夜のバルコニー。リョウが、仰向けに倒れている虹夏を押し倒している。
実際は違う。虹夏のことをからかって頭を撫でようとし続けたリョウ。そんなリョウを鬱陶しく思った虹夏が手を振り払って、リョウが虹夏の方向にバランスを崩した。そのまま虹夏が椅子から転げ落ちて、その上にリョウが──というのが本当のところだ。
ただ、直前の会話で視線を外していた郁三とひとりからすれば、リョウが虹夏を押し倒した構図にしか見えなかった。
「あっ……きっ喜多っくん」
ひとりはぎこちなく郁三を見た。自分たちが恋人関係なことに疑いようはない、といっても郁三はリョウのことが好きだった。目の前で好きな人が別の異性に距離を詰めているなんて、結束バンドの四人は全員どういう気持ちかよくわかっている。
だから、リョウと虹夏のことを見る郁三のことが、ひとりは心配で。
「……やるなぁ、リョウ先輩」
そんな風にはにかむ郁三に、少し不安を覚えた。
「い、行きましょうか……」
「そ、そうだね。これ以上は二人にも失礼だ」
なんて、短い言葉で二人はリビングを後にする。
無言で階段を下りて、それぞれの寝室へ向かおうとする。途中までの三十秒足らず、その間だけの一緒の時間だ。
その短い時間の中で、ひとりは顔を赤らめた。
(リョ、リョウさんがっ虹夏くんをっ……!?)
順風満帆な郁三との毎日。ひとりの性格からくる少しの不安。そんな二つがないまぜになったひとりの眼に入った、リョウと虹夏のアクシデント。
ひとりと郁三。付き合い初めて一か月。まだデートは数回。
イケメンな郁三と付き合い始めた。最初の喜びはそのままに、生来の不安が生まれつつある頃。
唐突に、ひとりの脳裏に生まれるイメージがあった。
自信のない自分と、モテモテな郁三がいつか別れてしまうというイメージ。
そう思ったのはひとりの性格のせいなのか。それとも別の不安から来たものなのか。
どっちにしても、ひとりの頭の中で妄想がグルグル回ってしまった。
(きっきたくんのこと、お、おしっおしっ押し倒──)
「ひとりちゃん、俺この部屋だから」
いつの間にか郁三の部屋の前まで来ていた。ひとりとリョウの部屋は、さらに十メートル先。
「じゃあ、ひとりちゃん、お休み──うわっ」
扉を閉めようとした郁三を割合強めに押して、ひとりが強引に部屋に押し入る。
「えっ? えっ? ひとりちゃん──」
ひとりがタックル。郁三は下がり、足がベッドにぶつかって仰向け倒れる。
その上に、ひとりが。
ゆっくり。
体全部を使って、倒れこんだ。犬みたいに胸元に顔をうずめる。
混乱しているように、ただ、ただ、じゃれつく犬みたいに一生懸命に。
郁三の体に熱が伝わる。
温かい、柔らかい。
自分とは違う、女の子の匂いがする。
「ひとりちゃっ」
郁三の心臓がどんどん跳ねる。
陽キャだけど彼女ができたのはこれが初めての郁三だ。朴念仁だってドキドキはする。
それにいろいろと主張の激しい体つきのひとりだから、どうしたって男の性はあるわけで。
「ひっひとりちゃん……どうしたの?」
郁三は動くに動けず、それを言うだけに留めた。
ひとりの口が郁三の胸元でモゾモゾと動く。
「えっえっと、その……きっ喜多くんは……」
「え?」
「わっわたしで……よかったんですか?」
「……え?」
ひとりを抱えながら郁三は体を起こした。胡坐をかく郁三と、その上でぺたんと座るひとり。
「……どういうこと? ひとりちゃん」
「リョウさんのことは……いいんですか?」
郁三は少し、イラついた。
リョウのことはもちろん好きだ。憧れている。でも、もうよみ瓜ランドの告白で区切りがついた。
それ以上にひとりが好きな自分がいることに気が付いた。だから《未確認ライオット》のライブ審査で想いを告げたんだ。
ひとりが自信のない性格なのはわかっているし、リョウと虹夏の様子を見たから不安がっているのはわかる。
けれど少し、悲しいとも思った。ひとりのことが好きなのに。
郁三は力なく笑った。自信がないのは
「きっ喜多くん……?」
「……今は、ひとりちゃんが好きなんだ。俺の気持ちは変わらないよ」
少しためらって、そうしてひとりを抱きしめる。
「あっ……」
「ごめん、心配させちゃったね。でも大丈夫だから」
「……」
ひとりも腕を背中に回した。
先輩二人の仲を見守るだけじゃない。後輩たちだって仲を深めていく。
けれど。
(あー……でもどうしよ)
郁三は困った。昂った感情を抑えてひとりを抱きしめた結果、もっと困ることになった。
ひとりは自分の言葉に、少なくとも納得はしてくれたみたいで、変なことを聞くこともなく自分の腕の中に包まっている。
自分の腕の中にいる、可愛くて、カッコよくて、小さくて。そして
いつこの悶々とした状況が解かれるのだろうか。
もちろん男なので
(……眠れる気がしないんだけど)
