「はっ」
「あ、おはようひとりちゃん」
後藤ひとり、覚醒。システムオールグリーン──いや、ちょっとレッドあり。
体がふわふわする。リョウと一緒に甘酒を飲んでからの記憶がない。
気が付いたら、郁三に負んぶされて片瀬海岸東浜にいた。
「こっここは……?」
「江の島から出て、海岸だよ。少し休憩しようと思って。初日の出にはまだ早いしね」
「海岸……?」
時刻はまだ朝の六時前。ほんの少し明るくなっているけど、まだ夜というのには変わりない。
「ひとりちゃん、動ける?」
「あっはい……」
郁三とひとりは、歩道と海岸の間、階段に腰かけた。
「リョウさんと虹夏くんは……?」
「ひとりちゃん、リョウ先輩も酔っぱらったの覚えてる?」
「……?」
「覚えてないね、これ」
郁三は女子二人の甘酒事件を伝えた。ひとりは信じられない、という表情でいた。
「……で、とりあえず二人を休ませようって。リョウ先輩は虹夏先輩が介抱してる」
「そっそうなんですね」
二人で階段・砂浜の後方から砂浜を眺める。まだ日の出までは余裕があるとはいえ、人は順調に集まりつつあった。ざわめきもよく聴こえる。虹夏とリョウがどこにいるかはわからない。
少し沈黙があって……口を開いたのは郁三だった。
「ごめんね、ひとりちゃん」
「えっ」
真横にいる郁三を見た。お互い、階段に座って立てた膝に顎を乗せている。
ひとりの顔のすぐ近くに郁三の顔がある。郁三の笑顔がある。
ひとりは、自分の顔が熱くなるのが分かった。
「家出とか、進路とか。やっぱり、俺がみんなに相談するべきだった」
「……」
そんなことない、とはひとりは言えなかった。結局、ひとりが郁三に対して抱えていた感情そのものだったからだ。
「わっわたし……ずっと喜多くんに助けられて」
「そんなことない──って思うのは、野暮なのかな」
ひとりはブンブンと首を縦に振った。
秀華祭ライブもそう。路上ライブもそう。ひとりは郁三に助けられてきた。バンド外のことを考えれば、学校でもたくさん支えてもらった。
「だから……わたしも、喜多くんの相談に乗りたかった……」
「そうだよね。考えたら、俺も同じようなことされたらちょっと怒るかも」
もし、ひとりが何か突飛な行動をしてしまったら。
(いや……そんなことはしないよな)
ひとりは確かに奇行が目立つ。でもそれは日常の中で。何かを変えるとしたら、それはいつもライブのときだった。ひとりはそのギターの腕前で、《結束バンド》の前に立つ大きな壁をぶち壊してきた。
そして、ギターじゃない方法で何かを変えようとしたとすれば──
──きっ喜多くんの、力を、貸してくださいっ……──
路上ライブの発端はひとりだ。ひとりは自分に助けを求めてきた。郁三からすれば、その前にもっと大きなひとりの隠し事はある。けど、それは郁三がとやかく言えることじゃない。
「俺、まだまだ独りよがりだ。虹夏先輩には言ったけど……リョウ先輩とひとりちゃんには隠して」
「はっはい……それはそう、です」
こればかりはひとりも怒っていた。もう収まった感情だ。
そして。
「でっでも……わたしも、反省すること、あります」
「んぇ?」
「わたしも……しなきゃいけないことが、あるんだって思って」
郁三のことで自分が覚えた感情を否定はしない。でも、年末のライブで思ったことがある。
「虹夏くんの言葉……『本当の気持ち教えてくれない』って。わたしもその通りだなって」
「それは俺が──」
「わっわたしもですっ。もっと……ちゃんと気持ちを伝えればよかった」
郁三が家出するまで溜め込む前に。そうすれば、もっと別の景色が広がっていたのだろうか。
「わたし……きっ喜多くんのことが……好きです」
「ひっひとりちゃんっ」
「かっこよくて、頼れる人で……わっわたし、そんな喜多くんだから、頼ってほしいって思いました」
それは、仲間としてだけじゃない。自分が郁三のたった一人の彼女だから、という強い気持ち。
「でも……わたし、やっぱり、言葉じゃ、上手く伝えられなくて」
ひとりはコミュ障だ。筋金入りの陰キャだ。
十五年間、まともに人と喋ったことなんてなかった。
一つ一つの言葉が、思い通りに出せないんだ。
それでも。
「音楽と同じくらい大事な言葉で、伝えたい」
だって、わたしは。
「わたしは……喜多くんの、彼女だから」
そう、言葉をつづった。
