《結束バンド》の自主企画ライブ。クリスマス・イブの夜。いつもの歌う郁三だけじゃない。今夜はバンドを構成する四人全員がボーカルだ。
リョウの《カラカラ》に続く二曲目。虹夏が精一杯声を張り上げた。
「《なにが悪い》!」
郁三以外、誰かの目の前でボーカルを務めたのはひとりが頑張った路上ライブくらいだ。度肝を抜いたリョウに続く虹夏の大声に、観客も、星歌たちライブハウス関係者も驚きを隠せない。
虹夏が初っ端、ドラムと共に歌う。その曲名と同じやけくそな歌詞。けれど四人全員の演奏が膨れ上がって、虹夏は恥ずかしさなんて感じさせない清々しい表情で歌い続ける。それだけで、会場は盛り上がる。
出だしは上々、郁三もひとりも初めての曲でも問題ない。虹夏は所々ミスはしてる、でも勢いがある。リョウは笑った。
(なにが悪いって……そりゃ、全部悪いよ)
朴念仁なところも。いつも笑顔なところも。なんだかんだで女子からモテるところも。料理が上手いところも。
──だって僕、リョウのベース好きだし!
そんな風な真っすぐな心で、リョウに呪いを植え付けたことも。
リョウのことを良く知ってることも。
全部が全部、悪いよ。これ以上好きにさせないでよ。
男子共への当てつけも込みで提案した全員ボーカル。郁三もひとりやリョウに不義理を起こしたんだから、結果的に良い復讐になった。
けど、それでしてやったりの気分に浸れたのは少しだけ。
今、リョウは戸惑っている。
最初にリョウが出て、虹夏が続くというこの順番で決まったのはいつだったか。そして虹夏の歌詞が決まったのはいつだったか。
リョウの想いを重ねた《カラカラ》。虹夏が苦心して書き上げた《なにが悪い》。
結果的に、会話ではない告白とアンサーになった。少し恥ずかしくなってきた。
リョウは観客じゃなくて、必死になる虹夏を見る。
(慣れないボーカル、大変でしょ。私だって大変だったんだから)
今日の《カラカラ》も。半年前の《カラカラ》も。
(だから、頑張ってね。虹夏)
リョウの視線を受けて、それでも虹夏は勢いを止めない。
サビに入る。虹夏は汗を隠さない。歌詞の言葉をそのまま、心の中で叫び続ける。
(教えてよ。僕はどこへ行けばいいのか)
リョウは言った。私を見てって。虹夏は返した。リョウをちゃんと見るよって。
この約束はとても重い。小学生の時、姉とした約束と同じくらい重い。
だから、この半年近く、ずっと虹夏はリョウを見続けていた。リョウを意識し続けていた。
そうして生まれたこの感情は、なんなんだろう。今はまだ、叫べないこの感情は。
わからないけれど、でも。
確かなのは、何一つ後悔していないということだ。
(僕はぼっちちゃんを裏切った。リョウを傷つけた。喜多くんの気持ちを蔑ろにした)
それでも四人は、今、こうして一緒にバンドをしている。
何が悪い。この最低で最高の青春の一幕の、どこが悪いってんだ。
────
虹夏の《なにが悪い》の演奏時間は、約九十秒。
《カラカラ》よりも短い時間。少し物足りない、でも虹夏はちょっとだけヘロヘロになりながら歌い終える。
「ありがとう、ございましたっ……! 僕の初めてのボーカル、最後まで聴いてくれて!」
虹夏が息絶え絶えになる。観客は、予想外の展開に盛り上がりと拍手で返してくれた。
もう二曲も終えたけれど、郁三はまだ歌っていないから余裕があった。マイクを持って元気に語る。
「もう気づいてると思うんですけど、今日のサプライズは結束バンド全員ボーカルです! 俺ももちろん、ひとりちゃんもこの後歌いますよ!」
歓声が上がる。ひとりは顔のパーツがローテーションしていた。
「ちなみに、いつもはひとりちゃんが作詞してるんですけど……《カラカラ》はリョウ先輩が、《なにが悪い》は虹夏先輩が作詞してます!」
驚き、戸惑い。どよめきをぶち壊すような、ドラムとベースの小気味良いセッション。
郁三は笑った。
「あくまでボーカル交代だから、全部が全部が新曲じゃないけど……次の俺の曲も、俺が頑張って作詞しました!」
そうして郁三は、久しぶりに自分の定位置、ギター&ボーカルとしての中心位置に戻る。
さあ、三曲目だ。
「──《Distortion!!》」
次の曲も最初からハイテンションだ。郁三が虹夏に苦心して、少し気まずい空気の中でひとりと相談して作り上げた曲。
