pixivにあげていたもののマルチその2です
会長いまだに引けてないんですよね。

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三日月の苦労発散。

どうも締め切ったつもりが、どこかの隙間から入ってくる風が冷たい。

机の上に積まれたカカオ豆の加工品が教えてくれる、バレンタインの夜8時過ぎ。

暖房が効くのか効かないのかはっきりしないくらいには寒いトレーナー室に、まだ人影と声があった。

 

「……ごめんルドルフ、こんな遅くまで手伝わせて。」

 

「なに、構わない。トレーナー君には普段から生徒会の仕事を手伝ってもらっているからね。トレーナーとウマ娘は一蓮托生さ、協力し合おう。」

 

彼女の名は……いちいち説明するまでもないが、皇帝、シンボリルドルフ。

 

__レースに絶対はないが、”そのウマ”には絶対がある。

 

ある人が言った言葉だ。

まだ記憶の鮮明さで言えば昨日のようだ。実際に、彼女を始めて見て、そして見惚れ、皇道を進むチケットを握りしめたあの時に感じた。バカ言ってんなァと自分で思い返すと思う。新人トレーナーである僕が並べていい目線や、肩では無いと思った、そう、ずっと思っていた。彼女が足を運び、芝を踏み、あの草を殺した時に匂う風と、ひらり舞う紫電一閃。あの姿は、まさに永遠なる皇帝。皇帝が夢に見る青く若く無謀な、そして今実現へと進む、夢と同じ目線。

 

そんな彼女とも、たった3度の敗北と絶対的な勝利。そして月光の下での約束なんかも経て、今の僕はトレーナーというより彼女の助手と言った所だろうか?勿論彼女は走るのを辞めたわけではないのだが、生徒会長として、皇帝という座で皆を見守り、いつか来るチャレンジャーを待っている。元から自分で自分を律する子だったことと、僕との三年間の経験で身につけた技術とでトレーニングにも大きく問題なしだ。

 

「それに……」

 

「それに……何だった?」

 

改めての説明と回想で懐古に浸った僕に気付いたのか、別に関係ないのかは知らないが、彼女が口を開いた。しかし、

「いや。何でも無いよ。あと何か他にすることはないかい?」

というだけで、それに、の後の文は紡がれなかった。気になりはするが、会話を続ける事に攫われていったのか、どうでもいいかと僕は目の前の書類に注目して、そして完成を確認した。練習器具に関するのアンケートの集計だった。また妙なお金を理事長がポン出ししないか心配、とその他の欄に書いた子に、ルドルフと今ちょうど共感していたところだ。

 

「これで全部……かな。ありがとうルドルフ、本当に助かったよ。今度また何かでお礼するね。」

 

彼女は、かなり他人想いというのか、やさしいというかお節介焼きな一面があるというのか、とにかく恩を仇で返すような真似をしたくないらしい。最初は彼女の仕事を手伝った事のお礼で仕事を手伝ってもらう事になって、それが続いて「お礼」が礼儀作法の如く付いてくるようになった。お礼と称して食事なんかも行った。ただ以前、「今まで私が考えた駄洒落をモチーフなども含めて編纂してくれないか」と彼女が協力したお礼にと言ってきたのだが、流石にアレだけは断った。量があるので大変だし、何よりもそれを沢山刷って文化祭かなにかで配布しようと言い出すので、皇帝の座の椅子の足がぼっきり行かないうちにナイスネイチャ(とそのトレーナー)に聞かせて爆笑を取り、ルドルフには満足して頂いた。……ここ3年を通して、ちょっと面白くなったのが微妙にタチが悪い。

 

「そのお礼、今じゃダメだろうか?」

 

「…?別に良いよ。何をして欲しい?」

 

上記の編纂の話は、煙に巻いただけで実現していないし多分彼女は諦めていない。いつかぱっと思い出して、是非やろうと言われないかびくびくしている。

 

「少し……私の話に付き合ってくれないか?」

 

