STARRY、今年最後のライブの日。郁三の両親が観に来る日だ。
ライブ開始まで、残り一時間。《結束バンド》は複数ある出演バンドのうち
バイトとしての設営も完了。スタジオでの練習も終了。後は英気を養うのみ。
四人は集まっていた。例によって虹夏が音頭をとる。
「今日は年の瀬にふさわしい、気持ちのいいライブ日和だね!」
「あっですね」
「はい!」
ひとりはいつも通り。一方の郁三は、いつもより落ち着いている。いろいろあったけど、気持ちはちゃんと前に向いているみたいだ。
リョウが低いテンションで笑った。
「日和って言っても、室内ライブだから意味ないけど」
「そこ、うっさいよ」
虹夏が毒を吐く。後輩二人は乾いた笑いを浮かべるだけ。
結局、虹夏とリョウの気まずさは解決していない。郁代と虹夏が話した日以降も二、三練習日はあったのだけど、一時期の恋愛騒動の経験もあってかわりと全員気まずい空気を受け入れてしまっていた。
ひとりが尋ねる。
「あっクリスマスライブといい、受験も近いのに大丈夫そうですか……?」
「ありがとうぼっちちゃん。勉強の気晴らしにもなるし、これくらいは平気だよ」
「そんな中途半端な姿勢で今日のライブが務まるのかな」
「……別に、進学先も定まってないリョウに言われたくないよ」
「……フラフラしてるのはそっちの癖に」
そんな喧嘩腰なのに、お互い練習ではいつも通り息を合わせているのだから、ひとりとしても苦笑いするしかなかった。いつかの恋愛騒動の時と違ってライブに響くグダグダじゃない──というのが郁三の所感。だからあの時ほど切迫してライブに望むわけじゃない。
「ともかく、今日は喜多くんのお母さんも観に来る。でも、いつもと変わらず全力でやろう!」
「はい!」
「あっはい……!」
「うぃー……」
どこまでもぐっだぐだの《結束バンド》だった。
そんな折、STARRYには珍しいはしゃぎ声が聞こえてきた。
「本当にドラマのまんまだったね! 他の聖地巡礼も、郁三を連れて行こうよ!」
「恥ずかしいから騒がないでよ!」
喜んでいるのが郁三の父親、喜多
ひとりが虹夏とリョウに二人のことを伝える。
「あっあれが喜多くんのお母さんです……」
「確かに気難しそうな母親だ」
「喜多くんはお父さん似なんだね~」
というより瓜二つだ。郁三は困ったように笑った。
「なんかウチ、父母どっちも遺伝子強いんですよね。いくちゃん……従兄妹ともなんかそっくりだとか言われるし」
それはそうだろう、とひとりは思った。
「だってあれ、まんま女体化郁三じゃん」
「リョウ先輩……」
「もうドッペルゲンガーとか言っても信じるけど」
「性別違うんですけど!?」
「私なんて、女体化虹夏と会ったし」
仰天する郁三とひとり。虹夏は肩をすくめた。
「そりゃ、リョウが夢で見たとかいう謎生物のことでしょ」
「案外どこかにいるかも……」
「だから僕の存在全否定じゃんかって」
「ま、虹夏が女の子だったら、もっと可愛げもあったよね」
「……」
冷える虹夏。オロオロするひとり。心配する郁三。
ちょっと気まずくなった虹夏は、ため息をついて郁三に笑いかけた。
「まあ、郁三のお母さんには、ライブ前に僕からも喜多くんフォローしとくよ」
「あっはい。よろしくお願いします──」
虹夏は手に持っていたファイルを確かめてから、一人久留代の方に向かっていく。
三人となって、郁三はリョウに話しかけた。
「……先輩たち、どうしたんですか?」
「なにが?」
「この間から、ちょっと変じゃないですか」
「最近の郁三ほどじゃない」
「でも気になりますよ」
「……」
「何かあったら、相談してくださいよ。俺と先輩の仲じゃないですか」
