【完結】虹色refrain   作:迷えるウリボー

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55 LOVE&ROLL

 

 

「おっはよーございますっ!」

 とある日のSTARRYだ。いつものように結束バンドの面々が、バイト終わりだったり暇つぶしだったりで昼間からたむろする休日。

 そこに、結束バンドでもなければ星歌やPAさんといった古株でもない、溌剌とした女子の声が轟いた。

 振り向く結束バンドの面々。でも、声の正体が誰なのかというのは全員わかっている。

 郁三はわざわざ立ち上がって手を挙げた。

「大山さん! おはよう!」

「おはよーございます先輩方! 今日もミーティングなんて意識高いっすね憧れますっ!」

「いや、作詞の相談したりとかゆっくりのんびりしてるだけだけどね」

 背が高い郁三を巨人と対峙したように見上げる少女は、結束バンドで最低身長のひとりよりもなお背が低い。明るい茶髪、肩までのミディアムをサイドテールにしているので、まとめた髪が元気に跳ねている。

 少女の名前は大山猫々(ねね)。秀華高校一年生。最近STARRYでバイトを始めた。つまりひとりや郁三の後輩だ。

 ちなみに同時期にもう一人バイトを始めた人がいるのだけど、今日はシフトに入っていない。

 今日がシフトじゃないのは猫々も同じだ。それでもどうして今日ここにいるのかというと。

「実は買いたいギターを見つけまして! 先輩たちに意見もらおうと思ったんですよ!!」

「おっ! やっと!?」

「はい!」

「じゃあひとりちゃん! 一緒に見よう!」

「あっはい……」

 郁三に呼ばれて、ひとりは少し億劫な様子で立ち上がった。理由は猫々がちょっと苦手だから。

 大山猫々。スポーツが趣味で中学では三年間バスケ部所属だった、生粋のスポーツ少女。

 特徴。声がめちゃくちゃデカい。

 高校に入ってからギターを始めるという目標を持った猫々は、そういう意味では郁三と似た境遇だ。スポーツ少女猫々にとっても、結束バンドでは郁三との会話の相性が一番よかった。自然郁三も大声になる。

「おっ大山さん決まったんだ? 見せて見せて」

 面倒見のいい虹夏も集まってきた。

 猫々は三人にスマホの画面を見せた。

「通販でやっと見つけたんですよ! お手頃なギターを!」

 スマホに表示されている通販の画像を見て、虹夏たちは驚愕にかられた。

 まず目に飛び込んでくる『激安!』の二文字。

 ギザギザ吹き出しの中に誇らしげに押し出された『ノーブランド品!』という主張。

 極めつけはギター写真の下部にレインボーな色合いで書かれた『2980円』。

 にぃきゅっぱだった。税込みだと3000円超しちゃうタイプだった。

 郁三はひとりを見た。ひとりはあんぐりと口を上げて虹夏を見た。虹夏は天使のような笑顔を見せた。でも背後に鬼を宿していた。

 虹夏は猫々の肩をつかんだ。

「大山さん、今日は一緒に楽器屋さん行こっかぁ」

「へ? でも通販──」

「いいから行くぞ!」

「アホ毛先輩!?」

 大山猫々にちゃんとしたギターを買わせる。本日の結束バンドの予定が決定した瞬間だった。

 エレキギターは馴染みのない人にとっては高価なものだ。ひとりの初代ギターは父親譲りの50万だし、二代目ギターだって6万。そもそも楽器という道具自体が、ギターじゃなくたって数万や数十万は簡単に吹き飛ぶような値段をしている。

 数千円どころか2980円のジャンク品なんて、いくらなんでも安すぎる。いくら猫々が初心者で音の違いが分からないと言っても、そこは納得できないのが虹夏たちの音楽家としての性だった。

 ちゃんとした商品の中古でさえ数万するような世界だ。2980円なんて絶対に作りが悪いに決まってる。頻繫にメンテナンスが必要でめんどくさい、なんてことになりかねない。