セーフ。やれやれ。

 

「あぁ、全然良いけど、それでお礼になるのかい?」

 

「充分。気の置けない戦友と語らう時間もまた、私にとっては大変な幸福なんだ。」

 

漫画なら、顔の横辺りにドヤァの文字が浮かびそうな満足げな顔をした彼女、自信に満ち溢れた彼女の顔こそ、先頭を駆け抜ける、僕の見惚れたあの顔だ。……まあ、丁度よく彼女の腹の虫は、黙ってられなかったようだが。ぐぅ……と聞こえてきた。しょうがない、もう8時なんだ。自分も何かしら食べたいし、彼女もきっと軽食で済ませて駆け付けてくれたのだろう、今日助けを呼んだのは僕だった。

 

「気休めにしかならないだろうけど……チョコ、食べて良いよ。」

 

「本当か?いや、しかしこれは君が貰った物なんじゃ……」

 

どうせ1人じゃ食べきれやしないんだ、遠慮せずに食べなよ、と促した。少し渋ってはいたが、ならばと机の上の金色の包装がされていた丸いチョコレートを彼女は食べた。

 

「ふむ、少し苦いかな?溶けていく口あたりが絶妙で美味しいね。どこか有名な店のチョコレートだろうか?……ロイーズ、と読むのかな?忙しくしていると情報に疎くなってしまうのは考え物だね……。」

 

信頼を置くには親密さも欠けてはならない、と流行りのカルチャーさえも真面目に読み解こうとしてしまう彼女がしょんぼりとする。そういう所が彼女の魅力だな、などと思考しながら僕も1つ、適当に取って食べた。

 

「……、これ、ウィスキーボンボンってヤツか。」

 

ボソリ呟いた僕が摘まんで引き上げたチョコレートは、カコッと音を出しながら割れ、舌の上にトロリと薫りと特徴的な苦味とどこか甘味まで内包した特異なシロップをくれる。以前僕がこういうチョコレートなどの甘いスイーツの類いが好みだという事は周りに言っていたような気がするが、なるほどオシャレな物が食べれたモンだ、ラッキー。

 

「ごめん、ちょっとお手洗い行ってくるね?」

 

「あぁ構わない。行ってらっしゃい。」

 

僕は部屋を出て、ゆっくりとドアを閉じた。

彼女が、カコッと歯でチョコレートを割る音が聞こえた。気に入ったのだろうか。

 

 

 

お手洗いから戻ってきた。ハンカチで手を拭いてから、ドアノブを握って回して引いて中に入る。案外トレーナー室は暖房が効いてきたんだなと実感できる。夜の廊下は人気も無くて流石に寒かった。加えてお腹が冷えていたのか、腹痛でここに戻るのが遅くなってしまった。

悴んだ手を擦りながら顔を上げ、先の書類を突っ込んだ封筒の置かれた机を見る。すると、さっきまで机の側のイスに座っていたシンボリルドルフが、奥のソファで横になっている光景が目に飛び込んできた。そして、嫌な汗が背中を走った気がした。遠目で見てもわかる位、顔が赤かったからだ。

 

「ねえ、ルドルフ!大丈夫!?」

 

「うー……っ。」

 

呻くような彼女の声、普段より明らかに赤い頬。この冬の時期に忙しくさせてしまって、今日は夜の食事が整っていない。尚早かもしれないけれど、僕はすぐに発熱を疑った。熱というのは風邪を引かなくても、過度の疲労やストレスでも出るものだ。結果として間違いだと気付いたのはこの後だったけれど、本当に酷く焦った。

 

「……呼んで…」

 

救急車の事かと思った。

 

「わ、わかった!」

 

僕は大急ぎでポケットからにんじんマークのスマートフォンを取り出して、緊急連絡で無理やりロック画面を突破しようとした。が、止められた。ウマ娘の力は強い。ガシリ僕の腕を掴み、ルドルフは、普段は救急が緊急に必要で事態急々だと伝える時のあの声で、叫んだ。

