城守のために残る与七
与七とPの別れがやってきます。
第8章 サヨナラのお稽古
刀と梅干とよっちゃんとわたし
第8章 サヨナラのお稽古
翌朝、稽古が終わった、私の最後の稽古。
最後の
「P先生、ありがとうございました」
「御武運を」
言葉の他に、手紙や折り紙をくれる子も。弱いな、こういうの。
親指の爪を
皆を見送る。
あらかたの荷物は送っているが、最後の手荷物をまとめ、馬に
「荷物、置いていって良かったのに」
「叔父さん、本当にありがとうございました」
心を込めて伝える、そして、体を折る。
叔父は、多くを語らない人ではあったが、稽古を通しての相手との向き合い方は、私に、人を見る目や見方を教えてくれた。
別れを告げ、馬を走らす。
ふと思い、途中で方角を変えた。
最後に、あの丘へ行ってみたくなったのだ。
そこへ着く。
「あっ!」思わず、声が
馬が
嬉しさに
「Pちゃん!」
今日は、先に、よっちゃんが私に声をかける。
「よっちゃん!」
すかさず
ケヤキの方へ、走り寄る。
「よっちゃん」息を
「Pちゃん」
「よっちゃん」
「Pちゃん」
幾度も、名を呼び合う。
ケヤキに背をもたせ、二人、並んで座る。
「よっちゃん、私が来なかったら、どうする気だったの?」
「来るよ」
「えっ?」
「だって、来たでしょ、Pちゃん」
参ったな、この人には
「だって、来たじゃない、Pちゃん」二人、軽く声をあげて笑い合う。
今日は、晴れてさわやか。何とも、気持ちがいい。
ふと思い出し、立ち上がり、走って確認をしに行く。
あの時の
一緒に動いたよっちゃんに、
「Pちゃん、こっち」
ついて行くと、一面の
桃、白、黄、紫、赤と、色とりどりに咲き、揺れている。
「きれ~い!」
「ここはね、四季それぞれに、様々な花が咲くんだ」
傷つけないように、
「Pちゃん、これ」
よっちゃんは、
「
「花言葉は・・・」
紫苑を見ていた私は、その言葉に誘われるように、顔と目線を上げ、よっちゃんを見る。
よっちゃんの顔は、私の真ん前。
目と目が合う。互いの瞳を
「『君を忘れない』」
そっと、唇が寄せられ、
なぜか
なぜか、上手く動かなくなっている指。少し震えているその指で、紫苑を懐紙に挟み、思いを込めて懐にしまう。
幸せな思いが、体を震わす。
どこか、心のどこか奥深い所から込み上げてくるもののために、
「Pちゃん」
呼ばれて、反射的に顔を上げる。
目を開いたその時、頬を涙が伝う。よっちゃんは、親指で
二人、フフフと
「そうだ!」と、思い出し、
「本当に、これで最後の最後だったんだ」
2つの梅干。
一つ取り出し、よっちゃんへ。
よっちゃんも一つ取り出し、私へ。
私達は微笑みながら頬張るが、次の瞬間
「すっぱ!」
「すっぱ!」
いつもの儀式のようなやり取り。
また、げらげらと、笑い合う。
梅干が種だけになる頃
「こっち来て」よっちゃんに、手を引かれる。
どこで拾ったのか、小枝で、地面を掘り始める。そこへ、自分の梅の種を、コロンと入れる。
「Pちゃんも」と言われ、私もコロンと入れる。よっちゃんは、丁寧に土を
「これでよし!」
満足気に微笑むよっちゃん。
そう、塩漬けの梅、植えたところで、多分、芽はでない。そんなことは分かっている。大事なことは、そんなことではない。
よっちゃんが、そして私も、私達が求めているのは、結果ではない。一連の祈りにも似た行為と、思いを
風がさわさわと吹き、私達の髪や着物や
さあ、もう行かねば。
あの時の歌、二人で作ったあの歌が、口をついて出る。私が上の句を作り、よっちゃんが下の句をつけてくれた、私が、私達が初めて作った和歌。
「明けぬれば」
私が上の句を
「明けぬれば 姿を隠す 星なれど
(※夜が明けてしまえば、見えなくなってしまう星だけれど、それでも星は頭上にあり、
よっちゃんが、そっと、私の頬を両手に包む。唇が重ねられる。さっきよりも少しだけ強く、さっきよりも少しだけ長く。唇がめくれてしまう。
離れた二人は、同時に声を出す。
「すっぱ!」
笑い声が、丘に広がる。
「迎えに行く、必ず」
「生きて帰る、必ず」
もう、何度になるだろう。
それでも私達は、誓い合う。
指を
馬を繋いだ
二人、同時に馬に
よっちゃんは、きっと、私が見えなくなるまで、見送ってくれているだろう。分かっている、分かっているからこそ振り返れない。だって、振り返ったら、全速力で戻ってしまうから。
私は、奥歯を嚙み締める。
この道の向こうには、今日、この
よっちゃんと私と、そして二人の周りに居てくれる人達との『私達の明日』
だから、私は『明日』を見つめよう。そして、そこへ向かおう。
私は、さらに手綱を引いた。
風を切って走るために。
これにて全話終了です。
最後まで読んで頂きありがとうございました。