料理に洗濯に掃除に忙しない休日。虹夏はバイブレーションが止まらないスマホを手に取った。
「もしもし?」
『……虹夏先輩、お疲れ様です』
「喜多くん、どうしたの? 電話なんて珍しいね」
『あはは……ちょっと困ったことになった、と言いますか』
「困ったこと……喜多くん、今日シフトだよね。バイト終わりでよければ聞こうか?」
『ありがとうございます……ただ、ちょっと、今この場で言わないといけないことでもあるといいますか、なんというか……』
「? なんか喜多くんらしくないな。ってまあ、困りごとだもんね。まずは聞くよ」
『……虹夏先輩!』
「うわっ、びっくりした。うん」
『お願いです! しばらく……STARRYに泊めさせてください!!』
「えっと、うん……ええ!?」
────
十一月下旬。
寒さもいよいよ、本格化してきた。
《未確認ライオット》後、ストレイビートと契約を果たした結束バンドは、新たなステージに突入した、と言ってもよかった。
グランプリを獲るという目標へのステップは落ち着きを見せ、目標や課題は、レーベルのサポートを受けながらのバンド活動にシフトしている。レーベルのマネージャーである都と話し合い、最初の活動指針となったのが年明けの新曲リリースだ。リョウの別荘に小旅行をしたのも、メンバーにそのストレスがかかっていたから、というのがある。まあリョウは他にもいろいろと問題を抱えていたけれど。
一方同じ作曲組のひとりはまあまあ順調で、別荘で作詞した以外にも、もう一つをつくり始めている。どちらにもリョウの作曲はつくけれるど、よりリョウの熱が入る方がレーベルと約束したキラーチューンになりそうだった。
バンド活動は継続中。路上ライブの頻度を減らして、代わりにSTARRYでのライブを月二回に増やした。
ミニアルバムのレコーディングもした。各々緊張もしたし、反省点もでた。でも、それは結束バンドの成長に繋がる時間だった。ひとりを始め虹夏や郁三も、作曲や作詞に興味が出たくらいだ。
そんな風に日々も移ろう、十一月下旬。
結束バンドのリーダー。何かと企画が大好きで突っ走りやすい虹夏が、また……
「今年のクリスマスは、自主企画ライブをするよー!」
虹夏が、またなんか言った。リョウは頬杖をついている。
開店前のSTARRY。例によって結束バンド全員集合でのミーティングだ。開始するなり虹夏が満面の笑みでそんなことを言うもんだから、リョウも郁三も面食らってしまった。
「自主企画ライブ?」
例によって経験の浅い郁三が首を傾げる。
普段のSTARRYでのライブにしても、ブッキングライブや新宿FOLTのゲスト出演にしても、ライブを企画するブッカーが出演者を決めている。自主企画ライブは読んで字のごとくだ。ライブハウスを貸し切ること以外は、出演するバンドからイベントから宣伝までのすべてを自分たち──つまり結束バンドで行うことだ。
「去年と同じだけど、姉ちゃんが誕生日だからさ。せっかくだし楽しく祝いたいなーって」
「シスコン」
「うるせぇ」
リョウは泣いた。どうしてなのかは、リョウが頭をさすっているのを見れば言わなくてもわかる。
「店長さん、今度は何歳になるんでしたっけ?」
「三十一歳!」
笑顔で語らう男子二人。女性に対して容赦のない年齢の話題。リョウは星歌にしばかれろと思った。
ともあれ、自主企画ライブ自体を反対するメンバーはいなかった。一応。
虹夏は一息ついて、未だに言葉を吐いていないもう一人に向き直った。
「ぼっちちゃーん? そろそろ起きてー?」
「えへへ……分数? 簡単ですよ……わたしなんかやっちゃいました……? へへ」
「うーん、まだ五分くらいはかかるかなぁ」
ひとりの顔面は天井を仰いで、口から魂が漏れ出ていた。久しぶりの人外パターンだ。
「喜多くん、ぼっちちゃん学校でもこうなの?」
「ここ最近は例外ですよ。補習が相当堪えたみたいで。大山さんと仲良く追試のヌシになってたって」