 だから、音楽を少しでもやりたいと思っているならもっとちゃんとしたのもを買うべきだし、ちゃんとした音を聴くべきだった。

「──というわけだから、今日は大山さんのギターを選ぶよ。通販なんて絶対に認めない」

 STARRYから出て下北沢駅に向かう結束バンドの四人と猫々。先頭を歩く虹夏は指を立てて猫々に半分説教みたいな指導を喰らわせる。

「アホ毛先輩、怖いっす……ヒッピーせんぱぁい!」

「えっあっあっ」

 猫々はひとりに抱き着いてきた。ひとりはそんな後輩を思いっきり避けた。《アホ毛先輩》は虹夏、《ヒッピー先輩》はひとりのことだ。

 どうしてひとりがそんな渾名なのかというと、ひとりの奇行時の様子を学校で目撃されたからだったりする。郁三と付き合い始めて以来女の子としてのあれこれに気を遣うようになったとはいえ、ピンクジャージはお気に入りだし本質的には大して変わらない後藤ひとり。

 そんなひとりはスポーツ少女の猫々が苦手、でも後輩でギターを始めたいときている。億劫に、おっかなびっくり、けれど意見だけはしっかりと。

「やっ安過ぎると簡単にやめれる……から、高い方がいい、と思います」

「なるほど……無口先輩の意見は!?」

 猫々は顔を《無口先輩》ことリョウに向けた。言わずもがな、猫々から見て無口だからだ。陽キャ適正の高い郁三と虹夏より、ひとりとリョウが猫々の初バイトとブッキングした縁がある。

 問われたリョウはため息を吐いた。

「説明したけど。メンテが大変だし、ピッチも悪いし」

「無口先輩も同じ意見かぁー」

 ため息をついてから猫々は叫んだ。

「で、先輩たちはなんでそんな遠くから!?」

 リョウとひとりは、虹夏・郁三・猫々の三人から三メートルくらい離れてた。だってうっせぇから。

 虹夏と郁三は、女子メンバーの陰さにただただ笑うだけだった。

 そんなわけで、五人は渋谷にやってきた。前にひとりが楽器を調達した御茶ノ水ではないけど、それでも楽器店は充分にある。人の多い渋谷まで来た時点でひとりもリョウも霞のように消えかかってたけど。

 郁三はひとりの肩を支えながら一緒に歩く。猫々と一緒だと郁三の声の大きさが跳ね上がるので、今日のひとりはさすがに疲れ気味だ。

「ほら、ひとりちゃん頑張って! 大山さんにギター教えないと! 俺まだまだ素人だし!」

(喜多くんの声が大きい……! 今日はだめだああああああ)

 虹夏は数歩毎に足の止まるリョウを無理やりに歩かせる。そこだけ切り取れば、昔からの変わらない虹夏とリョウの関係性だった。

「リョウ逃げるな! せっかくの後輩なんだから! それに僕ドラムだからギターわっかんねぇんだって!」

「私ベース……」

 作詞作曲の時から変わらずこの手の話では役に立たない男子たちは、必死に女子たちをおんぶに抱っこして接待してなだめて褒めて動かす。忙しない結束バンドだ。

「先輩たち! 仲いいっすねーっ!」

 四人がこうなる元凶は、気づきもしないで溌剌に笑っていた。

 

 

────

 

 

 実際のところ、ひとりもリョウも行く場所が御茶ノ水じゃなくて渋谷に変わった時点で一度は「逃げよう」と思い至った。体は何度も何度も「後ろ向け後ろ!」を体現しようとしていた。リョウは虹夏に何度もチョップを喰らうぐらい足取りが重くなっているし、ひとりはひとりで溶けかけている。

 それでもなんとかしてついてきたのには、それなりの理由がある。とはいえ複雑な事情じゃない。

(喜多くんを)