結局、この後十分ぐらいはこのままだった。
────
虹夏の視界いっぱいに、たった一人の女の子の顔がある。
虹夏の眼と鼻のすぐ先に、たった一人の女の子の顔がある。
昔馴染み。虹夏にとってのリョウとの関係はそんなもので、気軽なものだった。
打ち込む
けれど恋愛騒動を機に、二人の関係性は大きく変わって。
──ちゃんと……リョウのことを見るから──
虹夏が決意したそれは、リョウのことを自分のことを好きな女の子として接していく、ということ。
だから、今虹夏の眼の前にいる、瞳が潤んで、突然のことに頬が上気してて、口がパクパクと半開きになって、何も言えないでいる女の子のことを、初めて知った。
(リョウって……こんな顔するんだっけ)
二人に身長差はない。それと、バランスを崩した転んだタイミング。ほとんど偶然で、虹夏の顔の眼の前にリョウの顔がある。
(リョウって……こんなに可愛かったっけ)
ついさっきまで、別の好きな子のことを考えていた。そこから、リョウという自分に矢印を向ける子との会話。恋愛初心者の虹夏が、平静を保てるはずがなくて。
「あ、あの……リョウ」
「どいて」とか、「大丈夫?」とか、「顔が近いよ」とか、言おうとした言葉が全部、明後日の方向へ飛んでいって。
ただ、ただ、虹夏の目の前にはリョウの顔があった。
リョウも落ち着いてはいられない。
リョウは小心者だ。これは恋愛事に限らずで、車とかジェットコースターとかが苦手だし、調子に乗った中学での文化祭ライブは失敗して今もトラウマものだ。
虹夏のことは昔から好きだった。決定的なのは結束バンドに誘われた時だったとしても、アプローチをしかけることはなかった。それは郁三やひとりと出会ってからも同じで、虹夏に告白ができたのは針の穴を通すような偶然と、あり得ないほどなけなしの勇気の結果だ。
それが落ち着いた今、高校三年生の夏。たった一つ違うことがあるとすれば、自分の気持ちが虹夏にばれている、ということぐらいで。
目の前に、好きな男の子の顔がある。
顔で好きになったわけじゃない。虹夏の顔は整ってはいるけど、決してイケメン顔じゃない。でも、ほがらかで優しくて、にへらっと、快活に笑う虹夏は、リョウにとって安心できる居場所で。
リョウにとっては誰よりも大好きな顔で。
そんな虹夏の顔が、リョウの目の前にある。
お互いの、少し荒くなった吐息を感じる位置。
(あっあっあ……)
リョウが虹夏に向かって倒れたのは、完全なハプニングだ。思考が空回りする。リョウの頭が回らない。
それに、今まで見たいに単なるスキンシップとはわけが違う。
動けない。腰が抜けそう。恥ずかしい。怖い。心臓がうるさい。熱い。手がしびれる。『ドキドキ』どころじゃない、ドクドク、バクバクする。
(今、どいたら──)
もう、さっきみたいには話せない。
(今、虹夏に倒れたら──)
考えるだけでもどうにかなってしまいそうで、勇気がなくて、怖くて。
きっと、馬鹿になってしまう。
「──あっ、に、じか」
「えっと、リョウ──」
虹夏はさっきと同じ言葉。
二人ともヘタレ。特に、覆いかぶさっているリョウは結束バンド一のヘタレ。
数分間、二人はそのまま動けなかった。
やがてリョウの腕がしびれてきて。顔が恥ずかしさ以外の理由で真っ赤になってきて。
「リョウ……その、だっ大丈夫?」
「……むり!」
いよいよ起きるか虹夏の首元に飛び込むか選ばなきゃならなくなって。
リョウは照準をずらして虹夏の胸元に顔をぶつけた。
「うぐぉっ……!」
人間の頭は5キロか6キロぐらい。虹夏は肺が潰されてえづいた。
「ぐぇ……」
「に、にじか……」
お互い背を向けて、虹夏は地べたに胡坐をかいて悶絶した。二人とも心臓がバクバクして。リョウは手がしびれて、虹夏は肺が苦しくて、二人とも何も言えなかった。
一分たって、ようやく落ち着いて。
「リョウ、腕、大丈夫……?」
虹夏は振り向いた。
リョウはまだ背を向けていた。ペタンと、女の子座りだった。
バルコニーに出ていたから、スリッパは履いてる。でも素足。それに夏場の薄い寝間着。
リョウのボディラインがなんとなくわかる。
「……」
「……」
「な、なんか、ごめん……」
「ううん、私も、ごめん……」
「……」
「……」
「……ね、寝ようか? もう」
「……うん」
虹夏は立ち上がった。
リョウの動きが遅い。腰が抜ける……とまではいかないけど、アクシデントが起こるわ腕は痺れるわでもうまともに体を動かせない。
膝に手をついて、ゆっくり、ゆっくり、立ち上がった。
手を貸そうか、と虹夏は考えて、すぐに差し出すことはしなかった。
リョウに対して手を貸すことの意味が、ここ数カ月で決定的に変わった。
でも。
「リョウ……歩ける?」
「……なんとか」
リョウはフラフラと歩いている。とてもじゃないけど危なっかしい。
(手を、貸そうか……?)
