十二月二十七日。
直前のクリスマスライブは成功と言ってよかった。なんといっても、全員がボーカルをこなすという《結束バンド》としても初めての挑戦だ。虹夏と郁三は作詞に初めての歌、ひとりはあのコミュ障でボーカルを受け持った。リョウ以外は何かしらの挑戦をしたというのは、心臓に毛を生やすのにもってこいだった。
そんな数日前のライブがあったから、もう片手で数えることができるところまで来ている年末ライブへのモチベーションも上がっている。郁三の両親が来るといっても、自分たちはいつも通り全力を出し切るだけ。そんな気迫はひとりや虹夏はもちろん。当事者の郁三も持っている。
いつも通り練習をして、いつも通り過ごす。四人ともそれを意識していた。
そんな中、今日の午前中は虹夏だけがバイトのシフトだった。他にいるのは店長の星歌だけで、久しぶりの姉弟だけの空間。午後はリョウもシフトに入って、他バンドのライブもあるけど、午前中からの仕事は単純な雑用が多い。掃除をしたり、ドリンクの管理をしたり、楽屋の片付けをしたり。
そして、虹夏はゴミ出しのために外に出た。
STARRYは地下にある。扉から出て階段を上る。それで建物の共用ゴミ出しスペースに袋を置く。
「ふぅ……寒いな」
すぐさま次の仕事のためにSTARRYに戻ろうとして、階段の前に人の姿を見つけた。
「こんにちは、伊地知先輩」
「あれ、南海さん?」
南海郁代が、そこにいた。
────
バイトの昼休憩。虹夏はSTARRYを星歌に任せて、近所のファミレスに郁代を連れ出した。
「すみません、突然」
「ううん、別に困るようなことじゃないよ」
虹夏も郁代もお昼ご飯はまだで、適当にいくつか頼んだ。その待ち時間。話を進める。
郁三でもひとりでもない以上、郁代との面識は単なる二度目まして。でもどうしてか、虹夏は郁代に親近感を覚えている。
「なんだか、南海さんとはこの間初めて会ったって気がしないんだよね。どうしてだろう?」
「あ、奇遇ですね! 実は……私もそう思ってて」
「あれかな。喜多くんと話してるからかな?」
「それもあるかもですね! それか……前世でお話したことがあるとか!」
「あはは、それは確かに!」
二人して笑った。
閑話休題。
「それでどうしたの? 南海さん。今日は僕以外、みんないないんだけど……」
「あ、それはいっくんから聞いています」
「ん?」
それなら、むしろ郁三とかもいないことを知っていて来たのか。
郁代は虹夏に促されて口を開く。少し目を細めていた。
「リョウ先輩が私のこと、避けてたのかな……っていうのが気になって」
虹夏ははっとした。
「えっと、それってクリスマスライブの後の時のことだよね? ハイテンションが苦手って言った」
「はい。でも、いっくんとは普通に喋っていたのに」
「あー……それね」
あの時、恵恋奈や猫々が早々に帰ってしまったのが問題だったか。あの二人とリョウの絡みを見れば、郁代の心配が杞憂なのはわかりきったことなのに。
郁三にしたって、初期はリョウも鬱陶しく思ってたくらいだ。郁三が逃げたギターだったり、金づるだったり、ぶっ飛んだ性格と行動をしてるからリョウも面白がっていただけだ。
郁三とリョウにも色々あっただろうから、今となっては二人にしかわからない信頼関係があるんだろうけど。
郁代はコップの水を啜りながら話し続ける。
「ずっといっくんがボーカルだって聞いてたから、最初にリョウ先輩が前に出た時、すごくびっくりして」
「あ、やっぱりびっくりした? それじゃあ、リョウ発案のボーカル交代も大成功だね」
「それで《結束バンド》はもちろん……リョウ先輩の、ファンになっちゃいました」
虹夏としては、そんな風にリョウに堕ちていく女の子やら女性やら淑女は珍しくない。
郁代は
「私、本当に一目惚れでした。ちょっと浮世離れしてる雰囲気とか」
(実際は頭カラカラで何も考えてないだけだけど)
「ユニセックスな見た目とか」
(そのルックスを使って君の従兄からお金巻き上げてるけど)
「何より楽器が様になってるのが、すごくカッコよくて」
(それは認める)
「私、リョウ先輩の娘になりたい……!」
「う~ん、やっぱり喜多くんの従妹だなぁ」
声が出てしまった。この子、どこまでも喜多くん過ぎるだろ。
とりあえず、郁代がどこまでもリョウのことを愛してしまったのはわかった。
「《結束バンド》はもちろん、リョウ先輩の活躍も見ていきたい……でも、この間の反応を見ると……私、いていいのかなって」
「……なるほど」
「それで……やっぱり伊地知先輩には聞いておかなきゃって思って」
「え。なんで──」
虹夏ははっとした。
──伊地知先輩とリョウ先輩って……お付き合いされているんですか?