ひとりのギターが唸る。調子はよさそうだけど、先のベースとドラムの意気込みが激しい二曲以上に、郁三が作ったこの曲はひとりの調子がぶち上がる。
その理由を知っているから、郁三は困ったような笑みを浮かべて、それでも郁三らしく大声で歌い始めた。
Distortion。ひずみ。
郁三の場合、虹夏みたいに現状を歌詞に載せたわけじゃない。この曲を初めて歌うという緊張はあっても、たくさんのライブを経て心臓に毛が生えた郁三は、いつも通り快活に男子を盛り上げて女子を魅了する。
(ああ……楽しいな)
ここ最近、進路のことやひとりとの関係で悩んでいた。今も悩み続けてる。それでも、三人とバンドを続ける時間は楽しい。
(やっぱり、俺はバンドマンとして三人と一緒にいたい)
三人と一緒に、この特別な時間を作り続けたい。
母親の言葉、バンドメンバーの想い。そういったものを聞いたって、郁三の気持ちは変わらない。
バンドの夢を、新しくできた自分の目指すべき道を諦めたくない。そのために、大好きな子に近づくために、バンド一直線で行きたい。
大切な子のために、大切な人たちのために。
(大切な人たちと一緒に──)
三曲目を歌い終える。これも時間は約九十秒。あっという間に終わる。
余裕のある郁三は観客を見る。自分たちのために、STARRYのために来てくれるお客さんたち。
慣れない作詞に初めての曲。喜んでくれる人たちがいる。
(ひとりちゃんや先輩たちや、こんな俺のために──)
一瞬、郁三の挙動が止まった。
思い出す言葉があった。
──きっ喜多くんの、力を、貸してくださいっ……。
──協力する。こんな、情けない俺の力でいいのなら。
「……喜多くん?」
ひとりが郁三の動きに首を傾げた。
「……ごめん、ひとりちゃん」
放心もつかの間、虹夏とリョウが不審がる前に郁三は笑顔を作った。
「さあ、次が最後の曲です……!」
そして郁三はひとりと立ち位置を交換する。
その郁三の挙動は、ひとりしか違和感に気づけなかった。
でも考える時間はない。次はいよいよひとり自身が歌う番だから。
今日のMCは郁三に全投げしている。ひとりはただ、ただ、深呼吸を続けて整える。
「ひとりちゃんの曲は、オリジナルじゃない。でもひとりちゃんに似合っている曲です……!」
そんな郁三の言葉。この場にいる全員ではないけど、最後の曲が何なのかわかった人たちがいた。
あの日、路上ライブでひとりの頑張りを知っている人たちがいた。
知らない人たちも、ひとりが歌う曲はなんだろうと考える。自然、ライブハウスは静寂に包まれていく。
でも、それでいい。これまでの三曲はどれも賑やかな曲だった。でも、最後の曲は静けさが似合うから。
そうしてひとりが言う。
郁三じゃない。ひとりが言う。
震える声で。
「《転がる岩、君に朝が降る》」
ひとりのギターソロから始まり、リズムギター、ベース、ドラムが後を追う。静かな曲でも、ここはライブハウス。生の音が大きく観客の心臓を、鼓膜を揺らしていく、
リードギターの優しい旋律。震えているのに、しっかりとしたメロディ。ひとりがその口を小さく開いて、歌が始まる。
出だしは悪くない。路上ライブで何度も歌ったことが功を奏した。もともとひとりがコミュ障なのは観客のほとんどが知っている。震える声でも、そこに意味を感じてくれる。
郁三は以前より上手くなったし、虹夏とリョウも問題ない程度には合わせられる。
今日の最後の歌。演奏もいい。
ひとりは、そんな状況を不思議に思う。ライブだから失敗する時だってある。成功するだけじゃない。今、弦が切れたり、声がかすれたりすることもあるかもしれない。
それでも失敗していないのは、今、ひとりがちゃんと想いを込めて歌うことができているから。
路上ライブの時の《結束バンド》崩壊の危機とは違うけれど、大事な想いがあるから。
(みんなのために……喜多くんのために、頑張りたい)
郁三が自分を頼らないで家出したことを知った時、ひとりはショックを覚えた。
郁三のことを好きで、バンドメンバーとしても大事なのは疑いようがない。それでも、自信のないひとりは、少し後ろ向きになってしまう。
──似合わないって、そう思ってるのは……俺の方なんだよ?