その瞬間、郁三はひとりを抱きしめていた。
服と服が、髪と髪が重なって。
真冬の海岸で、背中の寒さと反比例するように体の温もりが伝わる。
お互いの声が、耳元で聴こえる。囁くような声が。
「ひとりちゃん、ありがとう」
「──~~っ!!??」
ひとりの顔面が一気に赤くなる。トマトみたいだ。手が宙を掴んで離してを繰り返した。派手な動き。でも深夜で、人波の後ろにいて、あたりにもカップルで来てる人たちがいる。ひとりの変化なんて、周りの人からすれば気にならなかった。
「あっあっ、あの、きっきった、きた、喜多っくん……!?」
「ごめん……ちょっと、我慢できなかった。俺、ひとりちゃんの彼氏だから」
耳元がこそばゆい。頬が暖かい。心臓がうるさい。
郁三はわざとそのまま、ひとりのことを抱きしめ続けていた。離したくないと思った。
ひとりはもう何が何だかわからなくて、息がちょっと苦しくなってくる。
「ひとりちゃん、深呼吸」
まるで心が読めてるんじゃないかと思うくらいに、郁三の声ははっきりとして優しい。
何も考えられない。ただ、もらった言葉を反芻する。深呼吸。
「……はっ……はー、はー……」
一分ぐらいたった。心臓はまだうるさい。でも、ちょっとは思考が回ってくる。
手を、郁三の背中に回した。大きい背中。
また一分。
「……ひとりちゃん、落ち着いた?」
「はぁー……はぁー……、はぃ……」
「あはは……まだだね」
さらに一分。
「……どうかな?」
「うっうん……はい……」
ようやく落ち着いた。とはいえ、最低限話ができるというだけだけど。
「あっあの、喜多、くん……そろそろっ」
「えー……やだなぁ」
ここぞとばかりに我が儘マックス。
「あ、あぅ……」
恥ずかしいはずかしいハズかしいハズカシイ。
嬉しい。ドキドキする。
「あっあの、その……喜多くん」
「んー?」
離れない。
恥ずかしいのは変わらない。
拙くても言葉で伝えたい。でも、さすがにこんな状況じゃ無理だ。だって、筋金入りの陰キャなんだ。
どうすればいいかと、まともに回らない頭で。
絞り出すように、伝えた。
「……いっくん」
「──」
郁三の力がゆるんだ。自然、お互いが抱きしめる前の状態に戻る。
それでも二人の顔はまた同じことができるくらいに近い。
二人とも、顔が赤い。
「ご、ごめん、ひとりちゃん……」
「あっあ……はい……」
「……ふふ、あはは」
「えっえと、どうして」
郁三は目尻の涙を払ってから言った。
「リョウ先輩の別荘のとき、ひとりちゃんから抱きしめてくれたこと、覚えてる?」
「え? ……あっ」
リョウが虹夏を押し倒した時のことだ。正確に言えば、それはひとりと郁三の勘違いだけど。
あのときは郁三の方が照れていて、ひとりが夢中だった。今は逆だ。郁三はそれがおかしくて、笑ってしまった。
「……えへへ」
ひとりも笑った。にへらっと。
「俺たち、どっちも未熟だね」
「でっですね」
「考えてみたらそうだ。付き合ってまだ半年。そりゃ喧嘩もするよね」
付き合って半年。
二人は付き合っている。
また目線があった。二人して笑った。
「いろいろさ、思ってること話していかないとね。俺とひとりちゃんもそうだし、もちろん先輩たちともそうだ」
「……はいっ」
結局は、二人とも同じことを思ってる。反省、後悔。これからどうすればいいか。
追いつかなきゃいけないと思ったけど、そうじゃない。一緒に頑張っていくんだと。
もっと頼ってほしい。そのために、ちゃんと言葉で伝えていくんだと。
だって、恋人同士なんだから。
「大学には行く。でもバンドを疎かになんてしないから」
「……はいっ」
「この先もずっと、ひとりちゃんのことを支えていきたいからね」
「……はい!」
笑い合う。今度こそ、心が通じ合った。
後ろめたいものなんて何もない、二人だけの笑顔だった。
パチパチと、小さく拍手が聞こえる。
「え?」
「えっ」
その音の原因は近くにいた人たちだ。何人かがこっちを見て、なんとも生温かい眼で見ていた。
歓迎の意味というのはわかるけど、どういうことだ。
中には「おめでとう」と、笑顔で声をかけてくれる人もいる。
『あ』
二人ともさっき言葉を振り返ってみる。
──この先もずっと、ひとりちゃんのことを支えていきたい──
気づいた。
これ、プロポーズみたいじゃないか……?
