今年最後の年の瀬ライブ。他の出演バンドも同じように今年を締めくくるライブなんだろう。みんな、そのバンドのファンも含めてたくさん盛り上がった。
そして、ライブのトリ。《結束バンド》の番だ。
「どうも、《結束バンド》です!! 」
準備完了、郁三が声を張り上げた。
《結束バンド》目当てに来た客も多い。次子と郁代はもちろん、恵恋奈に猫々、ファン1号に2号。他にも、最初の頃から足を運んでくれた人たちも。
「年内最後のライブ、皆さん楽しんでください!」
虹夏のスティックで始まるリズム。いつものルーティンから、最初の曲が始まる。
郁三はイントロを弾きながら叫んだ。
「《ギターと孤独と蒼い惑星》!」
全員が思い入れのある最初の一曲だ。ライブでも回数を重ねてきたし、安定感も出てきた。同じように観客たちも盛り上がる。
特に郁代は、前回のクリスマスライブを含めて二回目。今回はシンプルに郁三がメインで歌う。それを楽しむことができる。
郁三が歌いだす。張りのある声。
会場の盛り上がりは前のバンドのおかげでもある。そこに感謝しつつ、虹夏も集中して演奏を続ける。
──それで、デート楽しかった?──
全部が順調、満面の笑顔、というわけじゃない。虹夏もまだ演奏はできている。けれど思う所がある。
(結局、今日まで仲直りもできなかったな)
そもそもが、起きて数日の喧嘩。普通だったら少しすれば勝手に落ち着くような状況。でもひとりと郁三は別の問題があるし、決して能天気には構えていられない。
リョウだって、あの日の虹夏と郁代のことをわかってるはず。決してデートでもなんでもないし、郁代の意中の相手はリョウその人だ。
虹夏だってひとりが好きなのは変わらないから、別に郁代を好きになったというわけじゃない。
(そもそもまだ二、三回あった程度だぞ。どうやって好きになればいいんだよっ)
正直、今回は恋愛騒動みたいに自分がリョウの気持ちに気づかなかったから……というものでもない。完璧に自分は悪くないと思っている。
(でも……リョウの気持ちは)
ストレスを浴びせていることだけは、確かなんだろう。
ひとりを好きなのがバレていたから、自分のことを好きでいてくれたリョウを不安にさせてしまったのと同じ。そうして、今はリョウも自分の気持ちを虹夏に知られている。だから感情の発露だって今までとは違うのかもしれない。
リョウとの関係性が、恋愛騒動で変わった。だから仲直りの方法も、また違うのかもしれない。
(僕の気持ちを、ちゃんと伝えるには──)
サビに入る。郁三が声を張り上げる。
聴いて 聴けよ──
郁三のテンションは上々だ。
そうだ。郁三は《結束バンド》を崩壊させたり繋ぎ留めたり、いつも振り回してくれた。
リョウを見る。演奏に陰りは見えない。
ひとりを見る。ギターヒーローの時ほどじゃないけど、安心してみていられるようになった。
(……そうだよ。ぼっちちゃんだって)
台風のライブの日、ギターヒーローの演奏で救ってくれた。秀華祭では郁三に呼応してボトルネック奏法を披露してくれた。
そして、路上ライブで《転がる岩、君に朝が降る》を歌ってくれた。
現状を変えるのは、いつだって突飛な行動をする後輩たちだった。
バカみたいにリスクが高くて、恥ずかしくて、でも魂の底から飛び出す気持ちを、迷惑なんてそっちのけで跳ねのけて。
そうしないと、きっと自分たちは変わらない。なにせ、郁三以外は真正の陰キャなんだから。
だから。
(僕も……バカになってやる!)
