紫の呪力がグラウンドに揺らめいていた。高専内の開けた場所で、呪力操作とともに鬼火を振り撒いているのは響であった。それを眺める白髪の長身。サングラスから覗かせる蒼い目は感心に彩られている。
「見てみろ五条さん!じゃんじゃん撒ける!これで誰も近づけまい!」「あっはっは」
好きに呪力を使えて上機嫌な響は高らかに宣言する。子供らしいそのテンションと動き回る梔子色の髪が微笑ましく見えた。
初対面から少し経っただけだが明らかに
「響。勝手に呪霊狩ったでしょ。それも一体や二体とかじゃないよね。」「…あ。」
派手に動いていた小さな鬼火は制止した。バツの悪そうな顔が五条のサングラスに向けられる。白髪を右手で掻きながら、五条は少年に対してアドバイスすることを決めた。
「確かに 実際戦うのが術師の成長には役立つよ?でも君はまだ体がちゃんとできてない。無闇に力を振るうにはすこーし早いかな。」
「でもさ。学校とか意外といるよ?変なのに憑かれたら可哀想じゃん。」
学校は多くの人間が過ごした場所として、負の感情が向けられやすい。そういった場所に向けられた呪力は呪霊になって形を得やすくなる。弱いものは姿を表しにくいため、いちいち狩るような術師がいないことも響が独占する原因となった。
「んー。君には強く賢くなってもらいたいんだよね。弱いのを駆除するのもいいけど、そういう狩人になってほしいわけじゃなくて。」
「雑魚より大物狩りってこと?じゃあ尚更鍛えなきゃ。」
鬼火を撒くのをやめた響はシャドーボクシングを始めた。小さな拳は呪力を纏って、空気を裂く音がする。
五条は周りに設置された複数の鬼火に呪力を飛ばした。連続して炸裂音があがる。
「そのためにはまず呪力を体に流す。鬼火を飛ばして牽制や制圧も悪くはない。けど君が鍛えるならこっちからの方がいいでしょ。」
呪力を練る。腹から胸へ。腕を通し手先にまで。淀みなく流されたそれは身体の強化に繋がる。呪力強化による基礎のゴリ押しは武器になるのだ。
「勘に任せて呪霊を殴ってた時の威力。それをもっと上げて、何時でも打てるようにしないとね。呪霊食べようとして自分が食べられてたら意味ないから。」
「ほへー。そんな感じか。」
負の感情から練り上げた呪力を身体に留める。それは手足の先や背中から吹き出し、揺らめく紫色の鬼火となって少年を不気味に輝かせた。
──荒削りで流れも読みやすい。しかし明確な武器として扱える呪力特性は、操作性を上げれば強みになる。術式で総量を補うスタイルが完成すれば──
「呪力練る時に何考えてる?負の感情を一定出力するのが術師として大事だよ。小さなモノから呪力を捻出してみて。」
「腹減ったらイラつくあの感じか。結構メラメラくるでしょ。」
独特の感性から供給された呪力は体の各部位で大きく吹き上がった。過剰に流されたそれは鬼火となって激しく燃えている。
「出しすぎ。」「─いだっ!」
デコピンが響を吹き飛ばした。おでこを抑えながら五条を見返す。
「無駄遣いもよくない。呪力をきちんと制御すること。大丈夫。雑魚祓うよりも分かりやすく強くなれるよ。」
しばらくデコピンの音が続いていた。響の額は真っ赤になっていく。
仄暗い廃墟の中で子供達が列を作っている。カチャカチャと鳴らす音は異形の手元から聞こえた。異形は巨大な顔面から足と腕六本を生やし、その上には頭部が5つほど歯を立てて積み重なっている。
列の子供一人ずつに残飯ともゴミとも見分けのつかないモノがよそられていく。ここでの唯一の食事はネジやボルトの混じったそれだけだった。誰一人言葉を発することなく器を受け取り、中のモノを口に運んでいく。
