【完結】虹色refrain   作:迷えるウリボー

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59 17才

 

 ひとりの夕食の後。

 伊地知星歌はリビングにいた。テーブルの上には虹夏が用意してくれた晩酌の肴。他には星歌がコンビニで適当に選んだ缶ビール。

 テレビはついているけど、別に集中して観ているわけじゃない。気を紛らわすために適当な番組を選んだ、という方が妥当だ。

 ぐいっと煽って、星歌は呟いた。

「あいつら、大丈夫なのか……」

 伊地知家。父、姉、弟の三人暮らし。けど実際、実質家を使っているのは星歌と虹夏の二人だけなので、この家は割と静かなものだ。たまに酒クズベーシストが平穏を荒らしに来るけど。

 ただ、今日この家には五人の人間がいる。星歌以外はみんな高校生だ。

 結束バンドの四人は、今は虹夏の部屋に集まっている。

 虹夏は家の住人として当然だけど、最近家出してきた郁三が泊りに来ていた。それでリビングを根城にしていた。リョウとひとりには秘密にしてだ。

 そんな中、偶然によってひとりが、故意によってリョウが伊地知家に泊まることになった。そこで家出中の郁三とこんにちは。

 経緯が経緯なので、夕食の時は微妙な空気。虹夏が気を回してご飯を作ったり会話を弾ませたりはしたけど、まあなんというか、全員口にする言葉を迷っているような雰囲気。

 郁三の家出の経緯。星歌はすでに聞いているから今更問題はない。ただし、ひとりとリョウへの説明は必要だ。四人は今、真面目にか柔らかい雰囲気の中でかはわからないけど、本題について話している。

 星歌としてはちょっと心配だった。

「それにこの家に五人が寝るとか、ちょっと狭いぞ。しかもデリケートなガキどもを……」

 またビールを煽る。今日の星歌はペースが速い。

 差し当っての問題は寝床の割り当てか。虹夏は、郁三が来た当初は同部屋を拒否していたけど。リョウとひとりまで来てしまったら仕方ない。

 保護者役としては女子二人をリビングで寝かせるのも少し忍びない。あとリョウは普段から虹夏のベッドで爆睡できるけど、ひとりはそうもいかないだろう。

「そうなると、私か男子二人のどっちかがリビングか。で女子二人が私の部屋──」

 そこで星歌ははっとした。

 ぼっちちゃんが、私の部屋で寝る……?

「え、もしかして私の部屋か!? 私のベッドでぼっちちゃんが寝るのか!? ぼっちちゃんが!?」

 伊知地星歌。ちょっと根暗で可愛い女の子が癖に突き刺さる三十一歳。

 唐突な事実に驚いて立ち上がる星歌は、ワナワナと震えて足を踏み出す。

「かっ、片付けしないと……」

 伊知地星歌。

 またの名を変態。

 

 

────

 

 

