後藤ひとりです。
目の前にすごく怖い女の人がいます。
「私、廣井きくり~! よろしくね~ひとりちゃ〜ん!」
すごい酔っ払ってます。怖いです。
たすけてください……虹夏くん、リョウさん、喜多くん。
────
毎日のように練習を続ける結束バンド。今日は自主練の日だったけれど、ひとり以外の三人はなんだかんだで集まって練習を続けていた。
「『ぼっちちゃんは今日STARRY来る?新曲も合わせたいしさ』っと……」
「虹夏、ぼっちにロイン送ったの?」
「全体ロインでね自主練だけどみんないるし、せっかくだから」
「ひとりちゃん、来ますかね?」
「どうだろー……県をまたぐわけだしねぇ。ま、来ればよしってことで」
スマホを置き、ドラムスティックを握り込む。虹夏は練習を再開した。
新曲ができた。
曲名は《あのバンド》。作詞ひとり、作曲リョウ。
前の曲と比べるとやや短い歌詞。けれどその分一つ一つの言葉はよりストレートに吐かれていて、その歌詞に合うよう音の雰囲気もより刺々しく、激しくなっている。
経験がそれなりにある虹夏からしてみれば、「この二人が合わさるとここまでのことができるのか」と驚かずにはいられなかった。
ひとりも初作詞の頃は迷走していたようだけど、それが仲間たちの高評価を受けてからは楔を切ったように次の歌詞を仕上げるのが早くなった。色々とアドバイスをしていたリョウが驚くくらいには。
そして、今はその曲の練習を続けている。
全体を通したり、特定の部分だけ集中的に弾いたり。互いに感想を言い合ってはアドバイスを取り込んでみたり。
そしてたまに駄弁ったり。
「──でも、やっぱりひとりちゃんもスゲーっすよね。次の曲の歌詞、前衛的っていうか」
「ロックバンドの癖して他のバンドのことあれこれ言ってるし。さすが《青春コンプレックス》なだけはあるよ」
「青春コンプレックス?」
「前、ぼっちちゃんに好きな歌とか歌詞とか聞いてみたんだけどさ」
虹夏は精一杯ひとりの生態を真似しつつ言葉に出した。
「『せ、青春コンプレックスを刺激しない曲なら……』って言ってて」
「っぶは、なんですかそれ!」
「少なくとも喜多くんには一生理解できないことだと思うよ」
《ギターと孤独と蒼い惑星》についても練習を続ける。オーディションに合格したことででられるようになったライブだが、結束バンドの知名度は皆無に等しいのでまだ人気バンドの前座としての側面も多いだろう。三曲のうち、二曲は《ギターと孤独と蒼い惑星》、そして《あのバンド》に決定している。
「リョウ先輩! 今の感じ、どうでした?」
「アップの時、まだピックが引っ掛かってる。力まないように注意して」
「はい!」
「うーん、順調だねぇ」
虹夏はリョウと郁三のやり取りを聞いて和んだ。
音楽に限らず技術や実力というのは一朝一夕で身につくものじゃない。とはいえ、郁三のギターは少しずつ、着実に上達している。
ひとりの指導が合っているのかもしれないし、郁三の要領がいいのかもしれない。あるいはその両方かもしれない。
理由が何にせよ、この変化は褒めて然るべきものだった。
(……変化、か)
再びドラムを叩き始める。
郁三が少しずつ着実に実力を伸ばしている一方、虹夏からみて指数関数的な変化をみせたのがひとりの──オーディションの時だった。
数分叩いて、虹夏の視界にリョウの手が映った。
「虹夏」
「どしたの?」
「スネア。テンポが速い」
「あ、ありがと」
