刀と梅干とよっちゃんとわたし   作:眞山紗由美

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ついに戦の足音が聞こえてきます。
Pはどうするのか。
そして与七は・・・


戦へのお稽古
第7章 戦へのお稽古


刀と梅干とよっちゃんとわたし

 

第7章 (いくさ)へのお稽古

 

翌日、よっちゃんは、やはり稽古に来なかった。

城下では、大きな荷車が何台も何回も走ったり、人々の往来が増えたりと、騒がしくなっている。

 

午後、父から早馬(はやうま)で知らせが届く。『急ぎ帰館せよ』

さあて、今度は誰と、どこで戦うのか。

 

必要な物を買い出しに行って・・・挨拶くらいして去りたいな、親しくなった方々に。短い間だったけど、楽しかった。命あって戻って来るつもりではあるけれど、戦では何が起きてもおかしくはない。けじめは、つけておかないと。

買い物ついでに、こちらから切り出す時もあれば、「もしかして・・・?」と、切り出される時もあった。

 

途中、店で珍しい物を見つけた。

一尺程の細長い布、“りぼん”と言うらしい。髪を結ぶのだとか。弥彦にあげたい。桃色の花模様を、選ぶ。

 

よっちゃんには?よっちゃん・・・。

よっちゃんとは、時間的には短い間だったはずなのに、何だか長い時間一緒に過ごしたような気がする。いろんなことがあった・・・。一緒に行った甘味屋、小料理屋、話した他愛もないこと、出掛けたこと、稽古、お城の事件・・・気付いたら、自分の中でとてつもなく大きな存在になっていた。

そのよっちゃんとも、お別れ・・・。明日、きちんと「さようなら」って言えるかな。

 

夕餉(ゆうげ)の席

「また、武田とか・・・何回目だ?」と、叔父。

「2?3?・・・」

これまで幾度か戦っているが、勝負はついていない。

「一番下の弟は、出るのか?」

「多分ね。父は、出したくないんだろうけど」

初陣(ういじん)よりも2度目が大事だ。しっかり、釘を刺しておけ」

叔父の言葉は、重みがある。いくつもの戦をくぐり抜け、多くの者の生き(ざま)も死に様も見てきた叔父。

「『人を(あや)めることなかれ、我等(われら)の命は我等のものに(あら)ず』でしょ」

“ぱら流”の教え。

「生きて帰れ、必ずな」真っ()ぐに、叔父は私を見る。

ありがとう、叔父さん。大きく、(うなず)く。

 

夜明けを待って、刀剣の手入れをする。朝日の中で、刀を仕上げるために。

井戸水で、身を清める。9月も半ばになり、(すで)に水は冷たく、気を引き締めるのには十分だ。

白装束(しろしょうぞく)に着替える。布を敷き、刀を置き、一礼。手入れに入る。

心を無にする。油の匂い、打ち()の感触。私は、打ち粉をしている時が最も好きだ。刀を持つ左手に、トントントンと伝わる『鼓動』のような、感触。刀を目覚めさせている感じがする。紙で拭き取り、目の位置より切先(きっさき)を上げ、刃先の具合を確かめる。

静かな輝きを(たた)えている。

この刀とともに(おもむ)き、刀とともに帰る。

命を()け、命を守る。そこに(つら)なる人も、そして(おのれ)も。

 

朝の稽古を終え、お城へ向かう。

城内は、やはり(あわただ)しい。大きな声が飛び()い、家臣達は、気忙(きぜわ)()に走り回っている。広い庭でさえ狭く感じる程、様々な武具、武器などが集められ、積まれていた。

 

炊事場へ。

「や~ひこっ!」いつもの様に、声を掛ける。

大量の兵糧丸(ひょうろうがん)を作っていた。

「P!」

振り向き、笑顔とともに答えてくれる。いいな、友達って感じ!

「ごめんね、忙しいところ」と言いながら、懐から包みを出す。

辺りを(うかが)うようにして、中身をちらっとみせながら、小声で言う。

「“りぼん”って言うんだって。お屋敷に戻った時、髪に結びな」

弥彦は、ほっぺを赤くして喜ぶ。そして私を見るが、すぐに顔が曇る。

「Pも行くんだよね」

勿論(もちろん)!」

弥彦の大きな溜息(ためいき)

「大丈夫。勝って帰って来るよ!上杉軍は強いもん!謙信様を筆頭に、景家様という剣豪もいるしね」目配(めくば)せするように弥彦を見て、快活な声で言う。

「色々ありがとう。弥彦のお陰で、本当に楽しかった。色々助けてもらったし、教えてもらった。私、こんなだからさ、友達、少ないの。弥彦は、その少ない友達の一人。ありがとう、友達になってくれて」

弥彦の目から、ポロポロと涙がこぼれる。きちんと言うべきことは言っておきたかった。帰る“つもり”ではいるが、その保証はないから。

「よっちゃんに会っていくんでしょ」

他の人達とは、戦場で会える。でも、よっちゃんとは、ここが最後になるかもしれない。

「う~ん、どうかな」

何しろ、お城はこの騒ぎ。何かを聞くことも、(はばか)られる。ましてや人を探すなんてできるわけがない。ちらっと一目だけでも見たかった、それが本音だが、まぁいい、帰るとしよう。

