ライブオーディション前日。
《ギターと孤独と蒼い惑星》を練習する。今日はSTARRYのスタジオで、四人揃ってのセッション。
経験が長い虹夏の判断では、拙いながらも形にはなったと、そう思うぐらいにはなってきた。これも、全員がそれぞれの形で、たった数日であっても頑張ってきた証だと思う。
郁三とは、以前公園で真面目に話した。リョウへの思いは相変わらずダダ漏れだけれど、少なくともそれが練習に昇華されている。
リョウの腕前は最初から心配していない。自分のベースを楽しみつつ、要所で郁三とひとりに指導をしている。本番、興に乗りすぎて突っ走らないかが少し気になるところではあったけれど。
そして、虹夏から見て最後の考え事の種は一つだけだ。
(……ぼっちちゃん。やっぱり演奏が伸びないな)
虹夏から見て、彼女の腕前もまた上手とは言えないもの。けれど、基礎は郁三よりできているので細かい心配をする必要はない。
けれど、ともすれば初のインストライブの時以上に、ひとりの演奏に感情が乗ってないように感じた。
以前自分がひとりを励ますために使った言葉。音には感情が現れやすい。それは本当のことだ。技術が上手い下手以上に、それはバンドの雰囲気を左右する。
オーディションの本番までもう一日もない。今日のこの練習が最後。技術
何度目かの通しの演奏を終えて、虹夏は切り出した。
「よし。じゃあ、今日はこのくらいで終わりにしようか」
「え、まだ時間ありますよ?」
郁三がそう聞いてくるけれど、今日はリーダー権限を発動する。
「明日が本番、寝不足で調子出なかったら洒落にならないからね。各自しっかり休むこと!」
そう切り上げて、みんなで片付ける。ライブハウス内の掃除も含めてだ。
以前、郁三がいない時に他の三人で話したことがあったけれど、ひとりは神奈川の自宅からここ下北沢まで登校して来ている。だからバイトと練習含めやることをやると、ひとりが一番最初に「おっお疲れ様デス……」と言って帰ることがほとんど。
郁三はリョウと駄弁りたくて残り、リョウは気まぐれでSTARRYに居座ることが多い。そして虹夏自身は、そもそも自宅がSTARRYのあるビルの上階だ。
そして今日も例に漏れずひとりは先に帰っていった。気がついたら姿を消す行動の速さは、初ライブ終りの脱兎の時と変わりない。
だから、虹夏はお気に入りのパステルグリーンのパーカーを羽織ってすぐさま立ち上がった。
その行動を見て、リョウが声をかけてきた。
「虹夏?」
「ごめん、ちょっと飲み物買ってくる。すぐ戻ってくるから」
足早に地上扉を開けた。リョウの「ここのドリンクでいいじゃん……」という言葉は、虹夏には聞こえなかった。
(ぼっちちゃん、今ならまだ近くにいるかな)
ライブハウスを出てすぐの階段の前には、いなかった。少し駆け足で下北沢駅までの道を進む。
オーディション前日。引っ込み思案のひとりを純粋に励ましたいとも思ったし、そして励ますためには、少し知りたいと思うこともあった。
(ぼっちちゃん……どうして、今も結束バンドにいてくれるんだろう?)
どうして結束バンドに入ったのか。その理由について、例えば郁三ははっきりしている。リョウも、自分が声をかけたからだ。
そして、自分自身も。
虹夏が結束バンドをしているのは、ただドラムが趣味だからでも、ただ有名になりたいわけでも、ただ憧れの人や存在や理想像に近づきたいわけでもない。
小学生の頃、母親が事故で亡くなったらしい。らしい、というのは、それなりにトラウマだったからかいまいち現実味がないからだ。事故だというのは事実。父親の仕事も変わらず忙しいし、虹夏にとって長く接するようになったのは、当時ギタリストとしてライブハウスを転々としていた星歌ただ一人。
その星歌が、いつしか寂しがる虹夏をライブハウスに連れて行くようになった。
あの頃。ただうるさくて、耳に痛いだけだと思っていたロックの音楽が、虹夏には色鮮やかな音と光にあふれた、最高の空間へと変わっていった。
そんな虹夏を見て、星歌はバンドを辞めてライブハウスを始めた。星歌は虹夏に真意を話すことはないけれど、虹夏はそう思っている。
だから、虹夏の夢は。
(僕の夢は、姉ちゃんの分まで人気のあるバンドになって、STARRYをそんなバンドを生み出したすごい場所だって有名にさせること)
だから、今虹夏は動き出している。本当のことを語らなくても、リョウも郁三もそれぞれの夢のためにここにいる。
でも、だったらひとりはなんのために?