 

「ルナって呼んで!」

 

「ルドルフ……?」

 

「ルーナ!」

 

ルナ。

彼女の幼名だ。

夜の神社で教えてくれた、秘密の名前。

まるで幼児が駄々こねるような口振りの彼女の額に、ゆっくり手をやった。普段よりも温かいけれど、熱があるとは言えない。

僕の今の行動が少し嬉しかったのだろうか、彼女は尻尾を音が立つくらいに振り、いつものキリリ整った顔をとろんとろんにしている。腕は捕まったままだ。

 

「ルナ……えと、大丈夫?」

 

「なにがー?」

 

当然とはいえ彼女は彼女なので、声質は変わらない。だが、いつもの落ち着いていて、芯があるような声色は何処へやら、伸びるような語尾の調子と声質がイメージと違い過ぎて脳がフリーズしそうだ。これじゃ本当に在りし日のルナと変わらないのだろう。

「いや、その……いつもと違う感じがして」

と返す位しか、思いつかなかった。

 

「わたしはいつも通りだよ?ね、とれーなー。ここ座って?」

 

むくりと上体を起こして場所を開け、ぽんぽんと、自分の座っている隣を叩く。何を言っても聴いてくれないだろうと言うことは、考えなくてもわかったので、言われるがままに隣に座る。膝枕でも所望して来るのだろうか?なんだかんだ愛バなんだ、愛らしい姿を見るのに嫌な気はしない。

 

がしかし、ルナが立ち上がる。膝枕では無さそうだ。わざわざ呼んでおきながら「やっぱり何にも!」とかだったとしてもまあ悪くは無いか、とか考えた。

……読めなくなってきた、僕の前に立つ影が出来たのだ。物を見定める時の顔をしている。

「……ルナ?どうかした?」

 

「とれーなー、手、広げて!」

 

「こ、こう?」

 

ぽふん。腕を広げた僕の膝の上に来て、僕の胸に飛び込んだ。彼女の温もりを感じる。身だしなみもしっかりとしている彼女らしく、制服の襟辺りからふんわりいい匂いと、すこしだけ汗の匂いもした。

 

「ここは誰にもあげない……、わたしだけの特等席っ」

 

彼女が耳をぴこぴこさせながら、抱き締める力を強め、僕の肩に顔を乗せて、息をつく。かすかに、あの特徴的なアルコールの匂いがする、自分が食べた時に口に残ったソレかとも思ったが、それにしてはやけに濃い匂いがする。よく見ると、僕がさっき食べていたウィスキーボンボンの包みと同じ物が増えている事に気付いた。

 

「……ルナ、はーって息して?」

 

「うん。はぁーっ……」

 

甘くて、クラクラしそうな息だった。熱すぎる位に熱が籠っている。間違いない、あの苦い薫りがする。

 

「チョコ、何個食べた……?」

 

「んと……3個?」

 

嘘。包み紙を見ればわかる、なんということだ、少なくとも5個は増えているぞ。

 

「いーじゃん。ぎゅーっ……。」

 

「ちょっと……、ルナ?」

 

良くない。止まって。

そう言わなければいけないのに、僕は言葉につまった。ぎゅーから解放されたいという平常心という名の天使が、吐息のアルコールで酔わされて行っている。このまま何処か寂しそうな顔を慰める為に、ぎゅーをぎゅうっ位にしろと悪魔がうるさい。アルコールの熱が耳元で騒いでいる。

 

「なでて~。」

 

「あ……、うん。こう?」

 

「うん。ふへへ……。」

 

へなりと垂れる耳、ふわふわの髪を撫でる。櫛で梳かしてやるようにストローク。心地いいのか、吐息の量が増えた気がする。正気が何処かに消えていく音がする。既にこの状況を楽しもうとしてしまっている自分が恐ろしい。

 

「こっち向いてすわろーっと。」

 