(虹夏を)

 猫々と一緒にさせるのは、なんか、やだ。

 単なる嫉妬心みたいなものだった。

 ひとりからすれば、郁三は自慢の彼氏。未確認ライオットを通して培ってきた絆もある。別に郁三のことを疑っちゃあいない。

 とはいえ、郁三は陽キャだ。彼女がいるから別の女の子と話さないなんてことはない。そもそも郁三は今も変わらずリョウに尻尾を振ってたりもする。ひとりはリョウに対しては信頼しているので、ちょっとだけチクリとすることがあっても構わない。猫々を悪く言うわけじゃないけど、ちょっとだけわがまま心があった。

 リョウの場合はもう少し切実だ。といっても、虹夏と猫々の間柄を本気で心配してはいない。ただ虹夏の面倒見の良さが二学年下の後輩に対して働いて、リョウが以前からとっていた行動、虹夏の周囲の女っ気をさりげなく排除しようという習性が働きかけている。《未確認ライオット》までの恋愛騒動で色々と成長もしたリョウだけど、結局虹夏と付き合っているわけでもないし、鬱憤はたまる。

 そんな乙女二人の心境なんて露知らず、男子二人と呑気な後輩は笑顔で楽器店に足を踏み入れる。以前御茶ノ水で入った楽器店の系列店だ。

 入るなり視界いっぱいに広がるギターとベースの行列。猫々が叫んだ。

「うお~~! ギターがこんなに!」

「大山さん! 声うるさい!」

 楽器店に入ったことで、ひとりとリョウのHPが少し回復する。

 ギター探索の始まりだ。

 虹夏が聞いた。

「値段を気にしなかったら、大山さんはどんなギターが欲しい?」

「派手にとにかく目立てるギターが……あ! こういうのです! ヒッピー先輩なんてギターですか!?」

「あっ、こ、これはツ、ツインネックギター……」

 郁三に介護されたひとりが辛うじて喋った。肩を支えられ、背後は幸せだけど正面は大山猫々。情緒がおかしくなったひとりは腹話術の人形みたいになる。

「ねっくガ二ホンアルノデソウ呼バレマス」

「ヒッピー先輩、漫才もできるんですか!? すごー!」

「それより、これだとギターの主張が激しくて大山さんが目立たないよ?」

「それは困りますよアホ毛先輩!」

 と、初っ端からギターの王道から外れる提案もあれば。

「じゃあこれはどうですか!? 他のギターより大きいですけど!」

「コレハ多弦べーすトイッテ弦ガ通常ノべーすヨリ……」

「あっ」

 ひとり人形を支えていた郁三が吐血した。

「あ、郁三が死んだ」

「え、映え先輩どうしたんですか!?」

 虹夏が苦笑した。

「喜多くん、ギターと勘違いして多弦ベース買っちゃったことあるんだよ」

「えっでも今の映え先輩のギターって?」

「うん、リョウのやつなんだけど」

「無口先輩すげー!」

「音域ヲ増ヤスコトガデキマス」

「それよりぼっちちゃん喜多くんのトラウマ抉るのやめたげて! 早く復活して!」

 結束バンド。どんな時でも騒がしい。

 その後、猫々はひとりの初代ギターと二代目ギターを見つけた。ひとりの演奏をきっかけにバンドに興味を持っただけあって一時は二代目ギターの購入を買ったりしたけれど、結局は断念した。買う買わない以前に二代目ギターの値段六万は普通に高いからだ。ツインネックギターも多弦ベースも馬鹿にならない値段だけれど。

 他にもいろいろなギターを見た猫々。最初は楽しそうにギターを見ていたけど、だんだんと苦しそうな表情になってきた。

「……先輩方」

『ん?』

 猫々に付き添ったり好きに楽器を見たり、それでもなんだかんだで猫々の傍からは離れなかった結束バンドの四人が振り向く。

 猫々は言った。

「ギターって……高くないですかー!?」

『えっそうだよ?』と野郎二人。

「えっはい」とひとり。

「当たり前」とリョウ。

 悲しいかな、純粋な同情の声は一つもなかった。

 

