だからきくりと話して、リョウは自分自身の気持ちに動揺した。

 自分のことをカッコいい、好きだと言ってくれる郁三のことは、この一年で少なからず()()()()()()()()()()と思った。

 きっかけがひとつ違えば、タイミングが違えば、ほんの少しの『もしも』があったら。もしかしたらリョウは、郁三の告白に別の言葉で応えていたかもしれない。全く興味がなかったら、きっと虹夏やひとりも巻き込んでここまで大事になることなんてなかったから。

 でもリョウは虹夏のことが好きだった。

 いつも一緒にいた、素の自分を見せることができる虹夏のことが、泣きたくなるくらいに好きだった。

 だから、郁三の告白には応えられない。それがリョウの今の本当の気持ちだった。郁三の傷をえぐるんだとわかってても言わなきゃならないんだと思った気持ちだった。

 郁三は頭を掻いて、そして力なく笑った。

 郁三も、本気でリョウのことがすきだから。自分の告白に応えてくれるなんて()()()ないってわかってても、心のどこかではもしかしたらと考えてしまっていた。現実逃避みたいに。

 それが今、きれいさっぱりなくなった。

「あはは、フラれちゃったな」

「……本当に、ごめん」

「謝らないでくださいよ、リョウ先輩。ちゃんと話してくれて、ありがとうございます」

「……ごめん」

「気まずくなんか、なりたくないですよ」

「……うん、私も」

「俺はリョウ先輩に、リョウ先輩らしくいてほしい」

「わかってる。郁三があの時言ってくれたこと、ちゃんと覚えてる」

 最初に郁三が告白した後、郁三は言った。ちゃんと相談をしてくださいね、と。

「じゃあ、リョウ先輩は虹夏先輩に……?」

「うん」

 リョウの喉が、少し渇く。ここに本人はいないのに、口の中がカラカラになって、鼓動がうるさくなって

「郁三がそうしてくれたように、私も……」

 声が上手くでなくなって、胃の奥が少しせり上がってくるようで。

 それでも、言葉に出して。

「虹夏にちゃんと、気持ちを伝える」

 それは、確かに今告白をしてきた男の子にとっては拷問のような言葉かもしれない。でも、それでも……リョウは郁三にちゃんと本当のことを言いたいと思ったし、郁三もちゃんとリョウの気持ちを受け止めたいと思った。

 ちゃんと応援したい気持ちと、それと少しだけ逃げ出したい気持ち。それが合わさって、郁三はほんの少しだけ話をそらした。

「……俺、虹夏先輩は好きな子がいると思ってるんですけど……それがリョウ先輩だったらいいなって、思います」

「……虹夏は好きな子いるよ。でも私じゃない」

「え」

 郁三、朴念仁発動。口をあんぐり開けて驚いた。

「ええ!?」

 リョウは柔らかく笑った。

「……やっぱり、郁三は朴念仁だ」

「うっ。そ、その、それって俺が知ってる人だったり……します?」

「虹夏とその子のために言わない。でも……だから、私も辛かった」

 虹夏の気持ちが自分に向いていないことを、最初から分かっていたから、辛かった。

「そっか」

「でも、後輩たちがすごく頑張ってるのに、私だけ逃げるわけにはいかないから」

「リョウ先輩」

「だから、私も頑張るから」

「……はい。応援します、リョウ先輩のこと」

 沈黙。ゴンドラもう3分の2を回っている。

「私が言うのもなんだけどさ、郁三は……」

「え?」

「今までの女の子に告白されて、どうしてきたの?」

 今度はリョウが話題を変えた。郁三は多少落ち込んではいるけど、それでも聞かれたことに正直に返す。

「え? えっと……『中途半端に付き合うのは嫌だから』って断ってきました」

「そっか。これから先も、郁三のことが好きだって言う人がいるかもしれない。やっぱり、そういう風に返す?」

「うーん……なんというか、今回の件で色々身に染みたというか、全部跳ね返ってきたというか。でも、やっぱり中途半端なことはしたくないですけど」

「じゃあ、郁三のことを好きだって言う子が、郁三の大事な子だったらどうするの?」

 郁三の心臓がドキリと跳ねた。

 そう聞かれて、明確に脳裏に浮かぶ女の子がいた。

「……」

 リョウは、ひとりの気持ちを知っているのか?

