【完結】虹色refrain   作:迷えるウリボー

63 / 73
58 君の知らない物語

 

 

 本格的な冬も到来して、いよいよ年の瀬。十二月になった。

 結束バンドの自主企画ライブ。その矢面に立たされることになった──作詞を担当することになった虹夏と郁三は、慣れない作業に奔走中。

 同時に、準備することはたくさんある。当日のパンフレットだとか、チケットだとか、あるいはコスプレ用の衣装だとか。

 さらに重要なのが出演バンド探しだ。さすがにワンマンはまだできない。

 とはいえ虹夏には当てがあった。大槻ヨヨコの所属する《SIDEROS》と廣井きくりの所属する《SICK HACK》だ。特にきくりのほうは伊地知家からすれば定期的に風呂場と寝床、さらには食事も提供している。虹夏はもうきくりにお願い(脅迫)して頼もうと思っていた。

 そんな風に考えていたのが、虹夏が自主企画ライブの話をメンバーに話した時だ。

 そして、十二月に入った頃。

 再びのミーティング。一つのテーブルに輪になる結束バンド。

 虹夏は燃え尽きていた。

「出演者が集まりません……」

『あっ……』

 バンドリーダー虹夏が、恋愛騒動の時とは別ベクトルで死にかけている。後輩ズは言葉を濁し。

 なんとなく、なんとなーく、この状況を予感していたリョウは一言呟いた。

「ほらね」

 結局、新宿FOLTを拠点にしているメンバーは自分たちでクリスマスライブをやっているから出れないし、結成数年のなけなしの伝手も全滅した。

 虹夏は使い物にならず、三角アホ毛が日に日にしなびていく毎日。

 そんな中、ひとりは暗中模索を続けていた。

 出演者ゼロはさすがに困る。だからひとりは虹夏以上に儚い精神力を駆使していた。

 例えば、妹のふたりがきらきら星が歌えることを言った。リョウが速攻却下した。

 例えば、母の友達が通うコーラスサークルの知り合いのおばさんがコーラス団員で参加できるのも聞いた。郁三に「それってもうひとりちゃんの知り合いじゃなくない……?」と言われた先の記憶はない。

 例えば、父親の直樹が娘のために「一肌脱いで僕の昔のバンドを復活させる!」と言っていた。これだけは、虹夏もちょっと引きながら「うん、たはは」と納得した。

 とはいえ、まだ結束バンドとぼっちパパバンドだけ。まだまだ枠はたくさんある。

 なので、ひとりは奔走していた。

 《SIDEROS》は自主企画ライブへの出演こそできなかったけど、去年のクリスマスライブや《未確認ライオット》での縁がある。できることを最大限にやろうとして、新宿FOLTが運営するオーチューブチャンネルで宣伝映像を撮らせてもらうことになった。

 ただし、新宿FOLTの中でヨヨコと一緒にコーラにメントスをぶち込んだあたりからの記憶はない。たぶん黒歴史を作ってしまってまた記憶が削除された。一応連絡していたヨヨコやあくびとのロインから、ちゃんと宣伝映像を撮れたのだということだけは理解できたけど。

 そしてその代償が……

『もしもし、ぼっちちゃん? こんばんは~』

 携帯越しに聞こえる虹夏の声。ひとりが電話した。

「あっ……その、に、虹夏くん、こんばんはっ」

『うん、こんばんは。珍しいね。こんな時間に、しかもぼっちちゃんが連絡してくるなんて』

「あっえっと……はい」

『……ん? なんか、辺りが騒がしくない? 外にいるの?』

「……あっはい」

『だめだよ、女の子なんだから。夜は危ないんだし、早く帰らなきゃ』

「……」

『……ぼっちちゃん?』

 虹夏のいぶかしむような声。

 意を決して、ひとりは言った。

「いっ今……下北沢にいます」

『……はぁ!?』

 ガタゴト、と転がるような音。何か重い物を落としたらしい。

『今、何時だと思ってんの!?』

「夜の……十一時、過ぎました」

『ぼっちちゃん神奈川でしょ!? 早くしないと終電が──』

「終電……さっき、過ぎちゃいました……」

『……』

「……」

『と、とりあえずぼっちちゃん。今、駅前にいるの?』

「はっはい……」

 スマホ越しに、くっそ長いため息。呆れというよりは、参ったというような。

『すぐ行くから、待ってて』

 五分後。息を切らした虹夏がひとりのもとへやってきた。

「ぼっちちゃん……!」

「あっに、虹夏くん」

 ひとりの前にやってくるなり、体力の少ない虹夏は膝に手をついて、肩で息をしてしまう。ひとりのために、相当頑張って急いでやってきた。

「も……ぼっちちゃ……お、驚かせ、ない、でよ……」

「あっご、ごめんなさい……」

「と、とにかく……なんで、こんな時間に……ここにいるのさ……」

 ひとりは隠し事もしないで正直に話した。午後のSTARRYでの自主練の後、新宿FOLTに向かったこと。宣伝映像を撮り、そこから先はたぶん、朦朧としながら新宿を徘徊して、気が付いたらもう帰れる時間じゃなくなったこと。

