51 イマココ
十一月中旬。
最近は秋も短くなってきて、夏が過ぎたと思ったらあっという間に冬びよりだ。日が落ちるのも早くなってきた。当然と言えば当然で、五時にもなれば辺りは暗くなってくる。帰りが早くなる部活動だってあるくらいだ。
秀華高校二年、佐々木
佐々木次子。緑の髪をショートボブにした、つり目の美少女。高校二年生にしては大人びた容姿と雰囲気。身長は平均的な女子高生のそれで、雰囲気とのギャップにやられる男子高校生もいるとかいないとか。
ただ、彼女の今日の予定はそんな浮いた話じゃない。
秀華高校から最寄り駅までの間にある喫茶店に入る。特に喜ぶようなこともない、よくあるチェーン店の一つだ。店員さんは代わり映えのない挨拶をしてくるし、特徴的なマスターがいるわけでもない。待ち人たちは既に喫茶店にいた。
次子は思う。世間はあと一ヶ月もすればクリスマスだ。恋人たちの聖夜。興味がないわけじゃないけれど、自分は今年も友達とワイワイ過ごす楽しい夜になるだろう。色恋に自分事で熱中しない以上、熱くなるなんてことはない。暖炉の熱を辺りながら寒い冬を楽しむような感覚だ。
なのに。
「なーんでウチは熱々っぷりを見せられてるんだよ?」
座った四人席。正面に並んでいる後藤ひとりと喜多
「うへへへへ」
「いやぁ。毎度さっつーには助けられてるよ」
本当、世間は寒くなっているというのに、この二人は相も変わらず楽しそうなものだった。
「それで……ギターの練習して待っててもいいのに。なんでわざわざ喫茶店?」
注文をして店員が運んでくれた紅茶にシュガーを入れて、ぼんやりとかき混ぜる。
そして次子は頬杖をついた。目の前にいるのは、喜多郁三と後藤ひとり。二人とも次子のクラスメイトだ。
喜多郁三。少し癖のある跳ねた赤髪、快活な表情が目立つイケメン高校生。筋金入りの陽キャ。次子とは中学時代からずっと同じクラスの腐れ縁だ。
後藤ひとり。郁三とは対照的な陰キャ。ピンクの髪色は女の子にしては無造作に伸ばしたもので、ピンクのジャージがめちゃくちゃ目立つ筋金入りの陰キャ。ただ、見る人から見ればひとりは超絶美少女でもあったりする。次子とは今年の四月からの縁だ。
元々腐れ縁だった郁三を介してひとりと次子にも関係性が生まれた。以降、三人で出かけたり駄弁ったりすることも珍しくない。
郁三は呑気に笑いながら頭を掻いた。
「いや、それがさぁ。ちょっと相談事があって……」
「それって《結束バンド》の話?」
「さ、ささささん、超能力者ですか……!?」
ひとりがめちゃくちゃどもりながら次子に問いかけた。どうしてか、ひとりは初めて次子を呼んだ時の噛んだ姓呼び《ささささん》を今でも継続している。次子は面白がってそのままにしている。
「そりゃ、二人のことだしね。最近じゃ学内で二人のことをとやかく言う人も減ってきたでしょ? そろそろかなーって思ったんよ」
「ひとりちゃん、さっつーはこういう感じで全部見透かしてくるんだよ」
「喜多が朴念仁だからでしょうが。ほんとお似合いカップルだよ」
「うへへへ、お似合い、お似合いオニアイ」
「後藤、帰って来い」
照れたひとりの顔面がぐずぐずに溶けてる。比喩じゃなく、文字通り。
《結束バンド》。電気コードをまとめるアレじゃなくて、ひとりと郁三が所属する学外のバンドグループの名前だ。秀華高校の名物カップルである二人の他に、もう二人のメンバーがいる。
そんな結束バンドについて、郁三が次子に対して相談しにきたというのは、少なくともこの数ヶ月の中ではとても珍しいことで。
「で? 本題は?」
問われた郁三は、居ずまいを正した。
「先にひとりちゃんとも相談はしたんだけどさ、俺たちだけじゃ限界もあって。虹夏先輩とリョウ先輩のことなんだ」
直接話したことはないけど、次子も知っている。顔も認知している。《結束バンド》のメンバーだ。
「なに、先輩たちが付き合ったとか?」
「いや、逆。なんも音沙汰がない」
「──は?」
次子は、思わず口をぽかんと空ける。
「……あのさ、喜多と後藤だけじゃなくて、その先輩たちともいろいろあったって言うのは、なんとなくわかるよ。秀華高校じゃ《結束バンド》の最初のファンだって自負もあるし」
約一年前、秀華高校の文化祭でやりきった結束バンドのライブを思い出す。郁三とひとりはもちろん、他の二人だって輝いていた。