 虹夏の部屋。

 リョウはいつものように虹夏のベッドに腰かけた。もはや誰も突っ込まない。

 虹夏は机の椅子に、ひとりはいつも座卓だから床がいいとクッションを借りてテーブル近くに座っている。

 そして郁三は部屋の隅に追いやられて正座をさせられていた。

「じゃあ、これから喜多郁三の裁判を開始する」

 と、リョウ。

 郁三は苦々しく問いかけた。

「あの……リョウ先輩」

「なに?」

「いったいこれは」

「喜多郁三の裁判」

「……ちなみに罪状は」

「秘密主義」

「アッハイ」

 何も返せないで、郁三は気まずそうにしていた。その様子を見届ける虹夏は、なんかぼっちちゃんの口癖が移ってるよなー、とかぼーっと考える。

 家出騒動を秘密にしていた。仲間であるリョウやひとりからすれば、やっぱり納得はいかないだろう。とはいえ同じ男子としては後輩を守ってやるべきか……とも考えが働く。

「秘密主義なら虹夏先輩もじゃ」

「いや僕を売るなよこの野郎」

 前言撤回、極刑にでもなんにでもなれ。

「虹夏はまあ……今度ご飯作ってもらう」

 いや、それはいつものことだろ。しかもそれをリョウに施してなんの量刑に値するんだよ。

「ともかくさ、喜多くん。開き直って喋りなよ」

「虹夏先輩」

「気持ちはわかるけどさ、秘密なんてばれるもんだよ。喜多くんなら尚更」

 虹夏がそう言った。

 それを受けて、郁三はリョウとひとりを見る。

 二人とも、郁三へ向ける目線は真っすぐ。口は真一文字で沈黙。

 郁三にとっては苦しい時間だけど、もう話さないわけにはいかない。

「……俺、少し前に母親と喧嘩したんです。進路のことで」

 郁三は話し始めた。

 ひとりも知っていることだけど、秀華高校二年生は最近進路調査票を提出する機会があった。一部の怠け者を除けば、もれなく全員が記入したよくあるやつだ。高校は違っても、虹夏もリョウも去年の同じような時期にそれを書いた。ちなみに二人とも何と書いたのか忘れた。

 今回、その調査票に郁三が書いたのが《バンドマン》だ。

 郁三の母、久留代はそれに対して相当驚いた。

 元々真面目、かつ公務員の母親としては無理のない反応。しかも郁三は最近バンド活動に集中して、その分だけ一年次の成績から落ちている。去年までは郁三自身大学に行くことを疑っていなかったのに。

 そうしたすれ違いがあって……

「怒鳴り合い……まではいかなかったんですけど、お互いすごい剣幕で売り言葉に買い言葉になっちゃって」

 ついでに言えば、バンド活動を良く思わない久留代の「バンドなんてそろそろ辞めて真面目に進路を考えなさい」なんて言葉が郁三の逆鱗に触れたりしている。

 一通りを喋った郁三。リョウが聞いた。

「──で、虹夏の家に転がり込んだ?」

「うん。けっこう急だったよ」

 虹夏に郁三からヘルプがかかったのは自主企画ライブが話題に出た頃だ。虹夏と星歌は一足先に事情を聞いて、思うことはあってもひとまず了承して郁三に宿を貸した。

 虹夏がリョウやひとりにそれを隠していたのは、単に郁三の気持ちを尊重したからだ。虹夏もひとりとリョウに事情を打ち明けて多少頼ることを提案したのだけど、郁三がそれを良しとしなかった。

 そして偶然か必然か、結局ひとりとリョウが伊地知家に訪問することになって今に至る。

「事情は分かった。なるほどそれで」

「えっと、リョウ先輩?」

「親がそんな厳しい感じってこと。その堅苦しい名前も納得」

 郁三がさらにしなびた。

「ま、喜多くんとも話したけどさ。普通の家だとそんな反応にもなるよね」

 虹夏は実家がライブハウス経営。リョウは両親が裕福で重度の親バカ。ひとりの場合は両親もいわゆる普通の進路よりバンド活動の方に希望を見出しているくらいだ。

「でもさ、どうして大学行かないの? 別に行ってもいいと思うんだけど」

「ああ、そうだ。それ僕も気になってた」

 虹夏はリョウの言葉に手をたたいた。

 超絶陽キャの郁三だ。サークル活動はバンドの関係で動きにくいにしても、勉強に自由度の高い学生生活、夢のキャンパスライフは郁三としても楽しみなものじゃないかとは思っていた。

「ね、ぼっちも気になるでしょ」

 リョウはひとりに声をかけた。

 ひとりはしばらくの間、何も言葉を出していなかった。それは陰キャの特性を考えれば意外でもなんでもないけど、郁三の彼女だから当事者みたいなものだ。そのひとりがずっと黙りこくっているもんだから、郁三としても気まずいことこの上なかった。

 そうして、三人がひとりに顔を向ける。長いピンクの前髪で目が隠れがちなひとりが顔を上げた。

 ひとりの青い瞳が、揺れていた。

「どっどうして……!」

 裏返ってしまったひとりの声。かなり大きい声に、虹夏もリョウも思わず顔をしかめてしまった。郁三だけは、ひとりの表情を見て、顔から目をそらすことができなかった。

 少し息を整えて、ひとりは、もう一度声を出す。

「どうして……秘密、にしてたんですか……?」

「それ、は……」

「さっ最近……さっささささんとも話してて……最近、喜多くんの様子が変だって」

 ゆっくりとした、いつもの噛み噛みな言葉。

 けどひとりの表情は至極真面目で、他の人の茶々を許さない雰囲気を纏っている。

「きっ喜多くんの力になりたいって……思ってたの、に」

「……ひとり、ちゃん」

「ま、道理だよね」

 とリョウ。

「話さないってのもさ。私だって気に食わないし。ぼっちはそれ以上でしょ。彼女だし」

 リョウとしても、ひとりの想いと同じだ。

 めんどくさがりな自覚もある。進路なんて郁三個人の話だ。別に自分が出しゃばるようなことでもない。けど、この一年で郁三とも遠慮なく話すような仲になった。その結果がこの秘密主義だと、ちょっとくるものがある。

