【完結】虹色refrain   作:迷えるウリボー

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48 《星屑に染まれ》

 

 

 《未確認ライオット》は結束バンドにとっての一大イベント。だから、STARRYや路上ライブ以外でも、ネット審査が通過してからしつこいくらいにSNSで告知してきた。

 今日、結束バンドの応援団はたくさんいる。

 まず後藤家。直樹、美智代、それにふたり。ふたりはまだ5歳とはいえ、今日は姉の晴れ舞台。いつもと違って10代中心のライブで対象年齢は低いわけだし、参加しないわけがない。ジミヘンは今日だけはお留守番だ。美智代が持っている団扇(うちわ)の英霊となって、自分よりヒエラルキーが下の主人を応援することになる。

 郁三は両親にそこまで大々的に伝えてはいない。リョウの両親は病院勤務でそう簡単に抜け出せなくて、送迎だけしてくれて帰ってしまった。星歌は残念ながらSTARRYの営業があって、「吉田さんによろしく言っておいてくれ」とだけ言っていた。

 秀華高校からは、郁三の親友次子が筆頭になって、クラスで応援団を結成してくれた。今日は次子と後二人、ひとりとも郁三とも話す友人が来ている。クラスTシャツまで作ってなんだか過剰な気がしないでもなかったけど、それでも嬉しいに決まってる。

 ひとりの最初のファン、1号さんと2号さんもここにいる。STARRYライブやブッキングライブでファンになってくれた人たちもいる。

 そして、結束バンドを今日この場に来るまで焚きつけた人物も。

『次は下北沢発! そのバンド名はネタか!? 本気か!? 《結束バンド》の登場だ!』

 MCが結束バンドを呼ぶ。郁三を筆頭に、他の三人も順々に顔を出す。

 全7組中の5番目。最後(トリ)でもないし、盛り上げるのが上手いケモノリアとSIDEROSは早々に順番を終えた。

 だから観客もダレつつある。結束バンドを拍手で迎えてくれたのは、待ち望んでいた応援団と優しい一部の観客だけ。

 それでも郁三はめげない。

「……こんにちは! 下北沢から来ました、エゴサが全く機能しません《結束バンド》です! 今日はよろしくお願いしますっ!」

 会場の空気をつかむため、今日チョイスしたのはちょっとした自虐ネタだ。笑いはそこそことれる。

 それでいい。本番はあくまでライブ。最初は注目を集めるだけでいい。

 郁三はわかっていた。このライブ審査にかけている想いがあるのは自分だけじゃない。他の三人もだ。

 だからまだ俺は目立たない。

「じゃあ早速1曲目! ……の前に」

 郁三は後ろを向いた。

()()、リードギターの後藤から一言あるそうなんで……ひとりちゃん」

「あっはい」

 MC郁三のマイクを借りて、ひとりは観客の眼の前に立つ。

 ひとりをや結束バンドを知っているなら、彼女が極度のコミュ障で陰キャだと言うことは知っている。ライブで喋ったことなんてないし、秀華祭ライブじゃ謎の顔面ダイヴをしたような、悪く言えば変な子。そんな彼女が前に立って、マイクを握る。次子みたいなクラスメイトはもちろん、家族だって驚天動地だ。

 そんなひとりは、ざわつきの中、聞き取れるかもわからない声をマイク越しに絞り出す。

「結束バンド……後藤、ひとりです」

 

 

────

 

 

 頭が真っ白になる。顔が真っ赤になる。喉がカラカラする。

 人前で喋ることなんて、きっと、一生かけても平気にならない。喜多くんみたいな人だって緊張するというけど、だとしたらわたしのこれは緊張でなくてなんなのだろう。

 吐き気がする。

「あっえっと……わたしたちがこのフェスに出ようと思ったのは……」

 

──何の話?──

──声ちっさ──

──震えてんじゃん、がんばれー!──

 