表情を固めて、虹夏はスティックを持つ腕に、力を込める。
そして。
「一曲目──ありがとうございました!」
いつものように、小気味良いテンポで郁三がMCを続ける。
「今日は年末、もう初詣の予定は立ててますか? 人によっては初日の出観たりしますよね! 俺、去年は友達と何人かで金沢八景に──」
郁三のMCを待つひとり、それにリョウ。
虹夏は待たない。心臓が高鳴る。緊張もする。
それでも意を決して、ドラムソロを響かせた。MC中の郁三を振り返らせる。
「……虹夏先輩?」
リーダーの今までにない行動は、郁三どころか、リョウもひとりも、会場の全員も戸惑わせる。
「……ごめん、喜多くん。ちょっといいかな?」
そうして虹夏は席を外して立ち上がった。どっしり構える後方じゃない、郁三と同じように注目を集める舞台の中心。
「……みんなの時間を借りたいんだ」
郁三を見据える虹夏の眼はどこまでも真っすぐで。
「……いいですよ!」
郁三も面白がって、快くマイクを渡した。
静寂。虹夏の目線の先には、自分を見つめるたくさんの観客……。
リョウの方へ向いた。リョウは自分を見つめている。
「……ゴメン、リョウ」
きれいに、それはもう清々しいくらいに、45度の礼で頭を下げた。
どよめき、戸惑い。観客席はざわざわと揺らめいている。ひとりも事前の打ち合わせとまるで違う展開に混乱するばかりだ。
(……虹夏くん)
謝られたリョウも、自然と注目の的になる。リョウは虹夏以上にこの空気が苦手だ。戸惑うしかできなくて、ライブ前のつっけんどんとした態度が鳴りを潜めた。
「……なに、急に」
「謝りたいんだ。ここ最近のこと」
「っていうか、なに、急に。そもそも今、ライブ中なんだけど」
「だって、リョウ。これくらい無理矢理にしないと話聞いてくれないじゃん」
いったん、虹夏は視線を前にした。
「……すみません、なんか、みっともなく前に出ちゃって」
頭をかいた。
「なんか、僕たちって、バカみたいですよね。ベースとドラムが不在でライブするわ」
ひとりが逝った。
「大事なライブ審査だってのに、誰かさんは公衆の面前で告白するわ」
郁三も逝った。
「……でも、そうやってバカみたいにならないと、伝えられないから……ちょっとだけ、僕の我が儘を許してください」
観客の奥、後方で星歌と司馬が口をあんぐりと開いて目が点になっているのを見た。
他バンドとの協調性も、契約しているマネジメント会社との関係もあるのに、どうしてこんなことをやれるのだろう。
でも、少しだけど拍手が返ってくる。それに、誰かの指笛も聴こえてくる。
郁代は変わらず楽しそうにしているし、1号さんや2号さんも笑顔でいる。
たった一年半くらいだけど、古参の人たちはわかっていた。《結束バンド》のライブでは、時々こんなアホみたいなことが起きる。一番おかしかったのはライブ審査の公開告白。
今更虹夏が突飛なことをしたくらいで、ため息を吐いてもライブそのものを止める人間はいないんだ。
虹夏はリョウの返事を待った。
リョウは表情を変えない。ずっと一緒にいた虹夏はよくわかっている。混乱しているし、戸惑っているし、少し恥ずかしがっている。
「なんで謝るの。そもそも私、怒ってないし」
「嘘つかないでよ。どう考えても不機嫌な癖に」
言葉を全部さらけ出す。でも核心的な言葉を使わないから、それこそ郁三の公開告白みたいに肝心の内容は観客には伝わらない。虹夏とリョウだけが本心をわかっている。虹夏が謝ろうとする理由も、気まずい空気の原因も。
虹夏はひとりと郁三を見た。
今の虹夏にとって、二人は頼りになる後輩で、とんでもない状況をいつもぶち壊してくれた──自分の先を走る眩しい人たち。