言われて、リズムを修正してみる。少し違和感が残る。
「うーん……ちょっと休憩」
「じゃあ私も」
「俺も!」
「なにそのピタゴラスイッチ……」
やだなぁ、と虹夏は呆れた。
「リョウ先輩って、今は何をよく聴いてるんですか?」
「テクノ歌謡。それとサウジアラビアのヒットチャートを少々」
「さすが先輩、全然わかりません」
「リョウ、嘘つかない」
「嘘ではない」
「喜多くんも、リョウに振り回されないようにね?」
「やっ、俺は先輩に振り回されるのは本望です」
「ええ……」
「ならばこの草をだな……」
「まだ草食べてるんですか!? 俺、おやつとか後で買ってきますよ!」
「うむ、苦しゅうない」
「やってんなぁ」
二人のやり取りを見ながら、スマホを手に取ってロインを開いた。
結束バンドのトーク画面。一番最後の連絡は自分の連絡。『既読3』とついている。
「……ぼっちちゃん、連絡こないね」
虹夏の声に、わいわいやってた二人も反応した。
「……だね」
「もしかして、俺のロインがプレッシャーになったのかな?」
郁三がそうぼやいた。
オーディションに合格したことで、晴れてライブに出られることになった結束バンドだけど、当然次の試練が待っている。それはノルマのチケット代だ。
STARRYの場合、下限を決めてチケットを一定枚数を売るノルマがある。正確に言えば、ライブハウスの利益を担保するために事前に出演バンドがチケットを購入するのだ。
そして結束バンドに与えられたノルマは二十枚。つまり一人五枚、知人含め誰かしらに売る必要がある。
虹夏のメッセージの前には、郁三とリョウのそれがあった。『友達にチケット買ってもらいましたー!』と『なんか売れた』だ。ちなみに虹夏も友人に売った。
そこからのひとりの既読無視。悪い想像が働くのは仕方ないわけで。
「うーん、ぼっちちゃんにノルマ五枚はさすがに厳しかったかな。だからといってアンバランスにするのもなぁ……」
「虹夏先輩って優しく見えるけど厳しい所は厳しいですよね」
「その通り。私も何度泣かされたことか……」
「よく言うよ!」
時と場所によってはシバき倒すところだった。
「まあ……もしひとりちゃんが大変そうだったら、俺が受け持ちますよ。同じ学校ですし、そんな感じのカウントで」
「助かるー、喜多くん」
悩んでいても、何かが変わるわけじゃない。
ライブも近い。次はオーディションではなく本番。今まで以上に曲を仕上げなきゃならない。
練習あるのみだ。三人は再び演奏の準備に取り掛かる。
「ぼっち、今なにしてるんだろう」
リョウの静かなぼやきがスタジオに響いた。
────
ぼっちです。
すみません、自主練には行けません。今、酔っぱらいのお姉さんと一緒に金沢八景にいます。この国を南北に縦断するような曲を、わたしは演奏しようとしています。
本当は結束バンドのみんなが恋しいけれど、でも今はもう少しだけ、知らないふりをします。
わたしがお姉さんと作るこのライブも、きっといつか、誰かの青春になると思うから。
以上、ぼっち建設──じゃないぃぃ!!
「じゃーん! これが私の相棒のベース! 《スーパーウルトラ丨酒呑童子《しゅてんどうじ》EX》〜! ねえどうどう? かっこいいでしょー!」
なんで気がついたら酔っぱらいのベーシストのお姉さんと一緒にいるの?
なんでそのお姉さんが自分のベースを嬉しそうに見せてくるの?
なんでいつのまにかライブきざいがとどいてじゅんびしてるの?
ナニガハジマルノ?