 聞こえる。まだ馬鹿にするのでも優しいわけでもない、単なる反応としての声。

 逃げたい。泣きたい。爆発したい。完熟マンゴーをかぶりたい。

 でも逃げない。泣かない。爆発しない。完熟マンゴーなんてかぶらない。

 今日、一言のために前に出たのは、わたしがここに来た理由を言いたいみんなに言いたいからだ。わたしが前に出るのをみんないいよって言ってくれたのは、わたしが逃げないでMCができるって信じてくれているからだ。

「こっこの四人でバンドをする意味を聞かれたことがきっかけでした……」

 それだけじゃない。《未確認ライオット》に出ようと思ってから、たくさん大変なことがあった。単にバンドの実力としての危機だけじゃなかった。結束バンドの実力を証明したい。そう思っていただけなのに、みんなとの絆のために、頑張れば頑張るほど、辛いことが襲い掛かって。

 それでも、結束バンドは今ここに立っている。

「そっそれからたくさんライブや練習をして、バンドとして力をつけてきました」

 だから、今日。わたしがみんなに言いたいことは、なにより伝えたいことは。

「けっ結束バンドの結束力──観てください!!」

 喜多くんにマイクを渡して、ギターに集中する。

 ひと呼吸。

 今、わたしは。

 結束バンドの後藤ひとりだ。

 

 

────

 

 

 ひとりがギターをかき鳴らす。まだ、他の三人は動かない。

 ほんの一瞬だけ、ひとりのギターソロが入る。いつかの台風ライブのように、観客が予想だにしなかったひとりの技術力に圧倒される。

 郁三が叫んだ。

「一曲目──《グルーミーグッドバイ》!」

 静寂。暗闇。一気にドラム、ベースが音楽に参加する。

 ギターは一時成りを潜めた。けれどもう、ひとりのギターが暴れないと結束バンドの魅力は半減するわけじゃない。

 虹夏の、感情を匂わせながらも丁寧なドラムがある。リョウの、全体を支えながらも主張を忘れないベースがある。郁三の真面目なギターがあって、さらにボーカルは爽やかに響く。

 ひとり自身、少しずつギターヒーローとしての実力を出せるようになってきている、それはひとりがバンドとして成長しているからだけど、それだけじゃない。

 他の三人だって、ひとりの実力を知っている。毎日努力しているからこそ、少しずつギターヒーローとしてのひとりについていけるようになっている。バンド全体がひとりを支えるように、ひとりがバンド全体を支えるように。

 憂鬱な別れ(グルーミーグッドバイ)。この曲は、悲観的な歌詞だけどサビに向かうにつれて明るくなる。聞く人によってどんな風にも印象を変える曲。

 新時代(エレクトリック)でもない。若手筆頭(ガールズメタル)とも違う。他のどのバンドにもない彩を出す。

 別れの寂しさから、前向きになって。少しの笑顔がみえる。

 少しの笑顔は、サビで現れる。さあ、ここからがひとりの真骨頂。

 主張していたドラムとベースが支え、その上をリードギターとボーカルが走る。ブッキングライブとは違う、迷いのない郁三の声と、それに呼応するように、ギターヒーローとしての片鱗を生み出す独特のギター捌き。