「ぼっちちゃんは、《結束バンド》を取り戻してくれた。喜多くんは自分の気持ちをぶちまけてくれたよね」
「あっあっ……」
「……なんか、ごめんなさい」
「別に、怒ってないよ」
虹夏は笑った。そうしてリョウを見る。
リョウだけを、見る。
「それで……リョウだって、曲で自分の気持ちを伝えてくれてる」
ひとりや郁三や、この場にいるたくさんの観客は、作曲するリョウのことを想像する。
でも虹夏とリョウにとっては違う。二人だけが知っている。五月二十九日の《カラカラ》を。
だから、リョウの顔は真っ赤になった。
「気持ちを歌ったり、表現したりしてないのは僕だけなんだ」
「……にじか」
「だから、僕もライブで、演奏で気持ちを伝える。リョウと仲直りがしたいって──」
リョウが虹夏の言葉を遮った。
「……そんなんで、謝ってるつもりなのっ?」
さっきよりも声量が上がってる。焦って、少しだけ怒っている。
「僕は謝りたいって思ってる」
「その理由は、なんなのっ?」
「理由なんてないよ」
一息ついて、もう一度繰り返した。
「理由なんてない。でも、リョウを困らせたのは確かだもん。だから、謝りたいって思った」
「そんな理由じゃ……!」
「だって、本当にわからないんだよ!」
虹夏は叫んだ。
「リョウ、本当の気持ち教えてくれないしさ!」
リョウが言葉に詰まる。会場もシン、となる。
「僕、言ったじゃん。『リョウをちゃんと見るから』って」
ヒューヒューと冷やかす野次が飛んでくる。虹夏は顔を真っ赤にして「別に変な意味じゃないです!」とまくし立てた。その態度はほとんどバレバレだ。観客席で次子がめっちゃくちゃニヤついた。
二回深呼吸して、そしてまた口を開く。
「リョウのことをちゃんと見てあげれなかった。考えてあげられなかった。たぶん、それで……」
考えても、考えても、理屈なんてないのかもしれない。
恋心なんて、そんなものかもしれない。
だから理由なんてない。不器用だから、本心を隠して気の利いた文句を垂れることなんてできない。そんなことができるなら、そもそもライブを私物化してリョウに向かって謝ってない。
「もう一回リョウのことを見るよ。手始めに、音楽で」
「……にじか」
「思い出してよ。《結束バンド》が始まった時のこと。僕がリョウに言った言葉」
──だって僕、リョウのベース好きだし!──
はっと、リョウは顔を上げる。
繋がって、絡まって、周りから見れば滑稽な四人だったかもしれない。
そんな自分たちだから、今のファンがいて、あのライブ審査に繋がって、レーベルにも声をかけてもらった。
だから、バカみたいで滑稽な自分のままで行く。
虹夏は精一杯、言い切った。真っすぐリョウの眼を見て。
「リョウも僕の本心はライブで判断してよ。僕が本当に謝りたいのか、それともただのポーズなのかってさ」
リョウも、ちゃんと虹夏の眼を見た。
「……わかった」
リョウは手元を見て、準備を始める。これ以上はさすがに限界らしい。
虹夏は観客に軽く会釈してから自分の持ち場に戻る。
郁三が前を見る。
自分の昔の行動をダシにされたので、郁三もちょっと声を大にできなくなってしまった。
でも、虹夏の行動は嬉しかった。だから郁三は、楽しそうに喉を開いた。
「それじゃあ、いきます──二曲目、《星座になれたら》!!」
いつか秀華祭で演奏した曲。他の曲と比べると披露する機会は少なかったけれど、全員──特にひとりは思い入れがあった。
演奏を続ける。《結束バンド》の持ち曲のなかでは比較的おとなしい立ち上がりだ。一曲目で熱狂して、MCで途切れた集中を取り戻すには相応しい曲だった。