「嬉しくない称号だな……」
決して不真面目じゃないひとり。でも、陰キャにぼっちに、そして不器用。悲しいかなひとりの成績はめちゃくちゃ悪い。危うく追試も不合格からの留年になるところだった。その間バイトもしないバンド練習もしないで勉強三昧。郁三も勉強を手伝ったのだけど、そもそも郁三も追試を受ける側の人間だからひとりの学力向上には繋がらなかった。
虹夏は納得したように言う。
「まあ、なるほどね」
「ん? 虹夏、どういう意味?」
よくわからないところで頷いた虹夏に、リョウが反応を示す。
「別に、何でもないよ」
「……」
「なんだよ、本当に何でもないってば」
「……そう」
リョウはそれだけ言った。この虹夏の反応は、切迫はしてないけど何かはあった時に出るやつだ。
やいやい雑談をしてるうちにようやくひとりが覚醒して、改めて企画について話し合う。
「何か提案ある人いる?」
「はいはい!」
いの一番に郁三が挙手。
「サンタコスしたいです!」
「ふむふむ。いいね!」
「面倒。郁三は私たちに着せたいだけでしょ」
「いいじゃん、採用しようよ」
「えー……」
「セトリはどうする? 僕ら、いつもはオリソンだけどクリスマスソングのカバーもいいんじゃないかなって」
「それもいいですね!」
「あとは、お客さんにぷちプレゼントでお菓子配るとか──」
白熱する陽キャとコミュ強の企画案。リョウは、どうして自分がブレーキ役になるんだとため息。
「あのさ、二人ともぼっちを見ろ」
『え?』
顔をひとりへ向ける野郎二人。ひとりが再び蒸発しかけて……
「ぼっちちゃん!?」
「ひとりちゃん!? 最近こういうの平気になってきたじゃん!?」
「アハ、アハ……グハァ」
クリスマスソング。自主企画ライブ。みんなで頑張る。
久しぶりの青春コンプレックスが発動した。
さらに五分後。ようやくひとりが──以下同文。
「す、すみません……わたしも、慣れた、と思ったんですけど」
「まあ、ずっと追試で忙しかったし、ひとりちゃんも疲れてたのかもね……仕方ないよ」
ちょっと申し訳なさそうなひとりをなだめる郁三。虹夏もリョウも、言葉には出さないけど気持ちは同じだ。
ひとりの青春コンプレックスを抑えつつ、自主企画ライブをする方法。結束バンドは頭を抱える。
「ひとりちゃん、サンタコスはできそう?」
「……み、みんなとお揃い、ならぁ」
「できるんかい」
突っ込んだのはリョウだ。
「ぼっちちゃん、ぷちプレゼントは大丈夫そう?」
「あ、それは大丈夫です」
「となると……クリスマスソング?」
「グハァ」
決まりだ。ひとりはクリスマスソングに吐血している。
虹夏と郁三は頭を抱えた。
「確かにクリスマスソングなんて恋愛だの恋人だの喧しいし。ぼっちちゃんの反応も、まあわかる」
「いや、でも俺ひとりちゃんと付き合ってるんですけど」
「喧しいわ、郁、三、くん」
「うっ……虹夏先輩、リョウ先輩以外からそれはきついです」
「実際問題、どうしようか。別に今までのオリソンでもいいけど、なんかパンチがなぁ……」
結束バンドはそれなりにオリジナルソングを持っている。
・ギターと孤独と蒼い惑星
・あのバンド
・カラカラ
・忘れてやらない
・星座になれたら
・グルーミーグッドバイ
・星屑に染まれ
他にも作成中のものはあるけど、それはレーベルとの兼ね合いもあるから出せない。
それでもこれだけの曲を持っているんだから、別のバンドのカバーというのももったいない。せっかくのクリスマスライブだ。クリスマスソングもやりたい。とはいえそれを選択すればひとりの命が危ない。なんだこの二者択一は。
それとも、諦めて無難に有名どころのロックカバーでもするか。
唸る虹夏と郁三。ひとりは悩みの原因なので少しだけ申し訳なさそうにしている。
そんななか、リョウが手を挙げた。
「ひとつ案があるんだけど、どう?」
「お? リョウが提案するなんて珍しい」
「謹んで拝聴します!」
