刀と梅干とよっちゃんとわたし   作:眞山紗由美

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戦のために旅立つP
城守のために残る与七
与七とPの別れがやってきます。


サヨナラのお稽古
第8章 サヨナラのお稽古


刀と梅干とよっちゃんとわたし

 

第8章 サヨナラのお稽古

 

翌朝、稽古が終わった、私の最後の稽古。

最後の梅水(うめすい)をふるまった後、子ども達は、次々に頭を下げに来る。

「P先生、ありがとうございました」

「御武運を」

言葉の他に、手紙や折り紙をくれる子も。弱いな、こういうの。

親指の爪を(てのひら)に立てながら、泣かないようにする。

皆を見送る。

 

あらかたの荷物は送っているが、最後の手荷物をまとめ、馬に()せる。

「荷物、置いていって良かったのに」

()ねたようにも聞こえる言い方に、救われる思いがする。

「叔父さん、本当にありがとうございました」

心を込めて伝える、そして、体を折る。(あふ)れ出そうな感情を押しとどめながら。

叔父は、多くを語らない人ではあったが、稽古を通しての相手との向き合い方は、私に、人を見る目や見方を教えてくれた。

 

別れを告げ、馬を走らす。

ふと思い、途中で方角を変えた。

最後に、あの丘へ行ってみたくなったのだ。

()わした言葉以外に、それ以上の約束などはしていない私達。でも、それでいい。十分、全てを伝え、分かり合った、そう信じられる何かがあった。

 

そこへ着く。

「あっ!」思わず、声が()れる。

馬が(つな)がれている、いつもの木に。昨日つけた(あと)を、さらに歩いた様子がある。

嬉しさに()られ、(はかま)(すそ)(ひるがえ)しながら走り出す。

「Pちゃん!」

今日は、先に、よっちゃんが私に声をかける。

「よっちゃん!」

すかさず(こた)える。

ケヤキの方へ、走り寄る。

「よっちゃん」息を(ととの)えつつ、名を口にする。

「Pちゃん」

「よっちゃん」

「Pちゃん」

幾度も、名を呼び合う。

ケヤキに背をもたせ、二人、並んで座る。

「よっちゃん、私が来なかったら、どうする気だったの?」

「来るよ」

「えっ?」

「だって、来たでしょ、Pちゃん」

参ったな、この人には(かな)わない。顔が(ゆる)む。

「だって、来たじゃない、Pちゃん」二人、軽く声をあげて笑い合う。

今日は、晴れてさわやか。何とも、気持ちがいい。

ふと思い出し、立ち上がり、走って確認をしに行く。

あの時の向日葵(ひまわり)は、既に()ちたり、黒く重くなった花の部分を地面に下げていたりしていた。

一緒に動いたよっちゃんに、(うなが)される。

「Pちゃん、こっち」

ついて行くと、一面の秋桜(こすもす)

桃、白、黄、紫、赤と、色とりどりに咲き、揺れている。

「きれ~い!」

「ここはね、四季それぞれに、様々な花が咲くんだ」

(ひざ)を地面に着ける。

傷つけないように、手折(たお)らないように気を付けて、指を広げ、手をそっと差し込む。ゆれる花。

「Pちゃん、これ」

(かたわら)に、私と同じように、しゃがんでいたよっちゃんが、私の方へ体を向ける。つられるように私も膝を動かし、よっちゃんの正面になるように回る。二人、膝立ちで向かい合う。

よっちゃんは、(ふところ)から何かを取り出す。懐紙(かいし)に包まれたそれを、私の(てのひら)を広げ、そこに置く。はらりと懐紙を開くと、紫色の花。真ん中の黄色い部分を取り囲むように、菊のように細長い花びらがついている。