あの時、去り際に郁代に聞かれたこと。突然言われたことにびっくりして、虹夏は顔を真っ赤にしながら大声で質問を遮ってしまった。そのまま郁代を郁三とひとりに押し付けていたので、ちゃんとした釈明はしていなかった。
「それで……お二人は付き合っているんですよね?」
ほら来た。
(この子、僕とリョウの関係誤解してるよ……!)
「え、付き合ってないんですか?」
……ぞくり。
(え、なに今の悪寒)
正直、リョウとの仲を誤解されることは時々あった。例えば猫々とか。それは単純な疑問だったけど、今の郁代の質問にはどこか鋭利なものを感じた。
(え、なにこれ。どう答えるのが正解なの?)
迷うし、恥ずかしい気持ちもある。リョウ気持ちを知っていて、自分もリョウに少なからず思う所がある。ただの友達関係だ、とは言えなくなってしまった。
郁代は言う。少しだけ鋭利な雰囲気は残して、それでも気持ちは本当だった。
「リョウ先輩を、《結束バンド》の皆さんを応援していく以上、知っておいた方がいいことだとは思うんです……!」
(いや、だから突飛だって)
なんかこの子、仮にリョウに男ができたら発狂して踊り狂う気がする。陽キャはすぐに恋バナに持っていきたがるし。郁三がいい例だ。
この数秒、虹夏は悩みに悩んだ。呼吸が浅くなってるし、顔が熱い。心臓がバクバクしているし、喉がカラカラしているのが自分でもわかる。
悩んだ結果、虹夏は微妙にごまかした。
「南海さん」
「はい」
「結論から言うと……全然気にしなくていいよ。僕とリョウ、付き合ってるわけじゃ……ないし」
「……そう、なんですか?」
「うん。ぼっちちゃんと喜多くんが付き合ってるのはもちろん知ってるよね? だから僕らもそうってわけじゃない」
少し、胸がうずく。
「あと、リョウと南海さんのことだけどさ。僕らまだ駆け出しバンドだし、ファンが増えてくれるのは嬉しい。リョウだって気持ちは一緒だよ」
最近はリョウも柔らかくなってきたし、多少決めつけても大丈夫だろう。
「本人には秘密にしておいてほしんだけどね? 実はこの間ストーカー騒ぎがあってさ」
「えっそうなんですか!?」
新宿FOLTでの出来事だ。
「それで、たぶん警戒してる部分はあると思う」
「……」
「南海さんのことが嫌いなわけじゃないよ。今じゃもう喜多くんのことも慣れてるし」
「そう、なんですね」
「だから……南海さんみたいな元気な女の子からすれば変な態度だろうけどさ。そういう態度とかも……許してほしい」
郁代の心配事には、安心を持ちかける。
郁代は、少なくともリョウへの態度には納得したみたいだった。
「それじゃあ私……これからも、リョウ先輩を応援します……!」
「うん、ありがとう」
「それと、もう一つ」
「……うん」
もう一つの質問があった。
「伊地知先輩はリョウ先輩のことをどう思ってるんですか?」
この質問には、どう答えようか──
────
一通りのことを話した後、郁代を下北沢駅まで送った。
郁代は、以前言っていた通り年末のライブにも来てくれると言っていた。
そうしてSTARRYに戻ってくる。入り口には予想外の人影があった。
「虹夏」
「げ、リョウッ」
「『げ』ってなに。ずいぶん失礼じゃん」
少し冷めた目をしたリョウは、虹夏がわかるくらいの、ほんの少しの感情の揺らぎがあった。
「入り口にもたれかかるのやめなよ。通行の邪魔じゃん……」
「別に、まだ準備時間でしょ」
「そうだけどさー。ところでリョウ、今日はどうしたのさ。シフトじゃないのに」
言いながら、リョウをどかしてSTARRYに入ろうとするのだけど。
リョウがどいてくれない。
「……なに、どうしたの」
「虹夏、耳が赤いね」
「年末だし、そりゃ寒いし」
会話をしながら、なんとなくリョウの機嫌がわかってきた。
(リョウ、なんか怒ってる……)
そして、その理由もすぐにわかった。
「郁代とのデート、楽しかった?」
「んぐっ」
声が詰まった。リョウの目を見た。
「……なんで知ってるの?」
「STARRYから出てく二人を見たから」
「……なんで声かけてくれなかったの」