「この案なら、たぶんぼっちも死なないし、ファンも呼べると思う。話題にもなるはず」
虹夏と郁三、ひとりも含めてリョウに視線が集まる。
「ずばり、ボーカル交代」
『……え?』
虹夏とひとりがアホの子みたいな表情になった。
「ボーカル……交代?」
「そう。郁三だけじゃなくて、曲によって私も、ぼっちも、虹夏も歌う」
「ええ!?」
虹夏が愕然とした。郁三は眼を輝かせる。
「ひとりちゃんとリョウ先輩のボーカルが聴ける……!?」
「待ってよリョウ! 僕が歌下手なの知ってるでしょ!」
「もちろん。でも、お祭りライブだしちょっと下手でもいいじゃん、楽しければ」
「ぐっ……リョウにしては珍しくまともなことをっ」
リョウはひとりに顔を向けた。
「あ、あの、リョウ、さん」
「ぼっちは《転がる岩、君に朝が降る》。いけない?」
「あ……」
それは恋愛騒動の最中、ひとりがリョウと虹夏を結束バンドに呼び戻すために歌った曲だ。
「この間の路上ライブのボーカル、もっかい聴きたいなって」
ひとりはもちろん、あの時ひとりを隣で支え続けた郁三も、虹夏も、そしてリョウもあの路上ライブは忘れられない。
リョウの眼が、珍しくまともな気持ちであることを物語っている。ひとりからすれば、リョウのそんな目線はそこまで珍しくない。
ひとりはちょっとだけ悩んだ。悩んだけど、でも不安は勇気に変わった。
あの日のライブのことをリョウが大切な思い出として覚えてくれたことがひとりは嬉しかった。
「が、頑張ります……」
リョウの案に賛成一票。
「郁三は?」
「やりましょう! みんなのボーカル、楽しみです!」
郁三、チョロい。一票追加。多数決ならもう決定だ。
まだ難色を示している虹夏が、三人の視線を感じてたじろぐ。
「うっ……で、でもさぁ。実際に何を歌うの? リョウは《カラカラ》があるけど……」
《カラカラ》。作詞作曲すべてがリョウによる曲だ。虹夏とリョウにとっては、いろいろと曰くがつく曲だから口に出すのはちょっと恥ずかしかったりする。
「《忘れてやらない》ですかね。虹夏先輩、好きだって言ってたじゃないですか」
「うーん……」
「それも考えたけど、虹夏には別の曲を歌ってもらおうと思って」
「だから何を」
「あと、郁三も。二人には新曲を歌ってもらう」
『え?』
今度は虹夏と郁三がアホの子になった。リョウはニヤニヤしながら野郎二人を見た。
「今回は郁三と虹夏に頑張ってもらう。私とぼっちは普段から作曲と作詞してるし、虹夏と郁三がそれぞれ自分で作詞する。それを歌う。どう?」
いいでしょ、とリョウは得意顔だ。
ノリノリで自主企画ライブの話を始めた虹夏本人が、あろうことか一番戸惑っている。まさか作詞にボーカルなんて大役をやることになろうとは。
虹夏は不安を口に出した。
「あのさ、それリョウの負担がバカ高くならない? 新しい曲二つ作るってことだよ?」
「そこはたぶん問題ない。作曲してた時のボツ案データがあるんだけど、その時のボツなだけで、九十秒くらいのデータは結構残ってるから」
「え、つまり?」
「そのデータのインストに、虹夏と郁三がそれぞれ歌詞を当てる。《カラカラ》はみんなで練習してるし、《転がる岩》は路上ライブでやったから大丈夫だし、そしたら負担は二曲になる」
「……」
何も言えない虹夏。
「もちろん頑張るけど、楽しむライブならちょっと抜けてても面白いし。よく出来たらそれはそれで、私が改めて作曲するし。なんとかなるんじゃない?」
ちょっと忙しいのを除けば、めちゃくちゃいい案だった。
ただ、一つ。
「リョウ……僕らに苦行を味わわせてやろうと思ってるな?」
「正解。《グルーミーグッドバイ》の時も、今も私とぼっちは頑張った。少しは苦しめ」
「くそっ、ぐうの音もでねぇ……!」
虹夏、敗北。
結束バンドの自主企画ライブのセトリ、仮決定。
────
その後も四人はライブ企画について話し合った。みんなでお菓子を配るのも、サンタコスをするのも、セトリ(仮)も決定。