「あ、いたいた! ぼっちちゃん!」
「……ぇ!? にっ虹夏くん……」
ピンクの髪にピンクのジャージに、真っ黒なギターケース。見つけるのは簡単だった。振り向く傍ら、アクセサリーの髪留めが光に揺れた。
「ごめんごめん、驚かせちゃって」
「ぁ、いえ……」
「ちょっといいかな?」
「あっはい」
隣からは光。ちょうど、自販機があった。虹夏は小銭を取り出した。
「コーラでいいかな?」
「えっ? は、はあ」
「明日のオーディション、大丈夫そう?」
「え、ええと、まぁ……そこそこかと」
「ならよし」
「に、虹夏くんは?」
「今日の練習切り上げたの僕だよ? ま、やれることはやったかな。はい、コーラ」
「あっはい……」
ひとりにコーラを渡して、自分もコーラを買った。缶の蓋を開ける。
「……聞きたいことがあってさ」
「ぇ?」
「ぼっちちゃんが、なんのためにバンドやってるのかとか、そういうこと」
「ぇと……」
ひとりの口がもごもごと動く。少し踏み込みすぎたか。
「ごめんごめん。ただ、ぼっちちゃんが結束バンドに入ったのって成り行きだったでしょ? 僕が頼み込んでさ」
ひとりにギターの経験があると聞いて、どんな曲を弾いていたのか聞いてみたことがある。
ひとりは、「いつバンドが結成してもいいように流行の曲は全部弾いてる」と答えていた。
それを聞いて、二つのことを虹夏は思った。
一つは、少なくともぼっちちゃんはバンドをやりたかったんだ、ということ。
もう一つは、自分が尊敬するネット上のギタリストと選曲が似ていた、ということ。
順番は前後したけれど、少なくともやりたくないのに無理やりバンドに入らせているようなわけではないことに、あの時は胸をなでおろした。でも。
「僕は……目標ってか、夢があるんだ。だからそれに向かって動いてるけど……ぼっちちゃんに無理やり付き合わせちゃってたら申し訳なくて」
結束バンドに入っても、続ける理由はそれぞれだ。虹夏自身、自分の夢はそのそれぞれの一つだと思ってる。
「そ、そそそそんな無理なんてないですっ!」
「そう? ならよかった」
めちゃくちゃどもっていたけど。でも、どうしてか信頼はできた。
(ぼっちちゃんは、そんな嘘をつくような子じゃない)
嘘をつけるような子じゃない。
ひとりが聞いてきた。
「に、虹夏くんのバンドやる理由は……売れて武道館ライブ、ですよね……」
「うーん……」
「ぇ、ちっ違うんですか?」
僕の夢は、姉ちゃんの分まで人気のあるバンドになって、STARRYをそんなバンドを生み出したすごい場所だって有名にさせること。
たぶん、それなりに重みのある夢だ。
それを、目の前の子に語るには、少し重圧になるんじゃないかと思った。
「本当の夢は、その先にあるんだ」
「え?」
ああ、しまった。これじゃむしろ余計にプレッシャーになるかもしれない。
だから雰囲気を柔らかくするために、虹夏はあえて取り繕ってオーバーリアクションをとった。慣れないウィンクをして、人差し指を口元に当てて。
「でも、ぼっちちゃんにはまだ秘密だよ?」
そう、軽口めいて誤魔化した。
「あっあの、それ……」
「うん?」
ひとりが聞いてきたのはわざとらしい仕草にどうこう思ったというわけじゃなくて、虹夏のある部分に気づいたからだ。虹夏の手首を指差してきた。
数秒たって気づいた。
「ああ、これ? ブレスレットのこと?」
人差し指を立てた右手。その手首には、『結束バンドの物販にしよう』と調子にのって巻いたお揃いの黒色結束バンドと一緒に、ギターのピックがついた銀色のブレスレットが巻かれている。
それを、虹夏は撫でつつ答えた。
「昔姉ちゃんがくれたんだ。たまにつけててさ」
それこそ、自分をライブハウスに連れてきてくれた頃にもらったものだ。
もう十年近くたつからそれなりに褪せてはいるけど、手入れは欠かしていないから今でも付けられる。
「ちょっとコテコテだから、馴染むまで時間かかったけどね」
何かがあると、手首に巻いている。そうでない時は、鞄につけたり。
(……明日は、手首につける)
ひとりからの返答がなくて、本当にたまたま気づいて聞いたのだと思う。
そろそろお開きだ。
「ぼっちちゃん、引き止めてごめんね。明日は……」