さも当然のように話す郁三。ひとりも、さすがにここに割っては入らない。気にはなるけど、二人だけの会話があったことも知っている。
「ん。でもま、郁三は自分の心配しなよ」
「でも」
「練習も、演奏に支障はなかったでしょ。路上ライブみたいなことにはならないって」
「……」
「しゃーない。信用できないなら、私もたまには郁三のために一肌脱いでやるか」
ひとりは速攻で否定した。
「えっリョウ先輩は何もしない方がいいと思います……」
「なんで?」
別にリョウに嫉妬したから……ではないと信じたい。
────
虹夏は久留代に近づいた。
「喜多くんのお母さん、初めまして! 《結束バンド》リーダーの伊地知虹夏です!」
「あ、伊地知さん! この度は息子がご迷惑をおかけして……」
久留代はかしこまっている。虹夏としては……ぶっちゃけ郁三が喧しくてめんどくさかったのだけど、泊めるということには抵抗はなかったので構わない。
そんな微妙な心境の結果。虹夏は汗を垂らしながら笑った。
「あっいえいえ。全然大丈夫ですよ~……! あはは……」
「本当に、ごめんなさいね……」
「いえ……」
虹夏と久留代、シンクロ。
それはともかく、虹夏は持っていたファイルを広げる。《結束バンド》に関わる色々なデータを持ってきたのだ。
「お話は少しですけど聞いてます。お母さんには、僕たちのバンドの活動を知ってもらおうと思って、資料を纏めてきました」
「あら、これはどうもご丁寧に……」
「僕たち《結束バンド》は結成一年半で、今は月二回このライブハウスを中心に活動していまして……」
うんぬんかんぬん。
久留代がバンド活動に不安を感じているのはわかる。当然だ、バンドなんてそもそもが不安定な活動だから。
少なくとも、今自分たちがどんな状況にいるのかを知ってもらうことが大事だと思った。
最近の活動も上々だ。赤字だったチケットノルマも最近は黒字に転じてる。レーベルとも契約してある程度の支援があるし、大人のフォローを受けての今後の計画もあった。
「──というわけで、バンドに関してはきっとお母さんが考えてるよりは本格的に活動していると思います! 僕たちもついていますし、安心してください!」
決まった、と虹夏は笑顔の下にしたり顔を潜ませた。
久留代も、虹夏の心象は悪くない。ただ、不安事は続いている。
「まあ、貴方は心配ないんだろうけど、その……ベースの山田さんが……」
リョウの名前が出て、虹夏は果てしなくズーンとなった。肩が落ち、もう久留代相手に隠そうとしないくらいには。
「あー……すみません、山田の方はもう、僕の方からしこたま反省させますので」
「あ、そう……?」
久留代も引いた。
「それでも、バンドは続ける? 郁三や、後藤さんと一緒に」
「あっはい。リョウは……まあ、喜多くんもぼ──後藤さんも、みんな《結束バンド》に必要ですし」
久留代は虹夏を見る。虹夏は何一つ迷いなく返している。
まだ、郁三の話を通してしか知らない《結束バンド》。とはいえひとりのことは知った。リョウのことは警戒している。虹夏のことは、諸々のことで頼もしいとわかった。
久留代が想像するバンドというものとは、どこか違う。
「伊地知さん、郁三が迷惑をかけてないかしら? 今回のこともそうだし、あの子、結構ミーハーなところもあるから」
「あー……」
虹夏は頬をかいた。
「確かに、喜多くんは僕とか後藤さんとか、リョウと比べると賑やかですけど。だからこそ僕たちも刺激になってます」
一度バンドを壊しかけたのは郁三だ。でも。
「バラバラになりそうだった僕たちを繋ぎとめてくれたのも、喜多くんたちなんです」
「
「はい。喜多くんと、後藤さん。それに僕も、リョウも。全員です」