 

-────

 

 

 そもそも、必要なのはギターだけじゃない。アンプ、シールド、チューナー、エフェクター……バンド活動やライブを念頭にするなら必要なものはたくさんある。費用という面で考えればこれらは初期費用で、結束バンドの場合はチケットノルマ、場合によってはスタジオ代も。

「ギッギター以外の初期費用でお、二万ぐらいは必要だと思います……」

 最初の店以降も、いくつか楽器屋を見て回った。けどよさそうな一品を見つけてもお金の面で猫々が渋ってしまい買わずじまい。五人は気分転換に喫茶店に来ていた。

 ひとりの説明に、猫々はやっぱり驚いて叫ぶ。

「バンドってめっちゃお金かかるじゃないですか! 先輩たち金持ちなんですか!?」

「わっわたしは広告収入が……」

「実家が病院だし」

「僕は家がライブハウスだからそもそもイージーだしなー」

 バンドイージーモード三人。取り残された郁三は、アイスティーを啜って頬杖をついた。

「なんか、こう聞くと俺と他の三人の格差がすごいな……ひとりちゃんも、お父さんがバンドやってたんだもんね?」

「あっはい。さっ最初のギター、もお父さんから借りていましたし」

「バンドへのとっかかりはできてた、と。なんか大山さんに同情するや」

 そんな郁三に、先輩二人は。

「いや、喜多くんの熱量はほんとアホみたいだと思うけど」

「同感。ほんとよくやるよ」

「いや、あの、虹夏先輩もリョウ先輩も、褒めてるというか馬鹿にしてません……?」

『してないしてない』

「絶対してる……」

 いじけ郁三。先輩たちは気にしないでいじり続ける。

「文化祭でも初心者なのにアドリブするしね喜多くんは」

「いや、だってそれはひとりちゃんの弦が切れて……」

「ライブ審査じゃ公開告白だってするし。漫画の主人公か。頭お花畑」

「それは俺も反省してますのでぇ……!」

 リョウの茶化しに郁三は恥ずかしがって強縮するしかない。そんな風にしてれば他の面子──ひとりと猫々も反応するもので。

「ああっ!?」

「うわっ!? 大山さん声でかいって!」

 虹夏の注意も気にせず、ギターの値段にいじけていた猫々は人が変わったように目に光が宿る。

「映え先輩! そういえば公開告白どうなったんですか!?」

 公開告白。その単語が猫々から発された瞬間、郁三は口をおっぴろげて固まり、ひとりは顔を真っ赤にする。ひとりも時々人間らしい感情の変化を表すようになってきた。

「あっ、えーっと……大山さん」

「もう私も一緒にいた友達も盛り上がりましたよー! 誰ですか!? 先輩にギター教えた人って!?」

 猫々はめちゃくちゃ楽しそうだ。それもそのはずで、猫々は郁三が公開告白をしたあのライブ審査を観に来ていた。バンドを始めようと決意したのもひとりや郁三、結束バンドの演奏に感化されてだ。だから、学年を飛び越えてイケメン陽キャで有名な郁三が公衆の面前でド青春な主人公顔負けムーブをされたら盛り上がらないわけがない。

 ただ、その後の郁三のひとりへの再告白は一応は密やかなものだったし、その後を知っているのも郁三の告白相手を知っている人だけだ。実はストレイビートの都ややみもまだ知らなかったりする。