 女子二人の意見と感情。虹夏の部屋はめちゃくちゃ空気が悪くなっている。

 虹夏は思った。

(いや、どうするのこれ)

 虹夏としても、とっとと打ち明けろよとは思っていた。けど自分がこの状況を半ば許したのも事実だ。

 約十秒の沈黙を破ったのは、部屋の扉を叩く音だった。

 四人の顔が扉へ。当たり前ながら顔をのぞかせたのは星歌だ。ただし眼はめちゃくちゃ泳いでいる。

「ア、エーット、ミンナ?」

「店長、どうしたの?」

「アノサ、寝ル場所ドウシヨウカト思ッテ」

「いや、どうしたのって言うのはその口調についてなんだけど」

 今日はツッコミに回ることの多いリョウだった。そしてひとりが自分の部屋で寝るかもしれないという事実に興奮しっぱなしの星歌だった。

 虹夏はため息を吐いた。

「姉ちゃん、ナイス」

「ニジカ?」

「うん、とにかく決めておくから。姉ちゃんはちょっと待ってて」

「オウ」

 星歌、退室。虹夏は三人を見渡した。

「……とにかくさ、今日はもう十二時回ってるし。眠れないにしても、ゆっくりしよう?」

 部屋の主、虹夏の言葉。リョウが返す。

「じゃあ私は虹夏の部屋で──」

「却下だ」

 即座に虹夏が反応。虹夏とリョウの二人だけならまだしも、ひとりに郁三までいる。この状況でリョウが男子部屋で寝るなんて勘弁してくれ。

 というか、いろいろあったから虹夏も少し恥ずかしく思っていたりする。

 結果、男子二人は虹夏の部屋。女子二人は星歌の部屋。星歌はリビングで寝ることになった。

 とはいえ、目が冴えているメンバーもいるわけで。

「じゃ、私は漫画」

「おい……ならせっかくだし、相談に乗ってよ」

「え、なんの?」

「作詞。ちょっと難航してるんだ」

「ま、いいけど」

 クリスマスライブ当日は刻々と近づいてきている。練習期間も考えると早く歌詞を書くべきだった。

 そんなわけで、虹夏は郁三を見やる。

「喜多くんは?」

「あー……」

 郁三は頭を掻く。

 ひとりと二人で話すのは気まずい。

「せっかくだし、ゲームでもしながら四人で作詞を考える?」

 虹夏の気遣い。さすがに郁三もひとりもそれが分かった。

 二人は顔を見合わせて。

『……はい』

 と、異口同音に発するのだった。

 

 

────

 

 

 そうして肝心の郁三とひとりの会話を先延ばしにして、けど四人はそれなりに伊地知家お泊りを楽しんだ。

 リョウがさも自分のもののように本棚から取り出したトランプで遊んだり。

 その遊びの途中で虹夏がリョウやひとりに作詞の意見を求めたり。

 ゲーム機を起動して、陣取りゲーム、《イカ墨~ン》で遊んだり。

 結局、全員が床についたのは丑三つ時になってからだ。

 深夜。星歌の部屋。

「……ぼっち、寝た?」

「……あっ起きてます」

 ひとりとリョウ。二人は星歌の部屋、星歌のベッドを使って寝ていた。性格が近いからか、この二年間でお互いの性格がわかっているからなのか。添い寝に近い状態だけど、二人とも抵抗はなかった。

「あの……今日、ごめんなさい」

「え? 別に私に謝ることないと思うけど」

「今日、虹夏くんと会って……」

「ああ、その話か」

 実際のところ、リョウも驚天動地していたのだけど。

 リョウはまだ眠くないので、暇つぶしに視界を天井からあちこちに移す。星歌の部屋はライブハウスの店長にしてはポップでキュートな雰囲気が強い。ぬいぐるみとか、ぬいぐるみとか、ぬいぐるみとか。