虹夏の言う通り、ライブ中にやることとしてはバカみたいな内容だった。一歩間違えれば、そのまま会場は冷えて終わるかもしれない。
けれど。
(虹夏くん……)
ひとりは虹夏を見る。
顔を赤くして、けれど今はもう演奏に集中している虹夏を見る。
郁三の歌声が始まる。付き合っていて、大好きな人の歌声。
けど今は、虹夏に対する感情と感動が大きい。郁三の声よりも、ずっと虹夏のドラムの音が大きく聴こえる。
(虹夏くん、本当に良かった……)
自分のことを見つけてくれた虹夏。ギターヒーローであることを見抜いた虹夏。優しくしてくれた虹夏。
そんな虹夏に好かれていて、ずっと傷つけていたことを知った。最初の告白のときだった。
崩れていく《結束バンド》を精一杯繋ぎ留めようと動いて、恋愛感情があっても同じ気持ちを確かめ合った。路上ライブのときだった。
そして、二度目の虹夏からの告白をひとりは断った。二人は大切な友達同士になった。
ここ数日の虹夏とリョウの気まずさ。何とかしたいと思っていたけど、手出しできなかった。自分が虹夏に好かれていたのを知っていたから、次子の作戦にも少し後ろ向きだった。
(虹夏くん、リョウさん……きっと、仲直りできる)
この一年半、ずっと見てきたんだ。だから、さっきの二人の会話を見ればわかる。
(だからわたしは……わたしのことを、頑張る)
きっと、それが虹夏とリョウを想うことに繋がるから。
《星座になれたら》の最初の盛り上がりに入る。郁三の声も伸びていく。
(『本当の気持ちを教えてくれないしさ』なんて、わたしもだ)
直前の虹夏の言葉が、ひとりにも刺さる。郁三と少しだけ気まずくなった家出騒動のとき。
郁三は頼りになって、支えてくれる存在だ。だからひとりは郁三のことが好きになった。ずっと自分を見てくれたから。
(それも……喜多くんに伝えることができてなかったんだ)
そうして、郁三の自信のなさに繋がったのかもしれない。自信があったら、あの陽キャな郁三が進学しないなんて言い出さなかった。
(だったら、わたしがしなきゃいけないことは──)
音楽でも、言葉でも。郁三とちゃんと話すこと。
拙い言葉でも、めげないで。
(わたしと喜多くんは……つっ、付き合ってる、から)
郁三を見る。パフォーマンスの中で、ゆったりと動く郁三と目が合う。
郁三とひとりは、にっこり笑い合った。
────
《星座になれたら》が終わる。
観客たちに、また火が付きつつある。
この熱を終わらせたくない。虹夏が精一杯頑張った魂の叫びを、観客たちも巻き込んで意味のあるものにしたい。
だから、郁三は喉も嗄れろという勢いで叫んだ。
「三曲目──《グルーミーグッドバイ》ッ!!」
静寂。暗闇。一気にドラム、ベースが音楽に参加する。
虹夏の丁寧なドラムに、リョウの主張を忘れないベース、それに郁三の堅実なギター演奏。
ボーカルの歌声は爽やかに響く。恋愛騒動のなか、ひとりとリョウが苦心して作り上げた曲を、虹夏の「僕の演奏を聴いて判断して」という気持ちを乗せて、観客とリョウに返すために。
郁三は、まだ最後の曲でもないのに魂を震わせる。
最初は静かな立ち上がりだけど、どんどん明るくなり──郁三はそこに苛烈さを加えていく。
虹夏だけじゃなくて、郁三にも自分の意志で頑張りたいことがあるから。
(反省することばっかりだ……!)
バンドマンになりたいということ。そのために進学を諦めるということ。ひとりやリョウ、虹夏に追いつくために精一杯頑張りたいという気持ち。
全部、独りよがりだったのかもしれない。
大学進学を諦めて《結束バンド》のために頑張る。その気持ちはまだ残っているけれど、本当にこれでいいんだろうか?