 次子みたいに、郁三やひとりと同じクラスだったのなら二人が恋仲になっているのも知っている。けどさすがに下学年までには知られていないようで。

「告白、成功したんですか!? それとも振られたんですか!? 学校じゃ噂がすごいことになってますよ!? でもライブハウスでもそんな人の影はなかったし!」

 とにかくうるさい。虹夏は止めようとも思ったけど、恋敵の郁三への嗜虐心がちょっとだけ勝った。リョウは爆笑を必死で堪えている。

 郁三はちらりとひとりを見つつ、顔を真っ赤にして、

「その……受け入れてもらって、今は付き合ってます、はい」

「えー!? 相手は誰!? 誰っすかー!?」

 五分後。

「ヒッピー先輩もすごいっすー!」

「うへへぇぁ……」

 ひとり、褒められて顔が溶け崩れる。週明けの秀華高校がすごいことになりそうだった。

 ひとりだけじゃない、郁三も同じく。

「喜多くんが溶けてる」

「ぼっちと一番接触してるし、感染したんじゃない?」

「感染って……ていうか接触とか言うなよ」

「ギター練習でだよ。虹夏、なに想像してんの」

「してないっ」

 虹夏はそっぽを向いた。

 猫々は笑った。

「でも先輩方仲いいし、ヒッピー先輩と映え先輩が付き合うのも納得です!」

 そして。

「てことは結束バンドはWカップルなんですね!!」

『……ハイ?』

 結束バンド全員の思考が止まった。リョウも含めて全員もれず。

 虹夏の口が開いたまま、口につけていたストローが抜け出してさまよう。

 猫々は、困ったように疑問符を。

「え……だって無口先輩とアホ毛先輩、よく一緒に残ってるし、遊びに行ってるし」

『……』

 全部事実だ。

「アホ毛先輩の部屋に無口先輩の私物があるって……アホ毛先輩のベッドで無口先輩が良く寝てるって」

『……』

 まごうことなき事実だ。リョウは猫々に告げ口した犯人を探した。

 郁三が猫々の見えないところでめちゃくちゃ平謝りしてた。

(……郁三っ!)