 《グルーミーグッドバイ》。今日別れるのは、5番目だから生まれた観客の気だるさだ。それを振り払って、ただ私たちを見ろよと主張する。

 余韻を残して、次なる何かを期待させて、一曲目が終わった。

 歓声は結束バンドのファンから。以前よりもレベルの上がった新曲に、あるいは家族や友達の張り切った姿に、応援団が盛り上がる。

 ファンじゃない観客だって同じだ。リードギターの実力を見て、本当に高校生なのか。それに食らいつく周りのメンバーはなんだ。そんな興味が生まれてくる。

「──ありがとうございました! 一曲目、《グルーミーグッドバイ》でした!」

 汗を弾かせる郁三が、少しだけ切らした息と一緒に叫ぶ。MCの始まりだ。

「改めまして、結束バンドのボーカル、喜多です!」

 虹夏がドラムをたたく。拍手が生まれる。

「今の曲はネット審査で申請した曲だから、知ってる人も多いと思います! この《未確認ライオット》のために作った曲です!」

 歓声。

「でも次に披露する曲は……まだ完成して一か月も経ってないんです」

 どよめき。

「もちろん、練習はたくさんした。まずまずの完成度だと思う。それでも今日、慣れた別の曲じゃなくて《それ》を歌うのは、それが一番新しい、俺たちの生き様だから」

 MCの内容は、全員で打ち合わせをしていた。最初の自虐ネタもひとり言葉も、事前の打ち合わせで決めたことだ。《グルーミーグッドバイ》の説明も、次の曲ができた経緯も、最後の曲も、同じように簡単な説明をする。そうすることで、結束バンドがここに来た理由や辿ってきた時間(物語)を体感してほしい。四人満場一致で決めたMC内容だ。

「だからこれを今、皆に届けるんだけど──その前に、最初のリードギター後藤さんみたいに、俺にも少しだけ時間をください」

 だから、郁三が『少しだけ』と言った時、虹夏もリョウも、ひとりも、全員頭がハテナで埋め尽くされた。

(え、喜多くんアドリブはいいんだけど、何言ってんの?)

 事前の打ち合わせではなかった言葉。郁三の気持ちの表明なんて、誰も聞いてない。

 ただ、陽キャ郁三。今更後ろから虹夏が心の中で突っ込んだところで止まりはしない。

「俺が伝えたいのは、皆に──その中の()()()に。今俺が客席を見渡しても、その子の顔は見えないけど、この会場には俺にギターを教えてくれた子が来ているんだ」

「んぐっ」

 ひとりが軽くえずいた。リョウの眼がぱちくりと動いた。虹夏があんぐりと口を開けた。

 『ひとりが郁三にギターを教えている』ということを知っているのは、結束バンドと、SIDEROSと、きくりと、次子たちと、後藤家だけ。観客のほとんど、結束バンドに興味がなかった人はもちろん、結束バンドを知ってるファンでさえ、郁三とひとりの師弟関係は知らなかったりする。

「最近……いろいろなことがあって、自分の気持ちがわからなくなってたんだ。いつも近くにいてくれて、俺にギターを教ええてくれるその子への気持ちが」

 観客がざわつき始める。リョウが、虹夏が、次子が、心の中で「おいおい待て待て、こいつまさか」と嫌な汗をかき始める。

 そして郁三は、そのまさかを言い放った。

 

「俺は……その子のことが、好きだーっ!!」

 

 会場のボルテージがぶち上がった。

 

 

────

 

 

(うわっ、言いやがったアイツ……!)

 というのが、観客の立見席で次子が感じたことだった。

 そんな呆れを吹き飛ばすように、周囲の何も知らない観客はバカみたいに、このお祭り騒ぎの熱狂に加担する。

「うぉぉぉぉ!?」

「公開告白かよ!?」

「その子どこにいるんだ!?」

「いいぞ、ボーカルー!!」

 郁三はフロントマン。後ろを見ずに観客席に目を向けているから、郁三が伝えている対象がひとりだということに気づいていないらしい。

(だけど後藤は──)

 たまに人間体であることを忘れるひとりが、急な公開告白なんてものを受けて平気でいられるはずがない。

 ひとりの魂が空に飛んでいた。顔面が崩壊していて、立っているのが奇跡な様子で。ただ、後ろの虹夏もバカみたいな表情になっていて、リョウも爆笑していて、郁三以外の三人が真面目な顔面を保てていないことがいいカモフラージュになっていた。

 郁三は構わず続けている。

「俺は、その子のことをずっと支えたいって思ってたんだ。その子に近づきたいって思ってたんだ。その子や他の人に迷惑をかけた罪悪感があって……白状しちゃうと、別の人が好きだったから、その子への気持ちに気づかなかったんだ」

 若干の女子からのブーイング。よかった、ちゃんとした女子がいる。次子は安堵した。

 郁三の言葉には理解できる部分もあって、そもそも次子も「先輩だけじゃなくて後藤ひとりも好きだろこのイケメン」と最初から考えていた。だからようやく気付いたのかこの朴念仁とも、なんでそれをもっと早いタイミングで気づかなかったんだよこのドアホ朴念仁とも思った。

