鬼火纏   作:ゾエア

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悪逆無道

 

 

東京都立呪術高等専門学校。春から一年生としてそこに通い始めた響は、とある問題に直面していた。

 

「美味い呪霊(もん)が食いたいんだよぉ…。」

 

 

中学あたりから伸び始めた身長は一般的な高校生の平均身長をゆうに超え、ついには190cmにさしかかろうとしていた。目指すはあの目隠し越え。そう意気込む体も今は机に突っ伏してしおれている。その代謝を維持するために結構な量の食事を取っている筈の彼は美食に飢えていた。

 

 

「一級が一番味いいのかな。そうなると昇級かー。推薦がなぁ。」

 

 

現在響は二級術師である。

呪霊の等級と術師の等級には明確な差が設けられており、例えば 二級術師は二級呪霊に勝って当たり前。二級術師は準一級呪霊に近い実力──のように、術師が対応するのは基本的に格下の相手である同級の呪霊となる。響は基本的に二級呪霊を相手取る任務をこなす。高専入学前にコツコツこなしていた呪霊討伐の経験から、皆が知らない二級呪霊の味を知っている響はさらに高みを目指していたのだ。

 

 

──金が貰えて美味いもんも食える。相応の旨味がないとやってられない呪術師の仕事だ。まだまだ強いやつを食わなきゃ俺のモチベーションが保てない──

 

 

「暇してるかな響ー!?」「げ。」

 

 

教室の扉を勢いよく開けて飛び込んで来たのは噂の目隠し。五条悟だった。高専の教師になってしまったために会う頻度は更に増している。

 

 

「一級の推薦がないんでしょー?この五条先生に任せなっさーい!!僕は顔が広いからね!!」

 

 

五条先生に任せるとロクなことにはならないが、生憎手詰まりだった。自分には伝手がない。一般家庭出身で、一年だから姉妹校交流会にも出ていない。五条先生の話を聞くために上体を起こした。

 

 

「五条先生の知り合い?また伊地知さん相手みたいに無茶ぶりしてんじゃないの。」

 

「大丈夫!!快く引き受けてくれたよ。とりあえず任務一緒に行ってみるって。」

 

 

教室から出て五条先生の後を追う。

昇級のためには一級術師二人以上の推薦が必要だ。実力を測るために任務中の動きを見るというのもありえない話ではなかった。

ちなみに推薦の後は一級術師と共に幾つか任務をこなして適性を判断し、準一級へと昇級。さらに単独で一級相当の任務をこなすことで、一級術師に成れる。この際に同行する術師は推薦者以外が担当する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃーん!出戻り術師の七海建人ー!響も会うの久しぶりでしょー!」

 

「お久しぶりです。迂途君。既に二級なんですね。」

 

 

「七海さん戻ってきてたんだ。お久しぶりです。」

 

 

テンションの高い五条を尻目に、お互い挨拶を交わした。

 

呪術師としての道を響に示した七海は、その後一般就職をしたと聞いていた。どうやら彼なりの判断で戻ってきたらしい。その辺も詳しく聞きたいが、一級への昇級推薦という形になると──

 

 

「私は推薦に反対です。一年で既に二級術師。そう焦ることもないでしょう。これから任務をこなすことで分かることも増えていきます。一級任務には相応の危険も多い。あなたは昇級についてどう考えていますか?」

 

 

──何が快くだ。最初からど反対じゃん…。絶対無茶ぶりしたでしょこれ──

 

頭に過ぎった五条先生の失態を振り払い、一級術師への昇級目的を考える。響の場合は──

 

 

「せっかく命張るんなら美味いもん食いたい。それだけですよ。祓う。食べる。その繰り返しの中で生きてるだけで。一級も特級も食えるようになるし。」

 

 

「…呪いそのものを相手に奔走しなければなりません。呪詛師との戦いもこの先にあるでしょう。呪霊を食べることばかりではない筈です。術式頼りの価値観は危うい。」

 

 

「…ただ無欲に戦えってことですか?」

 

「いいえ。なまじ実力があったために、覚悟なく祓い続けられたことが原因です。あなたが美食を楽しめるほど呪いは甘くない。まずはその自覚からです。」

 

 

 

「ハイハイハイ!!お互いの言い分が分かったかな?じゃあ任務へGO!!」

 

 

ヒートアップする雰囲気を強制的に終わらせた五条は手を叩いて二人を送り出した。二人は無言で任務へと動き出す。その背中を眺めながら、五条はにこやかに思い馳せた。

 

──七海は呪術師の道に引き込んだ負い目からの発言かな。でもなんの覚悟もなしに宣うほど響は馬鹿じゃない。この任務で相互理解が進めば大丈夫だろう──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ暗なトンネルを真っ直ぐに進んでいく。電灯がついていないなか、二人は無言で歩いている。響の持ってきた十字槍の先には紫の鬼火が揺らめき、二人の周りを照らしていた。

ここで響が会話の先陣を切った。

 

 

「七海さんは、なんで帰ってきたんですか?一回術師やめたんでしょ?」

 

「…呪いを祓い続ける中で術師の活動に疑問を持ったので、一般の道に進みました。しかし結局その道もロクなものではなかった。その時私にしかできないことを考えた時に、呪術師という在り方が私に合っていた。そういうことです。」

 

 

「なるほど。」

 

