刀と梅干とよっちゃんとわたし   作:眞山紗由美

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一夜明けて、少し様子の違うよっちゃんですが、Pはよっちゃんといつものように剣術の稽古をします。
そして、語られるPの生い立ち。
いつも、明るく何の悩みもないように見えるPですが・・・。
また、昨晩のアノ事は、どう解決するのか?

少しシリアス要素アリのお話をお楽しみください。


第4章 お泊りのお稽古 第4話 Pの生い立ち

刀と梅干とよっちゃんとわたし

 

第4章 お泊りのお稽古

 

 第4話 Pの生い立ち

 

朝餉(あさげ)をいつもの小料理屋で、買う。

戻ると、よっちゃんも身支度(みじたく)を終え、(しとね)まで片付けてくれていた。

お礼を言うと、よっちゃんは何故(なぜ)か、私を(まぶし)しそうに見る。

お腹が空いているのかな?急いでご飯やおかずをよそう。

「頂きます」と、二人で言った途端(とたん)、今頃になって思い出した。

「あっ!おばちゃんの誤解、()くの忘れてた」

よっちゃんは、(やさ)しくフフフと笑う。

「それにしてもこのお漬物、芸術的だよ」

きゅうりと茄子(なす)の糠漬け、叔父が漬けていた物を、私が切った。厚さ、形が恐ろしく不揃い。

「う~ん、相手が止まっていると、切りにくいんだよねえ。ちょっと、動いてくれると、ココって、切れると思うんだけど」

よっちゃんは、思い切り笑う。

「それって、かなりヤバい(たと)えだよ、Pちゃん」

でも、本当のことなんだけど。

 

片付けて、掃除まで一緒にしてくれた、よっちゃん。

何か、今日は、やけに笑顔が優しい。

昨夜、今朝と美味(おい)しい物が続いたから?

何となくモヤるので、やっぱり誘った。

稽古(けいこ)しない?」

 

あぁ楽しい、よっちゃんと打ち合っていると楽しくてたまらない。

みんなは「二人の打ち合いは、まるで舞を舞ってるようだ」とか言うけど、この一体感は何だろう?

 

終了後、いつものように道場の入り口の階段に腰掛けて、汗を拭いながら梅水(うめすい)を飲む。

一生懸命鳴く蝉の声、風に揺らぐ木の葉の間から差し込む光が、地面にキラキラ揺れる。

母様(かあさま)ね、私の母様、5つの時に亡くなったの。妹を産んだ次の日に」

音と光で頭がクラクラしたせいか、何故か、誰にも話したことのない話を始めた。

 

 

その日、母が妹を産んだ日、私は嬉しくてたまらない気持ちで、赤ちゃんと母を見に行った。

「また女か」吐き捨てるように言うと、その場を離れていった父。

母の顔は真っ白で、ハアハアと大きく息をするから、布団も大きく揺れていた。

産婆(さんば)さんが、父を追いかけて行き、何やら話をしていた。父は、チッと舌打ちをし、母に一(べつ)をくれたが、戻っては来なかった。

 

子ども心に、尋常ではないことを察する。

「母様・・・」そっと呼びかけると、母は、うっすらと目を開けた。

「P・・・Pは…お姉ちゃんに…なった…ね」

「母様、桜が、桜が、もう咲くよ。見に行こう、みんなで行こう。赤ちゃんも、一緒に」

「P、強く、生きるのよ・・・自分・・・を、信じて・・・」

母は、目を開けているのに、私が見えないのか、(うつ)ろに瞳を彷徨(さまよ)わせ、(ひじ)から先だけを起こして、手をフルフルと振る。

その手を(つか)むが、凍ったように冷たい。

「母様、Pとまた、匂袋つくりましょう。そうだ、お風呂で背中を流してあげるよ。母様に教えてもらった石鹸使って」

「P・・・いい子ね・・・大好きよ・・・妹を・・・・・」

母の手から、力が抜けていく。

「母様?母様!!母様ぁ!!!」

私の大きな声で、赤ちゃんを抱いたお産婆さんが、慌てて戻って来る。

 