恋愛騒動。事情を知る人は少ない。《結束バンド》に、星歌、次子、きくり……全容を知っているのはその程度で、後はひとりたちのクラスメイトや、ヨヨコが概要をなんとなく知っているくらいだ。
だから傍目に見ても仲のいい《結束バンド》が崩壊しかけたなんて、信じられない。
でも、本当に会ったことだ。四人は周りの助けがあったとしても、自分たちで自分たちを救い上げてきた。
虹夏は笑った。
「だから、どうか観ててください。喜多くんが、初心者から一年とちょっとでどこまで成長したか」
────
ライブが始まる時間は刻々と近づいてくる。
まだ虹夏と久留代が話している中、STARRYにやってくる賑やかな声。
「リョウ先輩……! 後藤さん、来ました~!」
「喜多ー。来てやったぞー」
佐々木次子、そして南海郁代。二人が連れ立って郁三たちの方へ歩いてきた。
「あっささささん」
「いくちゃん、来たんだ」
高校二年生が一堂に集まる。それにリョウと郁代は知らないけれど、《先輩たちのプロポーズ大作戦》の三人衆の久しぶりの参加でもあった。
「リョウ先輩……! 今日も頑張ってください! 応援してますぅ……!」
「……うん」
タジタジ、オロオロ、そして目線を下げたリョウ。
次子は郁三とひとりに耳打ちした。
「久しぶりじゃん。で、どうなの? 《作戦》の方は」
「あっ……」
「うーん、正直難航中なんだよね」
「まじかい」
それなりのミーハー、次子も肩を落とした。
「そ、それどころか虹夏くんとリョウさん、ここ数日気まずそうで」
「……なんかあったの?」
『さぁ……』
郁三、ひとり、二人ともポンコツだった。
郁三もひとりも、家出騒動以降は自分たちの問題で手いっぱいだった。あと、郁代が虹夏と会っていたというのは全く知らなかったりする。
次子は郁代に冷めた目線でいるリョウと、そして久留代と話している虹夏を見比べた。この組み合わせで話しているのは本当に偶然なのだけど、喜多ばかりの次子にとってはそれがちょっと危ないサインのようにも見える。なんかまた喧嘩でもしたのだろうか。
それに、久留代を通して郁三の家出騒動も知っていた。
次子は諦めたように笑った。
「だったらもう、南海でいいんじゃないの?」
「南海さんを?」
「うん。南海、結構今《結束バンド》にお熱だし。なんか入学したての喜多にそっくりだもん」
「うーん、従妹をダシに使うのはなぁ……」
郁三が難色を示した。
それに、とひとりは顔色を蒼くする。
「でも南海さん、虹夏くんどころかリョウさんに向いているんですけど……」
「さすが喜多遺伝子、常識が通用しねぇ」
「……あのさあ、俺のことちょっとバカにしてるよね」
────
少年少女たちがワイワイキャイキャイやっている。
一方、大人たちの集まりもあった。
「お疲れ様です」
スーツ姿のその女性は店長として控えている星歌に声をかけた。星歌はいつものテンションで答えた。
「あれ、司馬さん」
濃い緑の髪、軽いウェーブに落ち着いた雰囲気。女性の名前は
「今日は今後の発表もあるので、観に来ました」
来年シングルをリリースすることや、ワンマンではないとはいえライブツアーを予定していることについてだ。
「《結束バンド》にとって来年は重要な年になりますから」
司馬の後ろにはぽいずん♡やみもいた。《未確認ライオット》出場のきっかけを作り、また《結束バンド》と司馬を仲介したこともある。
星歌はやみを見てニヤけた。
「お前は毎回来てるな」
「当たり前でしょ! 大事なバンドなんだから!」
「これがツンデレってやつか」
「は!? それはあんたのことでしょ!」
司馬が星歌に話しかける。大人同士の会話だ。
とはいえ司馬は実は片付けができない性分で、普段からやみにお世話されていたりする。