 仮に虹夏が女の子として生まれていたら、その傾向が虹夏にも伝染していたのだろうか。いや、虹夏がしっかり者になる未来は変わらないような気もする。

「私は別にいいけどさ。ぼっちが虹夏に頼るの、わかるし」

「……」

「それよりもさ、ぼっち。今日は結構ショックだった?」

「……はい」

 仰向けで天井を見るひとりは、虹夏の部屋にいる時と同じ、どこか気まずいような表情だ。作詞の相談に乗ったり、四人で遊んだり、その時は笑うこともあったけれど。

「《ささささん》って、郁三とぼっちの友達だっけ? 郁三のこと相談してたの?」

「あっはい。喜多くん、最近変だねって……」

 実際は《先輩たちのプロポーズ大作戦》もあったけど。

 ひとりにとって郁三はギターの教え子で、初恋の人で、そして初めての恋人だ。大事にしたいに決まっている。

 相談してほしかった。力になりたかった。

 恋愛騒動でバンドが崩壊しかけた時、ひとりは郁三に頼った。郁三はひとりを助けて、精一杯力を尽くした。ひとりはそこに大事な思い出を感じている。

「でも……わたしは、喜多くんにとって、そんなに頼りない、のかな」

「そんなことはないと思うけど。私も、虹夏も、ぼっちに助けられてきたことはたくさんあるし」

「……寂しい、です」

「……ね。うちの男どもはさ、どうしてこう、鈍感なんだか」

「ふふっ」

 郁三に秘密主義を持たれた女子二人なだけに、結束力は強かった。

「とにかくさ……明日、お互い落ち着いて、話してみたら?」

「あっはい。そうしてみます」

「ついでにさ。私も、郁三にちょっと怒ってるって話しておいてよ」

「リョウさんが?」

「郁三が勝手になんかしたの、これで二回目だし」

「あっ逃げたギター事件……」

「そうそう。まあ、本音としてはそういうぶっ飛んだ行動嫌いじゃないんだけど。まあお仕置きと言うことで」

「はいっ」

 いい加減、眠くなってくる。

「喜多くんと虹夏くん、作詞できますかね……」

「さあ……最悪企画倒れしても、虹夏にはいい復讐になるからいいかな」

「……わたしたち、たくさん、たくさん悩みましたもんね」

「ほんとだよ……」

 まどろみが襲ってくる。もう深夜も深夜。体力のない陰キャ二人。限界だ。

「……ぼっち」

「……はい」

「ぼっちのことだけじゃなくて……郁三の気持ちも、ちゃんと聞きなよ……」

「……」

 沈黙から数秒後。

「リョウさんも……虹夏くんと……仲良くして、くださいね……」

「……うん」

 眠かったから。本心だったから。

 変なひとりの言葉に、リョウは本心で頷いた。

 

 

────

 

 

 丑三つ時。ひとりもリョウも退散して、電気も消して暗くなった虹夏の部屋。

「それでさ、結局どうするの喜多くん」

「えっと、先輩。それってどういう?」

 ベッドでいつものように横になる虹夏と、床に敷いた来客用の布団の上で寝転がる郁三。眠れない二人は、気ままに会話を続けていた。

「いよいよ彼女にもばれちゃったけど」

「……ですね。せっかく虹夏先輩にも協力してもらったのに」

 郁三は仰向けになった。真っ暗闇、けど目も慣れてきて微かに部屋の輪郭がわかる。なんとなしに、「先輩はいつもこの部屋で生活しているのか」と思った。はしゃぎ倒して遊びたいけど、今日ばかりはそんな気分でもない。

「今回は僕も協力しちゃったし。男としては喜多くんの『心配かけたくない』って気持ちもわからなくはないからさ。その意味じゃあ同情するけど」

「……」

「でも、仲間としては同情しきれないよ」

 仲間として。もちろん《結束バンド》としてだ。

 虹夏とひとり。虹夏とリョウ。虹夏と郁三。辛いことがたくさんあったけど、最後には全部、お互いの心をさらけ出してその関係性を進めてきた。深くは聞いていないけど、リョウと郁三も、リョウとひとりも同じようなことがあったとわかっている。