郁三こそそう考えていると聞いて、ひとりは戸惑ってしまった。
自分や虹夏やリョウに追いつくために、練習を続けるために大学は行かない。そう決心している郁三の想いに、ひとりは戸惑う。
けれど怒ったり悲しんだりはしない。ただ、どうすればいいのかわからない。精一杯頑張って行動した結果、虹夏を悲しませた過去があるから。
でも、悲しくても、怖くても行動するしかない時がある。
恋愛騒動の時、そうやって最後まで踏ん張って立ち続けた先に、虹夏とリョウと郁三がいた。
だから郁三の進路に対して、どう応援すればいいかなんて到底わからないけれど。
これだけは確かだから、そんな確かな想いを込めて歌おうと決めていた。
──わたしは、喜多くんのことが好きです。
──どんな喜多くんだって、一緒にいたいと思ってるんです。
────
クリスマスライブは終わった。
ひとりの歌の後も、ライブの時間は残っていた。
星歌の誕生日祝いも兼ねているから、星歌へのサプライズプレゼントがあった。例えば虹夏が作ったほっこりSTARRYのクリスマスケーキだったり、《結束バンド》メンバーからの誕生日プレゼントだったり。ちなみにひとりはプレゼントを用意していなくて、苦し紛れに星歌への歌をプレゼントした。去年は弦が切れて贈れなかった一年越しの即興ソング。会場は冷えたけど星歌は過去一喜んだ。
そしてライブはお開きとなる。参加バンドも含めて、大勢が挨拶もそこそこに帰っていく。
店長の星歌や《結束バンド》の面々はSTARRYの片付けがあった。けれど、そこにただ一人残る女の子がいた。
「改めて──喜多郁三の従兄妹の、南海郁代です!」
ちょこんと頭を下げる郁代がいた。星歌に対して元気いっぱい胸いっぱいな様子でいる。眼をキラキラさせている。
「ほんっとうに、すごかったです……!」
「そっかそっか。初めての子にそう言ってもらえるのは嬉しいよ」
「それに、いつもいっくんがお世話になっています!」
「いっくん……? ああ、喜多か。まあバイトとか、こっちも助かってるよ」
「それとそれと……!」
「やっぱり従兄妹だなぁ……」
郁代から《キターン!》という虹色の輝きとフローラルな香りが舞い上がる。星歌はちょっと死にそうになっている。それを眺める虹夏とリョウ、さらにひとりは台風ライブの打ち上げを思い出した。
「喜多くん」
「はい?」
虹夏はそうであることが当然みたいな表情で呟いた。
「なんか、喜多くんと南海さんって瓜二つだね」
「色々と突っ込みたいんですけど」
「だってもうなんか……性別以外のすべてが同じじゃない? オーラとか」
「髪型、違うんですけど」
「否定するとこそこだけ?」
郁三はリョウに顔を向けた。
「リョウ先輩も何か言ってください」
「……X染色体の郁三。いや、本来は郁三の方がY染色体の郁代なのでは?」
「リョウ先輩?」
「X郁三……」
「なんか理由知ってると喜べないです」
「知らなかったら喜べるの? ぼっちの影響受け過ぎじゃない?」
「X郁三……! きっ喜多くんカッコイイです!」
「ほら」
とかなんとか。
星歌を陽のオーラで瀕死にした郁代が四人に向いた。
「改めて……! 本当にすごかった! 後藤さんもいっくんも、カッコよかった!」
「はわわわっ」
「うん、ありがと!」
郁代がひとりの両手を掴んで顔を近づける。ひとりは顔面が崩壊した。相変わらずの様子だけど、郁代はまったく動じていない。ひとり耐性が強いところもやっぱり郁三に似ている。
「あはは、仲いいなあ後輩ズ」
虹夏は笑った。
元々郁三の従兄妹だし、ファーストコンタクトもあってかひとりともあっという間に打ち解けている。こうしてライブに来てくれたし、この様子を見てもひとりや《結束バンド》のファンになったようなものだろう。純粋に嬉しい。
ファン1号とか2号みたいに、なんやかんやで仲良く話すような間柄になりそうだ。それは虹夏としても嬉しいことだ。リョウはちょっと苦手そうだけど。
郁代はふと、虹夏とリョウの方を向いた。
「先輩たちも、カッコよかったです! 演奏もボーカルも!」
「ありがとう、南海さん!」
