鬼火纏   作:ゾエア

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霊園での肝試し

 

 

 

「人魂…ですか」

 

 

七海建人は補助監督の言葉を聞き返した。トンネルにさしかかった車内をオレンジ色の光が照らす。

千葉県のとある霊園。通常、呪いの溜まりやすい心霊スポット等は高専関係者が定期的に巡回を行う。その霊園も巡回場所の一つであり、今までの報告において特に異常は見当たらないということだった。しかし──

 

 

「はい。窓からの報告では紫色に光る火の玉を目撃したと。周辺の他巡回場所からは特に報告がなかったのですが、腑に落ちない点が一つあります。」

 

 

補助監督はバックミラーに映る七海の目に視線を向けた。心做しか表情が硬い。いや、既に訪れた場所3箇所が空振りに終わったために気が重いのだろう。ハンドルを握りしめて姿勢を正す。

 

 

「呪霊の目撃数が()()()()()ことでしょう。等級の高い呪霊ならばともかく、低級の呪霊がここまで見つからないことは珍しい。」

 

 

七海はその異変を指摘する。

周辺の呪い溜まりでも目撃数が減少し、今月の数は特に顕著なものであった。人を殺傷することもないレベルの4級呪霊さえ見当たらないほどの平穏。しかし呪霊の発生を抑えているものが何なのかは検討がついていない。

 

 

「高専術師からの報告もなく周囲の呪霊が間引かれています。そして今回報告された火の玉の件。人的被害は確認されていませんが、呪詛師による呪霊収集も疑われます。」

 

 

七海は息を吐いた。

なんにせよ、勝手に呪霊狩りを行うものを確認しなければならない。もし呪霊による共食いが加速した場合なら、人に手を出すのも時間の問題だ。単なる呪霊討伐ではない。その異変を確かめるために、七海は派遣されていたのだった。

 

 

愛用の呪具を取り出しながら、時計を一瞥する。既に夜も遅かった。将来の労働条件を考えながら、4箇所目の巡回場所に到着した。

 

 

「夜勤は楽じゃないですね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

墓の並ぶ霊園で一体の呪霊がふらふらと歩いている。目の前には妖しく光る紫色の鬼火。その火を物珍しい目で見ていた呪霊は一歩ずつ近づいていく。

 

ま、まいら…レますぅ

 

 

火は揺らめき、その色を明るく変えていく。紫色から赤紫に。呪霊がそれに手を伸ばすと──

 

 

「!?」「…微妙」

 

 

捥がれた呪霊の腕を齧っている。その子供は咀嚼しながら眉根を寄せて味の感想を述べた。

まだ小学校卒業には満たない歳にみえる男の子は、紫の血が滴る呪霊の腕をバリボリと噛み砕き、全て飲み込んだ。

 

 

右腕を千切られている。痛みが遅れて敵の存在を教えると、呪霊は残った左腕で仕返しを試みた。呪霊の爪が目を抉る前に、子供は持っていた棒きれ──紫色のもやを纏わせたそれ──で鬼火を叩いた。

 

 

がぁッ──」

 

 

ボッと小気味良い音を立てた爆発は呪霊の体勢を崩し、弱点である頭部は子供の足元へ。まだ小さな足に履かれたスニーカーが眉間にめり込んでいき──そしてそのまま踏み抜かれた。

 

 

 

「弱いのは美味しくない。他のところで味見しよう。」

 

 

呪霊の消失反応。独り言を零した男の子は棒の先に紫色の鬼火を点け、松明代わりにして歩き始めた。

 

 

 

 

「こんばんは。夜分遅くに散歩ですか。」

 

 

金髪を七三に分け、前髪を下ろした髪型の七海建人は、紫色の火をつけた長い松明に声をかけた。

 

棒の持ち主である子供は、話しかけてきた大人を見上げた。大人の視線は子供の目に向いている。

夜中に小学生が出かけていることを心配して話しかけてくることは少なくない。補導によって声をかけられる時もあったが、子供の足に着いてこられる警官はいなかった。しかし、黒服を観察すると子供は気づいた。()()()()()。鬼火の灯った棒の先端へ向ける視線に勘づいた。

 

 

 

「……」「……」

 

 

膠着していた。

声をかけてきた長身とかけられた子供。お互いの警戒心の高さと冷静さが引き起こした沈黙だった。

七海建人はその点立派である。すぐに対応を切り替えた。

 

 

「すみません、突然でしたね。私は七海建人といいます。ここの見回りを行っているものです。少し話を聞いてもよろしいでしょうか?」

 

 

丁寧な口調。取引先に向けたものであれば100点である。しかし話す相手は子供だった。その畏まった口調と態度では信頼関係を築くことはなかった。

 

 

「……これ見えるの?」

 

棒をふりふりと動かす。それに合わせて紫の光が揺らめく。七海は穏やかな口調で続ける。

 

 

「ええ。ハッキリと。その点についても説明をしたいと思います。よければ名前を聞いてもいいですか?」

 

 

子供は思案する。

見える人が声をかけてきた。今までとは何か違う。しかし少なくとも、このまま不味いアイツらを食べるよりかは面白くなりそうだった。

揺らしていた棒を止めて地面を叩き音を出した。意識を切り替えとりあえず自己紹介を始める。

 

 

 

(ひびき)迂途(まがと) (ひびき)。 」

 