 郁三とひとりだって、それができないとは思わない。なんたって、今の二人は恋人同士だから。虹夏としては少し、ほんの少しだけ複雑だけど。

 虹夏の意図は、郁三もよくわかっている。でも。

「それでも、心配させたくない……」

 郁三は頑なだった。なかなか見ない態度だけど、むしろ郁三としてはこの頑なさが素の部分もあるのかもしれない。

「隠し事してる時点で心配かけちゃってるじゃん」

「それでも……」

「あのさ、僕前にもいったでしょ」

「……」

「僕たちは、隠し事ナシで《結束バンド》でしょ」

 郁三がひとりのことで悩んで居た時、郁三の背を押すきっかけになった、虹夏の言葉。

 郁三だって、それはわかっている。バンドはまるで第二の家族だ。友達以上で、家族でもないのに家族以上に一緒にいて、夢を追いかける関係性。

 虹夏の言葉はどこまでも正しくて、郁三も何も言い返せない。だからこそちょっとムッとなって、郁三も別のことで虹夏を追いつめる。

「だったら、俺も虹夏先輩に聞きたいことがあるんですけど」

「ええ?」

「リョウ先輩のこと、どう思ってるんですか」

「それは……」

 《先輩たちのプロポーズ大作戦》を発案した張本人、喜多郁三。郁三は一番虹夏とリョウの仲を気にしていたけど、結局その仲を進展させるような方法は思いつかなかった。恋愛初心者、ヘタレ、長年の片想いに失恋直後のビビり。まるでトリプル役満だ。

 結局妙案が思いつかなかった郁三は、虹夏に向けてジャブをかました。

「……」

 虹夏から息を吞む音が聞こえた。そして郁三の質問にすぐには答えない。

 窓の外から車の音や下北沢の喧騒がはっきり聞こえる。

「先輩、寝たふりは許しませんよ」

 虹夏が掛布団を蹴った。

「ふりなんてしないよっ。返事に困ってるんだよこの朴念仁っ」

「先輩。今日は正直な心を吐くまで寝かせませんよ」

「怖いよっ。同性に言われたくないよその台詞っ」

「それで……? 虹夏先輩。『隠し事ナシで《結束バンド》』なんですよね?」

「こいつっ……自分のこと棚に上げやがってぇ……!」

 喜多郁三、隠し事。伊地知虹夏、ヘタレ。どっちも女子二人と比べるとカッコ悪い。

 虹夏は暗闇を見つめた。

「リョウは……大事なバンドメンバーで」

「異性としては?」

「……大事なクラスメイトで、昔馴染みで」

「だから、異性としては?」

「……~~っ!」

「先輩が人間とは思えない声出してる……」

 ヘタレが布団にこもって暴れ始めた。

 郁三だって虹夏とリョウの関係性はずっと見ている。一時期は気まずそうにしてきた二人が、《未確認ライオット》の終わりごろから元の気安さに戻って、でも時々妙な空気になっていたところを。

 その気配に気づいていたから、郁三が行動する決定打になったリョウの別荘での一幕を目撃することに繋がった。

 《先輩たちのプロポーズ大作戦》だって、リョウ一人の気持ちを知っているだけじゃ応援するだけで自分が動こうとはしなかった。虹夏の態度が明らかに決定的なのに動かないのがもどかしいと思ったからだ。

 郁三のストレスも爆発気味だ。上体を起こして、胡坐をかいて。そうして布団の中でモゾモゾと動いている虹夏を見据えた。

「……俺はリョウ先輩にも告白しました。それにひとりちゃんにだって、気持ちを伝えましたよ」

「『伝えましたよ』じゃねえんだよ現在進行形の秘密主義者ぁ……!」

 どちらも言うだけで強く非難はできない。お互い自分の隣にいる女の子に思う所がある。

 そう思って郁三は、迷いを抱えたままで、けれどけじめをつけるために自分を利用した。

「虹夏先輩、約束しましょう」

「約束って、なんの」

「虹夏先輩は、リョウ先輩とちゃんと話すこと」

「人の苦労を勝手に……」

「俺も、ひとりちゃんと話しますから。それで解決するかどうかはわからないけど、でも話しますから」

「……まあ、僕と喜多くんじゃそのあたりが落としどころになるのかなぁ」

 虹夏は暴れ回ってぐちゃぐちゃになった布団を整えた。きれいな姿勢で仰向けになって、布団の中へ。

「……わかってるよ。僕だって……僕だって、動かなきゃって、思ってるよ」

「それじゃあ……」

「ただし、喜多くん」

「はい?」

「ぼっちちゃんをしょうもない理由で泣かせたら絶対に許さないって気持ちは、今も変わらないからね?」

「……ひぇ」

 虹夏の後ろに修羅がみえる。

 