他の大事なことといえば、結束バンド以外の出演者だ。さすがにワンマンライブができる自信はない。けれど、幸いにも《SICK HACK》や《SIDEROS》といった縁のあるバンドがいる。他にも知り合いに声をかけよう、数日後にまた進捗を確認しようということになって、ミーティングは終わった。
スタジオでの練習を終えて、いつもみたいにSTARRYで駄弁る虹夏とリョウを横目に、ひとりと郁三は下北沢の雑踏へ踏み出す。
ただし、今日はデートじゃない。
秀華高校の最寄り駅まで移動、最近よく入るようになった喫茶店が目的地だ。
もう、ひとりと郁三、そして次子を含めた三人で話すときはここに入るのが当たり前になった。
「今日も仲良く入場か。熱いね、お二人さん」
今日は先に入店していた次子が、いつもと変わらない調子で手を振ってくる。
「ごめんごめん、バンドミーティングが長引いちゃって」
「そんなこと言ってー。二人でのんびり楽しみながら歩いてきたんだろ」
「あ、え、へへ、そんな」
「後藤はブレないねー」
元々同じクラスの三人だから、話せることは学校でたくさん話している。二年次末には修学旅行もあるし、同じグループを作って回ろう、なんてことも話している。ただ、ひとりは話しきれないことも多いけれど。実際、最近は補習のせいでいつも以上に世界から隔絶されていた。
「今日は何を話したの?」
「クリスマスライブの企画についてね。まだ秘密だけど」
「えー、後藤教えてよ」
「あっえっと、ですね……」
「だめだよひとりちゃん。さっつーは部外者だし、まだ教えちゃ」
「ファンって言えよ。せっかくチケット買ってんのにー」
「た、楽しみにしててください……」
「うん、サンキュ」
「で、さっつー。本題なんだけど」
郁三が姿勢を正した。わざわざ喫茶店に足を運んだのは、言うまでもなく。
「それで、先輩二人の調子はどうよ?」
次子が口元をゆがめながら聞いてくる。伊知地虹夏と山田リョウの恋愛模様。それを完全に楽しんでいる野次馬だ。
ひとりと郁三は顔を見合わせた。
「うーん……大体はこの間説明したとこから変わらないんだけど」
「そっそうなんです」
「進展なし、か。まあ大した時間たってないから仕方ないけど」
恋愛初心者に加えて、結束バンドでも特に行動力のない二人だ。見る人から見れば亀よりも遅く感じるのかもしれない。
その間にあったことだって、少なくとも四人で特別な行動をしたと言えば猫々とギター探しの旅に出たくらいだ。
「じゃあ、この間の宿題だけど」
虹夏と仲良くなれて、それでいてリョウの嫉妬心を煽ることができそうな女子の話だ。
佐々木次子隊長による面談が始まる。
といっても、そのほとんどは次子の知らない人たち。それなりに説明が必要だ。
「まー、まず思い当たるのは大山さんと日向さんかな? STARRYのバイトの後輩なんだけど」
「なるほど? いいじゃん」
「で、でも虹夏くんと仲良くするイメージが、あっあまり湧かない、というか」
「そうかな?」
「喜多。ここは女子の感性を聞け」
ひとりは、拙くても自分の気持ちを何とか言葉にする。虹夏と猫々たちの関係が先輩と後輩であるのと同じで、ひとりにとって虹夏は先輩。虹夏に対して、自分が、自分とにた関係性の相手を画策する。それは罪悪感もあるし、言いようのない気持ち悪さもあった。
そんな風にたどたどしく話すひとりを見て、次子が一言。
「思ったんだけどさ。虹夏先輩は後藤のことが好きだったんでしょ? その後輩二人、後藤とタイプが違いすぎない?」
『……』
次子の言葉に、二人とも何も言えなかった。
「そもそも虹夏先輩、後藤のどこが好きなんだ」
「あの、さっつー。それはちょっと俺とひとりちゃんの情緒がいろいろとまずいというか」
あずかり知らないところで自分の性癖を想像される不憫系男子、虹夏爆誕。
それはともかく。
「あとは、1号さんと2号さんかな。二人ともきれいだし、楽しいお姉さんなんだけど」