 息を整えた虹夏は、ちょっと申し訳なさそうに目尻と肩を下げた。

「それ、自主企画ライブで調子に乗った僕も一因じゃん。怒るに怒れないよ……」

「あっご、ごめんなさい」

「でも……終電逃すくらい遅くまで外にいるのは怒るからね? ぼっちちゃんに何かあったら、すごく、嫌だ」

「はっはい……」

 それだけは譲れない虹夏。さらにまくし立てる。

「深夜の東京、本当に怖いんだからね? 明かりも裏道になると少ないしさ。財布もなけりゃ、お腹もすくし喉も乾くし」

「あっはい……?」

「おまけに酔っ払いの酒カスには絡まれるし」

「に、虹夏くん……」

「ん?」

「し、深夜の東京、歩いたことあるんですか……?」

「…………な、ないよ?」

 虹夏はめっちゃ気まずくなって手を合わせた。

「ヨ、ヨシ! この話はもうおしまい! ぼっちちゃんも次から気を付けること! いいね!?」

「はっはいっ」

「さて……とにかく、ご両親には連絡したの?」

「も、元々遅くなるとは言ってたんですけど」

「終電までは予想外か。ホテルとか探して泊まるのは……」

 ひとりが全力で首を横に振った。コミュ障はまだまだ、というか一生改善しないんだろう。

「となるとさ、知り合いの家に泊めてもらうことになるんだけど……」

 虹夏はひとりを見た。虹夏を見るひとりの顔が、ちょっと赤くなってた。

 虹夏も顔を赤くして、今度はひとりの前で盛大にため息を吐いた。

「ま、そうなるよねぇ……」

 伊地知家に泊まる、という選択肢だ。

 《STARRY》はひとりのバイト先。同じ建物の上階に伊地知家がある。家にはひとりと同性の星歌もいるわけだし、その意味でも安心だろう。たぶん、後藤家両親としても一番安心する。

 ただ、虹夏とひとりだ。色々()()()()()虹夏とひとりだ。

 虹夏も心の中でため息を吐き続ける。四人の関係がこじれる前だったら、きっと天に昇るくらい嬉しかったのに。

 虹夏も男子。好きな子を目の前にして、一緒の家で夜を超えるというのは、ちょっと色々怖い。

「だからぼっちちゃん、例えばリョウの家に連絡して泊まらせてもらうというのは……」

「あっリョウ先輩のお父さんとお母さん、陽キャで怖いです……!」

「いや、あれは陽キャじゃなくて親バカ……まあぼっちちゃんから見れば同じか」

 ひとりだって、虹夏に頼るのはいろいろと気まずい。でも現状、頼れる人間が虹夏しかいなかった、と言うのが現実だ。

 郁三を頼るという選択肢は、迷った末に虹夏を上回ることはなかった。次子に話した最近の郁三の違和感が気になると言うのもあったし、そもそも郁三の両親に会うのは怖すぎる。