手を繋ぐのは恥ずかしいに決まってる。でも何かしら見ておかないと危なっかしい。でも、よりによって自分がリョウに提案していいのか。
(でも……階段とかで転んだら)
悩みに悩んだ結果。
「リョウ。危ないから手を貸してよ」
「……うん」
リョウも状況は理解していた。今までだったら恥ずかしさもなく繋いでいた手。
今は違う。
虹夏が先に歩く。階段の前に立つ。
握りしめる。
『……』
いつもとは違う、熱が伝わる。
柔らかくて、しっかりとした。
小さくて、大きな。
てのひらの温もり。
ゆっくりと階段を下りる。
ゆっくりと廊下を歩く。
リョウとひとりの寝室の前。
どちらからともなく、手を離す。
「……ありがと」
「うん……お休み」
「お休み」
リョウが寝室へと戻っていく。虹夏も自分の部屋に戻った。
けど、すぐに横にはならない。布団の上で胡坐をかいて、自分の掌をじっと見る。
「リョウと、手を繋いだ……」
ベースをずっと弾いてきた先が硬くて、でも小さくて柔らかかった、女の子の手。
自分のことを好きだという、女の子の手。
「少し、握り返してきた……」
どうしてそんなことをリョウがしてきたのか。単にバランスを崩したからなのか、それともわざと虹夏の手を強く握ったのか。
わからないけれど、でも、確かなことは。
「ああ、もう、こんなのいつもの僕らじゃないよ……」
掌の感触を覚えたまま、虹夏は後ろに、布団に倒れた。
見上げた天井。視界が揺れる。
今日は、眠れそうにない。
────
「へぇー、確かに先輩たち二人、いい関係なんだね」
十一月。喫茶店。郁三とひとりの話を聞き終えた次子は、「ごちそうさま」といった様子で食べ物じゃなくて紅茶を飲み終えた。
結束バンドの青春模様、その八月の一幕。次子は秀華高生だからどうしたって郁三とひとりとの距離が近いけれど、先輩二人も絡んだら面白そうだと思っていたので興味深い話だった。もっとも、自分が下手に虹夏先輩に近づいたらリョウ先輩が黙っていないんだろうな、と次子は思ったけれど。
「でも、二人こそ何もなかったの? せっかくの二人きりの時間だったんじゃん」
バカップル二人は喉を詰まらせた。さすがに。虹夏とリョウのやり取りの後に、自分たちが郁三の部屋で取っ組み合いにあったなんてことは言えるわけがない。
「な、何もなかったよ……?」
「ははいナナニモッモモなかったたデスっ」
「ふーん。まあ、そういうことにしといてやるよ」
めっちゃくちゃニヤけた次子だった。
閑話休題。
「とにかく、二人が言いたいことはわかったよ。深夜に二人で密会して抱き合うような先輩たちが付き合わないのはおかしいと」
少し誇張されて伝わっているけど、次子の言う通りの意見だった。特に郁三が。
「えーっと、その喜多の憧れだったリョウ先輩が、腐れ縁の虹夏先輩を好きだと。
「うるさいっ。今はひとりちゃんが恋人だ」
「で、その虹夏先輩は後藤のことが好きだったと」
「うぅ……」
「でも虹夏先輩も、リョウ先輩のこと悪く思ってはないみたいじゃん」
「そう、そこなんだよ」
郁三はグイっと顔を次子に近づけた。二人の間柄を知っていなければ勘違いしそうな挙動だ。
「二人が仲間として仲がいいのは疑う余地もないんだ。問題は、虹夏先輩がリョウ先輩のことをどう思ってるかだ」
憧れのリョウ先輩を応援し隊、自称隊長郁三。恋愛事を楽しみ隊、自称隊員次子。
山田家別荘小旅行の話を聞いて、次子もすっかりこの話に前のめりになっている。
「なのに、リョウ先輩も奥手みたいで精々頑張ってもデートくらいだし、虹夏先輩も動かないし……最近は本当に悶々としちゃうんだよ。ね、ひとりちゃん」
「あっはい」
陽キャの圧から逃げ出し隊、ひとり。
ちなみにリョウが頑張っている『デート』も実際のところはいつもみたいに虹夏と二人で前みたいにぶらついているだけだったりする。