「で、その二人がどうしたの? 仲いいんでしょ」
「うん。リョウ先輩が虹夏先輩のこと好きでさ。虹夏先輩もそれは知ってるし、その上で当たり前みたいに仲いいし」
「単なる友達じゃなくて?」
「ぜーったい、友達以上恋人未満だよ」
「それはそれでいいじゃん」
「いや……だめだ」
郁三は仰々しくため息をついて、両肘を机について、組んだ掌を額に当てた。どっかの組織の長官みたいなポーズをとって、そして続けた。
「長すぎる。この半年間だって、それなりにいろいろあったんだ。なのに先輩たちの
「はぁ」
「俺は思ったんだよ。『もう付き合っちゃえよ!』ってさ」
なんか悦にはまっていブツブツ呟く郁三は放っておいて、次子はひとりに目線を映した。
「後藤、どういうこと?」
「きっ喜多くん、この間も同じこと言ってたんです」
「『先輩たちが付き合わない』って?」
「はっはい。《先輩たちのプロポーズ大作戦》だって」
「ネーミングセンス……」
「かっカッコいいですよね……!」
「あー、後藤もそうだったねそういえば」
バカップルのセンスにため息を吐いた次子だった。
ともかく、郁三が抱えてる問題と言うのは、《結束バンド》の自分たちじゃない、もう片方の男女に関すること。仲のいい、郁三から見て友達以上恋人未満の彼らが特に何もない、と言うことに不満を持っているということ。
所詮は他人事だ。直接話したこともない次子がわーきゃー言うこともない。
でも、次子も年頃の女の子。気になることは気にもなる。それも対象が《結束バンド》のメンバーときた。
次子はニヤニヤと笑みを浮かべた。
「とりあえず、ウチにも教えてよ。具体的に何があったのかとかさ」
ひとりはたどたどしく、それでもしっかりと答えた。
「はっはい。四人で遊びに行った時のことなんですけど──」
およそ三ヶ月前。
《結束バンド》は四人のメンバーで構成されている。
後藤ひとり。リードギター担当。ほとんどのオリジナル曲の作詞を担当している。陰キャな性格でチームプレーが苦手だけど、ソロギターの実力は一級品。最近は少しずつライブでもその腕前を発揮できるようになってきている。
喜多郁三。ボーカル&リズムギター担当。ギターは始めて一年と少しの初級者なのだけど、持ち前のやる気を発揮して、学業をおろそかにする勢いの熱心さで毎日ギターを練習して、メキメキと上達している結束バンドの成長曲線だ。
秀華高校に通う二人は《結束バンド》の後期メンバーだ。残る二人は下北沢高校に通っていて、郁三とひとりの先輩である三年生だ。
山田リョウ。ベース担当。実力の発揮具合にムラのあるひとりを除けば、バンド内で一番の実力者。実家が病院を経営していて、その財力をもって音楽機材の調達には余念がない。でもそれでお小遣いを使い果たしているから大体金欠なバンドマン。オリジナル曲の作曲も担当している。
女子、ひとりとリョウ。男子、郁三と虹夏。この男女二名ずつの混合バンドは、結成の時も、結成してからもいろいろな波乱があった。
始動した《結束バンド》は学生バンドらしく伸び伸びと活動を続けていた。途中、四人の心を刺激する出来事があって、自分たちの実力を証明しようと《未確認ライオット》という学生バンドの登竜門のような大会に参加した。残念ながらグランプリを獲ることはできなかったけど、たくさんのファンができたし、その後レーベルからも話が持ちかけられるまでになった。
ただ、それだけじゃない。四人での《結束バンド》が始動してから《未確認ライオット》が終わるまでの一年半、四人は苦しくて忘れられない恋愛騒動を引き起こした。
ひとりは郁三を好きになった。郁三はリョウに一目惚れして《結束バンド》に加入した。リョウは出会った頃から虹夏のことが好きだった。虹夏はひとりのとある秘密に気づいた時にひとりを女の子として意識した。文字通りの結束バンドのように、四人は誰かを好きになって、誰かに好かれた。
告白をしたりされたり、相手を振ったり振られたり。自分の好きな人が、その人の好きな人と一緒にいるところを見せつけられたり。とにかくいろんなことがあって、ロックにのめりこむ日々の中で、四人はお互いの気持ちをぶつけることになった。