「ああ、大学生の……ていうかいい加減に名前を聞けよ」
「あとはPAさんとか?」
「さすがにちょっとお姉さんが過ぎない? 聞いた感じ、リョウ先輩も含めて親しい感じじゃん」
「じゃっじゃあお姉さん……廣井さんは、どうでしょう」
ひとりはきくりを想像した。色恋に巻き込むのはともかくとして、ひとりからすればいくりは頼もしいお姉さんだ。
「いや、その人秀華祭に酒持ち込んだ人でしょ。止めといたほうがいいよ」
「ひとりちゃん……廣井さんは、止めておこう?」
「え……」
バッサリ切られた。次子からすれば、きくりはいろいろと問題を起こしそうで怖かった。
実は虹夏がきくりと二人きりで
酒カス廣井きくり。ある意味今日の議題で一番可能性があったのに、人間性のせいで真っ先に切られてしまった。
「ていうかさ。さっつー自身が動かないのか?」
「やだよ。私はリョウ先輩に刺されたくない」
虹夏に興味がないことを否定しないあたり、どういう事なのだろう。
「ちなみにさ、さっつー。リョウ先輩に別の男子を言い寄らせるって案はないの?」
「それに見合う男がいるなら別だけど? リョウ先輩と仲良くなれて、虹夏先輩を嫉妬させて、何より喜多が納得のいく男がいるなら」
「リョウ先輩の隣にいれるのは虹夏先輩しか認めない」
「ほらきた」
他にも、大槻ヨヨコを始めとしてひとりと郁三が知る限りの虹夏ハーレムの女子たちを挙げていく。けど次子も、提案したひとりと郁三も、いまいち「これだ」という手応えがつかめなかった。
次子が嘆息した。
「この提案した私が言うのもなんだけどさ、虹夏先輩もリョウ先輩も、小学校からの友達なんでしょ?」
「うん、そう聞いた」
「で、リョウ先輩は虹夏先輩が好きで? 虹夏先輩もリョウ先輩をバンドに誘って? 告白したし、告白されたのに普通に接してて?」
「うん、リョウ先輩から聞いた限りだけど」
「なんか……二人とも『重く』ない?」
『……』
ひとりは思った。重いのかなぁ、普通じゃないかなぁ。そうなると、そこに絡まるわたしたちも重くなるんだけどなぁ。
「ていうか、元々リョウ先輩、自分の気持ちにずっと蓋をしてたんだもんな……虹夏先輩に気持ちを伝えた、勇気を出せたのってどうしてなんだろう」
次子は思った。喜多と後藤が台風みたいにかき回したからだろうが。
三人とも沈黙する。
「……どうするんだよ、作戦発案者。どうやったらこの難問を解決できんのよ」
「いや、自分が想像したよりも難問だったかもしれない」
「あっあっあっ」
「……別の案は? 結束バンドで遊びに行った時に、俺とひとりちゃんがこっそり抜け出して二人きりにさせる、とか」
「別荘の時とか、結局二人きりになってたんでしょ。それだけじゃ足りないっての」
結局、単に二人きりにさせるだけじゃ虹夏とリョウはてこでも動かない。
てこ以上の、爆発的な外力が必要だ。物語の中のイベントみたいな出来事。それでいて、虹夏とリョウが動かざるを得ないような状況。
そんな爆発力を生み出せる、何者か。
次子は唸った。
(それがこの二人、なんだもんなぁ)
後藤ひとりと喜多郁三。
郁三がリョウに恋して、そんな郁三にひとりが恋して。いつの間にか虹夏がひとりを好きになって。地獄の結束バンドは、ひとりと郁三が参加することによって生まれた。
郁三が爆発力を持つ陽キャ野郎じゃなかったら、ひとりも好きにはならなかったかもしれないし、そもそも郁三が結束バンドに参加したり逃げたギターにならなかっただろう。
ひとりがすごくギターが上手じゃなければ、ギターヒーローじゃなければ。虹夏はひとりのことを、単にギターができる後輩として可愛がっていただけかもしれない。
ひとりと郁三も二人そろってなかなかの地獄を生み出したもんだから、この二人がくっついてくれたことは事情を知る人間にとってはこの上なく安心するのは確かなのだけど、それによって虹夏とリョウの関係性が固定されてしまった。
次子はまた唸った。
(え、なにこれ。地獄? 地獄なの?)