「別に、邪魔しちゃ悪いだろうし」
「……」
気まずい。かなり気まずい。
ただでさえ、リョウを意識してしまうような会話を繰り広げたばかりなのに。どうして当の本人がお邪魔してくるんだ。
「それで、デート楽しかった?」
「そもそもデートじゃない」
「どうだか。鼻の下伸ばしてるくせに」
「伸ばしてないっ」
リョウの態度も頑なだ。虹夏もちょっとムッとしてくる。
「虹夏、郁代に囁かれてたもんね」
「いや冷静に考えてよ。あれはどう見てもリョウのガチ恋勢でしょ」
「ぼっちとは別ベクトルだけど、私とは違って可愛いもんね」
「……違うでしょ」
眼を細める。秘密を明かしたとはいえ、どうしてリョウのためを思って苦労したのに怒られなきゃならないのか。
「南海さん、リョウのこと本気でファンになったんだよ。僕なんて眼中にないよ」
「……」
「だいたい、リョウだって女性ファン増やしてばっかで、ちょっとは躱し方とか覚えなよ」
「女の子に嫉妬してんの?」
「ちがっ……節度を守れって言ってんの」
「そっちこそ、ハーレム作ってるくせに」
「はぁ? なんだよそれ。僕がモテないの知ってるでしょ!」
つい最近ひとりに思いっきり振られているのに。
「……リョウ、ちょっと、本当に落ち着いてよ」
暴れたいのはこっちの方なんだけど。
少しの沈黙があった。お互い、自分の吐き出す言葉が八つ当たりだっていうこともわかっていた。
「……」
「……」
リョウが扉から離れる。そして虹夏を振り切って階段を上っていく。
「リョウ」
「ごめん」
気まずい雰囲気のまま別れる。リョウを引き留めることができなかった。リョウを引き留めたとして、なんと言えばいいかわからない。
「勝手に勘違いして、勝手に怒って。ほんと、女の子ってよくわからない……」
それに、ただでさえ喜多家の件で郁三も揺れてて、連鎖反応でひとりも大変なのに。
今度くらいは先輩ががっしり支えてあげなきゃってところで。
「年末ライブももうすぐなのに僕らがガタガタになってどうするんだよ~……」
二月の鎌倉の騒動から、ひとりが頑張った路上ライブまでの地獄のような時間を思い出して身震いしてしまう。
ただ、一つ思うことがある。
「……リョウ、ずっと考えてたのかな」
リョウが自分のことを好きだなんて考えてもこなかったけど、リョウは「バンドに誘ってくれた時から」そうだったと言っていた。
だとしたら、この二年間ずっと抱えていたのだろうか。あんなストレスを。そして自分にバレたくなくて、隠していたのか。
「……僕が気づかなかったから。いや、気づいたからどうすんだって話だけど」
そう考えると、申し訳なさも感じる。やっぱり、ひとりぼっちで深夜の東京を徘徊したあの時の罪悪感に近い。ちょっとトラウマを思い出してしまう。
「……ったく、リョウもさあ。南海さんなんてどう考えてもリョウのファンなのに。僕なんて眼中にないのに」
それに、納得いかない部分もある。
「言ったじゃんか……」
あの日、レーベルに話を聞きに行く前日、STARRYで。
『リョウのこと、大事だから』って。
『リョウのことを見るから』って。
それなのに、あんなに怒られてしまったら。
「は~、もうどうすりゃいいんだ……」
虹夏はSTARRYの入り口の前でしゃがみこんで、文字通り頭を抱えた。
その姿は、台風ライブの日の打ち上げで、ひとりと話した後の姿と似ていた。
結局その後、星歌が怒りながら出てくるまで。虹夏はそのままの姿勢でいた。
タイトル解説
《幸せについて本気出して考えてみた》
歌:ポルノグラフィティ
ポルノグラフィティがシングルとしてリリースした曲です。タイトル採用に当たって、今回はひたすら直接的に選んでいまして、まあ虹夏が『幸せについて本気出して考えてみた』といいますか。
ひとりのことが好きなのは変わらない、けど「好き」を求めることだけが幸せじゃないのかもしれない。それはそれとして、自分はリョウのことをどう想っているのか。
答えを出す瞬間も近い……かもしれません。
ところで、虹夏は果たして本気で考えているのだろうか……