 そして郁三なら、きっと虹夏に頼ることを許してくれるだろう、と思った。

「だ、だめ……でしょ、しょか?」

「『しょか』って。だって断ったらぼっちちゃんのたれ死んじゃうじゃん! 断れないから困ってるんだよー……」

「……ス、スミマセン。や、やっぱり、だめ、でしょうか」

「だめというか、なんというか……うち、今、狭くて」

「? え、えっと、大掃除とかしてるんですか……? 年末の?」

「あ、いや! そういうわけじゃ──」

 虹夏のスマホから音が鳴った。会話が止まる。

「まったくこんな時に……ひぇっ」

「え?」

「リョ、リョウからだ……なんでこんな時に」

「ぇ……」

 虹夏とひとりがシンクロした。怖い。

「えっと、とりあえず出るよ?」

 ひとり、すでに隠密モードで口に手を当てて頷く。

 虹夏はスマホを耳に当てた。

「……もしもし」

『虹夏』

「なにさ、リョウ」

『今、外にいるの?』

「そうだけど、なんでわかるの」

『駅前の音がする』

「……なんでわかるんだよ」

 駅前の雑音については虹夏もわかっているからノーカンだ。

「それで、どうしたの」

『あのさ。今、STARRYの前にいるんだけど』

「え゛」

 虹夏は喉を鳴らして、壊れたゼンマイ式みたいにぎこちなくひとりを見た。ひとりはリョウの声までは聞き取れないので、虹夏の様子を見て予想するしかない。

「な、なんで!?」

『久しぶりに虹夏に預けてる漫画を読もうと思って』

「バカおっしゃい!? 今、十一時過ぎ! 子供は寝る時間!」

『人のこと言えんの?』

 ひとりは思った。リョウさんには「女の子だから」とは言わないんだ。

『ていうのは建前で』

「建前かい!」

『虹夏、いい加減隠し事を吐いてもらいたいんだけど』

「え……?」

 今、ひとりと密会めいたことをしていることか、と心臓を跳ねる余裕もなく。

『虹夏、最近ちょっと様子が変』

「……それは、自主企画ライブのこととか」

『それじゃない。まあそれで疲れてるのもあるんだろうけど』

「じゃあ、何のことだよ」

『なんか抱えてるでしょ。半年前の……ぼっち関係のこととも違うことで』

「……」

『もう一週間も虹夏の家に上がってないし』

「そりゃ他人の家に一週間転がり込まなくても不思議でもなんでもないでしょうがっ」

『でも、《未確認ライオット》の後は私もまた上がってたし……』

「自分で言ってなに恥ずかしがってんの……」

 二人とも沈黙になった。かける言葉を間違えた。ひとりはオロオロしていた。

 虹夏は。うんうん唸って、意識をリョウに、視線をひとりに向けて。

 精一杯悩んで悩んで、その末。

「……わかった、白状する」

『うん』

「今、駅前でさ。ぼっちちゃんと一緒にいるんだ」

『えっ……』

 ここ最近悩んでいたこととは全く異なる白状。虹夏のボディーブローがリョウに直撃。

「ぼっちちゃん、今日練習の後に新宿に用があって、終電逃しちゃったんだって。ホテルに泊まるのとかも怖いって、それで僕に連絡してきた」

『……え、それと、悩んでることの何の関係が』

「だから、白状するって。でも僕が言うより、リョウにもぼっちちゃんにも、僕の家を()()もらった方が話が早い」

『……』

 ひとりの話題を出してから、虹夏にはリョウの声が底冷えしているように聞こえた。めちゃくちゃ怖かった。

「それにほら、僕の家にぼっちちゃんが泊まるのもさ、ちょっと、その、アレじゃん? だから、もういっそのことリョウも泊めてやる。そしたら、ほら、その、アレでしょ」

 くっそ抽象的な会話が繰り広げられる。

『…………』

「……あの、リョウさん? な、なんか言ってよ……」

『……わかった。とりあえず、待ってる』

 通話は一方的に切れた。

 虹夏は思わず膝を折ってしゃがみこんでしまう。

「──はぁぁあああ」

「に、虹夏くん……」

「ぼっちちゃん……助けて」

 ひとりは、初めて虹夏が頼りなく見えた。

 

 

────

 

 

 ひとりは虹夏とたわいのない話をしながらSTARRYまでやってきた。

 道中、ひとりは両親へ連絡した。虹夏も一緒にいるから電話で話した。虹夏は『後で姉にも連絡させます』とは言ったけど、直樹も美智代も虹夏と話した時点で快く了承してくれた。

「虹夏、ぼっち」

 STARRY前の地下へ続く階段。ひとりの視界に、壁にもたれかかるリョウが現れる。リョウは、白い息を吐いて立ち上がった。

「リョウ、ごめん。待たせちゃって」

「……待った」

「ほんと、ごめんって」

 リョウはひとりに乾いた笑顔を向けた。

「ぼっち、虹夏にセクハラされなかった?」

「だ、大丈夫、です」

「するわけねぇだろアホ山田ァ!?」

「どうだか」

 虹夏とリョウがやいのやいのと会話をする。いつもの光景だ。でも郁三がいないからか、ひとりは少し取り残されて二人のやり取りを見てしまう。

 こうして、郁三のいない三人の時間は久しぶりなような気がして。

(改めて見ると……)

 なんだかんだコミュ障、鈍感と言われているひとりだけど、ここまで状況がお膳立てされればわかる。

 郁三、次子と何度も何度も先輩たちの関係性について話し合ってきた。

(この二人……なんで付き合ってないんだろう)