──どうして……秘密、にしてたんですか……?──
──きっ喜多くんの力になりたいって……思ってたの、に──
──やっぱりわたしは喜多くんには似合わないんじゃないかって──
そう決めた結果現れたのが、ひとりの気持ちだからだ。
悲しさや、失望や、諦めが絞り出てきたからだ。
(そんなのは、俺が見たいひとりちゃんじゃなかった)
家出中、虹夏や星歌にも諭された。大学に行くことだって《結束バンド》に繋がる大事な経験だって。郁三にしかできない経験があるし、選択肢を増やすことは重要になってくる。
(せっかく、ひとりちゃんと恋人になったのに。ひとりちゃんと付き合えたのに)
──リョウのことをちゃんと見てあげれなかった──
虹夏の言葉がrefrainする。
郁三こそ、ひとりのことを見てあげることができなかった。
ひとりや虹夏やリョウの、全員の気持ちを勝手に決めつけてしまっていた。自分が死に物狂いで頑張ることこそ《結束バンド》のためになって、それがみんな嬉しいんだと。
(でも……そうだよな。ひとりちゃんは、俺のことを──)
死に物狂いで頑張ったから、ひとりは郁三のことを好きになったわけじゃない。
──わたしは……喜多くんがずっとわたしを見てくれて……それで、好きになりました──
そんな自覚はないけれど、ずっとひとりを見ていたからこそ好きになってくれた。
(俺は、俺のままでいい。少なくとも、今は)
未熟者で、逃げたギターで、初心者の自分をひとりは好きになってくれた。虹夏は許してくれた。リョウは認めてくれた。
だったら。
(俺らしく……活躍するんだ!!)
歌いながらボルテージを上げていく。そして、サビへ。ここからはひとりの真骨頂だ。
郁三からひとりへ。そして二人でサビを奏でる。
主張していたドラムとベースが支え、その上をリードギターとボーカルが走る。清々しい郁三の声と、それを支えようとする独特のギター捌き。
余韻を残して、次なる何かを期待させて曲が終わる。
拍手。郁三が笑顔で手を振る。目線を落として、再びマイクへ。
「……次がラストの曲です」
つまり、このライブのラストであり、STARRYの今年ラストの曲であり……観客にとっても今年ラストのライブ曲かもしれない。
「実は今日、ライブで初めて披露します。タイトルは《小さな海》……その通り、俺たちの曲の中ではだいぶ落ち着いた雰囲気になってます」
リョウの作曲も、ひとりの作詞も、二人ともモチベーションさえあれば普段から作っている。ボツもあったりするけれど、二人はたまにお互いの成果を見せ合っては話し合って一つの曲を作り上げてきた。
今はレーベルからの指示で作る曲もあるけれど、生まれた音はそれだけじゃない。むしろ秀華祭の前後から考えれば余裕があるくらいだ。それに、そういった曲にだってそれぞれの思い入れがある。
この曲は、そのうちの一つ。
「盛り上がるのも楽しいライブだけど、年末だからしんみりしてもいいねって……そんなセトリになった」
落ち着いた曲調。年末。寒い空気。津々と降る雪。
沈黙の中にある小さな海を、観客にも思い浮かべて欲しい。
「それに虹夏先輩の話を聞いて思った。一息ついて、ちょっと落ち着いて……そうやって、隣にいる人のことを考えなきゃなって」
郁三は、ひとりを見て、虹夏を見て、最後にリョウを見た。
リョウと目線が会う。恋愛騒動のとき、いろいろなことを話し合った。
──俺は、リョウ先輩が苦しいと思っていることの共犯者になりたい──
リョウの眼から見た郁三は、いつかのようににへらっと笑っていた。
「聴いてください──」
スティックのリズム。
ひとりのギターから印象的なメロディが流れて、郁三がそれを追う。次にリョウのベースが合流する。
まだ、ドラムの音はない。