解決策が何一つ思い浮かばない。郁三に泣かされる女子のフォローをし続けて幾数年の佐々木次子が。
三人そろってため息を吐く。
机に置いていた郁三のスマホがブルりと震えた。
どうやらロインの通知らしく、それを見た郁三はスマホの画面をしばらく眺めて「しまった」と言うように顔をしかめた。
郁三は手を合わせて頭を下げる。
「ごめん、二人とも。ちょっと帰る前に買い出し行かなきゃならなくて……俺、もう行かなくちゃ」
『買い出し?』
珍しく声がそろったひとりと次子。
郁三が学校やSTARRY帰りに家族から頼まれて買い出しに行く。中学からの腐れ縁の次子も、最近郁三と一緒に過ごすことが多いひとりも、初めて聞いた。
とはいえ、それをどうこう言っても仕方なく。
「あっはい」
ひとりは素直にうなずいた。郁三は千円札を一枚机に置く。
「喜多、後藤のこと送ってやりなよ」
「……ごめん! 今日はちょっと、急いで行かなきゃだめなんだ」
「あっ大丈夫です、喜多くんもっ忙しいですし」
「本当にごめんね……さっつー、後をよろしく」
「お、おー……」
それだけいって、郁三はあっという間に出ていってしまった。
二人だけになった空間で、少しの沈黙。
「なぁ、後藤」
「あっはい」
「ここ最近の喜多、さ。なんか変じゃない?」
ひとりは静かにうなずいた。
「確かに、なんか変なような……」
ひとりと次子だからこそ気づくような違和感が、ここ一週間ほどあった。
何かがあったわけじゃない。むしろ何もない。精々がひとりの補習続きでデートや練習の時間がなかったり、この《先輩たちのプロポーズ大作戦》があったりするくらいだ。
ひとりとしてはこういう時に思い出すのが、黄昏時の虹夏との会話だ。明らかに変な様子の、何かがあった虹夏に対して、頑張って虹夏を励まそうとして……そこからの結果は言うまでもない。
だからひとりとしては動くに動けない。
「きっ喜多くんって、こういう時ってどういう風にするんでしょう」
そこは郁三との腐れ縁が長い次子のほうが詳しい。
「うーん、喜多ねぇ。あいつにあった何かって言ったら女子たちに年一で告白されるぐらいだけど」
「グハァ」
「でもだんだん慣れてったからねぇ。真面目な対応はしてたけど、アイツにとっては大したことじゃないでしょ」
「グホァ」
耐性のないひとりはどんどん変形してしまう。
けれど、それでも。
「でも……もしそれが、喜多くんが悩むような大事なことだったら……喜多くんの力になりたいです」
郁三なら、たくさんのことを正直に話して、相談してきた。ひとりからすれば、相談しなかったのは──というよりできなかったのは自分の想いを郁三へ告げるという選択を諦めたことくらいだ。
「……うん、そだね」
次子は頬杖をついて笑った。
やっぱり、ひとりは喜多とお似合いだと思った自分の勘は、正しかったと思った。
「誰かさんへの公開告白とか、喜多だってやる時はやるけど、基本思い詰める問いがあるし」
「はっはい」
「力になってやりなよ、彼女」
結局、虹夏とリョウの仲を取り持つ作戦は、今日は決まらなかった。
それでも、ひとりと郁三の間にだって、青春がある。
《結束バンド》の青春は、まだ終わらない。
タイトル解説
《オトノナルホウヘ→》
歌:Goose house
アニメ『銀の匙 Silver Spoon』EDテーマ
北海道の農業高校を舞台にしたギャグあり恋愛あり、酪農への理解も深まる青春漫画。それが『銀の匙』です。
《オトノナルホウヘ→》はアニメ2期のEDテーマで、Goose houseの皆さんの元気な歌声はこちらも気分が良くなってくるし、「辛い日々もあるけど、みんなと入れば楽しくなるよ。だから困った時は、僕らの音が鳴る方へ──」そんなイメージの歌詞は、多感で未熟、でも可能性に溢れ仲間も多い学生の青春物語にはピッタリだと思います。
虹色refrain──いや、《ぼっち・ざ・ろっく!》もまた、『銀の匙』とは趣向は違っても、仲間たちと共に困難や目標に立ち向かう物語。
虹夏のリーダー性に、ひとりの圧倒的才能に、リョウの多彩な能力に、郁代(三)の伸び上がる実力に、困ったら、迷ったら、それぞれの音のなる方を頼りに歩いていく。
曲名に頼ったタイトル選択ですが、この状況にも似あうのではないかと思いました。
・ドッペルゲンガーについて
ちなみに、実は結束バンドは現時点で《ドッペルゲンガー》が持ち曲としてあるわけですが、拙作は一言もそのことを話していないので、悩んだ末にとりあえず書かないことにしています。
《ドッペルゲンガー》を、誰に向けて歌いたい/演奏したい?
-
ひとりちゃん
-
虹夏くん
-
リョウさん
-
郁三くん
-
虹夏ちゃん
-
郁代ちゃん