頑張ろう。いや、違う。
「楽しもうよ!」
「あっはい……」
「それじゃあ、また明日ね!」
言って、虹夏は来た道を戻っていった。
今度は早足。
明日はオーディション当日。
(リョウは大丈夫。バンドとしての成長は、してると思う。喜多くんも問題なさそう)
ひとりにも声をかけたけど、ひとりの真意はわからなかった。だから、そんなに励ませた気はしない。
なら……。
(リーダーとして、みんなを助けるんだ)
ドラマーではないけど、憧れのギタリストがいる。それは、ひとりの『売れ線バンドの曲を──』という話を聞いて思い出したネット上の配信者《ギターヒーロー》。
巧みなピックさばきと指使いで、たくさんのカバー曲を挙げてその道では有名なギタリスト。キレのあるストロークは、虹夏をはじめたくさんの視聴者を釘付けにしてきた。
ヒーローになるなんて痛いことは言えないけれど。
(あれぐらいの、求心力を)
明日オーディションを、乗り越えるんだ。
────
(わたしがバンドをやってる理由……)
オーディション当日。開店前のSTARRY。
ステージには、結束バンドの四人が立つ。ひとりも、ギタリストとしてそこに。
審査をするのは星歌。その隣には、事情を知っているPAさん。PAさんは柔らかい雰囲気で見学していた。
結束バンド四人、それぞれ楽器のチューニングをする。会話はない。
ひとりは、何度もやったその動作を続けて、考えていた。
オーディションをすると決まった日の、虹夏の言葉。
『求められてるのは、きっとバンドとしての成長だよ』
前日。虹夏から言われたこと。
『ぼっちちゃんが、なんのためにバンドやってるのかとか』
成長がなんなのか、考え続けて考え続けて……結局よくわからなかった。
ひとりぼっちな小学時代。ギターに熱中した中学時代。そこから考えれば、この一ヶ月はひとりにとって本当に激動だった。なにせ、バイトを始めて、今まで関わらなかったたくさんの人と話すようになったから。
けれどそれは、人としての一つの成長の形。ギターが上手くなったわけじゃない。バンドのみんなと前より息を合わせられるようになったわけじゃない。
じゃあ、わたしはこの数ヶ月で、バンドとして成長できたのか。
虹夏の一言で、気づかされたことがあった。
わたしは今、夢だったバンドをやれているのに。バンドに入って、何がしたいんだろう。
「それじゃあ……《ギターと孤独と蒼い惑星》……いきますっ!」
全員の準備が終わった頃を見計らって、虹夏はそう宣言した。姉ではなくて、店長へ。少しだけ声が震えている。
四人が、それぞれを見た。頷く。
前を見る。たった二人だけの、音楽を聴く人がいる。
(わたしが今、ここでバンドをやってる理由……)
曲の始まりを、合図を待つ。ハイテンポなシンバルの四連打。それがスタートだ。
1,2,3,4……!
《ギターと孤独と蒼い惑星》が始まった。ひとりが作詞し、リョウが作曲した結束バンド初のオリジナル曲。
リョウと相談の結果、ひとりが好きじゃない『無責任に現状を肯定する言葉』はなくなった。
陰鬱な空気。曇天、雨。そんな悲壮感が流れるけど……けれど、悲壮なだけじゃない。拍動のようなドラムの大声が、唸り声のようなベースの
緊張の中、しっかりと前を見据える郁三が、始めてその口を動かした。
陰鬱で、悲壮的で、雷鳴の中、上を見る。郁三が喉を震わせる。
ひとりはピックを動かす。鋼鉄の弦が指先を通して腕に伝わる。
(陰キャなわたしでも輝けると思って、ギターを始めた……)
そうして、人に認められたくて、ちやほやされたくて、バンドを始めたのは変わりない。
(結局成長ってなにか、よくわからなかった)
サビ前。一度曲が落ちる。
演奏を続けながら、思考の海に沈む──。
(でもわたしは、この四人でバンドをし続けたい)
それが、わたしの本心。
思い出す。ここまでのこと。三人と交わしてきた言葉。
──今度こそちゃんとギター弾けるようになって……前のバンドの先輩たちに謝る。
──それで、もう一度バンドを頑張ってみようって。
喜多くんの努力を、リョウさんの想いを、無駄にしたくない。
──本当の夢は、その先にあるんだ。
虹夏くんの夢を、叶えてあげたい。
──このままバンド、終わらせたくない!