それから、医者様が呼ばれた。

曾祖父が、祖父が、祖母が、次々に家族が部屋に集まってくる。

ただ一人、父を除いて。

 

鳥がせわしなく朝を()げる頃、母の顔に白い布がかけられた。

ポツリポツリと咲き始めた桜に見送られ、母は旅立った。

 

(ひと)月もせず、継母がやって来た。半年もせず、義弟が生まれた。

 

直系の第一子である私は、曾祖父から剣術を仕込まれていた。

おむつも取れないうちから、曾祖父の営む道場に通わされ、礼儀作法や言葉遣い、心構えを徹底的に叩き込まれたのだ。

走ったり、跳んだり、体は鍛えられたが、刀は持たせてはもらえなかった。

ようやく持たされたのは5歳になって、母の死の直前だった。

 

嬉々として木刀を振るう私に、曾祖父も祖父も「筋が良い」と褒めてくれていた。

それなりに父は、少し目をかけてくれるようになった。

しかし、義弟が生まれ、事態は一変した。

 

継母は初めから私達を、好ましく思っていなかったが、あること無いこと、父に吹き込むようになった。「こんなワルイ事をした」「ヒドイ子」

父が、私達を見る目が鋭く、冷たいものになっていった。

そのうち、私達の体にはいつもどこかに(あざ)が有り、いつもお腹が空くようになり、そして、汚くなっていった。

 

ある日、それは起こるべくして起きた。

 

目の前で、二歳の妹を父が足蹴(あしげ)にしたのだ。

自分の事は我慢できても、許せなかった。それに、ここまで我慢してきたことも(つの)っていたのだろう。私は、木刀を手にし、父の(すね)に思い切り打ち込んだ。もんどりうって倒れる背中にもう一撃。

次の瞬間、妹の声で我に返った。

(あね)様、もう()めて」

父の喉元で木刀は止まった。

「お前、親を殺す気か…」

怒りに燃えて見()える私に、父は聞き取れるぎりぎりの声で呟いた。

 

私と妹は、祖父の家に預けられた。

しかし、私達にとって、そこは天国だった。

曾祖父、祖父母、妹、私の5人で、安心と笑顔の中で、時が過ぎていった。

 

私には義弟がみんなで3人できたが、下の二人とは妹が嫁に行くまで会ったことがなかった。

 

私は、15で師範となり、大人の男相手にも、稽古をつけた。

 

妹は、父の策略で、13歳で嫁に出された。相手は15歳の羽振(はぶ)りの良い商人の息子。

何が、どこで、こうなったのか。

婚礼の前夜

「守ってあげられなくて、ごめん」と、むせび泣く私に

「姉様は、ずっと私を守ってくれたじゃない」と背をさすってくれた妹。

 

婚礼の日、スキを見つけ、相手の男の脇腹に脇差の(さや)をあてがって言った。

「妹を不幸せにしたら、オマエを切る。決して忘れるな。覚えとけ」

 

妹は17歳で初めての子、女の子を産み、今は、昔の面影(おもかげ)も無いほど、ふくよかにコロコロしている。だが、私は、その夫に会う(たび)に「忘れるな」と念を押し続けている。

 

継母の最初の子は、師範となるべく修行を積んだが、剣士には向いていなかったそうだ。次の一つ下の子も同様。一番下の子は“化ける”のを、待たれている。

 

妹の婚礼の日、初めて、下の二人と会った。十歳になった一番下は、初対面で私の顔を見るなり「怖い」と言いながら、わんわん泣いた。

「何が、どんな風に怖いのか言え」と、詰め寄ると

「体の周りの空気」と答えた。

この子は翌日から、曾祖父と祖父と私がやっている道場に、稽古に来るようになった。最低の父親だが、私の剣の腕は認めていた。私も、親を打ってしまった後ろめたさがある。(ゆえ)に、義弟の入門を認めた。

 

 