 リョウにしては珍しく、獰猛な犬みたいな表情で怒りをあらわにした。

 恋愛騒動以降、リョウの虹夏への愚痴を聞くことも増えた郁三。『他の人には話さないで』とも言っていないのがまずかった。

 そんな先輩たちの水面下のやり取りも知らず、猫々はぽかんとして。

「え……? 無口先輩とアホ毛先輩って付き合ってないんですか?」

 重苦しくうなずく結束バンド四人。

 猫々は思わず立ち上がった。

「えー!? 無口先輩とアホ毛先輩って付き合ってないんですかー!?」

 ですかーですかーかーかー……。

「そ、そうだよ大山さん。別に僕ら何もないし。ね、リョウ?」

「……」

 リョウは何も言えない。虹夏はリョウの顔が見れない。

「いや、でも……!」

 郁三がドンっと机をたたき。

「大山さん! とにかくギターを買ってからだ……! どうするの……!?」

「うっ……それは……」

 猫々の口調に陰りが差した。こうやって五人で出かけることになったそもそもの理由だ。これを聞かれるとさすがの猫々も強く出れない。

 テンションが数分前、ギター初期費用の高さに呻いていた時に戻る。

「……数年分のお小遣い前借りすれば何とか……でも続けられるかわからないのに……」

 そうして、ひとしきり唸った猫々は。

「すみません、やっぱり通販で我慢します……」

 そう、絞り出すように言うのだった。

 恋愛関係の話題から逸らすことには成功、けど猫々の諦め発言は良くない。虹夏も、郁三も、リョウもひとりまでも、真面目な顔つきに変えて猫々を説得しようとする。

「でも、2980円の安物なんて相当厳しいよ……?」

「でもお金ないし……」

 それを言われると強く出れないイージーモードの先輩たち。

 ひとりもイージーモードだから強く言えない。でも、目の前にいるのは同じギターを志望する後輩だ。かつて、結束バンドへの加入を諦めた恋人の苦悩を思い浮かべる。

 さらに、郁三は。

「やっぱり駄目だ! 値段も、デザインも、本気でこれだって思うのが見つかるまで探そう! そのために俺たち、着いてきてるんだしさ!」

「映え先輩……」

「俺だって、理由は違うけど昔バンドから離れかけたんだ。だから躊躇う気持ちも、でもまだ憧れちゃうのも……ほんの少しだけだけど、わかるんだ」

 それは、郁三が結束バンドに戻って来られた言葉の一つ。

 ひとりからすれば猫々に対して少し嫉妬してしまうような態度。でも、ひとりはそんな郁三を好きになった。だから、頼もしいしカッコいい。

 当の郁三は感激する猫々と一緒にどんどんボルテージが上昇していく。

「元バスケ部だろ!? 同じスポーツマン同士……こんなとこで負けちゃだめだ!」

「映え先輩ぃ……!」

 郁三は部活は所属してないしあくまで助っ人だ。

「諦めたらそこで試合終了だよ!」

「待て喜多くん。それ以上はだめだ」

 虹夏が突っ込む。けどリョウは思った。虹夏も前に『言葉は刃物なんだ』って言ってたじゃん。

「ネットを駆使して片っ端から探すよ! 手に入れるまで、今日はずっと延長戦だぁ!」

「映えーーッ!」

『え』

 インドア組(虹夏・リョウ・ひとり)がその言葉に凍り付いた。

 

 今日帰れないの……?

 

 

────

 

 

 延長戦結果発表。

 猫々、ギター購入。費用約5千円。

 購入店舗、ハードオフ。

 場所、栃木県宇都宮市。渋谷駅から宇都宮駅まで片道約2000円。

 五人の往復代金を合計すると2万円。

「これもうどういうこと!?」

 今日の戦績を計算して、虹夏は机に突っ伏した。

 場所は宇都宮駅近くにある中華料理店。もう各々料理を注文し終えて水をすすりながら待っている。

 だって、ネットでギターが場所を探して、現地で購入したらもう夜になっていたからだ。つまり夕飯。一日かかっちゃった。

 自分たちのお金を猫々にあげるなんてことはしないけど、合計したら25000円だ。それだけ金掛けたら同じ中古でももうちょっといいのが渋谷かそこらでも買えたんじゃないかと、虹夏は疲れた体を労りながら考えた。

 隣では付き合わされたリョウが疲労困憊の様子で天井を仰いでいる。渋谷で虹夏との関係を疑われて恥ずかしがったのが遥か昔のことに思えるボロ雑巾具合。

 あと、ひとりはもう人間の体を保てていない。復活までは数分かかる。

 料理店なのに購入したばかりのギターを嬉しそうに胸に抱えて、笑顔の猫々はメンバーを見渡した。

「先輩たちありがとうございます! まさか5千円でこんなギター買えるなんて!」

 結束バンドでただ一人、変わらずに元気な郁三は猫々の嬉しさに呑気に共感している。

「良かったね! そんないいギターが買えて! 後はリョウ先輩が直してくれるっていうし!」

「ウン……モウソレデイイ……」

 リョウ、魂が上に昇る。

 栃木まで来てしまった。突っ込む気力すら失せた。そのギターを直してギター購入の旅から解放されるなら、苦手でもなんでもいいと思った。

 一方の虹夏は、こうなったら餃子の名店全部食べつくしてやるとやけくそに考えた。

 宇都宮まで来て全員疲労困憊になったけど、結果として郁三の行動は功をなして、猫々の意識を虹夏とリョウの関係性から離すことには成功したわけだ。当の郁三すらWカップル疑惑を忘れている可能性があるけれど。

 ともあれ、今日のミッションは達成だ。

 やがて、餃子を中心に思い思いの中華料理が運ばれてくる。猫々はギターをしまって、虹夏は餃子をやけくそ気味に食べ始めて、リョウも郁三も箸を手に取る。

 ひとりも復活した。郁三のように同じギター仲間が増えたことに喜んで、リョウのように疲労で昇天して、虹夏のやけくそ具合は……そこまでじゃない。

 でも、メンバーと同じような感情に身を任せるだけじゃない。

 一つ、考えたことがある。餃子を食べながら、考える。

(虹夏くん……リョウさんのこと、どう思ってるんだろう)