(いや、でも俺が朴念仁だから……もしかして知ってる?)

 だとしたら、どうしてそんなことを。少なくとも、リョウが厄介除けに自分を排除しようとか、慰めになんて思わないはずだ。

「郁三も、あんまり深く考えなくてもいいと思うよ」

「えっと……」

「郁三にはひどいことを言うかもしれないけど……私は虹夏が好き。だから郁三の気持ちには応えられない。これだけなんだ」

「……」

「郁三も私のことが好きだから告白した。これだけ」

「……リョウ先輩って超能力者?」

「そういう所はそっくり」

「誰と?」

「秘密」

「……なんかずるい」

 郁三はため息を吐いて、体を丸めて膝に肘をつけて、そうして顔を下にした。

「郁三も悩んでることがあるでしょ。私以外のことで」

「……恥ずかしながら」

「私にも、相談して。決心がついたらでいいから」

「……わかりました」

 もう、単に告白された断っただけの関係性じゃない。仲間としての信頼が、二人にはあった。

 告白をして、返されて、リョウも郁三も伝えたい思いを吐き出した。

 そしてリョウも、郁三と同じように『郁三の力になりたい』と伝えて。

 リョウはまだ、一つだけ伝えたいことが残っていた。

 それは、告白の返事よりも、相談に乗りたいことよりも、郁三に一番伝えたいこと。

「郁三、ありがとう」

「え?」

 郁三は顔を上げてリョウを見た。

「私……全然勇気もなくて、このままじゃ……ずっと、なにも変わらなかった」

 リョウは立ち上がった。

「郁三が来て、ぼっちがきて……いろんなことが変わってった。大変で苦しかったけど……だから、私もちょっとだけ、勇気が出たんだ」

 そうして、リョウは郁三に一歩近づいて。

「だから……ありがとう」

 リョウは郁三の頭を撫でた。

「リョウ先輩……」

 その柔らかい手が、心地よくて。

「郁三の気持ちには応えられない。でも、大好きだよ」

 もちろん、お互いの感情はわかってる。今まで話してきたたように、その『大好き』は文字通りの意味じゃないけれど。

 それでも、郁三は笑った。笑顔に煌めく瞳を添えて、今も撫でてくれるリョウの掌の温かさを感じて。

「推しからのそんな言葉は、俺にとって最高の言葉です」

 上げた顔を、甘えるようにまた下げて。

 まだ、リョウは郁三の頭を撫でて。

「先輩」

「うん」

「先輩は先輩らしく、幸せでいてくださいね」

「うん」

「ずっと、大好きでした。これからも、大好きです」

「……うん」

 

 

────

 

 