そうしてひとりと郁三は互いを好きになって、今は恋人同士の関係だ。リョウは虹夏に告白して、虹夏は今まで意識すらしてこなかったリョウを、「ちゃんと見るから」と男子としてリョウという女の子に向き合うと決心した。
そうして、《未確認ライオット》が終わってしばらく。虹夏とリョウは三年生、ひとりと郁三は二年生の夏休み。
レーベル《ストレイビート》のマネジメント担当、司馬《しば》
変わらない学校生活、変わらないバンド活動、そして変わらないバイトの日々。
いや、違う。ひとつ変わったことがある。
八月中旬。
「ライブ楽しんでくださいね~!」
STARRY内に響く、女の子の華やかな接客の声。
店長の星歌? 違う、アラサーじゃない。星歌はたった今「誰かに馬鹿にされた」と理不尽に弟の虹夏に拳骨を喰らわせた。
妖艶なPAさん? PAさんはそんなテンションじゃない。
ひとり? 論外だ。
声の主は、青髪をミディアムボブにした少女、山田リョウ。
「はーい! ドリンク代別で五百円いただきますっ!」
リョウが、めっちゃくちゃ天使な笑顔で両手をクネクネ組みながら接客してた。
その場面を目撃した郁三と虹夏が叫んだ。
「先輩が笑顔で接客してるー!?」
「誰だお前ー!?」
接客中の大声。虹夏と郁三はそろって星歌の拳骨を受ける羽目になった。
しばらくして。客のいなくなった店内で、リョウは椅子に座って机に突っ伏してた。
「頭が働かない……」
「リョ、リョウさんだっ大丈夫ですか……」
「もうむり……ぼっち仰いで……」
「あっはい」
ひとりがその辺のファイルを持ってきたリョウに風を送ってた。そんな様子を見て、頭に痛みを覚えた男子二人もリョウの様子がちょっと気になってしまう。
「リョウ先輩大丈夫ですか? 一瞬とはいえ、ここまで人が変わったように……」
「ほんと『お前誰だ』案件だったよ」
「虹夏、郁三……いつか殴る」
「で、どうしたのさ」
「バイト……スタ練……勉強……教習……死ぬ」
郁三が頭を捻った。
「勉強? 教習? 何のことですか?」
「ああ、喜多くんには話してなかったっけ」
虹夏が補足してくる。
「僕とリョウ、最近自動車教習所に通い始めたんだよ」
バンド活動の領域は少しずつ広がり始めている。最初はSTARRYだけで精一杯だったのが、今では路上ライブも当たり前になった。そして機材を運ぶ車があれば遠方でのライブもできるようになると、虹夏はただでさえ忙しい生活の一コマに自動車免許取得を組み入れた。
そしてリョウもどうしてかそれについてきた、というのが実情だった。リョウはジェットコースターとか、命に関わる怖いものが苦手なのに。
「ああ、そういえば大槻さんも免許とりに来ててさ。いろいろ話し込んじゃったよ」
「へぇ、大槻さんが」
虹夏はそもそもバイトにスタ練に勉強にバンドリーダーの諸々に、家事全般もこなす主夫系男子なのでそこまで変わりはしなかった。リョウの場合はそうじゃなかったので体力と頭が限界に達してしまった、というのがリョウの一瞬の変わりようの真相だ。
虹夏がやれやれと呆れた。
「人生でここまでのタスクを積んだことがないから壊れたってことだよ」
「いや、これくらいのタスクならあるんだけど」
「え? いつ?」
リョウはぐずったまま答えた。
「……《グルーミーグッドバイ》の作曲」
『あっ……』
虹夏と郁三がそっぽを向いた。
気まずい空気、継続中。
ひとりは健気に風を送り続けている。
ストレイビートとの会議の結果、新曲を出すのは年明けと決まった。そこに向けて早速作詞作曲を始めているひとりとリョウの二人なのだけど、特にリョウが忙しさもあって難航中だ。
郁三は首をひねり続けている。
「でもリョウ先輩が『勉強』っていうのも珍しい気はするんですけど」
「ああ、それねぇ……」
教習についてはその通りで、勉強についても心当たりがある虹夏は乾いた笑いを浮かべた。
《未確認ライオット》が終わってしばらく。新しい生活に入り始めた《結束バンド》は少し停滞中。野郎二人は作詞作曲に手を出せない。どうしたもんかと、虹夏は考える。
そして数日後、結束バンドのロインが活発に動き始める。
虹夏が『いいこと思いついたー!』と急にスタンプ付きでメッセージ投稿。『どうしたにじか』とリョウが速攻で返してきた。郁三が『なになに!?』と追随。ひとりはスマホ片手に慌てるから虹夏からすれば既読が増えるだけ。