「君は…響君はなぜ呪霊を食べるのですか?術式があるとはいえ、もっと美味しいものは世の中にあるでしょう。呪術師としての適性と、あなたの中で重要な価値観は別として考えておいた方がいい。それが一致しないまま進んでも良い未来はありません。」

 

 

「うーん。俺が呪術師だから、弱い人のために祓わないとダメって感じたわけじゃなくて…なんて言うか…」

 

「ただ祓う。腹が減ってご飯を食べたい。呪霊を祓って喰らいたい。結構シンプルな願望だと思う。それで死んだらその時で。そこに術師としての力や責任は後からついてくる形かな。あんまり考えてねーや。」

 

 

「──言っても聞かないのでしょうね。あなたのような人間は。」「そうかも。」

 

 

話は一段落ついた。トンネルの中腹あたりからは無数に犇めく呪いの気配を感じた。

 

 

「群れの呪霊を片付けます。」「了解。」

 

 

響は槍に呪力を込めた。立ち上る鬼火は勢いを増し、穂先を回転させながら呪力を練り上げる。

渦巻いた紫炎は十字槍の先端に集まった。

 

『螺旋突き』!!

 

正面に向けた突き。放出された呪力は円柱状の渦となって呪霊達を消し飛ばした。爆ぜる呪力による広範囲の攻撃。一瞬の解放はトンネル内を紫色に染める。

 

 

 

取りこぼしを七海とともに蹴散らしていく。十字槍の長いリーチは呪霊を寄せ付けない。突く、薙ぐ、引く度に刃先は紫の血で染まる。時折放たれる鬼火弾は呪霊の頭部に炸裂した。

 

 

「──件の呪霊でしょう。呪力量から違う。」

 

 

剥き出しの筋繊維のような呪霊だった。四足歩行するそれは不揃いな牙と爪を備えており、咥えていた人肉を飲み込んで咆哮で応えた。

 

赤熱化し蒸気をあげる呪霊。最初からトップギアだ。噛みつきが響に迫る。

 

「──っと!」

 

 

上に飛んで避けた響はそのまま刺突を三発頭部にぶち込んだはずだった。ギチギチと肉が刃を阻む感覚。周りの肉が盛り上がるようにして傷を塞いだ。

 

 

「チぃ!!」

 

 

打ち付けられる尻尾を柄で防ぎながらも吹っ飛ばされる。呪霊は体をくねらせながら爪を振り回した。

 

十劃呪法(とおかくじゅほう)』!!

「ふん!!」

 

七海の特徴的な鉈が腕を切断する。それと同時に響は右フックで応答した。顔面を凹ませながらたたらを踏む呪霊。さらに右足で蹴飛ばすことで呪霊と距離が開けた。

 

 

ちぎれた腕を拾いかぶりつく響。肉の感触から特性を予想する。

 

 

「強靭な筋繊維が刃を受け止めてる。破断のためには…」

 

 

ブチブチとちぎった筋肉を飲み込んでいく。通常呪霊は人体には毒であり、それを食べるものはいない。しかし響の術式はその肉を呪力へと変換する。噛みごたえのある食感とクセのある味。悪くなかった。

 

 

「味見は済みましたか。」

 

「お陰様で。強化した拳で頭を潰す。手伝いお願いします。」

 

 

腕を再生した呪霊は怒りのままに口から呪力弾を飛ばす。

それを躱しながら近づいた二人には爪で応えた。刃と爪が火花を散らす。

 

 

呪霊は槍に対して距離を詰めた。本能的にリーチの差を悟り、近距離での肉弾戦を仕掛ける。

 

懐に近づかれると槍使いは苦戦するところだが、響は迷うことなく徒手空拳に切り替えた。弾かれた槍をそのままに拳を構える。

 

元からそのつもりだった。爪を掠らせながら制服が破れていく。四足の獣特有の強靭な骨格は打撃を受け止める。響の頬を爪が撫でた。ぱっくりと裂けたそこから赤い線が広がる。

 

 

「そろそろ溜まったろ。」

 

 

呪力を纏った拳がぶつかることで呪霊の体には紫のモヤがかかっていた。まとわりついた響の呪力は打撃の合図によって──

 

 

爆発。

 

一瞬の硬直は一級術師にとって大きな隙だった。

 

 

「7対3。筋繊維を断つのも慣れてきました。」

 

 

切り裂かれた胴体。紫色の血を大量に吐き出しながら頭部に拳がゆっくりとめり込んだ。

 

ギチギチと鳴る筋肉の抵抗も虚しく潰れた頭蓋。飛び出た目玉を拾った響は口に放り込み、それを噛み潰した。

 

 

「やっぱりコレが俺に合ってる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「推薦の件は考えておきます。少なくとも戦力としては申し分ない。戦闘中の食事はよくありませんが。」

 

 

 

七海さんとの仕事は終わった。最後に言われた言葉は恐らく、前向きに検討するってやつだ。やっぱりあれだけ言われたのに呪霊食べたのが良くなかったか。でも美味かったからなぁ。

 

 

あれこれ反省している響に対して、処置を終えた家入硝子が話しかけた。

 

 

「少しは周りの目も考えな。人を襲ってる呪霊を食べてるんだ。有り得ないもの口に入れてるんだからね。」

 

 

「五条先生も笑ったりするし。そんなに呪霊食べるの珍しいの?」

 

 

「──心配してるんだよ。」

 

「ふーん。」

 

 

呪霊を取り込む術式と響の術式を重ねた家入はそう返した。響はイマイチ分かっていない様子で首を傾げていた。

 







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