天内理子成り代わりは黒井さんを生き残らせたい 作:獄門疆・裏
───七海建人の証言
独り言が好きだ、思考が整理できるし私は生きているって感じられるから。
「黒井さん、きっと貴方は気づいてないんでしょうね」
キラキラと輝くネオンが、都会の夜を照らす。
マンションの屋上から眺める夜景はとても綺麗で、このままずっとここにいれたら、それはどんなに素晴らしいことかと考えてしまう。
「私が今日まで生きてこれたのは貴方のおかげなんです。貴方は私の側にいてくれたから、貴方が私の事を見てくれたから、それだけで私は生きていられる」
誰に届かせるわけでもなく、言葉は宙に消えていく。
ここでの独り言は誰も知らない誰も聞いてない。
だからだろうか、まるで世界には自分しかいないような感覚になる。少し遠くを見れば道路を走る車が見えるというのに。
「でも、どうやらこのままじゃ貴方は死んでしまうらしい。私の頭の中の原作知識とやらがそう叫んでいる」
認められるか、認めてたまるか。
いくら世の中に不条理が溢れてても、初めからこの世界が理不尽なものだとしても、黒井さんだけは死なせてたまるか。
まだ、まだ何も返しちゃいないのに。
「死んでほしくないんです、幸せになって欲しいんです。だから、こうする事を許して下さい」
そう呟き終えると、屋上の扉を開けて黒井さんが出てきた。
言いたい事を全部夜空に吐き出したタイミングで来るなんて、偶然だろうけどやっぱり貴方は最高だ。
そんな事を、思った。
「お嬢様、そろそろ家に戻りましょう。屋上は7時までなので後10分で鍵がかかってしまいます」
「わかったよ、でも少しだけ待って。夜景が綺麗なんだ、黒井さんも一緒に見ようよ」
「お嬢様がそう言うなら……」
私は自然に振る舞えているだろうか、いつものような笑みで嘘がつけているだろうか。
左手に隠した立方体を見せないようにしながら、私は屋上の端っこまで手招きした。
私の側に彼女が来ると、私は言葉を紡ぎ始めた。
「すぐに出すから安心して欲しい。十日後に門を開く事になってる」
今から酷い事するけど、どうか私を許してください。
嫌わないでください。
「何を───」
「獄門疆・開門」
瞬間、立方体から呪力が解放される。
明らかに異質な呪力、だがしかし今の今まで黒井はそれに気づかなかったはずだ。
そして立方体は大きな眼を中心としたX状の物体へと変化していく、きっと彼女は混乱している。
「脳内時間で一分、多分これで十分な筈」
混乱を脱するために、黒井さんは思考を回してしまった。
だけどそれこそが獄門の発動条件、限られた範囲内に対象を留めたまま脳内時間で一分を過ぎさせるという条件を黒井さんは満たしてしまった。
たちまち黒井さんは解放された獄門疆に囚われてしまった。
「これは……獄門疆⁉︎何故ですかお嬢様……!」
「Qや盤星教、天元と私の同化を拒もうとする勢力がこれからの十日間次々襲いかかってくる。人質作戦だって使ってくるかもしれない。私は、貴方を守り切れる自信がない」
高専から護衛が来ることは知っている、だけど彼らが守るのはあくまで私であって黒井ではない。
星漿体の情報が漏れ出た以上、黒井さんの存在も外部に知られていると考えた方が良い。
そうなると何処か遠い場所に避難してもらっても、そこで襲われて人質にされる可能性がある。
これが表向きの理由。
「ですが!お嬢『閉門』」
黒井さんの言葉が最後まで発せられる事はなかった、私の合図によって門が閉じ時の進まぬ牢獄へとあの人は閉じ込められた。
「事情も伝えずに閉じ込めてごめんね。でも、こうじゃなきゃダメなんだよ」
全ては星漿体天内理子の独断であり、黒井美里は今回の件に何も関与していなかった、そういう事にしなければならない。
「貴方は何も知らなかった。私が同化を拒否しようとしている事も、これから呪詛師紛いの事をするのも、全部」
もしも、もしもの話だが私が同化を拒否したいと言ったら黒井さんはどうするだろうか。
肯定するだろうか否定するだろうか。
私個人の感情としては肯定して欲しいけど、それは黒井さんにとってプラスにならない。