「ども」
それぞれ返した。ところがそれだけじゃなくて、郁代はひとりへしたように、リョウの眼の前に立って、これまで以上の陽のオーラを出して──
「リョウ先輩っ!」
「うっ……うん?」
ひとりと違ってリョウの顔面は崩壊しない。けれど陽キャは苦手なので両手を掴まれて、行動を制されて思わず体が後ろに伸びた。
「最初の曲も、歌声も、演奏も……! ほんっとうにキレイで、カッコよくて……!」
と、郁代の顔はどんどん恍惚としていった。
確かにリョウは美人なうえにイケメンというハイスペックガールなので、郁代の反応はよくあることだ。ひとりも郁三も虹夏も誰も「いつものことか」と冷静な反応だった。
「従兄妹でもやっぱり似てるんだ……」
「ちょっと? ひとりちゃんまで変なこと言わないでよっ」
「え、でも……喜多くん最初の時に『リョウ先輩の息子になりたい』って言ってませんでしたっけ?」
郁三がライブ逃亡の贖罪のために仮バイトをした時の話だ。
「いや、言ってないって。……言ってないよね?」
言ってない。けれど実は思っていた。
「き、喜多くん……」
ひとりはちょっと引いた。
そんな会話も聞かず、郁代はリョウに大ファンになったと感激している。
「どこに住んでるんですか!? 学校はいっくんたちと同じなんですか!? 彼氏さんとかいるんですか~!?」
「うぇ……」
リョウとしては、新宿FOLTでのストーカー騒動を思い出すような心地だ。あの時のファンと郁代では全く違うけれど。
結果、虹夏の後ろに隠れることになる。
「……にじか、パス」
「パスすんな即日返済するぞ」
とはいえ、リョウが疲れ果てるのも困りもの。虹夏は乾いた笑いを浮かべて郁代を制した。
「ゴメンね、南海さん。リョウ、ハイテンションが苦手で……」
「あっ……ごめんなさい」
ちょっと表情に影が差す郁代。虹夏はわたわたとフォローする。
「でも、応援してくれることは嬉しいよ! リョウもそれは本当に思ってることだし」
虹夏の後ろでリョウがぶんぶんと頷いていた。
「……はいっ! 私、リョウ先輩も、皆さんのことも応援します! ファンになっちゃいました!」
そうして、元気さを取り戻した郁代は、虹夏の手を両手で握った。実際、本当にファンになったんだろう。友達になったひとり、従兄の郁三もいる。
「また来てよ! って、年末ライブも来るんだっけ? 喜多くんの御両親と一緒に」
「はいっ! 二人がちゃんと皆さんのライブを観れるよう、ちゃんと案内しますから!」
「ありがとう。よろしくね!」
虹夏は振り返って、ひとりや郁三を見た。
「さー、みんな今日はお疲れ様! 今日はもうお開きだよ」
「あっお疲れ様です」
「成功してよかったですね! ボーカル交代」
「だね。……ほら、リョウもいい加減復活するっ」
「……ん」
解散していくバンドメンバーと郁代。星歌は最後にライブハウスを閉める必要があるので、虹夏もそれを待つことになる。
郁三がひとりと郁代を送っていくらしい。リョウも途中までは三人と一緒だ。
見送る虹夏。ふと、一人郁代がはっとしたように踵を返して虹夏に近づいてきた。
「南海さん?」
「……ところで、なんですけど」
「うん?」
郁代は、虹夏にそっと近づいた。
そして、耳打ちする。
「伊地知先輩とリョウ先輩って……お付き合いされているんですか?」
虹夏の顔が途端に赤く染まる。
リョウがただ一人、その様子を見ていた──
タイトル解説
《ANNIVERSARY》
歌:シド
アニメ『マギ 第2期』OPテーマ
《マギ》は大高忍先生が送る少年漫画作品。『千夜一夜物語』をモチーフにした冒険活劇で、中東・東アジア・ローマ・海洋国家他様々な文化の国々、《マギ》をはじめとした魔法使いに《金属器》と言われる超常の力を持つ武具など、今も色あせない冒険譚、そして勧善懲悪ではない政治劇なんかもあるお気に入りの作品です。
《ANNIVERSARY》はそんな物語のOPテーマの一つです。あくまでクリスマスライブという祝祭を意識しての選曲ですが、歌詞も後ろ向きさと前向きさがマッチしてよいものだな、と思っています。