『自分の気持ちを言わないなんてしょうもないことでぼっちちゃんを泣かせたら、僕が絶対に許さない』

 

 虹夏が郁三に「僕もがんばるから」と言った時。約束は虹夏からだった。今度は郁三からの約束だ。でも虹夏のひとりガードは健在だ。

「……今は俺の恋人なんですけど」

「ははは。喜多くん殴るよ?」

「おやすみなさい」

 郁三は布団に潜った。

「まったく……」

 虹夏も目をつむる。目は冴えているけれど、体は疲れている。隣には郁三がいるし、リビングに出れば星歌が寝ているだろうし、星歌の部屋ではリョウとひとりが寝ているはず。いつもとはまったく違う気分だ。

(……喜多くんに言われなくたって、わかってるよ。ずっとなあなあにはしてられないって)

 バンド活動とは違う、人間関係が原因の騒動。終わりがみえたと思ったら、まだまだ続くらしい。

 郁三は進路のことで親と衝突。その秘密主義でひとりとの間にちょっと怪しい雲行き。それに自分はリョウとのこともある。一周回って受験勉強が気分転換になってるくらいだ。

 虹夏は思い出す。リョウとの二人だけの会話。

 

 自分に告白してくれた。

『私のことを、見て』

 

 そして、自分は返した。

『ちゃんと……リョウのことを見るから』

 

 これ以上、先の答えを出すべきなのだろうか。

(僕は……リョウのこと、どう思ってるんだ)

 今こうして郁三に態度で語ったように、ひとりへの想いは変わらない。変えられるはずがない。

 公園で初めて会った時。台風ライブの日の衝撃。日常のなんてことない出来事。失敗した告白と、よみ瓜ランドでの告白。全部、覚えてる。

(僕は、リョウのこと……)

 学校で二人で食べるお弁当。初めて見たリョウの《はむきたす》としての演奏。学園祭での黒歴史。屋上で《結束バンド》に誘った時のこと。日常のなんてことない出来事。鎌倉デート。誕生日、誰よりも早いプレゼント。告白の返事。

 全部、全部、覚えている。

 別荘に泊まった時、自分の目の前に、リョウの真っ赤な顔があったことも。

 手を繋いだ時のことも。

(…………)

 虹夏は目を開けた。大きくため息を吐いた。郁三に聞かれたとしても、どうしようもなかった。

 今日も、眠れないみたいだ。

 

 

 






タイトル解説

《17才》
歌:ハルカトミユキ
アニメ『色づく世界の明日から』OPテーマ

 《色づく世界の明日から》。日常をちょっぴり豊かにする()()の存在が当たり前な日本。そこで全部がモノクロに見える色盲を抱える少女が、祖母に「17才の私に会いに行きなさい」と言われ、2018年にタイムスリップ。17才の元気はつらつな「おばあちゃん」や、写真美術部の人々と関り、塞ぎがちだった心が解きほぐれていく……
恋愛・コミカル・真摯な物語もさることながら、特筆すべきはその「綺麗さ」に尽きます。モノクロな世界と長崎を聖地とした港町の景色。
OP《17才》は登場人物の溌剌さ、少年少女の迷い、清々しさ、様々なものを抱えているように感じる。高校が舞台となる青春物語に《17才》が似合わないと言うことはないはずだ……!


※お知らせ、というかIFルートの進捗
ちょっとずつ、ちょっとずつ、頭の中で物語の枠組みができつつあります。遅筆なのはまあ、本編投稿時のスピードがこの10年の中では異常な速度だったので許してくれ……
とはいえ、IFルートで悩んでいることもありまして、「これ、本編と後日譚みたいな地続きの書き方じゃなくて、盛り上がりどころをつまんでじゃないと作者の体力的に駆けないんじゃね?」ということなんですよね……
どうしよう……と悩んでいる、今日この頃です。
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