ロインは続く。
『久しぶりにみんなで遊びに行こうよ! よみ瓜ランド以降四人で遊びに行ってないじゃん!』
『いいですねー!!』
『めんどう』
『リョウも参加だコラ。みんなで気分転換しようよ、そうしたらリフレッシュできるし、作曲の刺激にもなるかも』
『それってわたしもですか?』
『もちろんぼっちちゃんもだよ! 司馬さんだって今しかできないことたくさんしろって言ってたじゃん』
『つまり青春、夏休みを満喫しろと!』
『いくぞううざい』
『青春はともかく、楽しむのはそう! 姉ちゃんにもバイト休めるよう頼むからさ』
『でもどこに行きましょうか? 俺たち機材車代貯めてるから金欠ですけど』
『鎌倉みたいな人込みはもう勘弁』
『そこまではしないって……リョウは静かなとこ希望か』
『わたしも静かなところがいいです』
『ぼっちちゃんも票追加。喜多くん、今回は賑やかなとこはナシね』
『えー、八景島とか面白そうだったのに……』
『そういえば、親が海の近くに別荘持ってたような』
『リョウ先輩!?』
『そうだこいつの家金持ちだった。いいじゃん、別荘なら完全プライベートだ』
『いいですね』
『リョウ、御両親に頼める?』
『とりあえず聞いてみる』
『海の近くですか!?』
『たぶんほぼプライベートビーチ』
『おっしゃ水着キター!!』
『喜多くん黙ろうか。焼肉とかしたいなぁ』
そんなロインがしばらく続いて、珍しく四人としては音楽に関係のない、たわいのない会話が続いた。
リョウの両親から許可を得て、星歌ともシフトを調整して、山田家の別荘に遊びに行くことになった。
一週間後の土曜日。
「さあ、みんな荷物は乗せた?」
六人は余裕で乗れる高級車の前で、リョウの母親が淑やか──というか賑やかに言った。リョウ母は顔立ちこそリョウと似ているけど、性格はかなり陽気だし、それこそリョウが壊れた時みたいな笑顔が常だ。父親も陽気──というか呑気なので、この両親からどうしてリョウが生まれたのかと虹夏は常々考えている。
「それじゃあ出発するわよ~」
リョウの母が送迎を頼まれてくれた。四人は後部座席に座り、リョウ母に御挨拶。
『よろしくお願いしまーす!』
「おっお願します……」
「よろ」
車が出発する。目指すは海沿いのオアシスだ。
そんな中、虹夏と郁三は心の中で悶々としていた。
なぜかって? 聞かなくてもわかるだろう。
(流れに任せて普通にリョウと喜多くんの提案に乗ったけどさ)
(俺ら、初詣とか鎌倉とか、よみ瓜ランドは行ったけど海なんて初めてなんだよな)
当然郁三は友達と海でワイワイしたことはあるのだけど、水着の女の子と一緒に行ったことはなかった。虹夏は基本インドアだ。
郁三にとっては、彼女と憧れの先輩の。
虹夏にとっては、好きな子と自分を好きだという女の子の。
(リョウと……ぼっちちゃんの水着──!?)
(ひとりちゃんとリョウ先輩の水着が拝める──!?)
青春が、はじまる──!
タイトル解説
《イマココ》
歌:東山奈央
アニメ『月がきれい』OPテーマ
『月がきれい』は、作者が恋愛アニメにはまり出したきっかけの作品。埼玉県川越市の中学校を舞台にしたストーリーで、ひたっすらあまずっぺぇ主人公とヒロインのやり取りが魅力。
当作では、キャラクターの一人として出演されている東山さんがOP曲とED曲を担当し、また劇中の挿入歌として往年のラブソングを歌われています。拝聴お勧めです!
そしてなぜこのタイトルかってーと……本編から少し時間が飛んで、後日譚の1話目。登場人物たちの立ち位置が「イマココ」だからだ……!
再始動です(後日譚の最後まで書き溜めしようと思ったけど我慢できなかった……)。更新ペースは変わらず遅いと思いますが、後日譚もお楽しみいただければ幸いです!
復習:それぞれの関係性
①一次感情
・ひとり:郁三が好き。虹夏は友達として好き。郁三と付き合っている。
・郁三:ひとりが好きで憧れで恋人関係。リョウは好きだが諦め、仲良しな先輩後輩関係。
・虹夏:ひとりが好き。リョウとは友達関係。
・リョウ:虹夏が好きで好意を伝えている。郁三は後輩として好きだが、そこまで。
②二次感情
・それぞれの感情は、バンド結成~未確認ライオット終了までの間でメンバー全員が理解している。