(最初から気づいて、朴念仁じゃなかったらさ、後藤もあんな風に泣く必要なかったのに)

 このご時世に公開告白とか、告白された側の気持ちとか考えろよ。だから朴念仁って呼ばれるんだよ。最近ちょっとは成長したと思ったのに。

「俺のせいでその子が泣いちゃって、俺なんかがその子を好きでいいわけがないって思ったけど……その子は、今も自分が辛くても誰かのために、行動し続けてる」

 郁三は構わず続ける。

「だったら、俺だって本当の気持ちを言わなきゃだめじゃないか……!」

 実際、具体的なことをなに一つ言っていないから観客も事情が分かるはずもないのだけど、勝手に盛り上がっている。

「こんな場所で告白なんて、空気が読めないかもしれないよ。でもその子はきっと、俺のために自分の気持ちを押し殺しちゃうだろうから、だから俺が言う」

 郁三自身もだんだん盛り上がってきて。だから周囲の変化に気づかなくて。

「俺が、ここで歌う。歌うことで想いを伝える。それで恥ずかしがりなその子に伝えたいんだ。声じゃなくてもいい、君だけの《声》で応えてくれって──」

 いつの間にか席から立って郁三の後ろに立っていた虹夏が郁三の頭を思いっきり叩いた。

「いったぁ!? 虹夏先輩!?」

「あのさ、今ライブ審査中なの。他のバンドもいるの、ワンマンじゃないの。時間ないっつってんの!」

「いや、でも……」

「まったくもう……その子もわかってるから。これ以上は次のバンドに迷惑だよ」

 虹夏は郁三からマイクを奪った。呆れながら、笑いながら、ほんの少し、視界の端にひとりを捉えて言う。

「喜多くんはいつもそうだね。初めてのライブもバックレして逃げ出して、普通のライブの空気なんてぶち壊しちゃうんだ」

「ちょ、ちょっとその黒歴史だけは勘弁……!」

「既に黒歴史だ馬鹿。でも大丈夫。いろいろなことがあったけど、それでも僕たちはここにいるから」

「……」

「だから、喜多くんが好きなその子も、絶対この曲を聴いてくれるから」

 虹夏が観客に向き直って言う。

「この曲は、正真正銘バンド全員で作った曲。全員の同じ気持ちがあります。喜多くんからその子へのメッセージだし、僕たち一人一人から仲間へのメッセージだし、僕たち全員から、観客の皆へのメッセージなんです」

 そう言うと、虹夏はドラム席に座りなおして、準備を整えて、リョウを見た。

 リョウは、自信満々に頷いた。

 郁三を見た。郁三は、ちょっとだけ不完全燃焼みたいだけど、それでも後ろ──虹夏を向いて頷いた。これ以上は自分で言ったように歌で語れという虹夏の意図が伝わったらしかった。

 そして、虹夏は最後にひとりを見た。

 今はもう、スタンバイに合わせて観客方向ではなくて虹夏に体を向けているひとりは、ようやく顔面の崩壊を落ち着かせて、今度は明らかに顔が赤くなっている。

(そりゃそうなるよな)

 今までリョウのことを好きだって言ってた郁三が、急に掌がえし。なんだかひとりの気持ちを知ってるんじゃないかという気がしないでもないけど、郁三に限ってそれもないだろうなと決めつける。

 今、ひとりに多大なストレスがかかっている。正直郁三を殴りたいとも思ったし、嫉妬心がないわけでもないけれど。

(……ぼっちちゃんなら、きっと大丈夫)

 郁三だって中途半端な気持ちで行動してるわけじゃない。気持ちは本当だろう。自分の気持ちに決心がついたから、たぶんひとりの路上ライブの行動に寄せて告白した。

 嫉妬しないわけじゃない。悔しくてたまらない。でも。僕は、ぼっちちゃんが喜んでいる、頑張る姿を見てみたい。

 僕たちの大好きな子は、こんなバカみたいな逆境になるほど、力を発揮するんだ。

(だから、見せてよ。ぼっちちゃんのロックを──ぼっちざろっくを)