ひとりも郁三も身を縮こませる。
二人そろって、顔がトマトみたいに真っ赤になった。
とてつもなく恥ずかしくて、顔は熱くて。
すごくすごく嬉しくて、温かかった。
────
寒いけれど、心地よい暖かさを感じた。
足が地面についている感覚はないのに、不安はない。
規則的な振動。虹夏が歩いているってわかる。
虹夏の背中越しに感じる鼓動。自分の心臓の音とリンクする。とても落ち着く音。
リョウは目を覚ました。
(……甘酒を飲んでからの記憶がない)
特に何も考えずに、虹夏と郁三に倣ってあまざけを買った。そしてひとりと一緒に飲んだのだけど……。
(なんか、前にもこんなことがあったような)
眼を開ける。世界はまだ暗い。とはいえ日の出が近いのか、明るさも感じる。
(……にじかのにおい)
鼻腔をくすぐる。いつまでもそうしていたい。
でも、眼を開けて辺りを見たからそれが身じろぎになったらしい。
「あ、リョウ起きた?」
虹夏が声をかけてきた。
「……うん」
「リョウ、酔っぱらったんだよ。覚えてる?」
「……ううん」
「だと思った。まったく、去年から成長してないんだから~」
虹夏の困ったような笑い声が聞こえる。
心地いい。ずっとこうしていたい。
「リョウ、立てる?」
「まだフラフラする」
「嘘つけやい」
言いつつも、虹夏はリョウを降ろそうとはしない。
「……郁三とぼっちは?」
「ぼっちちゃんも酔っぱらってさ。まったく、二人ともなんで甘酒で酔っ払えるのさ」
「……純粋なんだよ。男子二人と違って」
「嘘つけやいって」
沈黙。
「喜多くんがぼっちちゃんを介抱してるよ。僕はまあ、散歩したいーって思って」
「……?」
周囲を見れば砂浜だというのが分かった。人影も多い。
夜明け前だというのに、車の音や人のざわめきが耳に響く。
「……寒い」
「首のカイロ、まだ温かいでしょ? それに僕、負んぶしてるんだけど」
「えー」
ちょっとした腹いせのつもりで、虹夏はわざとらしくリョウの身体を揺らした。
「……うー、気持ちわるい」
「うそ!? ちょっと、吐かないでよ!? きくりさんじゃないんだから!」
「うん、嘘」
「……」
虹夏は腰を落とした。リョウの足が砂浜に着く。名残惜しく、虹夏の背中から離れた。
虹夏は肩を回した。
「はー、やっと楽になった」
「お疲れ様」
「まったく、よく言うよ」
今まで砂浜を横切るように歩いていた虹夏は、人と人の間をすり抜けて波打ち際まで進んでいく。リョウもそれに続いた。
とはいえ真冬だから、靴が濡れたら凍え死んでしまう。寄せては返す波を見て、靴が無事なところまで。
虹夏の隣にリョウが立った。
「なんだ、やっぱりフラフラじゃないじゃん」
リョウはもう酔いから醒めていた。一人でちゃんと立ち上がれる。
目の前に意識がいく。口から白い息がでる。虹夏からも白い息がでている──
「リョウ……ゴメンね」
隣に立つ虹夏が、ちょっと真面目な声色で言った。
「なんのこと?」
「この間の、ライブのことだよ」
「ああ、あれね」
思い出す必要すらない。鼻で笑って答えた。
「なんかもう、バカらしくてどうでもよくなった」
「あはは……そう?」
「なに、あの公開謝罪。バッカみたい」
「だってさー……リョウと本気で気まずくなったの、去年までなかったし。どうやって話せばいいかわからなかったし」
「ぼっちが公開仲直り。郁三が公開告白。虹夏は公開謝罪。なに、私もなんかするの?」
「いやしないでしょ。……しないよね? ……しないでよ?」
「しないの比較最上級」
「比較最上級なんて忘れてる癖に」
「サイン、コサイン、タンジェント」