「ぼっちちゃん、ジェットコースターじゃ魂抜けてたけど、単に高いとこなら平気なの?」

「あっはい。高いだけなら大丈夫、です」

 リョウと郁三から遅れること五分。虹夏とひとりも、同じように観覧車に乗った。

 隣同士じゃない。向かい合って座って、なんでもない話をする。

「今日、たの、楽しかったです」

「そう? ならよかった」

「店長さんに感謝、ですね」

「姉ちゃん普段はガサツでぶっきらぼうなのに、こういう時は頼れるんだよ」

 ゴンドラがゆっくり昇っていく。割合と早い段階で、地上の景色が光に包まれていく。

「きれいだね」

「はっはい」

「あれ、スカイツリーじゃない? 結構遠いのに見えるんだ」

「で、ですね」

「喜多くんなんかは友達とよく行くだろうけどね。僕はインドアだし。観覧車なんて新鮮だよ」

「あっわ、わたしもです」

「家族では行かないの? ふたりちゃんなんて、こういう場所は大好きそうだけど」

「あっ行かないこともないんですけど……わたしはだいたいバテちゃって」

「あはは……」

 虹夏もひとりも乾いた笑い声しかでなかった。

 ひとりの言うことはその通りで、むしろ今のほうが、バンドの日々でほんの少しでも人混みに慣れたほうだ。

「そっ祖母のほうが、家族よりわたしの性格に近いんですけど、ふたりが遊んでいる間わたしは祖母の家に行ったりして」

「ぼっちちゃんの性格っておばあちゃんから遺伝してたのか……」

 虹夏はうんうん頷いた。

 リョウと郁三が先に観覧車に乗って、そうして取り残された時はよりは平然と話せている二人。

 ただ、なにもない、そんなわけはないと思っている。

 虹夏はよみ瓜ランドについた時から決心をしていた。四人での時間を遮りたくはない、でもその時が来たら動けるように。

 ひとりは最初から何かを考えていたわけじゃない。でも、自分の気持ちはもう揺れ動かない。《転がる岩、君に朝が降る》を歌おうと決心した時から。

 最初に動けたのは、ひとりだった。

「虹夏くん……ありがとうございました」

「ぼっちちゃん?」

「めちゃくちゃなライブだったのに、リョウさんと一緒に、来てくれて」

 普段ボーカルをしない自分なんかが、人前に出て歌った。きくりとリナにお願いをして、リョウと虹夏の席を奪って演奏した。

 あのライブの初めを《結束バンド》としてしたくはなかった、というのはひとりの強い希望があったから。それが間違いだとは思わないけど、同時に虹夏やリョウのプライドを傷つけてしまうかも、というのはわかっていた。それでも伝えたい想いがあった。

 だから、ひとりが虹夏やリョウに伝えたいのは、やっぱり「ありがとう」だった。

「ありがとうって言うのは、僕のほうだよ」

 あの路上ライブの後、最初に行ったことは「ありがとう。最高のライブだったよ」だった。その気持ちに嘘はない。

「あの時僕は、ぼっちちゃんにひどいことをしたのに」

 最低最悪なクソ野郎だったのに。

「でも、結束バンドを大事にしてくれて」

 今もまだ、こうして一緒にいる。

「僕は、それに救われたんだ……」

「虹夏くん」

 いろいろなことがあって、お互いがお互いを傷つけたと思ったし、結束バンドを壊してしまったと思ったし、誰かの想いも踏みにじったと思った。

 なのに今、二人はこうして一緒にいる。

 リョウにしても、郁三にしてもそれは同じ。何よりも他の三人のことが、結束バンドのことが大事だったから。

「でも……きっと、僕一人じゃこんな風にがむしゃらに動くなんてできなかったよ」

 自覚はないけれど、虹夏は行動に関して向こう見ずなところがある。結束バンド発足のこと、逃げたギターのこと、ブッキングライブのこと。辛い気持ちがあったにしても、そういった性格がひとりへ想いをぶちまけたことに繋がった部分はある。