 この気持ちは、出まかせじゃないんだ。

 確信したんだ。君がいたら、僕は夢が叶えられるって。

 虹夏はひとりににっこり笑いかけた。

「……」

 ひとりが気づいて、虹夏の顔を凝視して、そして。

 その顔が、赤いのは収まらなくても、キッと集中して、猫背になって。

 虹夏はドラムスティックを掲げた。

 さあ、行こう。

 

「聴いてください──《星屑に染まれ》!!」

 

 

────

 

 

 シンバルが微かに響く。ギターの音も控えめで、メロディーを奏でる。主張はしない。曲が始まって最初の数秒、そこだけは穏やかな始まり。

 けど、そこから。

 ベース、ドラム、ギター、結束バンドの全部の楽器が馬鹿みたいに熱を上げる。何もかも違うバラバラな音、それがこの曲の始まり。

 そして、郁三が歌い始める。

 

 ──後ろ向きに時間が進む

 ──いったいどうしてこうなったのか

 ──僕が後ろを向くからだ

 

 リョウは、ベースで確実に郁三の声とひとりのギターを支えていく。

(本当に、郁三は馬鹿だなぁ)

 心の中で笑いながらそう思った。

 私をきっかけにして結束バンドに加入した郁三は、本当に台風の目だった。一度結束バンドをぶち壊して、ぼっちが入るきっかけを作った。そうしなければ、虹夏がぼっちを好きになることだって、ぼっちが郁三を好きになることだってなかった。

 ずいぶん、はた迷惑な朴念仁だ。

 別に嫉妬なんかはない。でも、私を好きだと告白したのが数週間前。私が焚きつけた部分があるにしたって、軟派だと言われたって仕方ないだろう。

 けど、それでも。そんな朴念仁だからここまで頑張ってこれたんだって知っている。私を好きなのも、ぼっちを好きなのも、本当だし本気だって言うことを知っている。

 そうして、ひとりの真似をして歌で、しかも公開告白をした後に伝えるだなんて。私が言えたことじゃないけれど、ちょっとクサすぎる。

 でも、面白いのは好きだよ。

 だって、バラバラな個性が集まって、ひとつの音楽になるんだから。

 

 ──眩しい皆は前を進んで

 ──こうして僕はひとりぼっち

 ──それでもいい ここが私の秘密基地だから

 ──だから 今

 

 ひとりが完成させた歌詞を見た時、顔には出さなかったけれど、やっぱり心の中で笑ってしまった。

 なんだ、みんな同じ気持ちじゃないか。

 同じように歌詞を見た虹夏もそうだし、なにより歌詞を書いたひとりもそう。

 ずっと、隣にいたい人がいるのに、取り残されているような感覚。

 けど、この一年と少しの間に、そんなことは関係なくなった。

 どうでもいいじゃないけど、いいも悪いも飲み込んで、結束バンドでいたいと思えるようになった。

 バラバラな私たちだけど、この気持ちだけは変わらないんだ。

 さあ、聴けよ、観客ども。

 ここからがサビだよ。

 

 ──星屑に染まれ 歌えない恋歌だって

 ──心臓が 『それでもいい』って叫んでる

 ──愛しい皆へ

 ──この苦しみだけは 星屑になったって

 ──絶対忘れてやらないって

 

 《星座になれたら》のように。《ギターと孤独と蒼い惑星》のように。優しくて、それでいて鮮烈なメロディーを奏でる。

 この半年間を思い出す。

 悲しかったよ。恥ずかしかったよ。悔しかったよ。嫉妬したよ。羨ましかったよ。

 たくさんの、自分を殺したくなるような感情があったよ。

 それでもいいんだよ。全部、必要なことだったんだから。

 

 

────

 

 

 曲は2番目に突入する。

 

 ──小さな海に僕が転がる

 ──いったいどうして(ゆが)みがあるのか

 ──フラッシュバックがくるからだ

 