「喜多、男子としての意見を聞かせてよ。虹夏先輩が女子としてのリョウ先輩をどう思ってるか」
「とは言ってもなぁ。ひとりちゃんと会う前の俺なら、リョウ先輩に告白されたら即答しちゃうからさぁ」
「色ボケ朴念仁」
次子は舌打ちした。
「でも、話を聞く限り虹夏先輩もリョウ先輩のことを悪くは思ってはなさそうだし。焚きつけりゃいいんじゃないの?」
『焚きつけ?』
次子は悪い言い方をすれば他人だ。デリケートな提案もできる。
「恋してるのはリョウ先輩。虹夏先輩にも『男を見せろ』って言いたいところだけど……手っ取り早いのは誰か女の子あてがって虹夏先輩を誘惑させて、リョウ先輩を焚きつけて、とかがいいんじゃないの」
結束バンドの四人は全員バンド内の人間が初恋だった。そんな恋愛ど素人の四人にはまず生まれない発想だった。ひとりは「これが陽キャ……!?」と郁三の存在を忘れて呻いていた。
「話聞いた感じ、虹夏先輩は恋愛下手っぽいけど別にすぐに目当ての女子乗り換えるような感じじゃなさそうだし」
「いやでも、それどうなの……?」
「別にあて馬の女の子に迷惑はかけないよ。ただ、ちょっと虹夏先輩と
「うーん、そんなもんか?」
異性の一人や二人、仲良くなっても別に恋愛事にはならないだろう、というのが郁三の手応え。一方のひとりは次子の言葉に大いに納得していた。なんせ、リョウに対して尻尾を振る郁三に複雑な思いをしていたのだから。
郁三は、自分で「先輩たちの進展が遅い」と言った割りには次子の言葉に難色を示している。
「確かにそれでリョウ先輩たちも動き出すかもしれないけど……二人の仲が悪くなるのはさぁ」
「何言ってんの。問題を超えて仲が深まるなんて、アンタらもう経験済みでしょーが」
次子はひとりと郁三を順番に指さした。
『え?』
疑問符を浮かべて首をかしげるバカップル。
次子は「こいつらも大概やきもきさせるな」なんて思いながら、二人も思い出せるその単語を口にした。
「この間、お疲れ様会」
『あ……』
二人の脳裏に、まったく同じようによぎる映像があった。
「思い出しなよ? ちょっとした障害があってこそ、絆が深まった二人がいたわけじゃん」
次子は肘をついてニヤニヤと笑う。
それは三人に共通の話題。つまり結束バンドじゃなくて秀華高校としての話だ。
郁三の未確認ライオットライブ審査の公開告白は瞬く間にクラスメイトに知れ渡ることになった。学校でもひとりが郁三にギターを教えていることは結構な人数に知られていて、郁三がひとりに告白をしたことは明白だったからだ。
二学期が始まってから数日後には、男女問わずクラスメイトの半分近くの人間が集まって、ひとりと郁三を巻き込んで慰労会、兼カップルにいろいろ話を聞こうの会が開かれた。ちなみに次子は面白がって、傍観者になるだけだった。
郁三は持ち前の明るさだったし、ほとんど話さないひとりも、悪い子じゃないしギターを持てばすごいというのもクラスメイトの知るところとなった。それで歓迎されて暴走したひとりがまた引かれる、という一幕はあったけれど。
次子は聞いた。
「そのお泊り会でリョウ先輩が虹夏先輩を押し倒した後はどうなったの?」
「あっえっと、何日かはちょっとぎこちなかったんですけど、数日たったら元通りでした」
ちなみにそれは郁三とひとりも同じだった。ひとりは郁三に抱き着いたことにしばらく悶えて、郁三は数日間は寝不足が続いた。
「私がリョウ先輩だったら、絶対もっとアプローチしかける」
「えっさっささささん経験豊富なんですか……!?」
「別に豊富じゃないけど……でも、相手だって悪く思ってないわけだし。私のこと好きじゃなくても好きにさせる」
「さっささささん……!」
ひとりの眼から見た次子。後光が差していた。
「虹夏先輩だって、男なら覚悟決めるべきっしょ。勇気出して付き合うか、拒絶するのか選ぶべき」