 でもひとりや郁三が現れなければきっと、平凡な生活になっていた。

 だから虹夏は、自分が少しでも成長できたのは、リョウや郁三のおかげで、何よりもひとりのおかげなんだと思っている。

「やっぱり、ぼっちちゃんは《ギターヒーロー》だね」

「え、へへ……」

 ひとりを好きになった時と同じ。静寂を、それまでと同じ景色を切り裂いて新しい何かを見つけてくれる。それが虹夏にとってのギターヒーロー。

 そして、虹夏は。

「改めて、いろいろごめんね、ぼっちちゃん」

 姿勢を正して、自分より目線の低いひとりをしっかりと見て。そして、頭を下げた。

 ゴンドラは頂上まで昇った。光の関係で、虹夏の体から頭まで全部が影に覆われた。

「僕はぼっちちゃんを傷つけた。みっともない告白だったね」

「そんな……わっわたしも、虹夏くんに……ずっと謝りたくて」

 ひとりは慌ててしまう。誰かにこんな風に頭を下げられたことだって、生まれて初めてだ。

 結束バンドに入ってから、初めてのことばかりだ。

「あの時の僕は……とにかくパニックになって、逃げたいしとか考えなくて。ぼっちちゃんが励まそうとしてくれたのに、まともに話を聞こうともしないで」

「わっわたしも、考えなしにしちゃって」

「そんなことないよ。でも僕のは全部言い訳だ。最低最悪な告白で、告白ですらなかった。カッコ悪かった」

「……」

 ひとりはそんなことないと思う。わたしこそ、虹夏くんの気持ちを考えないで喜多くんのことを話して、なんて思う。

 ひとりの気持ちも、虹夏の気持ちも、どっちも間違いじゃない。

 虹夏は顔を上げた。長い長い時間、下げ続けていた。

 そして笑った。

「まあ、僕もぼっちちゃんも、リョウも、きっと喜多くんも、思うところはあると思う。だから、誰の言うことが正しいなんて考えるときりがないし」

「にっ虹夏くん」

「僕もぼっちちゃんの謝りたい気持ち、ちゃんと受け取る。だから……身勝手かもしれないけど、僕の『ごめん』も受け取ってくれると、ありがたい」

「……はい」

「それで、ね」

「……はっはい」

 虹夏の声がどもった。ひとりの声が、今もまで以上に固くなった。

 虹夏もひとりも。朴念仁の二人でも、雰囲気でわかる。

「や……やっぱり、この気持ちだけは、嘘はつきたくないんだ。この気持ちがっ、あったことを、謝りたくはないんだ」

 沈黙があって、でも自分の心臓の鼓動が馬鹿みたいにうるさくて。 そうして、虹夏は。

「僕は貴女のことが好きです」

 ひとりの瞳から決して眼をそらさないで。

 もう一度。今度は想いをぶちまけるだけの告白ですらないなにかじゃない。今度こそ『告白』をする。

 ひとりは、今度は真っ白にはならない。ちゃんと虹夏が言った言葉の意味を耳に入ったその瞬間からわかってる。

 頭は真っ白にならない。顔が真っ赤になって。

 虹夏の想いに対する答えはもう決まっていて。

 でも歌じゃないから、自分の答えをどう言えばいいのかがわからなくて。

 苦しくて苦しくて、心は歪もうとする。

「あっそ、その……」

「…………いいんだ、ぼっちちゃん」

 虹夏は首を横に降った。

「ぼっちちゃんの気持ちを、ぼっちちゃんの言葉で、聞きたいんだ。どんな言葉だって。だから教えてほしいんだ」

 また、少しの無理をさせることになるかもしれない。いや、ちゃんと喋るのが難しいひとりに対して、「言葉で伝えてほしい」というのはひどいお願いだ。

 でも告白なんて言うのはそういうものだ。そして虹夏はどんな答えが返ってくるのかわかっている。

 ひとりも、虹夏の願いをわかっている。虹夏の想いに応えたいと、想う。

 虹夏のために、正直であろうと。

「……さ、最初は、よ、予想も、してな、くて」

「うん」

「すごく、驚いて……わたしなんかを、好きでいてくれる人がいるんだって」

「うん」

「すごく、驚いて……」

「そうだったんだね」

「でも……ごめんなさい……ごめんなさい……わたしには、す、好きなひとが……いて」

「……うん」

「やっぱり……わたしは……喜多くんが、好きで」

「どんなところが、好きなの?」

「……ま、まぶしいところとか。や、やさしいところ、とか」

 真っすぐなところ。どんな時も、わたしを見てくれていたところ。

「全部が、好き、なんです」

「……そっか」

 虹夏は笑った。虹夏もひとりの全部が好きだ。ひとりの気持ちがよくわかる。

 それがやっぱり、自分ではどうにもできないくらいの気持ちなんだってことがよくわかる。

「そりゃ、喜多くんには敵わないよなぁ……」

 虹夏は、降参だ、というように背もたれに体を預けて……今度は上を見上げた。ゴンドラの天井は、光に照らされたり、影に隠れたりしている。

 そして。

「……ありがとう、ぼっちちゃん。正直に話してくれて。僕なんかの話に付き合ってくれて」

「虹夏くん……」