 歌う。気持ちを込めて歌う。ただ、ひたすらに歌う。

 《未確認ライオット》出場以降、考えるようになった自分のボーカルとしての実力。

大槻さんとの相談、鎌倉でのひとりちゃんとの対話を経て「歌詞の意味が理解できなくても、歌詞を書いた気持ちが共感できればいい」と思えるようになった。

 けど、それだけじゃだめだった。

 リョウ先輩への告白。ひとりちゃんや結束バンドのために、ひたすらに頑張らなきゃいけないと思っていたのに。

 それが、全部全部、裏目に出てしまった。

 リョウ先輩にはバレバレだったし、虹夏先輩という好きな人がいた。ひとりちゃんは俺のことを好きで、俺が頑張る度に、みんなを傷つけていた。

 頑張って羽ばたこうとしたら転がって、歪みはどんどん大きくなった。

 

 ──なにが悪いの? 頭はカラカラ

 ──こうして私はコンプレックス

 ──憂鬱だよ でもこれが私の空の色だ

 ──だから さあ

 

 でも少なくとも、俺が憧れた仲間たちは強かった。俺が悪いはずなのに、それを受け入れてくれた。

 俺ができる恩返しはなんなんだろう?

 リョウ先輩は「深く考えなくてもいい」と言ってくれて。

 虹夏先輩は「正直な気持ちを教えてよ」と言ってくれて。

 ひとりちゃんは俺への気持ちを言えずに、結束バンドへの想いを歌にして表して、先輩たちを呼び戻してくれた。

 そんな彼女に、先輩たちに報いれる方法は、今の俺には、一つしか思い浮かばないんだ。

 逃げることでも、逃げないで停滞することでもなくて。

 それが怖くても、怖さと一緒に、進むことしかないんだよ。

 今、それが迷惑だなんて考えるのは、俺が弱いからじゃないか。

 仲間たちを信じて、俺は俺の気持ちを伝えるんだ。

 だから、さあ。

 

 ──星屑に染まれ ぐちゃぐちゃになってしまえ

 ──雑音が 『正解はない』と叫んでる

 ──憎むよ皆へ

 ──星座になれたなら 『星屑になれたら』と

 ──思うこともなかったのにさ

 

 そうだよ。俺は、リョウ先輩に一目惚れして、ひとりちゃんに憧れて、ひとりちゃんを支えたいと思った。

 はっきりと言ったよ。その言葉が嘘じゃないんだって、歌で伝えるよ。

 どうしようもない最低野郎かもしれないけどさ。

 どこまでもかっこいいひとりちゃんのことが、俺は好きなんだよ。

 

 

────

 

 

 喜多くんは今、なんて言ったんだろう?

 誰のことが好きだと言っているんだろう?

 ギターを教えた人。たった一人しか思い浮かばないよ。

 まさかリョウさん、なんて言わないよね? でも、喜多くんがそんな風に言うはずがなくて。

 まさか大槻さん、なんて言わないよね? でも、大槻さんに教えてもらったのはボーカルのことだけで。

 あり得ないと思ってしまう。

 でも、可能性は一つしかないと思ってしまう。

 だって、わたしは陰キャなんだよ。

 最初の頃なんて、友達なんて一人もいなかったんだよ。

 そんなのが、いろんな人と仲が良くて、すごくカッコいい喜多くんに好かれるなんて、どこの少女漫画なんだろう。妄想もいいかげんにしてよと、言いたくなる。

 でも、喜多くんはずっとわたしを見てくれていた。

 喜多くんにも、自分を変えたいっていう気持ちがあるんだって知った。

 喜多くんもわたしも、誰かのことが好きで、その人に振り向いてほしいと思っている。

 共通点があったんだよ。

 

──みんなに見せてよ。ほんとうはひとりちゃんが、すっげーかっこいいんだってことを──

 

 あの時、疑うことができないくらい、喜多くんの声が聞こえてしまったこと。

 

──ほら、観ただろみんな? ひとりちゃんは、すっげーかっこいいんだって──

 

 気のせいかもしれないし、妄想かもしれないけど。それでも、確かに聞こえた。

(気のせいじゃないって、思っていいのかな?)