郁三が言った通り、静かな立ち上がりだ。観客も盛り上がるんじゃなくて、ゆっくりと聴く。
耳が鈍くても聴こえるのはギターの音。ミスもない、落ち着いた演奏だ。
リョウは思った。
(……成長したね、二人とも)
何度もライブを重ねて、そのうちいくつかは、普通のライブとは思えない馬鹿げたこともした。そんな一年半を乗り越えて、今日もまたおかしなライブをしている。
逃げたギターに、チームワークの欠片もないド陰キャ。けれどリョウも虹夏も、そんな二人を支えて、逆に助けられてきた。
もう、《結束バンド》はこのメンバーじゃなきゃだめだ。四人ともが思っている。
ボーカルに合わせてドラムが現れる。これで全員だ。落ち着いたテンポのままに、鬱々とした歌詞に細い光が入り込んでくる。
──ちゃんと……リョウのことを見るから──
二人だけの約束を、無理やり思い出さされた。
(……わかってたよ、郁代が虹夏にどうこう思ってないなんて)
そんなこと、虹夏に言われなくてもわかる。いったい、今までどれだけ似たような視線を受けてきたと思ってるんだ。
それでも不安になってしまったんだ。この一年半、いやそれ以上……どれだけ虹夏と仲良くする女の子を見てきたと思ってるんだ。
どれだけ理屈が否定されたって、そんなことないってわかってたって。
(私は虹夏が好きだから)
バンドマンとして、仲間として、そして男の子として好きだから。
ずっと隣にいたいから。
それで、また新しい虹夏ハーレム要因が来てしまって、ちょっと心にクるものがあった。だから、つっけんどんな態度をとってしまった。
私の気持ちを知ってるのに。私に告白させたのに。ぼっちにフラれた癖に。
そんな感情。なまじいつかの恋愛騒動がシャレになってないくらい苦しかったから、こんな程度の気まずさなんて……とこの数日まともに考えなかった。
(しかも、私と虹夏だけじゃなくて、郁三もぼっちもね)
バカみたいだ。笑えてくる。
でも。
(虹夏、私のこと見てくれたんだね)
今までだったら、絶対謝ってなんて来なかった──というか、こんなやり取りそのものが初めて。今日、虹夏から歩み寄ってくれた。
怒ってたのに、恥ずかしくなって、そうして演奏をしている今は、どこかおかしい。
だからもう、いいや。
不安は消えない。心臓がキュッと締まる。
それでも。
この三人と一緒に、進みたいんだ。
(それじゃあ虹夏、テストしてあげるよ。私のこと、ちゃんと見てるか)
曲が盛り上がる。《小さな海》、そのサビへ。
虹夏を見る。ライブ初披露の曲だ。さっきのMCもあって、虹夏は全体を見ながらも集中していた。
郁三を見た。観客を見ている。笑顔じゃなく、真摯な目線。ギターと演奏に力を込めている。きっと、観に来た両親のために。
ひとりは……控えめな笑顔でいた。
ライブはたぶん、成功している。
今は、精一杯楽しんでやる。
タイトル解説
《空とキミのメッセージ》
歌:ChouCho
アニメ『翠星のガルガンティア』EDテーマ
翠星のガルガンティアは、遥か銀河の彼方で敵性生物《ヒディアーズ》と戦う少年軍人レドが主人公です。超高性能AIも備えたロボ《チェインバー》を駆るレドは、しかし戦闘中に時空のひずみに飲まれ、陸地が減少し海──翠の星となった地球に迷い込む。
そこから船団都市《ガルガンティア船団》と関り、人々と共存の道を探るべく異文化交流を重ねていく……というものです。
物語もキャラクターも素晴らしいの一言ですが、《空とキミのメッセージ》はそのED。異文化交流はすなわち相互理解。レドはヒロインであるエイミーをはじめとした人々を理解していく……そんな頑張るレドを想ったような、真っすぐできれいな曲だと思うのです。
虹夏も《結束バンド》の全員も頑張っています。今日のライブは、果たしてどちらに転ぶのか──