 今、虹夏の告白は終わった。

 虹夏の初恋は終わった。

 でも、ひとりにとっては違う。

 確かにひとりは郁三のことが好きで、虹夏のことは大事な友達だ。

 それは虹夏が一番欲しい言葉じゃない。

 けど、違うんだ。虹夏の告白に返したい一番の言葉は、そうじゃないんだ。

「に、虹夏くんはっ!」

 ひとりはいきなり立ち上がった。突然のことだったから制御が効かなくて、ゴンドラが揺れるくらい急な動きで、そして虹夏も驚いてびくついて。

「えっ」

「ひとりぼっちだったわたしを、見つけてくれましたっ!」

 息が荒い。声の抑揚がつかないで変な時に大声になる。

「わたしのことを、励ましてくれましたっ!」

 そうして、胸の前で手をぎゅっとつかんで。立ち上がったくせに膝が震えて、また力なく座ってしまって。

「本当の夢を教えてくれて……!」

 虹夏はひとりが結束バンドに入るきっかけを作った。

 虹夏はひとりに本当の夢を教えて、それはひとりの夢の原型になった。

 それは、他の誰でもない、虹夏にしかできなかったこと。

 だから、虹夏はひとりにとって、大事な友達で。でも、それだけじゃなくて。

 ひとりが一番言いたいことは。

「虹夏くんは……わたしの恩人で……わたしの、ヒーローなんです……!」

「ぼっちちゃん……」

 虹夏にとって、ひとりは間違いなく《ギターヒーロー》だった。

 ひとりにとっても、虹夏は自分の運命を変えてくれたヒーローだった。

 互いが、互いのヒーローだ。

「ぼっちちゃん……」

 虹夏にとって、まったく予想できなかった言葉だった。

 聞いた虹夏も、言ったひとりも。

 二人の瞳から、こぼれるものがあった。

「だから……」

「うん。僕たちは、最高の友達だ」

「わたしたちは……最高の……」

 ──ひとりぼっちだったわたしに、初めてできた友達。

 ──恩人で、ヒーローで、優しくて、頼りになるリーダー。

 それが、伊地知虹夏。

「──最高の、ど、友達(どもだぢ)でず……」

 ひとりの瞳から、ポロポロと涙が溢れる。

「……ぼっちちゃん、泣かないでよ。好きな子が泣いてるとこ、見たくないよ」

「だって、だってぇ……わたしだっで、友達が泣いでるところなんで、見だぐないでず……」

 虹夏の瞳からも、どんどんと涙が。

 お互い、笑いながら泣いてた。

 お互い、決定的な言葉を伝えた。

 お互い、大事な人が泣いている。それを慰めたいと思った。

 お互い、近づいて、その頭に手を当てて、慰めたいと思った。

 でももう、そんな態度には表せない。

 だから二人は、一緒に前かがみになって……お互いの額を合わせて。

 泣きながら、笑って。

「ぼっちちゃん」

「虹夏くん」

『大好きです』

 お互いを見て、笑った。

「いつまでも、僕の……僕たちのヒーローでいてね」

「いつまでも、最高の友達で、いてくださいっ」

 

 

────

 

 

 待ちぼうけるリョウと郁三に、ゴンドラから降りてきた虹夏とひとりが合流する。

 虹夏の眼が赤い。

 ひとりの眼が赤い。

 郁三の眼も、少し赤い。

 リョウの眼だけは割合普通で、でもだからこそ気まずそうなのを、他の三人で大笑いして。

 そんな時、虹夏のスマホに通知が届いて。

 四人揃って、お互いの距離感なんて恥ずかしくもなんともなくて、全員一緒に見届けた。

 

『厳正なる審査の結果、デモ審査を通過となりました』

 

 四人全員で驚いて、四人全員で喜んだ。

 これからまた、結束バンドとしての階段を昇っていく。

「リョウ先輩? 帰りますよ?」

「……うん」

 帰り支度をする虹夏とひとり。後列の郁三が、さらに後ろにいるリョウが背を向けているのを見た。

 リョウは、観覧車を見ていた。

「今行くよ」

 リョウは振り返って、郁三の後を追う。

 虹夏とひとりの様子を見て、あっちもちゃんと話せたんだなと思った。

 自分も、郁三とちゃんと話すことができた。辛い時間でもあったけど、仲間としてちゃんと自分の気持ちを。

 地雷だらけの結束バンド。一歩踏み出すことも躊躇ってしまう。だからどこにも動けなくて、ただただ気持ちが溢れて爆発するばかりだった。

 でもそんな憂鬱とは、もう今日で、ほんの少しだけでもおさらばだ。

 だからこれは陰鬱な別れ(グルーミーグッドバイ)じゃない。別れ自体が憂鬱なわけじゃない。

 日本人なんて、当て字だったりカタカナ英語を作るような人種なんだから、文法の間違いは、今だけは許してほしいと思う。

 だから、今だけはこう言うんだ。

 ずっと変われなくて、もどかしかった。

 でも、これからは、違う。

 陰鬱な日々に、さよなら(グルーミーグッドバイ)

 

 

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