一般男子ゲヘナ風紀委員の奮闘日記   作:Ringseiran

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三話

泥水の匂いが鼻をつく。

 

ブラックマーケット、

 

真っ当な生徒ならまず入ろうと思わないこの街には、合法非合法問わず様々な商品が流通している。

 

それはまさに、キヴォトスの汚点と言えるだろう。

 

その中でも特に治安が悪い闇市場で、天使カリヤは調査をしていた。

 

任務でなければ入りたくないその通りは、あまりカリヤを歓迎していないようだ。周りからは敵対心を顕にした目で睨まれ、邪魔だと言わんばかりにかなりの頻度で舌打ちをされる。

 

やはり風紀委員の腕章は取るべきだったかと後悔するカリヤだが、これが無かったらいつ絡まれてもおかしくない。

 

委員長無しの風紀委員会は馬鹿にされがちだが、それでもゲヘナ風紀委員であることを示すこの証は、それなりの効力を発揮するのだ。

 

学校の治安を守る筈の風紀委員会が、自分の自治区では舐められ、他所では恐れられるなどどんな皮肉だとカリヤは思う。それと同時に、改めてゲヘナの問題児の多さを実感し、気落ちする。

 

しかし、そう思ってもいられない。

いくら問題児ばかりと言っても、彼らがゲヘナ生徒である限り、守らなければならないのが風紀委員というものだ。彼ら彼女らのプライバシーが侵害されているなら、それを即座に取り締まらなければならない。

 

尤も、ゲヘナ生徒を危険に晒すのは、他でもないゲヘナ生徒である事が多いのだが……

 

そんな事を考えながら歩いていたカリヤだが、気付けば目標地点から離れ始めていた。さっきまでは確かに近づいていた筈なのだが、どうやら途中で道を間違えたようだ。風紀委員のカリヤとてブラックマーケットに来た事など任務での2、3回くらいである。それ以外で来た事はないし近づこうとも思わない。

 

ここらの街並みは違法建築ばかりでかなり入り組んでいる。迷うのもしょうがない無いだろう。

 

気を取り直し、元来た道を戻ろうと振り返ったその時、カリヤの視界に不自然な人影が映りこんだ。

 

「あれは……」

 

ブラックマーケットには明るすぎる白を基調とした制服、ここが闇市場だと忘れそうになるぬいぐるみのようなカバン、そして一瞬制服の胸元に見えたあの紋章。

 

「トリニティ、…生徒……?」

 

あまりにもブラックマーケットに似つかわしくないその存在に、思わずカリヤは二度見してしまう。

 

こんな所で一体何をしているのか、迷い込む様な場所でもないし、少なくとも何か用があってこの場所にいるのだろう。

 

だが、正義実現委員会でもない普通のトリニティ生徒が一人で来るなどいくらなんでも不用心過ぎる。

 

その少女は、迷っているのか先程から周りをキョロキョロとしていた。

 

あれは助けが必要なのだろうか。しかし出来れば関わりたくないのが本音だ。トリニティにはゲヘナ生徒を嫌っている生徒が多い。善意のつもりで声を掛けて、もれなく罵倒をプレゼントなんて事があったら自分は遠分立ち直れないだろうとカリヤは思う。

 

お人よしのカリヤは、過去に何度か似たような経験をした事もある。

 

そのせいで、嫌いとまでは行かないが、少しばかりトリニティ生徒に苦手意識を持っていた。

 

カリヤはそこで、自分は任務中だということを思い出す。

 

そう、自分はあくまで任務中、それも委員長から推薦された超重要任務だ。こんな所で遠回りをしている暇はない。急いで任務に戻らなければ。それにあのトリニティ生徒も馬鹿ではないだろうし、きっと腕に自信があってここに来たんだろう。そうだ、きっとそうに違いない。そうじゃなければこんな所に一人で来ない。

 

そう自分に言い聞かせて元来た方向へ歩き出す。

 

できるだけ少女を視界に入れないよう。

 

目が合わないよう。

 

任務に集中して、すれ違っても

 

自分には関係ないと言い聞かせて………

 

 

 

………………………………

………………………

………………

 

 

 

「………おい、大丈夫か…?」

 

しかし、天使カリヤは、どうしようもなくお人よしだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【⠀△月★日 (火) 任務中 】

 

ブラックマーケットに到着、任務は問題なく進行中……の筈だった。

 

任務進行中に迷子のトリニティ生徒を発見した。全力で見て見ぬふりをしようとしたが、どうしても俺の良心がそれをよしとしなかった。自分のお人好し加減に嫌気がさす。昔トリニティのお嬢様にあんな事をされて、また助けてしまうとは……

 

忘れもしない。あれは俺がまだ風紀委員になったばかりの頃。ゲヘナの店では買えない物資を、DUシラトリ区まで買い出しに行った時の事だ。

 

たまたま前を歩いていたトリニティ生徒が、ハンカチを落とした。そこで後ろを歩いていた俺がそれを拾うのは当然の事で、例えそれは、犬猿の仲である学校の生徒同士であってもだ。だが、その認識が甘かった。

 