ここでいいと、炊事場で弥彦を押しとどめ、城門へ向かう。

その時

「Pちゃん!」

探していた人の声がした。

「よかった、Pちゃん。家に行こうと思ってたんだ。今日、八つ時(※午後3時)あの丘に来て!」

走り寄って来ながら言うよっちゃん。走っているせいで、声が揺れている。

私の前で、立ち止まる。

「八つ、ね、丘ね、来てよね」

そしてまた、走って行った。片手を上げながら。

何だろう?私、返事、してないけど・・・。よっちゃんらしい。なんだか、面映(おもは)ゆくなって、フフと笑ってしまう。

 

八つ、丘の(ふもと)に着く。

(すで)に馬が(つな)がれている。はやる心を押さえつつ、私も馬を繋ぎ、既に草が踏まれて作られた道を、小走りでかけ上がる。

ケヤキに背をもたせ、会いたかったその人は、立っていた。

姿を見るなり、名を呼んでしまう。

「よっちゃん!」

走る、走り寄る。

「ごめん、お待たせ」

笑顔が向けられる。

「Pちゃん、こっちこそごめんね、急に。僕も今来たばっかり。待ってないよ」

嬉しい、凄く嬉しい、会えて、会うことができて。

ケヤキの根元、並んで座る。

少し冷たさを含んだ秋の風が、数を減らした草の上を渡る。

「行くんでしょ」ポツリと言う、よっちゃん。

「行くんだよね」(にら)むように、こちらを向く。語気(ごき)の強さに戸惑う。

 

その時、大きく強く風が吹く。風向きが変わった。

頭上には、(またた)く間に黒い雲が広がる。すぐにパラパラと雨の音。ケヤキの下の私達にはかからないが、どんどん雨は強くなってくる。はっきりと、粒が見える程。

一瞬、何処(どこ)かが光り、ドンと大きな音がする。雷だ。ヤバい、マズい、すぐに樹の下から逃げなくては。

「よっちゃん、雷!樹の下は危ないから出よう」

ケヤキから離れると、痛いくらい雨が打ち付けてくる。空が光っては、バリバリと大きな音がして、怖くてたまらない。この辺り、雨宿りする、東家(あずまや)みたいな物はない。でも、もしあったとしてもそこに雷が落ちるかもしれないから、雨宿りはできない。

樹から離れた私達は、姿勢を低くするため、しゃがんだ。

よっちゃんは、私に雨が当たらないよう、(そで)で私の頭を覆ってくれるが、それでも雨の勢いは強く、袖からポツポツと(しずく)が落ちる。

「見て、あれ!」

よっちゃんに言われた方を見ると、黒い雲の中を横向きに走る稲光。

「凄っ!」

二人揃って言う。

雨の音、雷の音、草や地面を叩く雨の匂い。辺りは薄暗くなり、まるで(よい)のよう。

 

よっちゃんは、さっきの言葉を続ける。

(いくさ)、行くんだよねっ!」

辺りの音に負けないようにするためか、叫ぶように、言う。

私は、無言で(うなず)く。

「どうして行くのっ?」

「だって」

また、雷が落ちる。

「僕を置いて、行かないでよっ」

えっ?

「分かってるよ、そうすることが、Pちゃん、自分の役割って言うんでしょっ。分かる、そこは、僕も認める。でも、でもっ、僕っ、どうしてもイヤなんだっ!」

一生懸命、叫ぶように語り掛けるよっちゃん。こんなに近くにいるのに、大声でなければ聞こえないほど、雨も雷も、ひどい。

「離れるのがっ、イヤなんだっ!」

雨、うるさい!よっちゃんが、話し続けてるのに。

「だって、だってね、僕、僕ね、僕、Pちゃんが、Pちゃんがっ、好きだからっ」

また、近くに雷が落ちる。耳をつんざくような恐ろしい音。

聞こえたけど、聞こえたよ、今の声。でも、意味がよく分からない。

きょとんとしてしまった私を正面から見据(みす)えて、さらによっちゃんは叫ぶ。

「僕、樋口与七はっ、Pちゃんが好きなんだっ!大好きなんだっ!!」

射貫(いぬ)かれたような衝撃が、体を走る。

考える間もなく私も叫んでいた。

「私も、私も、私っ、Pはっ!」

その瞬間、ぴたりと雨も雷も()んだ。

「樋口与七さんが好きですっ!大好きですっ!!」

静寂(せいじゃく)を取り戻した丘の四方八方に、私の叫び声がこだまする。

物凄い大声。雨、止んじゃったから。雷も(おさ)まっちゃったから。

「あっ・・・」と、二人、あっけに取られ、二人、同時に吹き出す。

膝に手を当て、笑いながら立ち上がる。

(はかま)(すそ)から、(そで)から、髪から、(あご)から、それこそ体の至る所から、水滴がぽたぽたと(こぼ)れ落ちる。

 

青空が広がり、陽が()してきた。

よっちゃんは、私の両腕の(ひじ)を持ち、私は、よっちゃんの肘の内側を持ち、二人、支え合いながら笑い続けた。

ふと見ると、虹がかっている。

よっちゃんのきっぱりとした声。

「迎えに行く、必ず」

私も、きっぱりと答える。

「生きて帰る、必ず」

互いの瞳を真っ()ぐに見ながら、誓い合うように、言葉を(かわ)した。




第8章 サヨナラのお稽古

いよいよ最終話です。
Pは戦へ、与七は城の守りと、離れ離れになります。

二人の別れ・・・

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