「黒井家は術師に使える一族、そこの出の人間が同化の拒否に協力したとなっては一大事だ。二度と実家に顔を出す事は出来ないだろうし、最悪どころかかなりの確率で勘当される筈」
じゃあ、星漿体の世話係として同化を推進した場合はどうなるだろうか。
呪力強化が出来る私と違って黒井さんはほぼほぼ一般人、私が逃げればあの人はどうする事も出来ない。
「こっちの場合は無能の烙印を押されると思うよ。お前が手懐けられなかったからだ、もっと方法があった筈だ、とかね。これも黒井さんにとってはプラスにならない。だから誰が見ても『これは仕方がない』と思える理由付けが必要だったんだ」
特級呪具・獄門疆、生きた結界と呼ばれた術師の成れの果て。
これを使う事によるメリットは二つ存在する。
一つは流石にこれを使われたならどうしようもなかっただろうと思わせるため。
「もう一つは私が特級呪具を気軽に使う程の危険人物である事を示し、黒井さんが手懐けられなかったのも無理はないと思わせるため」
守れないからって理由だけ伝えて封印するのも大切だ、後で同化について何も知らなかったと正直に供述できるだろう。
聞いた事はないが、嘘を見抜く術式の持ち主はいたとしても安心だ。
黒井さんが私の共犯にされる恐れはない。
「まぁ、それでも腐った総監部がどう動くかはわからないし保険はかけておかないとね」
天元の同化という一大事、情報が漏れ出た際に高専から送られてくる人材には予測がつく。
最大戦力でありまだ青い少年二人。
五条悟と夏油傑だ。
「後は、私の人間性で彼らの信用を勝ち取れるかってことだけかな」
正直自信はないが、御三家である五条家の長男の五条悟と呪霊操術を持つ夏油傑の力は間違いなくこれから必要になってくる。
虚実織り交ぜて近づいていこう、どうせ五条悟はその生い立ちの関係上擦り寄られるのには飽き飽きしている筈だ、愛想振りまくより普段通りの方が良い。
自分の感情は嘘を吐かずにそのまま話して、だけど肝心なところは秘匿する。
「よし、それで行こう。後は────電話?」
すると、呪術用のスマホが鳴った。
私はスマホを幾つか持っていて、今鳴っているのは足が着かない特殊なスマホだ。
番号は知らないものだった、公衆電話かそれに準ずるものか、だがこれに連絡してくる相手は限られている。
『おう、元気してるか?』
「勿論、それで何の用かな?孔時雨」
孔時雨、彼は主に呪詛師のコミュニティで生きており仲介役として仕事を運んで来る事が多い。
そのため各方面への情報網が厚く、それに加えてとある理由もあり何度か彼とコンタクトを取っているのだ。
正確には彼を通して伏黒甚爾に接触していたの方が正しいかもしれないが。
『単刀直入に一つ、九十九由基が入国した』
「……このタイミングでか。ありがとう、引き続き九十九関連の情報は伝えてくれ。重要な情報なら相応の値で買うつもりだよ」
孔時雨のも情報網を信頼し、私はとある依頼をしていたのだ。
九十九由基に関する情報が新しく手に入ったら教えてくれと。
俺は情報屋じゃねぇとゴネられたが、前払いで多めの金額を渡した事に加えて彼本人が積極的に情報を集める必要はないという条件を飲むことで引き受けて貰った。
それは今、功をそうした。
『とりあえずの情報はそれだけだ、他に何かあれば後々連絡する』
「それでお願い」
『あぁそれと───』
それから少し世間話をして、単調な会話を終えて電話を切る。
特級術師九十九由基、この時期の入国は間違いなく同化関連。
「どう考えても私というイレギュラーの影響なのは間違いない、だけどいったい何をしに……?」
考えても答えは出ない、とりあえず家に戻ってコーヒーでも飲もうかと屋上の階段を降りる。
普段使い用のスマホを見ると、いくつかメールが届いていた。
それに返信しつつ、これからの十日間に思いを馳せる。
やらなければいけないこと、隠さなければいけないこと。
「……とりあえず次は美々子と菜々子に会いに行こう。羂索対策に直毘人のところにも行かなきゃならないし、日車さんとの約束もある」
改めて考えて少し思った事がある。
「忙しいな、私」
備考
・孔子雨は通話相手が星漿体だとは知らない。