「Pちゃん、もう、一人で、何も背負(せお)わなくていいんだよ」

話し終わった私に、よっちゃんが顔を向ける。

何て優しい目、優しい声で話すの?包み込むような感じ。

そして、いたわるような、(いと)おしむような。

でも、残念ながら、言葉の意味がよく分からない。

「Pちゃんは、母様が本当に大好きだったんだね」ポツリと言う。

あんなにうるさかった蝉の声が止まった。鼻の奥がきゅんとして、返事に困る。

 

はっとして、最も聞きたかったことを、聞いた。

「よっちゃん、昨夜・・・」

よっちゃんは、少し、もじもじしながら答えてくれた。

「うなされる声がしたんだ、Pちゃんの。

 びっくりして、様子を見に行ったら、ちゃんとお布団に入ってたから、帰ろうとしたの。

 そしたら、『行かないで』って、手、伸ばされて。

 どうしようって思ってたら『待って、行かないで』って」

「えっ?ちょっ、えっ?そ、そう言ったんだね、私」

「うん。夢でも見てるのかなと思ったけど、Pちゃん目開けて、僕を見てたし、凄く悲しそうで苦しそうだったから、つい、その手を(つか)んじゃった。

 そしたら『(そば)に居て』って、ぐいっと引っ張られちゃって」

「よっちゃん、あの、あのさ・・・」

「で、Pちゃんの隣に引き込まれてちゃったんだ。

 Pちゃん『私を離さないで』って、きつく抱き着いてきて、その後・・・後・・・あの言葉を・・・」

よっちゃんの声が、だんだん小さくなっていく。

そして、耳まで赤くなっていく。

 

これは、いけない!大変だ!勢い込んで、必死で話す。

「よっちゃん、ごめん、ごめん、ごめん。あのね、夢、夢を見てたの、母様の。

 母様が遠くに行ってしまおうとしてて、私、母様を連れ戻したくて…それで」

「それで?」よっちゃんは、戸惑っているような顔をしている。

「うん、それで、『行かないで』って、手、伸ばしたり」

「手、伸ばしたり?」

「『傍に居て』って、引っ張ったり」

「引っ張ったり?」

「う、うん。そ、そして、あ、あの・・・」これ以上は、恥かしくて言えない。

しばし、重い沈黙。

だが、ちゃんと説明しないと!だから、声をひっくり返しながら、必死で続きを(しゃべ)る。

「は、は、本当にごめん。夢、見てたのに、目、開けてたとか、コワイよねえ~。

 笑っちゃう!変だよねえ~。

 母様の夢ね、たまに見て、うなされちゃうんだよねぇ、ハハハぁ。

 いい歳してんのにねえ~ハハ~。

 ハッハッハッ、忘れられないんだよねえ、母様のこと、ハハハ~~~何年()ってもねえ、ハハハ~~~」

笑うしかない、もう、笑うしかない。笑って誤魔化(ごまか)すしかない。

私のカラ笑いが(むな)しく響く。

 

再び、耳をつんざくように、蝉が鳴き始めた。もう、何を言っても聞こえないほど。

訳の分からない気持ちを振り払うために、水桶の中の梅を、こちらを向いて言葉を失っているよっちゃんの口に押し込んだ。

突然で驚いたろうに、

「すっぱ!」

いつものリアクション。

よっちゃんも私に、梅をくれる。

「すっぱ!」そして二人で笑う。

 

ま、いっか、今回のところは。誤解は解けた?

向こうを見ているよっちゃん。右のほっぺが、梅でぷっくり膨れている。

チカチカと太陽は、夏の盛りを告げていた。

 

 

 

少しして、叔父が帰宅。台所の惨状を見て、私に「台所立ち入り禁止令」を言い渡す。

糠漬(ぬかづ)けまで、こんなになって」と、丁寧(ていねい)に漬け直す叔父。

勿論(もちろん)(かま)を買いに行かされた。

 

そこまで、よっちゃんは付き合ってくれて、帰っていった。




次は第5章 乗馬のお稽古 第1話 よっちゃんがお見合いをした

です。
8月21日(月)お昼ごろ投稿予定です。

物語は、いよいよ後半になります。
お楽しみに。
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