「英文法だよ、それ数学」
もう、いつもの空気だ。いつもみたいにリョウが小ボケたりなまけたりして、虹夏がそれをたしなめる。
心地よくて、温かくて、楽しくて、嬉しい。そんな二人の間柄。
虹夏はリョウを見た。リョウも虹夏を見返した。
少しだけ気恥ずかしさがあったけど……虹夏はリョウから目を離さなかった。
「僕の演奏……ちゃんと聴いてくれた?」
「うん、聴いた」
「どうだった?」
「どうだろうね」
《結束バンド》で作り上げて、観客たちも巻き込んだ虹夏の公開謝罪。
「虹夏、言ったじゃん。理由なんてないって」
「うん……きっと、もっといい謝り方もあったかもしれないよ。でも、僕は不器用だし。こうする以外に誠意なんて見せようがない」
「知ってる。虹夏、恋愛下手だもんね」
「こ、ここでそれを槍玉にあげる……?」
虹夏からすれば、そう言われても困る。せめてインドアの人間関係下手と言ってほしい。
「理由、言うよ」
「……うん、聴くよ」
半年前、虹夏がリョウの告白を受けた時と同じ言葉だった。
リョウは夜空を見上げた。明るくなりつつある空。
(やっと、ぼっちの気持ちが分かった気がする)
「別に、虹夏は悪くないよ。なんも悪くない」
「……そう?」
「虹夏の言う通り、郁代が別に虹夏とどうこう……とか、思ってもないし」
「だよね」
「でも、例えば《SIDEROS》とかさ」
「え?」
「1号とか、2号とか」
「それって、1号さんと2号さんのこと? それって──」
「不安に、なるじゃん。虹夏の周りに、女子が多すぎだって」
「え」
それはリョウからすればずっと前からわかっていたことだ。あと、状況をよく考える人だったら、虹夏が結構ハーレム状況であることに気づく。
虹夏も、ようやくそこに気づいた。
「え? いや、そんなバカな……リョウ、嘘でしょ?」
「別に、みんな虹夏に
「え、じゃあ」
「虹夏だって、ぼっちと郁三のことは気にしてる」
「──」
それを言われると弱い。郁三に複雑な気持ちを抱いていたことはある。今だってゼロじゃない。
「虹夏はなんも悪くない。別に私たち、ただの友達でバンド仲間なだけだし」
「……」
「でも……不安だったんだ」
「そう、だったんだね」
好きな男の子が、別の女の子と仲良くしてる。だから不安になって、好きな男の子に八つ当たりした。
これ以上ないくらいしょうもなくて、これ以上ないくらい当たり前で、これ以上ないくらい……《結束バンド》の四人全員がわかっている気持ちだ。
そんな気持ちでいればどうしたって心は揺れる。好きな人のことで頭がいっぱいになる。
この一年半、《結束バンド》は立ちはだかる壁を乗り越えてきた。虹夏が土台になって、リョウが支えて、郁三が輝いて、ひとりが爆発してきた。
そうしてなんとか回ってきたことは誇りだけど──いつまでも、そんな不安定だけじゃいけない。
虹夏は一回深呼吸した。
「そうだね。なんというかさ。中途半端じゃ、失礼だよね」
「え?」
「失礼だよね。観客にも、みんなにも」
リョウと虹夏。お互いを見る。二人の身長はほとんど変わらない。見上げることも、見下げるわけでもない。
リョウは気づいた。虹夏の眼は、この間のライブよりも、リョウに告白の返事をしたときよりも。
何かを伝える、覚悟を決めた目をしている──
「不思議な気分。怖いのと、そうじゃないのと……変な感覚がごちゃ混ぜになってる」
「同じだね。僕も。喉はカラカラだし、心臓はバクバクしてる。たぶん、今日はあと十回は舌噛む」
虹夏は目尻を下げた。頭をかいて恥ずかしそうにアホ毛を撫でた。
「でも、伝えなきゃいけないことがあるから。聴いてくれる?」