 

退屈が裏返る予感がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたが辺りの呪霊を間引いていたのですか。」

 

 

ベンチに腰掛けた二人は互いの情報を交換していく。まずは七海からの質問。少なくとも敵意や害意を向けてこないが故の対応だった。

 

 

「じゅれい?ってのがアイツみたいなものなら、多分辺りのは狩ってる。」

 

 

遠くに見えた蠅頭を指差し響は答えた。

未登録の術師による活動だということが判明したため、七海はひとまず胸を撫で下ろす。しかし危険なことには変わりないため、少しずつ説明と確認を行わなければならない。

 

 

「なぜそのような活動を?子供には危険です。」

 

「みんな見えてないみたいだし、いいかなーと思って。」

 

「はぁ。それは遊ぶようなものではありません。少なくとも低級呪霊を狩れるようであれば、呪術師としての道もなくはないですが──」

 

「──偶に美味いのもいるし。食べちゃダメかな。腹壊してないからさぁ。」

 

 

 

──呪霊を食べる。取り込む。彼の術式は──

 

一瞬脳裏に過ぎった術式効果は、続く彼の行動によって否定された。

 

 

「食べたらこの紫のヤツがたっぷり出せるんだ。モヤモヤが鬼火になって色んなのに使える。」

 

 

「…何か体に異常が出たことは?」

 

「ないよ。強くて美味いじゅれいならもっとこれが出せるようになるし。ほらこんな感じ。」

 

 

そう言って響は呪力を立ち昇らせる。気体のような紫色のソレは空間に揺らめき、一塊にすることで紫色の鬼火を形成した。

 

 

「呪力自体が特異的なようですね。呪霊を食べることは感心しませんが…」

 

 

「これが呪力ってこと?それとも違うやつ?なんか出来るって感じがするからやってるけど。」

 

 

──術式の自覚と呪力操作の出来。呪霊を狩り続けている実力。一連の事態は把握できたが、彼がこの先取るべき行動は──

 

 

「呪霊が減った原因については分かりました。…まずはあなた自身を知る必要がありそうですね。」

 

 

 

話を終え、ベンチから立ち上がった二人はそのまま同じ方向へ向かう。七海は補助監督へ連絡をし、そのまま響を家まで送るようだった。

 

 

「このまま呪霊を狩る必要はありません。呪霊の溜まる場所は我々のような呪術師が巡回をして対応を行います。子供が危険をおかしてはいけません。」

 

 

「なるほどなー。勝手にやっちゃダメだったのか。なんか怒られるかな?」

 

 

「相応の規則があります。あなたが罰せられるようなことはないとは思いますが…」

 

 

「よかった。そういえばさー。」「はい」

 

「呪術師ってどんな仕事?」

 

 

 

七海は立ち止まった。少しの時間だったが、彼の沈黙は迷いを表していた。口を開き、その答えを探した。

 

 

「──呪術師とは、呪術を用いて呪いを祓うもののことです。呪いを見ることも感じることもできない、多くの人達のために活動しています。」

 

 

「なるほど。おれも呪霊倒して食べてりゃ呪術師になるのかな。」

 

 

「その道を選ぶかはあなたが自分で決めなければいけません。ですが あなたは、あなたなら向いているかもしれませんね。」

 

 

響が質問し、七海が答える。その繰り返しは家に着くまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マジで食べてるよ。ウケる。」

 

 

大道芸人を見るようなリアクションを取ったのは、白髪長身の男だった。サングラスから覗いた眼は蒼く輝いている。既に最強になった五条悟は、呪霊を食べると噂の子供を見に来ていた。

 

 

「こいつ美味しくないんだよなあ。」

 

 

そう愚痴りながらも、高専で飼われていた蠅頭を口に放り込む響。バリバリと噛み砕きながら、その呪力を増していく様子が五条には見えていた。

 

 

「うん。そういう術式だね。()()()()()()()()()。消失反応よりも早く変換されてるし、呪力の方も面白いな。」

 

「へー。ほうなんだ。」

 

 

術式の確認のため、追加の蠅頭を口に詰め込みながら響は説明を聞いていた。五条は続けて語る。

 

 

「滞留するガスみたいだ。まとまって火の玉になった呪力は熱くないけど、一定の衝撃で──」

 

 

鬼火の一つを指で軽く弾く。ボンッと音を立てて鬼火が炸裂した。

 

 

「──爆発する。今はそこまで強力な爆発じゃない。でも出力を上げたらいい感じだと思うよ。」

 

 

「ほー。」

 

用意した蠅頭全てを食べ尽くした響は、行儀悪く応答する。もごもごと頬が膨らんでいた。

 

 

「結構珍しいんだよ?ホントに分かってんのかなー!」

 

 

「よく分からんかったわ。つまりどういうこと?」

 

 

ようやく口の中が空になった。ふてぶてしく要約を求める響。五条はヘラヘラしながら答えた。

 

 

「取り込めば取り込むほど呪力総量が増すんだ。食べられる獲物さえあれば無限に戦えるだろうね。」

 

 

「祓って食いまくればいいのか。おっけー。わかったー!」

 

 

「呪力の特性も。しっかり活かすんだよ。」

 

 

 

響が高専に入学するのはまだ先のことだった。






学生ナナミンはガキンチョ相手でも敬語を使う。そう信じる。
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