第1章 初対面なのに初稽古
「は~またか」と思いつつも気分は上々。
私は3か月間の「社会勉強」を父に言い渡され、叔父の営む道場へと馬で向かっている。梅雨が明け、晴れ渡った空がまぶしい。父とはソリが合わず、継母とも険悪。だから、こうして年に数回、親戚を回っている。
でも、私もこの方がいい。同居はしていなくても、近くに住まう父とその家族。全く無縁、という訳にもいかないこともある。それに、様々な道場を回るので、自分の腕を磨くこともできる。百戦錬磨とは、よく言ったものだと思う。
一晩宿に泊まるが、暗いうちに出立。早朝、叔父宅に到着。多分、間に合った、早朝稽古。
早速道場を覗く。
叔父の道場は、お城勤めのプレスクールのような所。
先の戦で、左腕と左目を失った叔父だが、その人柄と武功により、乞われて将来を担う子ども達向けの道場を開いたそうだ。
だが、何としたことか、そこに大人がいた。立ち居振る舞いから位のある方のよう。子どもに交じって楽しそうに小さな木刀を振っている。
「それ!やあ~やられたねえ」等と誠にのんびりとやっている。
これでは稽古とは言えない!
イラっとした私は名乗りを上げる。
「ぱら流師範Pと申します。今日よりこちらで稽古をつけさせて頂きます。そちらは・・・?」
「樋口です。樋口与七。みんなには“よっちゃん”って呼ばれてます」
「お手合わせ願えますか」
不穏な空気を察した叔父が、割って入って来る。
「やあP、来たんだね。ご苦労さん」
呟くように、樋口さん。
「僕、剣術苦手なんだよね」
道場には、備え付けの木刀がある。子どもが
ただ、子ども達との戯れを見ていると、太刀筋は悪くない。しかし、殺気が全く感じられない。結界のようにそれを
私は促すように先に礼をし、位置に着く。
互いに礼を交わし
試合を促したのは樋口さん。
切先を
動きの癖を見抜くため、上下左右と木刀を散らすが、規則性が見当たらない。甘くなっていた所を突こうと踏み込むと、するりと体をかわす。
この雰囲気でこれか…と面食らう。ふわりふわりとかわす樋口さん、決して踏み込んで来ない。
連打しながら間を詰めるが、これもあらぬ方向へかわされる。
暫く打ち合いが続いていたが叔父が割って入る。
「そこまで!」
ハッと我に返り挨拶をした。
「いつまでやってるんだ。勝負を仕掛けろ」あきれ顔の叔父がつぶやく
「それに、まるで舞を舞ってるようだな」
その途端、子ども達が寄ってくる。
「凄いお姉ちゃん、強いんだねえ」
「よっちゃんカッコいい」
興奮しながら口々に叫んでいる。私達を囲むように飛び跳ねるから樋口さんと距離が近くなる。
笑顔で子ども達に応じる樋口さん。
「ごめんなさい。会ったばかりの方に、大変失礼致しました」
冷静になり急に恥ずかしくなる。頭を下げた途端はしゃぐ子どもに押されて頭頂部が、こつんと樋口さんのお腹あたり、袴の結び目近くにぶつかる。不意打ちに体勢が崩れてしまい気付くと抱きかかえられていた。
「おっと、大丈夫?」
「ごめ・・・」と言いかけたところ、またもや子どもに押される。今度も頭突きのように、思い切り樋口さんの胸あたりにぶつかる。
「ごめんさい」私の膝は床に着くか着かないかのぎりぎりの低い姿勢になったところを、樋口さんが、起こしてくれる。図らずも樋口さんの両腕に自分の両腕を絡ませていたことに気付き、慌てて離れる。
「あ、すみません、度々」
その時、叔父の鶴の一声で子ども達が一斉に井戸へと走って行ったので場内は静かになる。
「楽しかった・・・ね」樋口さんがそっと言う。
その途端、最後に一人取り残されたためか、バタバタと走る子どもにぶつかられて、今度は樋口さんが体勢を崩し、私の肩あたりに頭突きする。間近な笑顔に、ギャグのように重なるアクシデント、つい、噴き出してしまった。
「ぷっ…」体が小刻みに震える。
つられたのか樋口さんも噴き出し、どちらからともなく大笑いしてしまう。
笑っても笑っても、込み上げてくる可笑しさに立っていられなくなり、二人同時にへたり込む。年かさの男の子が水を持って来てくれ、ようやく落ち着いた。
「私も楽しかったです」道場の壁に背をもたせ、やっと言葉を出す。
「剣で楽しかったなんて初めて。凄く不謹慎ですけど」
「真面目なんだね。僕なんかいつもだよ」笑い癖がついていたのか、また大笑い。
「樋口さん、それはないですよ」笑いながら言うと
「よっちゃん」力の籠った声音と言い方にはっとする。
「よっちゃん、って呼んで。みんなそう呼んでくれてるし、それとため口、ねっ」
う~んと渋い返事をする私に
「練習!」
おずおずと言ってみる。
「よ、よっちゃん…?」
「よくできました」
「やだ、子どもじゃないんですよ」と笑う。
「ダメ、ため口!練習!」
「子ども、じゃあ…ないん…だ、よぉ~」
慣れない言い方に最後声がひっくり返り、二人、また大笑いする。
道場の外へ出る。年長の子が水を配る。私は手桶を持ち、みんなにおかわりを勧める。
“汗が光る”ってこのこと、みんな清々しい良い顔をしている。
「どうぞ」最後に、よっちゃんに柄杓を差し出す。
「ありがとう」笑顔が弾ける。太陽、向日葵・・・そんな感じの人だ。
樋口さんは、おかわりをついだ湯呑をぐいっとあおる。目がまん丸になった。
「ん?」
気付いたかな?
「梅?」
「そうです、梅干、入れてます」
夏の稽古は、早朝と言えども汗をかく。そのため、水の中に梅干を入れる。我が家のならわしだ。
「おいしい!おかわり、もらえる?」
残りの水を、全てよっちゃんの湯呑に注ぐ。そして、桶の中を見せる。
「ね、
梅干が2個、底に転がっている。
一つ、取り出す。
「あ~んして」
「適当に塩気が抜けて、美味しいでしょ」
「ん~、すっぱ」
歳の離れた義弟にいつもしていたので、つい、習慣でやってしまい、ハッとする。失礼だったかなと思って、気持ちがひるんだ直後、桶を覗き込んだよっちゃんから
「Pちゃんも」
えっ?と、口が開いたその時、梅干が押し込まれる。
「ん~、すっぱ」同じことを言ってしまう。
お腹の底から愉しさが込み上げてきて、二人揃ってゲラゲラ笑った。
いつまでも続く私達の笑い声は、止まない蝉時雨に溶けていった。
よっちゃんは、1日おきに、道場に来る。
早朝稽古に参加して、お城勤めに戻る。お城の仕事に、支障がないようにと。
「どうして、そこまでするの?」と聞く。
「僕の役目はお城番。留守を預かって、戦場には行かない。
心掛けというか、志というか、その高さに驚かされる。
続く