「おぅえ」
助けて……リョウさん……。
────
「──へくちっ」
「どうしたの、リョウ? くしゃみなんて」
「……風邪じゃない。誰かが私の噂してる」
「でたよ湧き出る自信」
「でもリョウ先輩ならそれは十分あり得る」
「なんなの? 様式美なの? じゃなくて、喜多くんに聞きたいことがあるんだから!」
何度目かの合わせをしてから、虹夏はふと気になってそれを聞いてみたところだった。それに郁三が返答しようとしたところでのリョウのくしゃみに話の腰を折られた。
郁三は改めて問われたことを聞き返した。
「ひとりちゃんの学校の様子、ですよね」
「そうそう。いやまあ、なんとなくわかるんだけどさ」
「うーん、俺とひとりちゃん、別のクラスなんで普段の様子とかまではわからないですけど……」
郁三は思い返した。
高校を入学して数か月。行動力の化身でもある郁三の交友関係は、すでにクラスの垣根を超えている。同時に男子女子の垣根も超えて遊びに行ったりもしている。何ならその友達経由で学校の垣根すら越えかけているくらい。
郁三がひとりのことを知っていたのはぶっちゃけて言えば偶然で、隣のクラスであるから見かける機会が多かったこと、それとピンクジャージの印象が深かったことが多い。
けれど、実際にひとりと話す機会もなければ、登下校の時間以外はまずすれ違わない。だから、ひとりの人間性を知ったのは実際に話すようになってからだ。
そして第一声が「バッ……ギッ……ボッ……!」だった。
「たぶん、ひとりちゃん自身が逃げちゃうからみんな話しかけにくいんだと思うんです」
「そっかー」
「いじめられてるってわけじゃないと思いますけど……そもそもいじめられるほどみんなと関わってないっていうか」
「あー……」
「ぼっち、面白いのに」
リョウがぽつっと一言。
「ですよねー!」
「うーん、ぼっちちゃんが本当はもっとすごい子だってみんなに伝わればいいんだけどね」
そんな虹夏の言葉を、郁三は頭の中で繰り返した。
『バッ! キッ! ボッ!』を除けば、やっぱり即興ギター演奏の印象が強い。虹夏がひとりと郁三をひっくるめて下手だと表現したことに、未だに疑問を持っているくらいだ。
郁三の中では、ひとりは面白いし、ギターは上手いし、そして自分の練習に付き合ってくれる頼れる仲間だ。
「ギターの練習は一緒にしてくれるんですけど、俺の友達と一緒にお昼ご飯食べようって言ってもすぐ逃げちゃって」
「陽キャの群れにぼっちを投げたら、それは死んじゃう」
「しかも男子どもだし、ぼっちちゃんがかわいそうだ」
「いや、ちゃんと女子多めのグループに誘ってるんですけど……」
それにしたって似たようなもんだろ、と虹夏とリョウは心の中で突っ込んだ。
虹夏が聞いた。
「ところで、STARRYに集まる日以外は学校で練習してるんだ?」
「はい。基本的には放課後に毎日」
「え、すご」
「で、俺そのまま部活終わりの友達と遊んだりして、そこでも誘うんですけど」
「逃げられる、と」
「はい。そりゃもう『脱兎の如く』が似合うくらいに」
「練習は他の友達に見てもらったりしないの? 擬似観客みたいでいい練習だと思うけど」
「それが、なぜか暗いとこばっかり好むんですよ。教室でなんて絶対弾かせてくれないし」
『ああ……』
「え、二人共その反応なんですか?」
完熟マンゴー事件を知らない喜多郁三だった。
「他には、学校の様子は?」
珍しくリョウが続きを求めた。
「うーん……どうでしょう」
陰キャあるある。そもそも語られるほどの思い出がない。
リョウからの質問でもあるので、何とか話題を続けようと悩んだ結果……捻り出した。
「いつもピンクジャージです」
『それはいつもの通りじゃん』
「二人とも息ピッタリですね」
「まあでもぼっちちゃん、服の趣味すごいよね」
バンドらしいことの延長で、四人でライブTシャツを考えた。それぞれ色々な案を出し合ったのだが、ひとりから出たのは年頃の女子高生がとは思えないものだった。
具体的には、真っ赤な色。特に深い意味のない英文がずらりと並び、ファスナーと大量に巻き付けられてる鎖が目を引く、とんだライブTを提案してきたのだ。
そう、それはまるで……
「中学生男子みたいな」
「そう? 私は嫌いじゃない」
「一般的な感性の女子がいないよこのバンド!」
叫んだ虹夏を殴りたいと思ったリョウだった。