「……うん」
リョウの目線が下がった。マフラーで隠れた、虹夏の口元を想像して。
そして、二人は──
「ずっと、考えてた。僕はリョウのベースが好きだ。《結束バンド》のみんなが好きだ」
「知ってる。ねえ、虹夏は、私のことをどう思ってるの?」
リョウにとっては鎌倉デートの前に反芻した疑問。虹夏にとっては告白のときに言われなかった──けれど、絶対にリョウが思っていた言葉だ。
「あれから半年たったね。長かったし、短かった」
「だね」
「……リョウに告白されて、いろいろ考えてさ。僕はリョウのこと、どう思ってるんだろうって」
「妹たいなもんだって言ってたよね」
虹夏は笑った。
「だってさ、姉ちゃんがいて、僕は家事やってんだよ? リョウの世話だってしてるじゃん。妹じゃなくてなんなんだって」
虹夏にとってのリョウは妹みたいな存在。それはリョウも自覚してるし、虹夏もよくいろんな人に話している。
そこから、本当にいろいろなことがあった。
「……それで、そんなリョウがいなくなったり、ストーカーに追いかけられたり、誰かにワイワイされてさ」
「あー、あった」
「リョウが、何回か遠くなるときがあった。それを、僕はっ」
虹夏は。
「──寂しいなって思ったんだ」
リョウの眼が大きく開いた。
その瞳に、虹夏の赤くなった耳と、赤くなった頬が、はっきりと写る。
虹夏は何度も思う。ひとりのことは好きなままだ。精々、ひとりと郁三が仲良くしているのを見て、微笑ましいと思えるようになったくらいだ。
でも、虹夏とひとりは
そして、リョウのことは。
「リョウとは……ずっと一緒だった。今は、いなくなると……僕じゃないみたいな感覚がある」
「……」
「リョウとも、一緒にいたいって思った」
「ちょっと、待って」
「この先も──え?」
リョウは右掌で顔を隠した。目線も虹夏から背けてしまった。そして反対の左腕を虹夏に向けて突き出した。
「なっなんで?」
「……恥ずかしくて、ムリ」
「んなこと言わないでよ……! 僕だって、今日じゃなきゃ言えないよ……!」
「ちょっとムリ……深呼吸させて」
「もぉ……!」
とはいえ、虹夏もちょっとやばかった。
二人とも、海を向いて、一分くらい深呼吸を続けた。
そして。
「リョウ。僕のこと、ちゃんと見て」
「……うん」
「僕は……」
リョウに対して虹夏が感じるものは、ひとりに対するような憧れと庇護欲じゃない。
一緒にいて落ち着く。ずっと構ってきた。そうして形成された自分らしさがある。自分のありのままの姿をみせられる。そしてずっと考えさせられて、意識させられて、友達に対して思っていた感情は、あの一連の出来事で別のものになった。
「僕の負けなんだ」
虹夏が自覚して、抱いたその気持ちの名前は。
「リョウのことが……好きだっ」
どこまでも、どこまでも……真っすぐで、大切な女の子に対する感情だった。
理屈なんて、これまでの気まずさなんて、全部置き去りにしてしまう、そんな確かな暖かさ。
お互いの顔から、眼から離せない。
虹夏は言い切って、まともに呼吸ができなくて。そんな恥ずかしさに耐えようとして、大きく目を見開いている。
リョウは最後までちゃんと聴いて、眼から涙がこぼれた。涙を隠さないで、いつもみたいな仏頂面を保てなくて。
毒気のない満面の笑顔で、こう返した。
「……遅いよ」
「だって……最初に言ったの、リョウじゃんかっ」
「それでも、遅いって」
「知らないよ……言ってくれなきゃ、わからなかったんだから」
そうだ。
言わなければ、虹夏にとってのリョウは大事な友達だった。
虹夏にとって、すぐ隣に大事な存在がいることに気づかなかった。