紫苑(しおん)、って言うんだ、この花」よっちゃんは間近な私に、静かな声で、(ささや)くように語り()ける。

「花言葉は・・・」

紫苑を見ていた私は、その言葉に誘われるように、顔と目線を上げ、よっちゃんを見る。

よっちゃんの顔は、私の真ん前。

目と目が合う。互いの瞳を(のぞ)き込む。

「『君を忘れない』」

そっと、唇が寄せられ、(かす)かに触れ合う。不意の出来事に、胸が激しく波打つ。

なぜか上手(うま)くよっちゃんを見ることができない。だから、(うつむ)く。

なぜか、上手く動かなくなっている指。少し震えているその指で、紫苑を懐紙に挟み、思いを込めて懐にしまう。

幸せな思いが、体を震わす。

どこか、心のどこか奥深い所から込み上げてくるもののために、(まぶた)を閉じる。

「Pちゃん」

呼ばれて、反射的に顔を上げる。

目を開いたその時、頬を涙が伝う。よっちゃんは、親指で(ぬぐ)ってくれる。

二人、フフフと微笑(ほほえ)み合う。

 

「そうだ!」と、思い出し、(たもと)から包みを出す。

「本当に、これで最後の最後だったんだ」

2つの梅干。

一つ取り出し、よっちゃんへ。

よっちゃんも一つ取り出し、私へ。

私達は微笑みながら頬張るが、次の瞬間

「すっぱ!」

「すっぱ!」

いつもの儀式のようなやり取り。

また、げらげらと、笑い合う。

 

梅干が種だけになる頃

「こっち来て」よっちゃんに、手を引かれる。

どこで拾ったのか、小枝で、地面を掘り始める。そこへ、自分の梅の種を、コロンと入れる。

「Pちゃんも」と言われ、私もコロンと入れる。よっちゃんは、丁寧に土を(かぶ)せる。

「これでよし!」

満足気に微笑むよっちゃん。

そう、塩漬けの梅、植えたところで、多分、芽はでない。そんなことは分かっている。大事なことは、そんなことではない。

よっちゃんが、そして私も、私達が求めているのは、結果ではない。一連の祈りにも似た行為と、思いを()せる未来なのだ。

 

風がさわさわと吹き、私達の髪や着物や(はかま)(すそ)を揺らす。

さあ、もう行かねば。

名残(なごり)は尽きないが、最後にあのケヤキの幹にポンポンと触れる。

あの時の歌、二人で作ったあの歌が、口をついて出る。私が上の句を作り、よっちゃんが下の句をつけてくれた、私が、私達が初めて作った和歌。

「明けぬれば」

私が上の句を(とな)えると、よっちゃんが下の句を続けた。

 

「明けぬれば 姿を隠す 星なれど 

       永遠(とわ)の光を 君に 捧げん」

(※夜が明けてしまえば、見えなくなってしまう星だけれど、それでも星は頭上にあり、永遠(えいえん)とも思える光を放っている。この星の光のように、たとえ離れて会えなくなったとしても、私は君に、永遠に変わらない愛の心を捧げるのだよ。)

 

よっちゃんが、そっと、私の頬を両手に包む。唇が重ねられる。さっきよりも少しだけ強く、さっきよりも少しだけ長く。唇がめくれてしまう。

離れた二人は、同時に声を出す。

「すっぱ!」

笑い声が、丘に広がる。

「迎えに行く、必ず」

「生きて帰る、必ず」

もう、何度になるだろう。

それでも私達は、誓い合う。

 

指を(つな)ぎ、丘を下る。

馬を繋いだ(ひも)()く。

二人、同時に馬に(またが)り、手綱(たづな)を引く。よっちゃんは向こう、私はこっち。(うなず)き合って、微笑み合って、(あぶみ)と手綱で馬に合図を送る。馬は、足早に動き出す。

よっちゃんは、きっと、私が見えなくなるまで、見送ってくれているだろう。分かっている、分かっているからこそ振り返れない。だって、振り返ったら、全速力で戻ってしまうから。

私は、奥歯を嚙み締める。

 

(はる)かを見る。

この道の向こうには、今日、この()の向こうには、(いくさ)の向こうには、ちゃんと『明日』がある。

よっちゃんと私と、そして二人の周りに居てくれる人達との『私達の明日』

だから、私は『明日』を見つめよう。そして、そこへ向かおう。

 

私は、さらに手綱を引いた。

風を切って走るために。




これにて全話終了です。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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