「さっつー、さすがにそれは俺も胃が痛いよ……」
「いい気味だ朴念仁。とにかく、それだけ奥手な二人でしょ? 私たちが動くなら、とことんしなきゃだめだよ。二人だけにさせるとか中途半端なことしたって状況は変わらない。断言できるね」
「さっつー、協力してくれるの?」
「もちろん」
意外にも乗り気だ。
「というわけで後藤、喜多に宿題。二人にあてがう相手を見つけるか、それか別の案を見つけること。来週またここで作戦会議ね」
「よし、乗ってきた……!」
「えっ!? えつ!? オンナノコノトモダチ……!?」
ひとりは呻いた。
「それじゃヨロシク~」
次子は伝票を持って会計へ歩いていく。強制お開きだ。
「俺たちも行こうか、ひとりちゃん」
「はっはい」
「燃えてきたねー! 《先輩たちのプロポーズ大作戦》!」
「えっあっそうですね……!」
実際のところ、ひとりは次子の提案や郁三の熱気に戸惑っている部分はあるのだけれど。
そうして三人は別れ、それぞれの帰路につく。
今日の作戦会議の発起人である郁三は、状況が少しでも進んだことにちょっと気分が前向きだ。
最近の困りごとであるリョウと虹夏の仲。解決したわけじゃない、でも次子というブレーンが協力してくれる、というのはありがたかった。
そうして家に到着する。
「ただいま」
家のドアを開ける。変哲もないマンションの一部屋。それが郁三の家だ。
「お帰りなさい、郁三」
母、久留代が顔を出す。郁三と同じく赤い髪。ハイテンションなことが多い郁三とは違って、真面目な印象が際立つ母親だ。
父親はまだ帰って来てないらしい。
「郁三、荷物を置いたらリビングに来てくれる? 少し話があるのだけれど」
「え、ああ。なに?」
「なにって、学校のことよ」
「……」
郁三の顔が少し曇る。何のことか、予想はできていた。
進路希望の話だ。
思春期の性なのか、鬱陶しいと思わなくはない。けれど家族中は良いし、いずれ話そうと覚悟していたことでもある。郁三は大人しく、久留代の待つテーブルに座った。
正面に構えて瞑目する久留代。少しだけぴりついた空気。
「改めて、書類を見させてもらったけど。郁三」
久留代は一枚の紙を郁三に渡した。冬休みの前後に提出する必要のある進路調査票だ。当然郁三が記入したもので、そこには郁三が迷わずに決めた高校卒業後の進路が記されている。
久留代は言った。
「この第一希望、『バンドマン』ってどういうこと……?」
「──うん」
結束バンドのメンバーに対して、特に話題に上げることでもなかった進路希望の話。
両親には、特に母親には大反対されるだろうとは思っていたけど、思ったより早く切り出された。
まいったなぁ、と郁三は心の中で悪態をついた。それは別に母親が嫌いだというわけではなくて、未確認ライオット前後で結束バンドのメンバーとたくさん心をぶつけあってようやく今があるのに、またすぐにこうして誰かと衝突しなきゃいけないことに対してだ。
つくづく、自分は陽キャを演じているだけなんだなぁと思い知らされた。いざという時は衝突してしまう。
それでも、やっぱり自分の中で決めた夢に向かって走りたい。
だから郁三は、母親と喧嘩になってしまうとわかっていても、それを口にすることをやめなかった。
自分の進路は──
「俺は大学は行かない。バンド一本でやってく」
タイトル解説
《月がきれい》
歌:東山奈央
アニメ『月がきれい』EDテーマ
アニメ『月がきれい』については、51話で明かしたので。そこは省略。今回はEDテーマです。
「月がきれいですね≒I love you」というのは割と有名な恋愛の話題ですが、EDテーマの《月がきれい》はしっとりとしたピアノの旋律から始まり、夜の密やかな恋模様、愛情と寂しさ、美しさを感じます。
人が人を好きになって、頭がその人のことでいっぱいになる。
美しくも切ない、とても素敵な時間ですね。