結局、ライブTシャツは虹夏が考えたシンプルなものに落ち着いた。黒地に白文字で《結束バンド》と、そして『ン』が巡る恒星の軌道のように、それこそ結束バンドをイメージして輪を作ったものだ。メンバーの反応は上々だった。
「逆にぼっちちゃんがジャージ以外に何を着てるのか、気になってきたよ」
「ああ、学校で練習してる時にそれ聞いたんですけど。お母さんが買ってくる服が趣味じゃないって言ってましたよ」
「ふーん。ガーリーな服似合いそうだけどなぁ」
「ですよねぇ」
「……二人とも、ぼっちに対して遠慮がない」
「珍しくリョウがまともなことを」
「二人がやかましいからだよ」
「リョウがそれ言う?」
「殴りたくなってきた」
「なにを?」
スタジオでは暴れない二人だった。
「ともかく、僕たちで結束バンドで有名になってさ。そしたら、いつかぼっちちゃんも学校の友達と話せるようになるかもね」
「ですね!」
結局、ひとりからの返信はないまま時間が過ぎていく。
練習は夜まで続いた。
「さて……今日はそろそろ上がろうか?」
「ですね!」
「わかった」
「二人とも、ライブは大丈夫そう? ってまあ、この間のオーディション前と同じこと聞いちゃうけどさ」
虹夏がなんとなしに聞いた。今までとは違って、少し煮え切らない問いかけ。リョウも郁三も首を傾げた。
虹夏ははにかみつつ答えた。
「ほら、なんやかんやでライブまで時間もないし」
「私は問題ない」
「俺は……正直、緊張しますね」
「そっかー」
「虹夏は緊張してるの?」
「ううん、そういうわけじゃないけど……」
と、ややぎこちなく返す虹夏。
それをリョウや郁三が気にしだすよりも早く、ようやくスマホの通知がスタジオに響いた。
「お?」
「ぼっちちゃんからかな」
既読は最初からついていた。今更どうも思わないが、それでもひとりが何と返信してくれたのかが気になった。
通知は予想通り、というより願った通りひとりからの返信だった。
トーク画面には、こう書かれていた。
『自主練行けなくてすみませんでした。あとチケット、全部売れました!』
三人は顔を見合わせた。そして苦々しく頷いた。
「ぼっちちゃん……絶対嘘ついてるよね」
虹夏が言った。さすがに嘘だと思った。
「やっぱり俺のロインがプレッシャーになったのか……」
郁三は後悔した。自分の発言をここまで気にするとは思わなかった。
「……明日はみんなで優しく迎えてあげようね」
「うむ」
リョウは、虹夏の言葉に心から頷いた。結束バンドで唯一の同性の可愛い後輩のことは、割合ちゃんと考えているリョウだった。
三人は願った。
どうか、ひとりが明日、元気な姿で現れてくれますように。
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今日もひとりの一日は激動だった。
ライブチケットの販売に悩んだ午前中。
酔っ払いベーシスト、廣井きくりと遭遇した昼。
引っ張られるまま花火祭りの近くまで来てしまった午後。
なぜかきくりとペアで路上ライブをした夕方。
そのライブを見てくれた女子大生さん二人ときくりにチケットを買ってもらった夜。
帰り道。ひとりは笑った。
「ふふっ」
いい一日だった。お客さんは自分を見定める敵じゃないんだってわかった。
父と母、そして今日の三人。合計五人にちゃんとチケットを渡すことができた。
既読無視してしまったことに胃を痛めつつ、それでもひとりはこの嬉しさを結束バンドのロインに書き込んだ。
『自主練行けなくてすみませんでした。あとチケット、全部売れました!』
送信して、気が付けば花火が上がっていた。
「ライブ、成功しますように」
満面の笑顔で祈った。
そして後日、三人にチケット売れたことを嘘だと誤解されて、ひとりは爆発四散した。
ライブまで、残り数日。
次回 10 あのバンド
現時点で、誰が一番感情移入しやすい???
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ひとりちゃん
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虹夏くん
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リョウさん
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郁三くん