しばらく撫でていたら、彼女はそう言って顔を僕から背けて座り直した。背中側から覆い被さるようにハグをしてとせがむので、言う通りにした。息は届かなくなったけれど、鼓動を感じるようになった。勿論彼女には僕の鼓動を聴かれてしまうだろうけれど。

 

「なんでこんなに近いのに、今は何も思わないのかな?」

 

ふと、彼女が言った。

 

「いつもはさ……ついはずかしくなっちゃって、ほめてほしい、とかあんまり言えないんだ……」

 

そういえば、確かにそうだと思う。1着だったレースは山ほどある。その中には多少の無理をお願いしたものや、調子の乗らない物だってあったハズ。だけど彼女は、勝利を当然にしなくてはいけないのだと、ずっとずっと律していた。僕はそんな彼女を、ずっとずっと遥か彼方を行く存在だと思っていた。しかし、その姿は、心とすれ違っていた……そういうことらしい。

 

「皇帝のイス、とれーなーのひざにならないかな……。それなら、いつでもほめてくれるのに。」

 

「僕だったら……何時でもいいよ。」

 

「ほんと?」

 

トレーナーは、彼女たちにとって杖だと教わってきた。支えだと教わった。

だが、彼女のように杖が無くとも自身を律す事が出来る子には、例えるなら、健康なご老人が杖無しで歩き、休憩に座る公園のベンチのような、そんな落ち着ける椅子として、僕らが居てもいいのでは無いか。

 

「……ごめん。ありがとう、ルナ。」

 

「……?」

 

何故謝ったのかは自分でも分からなかった。不思議な顔でこちらを覗き込んできた彼女の頭を撫でた。しばらく続け、紅く色付いて爛熟な頬の彼女がすぅすぅと言い出したので、奥の仮眠用のベッドに寝かせた。包み紙のゴミだけ捨てて、パンを食べて、僕はソファで寝た。三日月が出ていた。

 

翌日、彼女よりも早く目が覚めたので、置き手紙と飲み物だけ置いて、先に生徒会室に向かった。

 

今日は学校としては休みのようだが、生徒会にはどうもやることが毎日あるらしい。生徒会室の椅子に腰かけているだけというのもある意味仕事なのかもしれない。彼女を心配するエアグルーヴ達には、疲れているようだったから少し休ませてあげてほしいと伝え、一人生徒会室で彼女を待っていた。しばらく経ってから、遅れてすまない、とメッセージが来た。

「ゆっくりでいいよ。」

そう返しておいた。トレーナー室で起きるのを待っていられるのは、ルドルフにとって少しばつが悪いだろうと思った。

 

またもうしばらく経って、ようやくノックが聞こえた。

「失礼。すまないトレーナー君、醜態を晒してしまって。」

 

「いいよ。疲れさせちゃったのは僕のせいだからさ。」

 

「いや……。そうでは無くて、ね。」

 

申し訳なさそうな顔と、あわてて用意したらしい紙袋から、寝坊の事だと思っていた。

どうやら、覚えて居たらしい。

 

「……でも、嬉しかったよ。君が椅子になってくれると宣言してくれて。あの時のように、同じ目線と、同じ横並びの距離で共に居てくれると言ってくれて。これからをそうやって観測出来ると思うと、何事も順風満帆に進みそうだ」

 

「椅子くらいになら、何時でもいい。」

 

改めて言った。

彼女は何も言わずに紙袋を机に置いた。中は、件のオシャレで薫るチョコレートを作っている所と同じ店の、普通の生チョコと、店のパンフレットだった。

 

「バレンタインのを、渡せていなかったから。それで……その、ホワイトデーのお返しを、君に考えて欲しい。沢山の種類は要らない……。我儘を言うようだが、よろしく頼むよ。」

 

今度こそ発熱、そう疑いたくなるくらい紅い顔で彼女はそう言った。

僕は、昨日からちゃんとしたもの何も食べていないでしょ?と訊いた。

クロワッサンが食べたいと言うので、

パン屋に一緒に行くことにした。

 


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