抗議も嫌味も言わない。言った子からいなくなっていくことを子供達は知っていたからだ。
異形は表情ひとつ動かさず、声も出さずに
口内に異物感。ゴリっと音立てて噛んだそれを吐き出すと、ネジが見えた。ここでは当たり前のことだった。足元にネジを放り投げ、また子供は食事を続けた。
「人探しなら恵達にもぴったりでしょ。」
神隠しか、はたまた誘拐か。呪いによる行方不明者は後を絶たないが、連続した子供の失踪が問題だった。人海戦術による捜索を行うには呪術師の人手不足が足を引っ張る。そこで式神による捜索が可能な伏黒は五条とともに今回の件に関わることとなった。
「おそらく呪いが関わってる。呪霊なら僕が祓うからね。攫われた子供達を探すことに尽力して欲しい。」
「じゃあ俺はなにすんの。」
連れてこられた響は白い息を吐いた。この寒い季節で伏黒と響は厚着をしている。
玉犬の白い毛皮に抱きつく伏黒を羨ましそうに眺めた。式神の嗅覚で探す伏黒はともかく、自分まで必要な理由が理解できなかった。
「響は…鬼火で暖を取れ!子供達は寒くて凍えてる筈さ!」「この火 熱くないんだけど…」
「あそこだ。」
玉犬がひと吠えする。視線の先には怪しげな廃墟が見えた。式神からの報告を受けて、伏黒は向こうを指差している。呪いの気配があった。
「僕がサクッと祓うから、子供連れてってあげな。」
勢いよく飛び出した玉犬。まずは救助が先らしい。呪力を体に流し、響も後を追いかける。玉犬の爪が床を鳴らして特徴的な音が響く。
「!」
──腕六本。おたまを持ってる。結構でかい。ヒトはいない。他に気配なし。じゃあ──
見つけた呪霊は既に臨戦態勢だった。後ろで余裕そうに見守る五条に気づかない響は
「──ッシィ!」
近づいてきたその子供の異様な呪力に気圧され、呪霊は拳を乱雑に叩きつけた。計六本の腕はランダムに時間差で地面を打つ。手応えはない。
「いち、にぃ!」
加速した響は既に呪霊の足元をくぐり抜けていた。振り向きざまに膝裏に届けた打撃は二発。二撃目の拳が触れた瞬間、爆ぜた呪力は呪霊を膝つかせる。
呪霊は背後に回った小さな子供に対応できていない。
「さぁん! 」
後ろに伸ばした手が響を捉える前に、積み上がった異形の頭へ踵が下ろされた。真っ二つに裂ける体。
消失反応によって塵となって消える前に、響は素早く肉をもぎ取り口に放り込んだ。瞬間口の中に広がる味は──
「モテちゃうかもよ?」
五条は伏黒の頭をわしゃわしゃと撫でている。伏黒はムスッとしたいつもの真顔だが、玉犬を抱く手つきは穏やかなものだった。今しがた助け出した癖毛の女の子の視線に気づいたため、五条は伏黒をからかっているようだった。
「量が足りない。活きがいいうちにもっと齧るべきか。でも暴れてると食いづらいし…」
五条は呪霊の数も無事な子供の人数も把握したうえで、二人にできることを任せていた。伏黒が子供達を式神で連れ出していることが確認できた時点で、既に事態は解決していた。後の呪霊は響に任せてもいいという判断だった。
一方響は満足していなかった。図体の割に薄味だった呪霊の肉は全て消えてしまった。呪霊は鮮度が命。核や頭部といった部位を潰すと死体も残らず消えてしまう。響はそれらの問題に対して明確な答えを出せていなかった。
「五条さん。俺殴るよりも切ったり刺したりの方がいいかもしんない。」
「まずは自分の呪力操作を疎かにしないこと。それまで手刀で我慢だね。」
刻んだり切った呪霊を戦闘中に食べるアイデアは、シンプルな技量不足によって差し止められてしまった。地道にやるしかない。そう考える響だった。
伏黒君絶対人見知り。そう信じる。