拾ったハンカチを手渡した俺に対して、あろう事かそのハンカチの持ち主であるトリニティ生徒は、俺がゲヘナ生徒と気づくやいなや、手を振り払って去っていったのだ。

 

あの時の衝撃と虚しさは、未だにトリニティ生徒を見ると思い出す。あの時一緒にいたイオリが怒ってくれなかったら、俺はトリニティ生徒恐怖症になっていたかもしれない。

 

……と、愚痴が長くなってしまった。

 

こんな過去の話を長々書いておいてなんだが、俺が今回声をかけた生徒、名前を阿慈谷ヒフミという彼女は、懸念に反して、とても心優しい女の子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?ペロロ様グッズ?」

「はい、そうなんです!カリヤさん、ペロロ様はご存知ですか?」

「……いや、知らないです」

 

あれから数十分、道に迷っていたトリニティ生徒阿慈谷ヒフミを助けたカリヤは、彼女に道案内をしながら、ブラックマーケットに来た理由を雑談代わりに聞いていた。

 

「ペロロ様は、モモフレンズのキャラクターで、とっても可愛いんです!!私のこのカバンもペロロ様のグッズの一つでトリニティの生徒の間で大人気なんですよ!」

「そ、そうか」

「はい!私もペロロ様が大好きで……、それでですね、ここからが大事なんですけど…。なんと!ここブラックマーケットで、かなり限定のペロロ様グッズが手に入るかもしれないとネットで話題になってるんです!!」

「お、おお、それはすごいの?」

「はい!ペロロ様とアイス屋さんがコラボした商品で限定生産で100個しか作られてないんですよ。それがどうしても欲しくて、ここまで来てみたんですけど……」

「慣れない上舗装されてない道に迷って、目的の店にたどり着けずにいたと」

「そうなんです…あはは…」

 

あははじゃねーよ!!!と叫びたくなるのを、カリヤはそっと我慢する。

 

ただでさえゲヘナ風紀委員という事で最初少し怖がらせてしまったようだから、カリヤはヒフミに出来るだけ温厚に接していた。

でも、そう言いたくなるのは誰でも理解できるだろう。

 

この少女、少しばかり行動力があり過ぎるのではないだろうか。もし本当にブラックマーケットにその限定グッズが売っているとしても、危険を犯してまで買いに行こうとなるか、いや、普通はならない。

 

「それでカリヤさんはどうしてここに?風紀委員のお仕事ですか?」

「あー………」

 

急に話を振られてカリヤは詰まる。

任務の情報は外部に漏らすことは出来ない。ましてや犬猿の仲であるトリニティ生徒には尚更だ。いくらヒフミが他とは違い心優しく偏見を持っていなかったとしても、どこから情報が漏れ弱みを握られるか分からない。例えエデン条約が近づいていたとしてもそれは変わらない。寧ろ、大切な時期だからこそ徹底しなければいけないだろう。

 

それは、日々アコ先輩から口うるさく言われている事だった。

 

だから、カリヤは少し誤魔化すことにした。

 

「いや、俺も個人的に欲しいものがあってね。風紀委員の腕章をつけてたのはスケバン対策。これをつけてればあんまり絡まれないからね。まあ時々そんな事お構い無しって奴もいるけど」

 

誤魔化すと言っても嘘ばかりでは無い。個人的でないが欲しいものがあるのは事実だし、風紀委員の腕章をつけているのもスケバン対策だ。

 

「そうだったんですね」

 

人を騙すのには真実を混ぜるとはよく言ったもので、カリヤの言葉をヒフミは信じた。

 

「……っと、ここだな」

「あ、着きましたか。すみません、わざわざ道案内してもらって」

「いいよ、たまたま行く場所が同じだったんだから」

 

そんな雑談をしていたら、気付けば目的地に着いてた。

 

その建物は、裏通りに建っているだけありあまり綺麗なものではない。しかし他のビルよりは人通りがあるようで、最低限の清掃はされているようだった。間違いない。ここに例の写真とヒフミが求めている限定グッズがある筈だ。

 

「じゃあ、行こうか。一応ブラックマーケットってこと忘れないで、警戒は解かないようにね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【⠀△月★日 (火) 任務完了】

 

奇妙な出会いがあったものの、無事に例の写真を回収後店主から流通元をはかせることが出来た。案の定流出元はゲヘナ生徒だった。特定はできなかったがとりあえず俺の任務は完了だろう。後はアコ先輩に報告して、情報部に引き継ぎだ。

 

たまたまヒフミさんが探していた限定グッズとやらが目標地点と同じ場所で取引されていたのは運が良かった。彼女に気付かれないよう店主を尋問するのは骨が折れたが、意外と何とかなるもんだ。

 

一つ問題があるとすれば、写真を回収した時、ヒフミさんが俺の事を幼女の写真を買いに来たロリコンだと勘違いした事だ。

 

誠に遺憾である。

 

帰る途中でどうにか誤解を解かなければいけない。

 

何はともあれ、後はヒフミさんをブラックマーケットの外まで送ったら俺の役目は終わりだ。

 

まあ、風紀委員の腕章がある限りよっぽど絡まれる事などないだろうが……

 

 




可愛いの中に仄かな狂気、それがヒフミちゃんとはよく言ったものですよね。
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