 虹夏に矢印を向けられたひとり。自分の存在にはとことん無頓着なあたり、やっぱり鈍感なのはかわらなかった。

 で。リョウが言う。

「虹夏……いい加減吐いてもらうよ」

 ひとりが郁三に対してそれを感じていたように、リョウは人知れず虹夏に関してそれを感じ取っていた。ここ最近、変に感じる違和感。

 ひとりとリョウは、想い人への感覚について口裏合わせをしていたわけじゃない。偶然だ。だから今はひとりだけが、リョウにシンパシーを感じている。

 ひとりはリョウにも、虹夏にも郁三に対する違和感を伝えていない。だから虹夏はリョウの言葉と、ひとりを泊めることに対してのリョウへの気まずさを抱えて、返答した。

「ああ、もう。わかったよ。リョウはもちろん、ぼっちちゃんも無関係じゃないし」

「わっわたしもですか?」

 三人で建物の階段を上がる。リョウにとっては久しぶりな、ひとりにとっては初めての虹夏の家だ。

 玄関のドアに手をかけて、虹夏は女子二人を見た。

「二人とも驚かないでね? ぼっちちゃんは爆発しないでね?」

 前置きして、扉を開ける。どこか虹夏の挙動が緩慢だった。

 すぐにやって来たのは星歌。

「おう、お帰り」

「姉ちゃんただいま」

「あっ店長さん、こんばんは」

「うっす」

 星歌はそのまま寝れるような部屋着、当たり前だけどラフな格好でいる。ひとりに対してはまあまあ優しい顔をして、けれどリョウの顔を見てげんなりとした。

「ぼっちちゃんは事情を聞いたしいいけどさ。リョウ、お前はどういうことだよ」

「だって、ここ私の家」

「突っ込む気力もなくなってくるんだが?」

 ぞろぞろと、虹夏を筆頭に靴を脱ぐ。玄関はあっという間に人口密度が爆増。

 星歌は虹夏に話しかけた。

「虹夏……いいのか?」

「だってぼっちちゃんも困ってるしさぁ。リョウも押しかけてくるしさぁ。もう頭がパンクするし、僕は今回なんにも悪くないし」

「前は悪いって自覚あったんだな」

 二人が言う『前』とは、恋愛騒動で虹夏が暴走したときのことだったりする。

 姉弟の話に要領を得ないリョウとひとり。

「えっと……?」

「まあ、ぼっちちゃん。すぐにわかるよ」

 と、星歌が言った直後。

 脱衣所の扉がガラッと開かれて、中から半ズボンにタンクトップの少年がこんにちは。

「先輩、店長、お風呂お先にありがとうござ……い?」

 赤髪、高身長。いつもは子供っぽく快活に笑っているイケメンな顔面が、リョウとひとりを見てピシッと固まった。

 伊地知家。普段は虹夏と星歌の姉弟くらいしかいない、そこまで広くない家に。

 虹夏、星歌、ひとり、リョウ。

 そして、喜多郁三がいる。

 予想外の郁三の登場に、ひとりは口をぽかんと空けて。

「え、喜多くん?」

 リョウは、虹夏の最近の違和感──隠し事の正体に納得して、でも表情は無のまま変わらなかった。

「あー、そういうこと」

 郁三の顔面が、ひとりみたいに崩壊していく。

「え、にじか先輩……? これ、コレ、ドウイウコト?」

「いやもう、僕も二人に隠すの限界だし。たぶんどっちみちバレてたし」

 虹夏は、もうすべてを諦めた目をして頭を掻いた。

 そしてリョウとひとりに言った。

「喜多くん、家出中でさ。僕の家に泊めてるから……だから、最近忙しかったんだ」

 

 

 








ちょっと催促
別のぼざろ二次小説、《ドッペルゲンガー》シリーズというものを投稿しました。

https://syosetu.org/novel/354241/

こちらはTSとか何もない、短編集になります。
よければ、お読みいただけると嬉しいです。



タイトル解説

《君の知らない物語》
歌:Supercell
アニメ『化物語』EDテーマ

 《君の知らない物語》。筆者と同世代の人にとっては、言わずと知れた名曲かなぁと思います。アニメである《化物語》についてもよく見ていましたし、傷物語くらいまでは小説も読んでいました。
 歌の本筋は、《君》やクラスの友達と一緒に夜の星を観測しに行く学生たちの話。そして、《君》に想いを寄せる《私》の恋歌でもあります。改めて歌詞を見ると、切ない系だ……。

どうしてこの曲を今回のタイトルに選んだのか。
大した意味でもないですが、『君(ひとり)の知らない物語』がある、と感じたからです。

《Re:Re:》を、誰に向けて歌いたい/演奏したい?

  • ひとりちゃん
  • 虹夏くん
  • リョウさん
  • 郁三くん
  • 虹夏ちゃん
  • 郁代ちゃん
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。