足りない、足りない、足りない。
もっと、もっと、もっと……!
この音を知ってる世界中の人に気づかれるくらいの。
音を……!
────
サビに入った。
郁三の声量が跳ね上がる。ドラムの音が、ベースの音がライブハウスを弾き飛ばす。
けれどそれ以上に、雷鳴のように聞こえるひとりのギターが在った。
(──この音っ)
ベースを弾くリョウは、あくまで静かに驚いていた。
ひとりのギターの
まさに曲名が主張するような、歌詞にあるような雷鳴を轟かす演奏だ。
ギターが叫んでいる。「わたしの音を聴けよ」と。
思わず虹夏を見た。虹夏も驚いて、私を見ていた。
同時に頷く。五年以上の付き合いだ。意図は伝わる。
──合わせる。上げるよ。
──上等。ブッ飛ばす。
上手いか下手かで言えば、もちろん上手い。自分と肩を並べられるんじゃないか、それ以上じゃないか、という力量を感じる。
でも、なによりも嬉しいと思うのは、音を通してひとりの感情が聴こえること。
『バラバラな個性が集まって、ひとつの音楽になるんだよ』
技術的な実力なんて関係ない。自分のやりたかった音楽がある。
そして初ライブ前、スタジオで感じた違和感の正体が、そこにはあった。
ギターを触る姿は慣れたもの。ピックを振る腕と弦を操作する指先は様になっている。
(これが……ぼっちの本当の実力)
確かに、普段の実力とはすごく違うのかもしれないけれど、そんなことはどうでもいい。
サビの最後。4ピースの全ての楽器の音量が跳ね上がる。郁三の男らしい声が伸びて、そしてアウトロへ。
弾けるドラム。震えるベース。轟くギター。
余韻を残しながら、ライブハウスに振動を残しながら、《ギターと孤独と蒼い惑星》は終演を迎えた。
四人、汗だくになる。心地よい疲労感。
星歌を見た。
「……」
審査員は、まだ口元に手を当てて沈黙を貫いていた。
そして。
「……いいよ。合格」
合格。
ごうかく。
リョウはその結果を疑わなかった。
素人でも、玄人でも、今の演奏は理想的だったと、胸を張っていうことができた。自意識過剰でもなんでもなくて、実際それだけのことをやれたのだと、思う。
だから、リョウは驚かなかったけど。
ひとりは感動に震えていて、そして郁三が跳ね上がった。
「──やったぁー!」
そして、郁三はひとりに近づいてハイタッチを求める。
「ひとりちゃん、合格だって! ねぇねぇ!」
「その代わり、反省点はあるからそれぞれ時間取れよ……お前だ、やかまし喜多ァ!」
「わかりました店長! それよりも、ねぇひとりちゃん!」
「ぁ……ぅ……ぇ」
「ぼっちちゃんが怖がってるだろ! シフト倍にすんぞこの陽キャァ!」
「いえーい!」
本当にやかましい郁三だった。
「……ねえ」
「虹夏。お疲れ様」
「うん、お疲れ」
虹夏が隣まで近づいてきた。お互い、体が火照っている。
「さっきのぼっちちゃんの演奏さ」
「うん。今までとは段違いだった」
虹夏も気づいている。ひとりの変化に。
二人して思う。
いや、変わっているのは確信している。
「虹夏、気づいてたの?」
「ううん、予想外だったよ。初ライブの演奏を見たわけだし」
「……」
余韻に浸る中、リョウは違和感を感じた。
「……虹夏?」
「ん? ああ、ごめん。なに?」
「……だから、ぼっちの演奏が違うって話」
「あ、うん。だね」
合格した安心感、演奏を終えた疲労感。それらが合わさって、考えがまとまらない。
と、眺めているひとりに変化が。
一瞬前まで、怯えつつも郁三とちゃんと正対していたひとりは急に郁三から背を向けた。
「ん?」
「あ」
「ひとりちゃん?」
「喜多くんすみませんっ、喉がっ……」
そして誰もいないところに縮こまるひとり。
ひとりというダムが結界した。
というか吐いた。虹色が。
「ひとりちゃーん!?」
郁三の叫び声が響き渡る。
さっきの演奏、気のせいか……?
リョウと虹夏は、まったく同じことを思った。
現時点で、誰が一番感情移入しやすい???
-
ひとりちゃん
-
虹夏くん
-
リョウさん
-
郁三くん