 秀華祭のように、喜多くんの気持ちが聴こえてしまう。あの時よりもずっとずっと上手くなった、喜多くんの声が。

 2回目のサビの後。パフォーマンスの中で、虹夏くんとも、リョウさんとも、そしてわたしとも目を合わせてくれるる喜多くんがいて。

 曲の前のMCで喋ったことが、嘘じゃないって言ってくれているようで。

 だとしたら、どう言えばいいんだろう。

 喜多くんを見続ける。

 やがて喜多くんは、また口を開いて。

 言葉じゃなくて、歌で、伝えてくれる。

 

 ──星屑になったら僕たちは何もかもが一緒

 ──鏡の向こう 自分が奏でるあのバンドの音は聴こえない

 ──だから さあ

 ──だから 一緒に

 

 最後のサビの前。

 そうだ。

 いろんなことがあった。

 喜多くんのことが好きになって、虹夏くんに好きだと言われて。

 どうすればいいか考えて、わたしは路上ライブで歌を歌った。

 喜多くんと同じくらい、結束バンドのみんなが好きなんだ。

 そんな気持ちを、わたし自身の言葉で紡ぎたかった。

 だから、不格好でも、突貫でも、《星屑に染まれ》を書き上げた。

 星屑に染まれ、ぐちゃぐちゃになってしまえ。

 たとえ星座になれなくても、同じ空にいられるから。

 それが、どうしようもなく悲しくて、どうしようもなく嬉しいんだって。

 そんな歌詞を見た結束バンドの全員が、有無を言わさず「採用だ」と言ってくれたのは。

(なんだ、みんな同じ気持ちなんだ)

 バラバラなわたしたちが、どうしようもないくらい同じ気持ちがあったんだ。

 好きな人に振り向いてもらえなくたって、大切な仲間と一緒にいたいんだ。

 それでも、あなたが好きなんだって叫びたいんだ。

 虹夏くんもそうだ。リョウさんだってそうだ。喜多くんだって、そうなんだ。

 わたしなんかを好きでいてくれる理由はわからないけれど。

 それでも、喜多くんの想いは本当なんだ。

 

──声じゃなくてもいい、君だけの《声》で応えてくれって──

 

 それなら、わたしは。

 この間は、ボーカルで。

 今は、ずっと一緒にいてくれた相棒で。

 わたしだけの《声》で、応えます。

 

 ──星屑に染まれ 僕らが全部混ざればさ

 ──虹色が 弾けて永遠(とわ)に繰り返す

 ──いつか 僕らは

 ──惑星(ほし)にたどり着き 『光の中へ』なんて

 ──夢見た姿でいられるよ

 

 わたしも、喜多くんが大好きです。

 

 

────

 

 

 《星屑に染まれ》を歌い終える。

 歌い終え、演奏し終え、郁三だけじゃなくて、他の三人も全員が息絶え絶えになる。

「2曲目……《星屑に染まれ》、でしたっ……!」

 郁三の声も少し疲れる。

 それでも、観客からは大きな拍手と喝采が送られて。

 四人はお互いを見て、さっきまでの告白の話なんてどこかへ行って、笑顔を送り合った。

 さあ、まだ一曲残ってる。

 《グルーミーグッドバイ》で《未確認ライオット》への決意を、《星屑に染まれ》でどれだけ変わっても変わることのない結束バンドを見せつけた。

 まだだ、結束バンドの、本当の姿を見せていない。

 もう、何も言うことはない。MCなんて必要ない。

「それじゃあ、最後の曲、行きます……!」

 郁三が、拍手を送るオーディエンスにそう語る。

 結束バンドの(はじ)まりの曲。結束バンドが結束バンドであることを象徴する曲。四人の初ライブではうまくできなかった。秀華祭ライブではひとりのギターが故障したことで結局できなかった。

 どれだけの困難があったって。自分たちの関係が変わったって。わたしたちを取り巻く世界が変わったって。

 世界が星屑に染まったって、永遠に変わらない結束バンド(わたしたち)の曲。

 

「《ギターと孤独と蒼い惑星》!!」

 

 観客の人たち。わたしたちを知ってる人たち。これから私たちを知る人たち。

 全員に向けて願う。

 聴いてよ。

 聴けよ。

 これが、結束バンドなんだ。

 

 

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