星歌は言わずもがな、家事のできないずぼら姉だったり。
やみは最近言動が真面目になって来たけど、服の選択は未だに中学生を騙っていた時の服装だったりして。
しょうもねー大人たちだ。
「最近の皆さんはどうでしたか? たしかクリスマスライブもしたんでしたか」
「ああ、アイツら頑張ってましたよ。出演バンドが集まらなくてちょっと身内臭が強くなりましたけど」
「確か、全員ボーカルをしたんですよね? 面白い発想だと思いましたよ」
「ガキだからこそできる無茶ですよねぇ」
「喜多さんや伊地知さんの作詞曲も聴きました。中々よかったですし、ミニアルバムが決定したら仕込んでもいいかもしれませんね」
「それ、是非直接言ってくださいよ。虹夏なんて、リョウに作曲任せきりのことに罪悪感感じてますから」
「あら、アンタの弟さん、可愛いとこあるじゃない」
「物騒なこと言うなよてめー晒すぞ」
「ちょ、ちょっと冗談じゃない! ブラコンやめなさいっての」
殺気漂う星歌。やみは初邂逅以降、星歌のことがちょっとだけ苦手だ。
司馬が空気を変えようとして言った。
「そういえば店長。初めて見た時は喜多さんの公開告白でびっくりしましたよ」
「ああ、ライブ審査のときでしたっけ。私も聞いた時はたまげました」
星歌は苦笑した。
「それで、結局どうなったの? アンタなら知ってるんじゃないの? 告白が成功したとか、そもそも誰が彼の意中の相手だったとか」
「あれ、二人とも知らないんです?」
星歌としては、公開告白よりも前の恋愛騒動の方が胃の負担が強かった。だからそれを明かす程度なんてことない。
「あれ、喜多とぼっちちゃんですよ」
数秒後、女性二人の絶叫が響いた。まだライブ開始前じゃなくてよかった。
「そ、それ……ちょっとどういう事よ!? ギターヒーローさん……!?」
「あー、お前はそっか。そのファンだったか」
「念のため、根掘り葉掘り聞いても構いませんか?」
司馬でさえちょっと目がランランと光っている。
四人の尊厳を守りつつ、星歌は当たり障りのないところだけ喋った。具体的には、喜多とひとりの関係とか、一時期の気まずさとか。まあ要するに郁三が言っていた「ギターを教えてくれた人がいる」とかの件だ。
司馬は戦慄していた。
「そんなことがあったなんて……やっぱり《結束バンド》、面白いですね」
司馬が感じた《結束バンド》の魅力はそうしたエンタメ性じゃない。けれど仲の良さ、四人の魅力の源泉はここまでの物語にあった。
「でも、まあ今はあいつらの実力の賜物ですよ」
同時、ライブハウス内が暗くなる。光が灯り、一組目のバンドが会場を盛り上げる。
ライブの始まりだ。
星歌は笑った。虹夏とリョウの関係とか、郁三の家出騒動とかはあるけれど、恋愛騒動よりマシなので星歌は楽観的に見ている。
周りを巻き込んだ、ぶっ飛んだ内容の、漫画みたいなライブ。それはライブ審査とひとりがボーカルを務めた路上ライブだったけれど。
「そんなバカみたいなこと、何回もやりませんって」
星歌は笑った。
「まあ、それもそうですね」
司馬も笑った。
『あはははは』
「なによ、そのフラグみたいなの」
やみだけが、ちょっとだけ悪寒を感じていた。
タイトル解説
《unlasting》
歌:Lisa
アニメ『ソードアート・オンライン アリシゼーション War of Underworld』EDテーマ
SAOは多くの方が知っている物語だと思います。その中でも佳境所のシーズンで流れるものです。
曲の雰囲気は個人的には「静謐に満ちている」という印象で、冬の夜、雪道を歩いているときに聴きたいな、という印象です。
今話は冬真っ盛り、そしてライブが始まる前の溜めの時間。気持ちを高めて、次の話に繋げたい……!