 ひとりは虹夏のことが好きだ。でもそれは友達としてであって、ひとりは虹夏の告白を受け入れなかった。

 ひとりはリョウの虹夏への感情を、未確認ライオットの頃に知ることになった。そして恋愛騒動を経て、リョウの別荘の夜のことがあった。

 今の結束バンドは安定している。けれど。

 今日、猫々が虹夏とリョウの関係に疑問を持った時、二人は明らかに気まずそうな空気になった。

 リョウの別荘での二人の会話を思い出せば、鈍感なひとりでも思い至る。あの恋愛騒動を経ても、まだ先輩たちの出来事は収束を見せていない。

 あの時の、ひとりの悲しみ。虹夏の苦しみ。リョウの絶望。郁三の虚無感。それほどではないかもしれない、でも一つの問題があるのは確かだ。

 郁三が『先輩たちのプロポーズ大作戦だ!』と言った時、作戦名のカッコよさはともかくとして、陽キャのノリには少し戸惑いがあった。郁三のやきもきとした気持ちには同調したけど、それでもどこか他人事だった。

 今日の出来事があって、はじめてひとりは、虹夏とリョウの関係性を我が事のように感じ始めた。

 

 ──誰か女の子あてがって虹夏先輩を誘惑させて、リョウ先輩を焚きつけて──

 

 我が事になってもどうすればいいかわからないひとりは、ひとまずの行動指針として次子の言葉を思い出す。

(虹夏くんと仲のいい女の子……)

 何よりも自分がこう考えていることに若干の罪悪感はあるけれど、それでも考える。

 まず、目の前の猫々。先輩後輩としてはともかく、特別な意味で二人が仲良くするイメージが湧かない。

 PAさん。

 きくりお姉さん。

 なんだかお姉さん比率が高い気がする。

(……よくわからない)

 郁三への感情を自覚して、初めて色恋沙汰の当事者となったひとりだ。ぶっちゃけ恋愛弱者だから人の恋愛事情をコントロールしようなんて想像すらできない。

(そもそも……虹夏くんを励まそうとしてわたしがこじれさせちゃったし)

 とことん自分のことを信頼できなかった。

 少なくとも、自分一人で動くのは止めておこうと考えるひとり。

 虹夏の隣に立つ、仲良くなりそうで、リョウを嫉妬させるような女の子。そんな子が、果たしているのだろうか。

 一方、他の三人は。

(もうギター修理し終えたら猫々(コイツ)とは関わらない……)

(まあ、なんだかんだギター始めてくれそうだし、よかったか)

(餃子うっめ!)

 それぞれ、まったく別のことを考えていた。

 

 

 








タイトル解説

《LOVE & ROLL》
歌:Supercell
アニメ映画「センコロール」のテーマ曲

 申し訳ねえ、「センコロール」については知らないんだ……。
 SupercellのCDの中で見つけた曲。初めて聴いたのはYouTubeで、化物語のMAD動画でした。Supercellの音楽では恐らくかなり初めに聴いた曲なので、印象は強く残っています。
 片想い中の女の子が、気になるカレを頑張って誘惑しよう……みたいな感じの歌詞。作中のひとりもリョウもそんな胆力はありませんけど、そろそろ覚悟決めて頑張らなあかんやねぇんじゃないかい……? 次子が言う「当て馬」が来ちゃうかもしれないぜ……?

《月並みに輝け》を、誰に向けて歌いたい/演奏したい?

  • ひとりちゃん
  • 虹夏くん
  • リョウさん
  • 郁三くん
  • 虹夏ちゃん
  • 郁代ちゃん
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