だから……虹夏は、自分が告白を受けた側であっても、こう言うんだ。
「僕は喜多くんみたいにカッコよくないし、潔くないし、男らしくないけど……だけど、こんな僕でいいなら」
泣きながら笑うリョウの姿。カッコよくて可愛い、女の子なリョウがいる。
そんな子を、離したくないから。
「僕の、恋人になってください」
────
初日の出の少し前に、四人は合流した。
それぞれのペアで話したことは、別に明かすようなことじゃない。でも、それぞれの顔を見れば、どんなことを話したのかは分かった。
虹夏とリョウは、後輩たちに新しい関係性を話すことにした。
二人は天地がひっくり返るくらいに驚いた。なんせ、自分たちの計画が上手くいかないところに、当の本人たちから報告を受けたから。
ひとりも郁三も、自分のことみたいに喜んだ。虹夏とリョウはそれが嬉しかった。
やがて周囲から歓声が上がった。
向こう側が明るくなってきてるよ、と虹夏が言った。
四人で、初日の出を見届けた。
ただただ、太陽の温かさを感じた。
こういう時には必ずスマホを操作する郁三でさえも、この時を大事な思い出にしたくて、隣にいる大切な子の手を握っていた。
感動しますね、と郁三がはしゃいだ。
太陽なんていつも同じでしょ、とリョウは笑った。
感動してる癖にさ、と虹夏が肩をすくめた。
ひとりは無言で、太陽を見ていた。
たくさんの苦しいことがあって、みんなで壁を乗り越えてきた。
ひと段落した後も日常は続いて。日常の中にもほんの少しのほつれはあって。ほどけるように苦しくなる瞬間があった。
それでも、一人で悩むんじゃなくて、誰かを思って言葉と音を重ねたから、《結束バンド》はほどけずに繋がり続けた。
四人は、そうして毎日を繰り返していく。
困難があっても星空の下を転がって、降り注ぐ朝を目に焼き付けた今日のように。
明日も、明後日も、きっとこれからも。
光の中へ──飛び込んでいくんだ。
今回で、1話から50話までの《本編》と、それに続く《後日譚》の一連のストーリーが終わりました。某掲示板をきっかけに作者が妄想を広げ、そしてその後の可能性も含めてすべての物語が結実した形になります。
《IFルート》については、正直作者の体力的な問題もあるところ……けれど妄想だけは留まるところを知りませんし、他の皆さんの可能性も感じたいこの頃。
それでも、一つの区切りを迎えることとなりました。それをここまで見届けていただき、お付き合いいただき、本当にありがとうございました……!
タイトル解説
《iris~しあわせの
歌:Salyu
ゲーム『レイトン教授と悪魔の箱』主題歌
『謎解き×映画級』、それがこのゲームのキャッチコピーでした。レイトン教授シリーズの2作目。謎解きがゲームの主題ながらも、それと絡めたストーリーは今も色あせない感動をプレイヤーに与えてくれます。
物語としては、レイトン教授という英国紳士と助手のルーク少年がいて、二人がとある理由で『明けたものは必ず死ぬという呪われた箱』を調査しに、陸を走る豪華客船《超特急モレントリー急行》へと乗り込む──というものになります。
しかし一転、主題歌は《しあわせの箱》。そのタイトルの訳は、主題歌を聴くでもゲームを遊ぶでも、どちらも体験してほしい。
この場合の《箱》はいわゆる普通の入れ物としての箱。そしてバンドを主題とする本作にも、違う意味ですが《ハコ》が登場します。
星歌や虹夏の夢のように、STARRYがしあわせを運ぶ《ハコ》になってほしい。そのハコの中にいる《結束バンド》の四人が、いつまでもしあわせでありますように。